異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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6章  アイとユウキは……『世界を救う、はずだ』

書の3後半 ようこそ『お待ちしておりました、貴方の事を』

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■書の3後半■ ようこそ welcome to..

 かくして、アベルがまず一人で瓦礫の山に向かう事になった。

 ナッツが予測するレッドの魔法の届く範囲は、瓦礫の中心部からおよそ半径2キロ。相当な距離だ。
 レッドの姿は見えないが、見えない所から確実に相手に魔法をぶち込めるってんだから……奴の実力の高さが窺えるってもんだ。

 先制攻撃というのは基本的にオイシイものである。その一撃で敵を粉砕出来れば相手の攻撃を受ける事さえないんだしな。攻撃は最大の防御である、とか云うだろ?
 格闘ゲームにおいては最初の一撃を入れた方にボーナスが入ったりする。なぜか?まぁ、スコアゲームでもあるからっていうのも理由の一つだが……。
 先制攻撃は確かに有利だが、一撃で相手を殺せない場合はそうではないという事だろう。
 格闘ゲームはどんなに反則的な威力を持つ超必殺技であっても、それ一発では相手を沈める事は出来ない。
 格闘ゲームにおいて有利に戦うには……実は、戦略上『待ち』に入る事であったりする。カウンター狙い、だな。相手の攻撃を防ぎその技後硬直から攻撃を開始する。
 ひたすらこういう戦略を展開するゲーマーの事を『チキン』と言う。逃げプレイ、待ちプレイと言い余り良い言葉としては使われていない。
 ゆえに、格闘ゲームにはファーストヒットにボーナスが掛かる様になった……のかもしれないなどと分析してみたり。開始と同時にお互いバックステップで逃げるよりは、一撃入れあった方がカッコいいだろ?

 今は所謂チキンプレイが漢らしくない、などと拘っている場合ではない。
 大体俺達の立場は対等じゃないからな。
 それでも俺達から殴りこみに行くのは、相手の『待ち』を牽制しての事だ。そう、アベルが一人でレッドの展開している領域の中に踏み込むのは……挑発行為に当たる訳だなつまり。

「じゃ、行って来るわ」
「気をつけて」
「入った途端攻撃、とかされないよね」
「レッドの性格上それは無いぜ。奴なら、逃げられない所まで誘い込んでからブチかますに決まっている」
「……すごいヤらしいけどそれ……十二分にありうるわ」
 アベルは額を抑えてぼやきつつ足を前に踏み出した。
「……マジで、気をつけろよ」
 脅しておいてなんだが俺は、心配だったから心から注意を促しておいた。
 さくさくとアベルは歩いて行く。ナッツが想定した範囲の中へ、どんどん進んでいって……そして、唐突に。
 彼女の姿が掻き消えた。
「アベルッ!」
「どういう事だ?」
「……ダメだ、分からない。探知出来ない……行こう」
 ナッツが立ち上がる、止める必要がどこにあるか。
 アベルを一人にする訳には行かない。今更魔法攻撃が怖いとか言ってる場合でもないだろう。

 奴が待っているというのなら……たとえ罠だろうと何だろうと行くしかない。

「ようやくおいでくださったのですね」

 声に俺達は、顔を上げた。

 アベルが掻き消えた風景の中に、ぽつんと立っている人影。
 何時の間に現れたのか、紫色のローブが砂をパラパラと運ぶ風に揺れている。

 その距離、数百メートル先。

 俺は、その姿を酷く懐かしく感じた。
 この世界に流れる時間で1ヶ月以上、俺は奴と顔を合わせていないのだ。
 実際にはもうこっちの世界に来て1ヶ月以上立つだなんて、そんな実感は無い。
 俺が一ヶ月近く氷漬けになっていた所為もあるが、日々余計な展開をスキップするから時間は、限りなく短縮されている。

 エントランスで共に、トビラを潜って以来。

「レッド」
 肩の上で切りそろえられた黒い髪が揺れる。
 現実の顔と変わらない顔。黒目に黒髪、メガネフレームだけが違う。
 ……俺達全員ある程度、リアルとは違った容姿をしているというのに奴だけは、あまりにも現実の姿と同じ顔で、だからこそ魔導マントに身を包むローブ姿に違和感を感じる。
 余計に現実と仮想を取り違えそうになる。

 奴は笑った。遠くにいるけどそれが分かる。

 ただ、細かい顔の表情までは見えなくって、その笑みが腹黒い笑みなのかそれとも、もっと純粋な意味での笑みなのかの判別はつけられない。
 ゆっくりと深々と体を折り曲げてお辞儀して、ゆっくりと右手を差し出した。
「お待ちしておりました皆さん、僕をあまり待たせないでくださいませんか?」
「アベルはどうしたッ?」
 差し出した手で、眼鏡のブリッジを押し上げてレッドは顔を隠す。
「少しばかり、迷って頂いています。方向音痴だという自覚があるようですし」
 その言葉に、嘲りが含まれていると知って俺はレッドを睨みつけていた。
「お前……本当に」
「早くこちらに来て頂けませんか。……範囲外の事を察知するのは結構、大変なんですよ?」
「だったらテメェでこっちに歩いて来いよ!」
 だが、あざ笑うかのように奴の姿は薄れ、消えていく。
「あくまで待ちのつもりか、レッド!卑怯だぞ!」
「卑怯とはいえ、崩し難い手には変わりねぇ」
 なぜかそんなテリーのボヤキの途中で真っ先に、ナッツが走り出した。

 って、ちょっと待てナッツ、それは俺の仕事なんですけど!

 なし崩しで俺達はナッツを追いかけ、レッドの幻が現れた方向に向かって走り出した。
 すると、突然辺りに霧が立ち込め始めるではないか。
「おいおい、何だよこれ!」
「手を取って、はぐれない様に!」
 マツナギが俺の手を掴むので俺は慌てて、目の前にかろうじて見えるナッツの腕を掴んだ。どんどん霧が濃くなって……あっという間に目の前が見えなくなってしまった。
「幻術か?」
「だろうね」
 黒い影が目の前にそびえているのが見えて来る。
 ナッツがずんずん容赦なく前に歩いて行くので、俺達はそれにつられるようにして後に続くんだが……霧が薄まっていって現れたのは。

 瓦礫の山であったはずの、魔王本拠地の館だ。
 崩れ落ちてしまっていたはずの、あの古城。

「……リアルな幻術だなぁおい」
 壁に触ると乾いてパサパサになった苔や、侵食されてボロボロと表面の落ちるレンガの感触が確かにあった。
「まぁ、僕らもMFCに脳を騙されて異世界を旅しているんだしね……。意識を騙されれば、こう云う事になるか」
 霧の中から唐突に現れる、黒い怪物達。
 この館で散々蹴散らしてやった怪物達がわらわらと俺達を取り囲む。俺達はもちろん、問答無用で襲い掛かってくるこれらを迎え撃った。
 手ごたえがちゃんとある……様に『思える』
「俺達、夢見てるのかよ?」
「違うよヤト、相手をよく見て!」
 相変わらず剣が無いので俺の獲物は槍だ。薙ぎ払った怪物は脆くも真っ二つに転がる。
「……?」
 怪物達は腐っていた。槍の柄で弾き飛ばされただけで肉体が崩れてしまうほど、脆い状態だったのである。
「死霊……ッ?って事はこれは、奴の仕業か!」
 あの腹黒魔導師、死霊召喚が出来るんだ。フェイアーンに向かう道中に倒した怪物を使役して、黒幕を暴いたりしてのけたよな。
「こいつら、しつこいぞッ!」
 テリーは足元に転がった怪物の腕を蹴り潰しながら喚いた。
 意志を無くして動く肉体は、部分部分に破壊されてもそれ単体で動きやがる。今しがた真っ二つにした猿みたいな怪物も、上半身と下半身で今だ不気味に足掻いているではないか。
「アイン、燃やせ!」
 アインの強烈なファイアブレスで破壊した動く死体にトドメを差すも、火を着けただけではダメだ、消し炭にしない限りわらわらと動く。
「この量は流石に、ちょっとぉ」
 ひっきりなしに火を吹きつつ、アインはすでに息切れ切れ。ナッツが手を合わせながら背後に下がって言った。
「死霊調伏する、詠唱時間を稼いで!」
「動けないほど切り刻んでやればいいわ!」
「アベル?」
 何時の間にやらアベルがこの乱闘の中に現れる。どうやら彼女も同じ幻覚に先に捕らわれ、怪物達に襲われて戦っていたのだろう。
 真空かまいたちを引き起こす魔法を宿した剣で、敵を細かく裁断しながらアベルがこちらに叫ぶが……。
「アベル、前!」
 彼女が築いていた腐肉の山が、迫りあがったのを俺は見た。
 肉片が波打ち、巨大な手となってアベルを押しつぶそうと盛り上がる。腐りかけの肉片はすでに赤というよりは黒く、所々白っぽい色になっている。毛やら骨やらの突き出すぶよぶよとした半不定形な蠢きは、相当にグロテスクでインパクト絶大だ。
「消え去れ!」
 珍しくナッツが叫んで魔法を行使した。
 目に見えない衝撃に、腐肉で出来た巨大な触手はアベルを押しつぶす前に押し返され、のけぞって散り散りと白っぽい塵になって吹き飛んでいく。
「調伏魔法は流石に効くね、」
 剣を構えたまま固まっているアベルの一角をきれいに消し去ったナッツは深く溜め息を漏らし、額を腕で拭っている。……死霊調伏は汗を掻く程力が必要な事なのか?そんな疑問の視線を俺は送っていた様だ。背中を守っているマツナギに軽く会釈しながらナッツはぼやく。
「結構キツいんだよね、これ。……要するに相手の召喚を第三者が無効にする訳だし……」
 魔法は、じゃんけんだと奴は言ったな。後出しは決して強い手では無い、勝てている様で、反則負けしている。普通の調伏では、悪意あって召喚された死霊を追い返すことは出来ないと言う事なのだろう。だがそれをやってのける事も出来なくはない、魔法っていうのはそーいうトンチキなものだ。第三者が死霊召喚を無効化させる形での調伏は、出来るとはいえ燃費が悪いって所かな。
「効率悪ィな、どうにかならねぇのかよ!」
 テリーは殆どお手上げだ。腐肉にまみれた手足を気持ちが悪そうに振っている。
 俺も槍で敵の進行を牽制するしか出来ない。大体、切ったって死なないんじゃどうしようもない。
「……低ランクの死霊もこれだけの量で来られると……脅威だよ。媒体の破壊も一筋縄ではないし……」
「スタンダードに術者を狙った方がいいと思うけど」
 マツナギの言葉にナッツは深いため息で返した。俺はナッツの意見を代弁してやる。
「そうは言うけど、この状態でどうやってレッドの所までたどり着けばいいんだよ」
「それは……」
 ふっと、館の壁に黒い入り口が現れる。
「……?」
 壁を背に、死霊怪物に取り囲まれている状態なのだが……何だ、この奇妙な暗がりは。
 入り口と認識はしたが、それは……実際暗黒の穴だ。人一人通れる位の縦に長い楕円の隙間。
「ナッツ、これ」
 指差してその存在を伝えようとするのだが、ナッツは俺の言う意味を理解してくれない。
 俺はその黒い隙間とナッツとを交互に見てようやく納得した。
「……俺にしか見えてない?」
「そこに何かあるのか?」
 俺の言葉に意味を察したナッツが怪訝な顔になる。
「……よく分からないが……なんか、入り口みたいな空間があるけど……」
「誘ってるって訳だ……ッ」
 早速その中に足を運ぼうとした俺の腕が、ナッツによって掴まれていた。
「あからさまな罠にはまってどうするんだよ!」
「でも、他にこの状態を進展させる方法があるのか?」
「……無い、けどさ」
「なら行かせろ、俺に用事があるってんなら……行ってやらぁ!」
 喚いた途端に俺は、暗闇に飲み込まれていた。


 がらんとした空間に投げ出される。
 今まで周りでざわざわと揺れていた死霊達の影は無く、しんと静まり返った空間を俺は、ぐるりと見渡す。

 開け放たれた窓から注ぎ込む光。

 覚えている。リコレクトするまでもない。

 これは、崩れてすでに無くなったはずの魔王の城の内部だ。


 ここで俺は、一人ここに残る事を選んだ。


 振り返り、その足音だけが空しく響く。見上げた踊場に立っている人影に目を細める。
「……レッド」
「ようこそ。お待ちしておりました」
 芝居がかって両手を広げ、邪悪な笑みと形容できる微笑みを湛えて、紫色のローブ魔導師は告げた。
「貴方がここに来る事を」

 何を言えばいいのだろう。俺は奴にかけるべき言葉を見つけられない。
 事の真意、聞き出すべき事が沢山あるはずなのに。
 言葉を掛ける事が出来ずにただ、黙って俺はレッドを見上げていた。

「どうです、少しは思い出しましたか?」
「……何をだ?」
 ようやく声が出て、小さな呟きは響いてレッドに届く。
「貴方が選んだ結末、について」
「結末?……意味分かんねぇし」
 ようやく俺の口から言葉が滑り出す。
 顎を上げ、レッドを見上げて俺は一歩前へ踏み出した。
「お前、何企んでやがるんだ」
「それを一々諭すほど僕は親切ではありませんので」
 レッドもまた一歩前へ踏み出し、踊場の手摺りに手を置いた。
「何がしたい」
「愚問ですね、僕らがこの世界にいる意味は一つですよ」
「なる程、とりあえず職務放棄はしない訳だな」
 レッドは黒い笑みを浮かべたままだ。
 もう一歩近付く。階段は側面だからな、このまま前に進んでも奴に手の届く所にはたどりつけない。
 俺はゆっくり歩を進め、階段の方に足を向ける。
「なんで俺を氷漬けにしやがった」
「そうしなければいけない事情があったからです」
 それは答えじゃねぇ。
 いや、答えの一つではあるが少なくとも、俺が欲しい答えにはなってねぇ。
「なんで南国に送った」
「それも、同じく」
「じゃぁそうしなきゃいけねぇ事情ってな、何だ?」
 僅かなカーブを描く石造りの頑丈な階段を見上げると、レッドもまた階段の上まで移動して来ていた。
「恐らく貴方が覚えていない事情ですよ」
 階段に足を掛ける。
「俺が魔王として振る舞った、その所為か」
「それは、ご存知でしたか」
「知ったんだよ」
 顔を顰める。
 この城は幻だ。この階段も、瓦礫の山にうずもれているはずなのに。
「……タトラメルツを破壊したのは、俺だ」
 認めてみる。
 認めたくなかった事実を。
 疑問形ではなく、確認するでもなく。それは俺の所為だと認めてレッドを見上げた。
「強がりなのですね……覚えてもいない事を認める必要はありませんよ」
「うっせぇ、確かに俺の記憶には無い。けどな、それでもその事実は目の前にある、あった。違和感はある、でも俺はその事実を認めなきゃいけないと思う。認めたくなくても、いずれ認めなきゃいけないと思ってる。……だから、俺はその気持ちに正直になってみただけだ」
 ゆっくりと石段を上がる。
 レッドはその頂上で俺を見下ろしていた。
「何故思い出せないと思います?」
「……さぁな。赤旗にでも感染してる領域かもしれねぇ」
「違いますね、」
 足が止まった。レッドが笑う。
「貴方はそれを思い出す事など出来ません。僕がその様に細工してしまったのですから」
「何?お前、勝手に人の記憶弄ってんじゃねぇよ!」
「……貴方がその事実を受け入れられるとは、思えません」
「決め付けんな!見くびんじゃねぇ、リアルはともかくこっちじゃ俺はそんなヤワじゃねぇんだぜ?」
 槍を構えていた、真っ直ぐに階上のレッドに向ける。
「それにお前、ナーイアストの石持ったままだろうが!それで何するつもりか知らねぇが……お前一人の財産じゃねぇんだぜ?使うんならちゃんと、全員の許可取ってからにしろよな!」
 ふっとレッドが笑い、目を閉じた。
「何だよ……」
「いえ、悠長な事をおっしゃるのだな、と思いまして」
 眼鏡のブリッジを押し上げて、レッドは目を開ける。
「僕が貴方達に対し、どういう立場となったのか。ナッツさんから聞いていない訳ではないでしょう?」

 レッドは、魔王サイドに寝返ったという話か。

「……俺は、そんなテメェの嘘八百なセリフは信じない」
 槍を下ろし、また一歩階段を上がる。奴を睨みつけたままその距離を詰める。
「適当な事言って誤魔化して、本音を隠すのはお前の専売特許だろうが。魔王側に寝返った?それでお前は何を隠すんだよ。何を企んでやがるんだよ。俺には到底それが本音には思えない」
「……では、何が僕の真意だと?」
「だから、それを語れといっている」
「話になりませんね、貴方にとって都合の悪い事実を否定するだけで、どうやって僕の真意を汲み取るというのです。認めたくないというのなら、認めさせても良いのですよ」
「隠さなければいけない事なのか?俺の記憶を弄ってでも」
 その瞬間、何かが核心に掠ったのだろうか。
 レッドは顎を引いて笑った。
「……だとしたら永遠に、僕はその想いを口にする事は無いのでしょうね」

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