異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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5章 際会と再会と再開 『破壊された世界へ』

書の4前半 思い出せない?『誰だ、俺を氷付けにしやがった奴は!』

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■書の4前半■   思い出せない? why, can not recall?

 盛大なクシャミをする。
 それが、俺がこの世界に再び戻ってきた記念すべき最初のアクションとなってしまった。

 手が痺れる様に冷たさを感じている、俺は、その場から上手く動けない。
 柔らかい芝生は陽の光を浴びて暖かく、冷え切った体には、この国の厳しい陽光が丁度良い位だ。
「う、嘘だろ……ありえねぇ……ッ」
 しかし、途端に濡れた体を抱えて俺はガタガタと震えだしている。
 寒い、この常夏カルケードにおいてそれはないだろうと思うが……寒いのだからどうしようもない。降り注ぐ太陽の光があったかくて気持ちいい、しかし一向に体温が上がる気配は無く……俺は寒くてそのまま再び寝てしまいたい衝動に駆られている。
 ダメだ俺!寝ちゃダメだ!寝たら……これは、死ぬかもしれん……!
 寒い寒いとか言いながら死んじゃう人達を思い描いて俺は、蒼白になる訳だ。血を流しすぎたりして寒いとか、目の前が見えなくて暗くなるとかよく、ゲームのキャラが死に際に言うよな?
 ……いや、ちょっと待て?
 俺はガタガタ震えながら足元に広がる水溜りを眺めた。
 ……なんで俺は水浸しになっているんだ?寒い?死にそう?違う。これは水浸し状態じゃない。
 俺はようやく事態を理解した。

 何て事だ。俺、氷漬けになってたんだ!

「救護班!搬送しろ!」
 自分の肩を抱く俺を強引に担架に乗せて、救護班とやらは駆け足で城内へ連れて行く。その隣を駆け足でついてくる……アベルに目をやって俺は震える唇で聞いた。
「な、何で俺氷漬けになってんの?」
「知らないわよ!でもよかった、無事解凍されて!」

 思わず電子レンジでチ~ン、というイメージが脳裏に湧き、俺はいっそう身震いする。

 氷漬けから生還だなんてなんつーコミックな展開だ!すげぇ!なんかよく分からんがスゲェぞ俺!

「でも普通、氷漬けにされたら死ぬよな」
 マジメに聞き返してみた。コミックだと結構復活するのは当たり前だが、普通は氷付けになった時点で死んでるよな?科学的には死ぬ確率高いと思うぞ!?
 するとアベルはまじめな顔で返してきやがった。
「ええ。死ぬわね」
 ……あの、俺は肯定の言葉を欲しい訳じゃないんですけど?しかしアベルが相手じゃどうしようもないのか。レッドは?ナッツは?他の連中はどうしたんだ? しかし……どうしてか、俺はその疑問を口に出せずにいた。
 どうしてなのか良く分からないけど……いや、多分。
 恐らく氷漬けにされている状態で見上げていた、アベルのあの泣きそうな顔が思い浮かんで……。
 それは別に理由にはならないのに、どうしてかその顔を思い出すと、彼女にそういう顔をさせちゃいけないよなと思う。

 理由が……すっぽ抜けてる。なんでだろう、上手く思い出せない。

「やっぱ、リコレクトできねぇのな」
 俺が呟いた言葉に、アベルはぱっと慌てた様に顔を上げた。
「何を?」
「ん、いや……ログ落ちしてる部分」
「……うん……そう、みたい」
 どこか苦しく返答するアベル。……どうしたんだよ、一体何があったって云うんだ。
 ログの記録は個人で違う。自分が主体になってるんだからそれは当然だ。なら、俺とアベルの記録に何らかの違いがあるのも当然で……俺とアベルでは、壊れているファイルの領域が違うという事情もあるに違いない。
 彼女が知っていて、俺が忘れている事情もあるかもしれない。もちろん逆の場合だって。
 そう思うと……なぜだろう。なぜだか、むやみやたらに聞いてはいけないと思う。
 ……普通それって逆じゃね?


 俺は救護班の人達に装備品および服をひん剥かれ、風呂に投げ込まれていた。
 俺はその途中で大人しく気を失ったんだと思われる。治療と称して何をされたかよく思い出せないという事は恐らく、スキップしたんじゃなくて俺の意識が飛んだからだ。
 大体アレだ。医者といったら白衣の天使はセットでしかるべきだというのに、全員もれなく白衣のオッサンなんだよ!南国のこういう役人とか、救護班の連中って全員バーストスっていう機関に属してるらしーんだけど、その都合で全員男でやんの!くそ!南国のバカ!だったら気絶でいーやもう!



「具合はどう?」
 静かな風の通り抜ける部屋で目を覚ました俺。そこへ、尋ねて来たのはこの国の王様……ミストラーデ・ルーンザード・カルケード陛下。
 面倒だから俺はミスト王と内心短くして呼んでいる。許可貰ったら今後はその様にお呼びしたいな。ダメかな?
「すんません……なんか、正直事情をよく分からないんだけどご迷惑お掛けしたみたいで……」
 するとミスト王はそんな事は無い、という風に首を横に振って俺の前まで歩いてきた。
「あ、」
 起き上がろうとした俺をそのままで良いと手で止めて、ミスト王は今だ冷たいであろう俺の手を握った。すげぇ、人の手が温かくて触れてもらえるだけで気持ちいいくらいだ。
「心配していたんだ、私に直接断りも無くタトラメルツを目指すだなんて……」
 そういや、その件ヒュンスに投げて出かけたんだったな。ヒュンスにも謝らないといけないよな。
「……あの……ヒュンスは」
「用事があって出かけているが、近日中に帰るよ。それまでゆっくり体を休めてくれ」
「ありがとうございます」
「いいんだ、君がともかく無事にここに戻って来てくれただけで私は安心した。……ようやく無事に」
 ミストの言葉の言い回しに妙な感じを覚えた俺は……自分が置かれていた状況をよく考えてみる。

 氷漬け、普通なら死ぬ。

 という事は俺の置かれていた状況は普通では無かったのだ。生き返る事ができる、特殊な状況で『止められていた』事になるんだろう……多分。魔法なんでもアリだからなぁ、おっかねぇ。
「俺は……どれだけの期間……あの状態で?」
「……。その話は後でしよう」
 ミストはそう言って、俺の手をゆっくり離す。
「立ち上がれそうかい?」
 それは物理的な問題では無く多分、精神的な意味で王さまは俺に、尋ねているな。
「はい、それは問題無いです」


 氷漬けにされてたのに霜焼けとかは、無いのな。指先とか、末端が凍傷で腐って折れてしまうとかいう事になっていなくて良かった。リアルにおける科学的な事を云えば、瞬間的に凍り付けば仮死状態になるとも云うが……問題はその後だ。瞬間的に中身をチルド状態に戻す方法が難しかったりする。……サトウハヤト的な世界の話だ。しかし冷蔵庫の事情じゃないんだぞ、いくらうたい文句の急速冷凍&急速解凍ったってそりゃ刺身や冷凍肉向けの話であって、生物の死を一時的に止めて、再び元に戻すのは無理だろう。
 噂によると、そういう冷凍冬眠装置とかマジにあるらしいけど、倫理的な問題からだろうが、解凍されて過去からタイムスリップしてきたと言う話はまだ、聞いた事がない。
 命を法によって厚く守っている関係上、命をもてあそぶ可能性の在る事は実証するのが難しい世界だからな。動物で可能な事が、人間にも可能とは簡単には云えるもんじゃない。何しろ人間というのは野生動物に比べたらそらもう弱い、か弱い生物ですからなぁ。寂しいって自殺する奴がいるんだもん、儚いぜ。寂しいから自分の命を絶つって、そういえばウサギは寂しいと死ぬとか言うがホントだろうか?
 ま、それはともかくだ。
 アッチに比べてコッチは魔法という理不尽な力の働く世界だ、割となんでもアリである。実際今こうやって無事『解凍』された俺がいるんだから、そういうのもアリだ、と。

 だがいくらここが魔法という万能な合い言葉の通じる世界だとはいえ、だからといって便利な合い言葉はお手軽ではない。万能に使いこなすにはそれなりの力が必要とされる世界だ。とどのつまり……俺を氷漬けにした奴は、それなりに力の在る魔法使いに限られるという事だな。

 フツーに俺、レッドの野郎を思い浮かべるし。
 てゆーか他に誰がこんな事出来るさ?あいつ実は位で言うとてっぺん側の魔導士なんだろ?

 いや、その前に……何故そんな事をする必要があるか……だよな。いくらレッドでも意味も無く人を氷漬けにはすまい。俺が氷漬けになってたのにはそれなりに……理由があるはずなのだ。きっと、多分……。
 俺には残念ながらリコレクトできないけれどでも、いつかは思い出す。思い出さなければいけない。俺の中にある、壊れてしまった記録のログ。これを修復した時俺は、失った過去を思い出すだろう。
 俺の中に壊れてしまった、失われた記憶があるなんて……。そんなの、失ってる人間には信じられない事だよな。あるはずだ、なんて思ったって全然実感が湧かない。
 とするとアレだ、そんなん取り戻してどーすんの?的な気持ちになってくる。
 案の定記憶喪失ネタに近い具合になっている俺だが、よくある記憶喪失主人公の物語の様に、思い出せない事を苦悩できない俺は捻くれているだろうか?

「まー、とにかく修羅場は越えてるみたいで安心したぜ」
 目を覚ましてごはん食べて、休んでいたら上半身起こせるまでに体調が回復してきた。
 そこで俺は空元気に笑い、頭を掻く。氷漬けにされてた所為で自律神経系がイカれてたんだろう。ようやく体温コントロールが上手く機能し始めた感じがする。
 実は、ずっと同じ部屋にアベルが居たんだな。だんまりしてるから、どっか別の所に居るのだと思ってそれに気が付きびっくりしたくらいだ。
 そのアベルがようやく俺の言葉に返事をくれた。
「……そうね」
 ふぁっと、生暖かいと感じる事のできる風が入り込み、鮮やかなアベルの赤髪を揺らす。どこか夢を見ているような、遠く窓の外を見つめている彼女の瞳がエラく真面目で……儚くて。
 俺はいつしか、だらしなく笑うのを止めていた。




「あらあら、元気になったみたいで安心したわ」
 ミストラーデ国王が会食を開くからと案内された部屋に、腰の曲がったおばあさんが一人、俺を出迎えてくれる。どこかで見た事がある……とは思うが、どこで会ったかすぐに思い出せない。
 言葉を迷っていると、ばぁさんは上品に笑う。
「うふふ、ミスト様は先々代の国王様にそっくりなのよ。ちゃんと庭師風情のあたしにも気を掛けてくださるんですから」
「あ、庭師のばぁさんか」
 おばあさんはニコニコしてゆっくり頷いた。すっかり正装してるもんだから分からなかったよ。
 御夕飯を頂きつつ、その場で色々な情報のすり合わせをしよう、という事で城の上層階に招かれている俺達であるが……
「サワさんは君の第一発見者だ。その後の経緯は気になるだろうと思ってね、招待したんだよ」
 と、ミスト王が従者も付けずに部屋に入ってくる。王様という割に軽装だな。王子の時とさしてて変わってない気がするけど。ここ、自宅みたいなもんだから良いのかね。
 しかしちょっと待てよ?
「俺の……第一発見者?」
 なんだ、それは?つまり……氷漬けになってる俺を発見したという訳か?ぼんやりとリコレクトし、俺はじんわりと状況を思い出しつつある。ふむ、という事は俺は『あそこ』に居たんだな。
「……薔薇園というより俺は……王子の林檎の木の下に居たという事?」
「……ああ、その通り」

 俺は今どうして南国カルケードに居るのかその理由を知らないし、リコレクトして見ても何も『思い出せない』。
 当然、なんで自分が氷漬けになっていたのかも分からない。鞘だけになっている剣の行方も今だ知れない。
 しかし全ての記憶を失った訳じゃない。所々抜けてるだけだ。俺を氷漬けにしたのは恐らくレッドだろう。推測だから間違っているかもしれない。だがレッドがそうしたのなら、俺が今カルケードにいる理由も何となく推測できるよな。
 離れた場所を繋ぐ『扉』の魔法、転移門というものをレッドは使う事ができる。この便利な魔法はしかし、思い描いた場所にどこでも行ける某ピンク色の扉とは違い、それなりの法則性や約束事に縛られている。先に通じる場所に印を刻んでおかなければいけないらしいからな。
 俺が知っているレッドが『転移門』を開ける場所はたったの二つ。一つがここカルケードの城庭にある『王子の林檎』と呼ばれる古木で……もう一つがタトラメルツ領主の館の中庭だ。
 もし氷漬けにしたのがレッドなら、俺が今カルケードにいる理由はそんなに複雑なものじゃないだろう。
 思い出せるログの最終地点である西国ディアスのタトラメルツから……遠くはなれた南国カルケード月白の丘まで、俺は恐らく『氷漬け』のまま運ばれてきたに違いない。
 転移門を通って、王子の林檎の木の下に。
 俺はカルケードで氷漬けにされたのではないのだ。多分、タトラメルツでそういう事態になったのだと……そう思う。
「……」
 黙りこくった俺を、ミスト王は席に着くように勧めて来た。ぼうっとしたまま、導かれるままに席に着く。
「大体、推測はついてきたかい?」
「……それで、俺は……一体どれだけの間氷漬けに?」
 給仕が静かに、グラスに果実酒を注いで行った。食前酒って奴だろう。
「ほぼ一ヶ月だよ」
 返答を貰い俺は……絶句していた。グラスを取ろうとした手を思わず止めてしまう。俺が言葉を失う事を承知しているように、ミストはその間に控えていた給仕に会食を始める様に言いつけている。
 一ヶ月。
 やや、ぼうぜんとそれだけの言葉を反芻した。
 一ヶ月、俺は……つまり一ヶ月も時間を止められ、世界で起こる何かしらの出来事に置いてきぼりにされたって事だよな?
 ゆるゆると視線を上げ、俺は隣に座っているアベルを盗み見る。アベルは目の前にある籠に盛られた南国フルーツを無心に見ていた。つまり俺とアベルの間には一ヶ月ものログの差が出来ているという事じゃないのか?一ヶ月、アベルは一体どうして過ごしたんだろう?そもそも一ヶ月の差はどこでついたんだ?
 前回のログアウト前かそれとも、今回のログインまでの間にか。
「……アベル」
 小さく呼びかける。
「何?」
 目を動かさずに、言葉だけで返事をされる。
「俺に話す事があるんじゃないのか?」
 するとアベルはそっと目を閉じた。やや眉を顰めるようにしてからゆっくりと開く。
「ええ……あるわ」
「話せよ」
「今は無理」
 即答の声は素っ気無く、感情の無いそれはむしろ何かを我慢して押さえつけている様にも感じる。そして俺はなぜか彼女の態度に慎重になっていて、何時もの様に怒りを買ってケンカなんぞしないように言葉を選ぶ。
 何しろ仲裁してくれるナッツが居ない。俺達二人以外、誰もいない。
 何故いないのか、それも怖くて聞き出せない。
「……そっか。分かった……気が向いたら教えてくれ」
 アベルは無言だ。

 ……教えてくれ。
 多分、それで間違ってない。

 俺は多分何かを理解していない。

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