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7章~8章間+10章までの 番外編
◆戦え!ボクらのゆうしゃ ランドール◆第参無礼武
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※ これは第9章直前までの某勇者パーティーの番外編です ※
◆第参無礼武◆『vs種族差!愛に轍など無い大作戦』
僕は一応恩義ってものを感じて彼……坊ちゃんにつき従っているんだけど、他の皆はどういう事情で坊ちゃんに従っているんだろう?
彼らの仲間としては割と最後に加わったんだよね、僕。仲間になって初めの頃、このデコデコボコも良い所な奇妙なパーティーメンバーについて、そのような疑問を抱いた。抱かずにいられるものか、という程おかしな事情てんこ盛りなんだもん。
一緒に行動するようになってますます分からなくなった、と言ってもいい。
坊ちゃんの名前はランドール。
黒髪に黒目なんだけど……瞳はたまに青っぽく見えたりもする、一見するととても爽やかなサウター(南方人)の好青年だ。
で、僕の名前はマース・マーズ。見ての通り、重鎧に醜い姿を隠す元西方騎士。
自分でも分かっているから隠す通り僕は、竜鱗鬼のハーフで外見醜い姿をしているんだ。心根は優しい男である事は自称しているんだけど、人の子供が僕の顔見て泣き出すからこうやって、常にフルフェイスの兜と鎧に身を包んでいる。
まぁ、そうやって外からの視線に配慮しているのが、僕なりの優しさのつもりなんだけど。
前にも話したと思うけど、この番外編は一応一話完結だから同じ事を繰り返すね。
僕は西方ディアス国の四方騎士団の一つ、北魔槍という騎士に属していた。……んだけど……いろいろ事情があって追い出された。それで路頭に迷っていた所を今のパーティーリーダーであるランドール坊ちゃんに拾ってもらった―――
と、説明するように言われている。
ぶっちゃけると、ちょっとだけ事情が違うんだねー。
こっそりバラしちゃうとだね、路頭に迷う事になる僕を見つけて拾ってくれたのは坊ちゃんじゃなくてテニーさんなんだ。
ランドール坊ちゃんの太鼓持ちの一人……として認識はしているんだけど、実際テニーさんはいい人だ。
もしかすると僕はランドール坊ちゃんというより本当は、テニーさんに恩義を感じているかもしれない。うん、割とそうかも。
そのテニーさんが『全てはランドール様の為』という事で全面的に実績をランドール坊ちゃんに被せるんだ。
何をやっても『全てはラン様の為』という風になっちゃうんだな。
だから僕もいつしかテニーさんに向いていた恩義がだね……坊ちゃんのおかげだと、スラスラ言えるようになっちゃったみたい。
僕的にはテニーさんがそれで良いならいいんだ、
例え崇拝に近くテニーさんがひれ伏している、その例のランドール坊ちゃんが……本当はものすごく横暴な青年だったとしてもね。
とりあえず今は、僕の話は置いておこう。
正直に言えば、素直に自分の事を全て吐露出来るほど、僕は自分の気持ちについて整理出来ていなかった。仲間になった当時も、今も、そうかもしれない。
でもグチっぽく言ってしまえば、僕が腹に抱える都合はこういう事なんだ。
僕はどっちかって言えば真面目な性格なんだ、だから色々貧乏くじを引くんだろうけど、それが絶対嫌というワケじゃない。
国の政策がどうあれ僕は、自分の国を愛していた。例えどんなに愛した相手が僕を愛してくれなくても。その愛を貫き通すのは大変なんだ。努力が報われず、国に捧げた忠誠さえも取り上げられて……それで、僕がそれに心を痛めないとでも思うのかい?
僕は真面目に、国の為だと思って色々我慢してきた事が多かったんだと思う。
……自分の身の上を話すのはまだ少し辛い。
だから、と言っちゃぁなんだけど今回は……。僕の仲間達の事情をご紹介しようと思う。
とはいえ、暴露して良い話と、してはいけない話というのがあるんだよね。
誰の都合?ううん、そう云うんじゃなくてだね……あえて誰とは言わないけど こう、ニッコリ笑いながら『あ、これ他言無用ね』とか言いながら封印術を発動させたりする人がいるんだよ。
あの人笑いながら、結構やる事えげつないんだ。……いや、誰とは言わないけど。
それからテニーさんに迷惑をかけるから、坊ちゃんおよびテニーさんのお家の事は話せないかな。
色々と大変な事情を抱えているんだ、僕は、僕らは。
『それ』を応援する為にここに、僕らは集っている。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
僕がランドール坊ちゃんのパーティーに加わったのは『一番最後』だと言ったね。
じゃぁ最初のメンバーはどんな具合だったと思う?
……これは全て僕が聞いた話だ。だから所々推測で述べる所もあるかもしれない。ちょっと分かり辛い所もあるかもしれないけれどそこは、できる限り僕の想像で補っていこうと思う。
僕らブレイブ、勇者ランドールを囲むその仲間達……の古参パーティーメンバーはたったの3人だったそうだ。
坊ちゃんとテニーさん、それからグランソール。
話して良い部分から言えば、テニーさんとグランソールは肩書きが冒険者向けじゃないんだよね。テニーさんは西方ファマメント国の偉い公族の跡取り息子で、グランソールはそのファマメント国の上位神官。
それがまたなんで坊ちゃんに付き従い、土地に固執せずにフラフラするような冒険者、などという実に俗な肩書きを名乗るハメになったんだろう。
素直に疑問だ。
冒険者というのは、人に威張って名乗れるような肩書きじゃない。家もないし定職もない……自ら危険なモンスターを相手に戦いに行ったり、他人の墓や遺跡なんかを漁ったり。とにかく金さえあれば何でもするろくでもない奴ら、というのが一般認識だろう。
正直、最初は冒険者って自分の事名乗るのに、抵抗があったくらいだ。僕は一応これで、国の騎士だったんだもん、路頭に迷ったとはいえそこまで落ちぶれるものなのかと、最初は本当に凹んだものだよ。
でも今は、その上に『勇者ランドール御同行』ってのが付いて不思議と嫌じゃなくなった。
うーん、これって喜んでいい事なんだろうか?……ちょっと微妙。
ともかく、どうして最初の三人がパーティなんか組んで冒険者になったのか。
僕の諸々の疑問に答えてくれたのはその古参の内の二人。当然テニーさんとグランソールだ。
結成に至るそもそものきっかけ、それはランドール坊ちゃんの住んでいた町が、巷世界をにぎわす魔王連中に破壊されたから、だそうだ。
割と有名な話なんだけど知っているだろうか?魔王八逆星の中で『破壊魔王』と言われている奴がいるんだけど、それが西方ファマメント国の町の一つを滅ぼしてしまったんだ。
そう、そこが坊ちゃんの住んでる所だった。
……すごく安直だって?まぁ、そうなんだけど。
坊ちゃんが立ち上がった理由としては十分だよね。彼は……その事件が会った時たまたまその町を離れていたんだそうだ。だから今も生きている。色々と訳あって坊ちゃん、テニーさん、グランソールの3人は魔王に滅ぼされた町……オーンというんだけど……そこが危ういと『出先』で知って、急いでに駆け付ける事になったそうだ。
でも間に合わなかった、間に合っていれば町が全滅だなんて事にはならなかったはずだとテニーさんは言っている。
そして惨状を目のあたりにして……坊ちゃんはその場で魔王討伐を志したという事らしい。
テニーさんとグランソールは、それにたまたま巻き込まれたんだね~。でも、この二人に関して言えば巻き込まれたのは、任意だった気配がするけど。
オーンを破壊しつくした魔王の足取りを探し、そして魔王を討ち取る同士を求めて坊ちゃんの世界行脚が始まったそうだ。
テニーさんは知りうる手練れを仲間にしようと色々働きかけた。要するに、僕はそれに引っかかった形なんだけども。
魔王討伐って、一度各国で協力結成して送り出した経緯があるんだって。でもそれ、上手く行ってなかったんじゃないかな。だからオーンは魔王八逆星に滅ぼされちゃったんだ。
一度魔王討伐を試みるも失敗している、各国の機関では……もはや足並みがうまくそろえられない状況になっている。だから坊ちゃん自らが各国に出向いて、協力を仰ぐ必要が有ったんだって。……実際には、その辺りテニーさんとグランソールの画策だろうけど。
東方ペランストラメールでは占い師のリオ・イグズスツインが興味を持ってパーティに加わり、
北方シェイディからは竜顔の魔術師エース・ソードが前回の魔王討伐の曰くあって加わった。
そんな折、西国では魔王軍……黒い怪物の事なんだけど……これが町や村を襲うという事件が多発していてね、坊ちゃんたちは各国に協力を呼びかける運動をしつつも、事あるごとに西方に戻って来てはこれらを密かに討伐していたそうだ。
情報を入手してから動いていたから大抵は後手に回っていたんだって。でも、その時はそれでよかったみたいだ。
一度世界が魔王討伐に失敗したのは大きな失敗だったんだけど、世界各国はその事実を正しく公開しない方向で足並みをそろえてしまったんだそうだ。そうなった経緯は色々あって、僕にはよくわからないけれども……。そうして、次に世界に現れ始めた『魔王八逆星』といものは、最初に各国で協力して討ち取ろうとした魔王とはまた『別』だっていうのが分かったんだそうだ。
……その情報収集を、一からやり直したのがランドール・ブレイブなんだそうだ。以外とスゴい人なんだね~と関心しそうになるけど、努力してるのは坊ちゃんじゃなくてその下にいるテニーさんとグランだからね……。僕、そこらへんよく分かっているからなんとなくヘェ凄い!とは素直に驚けない……。
魔王討伐隊っていうともう一つ、知っているグループがある。僕らとは別の魔王討伐隊であるヤトさん達は、近年現れて魔王八逆星に迫ろうとするパーティーだから、ぼっちゃんにとっては新参者っていう認識があるみたい。
でも、ランドールぼっちゃんが求めてる情報って偏ってるんだよ。
町を滅ぼした破壊魔王についての情報収集が主だったみたいだからね。
魔王八逆星って破壊魔王だけじゃないのは、情報を集めていると分かってくるものだ。
彼らの全体像は一体どんなモノなのか、僕も魔王に関連する一つの情報を握っていたからその辺りはとっても気になるんだけれどね……。
ある日、偶々後手じゃなくって先手を撃って魔王軍の攻撃を防ぐ事になったんだそうだ。
襲撃を察知出来て、相手の襲撃を防ぐ事が出来るなら防ぐべきだろう。
その日、坊ちゃんは珍しく自発的だったとグランソールは語ったね。
……普段どんだけ自発的じゃないんだよ……。
普段全面的に全てに無関心で、どうでもいいようにぞんざいに振舞う坊ちゃん。
でも、本当は隠しているんだと思う。
本当の素顔を何か理由があって隠さなきゃいけないのかもしれない。例えば僕みたいに、不細工な顔を隠すために鉄仮面をかぶっているみたいにさ。
自分が居ない時に、共に暮らしていた家族や友人知人、その全てを目の前で失ってしまった悲しみとか……。
色々とひねくれちゃったのかもしれない。心を……少しだけ曲げなければいけなくなった。
ぼっちゃんを見ていると時々、そんな風に僕は思う。
その曲がり方がちょっと、尋常じゃない気もしないでもないけどね、どうして女の人にはあんなに無条件に優しく出来るのか……その歪みっぷりが僕には理解不能だけど。
その日襲われていたのは、平原貴族種の村だったそうだ。
皮肉なものだとエース爺さんは笑っていた。人間の村では好き勝手蹂躙されているのに、貴族種の村の襲撃は察知出来て、救わなければいけなくなるとはの~とか。
西方において、人間と魔種の軋轢は全廃した訳じゃない。僕の住んでたディアス国なんてファマメントよりもっと酷いよ。中でも……貴族種とだけはどうしても轍が深いんだ。
貴族種って、国家から背いた集団が元になっている魔種なんだけど、元をたどると国のお偉いさんとか、王族が元なんだって。それで貴族種と西方の人間って相性が極端なんだ。
僕が被った被害も同じような種族間問題が発端だったりする。
だから爺さんの自嘲の笑みの理由が僕にはよく理解できる。
ランドール坊ちゃんが冒険者ではなく、その時西方ファマメント国に属する何らかの肩書きを持っていたら……。たぶん、魔王軍に攻撃されている平原貴族種の村は素通りしただろう。
いや、グランソールが苦笑しながら振り返り話すには、坊ちゃんは別に平原貴族種に関わりを持つつもりは無かったみたいだ、とか。だけど何故かその、坊ちゃんが珍しく自発的だったという事らしいからね。
ファマメント国家に属していれば自然と、貴族種とは関わり合う事を全面的に避るはずなのに。
ランドール坊ちゃんはその時、その轍をたやすく超えた。
目の前に守るべきものを見出し、滅ぼすべきものを見出した坊ちゃんは平原貴族種の村に遠慮なく突入し、自分から魔王軍に切りかかって行ったんだそうだ。
貴族種と人間の軋轢というのはとても古い問題なんだ。少なくとも西方では、貴族種というものが生まれる過程からして深い隔たりがある。
僕が属していたディアス国でもそれは同じで、もっと根が深い。
南方じゃ融和して貴族種と人間の混血二世がフレイムトライブという種族になって栄えているってのにね。
西方は昔変わらずどうしても、貴族種とだけは仲良くなれなかった。
まず生きてる時間が違うでしょ?能力だって違うし見えている世界も違う。
考え方が根本的に違う。
個体で見てどちらが有能かと問えば間違いなく貴族種の方だ。長寿の上に思慮深く、争いが嫌いで身体能力に優れている。
すぐに自分と違うものを時に武力的に排除したがる野蛮で、低能な人間種と比べたら人間が可哀そうな位に劣等種だろう。せめて鬼種となら比較のしようがあると思うけど、貴族種というのはその名前の通り、人間に比べたら断然に貴い生き方が出来る種族なんだね。だからそういう名前で呼ばれるんだと僕は思う。
人間というのは、今では普遍的ですらある魔種系統『鬼種』も含めて、最も古い原型を保っているという種族でしかない。
西方には部分的に純血神話が残っていてね、血は混じりけが無い方が優性であるっていうのがそれなんだけど……実に、間違った神話だよね。
間違いなくこれは勘違い。世の中では、もうとっくに混血の方が強い事になっている。血は違うものを入れれば入れるだけ、良い部分だけを受け継ぐんだ。その代りいらない特性を切り捨てていくんだけど……。
人間というのはその、いらないであろう部分に何らかの価値を見出す、不思議な生物なんだね。
別にその性癖が悪いとは思わない。時にそういう人間の中に、とびっきりな人が居る事は知っている。
たとえば……身近な所だとテニーさんとか。
ええと、散々こき下ろすけど僕ら竜鱗鬼種も貴族種も、全て元々人間から派生した魔種だ。僕らはそれを忘れている訳ではない。要するに元はその『人間』だって事を忘れてる訳じゃないって事だよ。
それでも、ずっとお互いに避けあっていると、時に種族の違いだけで他に理由も無しに相手を嫌ってしまったりする。
……これってたぶん、人間の悪い癖だよね。人から派生した僕らに引き継がれる……悪いけど捨てるに忍びない、多分闘争して勝つ上で必要な『敵対感情』。
シリアはかつて、人間が大嫌い、だったんだそうだ。
今は割とそうではないみたい。それもこれも全て、ランドール坊ちゃんのおかげという事になっている。
流石は太鼓持ちナンバー2。ナチュラルにテニーさんと同じ道を歩んでいるよ。
所でランドール坊ちゃんは……言ったっけ?
人間じゃないんだ。実はサウター即ち、フレイムトライブ。西方に住んでいるけど西方人じゃなくて、昔貴族種と混血した南国人の血筋の人。
ところが長いこと西方で暮らした所為かな、割と自分がサウターである事を忘れてるんだね。
外見だけ見ると一発で南方人と見抜けるほど特徴的な黒眼、黒髪であるにもかかわらず。……坊ちゃん的には生まれより育った故郷なのかも。
彼は自分は西方人だと思っている。
ものすごく、そうだって思い込んでいるみたいな所がある。勿論出身で言えば西方人で良いのだろうけど、種族的な意味で云うと坊ちゃんはどう見ても南方人だよね。
誰もそれを指摘しないというか……指摘しても相手が聞かないからなんだけど……。
とにかくランドール坊ちゃんは自分が西方人としてふるまう事が多い。だから、本当なら平原貴族種のために剣をふるったりはしないはずなんだ。彼は西方人だから、基本的に貴族種の事が好きじゃないはずなんだ。
一方で、坊ちゃんは全般的に女の人には無条件で優しいというものすごい捻くれた性格をしているんだけど…… 実はシリアにはあんまり優しくない様に僕には見える。それ相応の冷たい態度を取っている気がする。それなのに、どうしてシリアの方であれだけぞっこんなのかホント、良く分からないよ。
さて、その魔王軍とのやり取りに戻ろうか。
聞いた話によると、襲われた平原貴族種達は突然襲ってきた魔王軍にも驚いただろうけど、それと戦うべく人間が率いる冒険者一向が村に乗り込んできた事にも度肝を抜かれるくらいに驚いたんだそうだ。
坊ちゃんのパーティーはその頃、人間のテニーさん、巨人族のグランソール、東方人のリオに明らかに見慣れない魔種のエース爺さんという面子だね。人間多数の編成では無いのだから助けてくれた事くらい平原貴族も素直に受け取ればいいのに。
平原貴族種はすっかり、西方国の中にあって孤立している事を受け入れていた。
突然見知らぬ者らから援助される事に慣れていなかったんだね。
黒い怪物、5人の謎の冒険者、平原貴族種……気がついたら三つ巴の乱戦になってたんだってさ。
というか5人の謎の冒険者が両方から攻撃されるハメになったのかな?
さて、こっから意見が分かれるんだ。僕も頭が痛い。いったいどの意見を信じればいいんだろう?
この時ランドール坊ちゃんの取った行動についての証言はこんな感じ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
テニーさん曰く……『ラン様は黙して語らずにいるだけだ。本当は種族謎関係なく全てお救いしたかったのだろう。だがそう願った所で平原貴族種がその思いを簡単に受け入れるとは限らない……すべて悟っておられるのだ』
グランソール曰く……『いやぁ、単に魔王軍に好き勝手やらせるのが癪だったんでしょー?例の情報もほとんど集まらなくて煮詰まってたんだろうし。たまたま暴れたかった気分だったんだよ、そんなもんだって。すごかったもんなぁ、平原貴族種を完全無視してのあの猛攻、よっぽどうっぷんたまってたんだと思うよ?前にも後にも、あそこまですさまじい坊ちゃんは見たことが無いねぇ』
リオさん曰く……『正直、あの時まで彼の戦闘能力を疑っていたわ。だから、衝撃として記憶しているのよ……あの子、ちゃんと自分で戦えたのね?すごい、予想外だったわ……』
エース爺さん曰く……『いやはや、流石は…… ……おおっと、これは他言無用じゃったな。炎が宿った様な凄まじい闘いじゃった。おかげでこっちは、平原貴族種に被害を出さないように気を回すので大変だったんじゃよ、何?グランはそんな事一言も言っておらん?ふん、アイツも何だかんだ言って坊ちゃん命じゃからな。あの強さなら、確かに破壊魔王のもたらした悲劇を回避できたのかもしれん。しかし一歩間違えば全て破壊しかねんなぁ。そうと自分で分かっていてあれは、剣を振らんのか?むぅ…… そんな配慮が出来る奴には見えんがのぅ……』
……結局どうなんだろう?
坊ちゃんは平原貴族種の村を救ったのか?魔王群を蹴散らしたかっただけか?それとも……単に暴れたかっただけ?
全く坊ちゃんの姿が見えてこない……。
え?ランドール坊ちゃんに実際に聞けばいい?
うん、だから聞いたんだよ僕は。
……今思うと、ものすごく命知らずな事をしたなぁと思うし、その時そう思い知った訳なんだけどね。当初は全然そういう事分からなかったから。
どうなったかって?
どうして平原貴族種を魔王の魔手から救ったんですか?って、聞きにいったら問答無用で殴られたよ。
ああでも、一応答えてくれたのかな。
彼はその時こう言った。
ランドール坊ちゃん曰く……『何の話かさっぱり分からん、覚えていないなッ!』
問題なのは……どうして人を殴った後にそう言う事を言うかって事だ。
何なんだろうこの人は。どうして素直にその話はしたくないとか、言えないのだろうか?
でも……そんな事を言うようなキャラじゃないか、というのは後に気が付く事なんだ。
思うに、貴様はそんな事知らなくてもいい事なんだからねッ 的な、今町で流行りの『ツンデレ』とかいう態度に出て走り去る様な態度をしてくれれば、少しはまともな評価をもらえると思うんだよね。誰からって?……ぼっちゃんと出会った人達から、さ。
とにかく、僕のどうして平原貴族種を助けたんだい?という質問に対してランドール坊ちゃんは暴力に訴え、もうその事は話すんじゃない阿呆!という返答をしてくれた。……のだと僕は解釈した。
あ……割とこういうのを『ツンデレ』と言うのかもしれない。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
僕は茫然と殴られて倒れたまましばらく……彼の言葉の意味を考えていた。
と云うかその前に、フルフェイス鉄仮面の上からグーで殴られたんだよ、鉄仮面の防御点無視の一撃が僕に見舞われたんだ。こんなに強烈な一撃を何の遠慮もなくかますような相手と初めて会った僕は……その事に茫然としていた。
世の中にはいろんな人がいるものだなぁ。そんな事をしみじみ噛みしめていたと思う。
考えて考えて、つまり聞かないでくれ、そういう答えをもらったのだと思う事にした。
そう思えば、僕は坊ちゃんに殴られて当然だったのかもしれないと思って反省した。
そりゃ、初めて体験だから驚いてはいるんだけど……驚きすぎて怒りは全然湧いてこなかった。自分が悪かったのかもしれない……そんな気がしたくらい。
『あら、どうしたの?』
暫くそうやって地面にあおむけになって倒れていたら……。
その問題の一件の後、パーティに強引に加わったという平原貴族種のシリアだった。不思議そうな顔で僕を見下ろしていた。
『ああ、うん。坊ちゃんに怒られちゃって』
『大丈夫?へこんでるよ?』
ほっぺたを指さしてシリアが言っているのを見て……ああ、鉄の仮面が歪む程強烈な一撃を貰ったんだなぁと僕は、仮面の下で苦笑った。起き上がってこの時初めて、シリアに仮面の下の素顔を見せたんだ。
『……びっくりだろう、』
この顔、コンプレックスなんだ。僕は自分の顔があまり好きじゃない、かもしれない。今もそれについてははっきりと、僕は言えない。なんとも複雑な気持ちを抱いていて、そういう所完全にコンプレックスになっているんだと思う。
こんな不細工じゃなければもっと……いろんな人と、素顔で……話せただろうに。そう思う事は何度もある。
自分の顔の事を憎む程じゃないんだけれど、もし違っていたらという可能性を必死に考えてしまう所はあるんだ。
だけどシリアは僕の手から鉄仮面を取り上げて、凹んだフェイスガードをまじまじと見つめていた。
僕の顔なんて全然、見てない。
『ホントびっくりね、流石ラン様、凄い一撃』
僕はちょっと驚いてしまった。目を瞬くと不思議そうな顔でシリアはこちらを振り返ったなぁ。
『どうしたの?』
『ううん……なんでもない』
そうしてシリアは、僕の鱗に覆われた頬に触れて来た。
『見た感じ腫れてはいなそうだけど……大丈夫?』
『ああ、それは。僕はもともと皮膚も固いから。本来鎧もいらないくらい。大丈夫、僕は重騎士だ。打たれ強さだけなら誰にも負けないよ』
『そっか、……いいなぁマースは』
『……何が?』
シリアは僕の隣に座り込み、凹んだ鉄仮面を手の中で回しながら言ったんだ。
『あたしはさぁ、取り柄が無いんだ。ラン様の背中を守れるほど強くないし、テニーみたいに金銭的なバックアップが出来るわけじゃない。頭もよくないし、魔法は使えるけどグランやエースには及ばない。邪魔だって露骨に言われた事はないけどさ、ラン様はどんなに尽くしてもあたしの事を振り向いてくれないし……やっぱり、それってあたしが足手まといだからかな』
自分の顔がコンプレクスとか、なんか僕の悩みはものすごいちっぽけだなぁとその時思った。
シリアはね、ランドール坊ちゃんが自分の村を命を賭して救ってくれた……と、ものすごく思い込んでいるんだ。
真実の程はわからないよ?いろんな人にリサーチした通り良く分からないんだ。
『そんな事ないよ』
『慰めでも、そう言ってくれると嬉しいわ』
『そんなんじゃない、僕……応援してるよ』
シリアは笑った。貴族種の、例外なく美しい整った顔で僕に振り向いてにっこりと笑っていた。
『ありがとう』
ああ。世の中にはいろんな人がいる。
僕の顔を見ても何のリアクションも起こさない人もいるんだ……。
それで、最後にシリアに平原貴族種の村の一件について聞く事にした。どうしてこのパーティに加わったのか聞いたんだね。
シリアはね感動したんだって、自分達の為に――と、思い込んでいる訳だけど……あそこまで必死に戦ってくれた坊ちゃんに、心をしっかりつかまれちゃったそうだ。
貴族種ってね、滅多な事で他の種族に惚れたりしないんだよ。よっぽど相手が優れていないと心を許さないとか言われている。シリア自身でもそう言っていた。だから自分が一番びっくりしているんだって。
でも思うに、一度心を許すと一直線なんだね。
シリアはランドール坊ちゃんに一目ぼれしちゃったって事だ。
人間なんか大嫌いだったのに、他人の為に懸命に戦ってくれる人がいるんだって事になんか、カルチャーショックを受けたみたい。西の平原貴族種って閉鎖的な暮らししてるみたいだし。
『あ、』
威風堂々と歩いて戻ってきたランドール坊ちゃんを見つけてシリアは立ち上がった。それを無視して坊ちゃん、座ったままの僕を見おろした。……この時初めて仮面の下を見せたのかな、坊ちゃんにも。
何か言われるのだろうかと思ったけど、僕の目の前で立ち止まると坊ちゃんは腕を組んで鼻で笑った。
『ふん、起き上がっているじゃないか』
どうやら僕が殴られて、すぐ起き上がらなかったから気絶させた、あるいは殺したかとでも思ってたの?
テニーさんが坊ちゃんの背後にいて、安堵のため息を漏らしていたなぁ。坊ちゃんは尊大な態度で僕を見下ろしながら言った。
『一発殴った程度で気絶するような盾なら要らんぞテニー』
『まさか、団長も手放すのを断腸の思いでという逸材ですぞ』
……ん、今さりげなく親父ギャグ織り交ぜなかったかいテニーさん……?僕は苦笑して頭を掻きつつ立ち上がった。
『すいません、あんな強烈なパンチを仮面の上から食らうとは思ってなくて。ちょっと茫然としちゃいまして、余韻を味わってたんです』
『無傷か?』
『兜の方が貧弱でしたね、歪んじゃいました』
僕が笑うとシリアが、その問題の仮面を持ったままでゆがんだ部分を示した。
『……見苦しいですよね、すぐ新しいのを……』
しかしそれには答えずに坊ちゃん、突然踵を返して行ってしまった。
『飾りなら仮面など被るな。問題なのは使えるか、使えないのかだ』
その、残された言葉の意味は何だろう。
僕は、それを考えて言葉を発せずに立ち尽くしていた。
そうは言っても……僕はこの顔を表に出すのが……嫌で。無用に怖がられる。ああでも、このパーティの人たちは僕の顔の事なんか気にもせずに受け入れてくれるんだなとその時、ようやく気が付いた。
ぞんざいな言い方をされたにも拘らず……僕はその、坊ちゃんの言葉が嬉しかった。
『シリア、行くぞ』
『あ、はいッ!』
もうずいぶん向こうに遠ざかった頃云い捨てる様な彼の言葉に、シリアは僕に鉄仮面を預けて小走りに駆けていく。
ああ、やっぱり僕を殴ったあの右手、無事じゃないみたい。
こっそりシリアから治癒魔法掛けてもらってる。
シリアが役立たずだなんて僕は思わない。まだ仲間になって間もない頃だけど、彼女の存在で坊ちゃんの態度が色々と軟化しているんだという噂はチラホラ聞いているんだ。
彼女が実感していないだけだと思うな。
全く、素直じゃないんだから。
僕は笑って歪んでしまった鉄仮面を見下ろした。
『何を言って怒らせたんだ?』
テニーさんに言われて僕は笑った。
『テニーさん、僕あの人の事、好きになれそうです』
『あ、……ああ。それはよかった』
困った顔でテニーさんは頭を掻いて小さくぼやいたのを僕は聞いた。
『あの性格だ、ウマが合わん人も多いものでな……助かるよ』
『上っ面だけ見たんじゃ仕方がないのかもね。……でも僕、仮面の下も見せてもらった気がする』
どう言う意味か、テニーさんは割と鈍感な所があるよね。不思議そうな顔で僕を振り返った。
僕はゆがんだ仮面をまじまじと見下ろす。
『飾りだけど、やっぱり外見は大切ですよね』
◆第参無礼武◆『vs種族差!愛に轍など無い大作戦』
僕は一応恩義ってものを感じて彼……坊ちゃんにつき従っているんだけど、他の皆はどういう事情で坊ちゃんに従っているんだろう?
彼らの仲間としては割と最後に加わったんだよね、僕。仲間になって初めの頃、このデコデコボコも良い所な奇妙なパーティーメンバーについて、そのような疑問を抱いた。抱かずにいられるものか、という程おかしな事情てんこ盛りなんだもん。
一緒に行動するようになってますます分からなくなった、と言ってもいい。
坊ちゃんの名前はランドール。
黒髪に黒目なんだけど……瞳はたまに青っぽく見えたりもする、一見するととても爽やかなサウター(南方人)の好青年だ。
で、僕の名前はマース・マーズ。見ての通り、重鎧に醜い姿を隠す元西方騎士。
自分でも分かっているから隠す通り僕は、竜鱗鬼のハーフで外見醜い姿をしているんだ。心根は優しい男である事は自称しているんだけど、人の子供が僕の顔見て泣き出すからこうやって、常にフルフェイスの兜と鎧に身を包んでいる。
まぁ、そうやって外からの視線に配慮しているのが、僕なりの優しさのつもりなんだけど。
前にも話したと思うけど、この番外編は一応一話完結だから同じ事を繰り返すね。
僕は西方ディアス国の四方騎士団の一つ、北魔槍という騎士に属していた。……んだけど……いろいろ事情があって追い出された。それで路頭に迷っていた所を今のパーティーリーダーであるランドール坊ちゃんに拾ってもらった―――
と、説明するように言われている。
ぶっちゃけると、ちょっとだけ事情が違うんだねー。
こっそりバラしちゃうとだね、路頭に迷う事になる僕を見つけて拾ってくれたのは坊ちゃんじゃなくてテニーさんなんだ。
ランドール坊ちゃんの太鼓持ちの一人……として認識はしているんだけど、実際テニーさんはいい人だ。
もしかすると僕はランドール坊ちゃんというより本当は、テニーさんに恩義を感じているかもしれない。うん、割とそうかも。
そのテニーさんが『全てはランドール様の為』という事で全面的に実績をランドール坊ちゃんに被せるんだ。
何をやっても『全てはラン様の為』という風になっちゃうんだな。
だから僕もいつしかテニーさんに向いていた恩義がだね……坊ちゃんのおかげだと、スラスラ言えるようになっちゃったみたい。
僕的にはテニーさんがそれで良いならいいんだ、
例え崇拝に近くテニーさんがひれ伏している、その例のランドール坊ちゃんが……本当はものすごく横暴な青年だったとしてもね。
とりあえず今は、僕の話は置いておこう。
正直に言えば、素直に自分の事を全て吐露出来るほど、僕は自分の気持ちについて整理出来ていなかった。仲間になった当時も、今も、そうかもしれない。
でもグチっぽく言ってしまえば、僕が腹に抱える都合はこういう事なんだ。
僕はどっちかって言えば真面目な性格なんだ、だから色々貧乏くじを引くんだろうけど、それが絶対嫌というワケじゃない。
国の政策がどうあれ僕は、自分の国を愛していた。例えどんなに愛した相手が僕を愛してくれなくても。その愛を貫き通すのは大変なんだ。努力が報われず、国に捧げた忠誠さえも取り上げられて……それで、僕がそれに心を痛めないとでも思うのかい?
僕は真面目に、国の為だと思って色々我慢してきた事が多かったんだと思う。
……自分の身の上を話すのはまだ少し辛い。
だから、と言っちゃぁなんだけど今回は……。僕の仲間達の事情をご紹介しようと思う。
とはいえ、暴露して良い話と、してはいけない話というのがあるんだよね。
誰の都合?ううん、そう云うんじゃなくてだね……あえて誰とは言わないけど こう、ニッコリ笑いながら『あ、これ他言無用ね』とか言いながら封印術を発動させたりする人がいるんだよ。
あの人笑いながら、結構やる事えげつないんだ。……いや、誰とは言わないけど。
それからテニーさんに迷惑をかけるから、坊ちゃんおよびテニーさんのお家の事は話せないかな。
色々と大変な事情を抱えているんだ、僕は、僕らは。
『それ』を応援する為にここに、僕らは集っている。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
僕がランドール坊ちゃんのパーティーに加わったのは『一番最後』だと言ったね。
じゃぁ最初のメンバーはどんな具合だったと思う?
……これは全て僕が聞いた話だ。だから所々推測で述べる所もあるかもしれない。ちょっと分かり辛い所もあるかもしれないけれどそこは、できる限り僕の想像で補っていこうと思う。
僕らブレイブ、勇者ランドールを囲むその仲間達……の古参パーティーメンバーはたったの3人だったそうだ。
坊ちゃんとテニーさん、それからグランソール。
話して良い部分から言えば、テニーさんとグランソールは肩書きが冒険者向けじゃないんだよね。テニーさんは西方ファマメント国の偉い公族の跡取り息子で、グランソールはそのファマメント国の上位神官。
それがまたなんで坊ちゃんに付き従い、土地に固執せずにフラフラするような冒険者、などという実に俗な肩書きを名乗るハメになったんだろう。
素直に疑問だ。
冒険者というのは、人に威張って名乗れるような肩書きじゃない。家もないし定職もない……自ら危険なモンスターを相手に戦いに行ったり、他人の墓や遺跡なんかを漁ったり。とにかく金さえあれば何でもするろくでもない奴ら、というのが一般認識だろう。
正直、最初は冒険者って自分の事名乗るのに、抵抗があったくらいだ。僕は一応これで、国の騎士だったんだもん、路頭に迷ったとはいえそこまで落ちぶれるものなのかと、最初は本当に凹んだものだよ。
でも今は、その上に『勇者ランドール御同行』ってのが付いて不思議と嫌じゃなくなった。
うーん、これって喜んでいい事なんだろうか?……ちょっと微妙。
ともかく、どうして最初の三人がパーティなんか組んで冒険者になったのか。
僕の諸々の疑問に答えてくれたのはその古参の内の二人。当然テニーさんとグランソールだ。
結成に至るそもそものきっかけ、それはランドール坊ちゃんの住んでいた町が、巷世界をにぎわす魔王連中に破壊されたから、だそうだ。
割と有名な話なんだけど知っているだろうか?魔王八逆星の中で『破壊魔王』と言われている奴がいるんだけど、それが西方ファマメント国の町の一つを滅ぼしてしまったんだ。
そう、そこが坊ちゃんの住んでる所だった。
……すごく安直だって?まぁ、そうなんだけど。
坊ちゃんが立ち上がった理由としては十分だよね。彼は……その事件が会った時たまたまその町を離れていたんだそうだ。だから今も生きている。色々と訳あって坊ちゃん、テニーさん、グランソールの3人は魔王に滅ぼされた町……オーンというんだけど……そこが危ういと『出先』で知って、急いでに駆け付ける事になったそうだ。
でも間に合わなかった、間に合っていれば町が全滅だなんて事にはならなかったはずだとテニーさんは言っている。
そして惨状を目のあたりにして……坊ちゃんはその場で魔王討伐を志したという事らしい。
テニーさんとグランソールは、それにたまたま巻き込まれたんだね~。でも、この二人に関して言えば巻き込まれたのは、任意だった気配がするけど。
オーンを破壊しつくした魔王の足取りを探し、そして魔王を討ち取る同士を求めて坊ちゃんの世界行脚が始まったそうだ。
テニーさんは知りうる手練れを仲間にしようと色々働きかけた。要するに、僕はそれに引っかかった形なんだけども。
魔王討伐って、一度各国で協力結成して送り出した経緯があるんだって。でもそれ、上手く行ってなかったんじゃないかな。だからオーンは魔王八逆星に滅ぼされちゃったんだ。
一度魔王討伐を試みるも失敗している、各国の機関では……もはや足並みがうまくそろえられない状況になっている。だから坊ちゃん自らが各国に出向いて、協力を仰ぐ必要が有ったんだって。……実際には、その辺りテニーさんとグランソールの画策だろうけど。
東方ペランストラメールでは占い師のリオ・イグズスツインが興味を持ってパーティに加わり、
北方シェイディからは竜顔の魔術師エース・ソードが前回の魔王討伐の曰くあって加わった。
そんな折、西国では魔王軍……黒い怪物の事なんだけど……これが町や村を襲うという事件が多発していてね、坊ちゃんたちは各国に協力を呼びかける運動をしつつも、事あるごとに西方に戻って来てはこれらを密かに討伐していたそうだ。
情報を入手してから動いていたから大抵は後手に回っていたんだって。でも、その時はそれでよかったみたいだ。
一度世界が魔王討伐に失敗したのは大きな失敗だったんだけど、世界各国はその事実を正しく公開しない方向で足並みをそろえてしまったんだそうだ。そうなった経緯は色々あって、僕にはよくわからないけれども……。そうして、次に世界に現れ始めた『魔王八逆星』といものは、最初に各国で協力して討ち取ろうとした魔王とはまた『別』だっていうのが分かったんだそうだ。
……その情報収集を、一からやり直したのがランドール・ブレイブなんだそうだ。以外とスゴい人なんだね~と関心しそうになるけど、努力してるのは坊ちゃんじゃなくてその下にいるテニーさんとグランだからね……。僕、そこらへんよく分かっているからなんとなくヘェ凄い!とは素直に驚けない……。
魔王討伐隊っていうともう一つ、知っているグループがある。僕らとは別の魔王討伐隊であるヤトさん達は、近年現れて魔王八逆星に迫ろうとするパーティーだから、ぼっちゃんにとっては新参者っていう認識があるみたい。
でも、ランドールぼっちゃんが求めてる情報って偏ってるんだよ。
町を滅ぼした破壊魔王についての情報収集が主だったみたいだからね。
魔王八逆星って破壊魔王だけじゃないのは、情報を集めていると分かってくるものだ。
彼らの全体像は一体どんなモノなのか、僕も魔王に関連する一つの情報を握っていたからその辺りはとっても気になるんだけれどね……。
ある日、偶々後手じゃなくって先手を撃って魔王軍の攻撃を防ぐ事になったんだそうだ。
襲撃を察知出来て、相手の襲撃を防ぐ事が出来るなら防ぐべきだろう。
その日、坊ちゃんは珍しく自発的だったとグランソールは語ったね。
……普段どんだけ自発的じゃないんだよ……。
普段全面的に全てに無関心で、どうでもいいようにぞんざいに振舞う坊ちゃん。
でも、本当は隠しているんだと思う。
本当の素顔を何か理由があって隠さなきゃいけないのかもしれない。例えば僕みたいに、不細工な顔を隠すために鉄仮面をかぶっているみたいにさ。
自分が居ない時に、共に暮らしていた家族や友人知人、その全てを目の前で失ってしまった悲しみとか……。
色々とひねくれちゃったのかもしれない。心を……少しだけ曲げなければいけなくなった。
ぼっちゃんを見ていると時々、そんな風に僕は思う。
その曲がり方がちょっと、尋常じゃない気もしないでもないけどね、どうして女の人にはあんなに無条件に優しく出来るのか……その歪みっぷりが僕には理解不能だけど。
その日襲われていたのは、平原貴族種の村だったそうだ。
皮肉なものだとエース爺さんは笑っていた。人間の村では好き勝手蹂躙されているのに、貴族種の村の襲撃は察知出来て、救わなければいけなくなるとはの~とか。
西方において、人間と魔種の軋轢は全廃した訳じゃない。僕の住んでたディアス国なんてファマメントよりもっと酷いよ。中でも……貴族種とだけはどうしても轍が深いんだ。
貴族種って、国家から背いた集団が元になっている魔種なんだけど、元をたどると国のお偉いさんとか、王族が元なんだって。それで貴族種と西方の人間って相性が極端なんだ。
僕が被った被害も同じような種族間問題が発端だったりする。
だから爺さんの自嘲の笑みの理由が僕にはよく理解できる。
ランドール坊ちゃんが冒険者ではなく、その時西方ファマメント国に属する何らかの肩書きを持っていたら……。たぶん、魔王軍に攻撃されている平原貴族種の村は素通りしただろう。
いや、グランソールが苦笑しながら振り返り話すには、坊ちゃんは別に平原貴族種に関わりを持つつもりは無かったみたいだ、とか。だけど何故かその、坊ちゃんが珍しく自発的だったという事らしいからね。
ファマメント国家に属していれば自然と、貴族種とは関わり合う事を全面的に避るはずなのに。
ランドール坊ちゃんはその時、その轍をたやすく超えた。
目の前に守るべきものを見出し、滅ぼすべきものを見出した坊ちゃんは平原貴族種の村に遠慮なく突入し、自分から魔王軍に切りかかって行ったんだそうだ。
貴族種と人間の軋轢というのはとても古い問題なんだ。少なくとも西方では、貴族種というものが生まれる過程からして深い隔たりがある。
僕が属していたディアス国でもそれは同じで、もっと根が深い。
南方じゃ融和して貴族種と人間の混血二世がフレイムトライブという種族になって栄えているってのにね。
西方は昔変わらずどうしても、貴族種とだけは仲良くなれなかった。
まず生きてる時間が違うでしょ?能力だって違うし見えている世界も違う。
考え方が根本的に違う。
個体で見てどちらが有能かと問えば間違いなく貴族種の方だ。長寿の上に思慮深く、争いが嫌いで身体能力に優れている。
すぐに自分と違うものを時に武力的に排除したがる野蛮で、低能な人間種と比べたら人間が可哀そうな位に劣等種だろう。せめて鬼種となら比較のしようがあると思うけど、貴族種というのはその名前の通り、人間に比べたら断然に貴い生き方が出来る種族なんだね。だからそういう名前で呼ばれるんだと僕は思う。
人間というのは、今では普遍的ですらある魔種系統『鬼種』も含めて、最も古い原型を保っているという種族でしかない。
西方には部分的に純血神話が残っていてね、血は混じりけが無い方が優性であるっていうのがそれなんだけど……実に、間違った神話だよね。
間違いなくこれは勘違い。世の中では、もうとっくに混血の方が強い事になっている。血は違うものを入れれば入れるだけ、良い部分だけを受け継ぐんだ。その代りいらない特性を切り捨てていくんだけど……。
人間というのはその、いらないであろう部分に何らかの価値を見出す、不思議な生物なんだね。
別にその性癖が悪いとは思わない。時にそういう人間の中に、とびっきりな人が居る事は知っている。
たとえば……身近な所だとテニーさんとか。
ええと、散々こき下ろすけど僕ら竜鱗鬼種も貴族種も、全て元々人間から派生した魔種だ。僕らはそれを忘れている訳ではない。要するに元はその『人間』だって事を忘れてる訳じゃないって事だよ。
それでも、ずっとお互いに避けあっていると、時に種族の違いだけで他に理由も無しに相手を嫌ってしまったりする。
……これってたぶん、人間の悪い癖だよね。人から派生した僕らに引き継がれる……悪いけど捨てるに忍びない、多分闘争して勝つ上で必要な『敵対感情』。
シリアはかつて、人間が大嫌い、だったんだそうだ。
今は割とそうではないみたい。それもこれも全て、ランドール坊ちゃんのおかげという事になっている。
流石は太鼓持ちナンバー2。ナチュラルにテニーさんと同じ道を歩んでいるよ。
所でランドール坊ちゃんは……言ったっけ?
人間じゃないんだ。実はサウター即ち、フレイムトライブ。西方に住んでいるけど西方人じゃなくて、昔貴族種と混血した南国人の血筋の人。
ところが長いこと西方で暮らした所為かな、割と自分がサウターである事を忘れてるんだね。
外見だけ見ると一発で南方人と見抜けるほど特徴的な黒眼、黒髪であるにもかかわらず。……坊ちゃん的には生まれより育った故郷なのかも。
彼は自分は西方人だと思っている。
ものすごく、そうだって思い込んでいるみたいな所がある。勿論出身で言えば西方人で良いのだろうけど、種族的な意味で云うと坊ちゃんはどう見ても南方人だよね。
誰もそれを指摘しないというか……指摘しても相手が聞かないからなんだけど……。
とにかくランドール坊ちゃんは自分が西方人としてふるまう事が多い。だから、本当なら平原貴族種のために剣をふるったりはしないはずなんだ。彼は西方人だから、基本的に貴族種の事が好きじゃないはずなんだ。
一方で、坊ちゃんは全般的に女の人には無条件で優しいというものすごい捻くれた性格をしているんだけど…… 実はシリアにはあんまり優しくない様に僕には見える。それ相応の冷たい態度を取っている気がする。それなのに、どうしてシリアの方であれだけぞっこんなのかホント、良く分からないよ。
さて、その魔王軍とのやり取りに戻ろうか。
聞いた話によると、襲われた平原貴族種達は突然襲ってきた魔王軍にも驚いただろうけど、それと戦うべく人間が率いる冒険者一向が村に乗り込んできた事にも度肝を抜かれるくらいに驚いたんだそうだ。
坊ちゃんのパーティーはその頃、人間のテニーさん、巨人族のグランソール、東方人のリオに明らかに見慣れない魔種のエース爺さんという面子だね。人間多数の編成では無いのだから助けてくれた事くらい平原貴族も素直に受け取ればいいのに。
平原貴族種はすっかり、西方国の中にあって孤立している事を受け入れていた。
突然見知らぬ者らから援助される事に慣れていなかったんだね。
黒い怪物、5人の謎の冒険者、平原貴族種……気がついたら三つ巴の乱戦になってたんだってさ。
というか5人の謎の冒険者が両方から攻撃されるハメになったのかな?
さて、こっから意見が分かれるんだ。僕も頭が痛い。いったいどの意見を信じればいいんだろう?
この時ランドール坊ちゃんの取った行動についての証言はこんな感じ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
テニーさん曰く……『ラン様は黙して語らずにいるだけだ。本当は種族謎関係なく全てお救いしたかったのだろう。だがそう願った所で平原貴族種がその思いを簡単に受け入れるとは限らない……すべて悟っておられるのだ』
グランソール曰く……『いやぁ、単に魔王軍に好き勝手やらせるのが癪だったんでしょー?例の情報もほとんど集まらなくて煮詰まってたんだろうし。たまたま暴れたかった気分だったんだよ、そんなもんだって。すごかったもんなぁ、平原貴族種を完全無視してのあの猛攻、よっぽどうっぷんたまってたんだと思うよ?前にも後にも、あそこまですさまじい坊ちゃんは見たことが無いねぇ』
リオさん曰く……『正直、あの時まで彼の戦闘能力を疑っていたわ。だから、衝撃として記憶しているのよ……あの子、ちゃんと自分で戦えたのね?すごい、予想外だったわ……』
エース爺さん曰く……『いやはや、流石は…… ……おおっと、これは他言無用じゃったな。炎が宿った様な凄まじい闘いじゃった。おかげでこっちは、平原貴族種に被害を出さないように気を回すので大変だったんじゃよ、何?グランはそんな事一言も言っておらん?ふん、アイツも何だかんだ言って坊ちゃん命じゃからな。あの強さなら、確かに破壊魔王のもたらした悲劇を回避できたのかもしれん。しかし一歩間違えば全て破壊しかねんなぁ。そうと自分で分かっていてあれは、剣を振らんのか?むぅ…… そんな配慮が出来る奴には見えんがのぅ……』
……結局どうなんだろう?
坊ちゃんは平原貴族種の村を救ったのか?魔王群を蹴散らしたかっただけか?それとも……単に暴れたかっただけ?
全く坊ちゃんの姿が見えてこない……。
え?ランドール坊ちゃんに実際に聞けばいい?
うん、だから聞いたんだよ僕は。
……今思うと、ものすごく命知らずな事をしたなぁと思うし、その時そう思い知った訳なんだけどね。当初は全然そういう事分からなかったから。
どうなったかって?
どうして平原貴族種を魔王の魔手から救ったんですか?って、聞きにいったら問答無用で殴られたよ。
ああでも、一応答えてくれたのかな。
彼はその時こう言った。
ランドール坊ちゃん曰く……『何の話かさっぱり分からん、覚えていないなッ!』
問題なのは……どうして人を殴った後にそう言う事を言うかって事だ。
何なんだろうこの人は。どうして素直にその話はしたくないとか、言えないのだろうか?
でも……そんな事を言うようなキャラじゃないか、というのは後に気が付く事なんだ。
思うに、貴様はそんな事知らなくてもいい事なんだからねッ 的な、今町で流行りの『ツンデレ』とかいう態度に出て走り去る様な態度をしてくれれば、少しはまともな評価をもらえると思うんだよね。誰からって?……ぼっちゃんと出会った人達から、さ。
とにかく、僕のどうして平原貴族種を助けたんだい?という質問に対してランドール坊ちゃんは暴力に訴え、もうその事は話すんじゃない阿呆!という返答をしてくれた。……のだと僕は解釈した。
あ……割とこういうのを『ツンデレ』と言うのかもしれない。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
僕は茫然と殴られて倒れたまましばらく……彼の言葉の意味を考えていた。
と云うかその前に、フルフェイス鉄仮面の上からグーで殴られたんだよ、鉄仮面の防御点無視の一撃が僕に見舞われたんだ。こんなに強烈な一撃を何の遠慮もなくかますような相手と初めて会った僕は……その事に茫然としていた。
世の中にはいろんな人がいるものだなぁ。そんな事をしみじみ噛みしめていたと思う。
考えて考えて、つまり聞かないでくれ、そういう答えをもらったのだと思う事にした。
そう思えば、僕は坊ちゃんに殴られて当然だったのかもしれないと思って反省した。
そりゃ、初めて体験だから驚いてはいるんだけど……驚きすぎて怒りは全然湧いてこなかった。自分が悪かったのかもしれない……そんな気がしたくらい。
『あら、どうしたの?』
暫くそうやって地面にあおむけになって倒れていたら……。
その問題の一件の後、パーティに強引に加わったという平原貴族種のシリアだった。不思議そうな顔で僕を見下ろしていた。
『ああ、うん。坊ちゃんに怒られちゃって』
『大丈夫?へこんでるよ?』
ほっぺたを指さしてシリアが言っているのを見て……ああ、鉄の仮面が歪む程強烈な一撃を貰ったんだなぁと僕は、仮面の下で苦笑った。起き上がってこの時初めて、シリアに仮面の下の素顔を見せたんだ。
『……びっくりだろう、』
この顔、コンプレックスなんだ。僕は自分の顔があまり好きじゃない、かもしれない。今もそれについてははっきりと、僕は言えない。なんとも複雑な気持ちを抱いていて、そういう所完全にコンプレックスになっているんだと思う。
こんな不細工じゃなければもっと……いろんな人と、素顔で……話せただろうに。そう思う事は何度もある。
自分の顔の事を憎む程じゃないんだけれど、もし違っていたらという可能性を必死に考えてしまう所はあるんだ。
だけどシリアは僕の手から鉄仮面を取り上げて、凹んだフェイスガードをまじまじと見つめていた。
僕の顔なんて全然、見てない。
『ホントびっくりね、流石ラン様、凄い一撃』
僕はちょっと驚いてしまった。目を瞬くと不思議そうな顔でシリアはこちらを振り返ったなぁ。
『どうしたの?』
『ううん……なんでもない』
そうしてシリアは、僕の鱗に覆われた頬に触れて来た。
『見た感じ腫れてはいなそうだけど……大丈夫?』
『ああ、それは。僕はもともと皮膚も固いから。本来鎧もいらないくらい。大丈夫、僕は重騎士だ。打たれ強さだけなら誰にも負けないよ』
『そっか、……いいなぁマースは』
『……何が?』
シリアは僕の隣に座り込み、凹んだ鉄仮面を手の中で回しながら言ったんだ。
『あたしはさぁ、取り柄が無いんだ。ラン様の背中を守れるほど強くないし、テニーみたいに金銭的なバックアップが出来るわけじゃない。頭もよくないし、魔法は使えるけどグランやエースには及ばない。邪魔だって露骨に言われた事はないけどさ、ラン様はどんなに尽くしてもあたしの事を振り向いてくれないし……やっぱり、それってあたしが足手まといだからかな』
自分の顔がコンプレクスとか、なんか僕の悩みはものすごいちっぽけだなぁとその時思った。
シリアはね、ランドール坊ちゃんが自分の村を命を賭して救ってくれた……と、ものすごく思い込んでいるんだ。
真実の程はわからないよ?いろんな人にリサーチした通り良く分からないんだ。
『そんな事ないよ』
『慰めでも、そう言ってくれると嬉しいわ』
『そんなんじゃない、僕……応援してるよ』
シリアは笑った。貴族種の、例外なく美しい整った顔で僕に振り向いてにっこりと笑っていた。
『ありがとう』
ああ。世の中にはいろんな人がいる。
僕の顔を見ても何のリアクションも起こさない人もいるんだ……。
それで、最後にシリアに平原貴族種の村の一件について聞く事にした。どうしてこのパーティに加わったのか聞いたんだね。
シリアはね感動したんだって、自分達の為に――と、思い込んでいる訳だけど……あそこまで必死に戦ってくれた坊ちゃんに、心をしっかりつかまれちゃったそうだ。
貴族種ってね、滅多な事で他の種族に惚れたりしないんだよ。よっぽど相手が優れていないと心を許さないとか言われている。シリア自身でもそう言っていた。だから自分が一番びっくりしているんだって。
でも思うに、一度心を許すと一直線なんだね。
シリアはランドール坊ちゃんに一目ぼれしちゃったって事だ。
人間なんか大嫌いだったのに、他人の為に懸命に戦ってくれる人がいるんだって事になんか、カルチャーショックを受けたみたい。西の平原貴族種って閉鎖的な暮らししてるみたいだし。
『あ、』
威風堂々と歩いて戻ってきたランドール坊ちゃんを見つけてシリアは立ち上がった。それを無視して坊ちゃん、座ったままの僕を見おろした。……この時初めて仮面の下を見せたのかな、坊ちゃんにも。
何か言われるのだろうかと思ったけど、僕の目の前で立ち止まると坊ちゃんは腕を組んで鼻で笑った。
『ふん、起き上がっているじゃないか』
どうやら僕が殴られて、すぐ起き上がらなかったから気絶させた、あるいは殺したかとでも思ってたの?
テニーさんが坊ちゃんの背後にいて、安堵のため息を漏らしていたなぁ。坊ちゃんは尊大な態度で僕を見下ろしながら言った。
『一発殴った程度で気絶するような盾なら要らんぞテニー』
『まさか、団長も手放すのを断腸の思いでという逸材ですぞ』
……ん、今さりげなく親父ギャグ織り交ぜなかったかいテニーさん……?僕は苦笑して頭を掻きつつ立ち上がった。
『すいません、あんな強烈なパンチを仮面の上から食らうとは思ってなくて。ちょっと茫然としちゃいまして、余韻を味わってたんです』
『無傷か?』
『兜の方が貧弱でしたね、歪んじゃいました』
僕が笑うとシリアが、その問題の仮面を持ったままでゆがんだ部分を示した。
『……見苦しいですよね、すぐ新しいのを……』
しかしそれには答えずに坊ちゃん、突然踵を返して行ってしまった。
『飾りなら仮面など被るな。問題なのは使えるか、使えないのかだ』
その、残された言葉の意味は何だろう。
僕は、それを考えて言葉を発せずに立ち尽くしていた。
そうは言っても……僕はこの顔を表に出すのが……嫌で。無用に怖がられる。ああでも、このパーティの人たちは僕の顔の事なんか気にもせずに受け入れてくれるんだなとその時、ようやく気が付いた。
ぞんざいな言い方をされたにも拘らず……僕はその、坊ちゃんの言葉が嬉しかった。
『シリア、行くぞ』
『あ、はいッ!』
もうずいぶん向こうに遠ざかった頃云い捨てる様な彼の言葉に、シリアは僕に鉄仮面を預けて小走りに駆けていく。
ああ、やっぱり僕を殴ったあの右手、無事じゃないみたい。
こっそりシリアから治癒魔法掛けてもらってる。
シリアが役立たずだなんて僕は思わない。まだ仲間になって間もない頃だけど、彼女の存在で坊ちゃんの態度が色々と軟化しているんだという噂はチラホラ聞いているんだ。
彼女が実感していないだけだと思うな。
全く、素直じゃないんだから。
僕は笑って歪んでしまった鉄仮面を見下ろした。
『何を言って怒らせたんだ?』
テニーさんに言われて僕は笑った。
『テニーさん、僕あの人の事、好きになれそうです』
『あ、……ああ。それはよかった』
困った顔でテニーさんは頭を掻いて小さくぼやいたのを僕は聞いた。
『あの性格だ、ウマが合わん人も多いものでな……助かるよ』
『上っ面だけ見たんじゃ仕方がないのかもね。……でも僕、仮面の下も見せてもらった気がする』
どう言う意味か、テニーさんは割と鈍感な所があるよね。不思議そうな顔で僕を振り返った。
僕はゆがんだ仮面をまじまじと見下ろす。
『飾りだけど、やっぱり外見は大切ですよね』
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