異世界創造NOSYUYO トビラ

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5章 際会と再会と再開 『破壊された世界へ』

書の3後半 眠りたい症候群『どんな辛い事があっても、俺達は行くぜ?』

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■書の3後半■ 眠りたい症候群 want to sleep syndrome

 俺達は持ってきたデータスティックを、開発者の山田さん……眼鏡の温和そうなおっさんだ……に預けた。
「要領不足の問題は解決したはずだよ、メモリ増設積み。今後は不足落ちって話にはならないはずだ」
「それってMFC本体の話なんスか?」
「いや、サーバーの方の問題だね。MFCはデータの中継機に過ぎないから。実は一気に8人入れたのって今回始めてでね、テストプレイだから問題無いかって高をくくってたのが悪かった。良いデータが取れたよ」
 8人か……バックアップのメージンも含めて、だよな?
 やや疑問に思ったりもしたが特にツッコミもせず、俺達は亮姐さんに呼ばれてテストプレイルームに向かう。
「はい、」
 心の中で勝手に姐さんと呼んでいる佐々木亮さんがにっこり笑って例のカートを押して登場。
「ん、また飲むんですか?」
 一錠の眠り薬。
「普通の生活しててあんた達、7時に寝れるの?」
 確かにそれは無理のある話デスねお姐サマ。亮姐さんから差し出された薬を素直に飲み干し、俺達は白いテストプレイルームに入った。
 すでに見慣れた二つ折りの眼鏡フレーム。それを耳にひっ掛けて、沈み込む不思議な手触りのシートに体を預ける。コードネームMFC、未来型で家庭的だとのたまう安直かつ意味深なゲーム機が齎すは『夢』。
 静かに帳が下りるように、ゆっくりと照明がダウンしていく。
 世界は暗転して、眠りに誘う音楽が低く流れ始める。
 オーケストラに似た濃厚な音の重なりに交じり合う、電子的なノイズを思わせるチープな音。
 ん、前と違う曲だな……一体誰の作った曲なのか、とにかくすごく……気持ちの良い眠りに入れる曲だ。アレかな、リラックスさせる音だったか何だったか……アルファ波?だっけ?そんなん出てるんじゃね?
 とかなんとか……そんな割とどうでもいい事を考えているうちにゆっくりと俺達は、眠りへと落ちていくのだ。

 きっと。



 目を醒ました。
 という言い方もおかしな話だけれど……。


 起き上がるとすでに、俺は戦士ヤトな装備になっている。
 最初はこうじゃなかったよな、起きた時はリクライニングシートに横になってたし白黒反転したMFC端末である眼鏡フレームを掛けていた。

 でも今はそんな前振りも無く、俺はログイン準備万端な状況と言わんばかりにすでに鎧を着込んでいる。
 青色に鈍く輝くシーミリオン国産の鎧に、槍にもなる篭手。……ん?いやまて?
 俺は自分の装備品を見回して見て驚いた。

 剣が無い。

 鞘はあるのに剣が入ってない?んぁ?何でだ?
 イシュタル国のエズで見っけた超掘り出し物で、愛用してた逸品なのに……俺は一体ドコで剣を落としてきた?
 懸命にリコレクトするが何も、何も思い出せない。

「どうしたの?」
 と、俺の隣に赤い髪のアベルが現れる。
「お前じゃあるまいし……俺、どっかに剣落としてきたみたいで」
「新しいの買えばいいじゃない。ほら、丁度前回経験値でパラメーター修正画面が出てるわよ」
 おお、本当だ。
 ただいまエントランスに居る、俺達の頭上に黄緑色の枠が現れていて……そこに『前回経験値の振り分けをしますか?』という文章が出ている。
 経験値支払いでの装備品の差し替えも確かに可能だったはずだが……。
「おまッ簡単に言うなよ!名品だったんだからな?」
「シェイディ国の?」
「いやいや、サガラ工房のリメイク品でさ、龍鍛合金製」
「えーッそれ、マジメに言ってる?フェイクじゃないの?」
「いやマジだって、俺剣士だぞ?実際使ってるんだから偽物だったらそれと分かるもん」
 エントランスに居る段階でもう、俺の思考は『トビラ』内に切り替わっているらしい。すんなりアッチの世界の設定が口に出る。
 武器や武具に限らず、シェイディ国って所は優良品を作るとして高名なのな。武器も一流品だと大概はシェイディ国産だ。しかし俺の剣、サガラ工房作品というのはメイドインシェイディではなく、闘技の聖地エズ近辺をホームとするメーカー、つまりイシュタル国産。ここは超コダワリ一品を作る所としてその筋には有名なメーカーで……特に、時たま~に出る幻の逸品が『龍鍛合金』という特殊鋼で作られた武器だ。
 エズ闘技場歴代チャンピオンに名を連ねた俺でもこれには手が届かない。
 アホ高い。メラ高い。ギガ高い。まだまだ足りん……テラ高い。こんなもんか。
 ところが、俺はひょんな事でこのサガラ工房で過去作品を作り直し……鍛え直した逸品と出合う機会に恵まれた。これをなんとか、全財産叩いて手に入れたんだよ。
 無くしたから次、という訳にはいかないんだよ!
 ……という事をリコレクトするのだが、実際にはそういう経歴は後付であるような気もしないでもない。俺は初回のキャラクターメイキングの時に、大量の経験値を支払って上級な剣を装備した。実際にはそういう関係で珍しい逸品を腰に帯びている設定になっているのだ。それについての背景は、俺が創造せずとも世界の設定に合わせ勝手に付随してくる。
「くっそー……どこでだ?やっぱりタトラメルツかなー……」
「……タトラメルツ、でしょうねぇ」

 やっぱりこっちに来ても同じだ。

 今だログアウトした直前の事を上手く思い出せない。

「壊れたんじゃないの?」
 と、軽く言ったのはマツナギ。
「ありえねぇ……はずだが……魔王相手となるとどうだろうな。くそ、高かったのに……」
「それ、本当に龍鍛合金ですか?」
 レッドがメガネフレームを押し上げて聞いてくる。
「何でだよ」
「サガラ工房の武器というと……錆びない折れない刃毀れしない最強の武具などと謳われますがね、理論的にそれはありえませんよ?大体、玄武の甲羅を破れなかったじゃないですか」
「うッ、確かにその通りだ……」
 つまりアレか。クソ高いお飾り武具ゆえに、伝説だけが一人歩きしていて実際にはちょっと硬い剣じゃないのかとレッドは言いたいのか?まぁ……そうだという奴も居るな。
 でもそれなら、あそこまで値段がつりあがったりはしねぇと思うんだがなぁ……?
 それはともかく。レッドからの鋭い突っ込みを受け、俺はサンサーラ漁村近くで戦った巨大亀との戦闘を思い出す。あぁ……そーいやあの亀公にはヒビ一つ入れられなかったなぁ……。
「たかだか剣闘士の小遣いで買えるような代物じゃぁねぇしな」
「え、おいくらなんですか?」
 テリーが腕を組んで言った言葉に、ナッツが怪訝な顔で振り返っている。
「百は下らんと言うぜ」
「それってゴールド換算……じゃなくって……当然グラム金貨?百って……」
「百じゃ無理だろ」
 と俺はぶっきらぼうに答えた。レートは変動するものだが、グラム金貨一枚の価値はイシュタル国のゴールド換算で約10万だという例えをされる。ともすりゃ、一千万?甘いぞ。サガラの剣はヘタすりゃ億だ。ケタが違う。
 こいつ拳闘士だから剣の相場なんて疎いだろうから知らんだろうが……サガラの剣は5年に一本出るか出ないかというクオリティなんだぞ?たかが百で買えるか!
 眩暈がしそうな高級品だ。ここまで来るとアレだ、実際に使ってる奴が居ないとまで言われているが……恐らくそうだ。なんとか焼きとか言う箱に入った茶碗みたいなもんで、使われもせずに飾り置かれる調度品として取り扱われてる。使うなんて勿体無い!そうやって名剣は錆びて行くのだ……あ、でもサガラの剣は錆びないんだっけな。
 闘技場で優勝し、年期が明けてフリーになった俺の全財産つぎ込んでも本来手に入らない、そういうレベルの剣だ。リメイクという型落ちである事などの縁が在ってなんとか手に入れたモノなんだから。
「とにかく、新しい武器買うしかないわね」
「うぅー……どうしよ、」
 真っ黒い空間。
 光の無い闇の中に俺達は浮かんでいる。その奥に、白く発光する長方形……『トビラ』があった。
 そこを潜ったら、エントランスとはまた事情が異なる。

 物語の続きが始まる。

 壊れたログを残したまま、ヘタすりゃ自身がバグってる状況かもしれないという不安を抱えて、あの『トビラ』を潜らなければいけない。

 そんな不安をお互い感じないように、無駄にはしゃいでる感じもしないでもない。とりあえず、経験値の振り分けをして……その後にゲームを再開だ。

「うーむ……やっぱり成長スピードを上げるのは無理なのね」
 とアインがちっちゃな腕を組むようにして長い首を下げて溜め息をついている。
「何だよ、いいじゃんそのサイズで。これ以上デカくなられても持ち運びが不便になるだけだぜ?」
「あたしはモノじゃないもん」
 赤いドラゴンはぷいっと小さな首を横にした。
 仕草は可愛いのだが……やっぱり、今はもう一概にこいつ可愛いッとは素直に喜べない俺がいます。
「さてと……。…… …… ……げー、」
 経験値取得ログ、とかいうのをここで初めて確認した。
 酷い。なんかしらんがマイナスされてる値が結構……いやかなり、ある。
「不適合な発言が多いからですよ」
「あと、自分勝手な行動」
「暴走がね、」
「キャラだとかで言い訳すんな」
 俺のがっかりした声の意味を悟った連中から、容赦ない突っ込みが入った。散々言われて言い返す言葉が無い。
 うぐぅ……あんまりこれは成長点つけてらんねぇ……つか、これじゃぁ武器買うかパラメータ増やすかの二択だよ。
 幸い……金はあるな。王族関係に刺さりこんだイベントが多かった所為で報酬はこっそりちゃんと貰ってるみたい。経験値で武器買うのはやめよう、一応槍があるし……しばらくこれでガマンするか。

『準備は出来ましたか?』

 メージンからのコメントが響く。俺達は空元気に返事を返した。
『では、これからログインを開始します』
「メージンログインの為にも、早くレッドフラグを除去するぞーッ!』
「「おーッ!」」
 俺の掛け声に一同、一斉に答えてくれましたさ。メージンのバックアップは……とりあえず、レッドフラグが除去されるまで続く事になっているのだ!これはもう俄然がんばらなければならない、愛すべき神ゲーマーであるメージンの為に俺達は、一丸となってバグ取りに励まねばならない。
「よし、では……戦士ヤト行きまーす!」

 無駄にテンションを上げて、俺は白い空間へ足を踏み入れた。
 こうでもしないと行けそうに無い。怖くない……はずが無いのだ。
 これがどうせ『夢』だと分かっていても、それでもその中で俺はその世界を現実だと受け入れている。
 その現実的な世界でどんな事が起こっているのか、壊れてしまったログを断片的に覗いているだけでもぶっちゃけ……次の展開は……怖い。
 どんな続きがあるのか分かればいいのに、ログが壊れてる所為でそれを想像出来ない。
 ドコで終わったのかも俺ははっきり覚えてないんだから、どんな状況に突然投げ出されるか分かったもんじゃない。

 剣が無い。

 折れたのか捨てたのか、とにかくただそれだけの事で、俺が内心どれだけ焦っていたのか……きっとアベルには分からなかっただろう。
 俺も必死に焦りを隠していたからな。

 とりあえず『俺』は生きている。だけど多分、たどり着いた先はマシなもんじゃないだろう。だって、最終的に自分が何を選択したのか、まではちゃんとログに残ってるんだもんな……。
 そして、それは連中だって同じであるだろうに。


 俺は間違い無く魔王一派に囚われている。


 そしてなんとか殺される事無くログアウトしている訳だが……ログインした途端殺される危険性も無くは無い。
 慎重に行動しなければいけない。
 間違い無く一番えげつないログインになると俺は、散々脅されているんだ。確かに魔王にとっ捕まるだなんて明らかにヤバいだろうが……でも残された方だって大差ねぇだろ。
 お前らはアレだろ?俺を切り捨てるか、それとも助けに行くか選択しなきゃいけないんだろ?
 レベルが違いすぎる魔王相手に、どっちかの展開を選ばなきゃいけない。

 だがまぁ……ここに一つの希望がある。

 俺達はその辺りの展開までをログとして思い出す事が可能だった。つまり、その後の展開記録がぶっ壊れてて殆どリコレクトできない状況である。その後のログが『大量に壊れている』と開発者達から知らされている。という事はその辺りの展開はぶっ飛んで、なんとかなった続きを始めるのかもしれないのだ。
 それで、所々記憶の穴が出来てる部分を埋めていかなきゃいけない……おおッ?もしかして記憶喪失ネタが来るのか?
 ありうる、大いにありうる!

 白く白濁した世界が見えて来て、もう少しだと俺は、ふいと後ろを振り返った。
 しかしなぜか、その後ろには誰も居なくて……途端になんだか怖くなってしまったのは……ここだけの秘密だ。

 しっかりビビって前に向き直り、途端足を止めたのに世界は容赦なくやって来る。

 色がやってくる。
 世界に色がつく。
 ……見上げている、やけに青い空。




 ここはどこだ?

 でも俺は相変わらず空を見上げている。

 気がつくと空が暮れ、赤に染まった後紫色に変化していっては星が瞬く。
 暗い闇が青白く明けて行き、再び真っ青な青天になる。


 ずっと空を見上げている。


 他には?この世界には、他には何も無いのか?




 すると……何か黒いものが俺の目の前にある。
 なんだかよくわからないが……多分これは……誰かが俺を覗き込んでいる。
 暗く影になっていて誰なのか判らない。

 空と、誰かが覗き込むのが交互に移り変わる。


 一体全体俺は何をしているんだ?


 ぺたりと、俺に誰かが触れた。
 そしてその触れた所から、どこかで聞いた事のある……懐かしい声が伝わってくる。
「……か?…… え…… す…………か?」

 聞こえますか?もしかして、そう言っているのか?
 ああ、なんだかよく分からないが……聞こえてくる。
 お前は誰だ?


 ところが俺の口は動かない。
 見開いているのだろう、目の奥に空が見えるだけ。


「……だ、……てく……ト…………。起きて……さい……ヤトさん、」
 すぅっと、声がクリアになって俺の耳に届く。
「目を覚ましてください、ヤトさん!」

 この声……誰だっけ?

 ぼんやりとする思考でそう考えていると、目の前に違った色彩の人影が写りこむ。
 俺の意識が俄かにざわざわと活発さを増して、それが誰なのか認識しようとする。
 青い空の前にある、その色彩とは異なったもの。


 赤い髪、赤い目、……アベル?


 はっきりと見える。
 今にも泣き出しそうなその顔が、まるで別人みたいだ。
 てゆーか俺、お前のそんな顔見た事ない。
 アベルが俺を覗き込んで、不安そうに小さく俺の名前を呼んだのが分かる。


 俺は、
 俺は……なんで……動けないんだ?

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