異世界創造NOSYUYO トビラ

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9章  隔たる轍    『世界の成り立つ理』

書の5後半 死と熱の向こう『漕ぎ出せ!よもつひらさか!』

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■書の5後半■ 死と熱の向こう Southern country in the distance

 大陸座は、世界を破壊するであろう『魔王』という存在を、恐らく彼らの知りうる何らかの事情で察した。それで、世界保全の為にこれを滅ぼす事にした。
 所がそれを、公にするなと大陸座が指摘する。是非とも秘密裡に討てと云う。
 大騒ぎして、世界を混乱させてはいけない……とな。

 魔王がいる事を知られる事で、ある意味世界が『壊れる』という事を大陸座は危惧したのだろうと予測したのでしょう、とレッドが言っている。
 存在が物理的に世界を破壊するとは限らない。
 魔王、破壊者、ただそれが世界に『在る』と知れるだけで、世界が破壊されてしまう場合だってある。
 縁を持ち、世界の破壊を引き起こすものを余計に分布させ、感染させる事がないように気を遣った、とも取れる。
 それが赤い旗のバグプログラムだと大陸座達が気付いていても、いなくとも。何となくどういう属性のものなのかは感づいていたのかもしれない。ヤバいから倒さなきゃと思った段階で、存在そのものを無かった事にしようとしてたんだろう。

 最初から大陸座が動けばいいだろうが、まぁこれはナーイアストのタナカさんが言ってた通りだ。
 大陸座として世界に存在する以上、彼らはもはやただのテストプレイヤーではない。
 強く世界に存在するからこそ、強く強烈に世界を変えてしまう可能性を秘めている。大陸座は世界の姿を守りたいだけで、決して改変したい訳じゃないからな。
 むしろそれは、破壊活動にも等しい事になるのだろう。

 実際、魔王の根本、ギガースというのは実はが9人目の大陸座バルトアンデルトだという事情からも察する通りである。

 だから、大陸座の選んだ『強い者』を送り込んだ。
 これが、第一次魔王討伐隊って事は理解したか?

 ナッツとワイズは、この第一次討伐隊のメンツを知っている。
 そして、だからこそ様々に口を閉ざしている事がある。というか、在りまくりだろう。
 リコレクトするとおおぁ?ナッツさんそれどういう事?と突っ込む所が結構あるぞ?。
 上手くリコレクト出来ていなかったから、じゃぁないだろう。
 ナッツは様々な事を知っていて、あえて惚けて答えていた事が沢山あるって事になる。
 大陸座がどういう意図を持っていたのか、というのもナーイアストに会う前から知っていたって事だし……魔王討伐隊についても同じくだ。
 大陸座の意図が元からどうあって、どういう存在であるのか、というのも割とはっきり認識していた気配がある。

 そして、ランドールの目的が実際の所、何であるのかも、ナッツはすでに知っているという事でもある。
つまり、ランドールがウリッグという蜘蛛に復讐する為に動いているという事実を最初から知っているという事だ。ブレイブとか何とか結成して勇者様をやりつつも、結局ランドールはウリッグが見つかればそれを追いかける事をナッツと、ワイズは最初から『知ってた』。

 で、今もって全てを吐露ったという気配ではない。
 ナッツとワイズはお互い目配せしながらボチボチと『今言える』事情を語ったという気配だ。

「……ワイズ、君の所では魔王八逆星について、どれくらい解った?」
「いやぁ、さっぱりですよ。何しろ坊ちゃん、破壊魔王の正体が大蜘蛛だって割とはっきり憶えている訳でしょ?一回だけホンモノの破壊魔王と対面しちゃった時、はっきり言いましたもんねぇ」
「え?ギルとランドールって戦った事あるのか?」
 するとワイズ、苦笑する。
「戦ってはいないですよ、オーンを『物理的に』破壊したのがその、ギルという破壊魔王?というのは坊ちゃんすでに知っている。だから、対面していきなりケンカふっかけてこっちは冷や冷やもんでしたね。『俺の目的はお前じゃない!奴を出せ、奴はどこにいる!』って剣つきつけてね」
「……何時の話だよ。よくそれで、ギルが反応無しだったね」
「フェリアでの攻防戦の時かな、いやはや」
 ワイズは口の端を引き上げたから……笑ってんのかなこれは?
「ようやくトップを引き出す事に成功したわけですけどねぇ、いきなり破壊魔王は流石に想定していなくてアレは少々、肝が冷えましたね」
 破壊魔王、すなわちギルの事情が飲めていないようだったので俺達が被ったあれこれを説明してやる事に。
 すると、事情がまた別の角度で開けてきたらしい。ワイズは引き上げていた口元の緩みを引き締めた。
「……じゃぁ、破壊魔王さん。無言で引き返したのには意味がある訳だね」
「無言で?」
「引き返す……」
 それは、あり得ないよなぁ。
 本当にソレ、ギルか?と疑ったので容姿などを確認してみたが、ランドールパーティーの証言と俺達の認識はちゃんと合致するのでした。
 あのギルが、ランドールにケンカ売られて……買わずに無言で引き返す?
 どういう事態だ。
「ちょっと顔が引きつっていたと思うよ、その後すぐ背後を向いちゃったからよく分からないけど……」
 鉄仮面の、特徴的な声を持っているマースが当時を振り返るように少し頭を上げた。ちなみに鉄仮面のままである。
 声が少し甲高いのは鱗鬼種という種族の特徴だそうだ。声帯が特殊なんだとか。
 ギャ、とか語尾につけないだけアレである。しかし油断すると声変わりしていない子供の声みたいに聞こえるんだよなぁ。そのしゃべり方も子供と勘違いする要因だと思われ。
「殺気は隠してなかったよね、こっちを向いていなかったけど、間違いなくどこかに向けて殺気立っていたと思う」
 うーむ、しかしますます解らん。
「しかしあそこで帰ってくれたから僕ら、フェリアを守れたようなもんでしょ?流石は坊ちゃんです」
 誉めているのかそれは。テニーさんも深々と頷いて言った。
「とはいえ、いくらランドール様といえ、タトラメルツを半分近く消し去ったような怪物では危うい」
「………」
 いや、ちょっと待て。

 タトラメルツ半壊正確には三分の一消し去ったのは……何時の間にやらギルの仕業になっているんですか?

 事実はそうじゃないぞ、確かに、俺とギルが戦った結果ああなったとも言えるが……。
 間違いなくあれは俺の所為だからな。
 それは、世間の認識がどうであれ取り違えるつもりは無い。

 俺はそのように決心し、いっそ話してしまうかと自虐的に顔を上げた所ワイズと顔が合った。
「そうだ、今度会ったら聞こうと……」
「つまりお前らは、魔王八逆星と直接やりあった回数は殆ど無い訳だな。構成人数情報も知らない」
 ワイズの言葉を遮ったのはテリーだ。
 これは……俺の行動、悟られたかな……はは。
「ああ、……そう言う事になる。だから、タトラメルツの件も含め出来れば情報を共有する事は出来ないのだろうか?」
 テリーの言葉にはテニーさんが答えた。しかしワイズが『聞きたかった事』は承知しているようで結局、話を元に戻しちゃった。
「まぁ、いいんじゃないでしょうか。僕らの知る限りで魔王八逆星の情報をお渡しする位は問題ないと思います。とりあえず貴方がたの真の目的についてはおおよそ理解出来ましたし」
 俺にはよく分からないけどな、これで勘弁してくれとテニーさんが話してくれた少しの事情でレッドは、多く事態を読み取っているのかも知れない。
 するとナッツが苦笑する。
「オッケーしちゃうんだ」
「何でだよ、お前こいつらに魔王の情報やりたくないのか?」
 ナッツは苦笑したまま観念したように頭を下げ、ため息を漏らす。数秒そのように俯いてから唐突に顔を上げる。
「じゃ、ごめん。先に僕から言わせてくれないか」
「何をだ?」
「テリジア・ウィン」
 ナッツが唐突に言った名前に明らかにテリーがびくりと動いた。テニーさんも眼を細めている。
「彼女を筆頭として、レッドの指摘通り。ファマメント国で第一次魔王討伐隊は編成された。とりあえずツッコミ所はあるだろうけれど黙って聞いてくれ……シーミリオン国の代表として来たのはナドゥ・DS」
 ………?
 突っ込むなと言われたが、それは突っ込まずにはいられんだろうが……!
 シーミリオン、つまりユーステル達の国から魔王討伐に出かけたのはキリュウの兄、リュステル・SSだって話だったじゃねぇかよ!
「それから、シェイディ国から使わされて来た魔法使いがインティ」
「ぬ、」
 竜顔のじいさんが何やら呻いて、質問を呑んだ。
「ペランストラメールからやってきたのが……エルドロゥだね」
「……現行魔王八逆星じゃねぇか」
 俺の呟きに、ランドールパーティの事情が分かっている人達が驚愕している。ええと、シリアさんとか気配的には鉄仮面のマースという人もいまいち理解していないっぽい。つまり、それ以外。あとウチのアベルさん。
「カルケードからはアイジャンが来た、というのは想像つくだろう?」
 つまり、南国でアイジャンが魔王八逆星に属していたという事実を知った段階で……第一次魔王討伐隊について知っていれば……在る程度の推測が出来るだろう。魔王八逆星とは、もしかすれば消息を絶った第一次魔王討伐隊の事ではないのか、と。
 少なくとも、ナッツには推測出来ていた訳だ。
 レッドは驚いていないな。奴も在る程度推測はしていたようだ。なんとなく、そんな気配は察していたに違いない。どっからヒントを得ているのかは俺達みたいなおバカにはさっぱり分からない事ながら。
「で、ディアスから来たのはアービスだね」
 俺は隣のアービスを振り返ってしまったが、首を横に振って事実を復唱してくれる。
「私は本来アービスだなんて名前じゃない」
 ああ、そうだった。
 お前はアービスになるように『作られた』あるいは『作り替えられた』存在だったな。
「で、実を言うとイシュタル国からは代表者が来なかったんだ。どういう事情か解らないけど、まぁ来ないのはどうしようもない」
 俺は指折り数える。イシュタル国にいるだろう大陸座が代表者を送らなかったとはいえ……もう一人足りないだろう。
「そうだ、コウリーリスからは誰が出たんだ?」
「コウリーリスも誰かを選出来る状態じゃないのは解るだろ?マーダーさんがあの状態だもの」
 ああ、そっか。マーダーさん、ドリュアートの木から離れられない非力な生物になっていたんだったな。
「でもまぁ、コウリーリス出身のバカに強い罪人がファマメントにとっつかまっててね。それが無理矢理連れて行かれたんだけど」
 数えるついでに、現行魔王八逆星の連中と頭数を合わせてみる。
 ギルとストアに該当がないな。
 バカ強い罪人?
「……つまり、無理矢理連れてかれた罪人とやらが……ギルか」
 すると何故だか、ナッツとワイズが顔を見合わせる。
「そうだ、と言いたい所だけど……どう思ったワイズ?」
「微妙ですな、あれが例の『緑国の鬼』だと結びつけるのは僕には出来ませんでした。外見は確かにあんな感じだったかなぁという具合ですけれどぶっちゃけ、殆ど憶えてないですし、大体……性格が真逆でしょう、ああいう豪胆な性格じゃなかった」
「だよねぇ?何より性格不一致だよね」
「そもそもあれは……死霊と同じだ。生きる屍ですよ、テレジア様の……失礼、とにかく。魔王討伐隊が今、魔王側に寝返って魔王と名乗っているらしい事情は把握しました」
 ワイズはちらりとテリーとテニーさんを伺って、話を中途半端に切り上げて口を閉ざしてしまった。
「なんだよ、はっきり言わない奴だな」
「んー、悪い。ノーコメント」
 あ、なんかウィン家の二人の目つきがちょっとおっかない状態になってる。
 テレジア・ウィン……か。
 ウィン家ってだけで、二人とただならぬ関係にある事は良く解る。名前からして……女性っぽい気配がするが。魔王討伐隊第一陣が10年近く前の話だとするなら、テリーより年下という事はあるまい。
 姉か?あるいは……母親だとか?
 そういや、あのイケイケなナイスバディ魔王八逆星、ストアの該当者がいないよな。ここまでガチで討伐隊が魔王に転じているなら、消去法で行くとそのテレジアさんがストアという事になりはしないか?
 しかし、ストアと対面した時テリーは無反応だったし、ストアもあえてテリーにちょっかいを出している気配はない。
 無言で険しい顔をしているテリーを伺うようにしてレッドが口を開いた。
「何にせよ、魔王八逆星の選定にははっきりとしたルールはないようです。アービスさんもそのようにおっしゃっていた。無作為に力の強い者が数えられている……8人、数が重要でその人数必要であるという、その理由についてはご存じですか?」
「……ああ」
 アービスは少し疲れたようにぞんざいな言葉を返す。
「トビラを閉じるに必要な柱の数だそうだ」 
「……トビラ?」
 奇しくも……てゆーか。そもそも、トビラなんて名称は余りに一般的過ぎてアレだよな。
「何かを封じているみたいだ、私もよく分からないが……何か恐ろしいものだというのは雰囲気で分かった。近づくと震えが止まらなくなる」
 右手で左腕をぎゅっと押さえ、アービスは続ける。
「その、トビラを閉じるに必要な要として8人必要なのだそうだ」
 ワイズが笑い顔を消して呟く。
「って事は四点二重結界かな。一般的に封印結界は三点三重結界、あるいは三点四重が最良と言われるけどねぇ……ふむ、何か8柱結界でなければならない理由でもあったのかな」


 ナッツ、知っていたんだな。
 魔王討伐隊が、何時の間にやら魔王側になっちゃってる事。
 名前とかを耳にした段階で、相当に早い段階で把握していたに違いない。
 一番早い段階ってどこだって考えると……アイジャンじゃないんだよな。もっと前だ。
 梟船、エイオールに乗っけて貰って怪しい取引に同行し、アタリ引き当てちまって……いきなりラスボスみたいなのにぶち当たるハメになり致命傷を負ったという……。

 オーター島でのギルとナドゥ。

 とすると、あの時ギルが指を指した人物について、再び修正を入れなきゃいけないかもしれん。

 最初、俺達の頭上に立っている旗を認識しているのかと思ったがこれは、勘違いだった。
 奴らはフラグシステムは理解出来ない。
 って事で、次に考えられる可能性として……奴らが見知っているアービスと、俺の顔が酷似しているという事実かと思っていた。
 確かにその可能性も今だ棄て切れてはいない。
 だが、もしかするとギルは……ギルがその、ファマメント国でとっつかまったという罪人であれば、の話だが。
 ファマメント国において生神様として信仰対象であったハクガイコウ――現在代理であるナッツを指さした可能性もある。
 そしてもしかするとナドゥもナッツが居る事に気が付き、こちらの事情を変に深読みして意味深なセリフを残したのかも知れんな。そしてその行き違いは、割と最近まで解消されていないと見える。

 ナドゥは、自分達の事情や素性が『すでにばれている』ものとして動いているんだろう。
 もう、最初っからそのように勘ぐって慎重に動いている。
 ナッツが知っているはずだから明らかにされているはずだと認識し、余計に回り込みすぎてるんじゃぁなかろうか?
 ナッツさん、その辺り攪乱目的で俺達に黙っていたというのなら大したもんです。流石は第二軍師、侮れねぇ……。


 何はともあれ、ナッツが様々な事に対して『黙って』いた事に対してはあえて何も追求はしまい。
 なぜなら、俺達は知っている。
 経験値の多さが、歴史の重さとなってキャラクターに背負われているという事情を知っている。
 ナッツにもナッツなりの何かの事情があって『言えなかった』。
 そう云う事だろう。

 自分達の傷を毟らないためにも、あえてそこは攻めるべき所じゃない。
 俺達はそこらへん、もはやしっかり弁えてしまっているんだ。

 魔王討伐を目的にして集まったとは言い難い。
 それぞれが、それぞれの思惑を抱えて集い、その果てに魔王討伐という目標が出来てしまった……俺達はそういうパーティ編成になっている訳ですよ。
 何も知らず巻き込まれている悲惨な人柱。
 黙って人の後ろを着いて歩く壮絶方向音痴。
 重大な事情に口を閉ざして脳天気に闘いバカやってる奴。
 魔王討伐というより実は魔王側に寝返る事を画策してる奴。
 傷心を抱えて外の世界に掬いを求めてきた人。
 なんだかよく思い出せないと、過去が失われている奴。
 そんで――全ての事情を知った上で沈黙に耐えている奴。

 誰一人世界を守ろうなんて、そんな誇大妄想抱いておりませんなぁ。
 実際、世界に比べて個人なんて小さいもんだ。
 世界を俺が救う、などと最初っから考えて旅を決意する奴は間違いなく勇者だろうよ。
 今の決意はどうであれ、きっかけなんて些細だ。
 転がった岩というよりは、斜面を下り落ちる雪玉だな。
 いつの間にか巨大に世界を飲み込み肥大しつつ……俺達の旅は続く。

 決意はもう済んでいる。
 お互いの情報交換も終わった。

 手渡されていた粘土板をアービスが手に取る。
 容易く手の中で砕くと、彼の目の前に頭を下げてくぐれる程度の円形、転移門が現れた。
 事前に聞いた所、コイツの出現時間はそう長くはない。

 一瞬迷ったような気配を漂わせたアービスを、俺は前衛盾役人柱として強引に蹴り出してやった。
 その後ろに駆け足で続く、総勢13人と一匹。
 まず俺達のパーティ6人と一匹だろ?それからアービス、そしてランドールパーティーはランドールを除き7人と一匹。
 だがしかし、ランドールんトコにいる最大4人乗りドラゴンが転移門をくぐれないという事で……飼い主であるシリアさんだけ、行き先で合流という事になっている。
 だから13人と一匹だ。
 大人数潜るんだから、長く開いてないんだから迷ってんじゃねぇよもぅ。
 しかし、実際この転移門潜るに……うっ……気持ちが悪い。
 相性が良くないらしいなぁ俺、潜る度に気持ち悪さを意識してしまってどうにも転移門は苦手だ。

 転位空間が繋ぐ短い異界のトンネルをアービスと一緒に抜け出していた。
 行き先についてはすでに、レッドによって割り出されている。


 南国カルケード、その遙か南にある辺境の森だ。

  

 これでようやく森歩きとおさらば出来ると思いきや。再び森ですぜ、しかもコウリーリスのとはかなり種類が違う。
 森から森に移動で、こっちは何も段取りが出来ない。
 それでも、あえてナドゥが敷いているであろう罠を踏みに来た俺達です。
 しかし行き先がいきなり南国だもんなぁ。
 そりゃ、レッドも『理由』を聞きたがる訳だ。結局ランドールが南国カルケードと西国ファマメントの問題を国際的にまたいでいる事情を説明されれば、なんとなく解らないでもない訳だけど。

 テリーが言ってたな。
 ……王の器、か。
 王、そういえばナドゥのおっさん器はともかく、王がどうたらと言ってた気がする。何処で聞いた事だったか、リコレクトするも上手い事思い出せない。

「………」
 先に転移門を潜った俺とアービスは、うっそうとした森が少し開けた広場にゆっくり散会し、後続が全員門を潜り抜ける前に顔を見合わせて言うのだった。
 たぶん、同じ事を考えていると思ったのだな、お互いに。
「お前、その格好暑くないか?」
「ああ……酷く蒸し暑い」 
 流石常夏カルケード!

 コウリーリスの夏も相当不快指数高いが……ここまでじゃねぇ……!

 慌ててマントをむしり取る俺の背後で静かに、転移門が窄まって消えていった。
 無事予定人数潜って来た様である。
 するとさっそくレッドが何やらキョロキョロして、しゃがみこんで地面に触れる。
 ……ここ、森が切れていて俺の足の下に砂がある。森の中で砂が露出ってのは偉く珍しいんだが……要するに不自然だ。おかしい。なんだこれ?
「……砂漠の砂でしょうか?」
「じゃぁ割と砂漠ってすぐ近くなのか?」
「いえ、森との間にはステップ気候が挟まっていますよ……どっちみち不自然、と言う事です」
 じゃぁ、この砂は何だよ?
 レッドは立ち上がってちょっと下がってください、と一同をその場から退避させる。
 何をするのかと思ったら、魔法で風を起こして砂を巻き上げて……。
 なぜそんな事をしたのか理由が分かる。

 砂の中から転移門が表れた。それは、短い毛の生えた蜘蛛の背中で、……魔法陣的な役割をしているモノが模様として刻まれている。
 巧妙だ、一見ただの蜘蛛の幾何学模様かって思う。

 砂の中から、干からびた大蜘蛛のぬけがらが現われた。この巨大な蜘蛛はすでに事切れている。そういえば蜘蛛は脱皮する生物だよな?まさか本当に抜け殻かとも思ったが……違うな、これは……死骸だ。

「ウリッグ?……の、死骸か?」
 レッドは砂に埋まった蜘蛛の頭を片手で掘り出しながら小さくうなずいた。
「の、ようですね」
 そうして、緊張を解いていない天使教2人に顔を向ける。
「あなた方はこれを知っていますね、」
 そう問われ、ワイズは敵わないねぇと苦笑した。
「どう言う事だ、レッド、分かりやすく説明してもらおう」
 レッドは立ち上がって言った。軽く自分の頭をなでるようなそぶりをするな、うん……そうだな、この蜘蛛の死骸にはすでにレッドフラグが無い。多分それを言いたかったジェスチャーだな。
「この怪物、魔王軍とはフーミュラが似ていますがどうにも規格が違うな、と思っていました。ウリッグとは大蜘蛛の事ではないはずですね。もっと別の何か――これは。単なる入れ物にすぎないのではないのでしょうか?もっとも、生物にとって肉体とはすなわち入れ物とも言えるのでしょうけれど」
 先生、フォーミュラって何でしたっけ?解説された気もしますが、戦士ヤトはちゃんとリコレクトしません!さてそこを突っ込むべきかと、同じく知識底辺のアベルを伺おうとしたその時、リオさんが言った。
「高位ともなれば、魔王軍の纏う魔法的な歪みの違いも見えるものなの?」
「それは、理力使いである貴方の感覚の方が鋭いと思いますよ。僕はそれを真似て一種、魔王軍探知の様な方法として使っているだけです」
 と言って眼鏡を押し上げるレッドさんですが、もしかしなくても、そんな魔法なんて構築してないだろうな……俺達にはレッドフラグが見えるし、でもそれだと理屈が説明できないからテキトーにでっち上げたのだろうと俺は思うね。一応、デバイスツールっていう手段はあるけど。
「一般的に肉体、精神、幽体の三つの結びつきを解く事は『死』を意味します。『三界接合』と呼ばれる禁呪は人工的に三つを結びつけてしまうという技術が原型ですが、それでも死を回避出来る訳ではない。……ウリッグの状況はそれに近いと言えるでしょう。そもそも魔王軍と呼ばれるあの混沌の怪物はどこか生命として破綻しています。それであるのに死霊召喚が出来る。魔物以上に三界のバランスが取れていません、それをフォーミュラに落とし込んで差異を見ています」
 それなら、確かに感覚で事を成す理力使いの方が本来ならば良く分かっている問題よね、とリオさんは答えたな……。なんとなく思い出して来たぞ、魔法とかの方程式とかの事を確か……フォーミュラとか言ってたな。
「流石はレブナントだけあるわね、三界接合とは実際、無縁でしょうに」
 リオさんの言葉にレッドは無言でメガネのブリッジを押し上げた。魔導師の肩書を持っていた奴らの会話は、具体的には何を話しているのかさっぱり分からんが……何かしら意図のあるやりとりなのか?
「結局どうなのかな、これ、死体って事だからランドール坊ちゃんは目的を達成したって事?」
 マースの指摘にそうではありません、とレッドが改まって言った。
「ウリッグというのは『中身』を指している、そうですね。ナッツさん、ワイズさん」
「……たぶんね」
 しかしナッツはそれでも、はっきりとは答えなかった。
「絶対にそうだ、とはまだ言えないな。感情的には、そうであって欲しくない……というのに近いけど」
 とにかく、これは蜘蛛の死骸だ。ウリッグではないって事だろう。

 正確にはウリッグと呼ばれるものが入っていた脱け殻って所か。

 フラグは、俺達の幽体に立っている。レッドが言ってた『三界』って奴の、肉体の方についているものじゃない。フラグの仕組みとして色は関係無く、すべて幽体と言うべきステータスに付属しているとすれば、ウリッグと呼ばれるものの本性が実はこの抜け殻の大蜘蛛ではなく、中身であったとしても不思議では無い。
 ただ、ランドールは蜘蛛ではないウリッグの本性を認識できるのか、それが微妙だな……ここにコイツの蛻があるって事はつまり、どういう事なのだろうか。
 勿論今、この蜘蛛は死んでいるので赤旗は無い、な。問題の大蜘蛛をついにランドールがやっつけた図がこれだろうか?しかしランドールの姿が無い。別の場所に移動したって事か?すなわちウリッグは健在で奴はそれを追いかけているという事かもしれない。だとすれば、ウリッグが中身だと奴も気が付いているのか……。

 なにはともあれ、森の中に再び放置かよという状況。再び手詰まりかと、俺達は手掛かりを探して辺りに散会する。
 すると、テリーの肩の上で周りの様子を伺っていたアインさんがさらに挙動不審に辺りを飛び回り始めた。
「どうした、アイン」
「んー……なんか覚えがあるわねぇって感じがして……」
 ひとしきり辺りを飛び回ったあと、空中でホバリングして森の一方を指す。
「多分、こっちに行くと海に出ると思う。そういう匂いがする」
「マース、お前さんの方は?」
 と……気がついたら重鎧のマースが這い蹲って辺りを徘徊しているではないか。
「……何してんだ彼?」
「ああ、竜鱗鬼種の一部に見られる特徴で……嗅覚が発達しているんだってさ。私も良く失せもの探しでお世話になったんだ。ブーツとかよく隠されてね。それで困った時とか」
 アービスがしみじみ言った言葉に、俺はやや引いてしまった。……ブーツ隠されたってどこの小学校の話ですか。鈍くさい奴だなぁとは思っていたが、どうやらこいつ北魔槍騎士団でイジめられてたんじゃなかろうか?……本人がその事実に気が付いていない気配だが。
 マース氏、今のやり取りを聞いていたらしくやや脱力して地面にへたり込んでしまっている。
「ちょっと団長!その話は自慢にならないんだから!」
「え?そうか?お前の凄い特技じゃないか」
「だから、僕の自慢じゃなくて!」
 あー、すげぇ天然ボケキャラだってのは見事にガッテンしました。
 あと、どうやらマースとアービスは同僚だったらしい事もさり気なく。
 気を取り直してマースは匂いをかぎ分けたようだ。奇しくもアインが示した方向と同じだ。
「間違いないです、こっちにぼっちゃんの匂いが続いてます」
「うわすげぇ、アイン、お前とどっちが上だろうな?」
「比べないでよ。種族が違うんだから」
 何言ってる、前にちらっと見たが……マースもお前と同じ爬虫類顔だったぜ。

 それはともかくと、ぞろぞろと森を開きながら……アインが先導する先へ進む事になる。
 俺とマース、テリーとアベル、それからテニーさんで一斉に鬱そうと立ち塞がるジャングルを切り開く。
 ナドゥ達が通っているなら道くらい出来てるんじゃねぇか?と期待したが……そういうめんどくさい事をする奴じゃなさそうだよなぁと結論が出て、奴らが通った道を探そうかという論議は終了しました。マース曰く、地上よりも上空に匂いが残っているので空を飛んだか、木の上を移動しているみたいです、とか言っている。
 すげぇ嗅覚……。
 それほど時間も掛かる事無く、数時間進むだけで樹木の隙間に眩しい光が見えてくる。

 白濁した景色に足を踏み入れて……呆然だ。

 海か。これが……海なのか。

 森の途切れた向こうに広がる、砂漠のような砂浜。そしてその奥にある……これは。

 真っ赤な色の海。

 恐らく殆どが呆然と、その異様な光景に立ちつくしていただろうな。
「死熱の海じゃよ」
「これが?」
 死熱の海、リコレクト。
 精霊海の次に航海の難しいとされる海だ。氷牙海よりも、である。そもそもこの死熱の海に入る事が出来ないとか言われているらしい。
 んー俺の知識ではここまでがリコレクトの限界だ。とにかく、南方大陸のさらに南側にある謎の、そして伝説の海だ。
 竜顔の魔術師、エースじいさんが広い砂浜に一歩踏み出した。
「この海を越えた向こうは死の国じゃな」
「死の国ィ?」
 さよう、と厳かに頷いてエースじいさんは首だけ振り返る。
「死熱の海は死国へと繋がる唯一の道じゃ」
「よもつひらさかー」
 アインさんの無邪気な言葉に、俺のイメージもそれで固定されてしまいました。

 死の国。つまり、黄泉な。
 そして黄泉の国に繋がる道は……黄泉比良坂ね。いや、坂じゃねぇ。海だけど。

「なんだい、その呪文」
 マースの問いに、アインはテリーの肩に止まってから答えた。
「呪文じゃないよ、死の国に続いている道の事を言うの」
「ん?そうなのか?」
 と言う事でレッドに振る俺。リアル事情、ニホン古代史にはそういう記述があるが、それがこっちの世界でも通用するとは限らない。アインは気分で適当な事を言っているのか?
「……南国の最南端ですか……今だ残されている前人未踏の地として有名な所に出たようですね。しかし、在る程度の挑戦は成されており、そこに赤い海があるという噂は聞いた事がありますね」
 リコレクトしているのだろう、額を抑えてレッドは目を閉じている。
「……そういえば、アインさんはこちらの出身でしたね」
「そうよー。あたし、死の国出身」

 まぁ何にせよ、こっちにランドールの足取りが続いているとなると……。
 いくしかねぇよなぁ。この赤い海を越えて、死の国とやらへ。
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