異世界創造NOSYUYO トビラ

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11章  禁則領域    『異世界創造の主要』

書の7前半 覚悟はいいか?『もう何も迷いはねぇけどな』

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■書の7前半■ 覚悟はいいか? Are you ready? 

 俺の剣が奴に届く前に、奴の両手で構えた剣の一振りが翳される。
 空振り?
 違う。

 奴は確実に何かを、斬った。
 無造作に、大きく振りかぶって剣が、天から地へと振り翳された。
 その斬撃が『在る』。
 その証拠にとっさに前に構えていた俺の剣は、何かの力をを噛んで拮抗している。
 重い、重さが一秒経過する度に倍になるように増えていく気がする。

 その衝撃を俺は、なんとか受止めていた。

 こいつは、ランドールは今、例えて空間を斬ったのか?
 今俺が拮抗をやめれば、連鎖的に破壊の衝撃が俺の後ろ一帯に伝播し、吹き飛ばすだろう。
 実際に今、何の力と拮抗しているのか俺は分かっていない。
 分かっていないし、目にも見えない、そういう幻想を垣間見ているだけかもしれない。

 けれどこれは、知っている攻撃だ。物語のほぼ冒頭、これで死にかけたのを憶えている。

 俺が今脳裏に抱く幻想が、現実になる可能性が高い事を知っている、斬撃は『在る』。その凶撃をここで俺が留めなければ、背後に抜けて、圧倒的破壊をもたらすだろう。
 だからこそ。
 俺はこの攻撃を背後に抜けさせるつもりはない!
 何より背後にアベルが立っている、そして……その更に後ろにはエズの市街地があるんだ。

「ぐのぁああああっ!」
 重い一撃を上へ、空へ、はじき飛ばすイメージを俺は信じて剣を上空へ向けて振り払った。理屈じゃない、俺はそうしたいと願ったからその願いを信じただけだ。
 空気の裂ける、小気味良い強烈な破裂音が響き渡りその後に乱気流が吹き抜ける。
 俺は力無く剣を振り落としていた。
 なんだ?いきなり剣く重くなって……さらに、力が抜けてしまって立っていられなくなってしまった。
 片膝をついてなんとか顔を上げるが……。
 全身がじくじく痛い、特に目が、何か異物が入って涙が出るという痛みじゃないんだ。目を閉じていられない、瞬きが出来ない。見開いておかないと潰れてしまいそうに思える不思議な感覚、それを痛みとして憶える。
 それでもなんとか視界の中にランドールを捕えた。
 まだ相対してるんだ、奴から視線をそらすわけにはいかない。

 しかし、そこには何故かいつもの不敵な笑みも、見下したような不機嫌な様子もない。
 明らかに驚愕と見れる表情があった。
 だがそれはほんの一瞬で、すぐにも凶悪と取れる怒りの形相に変化する。
 自分の思い通りにならないもの、その存在が気に入らない。そういう顔を露骨にしやがった。
 一瞬抜けた力が戻ってきたのを確認。俺は再び剣を構えて立ち上がり、一歩前に踏み出し思わず吠える。
「早々何度も同じ手でやられてたまるかよ!」
「……同じ手、だと?」
 さて、どうやってこいつと戦えばいいだろう?
 今、なんとかヤバそうな一撃をはじき飛ばす事にじは成功、したらしい。
 結果として成功しちゃった。しかし……何でそれが成功したのか俺には分からん。分からんがこれだけは言える。

 次も同様に防げる自信がない。

 何しろどうやって空に弾いたのか俺で分かってないんだからな。理屈を冷静に考えているヒマもなさそうだ。物理的拮抗が可能ではあるらしい、いや、俺はこれを物理的に防いだのだろうか?
 ナッツが、南国の牢屋でランドールと対峙した時の事を瞬間的にリコレクトする。祈願系とかいう、原初的な盾魔法がランドールによって容易く切り払われてしまったと……そんな事をナッツは言っていなかったか?祈りに対抗できるのは祈りだ、とかなんとか。
 魔法的な手段で攻撃を防いだ、という意識は無い。そもそも、俺は魔力はあっても魔法は使えないオンチ設定だ。いや?しかしその異常な魔力が、相手の魔法と過剰な反応をする事はよくある事だったな。
 もしかして、ランドールは魔法的な手段でもって今の一撃を繰り出したのか?それを俺の魔力が全力でファンブルあるいはクリティカルし、拒否った結果が現状だろうか。
 何はともあれ少々、俺一人では手に余る相手と言えるな。
 ……エズの剣闘士が全く相手にされてない。俺の周りに数十人で収まっていない数の遺体が転がっている状況を見れば、ランドールが相当な使い手である事は理解できる。
 まだ息のある奴はいるのか?……誰もピクリとも動かない。これだけの数の剣闘士を、自身は一切傷を負った様子も無くあしらったって事だよな?
 とすると常識的に考えて、いくら俺が剣闘士の中では破格の肩書きを持っていた戦士とはいえ……。
 目の前の怪物、赤い旗を頭上に灯したランドール・アースドと対等に渡り合うのは無理だろう。
 珍しく弱気な発言だなって、それは俺も思う。でもな、この所負けっ放しやられっ放しで色々悟ってきたわけだよ、俺も。

 自分の力の限界と、相手の怪物っぷりな強さの間にある差の開き具合が、さ。

 慎重に俺は剣を下段に構えたまま、どうするべきか回らない頭をフル回転させる。
 どうにも敵いそうにないという現実を知ってはいても、それを認めても。
 逃げ出す勇気が俺にはない。
 俺に、戦士ヤトに在るのは、無謀にも立ち向かう勇気だけなんだ。
 思わず苦笑しちまう、ほんと俺って……バカだわ。

「よぅ、王の器」
 地雷だろうな、と思う所をあえて踏み込んで行くぜ。
 ランドールの顔から怒りの表情が一瞬で消えた。
「ギルにかわって破壊魔の称号でも戴きに来たってのか?……怪物候補」
 そこで再び表情が戻る。不気味だ、ケンカ売ってるのに怒らずに笑いやがった。
「……そっちの呼び名の方が似合っている事くらいは把握している」
「へぇ、何だ?王様って呼ばれたい訳じゃぁねぇのかよ。王になるべく生きるのは嫌だってのか?」
 すると突然鋭く剣をこちらに突き出して、ランドールは吠えた。
「ならば聞くが、貴様は国の礎となれと言われそれを喜んで受け入れる事が出来るのか?」
 まさかそんな感情的になるとは思わず俺は、驚いてしまっている。
「……いしずえ?」
「柱だ、世界を纏めるために捧げられる者。……神として座るべき玉座、誰がそんなものに好き好んで座るか」
 俺には想像もつかない椅子だ。
 想像してみろって言われても、想像しようもねぇ。
「さぁな、よくわかんねぇ。とにかくお前はそれに、座りたくないって事か?」
「実際には、よくわからんのだ」
 何とんちんかんな事を言いやがる。しかしランドールは至極真面目に言葉を続けた。
「どういう感情を抱いて良いのか分からなくなった。ならば、一度その座を手にしてみるのも悪くない」
「分からなくなったから他人の言いなりになるのかよ」
「言いなりではない、俺がそれを選んでいる」
「それは選んだんじゃねぇだろ!選ばされてんだよ、ナドゥに!違うのか!」
「俺は俺の都合で動いている!奴は関係ない、」
 言っている事がかなり訳分からんが、とりあえずまだ会話は続けられそうだ。
「じゃ、お前何しにここに来た?ここに、この炎の壁の向こうに何の用だ!」
「決まっている、貴様と同じだ」
 俺と同じとはどういう意味だ。勝手に俺の都合を計るんじゃねぇ!
「魔王八逆星をこの手で倒しに来たのだ」

 だーかーら、それがナドゥに唆されているって事なんだろうがあーもー!

 俺の頭脳と話術では、自分理論ですっかり完結気味のランドールを上手い事説得する手だてが見当たらない。
 それでも、戦ったら勝てないかもしれないという予感に、俺は奴と会話を重ねる事を選んだ。
「お前、奴らと手を組んだんじゃねぇのか?」
「手を組む?……世界を安定に導く役割を振られた俺がなぜ、世界を破壊する奴らと手を組まなければならない」
 破壊の怪物って言われるに抵抗が無い癖に、そんな自分が世界を安定に導けると本気で思っているのかコイツ?
 いや、そうじゃなく。
 ランドールは自分が『どちらかというと怪物』に分類される事を知っていて、それでもその力が神の玉座、礎とかいうのに据えられるに必要だと唆されてその気になっている……そんな感じか?
 よくわかんねぇぞ?
「なんでこの中にギルがいるって知っているのよ!」
 お、そうだ!そこから切り崩せばいいのか?どうせそんなん唆したのもナドゥだろう。
 ところがランドール、アベルの問いかけに目を細め怪訝な顔になった。
「……ギル?……奴もこの中にいるのか?」
「奴もって、」
 あれ、もしかしてアベルさん失言?しかしアベルは自分が余計な事を話したという意識は持ち合わせていないらしく、ランドールに噛みつく勢いで訊ね返す。
「魔王八逆星倒しに来ているんでしょ?ならどうしてこの国の人達にも手を上げるの!」
 アベル、怒っているんだ。
 そりゃそうか、俺だってさっきまで怒りで我を忘れていた。
 剣闘士達が無残な姿で倒れている状況、まぁ想像するに状況はこんな感じだろう。

 突如現れて、強引にこの結界を超えようとしたランドール。これを不審者としてイシュタル政府が敵認定。政府は制止するもランドールがこれを一切無視。強制身柄確保の為に、セイラードから来るとされた魔王軍に対する為、結成された剣闘士部隊が襲いかかったのだが、ランドールが火の粉を払うという名目でこれを、返り討ち……。

 ……このシナリオで決まりだろうなぁ。
 俺がそのように状況にため息をつく間に、ランドールはアベルの問いに答えてきた。
「決まっている、こんな結界で魔王八逆星を匿おうとする行為からして、イシュタル国は奴らに荷担しているのは分かっている。それとも違うとでもいうのか?俺は魔王を差し出せと連中に言った。だが、それは出来ないと連中は答えた。魔王八逆星を滅ぼしに来た俺に魔王八逆星を差し出せないと答えたのだ。イシュタル政府は奴らを庇うつもりだろう。だから、こんな結界で奴らを囲い守っている、違うのか」
 ああ、そっちの方向へ実に都合の良くお取りになった訳ですね、この、狭視野郎!
 ランドールは再び凶悪な顔になって剣を静かに構えた。
「だから、奴らに毒された国など綺麗に消し飛ばしてやればいい。言葉も意思も通じないようでは救いようもない」
「言いがかりだわ!毒されているのはどっちよ!」
「ではなぜこのような封印を施し、守ろうとする、世界を破壊しようと目論む奴らは滅ぼすべきだろう」
「……ならまず自分の身について考えろってんだ。お前こそ、すっかり魔王が板についてんじゃねぇか!そんな横暴な意見で無差別に殺戮するのが勇者の行いか?お前は、だから怪物だって言われるんだろう!」
「……否定はしない」
 否定しろよ!この場合、肯定されるのが一番反撃に困るんだよ!
「なんだと?」
 という事で理由をお聞きしましょう。
「じゃぁお前は勇者サマじゃなくて、怪物サマで良いってのかよ」
「……玉座に座るが英雄の行いではなく、魔王の所業と言うのであればそうかもしれない。人間から見て神は、人間ではない。あえて言うならば怪物とも言えるのだろう。……俺に神を見いだすのであれば俺は、怪物でも構わない」
 ……まて、今すぐその話を把握しろと言われても困る。俺頭悪いんだから、ええとああと……俺、ちょっと納得しかけているんだけど納得していいのかな?いや、認めない方がいいのかもしれない。
「巫山戯た言い訳を……!」
 とりあえず認めない方向でテンプレートに応答すると、ランドールは再び両手で剣を構えた。
「少なくとも俺は、世界を破壊するつもりはない。破壊はしない、ただ、世界を律する神の玉座に何者かを据える事が必要で、それで……この壊れた世界が救われるなら。その玉座に座ってやってもいい。そう思っている」
 大いに反論とかしたい所なのだが、やばい!
 再び剣を振るわれる……!
 だがランドールはそのまま俺達に背を向けた。そしてそのヤバそうな一撃を炎の壁、すなわち元エトオノ闘技場を囲む壁に向かって振り下ろしやがった!

 空間が裂ける。
 衝撃が壁に当り、炎が吹き出すもその炎までもが裂ける。
 壁が吹き飛んだ。
 途端、張り巡らされていた結界までもが裂けて破壊され、力を失いただの模様になってしまう。魔法による何らかの力場が力を失い、沈黙したのが雰囲気で分かった。
 壁全体から吹き出していた魔法の炎は消え、周辺に燃え広がった本物の炎による揺らめきだけがその場を照らし出している。
 今、夜だからな。おかげで照明が一段落ちたように辺りは一瞬暗くなった。

「……もしその玉座が……。俺にとって不都合であればその時は、玉座も切ればいい」

 ランドール……あっさり魔法を破っちまった。
 ナッツも魔法盾が突破されたと言っていた。ランドールは魔法は使わない、とリオさんが言っていたが今のランドールは、何らかの方法で魔法に干渉を起こしているように見えるぞ?
 どういう力なんだ?こいつが振るっているのは。
 こいつは、どういう規格を持っている存在なんだ。
「中にギルもいるそうだな、なら、ついでにそれも屠ってやる」
 ランドールはすっかり動けずにその場に立ちすくんでいる俺に剣を向け直して来た。
「邪魔するなら貴様も切る」
「てゆーか、邪魔しないなら俺は、見逃してくれるのか?」
「ヤト、何言ってんの!」
 アベルを黙ってろ、と後ろに追いやって俺は、剣を下ろして前に踏み出す。
「お前は知っているはずだ。お前が殲滅しようとする魔王八逆星の手足として今、俺の顔をした怪物が……」
「それはそれ、貴様は貴様だろう。問題なのは中身だ」
 ランドールは俺を一瞥して言い切った。
 俺には奴のその一言にどういう意味が載せられているのか、そこまでは分からん。
 意味はどうあれ、単純に俺は……新生魔王軍の規格についてランドールが拘って居なくて、そんな理由で俺と戦う必要は無い、あの怪物は怪物であって俺とは関係ない、問題なのは……『俺』だ。
 そう言い切られた事がちょっとだけ、嬉しいのかもしれない。
 でも、そう言った奴の顔は何か知らんが、不気味に笑ってるんだよ。なんだろうな、あの暗闇に紛れた表情は?こちらを下に見下して、優越感だろうか?異様に歪んでいる気がする。
 ゆえに、表情と言動が微妙に一致していないような気がして違和感を感じている。……なぜだろう。
 何故、俺を『俺』だと認めながらそんな風に笑うんだ?
 一瞬にじみ出た本性のように、そうだ、なんか変だ。
 今ようやく俺も疑問を感じる。

 ……こいつ本当にあの、ランドールなのか?

「……アベル」
 俺は背後のアベルに向け、小さな声で呼びかける。
「ランドールを止めるぞ」
「……あたし、正直状況がよく分かんないんだけど。……その、封印してあるギルを倒されちゃうと困るの?」
「それがナドゥの思惑通りっぽいからな」
 相手を納得させる理屈としては実に弱い。これでレッドを説得させる事は出来ないが、理屈とか理論とかあんまり関係ないアベル相手だったら十分だろう。
「そう、分かった。別にアンタがそのつもりならあたしはそれに従うだけだものね」

 自分で道を決めやがらないんだよな、アベルは。
 方向音痴だからって理屈はありなんだろうか?奴は自分で道を選ぼうとしない。その道が、当っているのか間違っているの判断する基準が無いに等しくて怖がってんだろう。何時も、迷うのを恐れているんだ。だからいつでも他人の後ろを付いて歩きやがる。
 それを悪く言うつもりはない。彼女がそういう性格を改めるつもりが無く、導く者を失った途端途方に暮れる姿が見たくなくてついつい、お節介焼いちまう俺も俺だ。

「いいか、止めろよ」
「うん?」
「……例えお前がどうなろうと俺は奴を止める。だから、お前も俺がどうなろうが奴を止めろ」
 指針を失って戸惑うな。
 俺が言いたい事は理解したようだ。自分がいつも他人の意見に従っているだけだ、って事は奴自身でもも分かってる事だろう。
 実行出来るかどうかを迷っている表情をアベルは隠していない。
「エズが何かトラブってる情報はすぐレッドらにも伝わるはずだ、隣町だしな。例えレイダーカ本島に行ってたって奴らの事だ、察して速攻で奴らは来てくれる」
「……うん」
 仲間が来るまでの時間稼ぎ。ようするに、そういう事だ。
「行くぞ!」


 壁に張られていた魔法陣ごと破壊され、ついに元エトオノ闘技場の中に入ろうとするランドール、それに続こうとするエース爺さんが俺達をちらりと振り返る。

「ランドール!」
 無視されるかとも思ったが呼びかけると、ランドールは足を止め俺達を振り返ってくれた。
「……奴と約束してんだ」
 言い訳を一人俺は呟く。ランドールには聞えてないだろう。
「なんだ、言ったはずだぞ。邪魔するなら貴様も切る、と」
「ああ、悪いが邪魔させてもらう、邪魔だと思うならこの俺を、切り捨ててから先に行く事だな!」
 これって死亡フラグの立った中間ボスのセリフだよ!などと内心苦笑をもらしつつ武器を中段に構える俺です。
 封印魔法ごと壁をぶち破った、さっきみたいな攻撃を繰り出されたら俺に勝ち目はない。あと、エズの町に甚大な被害が出る事になるだろう。

 あれは、俺がタトラメルツで暴走した時ギルと斬り合った時に振るっていた力にかなり似ている。
 というか、ギルが繰り出してくる一撃そのものだ。何か次元が違う力が働いている。
 あれの一撃で町が抉れる。全てが消え去る。
 そんな物騒な一撃、そうそう軽々しく振るわれてたまるか!
 まずその攻撃を使わせないようになんとか小細工が必要だな。……ダメで元々やるしかない。

「ギルは、俺が倒す事になってるんでな」
「……それが約束か?」
 おっと、聞かれてた。俺は苦笑してしまう。
「そうだ、だから俺がイシュタル国に無理言ってそこに、確保しておいてもらってんだ。テメェに譲るつもりはねぇ!」
「成る程」
 一応、その理屈は理解してくれたっぽい。
「だが、俺がこの中に見いだしているのはギルではない」
「……何だ?」
「ギガースだ」
 ぐっ、やっぱり、『それ』は『そこ』にいたって事か!
 あの謎の封印は、大魔王ギガースを封じているものだって事だよな。ギルの下にあるのは、俺がタトラメルツでとっ捕まり、参加させられたあの謎の封印に連なっているモノか。直接的にそこに居た、という感覚はない。見た感じそこには居なかった、封じるために一旦開封が必要でその都合鉄の扉を開いた先に突如、そいつは現れた。
 思い出している。
 ギルは、あの謎の鳥かご状の鉄格子を封じているのではないか。そこからもう一式、何らかのトンチキな魔法が働いていてそれがギガースへと通じている。
 しかしあまりに安易な展開に俺は苦笑を漏らしてしまった。なんでそんなんをギルで封印しているんだろうな?どうしてそれをナドゥは、誰かに解かせようとした?
 ええい、そんなの俺が考えて答えが出る筈がない!
 とにかく、ギルの下に押し込められているのがギガースだというのなら尚の事、安易に奴を倒して封印を解かせる訳にはいかねぇ!
「……ギルを倒さねぇとそれは、出てこない仕組みだ、と言ったら?」
「まず手始めにギルにとどめを刺せばいい。貴様がやりたいのならそうすればいい」
 簡単に譲ってくれやがったな。だがまず、それでいい。
 俺の言葉を嘘だ、と一方的に否定はしなかった。俺が嗾けたかったのはそこじゃねぇ。とりあえず交渉カードは手に入れた、胃がキリキリする、俺こういう交渉とか向いてねぇんだから!

 落ち着け、不審に思われないように慎重に、奴の腕を縛るんだ。

「お前は一つ、間違ったんだ」
 ランドールは完全に俺達に向き直り、不審そうに目を細めた。
 その間何か騒がしいなと思ったら、上空を飛んでいるヒノトをどうにかしようとイシュタル軍や剣闘士達が戦っているようだ。矢の類が飛び交っている。
 エース爺さんはさっきからその様子も気にしているのだが、ランドールは完全に無視。
 ヒノトには、お前を慕ってついて来たシリアさんが乗ってるんじゃないのか?それとも、彼女とは志を共にし誓い合っていて、今更心配はしないと話が付いているのだろうか。
 俺はそっちも気になりつつもランドールに意識を集中する。
 多数転がる剣闘士の屍を両手を広げて指し示した。
「お前は無駄に、無関係な者の命を奪った」
「話も聞かずに斬りかかってくるような奴に話し合いは無駄だ」
 ……一理あるなぁ。何しろ剣闘士の性格上、問答無用でランドールに斬りかかった可能性が非常に高い。ランドールの行動を阻止しろと命令されて、喜々として躍りかかった奴らが今、こうやって地面に転がってるんだ。強者を前にすると士気が上がる、剣闘士というのはそういうどーしようもない連中が多いのは認める。
 だが相手の意見を認めないで、俺は俺の意見を奴に押し付けてみる。
「イシュタル国は別に魔王を匿いたい訳じゃねぇ。お前だって分かってるはずだ、手に負えない、だからこうするしかなかった」
 こうする、とは封印するしかないという事。
「………」
 恐らく、この頭の悪い俺の予測だから相当に恐らく、なんだけど。
 ……魔王八逆星の連中もギガース相手にはお手上げしてたんじゃねぇかと俺は思うんだ。だから、八の紋様を揃えて封印を施したんだろ?俺が術式に呼ばれた時、殆どの奴らがギガースと思われるモノと距離を取っていた。
 ギルが言っていた。
 奴らは『これ』を恐れているんだ、と。
 ナドゥは別にギガースを未来永久封印しておこうと考えていたのではないだろう。ずっと封印、だなんて。いつ爆発するか分からん爆弾を抱えたままにしておくのと同じだ。ナドゥはそんな非建設な事を推奨するような奴じゃない。なんとかその爆弾を処理して安全なモノにしようと奴ならば、考えるに違いない。

 もしかして爆弾処理できる『何か』を作りたかったのか?
 アービスが言っていた、ナドゥは何かを作ろうとしている、ギルをもってしても未完成だという何か。

 その目指すものが完成したとしたらどうだろう?

 もはや、ギガースを手の届かない所に封じておく必要はない。爆弾処理係に処理を頼めばいいんだ。

 言っておくがもの凄い比喩だけで話している。実際ギガースがどういう風に恐れるべき存在で、どうして手出しが出来ず、どういう理屈でそのギガースをやっつける方法をナドゥが画策しているのかは分からん。この憶測自体が間違っている可能性もある。

 けど、もしかすると……。

 ランドール・アースド。
 こいつは、魔王八逆星の『悲願』を叶える爆弾処理係ではないのか。
 そうだ、インティも言っていた。直接それがランドールだとは言っていなかったが、魔王八逆星の望みを叶えてくれる人がいるのだと、と言っていた。

 それは俺じゃない、俺であればいいのにとインティは言い、でも俺ではなくなった……と、言っていたように思い出せる。

「お前の剣は、ギガースに届くんだな?」
「貴様は、ギガースを知っているのか」
「そりゃ知ってるだろ、イシュタル国で魔王討伐依頼された時に真っ先に『魔王ギガース』って聞いたぞ?」
 大陸座イシュタルトと接触できていないイシュタル政府がギガースの名前を知っているって事は、その名前は例の八国家会議とやらで公にされてたんじゃねぇかな?
「そう言う意味ではない、奴と斬り合った事があるのか?と聞いている」
 俺は少し俯いた。
「斬りあっちゃいねぇな。……ただ、」
 素直にあの時感じた事を思い出して顔を上げる。
「俺も、あれは怖いと思った」
 ランドールは視線を眇める。
「ふん、なら俺が斬る。貴様は尻尾でも巻いて物陰に隠れていればいい」
 ソイツはこの世界をトチ狂わせている赤旗の、根本原因なんだぞ?そんな都合はランドールには分からんのだろうが。
 俺は赤旗、ようするにバグを取り除くデバッカーでもある。原因を前にして、怖いだなんて実際、怖くても震えてる場合じゃねぇんだよ。だけどランドールが始末出来るというのなら、奴を道具として利用するというのもアリかもしれない。レッドだったらそういう事を容赦なく提案してくるだろう。
 ランドールがギガースを目の当たりにしたら、どういうアクションを取るだろう?
 ……不思議な事に俺には、ランドールが何かを恐れるという図がとことん想像出来なかったりする。
 それだけにランドールは……あの、何か得体の知れない恐ろしいもの、ギガースを遠慮無く、そしてあっさり切り伏せてしまうような気がする。

 ヘタにライバル心を燃やさないで、奴に出来る事は任せてしまった方がいいのだろうか?などと俺の脳裏に一瞬妥協案が浮かぶ。
 いやいやいや、ダメだから!何が出るか分からんし、本当にランドールが斬れるかどうか分からん!そもそも、もし本当にギルの下にいるのがギガースだというのなら、それはつまり……。
 大陸座バルトアンデルトである可能性がかなり濃厚なんだぞ?いや、まだはっきりとそうだとは結論出てなかったと思うけどレッドが俺に説明した事がある。奴が言葉にしたッテ事は、かなり確証があっての事だと思うんだ。

 大陸座、本来は概念。そこの付随されたキャラクター、そして肉体を補うデバイスツール。
 裏技を駆使して世界に降臨した守護者、奴らは最初っからこの世界に見合った生命体とは言い難い存在だ。
 死んでも無条件に、デバイスツールを任意で保有したまま条件転生し再びこの世界に戻ってくる。プレイヤーがいないのに世界を変えてしまう力を与えられたとんでもない存在。
 生命体の理屈が見合っていないものを、この世界が『怪物』と呼ぶのなら大陸座は怪物だろう。
 そして、ランドールが先ほど漏らしたように……
 もし神というものが実在しこの世界に受肉するなら、神は生命という概念を著しく破綻していてある意味、怪物として存在するに違いない。
 本当にそんなものを斬れるのか?最も……ランドールもすでに道を踏み外しているんだけどな。自身でそれに気が付いているのかどうかは分からない。わからないが、俺達には確実にそれがわかる。

 奴の頭上には赤い旗がついている。

「お前の剣、なんでかしらんが魔法を破るんだよな?」
「……斬りたいものを斬っただけだ」
 理屈じゃねぇってか。まぁ、理屈を理解して力を振るうような奴じゃなさそうだ。そんな事は深く考えてなさそうだよな。
 とにかく、奴はどうにも魔法……とかく、魔導師曰く先天基礎魔法の『祈願系』というのを紙切れのようにぶった切る特性がある。……後天基礎物理系の理屈がどーたらとか俺にはさっぱりわからんのだけど。
 あと、元エトオノに掛けられていた封印魔法がどういう種類だとかもよく分かってねぇしな。
 とにかく、ドラゴンのヒノトや魔術師のエース爺さんが解除に手間取っていたものを実にあっさり、ランドールは打ち破ってしまった。それは事実だ。
「その力でギガースを斬るつもりか」
「力なんか関係ない、ギガースは世界を破壊する魔王と聞いている。存在を許すだけで世界が歪む、魔王八逆星を生み出した根本、奴らを虱潰しに叩き斬る前にまず、根本を叩くのは効率的に言っても正当だろう」
 ランドール、一応そのあたりの仕組みは分かっているのか。
 ギガースが魔王八逆星を生み出した根本である事。奴がそれを把握しているって事は、やっぱりナドゥもそう考えている事になるんだろう。
 しかし、実際どのように奴らが生まれ、赤い旗が灯るようになったのか、まだそれを俺達は知らない。
「お前の力はギルに似ている」
 再び俺を無視して行こうとしたので俺は、地雷がどこに埋まっているかよく分からない言葉の原に一歩踏み出した。
 ……ランドールは再び足を止める。
「全てを破壊する、お前はそういう力を願ったのか?」
「……願う?」
 ランドールは振り返らないで短く答えた。
「魔王八逆星は望んだと聞いたぞ、ギルは圧倒的な力を望んで破壊魔王になったんだと思うけどな……その果てに怪物になったんだろ。お前もそうやって望んだのか?何かを壊す、その為の力を」
「………」
「ギルと同じであるならお前にギガースは斬れない」
 ギルが、ギガースを滅ぼす存在に成れなかった現状がすでに、あるのだから。
「……俺の剣は改訂の為に振るわれる剣だ。破壊の為のものじゃない」
 ようやく振り返り、俺の言葉に反論を入れてきたな、よし、それでいい。
「お前、ギルと斬り合った事あるか?……俺にはある。それで、俺はタトラメルツの町をふっとばした。俺もその時奴と同じく、何かを滅ぼす力を欲したんだろう……無意識かもしれない。あるいは……」

 心の奥底にあるこの、飢えたイメージを喚起する破壊衝動か?
 何重にも蓋がされ、厳重に仕舞い込まれているイメージ。傷がないのに傷があるように見えるというかさぶたの下にあるもの。

「ギルがギガースを斬れるなら奴らは、封印なんて方法はとってない。さっさとぶった切って決着つけてるはずだ。奴らはギガースを滅ぼしたい方なんだからな、むしろ最初の目的はそれだったし今も、それは変わっていないんだろ」
 魔王八逆星はそもそも、第一次魔王討伐隊なんだからそう云う事になる。
 だが失敗した。失敗してなぜ奴らが今度魔王を名乗るハメになったかはよく分からない。よく分からないけれど、倒すべき相手を倒すためにそのように振る舞う事が都合が良いからそうしたのだろう。
 ギガースを倒せなくて、倒せなかったけどせめて封印しようって事になって、その為に……奴らは人間を止めたんだろ?

 俺は剣をランドールに突き出す。

「そのギガースを、本当にお前は斬れるのか?斬り損なえばどうなる?少なくともテメェの一撃で封印が壊れる。魔王八逆星が施した封印が解けるんだ、ギガースが自由になっちまう!確実に斬れるのか?その確約をするのか?あるってんなら俺も協力してやらんでもない!」
「誰かやらなければいけない事だ。お前がさっさとやらないなら俺がやる。それだけの話だろう」
「それを急ぐ必要がわかんねぇってんだよ!間違いが起きたら?この町の安全は誰が守る!何が起るか分からんだろうが!被害の少ない所に運んでからでも遅くはないだろう?それに再封印が出来るように理論は魔導師連中に解かせるべきだ」
 必死に口が回る。とにかく、俺が言いたい事は。

 その物騒な剣を民家もすぐ近くにあるような町はずれであるこの場で振るうな!そういうこった!

「少し待て、今にワイズがここに来る、それで……」
「その名前を口に出すな!」
 う、やべぇ、これは完全に地雷を踏みました俺……!
「ワイズ……グランソールがここに……来る?」
 ああ、完全に奴の目的が変わっちゃったのがよくわかる。ランドールは下ろしていた剣を構え直して俺の方に向き直った。
「まだ生きていたか、貴様らが生かしたのか?……余計な事を、やはりあの時確実にとどめを刺しておくべきだったんだ」
 ゆっくりこちらに向かって歩いてくるランドール。凄まじい威圧だ。アベルが俺の背後で剣を構え直す。
「お待ちなされランドール」
 竜顔の魔導師、エース爺さんがすっと、俺達とランドールの前に立ち塞がる。爺さんは長い鼻先を少し頭上に向ける。
「シリアが、あまり時間がないと言っております」
 その言葉にランドール、激しくエース爺さんを睨み付けた。
「今、ギガースを斬れないのならばここは一旦引いた方が得策かと思いますがな」
「問題ない」
 一旦歩みを止めていたランドールだったが、再び大股に前に踏み出す。
 そして、実に無造作にエース爺さんを剣の柄尻で叩き飛ばした。なんかイヤな音がした。ふっとばされた爺さんを心配したい所だったが、ランドールが殺気満々でこっちに歩いてくるので俺、それどころではない。
「今すぐに全部叩き斬ればいい事だ」
「無関係な町の人もか?」
「貴様が盾に使うような卑劣なまねをしない限りそんな事はしない!」
「よし、約束だぞ、」
「くだらん、そんなものは当然として守るべき事だ」
 どの口が言いやがる、いや、口が悪いだけで行いにはそれ程悪意が在る訳ではないのかもしれない。真面目に目的以外が見えなくなる、気配りが全くできない子なのかもな。
「貴様相手に、本気を出すまでもない」
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