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エピソード

5章-書の4 後 推奨 『北神の恋』

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 5章 書の4に出てくる 『戯曲の説話』 です
 先読みでも後読みでもネタバレはありません
 お好きな時にお読みください。


*** *** ***


 そこな行く乙女よ、愛し愛されし伴侶のある女性よ
 恋をし、愛と成す事は麗しき事かな
 だが時に悲しき終わりを迎える事も、良く知る事であるだろう

 この度歌い上げるは遥か天の恋の叙事詩
 恋をして 愛となり そして愛破れた北神の説話

 おお、そこな行く乙女達
 その美しい瞳の輝き、羞じる事なかれ
 古今東西 恋と愛は永遠にそなた等のもの


 それはそれは、古き神の世の出来事
 世界見守る座には空きも多く、聖剣士ルミザが眠りつく前の語り
 慈悲無き北神の初々しき最初で最後の大きな躓き

 時代、央に座するはグレクト 強固なる盾
 西に座するは人々の神シュラード 天をも導く光
 東に座するはワイズマン・ファース 古き知恵を囁く
 南に座するは聖剣士ルミザ 全てを打ち砕く剣
 そして 北に座するはイン・テラール 
 全てを凌駕する可能性を持つ者

 悲しくも神代は戦乱の時代
 世界を導く理を巡り、思い交錯する戦いの時代
 我等が神シュラードが磐石とも思える王国を築き
 我等が世界に平和を齎すその影で
 写り込む鏡合わせの世界のように
 天は乱れて 我等が神は それをも鎮めよと剣を取る

 二つに分かれて争う神

 その壮絶な戦いの中で育まれる、一つの恋
 そしてその果てに結ばれる愛 

 互いの思いに身を任せ、背を合わせ、背を任せ
 激化する戦いの中、愛の絆は余りにも深く二人を結び
 それが互いの命に刺さり
 それが互いの命と混ざり

 隔たる二つは永久に二つ その理を越える事は許されざる事

 故に始まる悲劇
 永久の恋を選び 砕け折れた鎖の先に一人取り残された
 北神 イン・テラール
 慈悲を無くし、誰にも愛を許さぬ賢者はかくして平等を謳う
 たった一人 たった一つだけを愛し慈しみ
 それ以外など無意味であるように

 南の座は長らく空き
 座する者の居ない大陸は合わせ 眠り付く様に枯れ行く
 砂漠広がる不毛の大地
 しかしその地下には 豊かな水が張り巡らされ
 いずれ目覚める南の神がここに眠る事を人々は忘れる事は無いだろう

 神も人々も彼の聖剣士が目覚める時を待ち侘びる
 世界が再び揺れ動く時 全てを斬り伏せる為にルミザは目を覚ます

 北神は謳う 彼の者への恋の歌
 だがルミザはそれに答える事が出来ない
 注がれる寵愛 身に覚えの無い恋と愛
 愛を忘れた聖剣士は二度と その愛を思い出すことは無く


 かくして北神は恋を謳い続ける 永久にただ一人

     ―――――吟遊詩人 バラード・デュラハ『北神の恋』

□□□ □□□ □□□


 傍に居るだけで動悸が激しくなる。その姿が瞳の中にあるだけでたまらなく挙動不審になってしまう。
 ……北方位神イン・テラールは困っていた。

 今日も今日とて敵の来襲があり……後方支援しなければいけないのに。

 散々たる有様だ。魔法が上手く使えない。それしか能が無いのに、これ以上足を引っ張ってどうするんだろう。

「恋じゃないのかな」
「ええッ?」

 それで方位神陣営の主治医を命じられてしまった東方位神ファースに相談したら……あっさり言われた言葉。
 インは絶句し、途端動悸の早まった胸を抑えた。

「病気と言えば病気だろうが……違うだろそれは」
「う……うう、僕が恋?」

 つまりこういう事か。
 傍に居るだけで心がドキドキする。その姿が瞳の中にあるだけでたまらなく幸せな気分になれる。

 イン・テラールは恋しているのだ。南方位神ルミザ・ケンティンランドに。

「いや、だってさ。それはありえないだろう?」
「ありえないはずだから自覚できない、そして自制できてないんじゃないのか?」
「否定してよ頼むから」
 ファースは苦笑して眼鏡をはずし、レンズを拭きながらぼやいた。
「いいんじゃないか、どうせ超越するんだし」
「超越じゃない、僕は不具なだけだ」
「もったいない、」
 ファースはふうと息を吹きかけて仕上げをし、眼鏡を掛けなおす。
「何も奴の後を追わんでも。魔法使いは今やタブーじゃない……結局お前の一族はそれを克服しないなんてな」
「……何の話さ」
 ファースは笑って椅子から立ち上がり、ぼんやりとした精霊大陸の空を見上げる。
「お前さんの先祖の話さ。ああ、恋ね」
 ふいと思い出したように濃い青紫色の髪を持つ男は振り返り、窓に寄りかかって笑った。
「恋するって事は生物として終わりではないという事だろう」
「……どういう事?」
「つまりアレだろう、お前はあの若造と番いたい訳だろ?」
 インはその意味を一瞬で取れず、遅れて理解し顔を真っ赤にした。言葉を次げない少年をからかう様にファースは遠慮なく言葉を続けた。
「愛だの何だの言うが結局の所、自分の遺伝子を残す行為に対する修飾に過ぎない。お前の一族は滅び行く事を選んだが、それは生物の本能をも否定した行為ではない、と」
「……難しい事は分かんないよ」
 そっぽを向くインは、そのまま医務室を出ようとしたがファースにとめられた。
「まぁ聞け、俺は正直心が痛いんだぞ。恋したってんなら一族の宿命なんぞ投げてしまえ」

 滅び行く宿命。

 テラール一族は滅びを願う者。生まれた時から刻まれ、抗えない忌避される恐怖は最終的にかの者を狂わせる。圧倒的な魔法使いの素質を持っていながら、テラール一族は着実に自分達の命を削る。
 北方に閉じこもっているこの一族は、一様に人間を忌避し嫌悪し殺そうとする。
 その呪われた意思を抱えたまま生きる所為か、成人してまもなくほとんどが老いを経験する事無く自殺するという。その意味を、一族は自分達の滅びと受け取った。

 そして、ついに生まれ出る事さえを忌避した。

 テラール一族は消え行く宿命だ。しかしその稀なる魔法素質に目をつけた方位神制度は、二代前にテラールの男を北神に据えた。
 テラールの北神は賢者と呼ばれたがその後、彼が引き起こす事となる戦乱を誰も予言する事が出来ずに。

 かくして南西には予言を司る座が定められ、来るべき未来を予言する。
 しかし、空いた北の座にもう一度テラールが座るべきであるという未来は誰も詠む事はなかった。

 テラールの最後の世代になるであろう少年が、この空いた席に座る事となったのは宿命。
 後に来る世界の変革の為に、テラールという名が背負った『負』を支える為に。

「……って言ってもさ」
 インは自らが背負っている『終焉』を意識して困ったように眉根を寄せる。
「医学神に治せない怪我などあるものか」
「だったら僕のこの恋とやらを治してよ」
「いいだろう、ファース・オービットの名に掛けてお前のビョーキを治してやろう」


 *** *** ***


「恋って、治せるものなんだ」
 説明を聞いた後、青年が真っ先に聞いた言葉がこれだ。
 ファースは額を押さえて若いなと苦笑する。
「俺がどうしてそれをお前さんに説明したのか、理解してるのか?」
「……いや?」
 明らかに分かっていないさわやかな笑みをを浮かべ、ルミザは振っていた木刀を担ぐ。
「しかし男の子から好かれるなんてなぁ。……ちょっと驚いたよ」
 本当に驚いているのか、軽快に笑いながら小川の方へ歩き出すのでファースはそれを追いかけた。
「あれは男の子じゃないぞ。両性不具だ」
「ん?両性具有じゃなくて……どっちでもないのか」
 今度は驚いた顔をして振り返った。ぼんやりとした空を見上げてつぶやく。
「そういうのも在るもんなんだな」
「そういう宿命に生まれているんだよ」
 しばらく無言で歩いていたが、小川まで来るとルミザはラフなズボンをたくし上げながら後ろを付いてくるファースにたずねた。
「シュラードとグレクトはそれ、知ってるのか」
「知らんだろうな、必要の無い事実だと思うから誰にも言って無い様だが。俺の目はごまかせん」
「だよな、自分は男だって言ってたはずだし……本当の事は言えなかったのかな」
「違うな」
 冷たいのだろう、顔をしかめながら小川に足を入れたルミザはファースの短い否定の言葉に振り返る。
「違う?」
 ファースは転がっている苔むした岩に寄り添うようにして顔をそらす。
「あれは知らなかったんだよ。自分が不具だって事を」
「…そうか」
 岩の隙間に木刀を突き刺し、上着のタンクトップを脱いで吸った汗を洗い流す。それを絞り込みながらルミザはため息を漏らした。
「で、俺に……どうして欲しいんだよ」
「分からんか?」
「うーん……」
 ルミザは苦笑してもう一度タンクトップを水にさらし、引き上げて絞り上げる。
「恋って治るの?」
「治るぞ」
「どういう状態になると治るんだ?」
 ファースはにやりと笑った。
 ならば、ルミザはある程度分かっているのだろうと察して顔を前に戻す。
「恋が終わり、愛になればよいのだ」


 *** *** ***


 確かにその時恋は治った。
 今更詐欺だとファースを攻めるつもりは無い。

 彼は僕を愛してくれた。でも、僕は彼を愛する事ができたのだろうか?

 戦いの末に命を落としたルミザ。
 恐らくそれで愛は失われたのだとイン・テラールは切実に感じてしまった。

 なぜ一人残されてしまったのだろう。
 愛する人から言われた言葉は余りにも強く心に楔を打ち込む。
 残された者を苦しめる事になるとは知らず、彼は安易に愛を囁くのか。

 彼が注ぐ愛は、ただの哀れみではないのかという迷いは吹っ切れていた。
 それが確かに愛であったと知れば知る程、ただ一言がイン・テラールを縛り付ける。

 愛が終わり、そして……何が始まるというのだろう。

 終焉に取り残されたテラールの一族。
 永久の終わりが来る事を生まれた時から約束されているのに、ただ一言。
 死ぬなと言われて取り残された時。
 その言葉は愛か呪いか、無意味に無制限にインを悩ませる事となる。


 *** *** ***


 かくして、北神イン・テラールは死ぬ事も無く、長い年月が横たわる。
 長らく空いていた南神の座には、誰も座る事は無かった。
 対する北で、恋焦がれる狂気の神が睨む座に、ルミザ以外の誰が座する事ができようか。

 長い長い眠りから覚め、南の座に座る事を許された者は……。

 過剰なる北神の寵愛を受け、座したその瞬間から聖剣士の名を冠する事となるだろう。

 だがその器たる者はルミザであってルミザでは無い。
 今や南神は注がれる恋に答える事はしない。注がれる不公平な思いにも、平等に愛を注ぎ返す。

 医学神と鳴らしたファースももう居ない。
 もう誰もその病を治しはしない。

 北神は永久に恋をしたまま。




 終
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