異世界創造NOSYUYO トビラ

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9章  隔たる轍    『世界の成り立つ理』

書の7前半 故にア・イ『それが無いとつまらないじゃない?』

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■書の7前半■ 故にア・イ Love is reason

 死国で、人の姿をしている者は稀だという。その稀な人物の一人、パスさんは腕を組み直して言った。
「アインからある程度事情は聞いている。大陸座イーフリートは確かにこの町に居たのだが……ご存じの通り今、姿が見えなくなって久しい」
 アインはパスさんにおおよその事は話しているらしい。例の、オズの魔法使い逆形式、とかいう方法でシコクに来た俺達はその乱暴な方法故に、十中八九着地点がバラバラになってしまうと予測されていた。そこでシコクに着いたら、国に詳しいアインが協力者に話を付けて場所を決めて、シコクの皆から手伝ってもらって全員を集める、という方向性になっていたのだな。
 うん、昨日ちゃんと説明しましたとレッドから言われてるけど、俺はちょっとぼぅっとしていて殆ど聞いていなかったのだ。
「突然見えなくなったのか?」
 俺の質問に、パスさんは……何故か黙り込んでしまった。
 ……とにかく、イーフリートは未だ行方不明らしいが、ジーンウイント大陸座のキシの話が正しければ、すでに大陸座を世界から見え、触れない様にしていた結界は崩れ、かつてあった通りで『存在』しているはずである。アインが、イーフリートは間違いなくこの死の国に居る、と主張して両翼を広げた。
「あたし、大体の居場所は分かる。これから案内するわ!」
「それはいいのですが、それよりも……」
 ワイズが言葉を濁した事を察しナッツが頷いた。
「僕ら、人を探してここまで来ているんだ。僕らの他に死国に入って来た人はいないのかな?」
 パスさんはゆっくり頷いた。
「居るようだな、それについてもこれから、逆に頼まなければいけない所だ」
 パスさんは組んだ手をぎゅっと握り込む様にしている。
「この国で生まれた生物は時に、人であった時の魂を宿す。このアインのように、生まれながらにして言葉を話す者が多い。そのような者を見付けた場合、この石の町に連れてくるようにしている。ここに住む限り捕食関係にあっても手出しはしない。そういうルールを……大陸座のイーフリートが作った」
「……なんでだ?」
 素直に俺は尋ねてしまった。するとパスさんは苦笑して肩をすくめる。
「さぁな、イーフリートはおしゃべり好きだから……話す相手が欲しかっただけかもしれない」
 確か、イーフリートはえせ関西弁を話すとアインから聞いている。間違いなく中身はイトウサナエさんだろう。あの人は確かにおしゃべりっぽかった。
「私は別にどうでもいいのだがな……」
「また、そう云う事を言うし。人の形をしている奴らは大抵そうやって素っ気ないんだもんな」
 ノイの言葉にパスさんは目を少し眇め、すまない、話が少し逸れたと断って顔を上げた。
「……先日、外からこの町に怪物がやって来た」
「……大蜘蛛か?」
 ウリッグは、入れ物だった大蜘蛛の抜け殻をすでに捨てている。だからすでに大蜘蛛とは限らないのだが……。
「いや?どうして蜘蛛だと?……蜘蛛を探しているのか?」
 ちッ、やっぱり『器』を変えたなウリッグ。蜘蛛じゃないならいいんだ、と誤魔化しながら俺は、どんな怪物だよと話を促す。
「………。奴は、変な事を聞いてきた」
 なぜかパスさん、怪物とやらがどんなものなのか、については明言を避けたようである。
「最近、つまり今年。この町に来たのは自分の他に誰が居るんだ?とね。……それを話してしまったら次の日、今年この町に来た者達が悉く消えていた」
「消えた?……攫われたって意味か」
 パスさん、苦い顔をする。
「イーフリートが作ったこの町をイーフリートの居ない今も維持すべきか、という論議が少なからず町の中にあったのだが……。おかげで多くの者が怪物を恐れてこの町を去っていったよ。昔はもっと多くの生物達が行き来していたのだがね」
 そういえばノイからここに案内される間、大抵の動物は物陰からこっちを伺っていたな。本来はもっと多くの生物が近くまで来て、無秩序におしゃべりをしている所なのかもしれない。
「……消えたのは、怪物の仕業に違いない。今、奴がどこに行ったのかを有志達が調べている。だが……見ての通り我々に怪物と戦う力があるとは言い難い」
 稀にアインさんみたいに戦闘力が高い奴もいるようだが、基本小動物だからな。
 パスさんの腕に張り付いている昆虫のノイや、話を聞いている他の動物、イタチとか猫とか、鳥とかもちょっと元気無く俯いてしまった。
「なんとかその怪物を追い出すか……でなければ。無害にするべく協力してくれないだろうか?」
 俺が二つ返事で了解しようとする前に、まるで申し合わせたようにランドールパーティーが立ち上がった。
「そこにウリッグが居るなら当然だ!」
「坊ちゃんがそこにいるはずだしね」
「私達はイーフリートの事は後でいいもの」
「僕も探すのに手を貸せるはずです、」
 とかなんとか。
「正直、それがウリッグすなわち……ナドゥ達なのかどうかはわかりませんが。大人数で同じ事をする必要が無い。僕らと貴方がたの目的が違うのは事実ですしね」
 俺達はランドールやナドゥの事よりもまず、大陸座を退避させるべくデバイスツールを受け取る方が優先順位的には上……ってトコか。
「パスさんの願い、貴方がたにお任せしても問題はないでしょうか?」
 と、レッドはテニーさん達ランドールパーティー組に向けて話を振った。
「逆に、君達はそこまで急いで大陸座に会わないといけないのかい?」
 ワイズの問いにはナッツが答えたな。
「それが魔王討伐に必要な手段だと、僕らは判断しているから」
 納得がいかないワイズの腕をつかんだのはリオさん。
「まぁいいでしょうグラン、それよりもまずランドールを止める方が先よ。猶予がないわ」
「………」
 どうやら軍師連中、完全に自分らの都合をバラしている雰囲気ではないな。まだお互いに情報を出し惜しみしている気配がする。そこまでして、互いに話せない部分があるのだろう。
 俺達の都合は『バグプログラム』という上位レイヤー次元の話。
 これは説明のしようがない。だから、これが『俺達の手段』だと言うしかないのだろう。
 もしかすると、俺達がそんなんだからこそワイズ達も全部話をする気にはならなかったのかも知れない。


 当然と、アービスの目的もウリッグだからな。奴とも別行動になる。
 俺達はランドールパーティ+アービス達と別れ、アインの案内でイーフリートがいるであろう場所を目指す事になった。

 先日のマーダーさんがフツーに見えた通り、ジーンウイントと魔王八逆星の一人、エルドロウのやり取りからその後。大陸座を世界から隔てていた壁は取り除かれているはずなのだ。
 見えなくなったままなのはおかしい。復活しているなら、あの騒がしいサナエさんの人格を持つイーフリートが黙っているなんてちょっと変に思える程じゃないか?
 石で出来た灰色の森が途切れ、緑色の正常な、フツーの森が見えてきた。
「……私はこれ以上はいけない。これから先はアインだけで案内してくれ」
「はーい、あたし案内できますぅ」
 アインさん、出身国なので無駄に元気ですね。
「アイン、俺も付いていっていいかな?」
 と、昆虫のノイが俺の腕に止まった。
「いいけど、大丈夫?」
 するとノイ、俺の鎧を器用に駆け上がって来た。
「ヤト、お前の鎧熱に強い仕様だろう?」
「ん、そうなのか?」
「自分の鎧なのに把握していないのか?水の匂いがするし、こんなに蒸し暑いのにひんやりしているじゃないか」
 そう言われれば……鉄鎧なんぞ着てたらこの気候だ、もっと酷い事になっていた気もする。
「シーミリオン国で開発された鎧だし、そういう属性効果でもついてるんじゃないかい?」
 ナッツが確かめるように俺のショルダープレートに触れてみて、確かに周りの熱を吸収している感じじゃないね、とか呟いている。
「詳細分からないのかよ?」
「僕の専攻は薬学だから金属雑学まではなぁ。レッド、何か分かる?」
「シーミリオンで開発された特殊金属だ、と聞いています。新しい技術は色々目を通しているつもりですが、シーミリオンは最近まで国を閉ざしておりましたので……あまり公にされていない技術だったのでしょう。残念ながら詳細は」
 わからんのなら分からんと言えばいいだろうに、めんどくさい。
「で、熱に強い鎧だと何なんだ?これから何処に行くんだよ。火の山か?」
「大当たり~!これから活火山に行くのよ~」
 うげ、当っても嬉しくねぇ!活火山の、しかもめちゃくちゃ活発に活動して居る方の山に登るって云うのか!?
「俺は虫だからな、あんまり火に強くはない。でもお前達に着いて行きたいんだ。この鎧の隙間にでも匿ってくれよ」
「別に俺は良いぜ、虫嫌いじゃないし」
 甲虫類は男の子のロマンだからな。光り物に弱いのですよ男の子は。
 俺はノイをショルダーアーマーにある出っ張りの隙間に入れてやる。ここなら潰す事はないだろう。突っかかりが無くてノイが捕まりにくそうにしているので、千切った布を鎧の隙間に巻いて足場を作ってやった。
「パスさんは?」
「……この石の森から出る事は出来ないのだ、私は」
 パスさんはそう言って、隠している左目を押さえた。
「私はこの、石の森の主。ここから先の火の山は別の者の領域だ。イーフリートが町を作る前からある約束でね」
 なんだかよくわからないが、まぁ色々都合があるのだろう。


 俺達は石化した森の端でパスさんと別れ、疎らになっていく森を進む事になった。

 木々の生える間隔が広くなり、開けた空に……怪しい煙が見えてくる。活火山だ、な。
 硫黄臭い匂いも時に鼻につくようになってきた。


「パスさんは『カトブレパス』っていうのよ」
 ふっと、アインがテリーの肩の上で言った。レッドは何か気が付いたように目を横に流した。
「俯くもの……そうですか。条件転生は……場合によっては人への転生を強制させる事もあるのですね」
 カトブレパスってーとまぁ、某老舗RPGに石化能力がある牛の怪物とかで出てくるからな。そのイメージが俺の中でも強い。石化能力があるRPGお約束モンスターの第三位くらいにはいるんじゃねぇ?一位メディーサあるいはゴルゴン。二位コッカトリスあるいはバジリスク。で、三位カトブレパスな。いや、すげぇ適当な事言ったけどさ。
 実際、原典に石化能力があるという記述はないと云う。
 その目に、生命を殺す力がある。異様に頭が大きい奇妙な偶蹄目の怪物だ。

 しかしこれはリアルでの『話』。

 こっちのトビラの世界において、カトブレパスと伝えるリアルの伝承と、同じモンスターを指しているとは限らない。戦士ヤトとしてリコレクトしてみるが……案の定カトブレパスだなんて怪物に心当たりはないな。
「何なんだ?お前、何か知ってるのかよ」
 ノイは、奇妙な反応を示したレッドに目ざとく気が付いて少し長い前足を伸ばして振り回している。
「……魔導都市で魔法付加について研究している一派がですね、生物に魔法を付加させるという研究をやっていた事があるのですよ。魔導都市はなんでもありの所ですが、それでもある程度の縛りというか、禁忌はあるのです」
「何やったのよ」
 魔導都市に良い思い出はないアインは不審そうに尋ねる。
「生物を殺す目的の魔法は開発してはならない」
 レッドは人差し指を立てて上を指さすしぐさをした。
「原則の、比較的上の方にある約束です。最終的に死に繋がる魔法はこれに該当しません。この法が縛るのは、殺戮を直接助長するであろう魔法の開発は魔導師はすべきではないという事。炎を自在に操る事は、手を触れずに人を焼き殺す事が出来る訳ですがそれは、手段と意思が合致した時に初めて死へと繋がる。手段としての開発はかなり緩く許されている」
「……つまり、死の魔法とかいうのは開発すんなって話だな」
 ゲーム的にいうとザキとかデスとかいう……即死呪文と呼ばれる奴だよ。即座にその人物の生命を断つ。某有名な児童文学においてもこれを使う奴は悪だ。
「ええ、ですが……禁じられるとやりたくなるのが魔導師という性でして」
 額に手を置きため息を漏らしながら首を横に振って。呆れた風を装っているレッドであるが……明らかにその顔が笑っているように俺には見えるんですがね。
「魔法生物の生成、という論理に隠し直死の魔法を研究した人達がいたようです。最終的に存在が死をもたらすという怪物を作った……という研究報告書を読んだ事がありますね、随分昔の話ですけれど」
「……それが、カトブレパスかい?」
 マツナギの問いにレッドは頷いた。
「結局それもある程度『サルベージ』だったようですが。それで、直死の怪物が引き起こす事象をカトブレパスと云う……という情報が引き上げられた。研究報告には後に、カトブレパス生成報告書という名称が付けられていましたね」
 そも、そのサルベージって何だ?引き上げる……という意味なのはリアル俺の知識で分かるとして。こっちの世界でどういう意味なのか戦士ヤトは分からない。
「その後、その怪物はどうなったの?」
 そんな疑問を聞くべきか迷っていたがアベルのその問いを聞いて……俺にとってはサルベージの意味なんて関係ねぇかと開き直って聞くのやめた。ま、必要な事ならその時説明するものと思いねぇ。
「さぁ、分かりません。報告書にはそこまでは。作った生物は規模はどうあれ合成獣に該当します。三界接合術という合成獣精製魔法も魔導師協会では禁忌の一つでしてね、おかげで人工生命体に対する決まり事が結構あるのですよ。野に放してはいけない、というのは基本項目です」
「じゃ、始末されたんだろうな」
 テリーの言葉にレッドは無言で頷いた。アインがそれを聞きちょっと俯いている。
「あたし、元々は火の山に住んでたの。そこにはちょっと偏屈なヒトが住んでいてね、パスさんと仲が悪いんだ。というか、その子は全体的にみんなと仲が良いとは言えないんだけど。しょうがないのよね、誰も側に近寄れないんだもの」
 首を持ち上げ、煙を噴き上げている山頂を見上げる。
「そうやって、誰かが側に来るのを拒んでるの」
「活発な火山に住んでるんじゃぁなぁ……」
 俺は、鎧の隙間に収まっている虫のノイを伺った。
「そんなのにお前、会いたいのか?」
「……俺は必死なんだよ。なかなか虫から抜け出せない」
「なんだそれ?」
 ノイは鎧の隙間から小さな頭を覗かせながら言った。
「それ程に俺は、悪い事をしたんだという事を知っている。……これは罰だ。ちゃんと知っている……だから、なんとかして罪を償いたいと思っている。でも、虫だろ?出来る事なんて限られる」
 鎧の隙間から小さな頭を覗かせてるノイは、触角を力無く下ろして感情を表しているな。
「役に立ちたいんだ。何が出来るか分かんないけどな」
「……ふぅん、」
 思うに、腹が減っている小鳥のエサになった方が道徳は稼げるような気がするんだがな、理屈上。
 しかしそんな事言うのも、かつての『罪』とやらを償いたいと必死なノイに悪い。そもそも、何をすれば虫から脱出出来るのか。自分が何者で、自分は何をして生きるべきか。それを正しく理解する事が重要なんではないだろうか。
 ノイがそれに気が付かない限り、多分……虫から脱出できんのだろうな。そう思う。
 そんな事を説明してやってもいいけど、道徳値とかいうのはシステムだからNGだし。
 そういうの諭すの俺のキャラじゃねぇし。
 やっぱ、黙っているしかない。
「あの石の森、パスさんが作ったのか」
「んー……話を聞くにパスさんもあんまり、交流を持ちたがるヒトじゃなかったらしいのよね。イーフリートが随分丸くなったとか言ってたわ。いい人なのよ、だから多くのヒトが今は頼りにしてて、石の森は町になっているんだから」
 俺は、ため息を漏らしこの、へんてこな国を思う。
「世界にはこんな変なルールが働いている所があるとはな。レッド、お前知っていたか?」
「いえ、全く。エースさんはここの事情は知っていたはずですが、この街の事は全く誰にも話していなかった気配がします。……あの赤い海。死熱の海と言われている海は航海が難しい。激しい嵐が生まれては船を海の外へ押し返す。ましてや辺境にありますしね、調査が上手く進んでいない所なのです。場所によっては海水が赤いという噂もありました。その場所についてもある程度判明している」
 レッドは少しのため息を交えた。
「精霊の海と同じくで、その海の向うを目指して戻ってきた者がおりません。アインさん、どうして死の国について先にお話頂けなかったのでしょうか?」
「どうしてって」
 アインはきょとんとして目をしばたいている。
「あたしの国について、あんまり聞かなかったでしょ?」
「あまりご存じではない、という雰囲気は察していましたが」
「そうねぇ……正直条件転生なんて仕組みがあるのも最近知った訳だし。ノイもそうだしパスさんも、この火の山に住んでいるペレーちゃんもそういう事一切お話してくれないしね」
 アインはぐるりと首を回した。
「過去が『重い』みたい。だから、何も語りたくない。そうやってお互いに距離を取ってるの」
 エースのおじいちゃんもそんな感じなんじゃないかな、とアインは小首をかしげて見せる。
「いつまでもそんなんじゃアカンでー、といって間を取り持とうとしたのがイーフリートなんだ」

 チビドラゴンのアインは、プレイヤーが『ドラゴンフェチだからドラゴンをやりたい』という理由で作られた。

 プレイヤー、フルヤ‐アイはトビラというゲームをするにあたり、その野望通りドラゴンという種族を選んだ訳だ。
 しかしフツーのドラゴンは言葉を喋る訳ではない。喋る為には多くの経験を消費して背景やら技能やらを得なければいけない。テストプレイヤーとして多くの経験値をボーナスで貰った訳だが、それでもしゃべるドラゴンを作れなかったというのが事実であるらしい。
 ちなみに、しゃべらないドラゴンをプレイヤーとして選ぶ事も可能である。
 その場合喋りたくても喋れない。ドラゴンを選んでせっせと経験値を得て、その後言葉を喋れるようにするというプレイもこのトビラというゲームでは出来るらしいが……相当に根気の要る作業になるだろう……。テストプレイヤー件デバッカーでなければ、案外アインはそういう地道な方を選んだかもしれない。ゲームを根気で突き詰めるプレイ枠で来ているのがアインである。
 RPGを愛という執着でプレイする事でテストプレイヤー権を勝ち取ってこの場にいるアインは、初めてプレイするゲームのシステムをざっと読み……自分が持っている経験値を把握して、だな。
 何をすれば喋るドラゴンを自分のキャラクターにする事が出来るか、というのを見事に実践してみせてくれたって訳である。それでもがんばって10歳児らしいけれど、システムの隙をついて可能にしちゃって今に至る。

 経験値の上昇は、キャラクターの背景を重くする。
 選べない。どんな経過を経たのか、おおよその骨組みを決める事は出来るようだが、決めなければそりゃぁもう、勝手に決まる。
 俺なんか魔法素質が高いのだが魔法を一切使わない剣士、という余計な設定付けたばっかりに……そりゃもうめんどくさい背景を背負うハメになっているからな。もちろん、ある程度は狙った仕様だけどさ。
 ここまでどん底になるとは思ってなかったよ。
 設定が『重くなる』というシステムは最初から説明があったらしいけど俺は、取り扱い説明書はあんま読まない人なので実際重くなっている事に遭遇するまで良く分かっていなかった。
 テリーとアインはその辺り、最初から知っていたような話をしていたっけ。

 アインは、失われた『過去』に何をしたのか、はっきりとは語らない。
 憶えていないのかもしれない。
 思い出せないのかもしれない。

 彼女はキャラクターを一度ロストし、その後条件転生……しかも悪性の方で転生したから死の国出身の、おしゃべりするドラゴンだ。俺が危惧した通り、経験値をマイナスにしたうえでの悪性条件転生に任意で付き合う抜け道はある、って事だろう。アインはそれを抜け目なく突いて、神竜種、横文字にするとサイバーというのだが……人語を最初から話す子供のドラゴンというキャラクターを世界に立てたのだ。
 当然、悪性なのだから背負う経歴は重くなる。辛くなるんだ。
 彼女はそれを承知して……条件『悪性』転生による『神竜種』という種族を選択出来たのだろう。

 人の言葉を話す生物の種族は、システム上はサイバーと分類され、こっちの世界では『神○種』と現す。
 死の国、ここは一方で神の国でもある。魂とかいう中途半端なものを『神』という、半端な概念に例えれば、の話だけれど。ここでは、神という彷徨う魂を宿した生物は言葉を話す。
 罪を犯し、罰として……かつてあった姿とはかけ離れた生命として生きなければいけない。
 この国は、そう云う所。

 んじゃぁアインの魂が犯した罪とは何だろう?

 それに、興味が無いと言ったら嘘になる。脳天気な幼年ドラゴンを装う彼女は、一体どんな経歴を隠していると云うのか?

「……ナドゥは探しているのかもね」
「ん?何をだよ」
 そんな事を考えていた俺だったが、ふっとアインが呟いた言葉に反応して顔を上げる。
「死んだ人の魂よ。絶対まだここにいるって、知ってるんじゃない?それくらい『悪人』の魂。だから、ここに来て、探している魂の可能性のあるヒト達を攫っていったんじゃないかしら?」
 アインはこの国の人じゃない生物達も纏めて『ヒト』と言っているようだな。
「そも、レッドでさえ知らないようなこのヘンテコな国の……事情。それをなんであいつは知ってるんだ」
 ノイが居るからシステムとか口には出せんよな、危ない危ない。
「そうですね……どうにも多くの研究報告に精通しているようですから、魔導師協会に属しているはずなのですがね。そうしないと研究報告書は閲覧できないはずですし。魔導都市では書類閲覧者が長期に渡って情報管理されています。ナドゥ、リュステルなどの名前で調べましたが閲覧したという情報は得られませんでした」
「ゴミ箱だとか言う名前は?」
「DS、ですか。一応絞り込みましたが残念ながら。そもそも偽名登録も出来るんですよ。まぁ、証明を取らない場合の閲覧は読める範囲が限られていますからそれはあり得ないのですけれど……ようするに、魔導師協会に最底辺『緑位』としてでもいいので属していなければ知り得ないはずの情報を、彼は知りすぎている」
 魔導師ってのは協会だから名乗るには組織に属しなきゃいけねぇのな。で、魔導師はやらないのだけど魔導師の恩恵に預かる事が出来る位ってのがあって、それが『緑』。兼位とか言うらしい。
「どうにか本人を捕まえて……詳しいからくりを知りたい所ですね」
「全くだ、早いとこイーフリートと会って、ランドールの奴をおっかけようぜ」
 ランドールがが誘われて、一人着いて行ってからもう、だいぶ立っている。
 正直かなり心配だ……本当は心配したくもないのだが、こっちの足を引っ張る様な展開を引き起こしてたら勘弁だろ?……変な事になってなきゃいいんだが。
 んー、でも案外ナドゥや大蜘蛛の奴を一人でぼっこぼこにして、平然と遅いぞ貴様らとか腕組んで待ってそうな気配もするけどな。むしろ、それ以外のビジョンが上手く描けない気がしてきた。
 ランドールってどんな奴?と奴のパーティーメンバーから聞くに、なんだかとんでもない奴だという認識だけが肥大してしまっている。
 ランドールの事情は置いておいくとしても……ナドゥが画策している何らかの事は気になるな。


 森は次第に降り積もる灰に埋もれ、焼けただれた炭や黒い鉄分の多い岩がごろごろ転がっている景色に切り替わっていく。
 地面が熱い。視界の奥に、赤く燃える溶岩がじわじわと流れているのが見えてきた。
「やっぱり、ちゃんと復活してるみたい」
 それを見てアインは首を回す。
「あれ、ペレーちゃんの火じゃないもんね。ならどうして森に戻ってこないんだろ?」
「その、ペレーちゃんて?」
 アインは油断するとすぐにちゃんを付けて名前を呼ぶ癖みたいなものがあるからな。可愛らしいイメージを抱きそうになるが、名称と外見が一致している場合は稀だ。テリーにさえ当初ちゃん付けしようとしたからな。
 そのように警戒して尋ねたら、アインは顔を上げて空を見上げた。
「ああ、もうすぐ来ると思う。……ほら、来た」
 俺達も倣って空を見上げると……雲がほとんど無い晴天の空に、白い眩しい光を放つ太陽が……二つ。
「……!?」
 網膜を焼くような激しい光を放つ者が、熱波を伴って目の前に落ちてきた。接地したとたん黒い大地をチョコレートみたいに溶かしやがる。
「う、見えねぇ……」
 眩しすぎてまともに目を開けてられない。融けていく地面に辛うじて視線を落としているのだが……刺す様な光が熱い。
「ペレーちゃん、落ち着いて!」
「アイン?」
 すっと温度が下がる。恐る恐る目を開けると……灰色のフリル満載のドレスを纏っている少女がふわふわと浮いている。
 いや、よく見ると……ちょっと違うな。
 少女の姿をしているコレは……人形か。豪勢なドレスは今にも風に舞い上がりそうだがそれはない。
 石灰で作られた精巧な人形がふわふわ空中に浮いているのだ。
「何よ、戻ってきているならどうしてすぐに来てくれないの?」
「だって、お友達が一緒なんだもの。ペレーちゃん、すぐに燃やしちゃうんだもん」
 光は収まったもののまだ、熱そうだ。灰色の人形の周辺の土がちりちり赤く燃えているのが見える。それにアインは構わず抱きついていった。
 見た目赤い鱗を持つ通り、アインは火竜だから熱には強いらしい。
「久しぶりだねー!でも全然変わってないし」
「変わる訳ないでしょ?あたしはずっと、このままなんだから」
 ちょっとだけ周りの温度が上がる。どうやら、このペレーという人形の『感情度』によって温度が数十、いや。数百度の幅で軽く上下するらしい。

 何だ?この石人形は。

 表情を変えない人形に抱きついたままアインが首だけで振り返る。
「ペレーちゃん、あたし外に行っちゃってたみたい。この人達はお外でよくしてくれたあたしのお友達なの」
「ふぅん、そう」
 口パクはない。当然だ、石人形だもん。
 だが声がどこからか聞こえるが、どうにもこの、つんけんした具合は……。
「……よかったじゃない。でもこんな所に来たら危ないの、アインは分かってるでしょ?どうして連れてきたのよ。あたし、燃やしちゃうかも知れないのに」
「大丈夫だよ」
 アインは羽を羽ばたかせる。
「ペレーちゃん、そんなヒトじゃないのあたしは知ってるし」
 ……表情に変化はないが、微妙に身震いしたように揺れた上で温度がぐっと上がった所からしてこのペレーという人形、動揺した気配がある。
「そんなの……わからないじゃない?」

 この人形娘、ツンデレか。

 俺はそのように心の中で彼女?の属性を確信に替えましたッ
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