異世界創造NOSYUYO トビラ

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7章~8章間+10章までの 番外編

◆戦え!ボクらのゆうしゃ ランドール◆第七無礼武

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※ これは第9章直前までの某勇者パーティーの番外編です ※

◆第七無礼武◆『vs魔王八逆星! 最前線攻防大作戦』


 えっと、ちょっと現実逃避していいかな。

 僕らは今、森の中を彷徨っている。最も未開な国、コウリーリスの大半を占める森の中を歩き廻っているんだ。
 目的が在って歩いている、とはいえ、毎日毎日毎日!森相手だとうんざりするね。
 頭も体も、余計な事を考えてくれない状況で正直、僕は参っているよ。
 持ち回りの休息で、軽い携帯食料を食べた後すぐに横になっている。坊ちゃんの仲間になって、日々驚きの連続だ。昨日人生初だと思った事が今日覆される、みたいな。

 今こんなに酷い目に合っているのに、今後もっと酷い目にあう日がくるのだろうか?
 そんな事を恨めしく思いながら僕は、鎧を脱いで休憩をするべく目を閉じた。

 思い出しているんだよね。
 ちょっと前、最悪だと思った修羅場があったんだ。今よりひどい状況なんて他にない、とか僕はその時思っていた訳だけど……現状、当時を超える酷い状況にあると思う。

 当時って、いつかって?

 僕は寝がえりをうち、腹が冷えないように被った毛布を整えた。明日も森歩きだ、休息の時間は一時一秒譲れない。
 ……かといって、もうだめ、歩けないとか弱音も吐けないんだよねぇ。だって、僕これで男の子だもの、前衛を任せられる重戦士なんだから。女の子のシリアやリオが気丈に振舞うんだもの、負けて居られない。
 弱音を吐いていっつも叱られているのはグランソール・ワイズだね。
 ふぅ……とりあえずちょっと現実逃避しよう。
 僕は横になりながら、ランドール・パーティーに加わって遭遇した修羅場について色々と思い出し、今の酷い状況を忘れるとしようかな……。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


「これが魔王軍かぁ……」
 真っ黒い歪な怪物が、しゅうしゅうと煙を上げながら溶けていく。
 今、世界には魔王八逆星と呼ばれる謎の組織が暗躍している。西方国においては町を攻撃されたり、壊滅して滅んでしまったという所もあるとか。
 しかし実際に一番問題なのはそういう実害よりも、こっそり各国の政治や有名人を裏で操って、国家レベルで世を混乱させようと暗躍している事だという。
 今、僕が属しているブレイブ事、ランドール・パーティは西方ファマメント国周辺での活動が多いけど、僕自身は南東のディアス国出身。
 こうやって坊ちゃんの所に引き入れられるまでファマメント国なんて来た事が無かった。だから、魔王軍という怪物がいるらしいというのは聞いた事あったけど、実物見たのはこの時が初めてだったんだ。
「マース、見た事無いんだ?」
「こんなの、ディアスには居ないよ?」
「いないんじゃなくて見えないだけかもしれないよ?」
 天使教神官のグランソール・ワイズの言葉に、僕は鉄仮面の下で顔をしかめる。
「怖い事言わないで下さいよ」
 しかしグランは口だけにやにや笑っている。前髪を長くして、目元辺りを隠しているからその大きな口だけが目立つんだ。
「魔王軍のおっかない所は外見だけじゃない。世界の中に紛れ込んでいるって事だからねぇ」

 グランはその時、冗談を言ったわけじゃないんだよね。
 その時僕はまだ『その事』を知らなかったし、理解もしていなかった。

 自分が属していた組織、ディアスの北魔槍騎士団が魔王軍の巣窟になってたなんて、知らなかったんだ。

「しかし、よかったわよね」
 東方人のリオがため息をついて言った言葉に僕も同意するな。
 そう、良かったよ。

 こういうのを良かったって、言うんだと思う。
 そう、まさしく、良かったんだ。僕、ちょっと遠くに目を投げて現実逃避。

 いきなりランドール坊ちゃんが切り伏せた奴らが……魔王軍で。

 何が原因でこうなったのか正直、僕……良く見てなかったんだけど。
 気がついたらなんか、……そういう事になってた。



 僕の名前はマース・マーズ。もともとディアス国で騎士をやっていた、竜鱗鬼種という外見が醜い魔種の混血児。醜い姿がコンプレックスでね、常に重鎧を着ている。
 そんな僕は……ディアス国から在らぬ濡れ衣を着せられて、騎士団から追い出されて路頭に迷う事になってしまったんだ。
 着せられた罪は、魔王軍の間者……だってさ。
 理由はどうでもいいんだと思う。ちょっとだけ目立った働きをしてしまった自覚が僕にはあったから、それでエラい人の機嫌を損ねてしまったのかもしれない。
 まぁ、真実はまた違ったみたいなんだけどそれは、今回はまずいいや。

 それで路頭に迷っていた所、ファマメント国で大きな力を持つ公族のテニー・ウィンさんから拾われた。
 彼が付き従う謎の自称勇者、ランドール・Aのパーティに入るように誘われて、特に騎士を辞めた後何をするか決めかねていた僕は彼らの仕事を手伝う事にしたんだ。

 ところがまぁ、ここのパーティが凄かったんだね。ええと、実力という意味でも凄いんだけど……。
 何よりすさまじいのはやっている事。

 今だって凄い事やったよね。フツーの人はやらない事をやったと思うよ。
 フツーじゃない、だから凄い、という評価しか僕には出来ないなぁ。

 流れはよく見て無かったけど、突然町の中で人を斬り伏せたらそれが『魔王軍』という怪物だった、っていう。
 とっても博打な事やらかして、見事に当たりを引き当てちゃった、みたいな。


「流石はラン様だわ」
 両手を組み合わせ、心酔しているのは平原貴族種のシリア。それに対し、さも当然のように胸を張っているのが……僕らの勇者ランドール坊ちゃん。
「ふん、怪しい奴らだとは思ったんだ」
 ホントかなー……とか思うけど、思うだけでツッコミはしない。
 疑わしい、とかいって平気で即座に暴力で解決するんだ。敵と見做したら疑いも無く切りかかって行くような人だからね……この、ランドール坊ちゃんと云う人は。
 今、溶けていった怪物みたいにいきなり切り伏せられたくないからね。余計な事は黙っているに限る。

 黒い怪物が二匹、溶けていく様子を物珍しげに人だかりができつつある。

「しかし、これはまずい事になっとるのかもしれんのぅ」
 竜顔の魔術師、エース・ソードじいさんが杖で黒い染みになった所を突っつきながら顔を上げる。グランがその言葉を受けて、しかしニヤニヤ顔を止めずに頷いた。この人はいっつも笑っている。長い前髪の所為で全体の表情はよく見えないのだけれども。
「ですねぇ、フェリアの兵士達が魔王軍……とは。リュースト方面を突っついている魔王軍連中がこっちに矛先を変えた、という情報があるってのに」
 そういう情報知っていて、わざわざ危険な街に出向かなくてもいいのに、と言いたいところだけどね。

 実は、ランドール坊ちゃんはこの時はまだ秘密裏ながら、西方ファマメント国で認定されている魔王軍討伐隊なんだ。
 だから、僕らがここにいるのは魔王軍の実態を調べるための必然。

 認定討伐隊であるって事は今の所秘密にされているけど、実際ファマメント国内ではすでに、結構派手な活動を行っている。
 魔物討伐とか、盗賊討伐とか。いろいろな一般には手に負えない依頼とか、テニーさんが持ってくる統治に関連した政治腐敗問題の後始末とか、そういうのを大々的に解決して僕らは、着実に知名度を上げている。
 ランドール・ブレイブという名前で暴れまわっているんだ。
 でも、そのブレイブの目的が最終的には実は魔王軍討伐だ、という事実をなぜ隠しているのか。何で隠さなきゃいけないのか。
 僕も不思議だったね、でもリオさんから説明されて成程と納得した。

 ファマメント国は一見平和に見えるけど、あちこちで魔王八逆星という連中が引き起こす騒動に怯えている。
 町が突然襲撃されたり、町を支配する層が魔王八逆星と取引していたり。
 そういう動きにファマメント国は神経質になっててね、やっきになって取り締まっている。
 で、ちゃんと魔王八逆星関係だけを取り締まっているならいいんだけど、たまに冤罪もあるんだね。疑わしいものをろくに調べもしないでしょっ引く場合もあるらしい。そう云った意味で言えば、僕がディアスから追い出されたのも冤罪だ。ホントだよ?僕、魔王関係者じゃないもの。でも発言力が無いから冤罪だ!と言い返す事も出来なくて、僕は国を追われる事になった。
 とにかく、ファマメント国全体が魔王八逆星とか、魔王軍とかいう単語に神経質になっている。
 そう言う所にみんなの希望『魔王軍討伐隊』が現われたら……どうなるだろう?
 いい事じゃない?って思う?
 確かに、希望を持たせるって意味ではいいかもしれない。
 でもね、人って他人任せな生き物じゃない。過剰な希望は逆に絶望になっちゃう場合もある。

 まぁ……その。
 実際ランドール坊ちゃんが、アレだし。

 表面的な事はは良いよ?坊ちゃん、結構あれでファンサービスだって『女の子に対して』は過剰気味だし。
 グランやリオ、テニーさんとかで必死に坊ちゃんの『本性』については隠蔽しているんだ。
 それでも、全てを等しく救う訳ではないランドール・ブレイブについて、過剰な期待が集まっては困る。

 かといって秘密に動きたい訳じゃないんだね。むしろ、目立ってなんぼらしい。
 でも、それは『魔王軍討伐隊』というビックネームに頼った中身の無いものじゃなくて、実績が伴う人気でなければいけない、とか。
 よくわからないけど、グランやリオはそのように言っている。



「放置は出来ないな」
 フェリアの宿では、軍人に紛れていた魔王軍を暴いた勇者御一行として仰々しく迎え入れられた。
 陽が落ちない時分から祝宴会?みたいなものが始まっちゃったみたいだけど、グランとテニーさんは部屋に戻ってこれからについて話し合いを始めている。
 ちなみに、僕が部屋にいるのは人混みが苦手だから。
「ガチに言ってまずい展開みたいですからねぇ……」
「このままフェリアに留まるしかないだろう」
「それで、僕らで魔王軍を迎え撃つんですか?」
 つい、僕は口を出してしまった。
「フェリアを落とされるのはまずい」
 グランはため息をつきながら笑った。器用だなぁ……。
「でも、それやっちゃったら勝手に称号頂いちゃうでしょ?」
 その言葉にテニーさん、難しい顔をして腕を組む。
「称号?」
 邪魔するつもりはなかいんだけど、気になって再び口を挟んでしまう僕。
「説明したはずだよねぇ、うちらが公認の『魔王討伐隊』だってのは秘密だって」
「らしいですね。あ、そうか。フェリアに魔王軍が攻め込んできてそれを坊ちゃんが撃退したら、自動的に『魔王討伐隊』って称号がついちゃうって事?」
「そう、そう云う事」
 テニーさんはしばらく考えるように視線を外していたが、目を閉じてからこちらに戻す。
「致し方あるまい、たやすくフェリアの軍隊の中に侵入を許している、牽制する事は何よりも、必要な事だ」
「問題はそこじゃないと思いますが」
 グランの言葉に、テニーさん……とっても深いため息を漏らしたね。

 うん。僕はあんまり頭は良くないけれど。
 グランが言っている『問題』とやらがどこなのかは分かるんだな。

「どうやって坊ちゃんを『その気』にさせるって事?」
「分かってきたねぇマース。そうなんだ。今回、別に何か依頼がある訳じゃないからね。報酬も無いし」
 報酬貰うのは悪くないけど、報酬ねだるのは勇者らしくないからね。
 でも、ねだったりはしないけど報酬で無いと動かないのがウチの勇者様ですから。
 どーよそれ。それって勇者という称号名乗っていいもんなの?
「とりあえず、先ほどの騒ぎは使えます。フェリアの方でも僕らが抱く危機感は理解しているはず」
「それで、素直にラン様を頼りにしてくれればよいが……」
「まぁ、するように色々と小細工はしましたから。とりあえず反応を待ちましょう」
 んん?いったい何をしたって云うんだろう。なんだか気になるなぁ。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 次の日、僕は騒がしい声で目が覚めた。
 暫くフェリアに留まるって知っているからね、僕は特にやる事も無いのでお昼ごろまで寝過ごしていようと思ったのに、朝から騒がしい気配を感じて目を開けて、起き上がってしまった。

 何だろう?何か、ざわざわする……?

 不思議な感覚に頭をかしげつつ、窓のカーテンを開け……ようとして理解した。

 3階から見下ろす階下に、大勢の人が集まっているんだ。別に叫んだりしている訳でもないのに、騒がしい雰囲気。カーテンの隙間からそれを確認して、僕はカーテンを逆に開けられなくなってしまった。
 そもそも、何?何なの!何でこんなに大勢の人が集まっているんだ?
 同部屋のエース爺さんはいびきをかいて寝ている、叩き起こすべきなのか迷っていると、突然黄色い声……悲鳴というか。歓声というか。
 よくわからない声がどっと沸き起こって、耳の良い僕は顔をしかめてしまう。僕は音を人間と同じ仕組みでは受け取って無いからね、耳と云う機関自体は人間よりも劣ってるんだ。ただしそれ以外の、僅かな振動を音に変換して感知する機関が強いので、高音帯の一部の音に敏感で、弱い。
 多くの人の視線がこちらを見ているような気がして慌てた。それらがこちらを熱っぽく見ながら懸命に手を振っている。ぴょんぴょん飛び跳ねている女の子もいる。
 おっと、しまった!素顔のままだった!僕は慌てて鉄仮面を探して素早く被る。
 でも僕を見て歓声なんて上げるはず無いしなぁ、何だろうと考えて……思い至った。そうだ、隣の部屋って確か……坊ちゃんの部屋だよね?
 僕は素早く部屋を出て、混雑する宿の外に出た。そうして自分たちが泊まっている部屋のあたりを見上げる。

 うわー……分かった。理由が分かったよ。

 ランドール坊ちゃんが窓際に立っていて、にこやかに笑ってサービススマイルふりまいてんじゃん!
 例の営業スマイルを斜め45度の角度で窓から覗かせ、真っ白い歯をのぞかせて爆殺ウインク。
 一層、女の子たちの悲鳴が甲高くなる。
 何してんだろ、てか、この民衆は何?なんで朝っぱらから集まって坊ちゃんのサービススマイル待ってんの!?

 ……って、もっとよく見たら何時の間にやら坊ちゃんや僕らの部屋の窓の下に、歓迎 ランドール・ブレイブ、とかいう垂れ幕がかかってるよわぁ恥ずかしい!
 仮面の下ですっかり呆れた僕だけど、成程。グランソールが仕込んだ『小細工』ってのが何となくわかってきた。

 そもそも、昨日の騒ぎからして後始末がずさんだったんだよね。
 たまたま切り捨てたのが魔王軍だったからよかったものの、要するに何が起きていたかっていうと……ランドール坊ちゃんとかち合ったフェリア兵の口喧嘩が発端だ。
 口論になったフェリアの兵と、ガチケンカになって発覚した事態だった。
 割合、そういう『不祥事』もやらかすというのが坊ちゃんです。で、そう云う事があるとグランとかテニーさんとかがあの手この手でもみ消しちゃうんだけど……。
 大人って汚いね。
 だから、ああいう事件があるとその場をさっさと後にして逃げ出すのが基本だっていうのに。
 不祥事転じて福……というより、得となっちゃった。坊ちゃんが斬り捨てたフェリア兵は、紛れ込んでいた魔王軍だったんだからね!
 後始末に現れたフェリア統治官達に、グランはこれ見よがしに恩を売ったんだね、フェリア兵の中に魔王軍が紛れ込んでいたのを暴き、ランドール・ブレイブが倒したという事実を無駄に、吹聴し回ったなグラン!
 坊ちゃんの『不祥事』じゃ無くなったんだ、これはフェリアの『不祥事』だ。
 本来なら町民に不安を与えないためにも、兵士の中に魔王軍がいたなんて情報はフェリア政府の方でもみ消すだろう。
 本当、大人って汚い!
 所が、それが出来ないようにグランは、ランドール坊ちゃんの英雄譚を不祥事交えてわざと吹聴して回ったのだろう。宿屋の主人に、口の回るバーのお兄さんに、情報を求める新聞屋に!
 そうしていては魔王軍に対し後手に回ると考えて、秘密にしていた魔王討伐隊という肩書きを表沙汰にしてでも、グランとテニーさんはフェリア軍の不祥事隠匿を許さない方向に舵を切ったって事か。
 それで昨日宿屋の方で、無駄にぼっちゃん歓迎ムードになったんだね。

 町の皆も不安なんだ。
 政府に頼っていられない。頼るべき政府の軍の中に魔王軍がいたから……。
 頼れる他の何かを求めている。
 グランはその心理を巧みに煽って今、このようになっている。

 誰の為でもない。
 ランドール坊ちゃんの『やる気』を引き出すためだけに。

 僕は脱力して……それからとんでもない事実に気が付く。


 あれ、もしかして……もしかして。

 このままいくと僕ら、押し寄せてくるだろうと噂される『魔王軍』相手にこの街を守るべく、獅子奮闘しなきゃいけないって事?


 宿に戻って、反対側にある部屋の扉を勢いよく開ける。
「グラン!」
「お、おはようマース」
 まだ寝ているかと思ったけどちゃんと起きていた。グランソールは……すでに大量のチラシを部屋に搬入し仕分け作業をしつつ、配布先リストをしたためていた。
 うわ、この人なんか、またやらかそうとしてる!
「確か、フェリアに魔王軍が押し寄せるかもしれない、とかいう話が……」
「ええ、リュースト方面でファマメント軍が展開して押し返した怪物の群れが、矛先を向けてフェリアに向かったらしいという情報があるわ。この動きをファマメント政府は読み損ねた。そもそも魔王軍の目的が絞り込まれていない、だからフェリアに矛先が向かうという事態をうまく予測できなかったのね」
 リオが僕の為に状況を説明してくれた。そんなリオは地図を広げて何やらにらめっこしたままだ。
「魔王軍って、あの黒い怪物の事ですよね?」
 僕は一つずつ確認していく事にする。
「ああ、そうだよ。昨日見たアレね、まっ黒くて秩序が無くて混沌としている」
 それが、一般人に偽装して混じって居たりするらしい。勿論、その正体を見抜くのは難しい。坊ちゃんはどうやって彼らの化けの皮を見ぬいたんだろう?
「魔王軍って、怪物で……ものすごい大群だったりするの?」
 途端、リオさんとグランは顔を上げた。
 そして何故かニッコリ笑って同時に言う。
「そうだよ」
 何をいまさら、みたいな言い方をされた。ああ、そうか。

 僕が分かって無かっただけか!

「マース、お前さんヒマでしょ?チラシ配って来てよ」
 そう言ってグランが広げたチラシは、勇者ランドールの文字が踊る……『君もブレイブに入らないか!?』の告知。
 政府に対して見事な位ケンカ売ってる。
 わざとなんだろうけど、読み方によっては『政府はあてにならないから俺達で町を守ろうぜ!』みたいな誘い文句が踊っている……。
 にやにや笑いながらこんな確信犯のチラシをまこうってんだから……ていうか、自分で撒かないで僕に撒かせようとしている!酷いやグランソール!
「……こ、これ、どうするの」
「チラシだもん。配るんだよ」
「本気で……本気で軍隊を編成するつもり!?」
 これからいっそ『魔王討伐隊』と呼ばれるならば、その名前を大々的に利用して自治軍隊を編成しちゃおうと。
 そう云った事がこのチラシに書いてある。
 ランドール坊ちゃんの名のもとに、一大軍隊を編成しちゃおうって話。
「……いや、でもさ。政府はこういう事しても怒らないの?」
 国に統括されていない所で国よりも強い力を持つ集団なんか形成したら、警戒されるでしょ!それが例え魔王軍に対抗するためだって言ったって……。
 僕は頭良くないけど、戦争をする為に作った軍隊の方が権限が強くなり、国王を淘汰して将軍が王になった、とかいう昔話が西方にはいくつかあるのを知っている。
 軍隊を持つことは難しいんだ。力や権限を与え過ぎると、それを認めている王とか、それに準じる役職の立ち場が危うくなる。僕の故郷、ディアスには騎士団があって……この騎士団と王族、それから実質騎士団を取りまとめている法王とのパワーバランスがすっごい微妙なんだ。だから、国に管理されていない軍事集団をのさばらせておくのをよしとしないという、国を治める側の事情がよく分かる。
「怒るだろうね。でもそう云う事を言っている場合じゃない。これからは、魔王軍に対処する軍が必要とする事態が起こる」
「これから?」
「そう、これから」
 僕にはよく分からない。ため息を漏らし、なんとかグランの言葉に突っ込みを入れる。
「政府が怒るって、怒られるくらいで済む問題じゃないよね?」
「そうだねぇ、でも……今のファマメント政府は魔王八逆星の動きをけん制するのに精一杯だ。実際、カルケードやディアスからもちょっかい出されたら処理能力超えてしまうでしょう。国の存続危機、ってくらい、ヤバい状況だったりするんだね」
 グランはあくまで笑いながら楽天的に答える。
「笑いごとじゃないでしょ、それ!ファマメント国がつぶれても良いって考えているんですか?」
「いや、それはよくないね。国が乱れるという事は国民を路頭に迷わせるという事。僕はこれでも天使教幹部だよ。物質的な問題は政府の管轄にしろ、精神的な安らぎを約束するのが宗教」
「だったら!」
「だから、これは国の安定の為のお仕事」
 問答無用でチラシの束をを手渡される。
「現状維持が重要じゃないのよ、マース」
 リオの言葉に僕は、胡散臭いチラシとを見比べた。
「今はまだ、まともに志願する人なんていないでしょうね。でも……その後は分からないわよ?」
「そうかな、まだ早いんじゃないんですか?……これ」
 危機感を切実に感じないと動かないもんなんだ、人って。
「とりあえず、坊ちゃんの士気をあげるのが先」
 ああ、成程。その理屈的に僕はとても納得した。
 それで、あの外の大騒ぎだもんなぁ。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 ランドール・ブレイブなんて属したって何もいい事無いんだよね。
 実際ブレイブをやっている僕が言うから間違いない。

 肉体重労働を強いられるだけだ。

 今、この時のように。


 混沌の怪物が波のようにおしよせてくる。
 僕は剣を振りかぶり、キリ無く押し寄せてくる怪物達を次から次へと叩き落とす。
 あっという間に黒い怪物の山が出来る。魔王軍って、放っておくと溶けて消えちゃうんだけど……すぐに、って訳じゃない。個体差によって違うそうだけど数日間はそのままだ、とかリオが言ってた。
 怪物の死骸の山を築きながら背後に下がる。
 僕、最前線にいるからよく見えないけど……フェリアの正規軍で押し寄せる魔王軍を一か所に絞り込んでいるんだね。
 フェリア軍がハの字に展開して、その中央にいる僕ら、ブレイブの所に集中するように展開している。

 頭上を、巨大なドラゴンのヒノトが通りすぎて行った。
 押し寄せる怪物たちに激しい炎を見舞い、ある程度を一掃する。僕はその間に息を整えていた。離れたところから、エース爺さんが強力な魔法を炸裂させた爆音が響いて来る。
 僕ら、全力で無差別攻撃するからと断ってあって、フェリア軍は中央に入ってこないように、という話が付いてるらしい。
 どういう技を使ったものだか。多分、大人の事情、みたいな奴だと思うけど。
 グランとテニーさんの画策で、魔王軍撃破の為にランドール・パーティーが中央を任されちゃったんだよ。

 任されちゃったよ!

 魔王軍が総勢何匹か、だなんて。数えるのも鬱だし、数を知らせられるのも鬱だ。
 とにかく一杯。たくさん、大量!
 倒しても、倒しても押し寄せてくる。

 気を抜けば、鋭い爪や牙が襲いかかってくる。すでに何度かヒットを貰ってしまった僕だけど、重鎧があって致命傷は受けていない。それよりも、剣を振りぬく力が込められなくなってきた。何時間戦っているのかもう分からない。
 最初こそ武者震いだったけど、そろそろ疲労が折り重なって疲労に腕が震えてきた。不安だ、せめて敵の数が少なくなってきているならまだいいのに、そういう予兆も見られないし。
 言われた戦略通りに戦っては少しずつ背後に下がっていくと……僕が討ち損ねた魔物を相手にしていた兵士達の層に肉薄してきた。
 僕らブレイブが加わった所で……この、果てなき怪物の山を一掃する事なんて出来るのだろうか?
 そのようにすっかり弱気になっている所、見たことのある人影が飛びだしてきた。
 僕めがけて突っ込んできた怪物たちを、剣のたった一振りで吹き飛ばす、この人は……
「坊ちゃん!」
「よし、一旦下がって休め!」
 僕の代わりに坊ちゃんが前線に突っ込んでいく。何時もの事だけど……すさまじい。多くは無いけど坊ちゃんが戦う姿は何度か見ている。実際、彼が動くと物事が終わるんだ。それくらいに、坊ちゃんは破格にも『強烈』だ。
 ぼっちゃんは南国人、フレイムトライブらしいんだけど、それだけでは説明がつかない怪力の持ち主みたいだ。……あの圧倒的な攻撃力は怪力で良いんだよね?僕の鉄仮面を素手でへこませるくらいだもの。もしかして、剣なんていらないんじゃない?ってぐらい豪快に怪物を文字通り、吹き飛ばしていく。
 すごい、僕が抱いた弱気さえ一緒に吹き飛ばすようだ。

 ランドール・ブレイブなんて属したってなにもいい事無いんだ……実際ブレイブをやっている僕が言うから間違いない。
 肉体重労働を強いられるだけ。だけど……

 この、頭は良くないし酷く気分屋だし、とっても扱いが難しいけど……男でもほれぼれする位に最強の坊ちゃんと肩を並べて戦えるという事は誇る事が出来るよね。
 そんな事を僕はぼんやりと考えて、怪物の体液にまみれる剣の露を払い、握り込んだ。
「まだ戦えます!」
 坊ちゃんの後を追いかけて、横から突っ込んできた怪物を突き殺す。
「足を引っ張るなよ!」
「分かってます!」


 果てがないと思っていた事に、終わりがある事を信じる事が出来る。
 僕は、途中シリアから体力回復魔法などを掛けてもらいながら戦い続けた。
 ここまでドロドロで、果ての無い戦いは今後、あるだろうか?
 きっとない。これほどの困難な経験は今後あるはずがないと信じながら、グランの指示で包囲網を狭めたフェリア軍に援護をもらいながら、攻めて来た魔王軍を屠り続ける。

 ええと、まぁ……その後前言撤回する事になるんだけど。

 それでもやっぱり限界はあるもので、敵の数がまばらになった所で足に力が入らなくなって転んでしまった。
「大丈夫かマース、」
「だ、大丈夫です」
 駆けつけてきたテニーさんが、僕を狙っていた大型の獣を切り伏せる。そうしておいて手を差し伸べてくれる。それに素直に捕まって僕はなんとか立ち上がった。
「本陣が来ているらしい、ラン様がそちらに向かった。我々も急ぐぞ」
 元気だなぁ坊ちゃん、ふらふらする足を踏みしめて、僕は仮面の下で苦笑した。
 途中ドラゴンのヒノトが通りかかり、僕とテニーさんを乗っけてくれる。ヒノトを操るシリアから、その場しのぎの回復魔法をかけてもらった。
 上空から見ると……すごいな。地面が真っ黒く見えるほど怪物の死骸で埋め尽くされている。それらが溶けて行く黒い煙が霧の様に禍々しく辺りの空で燻っていた。すでにフェリア軍の包囲網は解かれていて、残党狩りに入っているようだ。
 と、南の方にまだ秩序を持って隊列が維持されている所がある。そしてその先に、魔王軍らしい黒い影がいくつか突っ立っているのが見えるな。それを取り囲んでいるらしい。
「あれ、魔王軍なのかしら?」
 ヒノトを操るシリアが目を細めている。彼女は感覚系の鋭い魔種、貴族種だ。僕も感覚系は負けず劣らず鋭いと自負しているから様子を見る為に、ふらつく意識を集中する。
「……人型?」
「怪物ではないのか?」
 テニーさんは人間だから、この距離だと補助道具が無いとあそこまで遠くの事は見えないみたい。
 魔王軍は均しく『怪物』。姿が一定じゃないけど殆ど、獣じみている。しかし、噂によると魔王軍を率いている一部に人間の姿によく似た、怪物とはまた違った系統者がいるという。そして、それが『魔王八逆星』と呼ばれているのだと呼ばれているらしい。
 ランドールパーティーもまだ、ソレには遭遇した事が無いという。
 ただ……グランとテニーさんが何やら口を濁らせていたね。西方で肩書きだけ有名になっている魔王八逆星がいるんだ。北西の町を物理的に壊滅に追いやった、破壊魔王。それの話になったら二人ともなぜか、口を閉じちゃったことがある。
 どうにも、坊ちゃんの顔色をうかがっている気配があった。
「シリア、ヒノトを急がせろ!」
「分かった!」
 風を切り、ドラゴンが現場へ急ぐ。
 ふっと、黒い怪物をいくつか引き連れた男が顔を上げ、ドラゴンに乗る僕達を見たな。

 そこに乗せられている殺気に背筋が凍りつく。
 僕はその異常な存在感に、緊張を取り戻して剣の柄に手をやっていた。

「あれは……もしかして……」
 魔王軍を率いる、魔王八逆星、とかいう奴じゃないのだろうか?
 僕のその直観は当たっていた。
 すでに辿りついて対峙している坊ちゃんやグランの所に駆け寄った所、にらみ合いは始まっていたんだ。



 巨大な狼が直立歩行した感じの怪物を何匹かひきつれているその男は、武器を構えるでもなく腕を組んで……にやにや笑って取り囲もうとする兵士たちの様子を見ている。危機感は感じてないみたい。
「本末転倒だな」
「……申し訳ありません」
 そいつらとの距離はまだ結構ある。おかげで、魔王軍の怪物と男が交わした会話を聞き取れた者は限られていると思う。とりあえず、聴力が良い僕にはその会話が聞こえた。
「で、俺を呼び出して。何をさせたいんだ」
「は、その……」
 異様な存在感を持った男は腕を解いて、隣に控えている狼の頭をした怪物の……その頭を突然、鷲掴みにした。怪物もデカいけど男もデカい。
「この俺様に、尻拭いさせようってか?」
「いぇ、ですから……」
 気弱に呻いた声がかすかに聞こえてくる。
「これは、お前の落ち度だろうが」
 男は悲鳴を漏らした狼の様な怪物の頭を掴んで、片手で、こちらに投げつけてきた!そうした上で静かに武器を構えて様子をうかがっていたランドール坊ちゃんの方に近づいてくる。
 頭から振り回された所為で首が折れたっぽい、怪物は投げ出された所で地面に崩れ落ち、動けないでもがいている。
 坊ちゃんは相手を睨みつけたまま微動だにしない。
 謎の巨漢は浅黒い肌に、白い模様が浮き上がっているね。簡素な革鎧を窮屈そうに着込み、背中には巨大な剣を担いでいた。それはもう武器というレベルの代物じゃない。
 自分で投げつけた怪物を踏み殺しながら男は、睨みつけているランドール坊ちゃんに対峙した。
「よぅ、魔王軍を軽く蹴散らすスゲェ奴らがいるって聞いて見に来たんだが。お前か?」
「だったら、どうした」
「興味あるな、と思ってよ」
 坊ちゃんは珍しく……ええ、珍しいです。
 珍しく冷静に剣を構えなおして聞いたな。
 それだけ、今目の前にいる相手がただものじゃないって分かっているのかもしれない。僕もさっき投げつけられた殺気が忘れられない。
 なんだろう、見た感じただの大男なのに。
 不気味な存在感があるんだ。
「何者だ?」
 坊ちゃんが静かに質す。
「ほぅ、」
 坊ちゃんの質問に対して関心したように、男はあごに手を当てて口の端を引き上げる。
「面白い質問するな。何者だ、か」
 そうして、ランドールの後ろで身構えているグランソールに目くばせをしたようだ。
「もっと気の聞いた質問したらどうだよ、なぁ。ある程度、分かってんだろ?」
 グランは、今どんな顔をしているのだろう。ここからは背中が見えるだけだ。いつものように笑っているのか、珍しく真面目な顔をしているのだろうか……。
「俺はギルだ、お前らが『魔王八逆星』とか呼んでるヤツだよ。ついでに言えば町一つぶっ壊して以来破壊……」
「いや、違う!」
 突然、坊ちゃんが剣を右手で掴み、ギルに向かって刺し示す。
「貴様は違う……!」
 その激しい主張に、ギルと名乗った大男は驚いて目を瞬いた。
 静かだった坊ちゃんが爆発した。一歩前に踏み出し、ギルに向って言い放った。
「魔王八逆星、破壊魔王、ギルか。噂は聞いているが貴様が『それ』だというのなら俺の目的はお前じゃない!俺が知っている破壊魔王は、お前じゃない!」
 その途端、ギルの顔がひきつったのを僕は見てしまった。
 異様な感じがする。笑ったようにも見えるのだけど……それを通り越して驚いているようにも感じるのだ。
「奴を出せ……!奴は、どこにいる!」
 瞬間、まるで見えない、触れ得ない、風が吹いたように殺気が吹き荒れる。
 それは、ギルから瞬間的に吹きつけられて、同様の殺気をぶつける坊ちゃんの気配と対峙し、嵐となって四散した。

 僕はその一瞬の見えない衝撃に飲み込まれ、動けなかった。

 目を閉じて、ギルが背中を向ける。
「そうか、なら俺もお前に用は無ぇ」
「奴の居場所を教えろ!」
 坊ちゃんが吠えてもう一歩前に踏み出したのを、留めたのはグランとテニーさんだった。
 坊ちゃんが唱える『奴』とは……誰だろう?
 この時、僕にはそれは分からないし、考える余裕すら無かった。
「だから、」
 背後を向けたギルが、低くつぶやいたのが僕には聞こえる。
「俺も知らねぇんだよ……」


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 猿とかがけたたましく吠える声に目を覚ます。
 ああ、嫌な事を思い出したな。
 今ものすごく肉体的に辛いから、同じく肉体的辛かった時の事を思い出していたみたい。
 ものすごい、現実逃避した夢を見た。
 でも、比較しても何も気分転換にならないよ。こう云う時くらい楽しい夢を見ればいいのになぁ。
 いや、そんなん見ちゃったら、戻って来た現実との落差にがっかりするからよくないのかな?

 早くこの森を歩くのが終わればいいのに。

 僕は起き上がり、朝露を集めて吸う。
 昼や夜は質素な分、朝ごはんをしっかり食べる事になっている。その準備をしながら、今日も日が暮れるまで歩き続けるんだという現実を頭のに追いやった。逃避を続けて、夢の中で思い出した事を反芻する。

 坊ちゃんが追いかけている『奴』という者。
 今、僕らはついにそれを追いかけているんだ。坊ちゃんの本命、らしい。

 考えたくないんだけど……いや、やっぱり考えるよね。
 坊ちゃんの本命がそれとして、で。それは。

 ランドール・ブレイブの活動において必要な事なのかな……って。

 これでただの復讐だったら僕、ブレイブ脱退願いを出そうと思う……。男の子だけどもうそろそろ、ガマンの限界だ!
 実家に帰って、針のむしろに座った生活をする方がまし……!
 それ位、この森の進軍が辛すぎるよ!!
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