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5章 際会と再会と再開 『破壊された世界へ』
書の2後半 思い出せない『交差しない現実と仮想』
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■書の2後半■ 思い出せない I can not remember
結局どうなんだろう。
俺は、僅かに記憶に残る『俺』が、夢の中で言った言葉を繰り返して、記憶に止めて考えてみる。夢の中での出来事を現実と認めた事。確かに、夢の中にあっては自意識は無い。あると思い込んでいるだけでそれは結局、俺の脳が騙されているに過ぎない。
あると思っている『俺』という自意識すら、物語として夢の中に再現するゲームMFC。
いや、MFCはシステムでプログラムを走らせるただのハードだ。実際にリアルな世界を作り出して俺達に齎しているのはそのゲーム機の上でプログラムとして俺達を騙す『トビラ』の方か。騙されて言った事ながら、それでも俺はその夢を現実だと宣言したんだよな?
問題は……俺は具体的にどういう理屈であの夢を、夢の中を現実と認識したのか、だ。
4度ログを確認して目覚めた朝。俺は、ぼんやりと頭を枕に投げて、消えていく夢の記録を意識してみる。
思い出せない。
夢の事だから仕方が無いけど……。上手く思い出せない。
『ばんわ^:』
『お前のホムペ、マジ予測通り』
何気ない一文メッセージを打って、俺は勇気を振り絞って送信ボタンを押した。もう後には引き返せない。余りにも重いこのボタンはしかし、余りにも軽く押せてしまう。そのギャップに俺はいつも、押した後に後悔するハメになるのだ。だから基本アカウントは色々あるが活用は全くしていない。
押した、押したぞ……押す前より押した後の方が圧倒的にハラハラだ。俺は……自分の事をダメな奴だと信じて疑う事も出来ない位ダメな奴なのだ。ダメスパイラルに陥っている。そんなダメ人間のダメなメッセージなんぞに奴はちゃんと気がついて、ましてや返信してくれるのか……ただそれだけの事に気をもんでハラハラして胃が痛くなる性分だったりする。
てゆーか無事メッセージは相手に届くのか?届いていなかったらどうしよう……いや、それならばいいじゃいか……でも、届いたかどうかをどうやって確認すればいいんだ?既読が付く?知らねぇ俺この手のツール大っ嫌いだから使ってねぇ、読んだはずなのに返事無いのもヤだな……あ、だから既読スルーが問題なのかそうか。しかし、何にせよメッセージが届いたかどうか分からんのは困るな……、いくら待っても返事なんか来ないじゃないか。前言撤回、良くなし。勇気振り絞って送り出したメッセージが届いていない状況は良くなし。
脳内で後悔と期待にきりきり舞い。そんなこんなしているうちに……着信前にまず携帯端末、電源がスタンバイからオンになる。
その段階で次に設定してある通りにバイブレードしながら着信音が鳴るって分かってるのに……やっぱり俺はその着信音にびっくりして身を竦めていた。
……この着信音止めた方がいいのかな?聞き慣れてるからダイジョブだと思ってたのに……最後幻想のレベルアップ音楽2小節なんだけど。
そ、それはともかく内容は……。
レッドからの返信だった。
『RE:ばんわ^:』『当たり前です ニヤリ』
『てゆーか。。:』『お前、HPだと名前違うのな』
『RE:てゆーか。。:』『貴方のようにHN一つで済む程ボクは白くないんです ニヤリ』
『RE2:てゆーか。。:』『お前、こっちでも真っ黒』
『で?:』『それはともかく、どうしましたか。何かボクにお聞きしたい事でも出来ましたか』
うッ、コイツ鋭い……。てゆーかアレかな、俺が全体的にニブいだけなのか? メッセって……結構打つの面倒だしかといって通話は……なぁ。番号は分かってるんだがどうも勇気が……ううむ、うーむぅ……。
返信に迷っている間、レッドから救いの合いの手が入るでもない。俺はしかたなく返信する。
『RE:で?:』『へい、一つ相談したい議が……あるんだけど考えがまとまらねぇ』
『でしょうね:』『面倒です。会いますか』
でしょうね、というのにムカっと来た後だったので……その簡潔な文面の意味を理解するのに俺はやや時間を取ってしまった。
うえッ?通話すっぱ抜かして俺の苦手な対面相談ッ?
どうしようか正直に悩んでいた俺は、やっぱり日頃の癖ってのは良くないもので……開けっ放しだった家の扉からテリーが再び侵入して来ているのには全く、これっぽっちも気がついていなかったりした。
「いいじゃねぇか、会ってこいよ」
突然頭上から降って湧いた声に俺は、言葉の通り飛び上がっていた。手に持っていた携帯端末を放り投げて、な。
「て、テリィ貴様ぁッ!また勝手に上がりこみやがって!」
「何言ってる、ナツメとかリンとかダットさんあたりだと侵入放置って話じゃねぇかよ」
「ドコでその話を仕入れてくるんだお前は!」
「どこって、お前が行ってるゲーセン」
「か、通うなーッ!敵地だろうがッ」
「古いぜお前、遠征だよ遠征、それより……鍋貸せ」
話の飛躍に付いていけねぇ、何だって?は?何を貸せ??テリーが両手にぶら下げている見慣れないマイバックに視線を落とし、俺は漸く状況を理解する。
「勝手に人ん家で飯作んなーッ!」
「喰わねぇの?」
とたんに身体は正直なもんで……腹が鳴ってしまうのですよこれが。
「……ガス代払え」
「それ言うならメシ代よこせ」
くそッ、ああいえばこう言うッ!
結局すっかり丸め込まれている俺ですが……多分、こうやって丸め込まれちゃうからダメなんだよなぁとも思う。仕方なくゲーム作業台と化した、冬はコタツとしても機能する安物のテーブルの上を片付けて行く。その作業中、普段はあまり鳴る事の無いチャイムが鳴り響き……俺は嫌な予感満載で青くなった。
「おっじゃましまーす」
「……俺は許可してませんが」
「何言ってんの、いっつも勝手に入れと言うのはドコのどいつよ」
俺が立ち上がって玄関口に立つ前に、阿部瑠が靴を脱いで上がりこんで来やがりました……。
「なっつんは遅くなるって~」
「そうか、んじゃま先に食べてようぜ」
あーもう。何なの今日は。何の祭りですか。俺にはこの襲来者どもを追い返す力が無く……家主だというのに、賃貸だけど一応部屋の主だというのに!この強メンツを前には全く強気に出れない弱いメンタルの俺は、大人しく流されるままに鍋パーティー会場と化した我が家に深いため息を漏らしていた。
「そんなわけでな、奴らの来襲のお陰でお前への返信をすっかり忘れちまったと、そう言う訳なんだよ」
状況は、次の日の午後に移りましてそれでだな……結局、レッドとは直接会う事になっていた。早速だが『会う』という返信が物凄く遅れた理由を先方は曲解していたようなので今、必死に事情を説明している最中だ。
今こうやって、某コーヒーショップの隅の薄暗いテーブルで顔をつき合わせているのは俺と、レッド。勿論……俺がコーヒー飲みたいと主張したからこの店チョイスです。でも実際にはだな、こんなチェーンコーヒー店に殆ど入った事無い俺は正直、尻込みしてしまったが……やけにレッドが自信満々に言った言葉に後押しされて今に至る。
大丈夫です、ボクも全く初めて利用します……とな。
ハジメテ者同士、集えば多少は勇気湧く、か?とにかく、その様に俺達はなんとも洒落た作りのコーヒーショップに足を踏み入れたのであった。
「本当ですか?貴方、リアルだと物凄く人見知りするんですってね」
「……その話はナッツから……」
「いえ、照井さんから」
あのおしゃべりスピーカー野郎ッ。
「でも結局、照井さんや瑠衣子さん、デイトさんから後押しされる形で返信くださったんじゃないんですか?」
うへぇ、こいつ当然だが頭いいよな。そういうキャラでネット社会に生きてるんだもんな……。
直接会って話をしましょうか?的なメッセージに返答は、すっかり遅れて大分レッドを心配させてしまった様である。ゲームに関するチャットとかメッセ交換なら何も全然苦痛じゃないんだがなぁ、それ以外だと本当にダメだ、めんどくさい。
ナッツも揃って鍋を食べて、自然とゲームしてる流れになって初めて、俺は放置していた携帯端末を見つけて返信していない事を思い出したのであった。で、テリーの奴も半分くらい文面を後ろで見てた様なので、……あとはレッドの推測通りだ。完全にメンドイ・モードで返信する気が無くなってしまっていた俺に、あの手この手で鍋メンツから説得されて……現在この様な状況というワケです、はい。
「そ、その通りです……」
今更惨めに違うと否定しても、攻め落とされて結局『ぶっちゃけて』を吐かされる気がして、俺は素直に肯定する事にした。
「まぁいいでしょう、それで。どうしたんです。デイトさんじゃなくてボクを頼るというのもアレですか?照井さんからの圧力の所為ですか?」
あ、デイトというのはナッツ、ナツメの事だ。ナツメのHNはデイトが正式だからな。しかしこいつ、マジで鋭いな。はい。そのトーリでゴザイマサス……。
ナッツをあんまり頼るなとテリーは言う。あいつはそれなりに迷惑してるんだとダイレクトに言ってきやがる。そして俺は、ナッツに迷惑掛けてるなと自覚する程依存しているのは……知っている。
思わず口を閉じてしまった俺に、レッドは誘導尋問するみたいに口を開いた。
「どうしたんです?何を相談したいんですか。考えが纏まらないなら口に出してみたらよいのですよ。文章でもよいのです。一人頭の中で考えるより全然考えが纏まります」
「そんなもんか?」
「ええどうぞ、お話になってください」
俺はまず、悩みは例のMFCの件だと切り出した。ログを確認して、何度も繰り返し『思い出して』いるはずなのに……なぜその時の『思い』つまり、感情は、思い出せないのだろうかという疑問について話した。自分がどう思ってその発言をしたのかという『思い』がくみ出せないのだろう……、それって俺だけだろうか?という悩みをなんとか、まとめてみる事が出来たと思う。大分レッドからの誘導尋問もあった気もする。
ちょっと驚いたな、そうだ、俺は結局それが疑問なんだと今更ピントが合ってはっきりした。会って話をするって……良い事なのかもな。
レッドが微笑する、黒いと認識してしまうような例の『ニヤリ』じゃない。本当に可笑しそうに笑っている。
「……なんだよ」
「いえ、その相談ならナッツさんにしたって別に、照井さんは怒らないと思いますけど。……というか、照井さんでも瑠衣子さんでも構わないんじゃないんですか?」
レッドは俺にあわせ、ナツメの事をナッツと呼ぶ事にしたようだ。……奴だけ生真面目にHNのデイトと呼んでたんだけど。
「あいつらアテになんねぇよ」
「おや、ボクならなるんですか?」
「……頭良さそうだし」
「光栄です」
……上品にコーヒー飲みやがるよなぁコイツ……。成りはジミだが……着てる服も靴もよく見ると……品がある。ニート宣言してたがなる程、ダメ息子を養えるほど家が金持ちって事か。くそぅ、ちょっとうらやましいぞ。
「思い……ですか。余り考えていませんでした、確かにそういわれればそうですね、自分が取った行動がいまいち腑に落ちない場面はありますね」
「ホントか?お前にも?」
「多分、皆全員にあるのだと思いますよ。その時に『思った』事は刹那的なのでしょう、MFCでは情景や言葉を再現できても、感情を正しく反復させる事は出来ないのかもしれませんね」
脳が。MFCでログを再生する唯一のデバイスである俺達の脳が、感情だけは記録どおり、正しく再生しないのか。ふむ、なんか……騙されてる気分ですんなり納得できちまうなその理屈。
「ぶっちゃけさ、それでいいと思うか?」
「ん?……何がですか?」
レッドは小さく首をかしげた。
「俺はあっちの世界で夢を現実だと言い切ってる。今の俺は……正直そうは思わないのに。こんな風な考えを持ったまま次にあっちに戻ったら……俺は、どっちの『思い』を信じればいいのか迷うんじゃないかと思って」
「もうこっちで迷っているじゃないですか」
「あ、そっか」
レッドは苦笑して、コーヒーに浮くクリームを小さなスプーンで軽くかき混ぜる。
「なら、現実を否定するのを止めればいいんですよ」
「……え?」
「今貴方にあるその『現実』を否定しなければ良い。その時現在進行形で貴方の中にある『思い』こそが正しいのです。過去になった『現実』など、どうだって良い事だと切り捨てて行けばよろしいんじゃありませんか」
俺は、いまいち雲を掴むような話をされてるみたいに、レッドの言葉の意味を掴みきれない。
するときっと理解出来ないという顔をあからさまにしているのか、レッドは小さく笑みを漏らして俺を真っ直ぐ見て言った。
「ボクは貴方の言葉にこそ、その答えはあるのだと思いますよ。覚えていませんかね……貴方は僕に向かって言ったじゃぁありませんか。あの『トビラ』の中で」
俺は、レッドに何を言っただろう?言った言葉は幾千あって、どれなのかなんて絞り込めそうにない。
「自分にとってこれはゲームではない、現実だって。そうやって貴方はあちらの世界で全ての現実を受け入れた。こちらの世界でも言える話です。拒絶しないで受け入れてしまったらどうです?体裁や一般論は置いておいて、自分の心に素直になればいい」
俺はこの現実世界で、何かを必死に拒否しているらしい。逃げるなとナッツから言われ、俺は何かから逃げているのだと自覚する。自分はダメだと下げ積む事は、自分を拒否する事だとテリーは鼻で笑う。
その通りだ。俺は自分を必死に否定して、そうやって自分が直面している世界も間接的に否定してる。
そうなんだと思い知った途端、途端に……。俺は、あの夢の中の世界に戻りたいという衝動に駆られてしまった。
ああ、きっとこうやって意識を遠くへ飛ばすんだ。異世界に迷い込みたいという願望が生まれるんだと思うと俺は……それってどうよと、自分の事を酷く惨めに思ってしまう。
惨め、だよな。俺が感じる気持ちを素直に受け入れるなら。俺はそうやってまた、この世界から逃げようとしている。なんて単純な理屈だろう、どっかへ行きたい、逃げたいと思う気持ちの裏側は。
体裁や一般論を置いておくならな、それこそ、この小説が実は一応『異世界迷い込み』だという事情とか無視して思うなら。惨めだ、心の中で必死に思う俺の理想はただの仮想で、何一つ現実にはなりはしない。
俺はダメなまま。現実は現実、仮想は仮想。その境界は強固で、心配なんかしなくたって二つの世界は交じり合ったりなんかしない。
ああ、自虐ネタ極まれりだよ……。
結局どうなんだろう。
俺は、僅かに記憶に残る『俺』が、夢の中で言った言葉を繰り返して、記憶に止めて考えてみる。夢の中での出来事を現実と認めた事。確かに、夢の中にあっては自意識は無い。あると思い込んでいるだけでそれは結局、俺の脳が騙されているに過ぎない。
あると思っている『俺』という自意識すら、物語として夢の中に再現するゲームMFC。
いや、MFCはシステムでプログラムを走らせるただのハードだ。実際にリアルな世界を作り出して俺達に齎しているのはそのゲーム機の上でプログラムとして俺達を騙す『トビラ』の方か。騙されて言った事ながら、それでも俺はその夢を現実だと宣言したんだよな?
問題は……俺は具体的にどういう理屈であの夢を、夢の中を現実と認識したのか、だ。
4度ログを確認して目覚めた朝。俺は、ぼんやりと頭を枕に投げて、消えていく夢の記録を意識してみる。
思い出せない。
夢の事だから仕方が無いけど……。上手く思い出せない。
『ばんわ^:』
『お前のホムペ、マジ予測通り』
何気ない一文メッセージを打って、俺は勇気を振り絞って送信ボタンを押した。もう後には引き返せない。余りにも重いこのボタンはしかし、余りにも軽く押せてしまう。そのギャップに俺はいつも、押した後に後悔するハメになるのだ。だから基本アカウントは色々あるが活用は全くしていない。
押した、押したぞ……押す前より押した後の方が圧倒的にハラハラだ。俺は……自分の事をダメな奴だと信じて疑う事も出来ない位ダメな奴なのだ。ダメスパイラルに陥っている。そんなダメ人間のダメなメッセージなんぞに奴はちゃんと気がついて、ましてや返信してくれるのか……ただそれだけの事に気をもんでハラハラして胃が痛くなる性分だったりする。
てゆーか無事メッセージは相手に届くのか?届いていなかったらどうしよう……いや、それならばいいじゃいか……でも、届いたかどうかをどうやって確認すればいいんだ?既読が付く?知らねぇ俺この手のツール大っ嫌いだから使ってねぇ、読んだはずなのに返事無いのもヤだな……あ、だから既読スルーが問題なのかそうか。しかし、何にせよメッセージが届いたかどうか分からんのは困るな……、いくら待っても返事なんか来ないじゃないか。前言撤回、良くなし。勇気振り絞って送り出したメッセージが届いていない状況は良くなし。
脳内で後悔と期待にきりきり舞い。そんなこんなしているうちに……着信前にまず携帯端末、電源がスタンバイからオンになる。
その段階で次に設定してある通りにバイブレードしながら着信音が鳴るって分かってるのに……やっぱり俺はその着信音にびっくりして身を竦めていた。
……この着信音止めた方がいいのかな?聞き慣れてるからダイジョブだと思ってたのに……最後幻想のレベルアップ音楽2小節なんだけど。
そ、それはともかく内容は……。
レッドからの返信だった。
『RE:ばんわ^:』『当たり前です ニヤリ』
『てゆーか。。:』『お前、HPだと名前違うのな』
『RE:てゆーか。。:』『貴方のようにHN一つで済む程ボクは白くないんです ニヤリ』
『RE2:てゆーか。。:』『お前、こっちでも真っ黒』
『で?:』『それはともかく、どうしましたか。何かボクにお聞きしたい事でも出来ましたか』
うッ、コイツ鋭い……。てゆーかアレかな、俺が全体的にニブいだけなのか? メッセって……結構打つの面倒だしかといって通話は……なぁ。番号は分かってるんだがどうも勇気が……ううむ、うーむぅ……。
返信に迷っている間、レッドから救いの合いの手が入るでもない。俺はしかたなく返信する。
『RE:で?:』『へい、一つ相談したい議が……あるんだけど考えがまとまらねぇ』
『でしょうね:』『面倒です。会いますか』
でしょうね、というのにムカっと来た後だったので……その簡潔な文面の意味を理解するのに俺はやや時間を取ってしまった。
うえッ?通話すっぱ抜かして俺の苦手な対面相談ッ?
どうしようか正直に悩んでいた俺は、やっぱり日頃の癖ってのは良くないもので……開けっ放しだった家の扉からテリーが再び侵入して来ているのには全く、これっぽっちも気がついていなかったりした。
「いいじゃねぇか、会ってこいよ」
突然頭上から降って湧いた声に俺は、言葉の通り飛び上がっていた。手に持っていた携帯端末を放り投げて、な。
「て、テリィ貴様ぁッ!また勝手に上がりこみやがって!」
「何言ってる、ナツメとかリンとかダットさんあたりだと侵入放置って話じゃねぇかよ」
「ドコでその話を仕入れてくるんだお前は!」
「どこって、お前が行ってるゲーセン」
「か、通うなーッ!敵地だろうがッ」
「古いぜお前、遠征だよ遠征、それより……鍋貸せ」
話の飛躍に付いていけねぇ、何だって?は?何を貸せ??テリーが両手にぶら下げている見慣れないマイバックに視線を落とし、俺は漸く状況を理解する。
「勝手に人ん家で飯作んなーッ!」
「喰わねぇの?」
とたんに身体は正直なもんで……腹が鳴ってしまうのですよこれが。
「……ガス代払え」
「それ言うならメシ代よこせ」
くそッ、ああいえばこう言うッ!
結局すっかり丸め込まれている俺ですが……多分、こうやって丸め込まれちゃうからダメなんだよなぁとも思う。仕方なくゲーム作業台と化した、冬はコタツとしても機能する安物のテーブルの上を片付けて行く。その作業中、普段はあまり鳴る事の無いチャイムが鳴り響き……俺は嫌な予感満載で青くなった。
「おっじゃましまーす」
「……俺は許可してませんが」
「何言ってんの、いっつも勝手に入れと言うのはドコのどいつよ」
俺が立ち上がって玄関口に立つ前に、阿部瑠が靴を脱いで上がりこんで来やがりました……。
「なっつんは遅くなるって~」
「そうか、んじゃま先に食べてようぜ」
あーもう。何なの今日は。何の祭りですか。俺にはこの襲来者どもを追い返す力が無く……家主だというのに、賃貸だけど一応部屋の主だというのに!この強メンツを前には全く強気に出れない弱いメンタルの俺は、大人しく流されるままに鍋パーティー会場と化した我が家に深いため息を漏らしていた。
「そんなわけでな、奴らの来襲のお陰でお前への返信をすっかり忘れちまったと、そう言う訳なんだよ」
状況は、次の日の午後に移りましてそれでだな……結局、レッドとは直接会う事になっていた。早速だが『会う』という返信が物凄く遅れた理由を先方は曲解していたようなので今、必死に事情を説明している最中だ。
今こうやって、某コーヒーショップの隅の薄暗いテーブルで顔をつき合わせているのは俺と、レッド。勿論……俺がコーヒー飲みたいと主張したからこの店チョイスです。でも実際にはだな、こんなチェーンコーヒー店に殆ど入った事無い俺は正直、尻込みしてしまったが……やけにレッドが自信満々に言った言葉に後押しされて今に至る。
大丈夫です、ボクも全く初めて利用します……とな。
ハジメテ者同士、集えば多少は勇気湧く、か?とにかく、その様に俺達はなんとも洒落た作りのコーヒーショップに足を踏み入れたのであった。
「本当ですか?貴方、リアルだと物凄く人見知りするんですってね」
「……その話はナッツから……」
「いえ、照井さんから」
あのおしゃべりスピーカー野郎ッ。
「でも結局、照井さんや瑠衣子さん、デイトさんから後押しされる形で返信くださったんじゃないんですか?」
うへぇ、こいつ当然だが頭いいよな。そういうキャラでネット社会に生きてるんだもんな……。
直接会って話をしましょうか?的なメッセージに返答は、すっかり遅れて大分レッドを心配させてしまった様である。ゲームに関するチャットとかメッセ交換なら何も全然苦痛じゃないんだがなぁ、それ以外だと本当にダメだ、めんどくさい。
ナッツも揃って鍋を食べて、自然とゲームしてる流れになって初めて、俺は放置していた携帯端末を見つけて返信していない事を思い出したのであった。で、テリーの奴も半分くらい文面を後ろで見てた様なので、……あとはレッドの推測通りだ。完全にメンドイ・モードで返信する気が無くなってしまっていた俺に、あの手この手で鍋メンツから説得されて……現在この様な状況というワケです、はい。
「そ、その通りです……」
今更惨めに違うと否定しても、攻め落とされて結局『ぶっちゃけて』を吐かされる気がして、俺は素直に肯定する事にした。
「まぁいいでしょう、それで。どうしたんです。デイトさんじゃなくてボクを頼るというのもアレですか?照井さんからの圧力の所為ですか?」
あ、デイトというのはナッツ、ナツメの事だ。ナツメのHNはデイトが正式だからな。しかしこいつ、マジで鋭いな。はい。そのトーリでゴザイマサス……。
ナッツをあんまり頼るなとテリーは言う。あいつはそれなりに迷惑してるんだとダイレクトに言ってきやがる。そして俺は、ナッツに迷惑掛けてるなと自覚する程依存しているのは……知っている。
思わず口を閉じてしまった俺に、レッドは誘導尋問するみたいに口を開いた。
「どうしたんです?何を相談したいんですか。考えが纏まらないなら口に出してみたらよいのですよ。文章でもよいのです。一人頭の中で考えるより全然考えが纏まります」
「そんなもんか?」
「ええどうぞ、お話になってください」
俺はまず、悩みは例のMFCの件だと切り出した。ログを確認して、何度も繰り返し『思い出して』いるはずなのに……なぜその時の『思い』つまり、感情は、思い出せないのだろうかという疑問について話した。自分がどう思ってその発言をしたのかという『思い』がくみ出せないのだろう……、それって俺だけだろうか?という悩みをなんとか、まとめてみる事が出来たと思う。大分レッドからの誘導尋問もあった気もする。
ちょっと驚いたな、そうだ、俺は結局それが疑問なんだと今更ピントが合ってはっきりした。会って話をするって……良い事なのかもな。
レッドが微笑する、黒いと認識してしまうような例の『ニヤリ』じゃない。本当に可笑しそうに笑っている。
「……なんだよ」
「いえ、その相談ならナッツさんにしたって別に、照井さんは怒らないと思いますけど。……というか、照井さんでも瑠衣子さんでも構わないんじゃないんですか?」
レッドは俺にあわせ、ナツメの事をナッツと呼ぶ事にしたようだ。……奴だけ生真面目にHNのデイトと呼んでたんだけど。
「あいつらアテになんねぇよ」
「おや、ボクならなるんですか?」
「……頭良さそうだし」
「光栄です」
……上品にコーヒー飲みやがるよなぁコイツ……。成りはジミだが……着てる服も靴もよく見ると……品がある。ニート宣言してたがなる程、ダメ息子を養えるほど家が金持ちって事か。くそぅ、ちょっとうらやましいぞ。
「思い……ですか。余り考えていませんでした、確かにそういわれればそうですね、自分が取った行動がいまいち腑に落ちない場面はありますね」
「ホントか?お前にも?」
「多分、皆全員にあるのだと思いますよ。その時に『思った』事は刹那的なのでしょう、MFCでは情景や言葉を再現できても、感情を正しく反復させる事は出来ないのかもしれませんね」
脳が。MFCでログを再生する唯一のデバイスである俺達の脳が、感情だけは記録どおり、正しく再生しないのか。ふむ、なんか……騙されてる気分ですんなり納得できちまうなその理屈。
「ぶっちゃけさ、それでいいと思うか?」
「ん?……何がですか?」
レッドは小さく首をかしげた。
「俺はあっちの世界で夢を現実だと言い切ってる。今の俺は……正直そうは思わないのに。こんな風な考えを持ったまま次にあっちに戻ったら……俺は、どっちの『思い』を信じればいいのか迷うんじゃないかと思って」
「もうこっちで迷っているじゃないですか」
「あ、そっか」
レッドは苦笑して、コーヒーに浮くクリームを小さなスプーンで軽くかき混ぜる。
「なら、現実を否定するのを止めればいいんですよ」
「……え?」
「今貴方にあるその『現実』を否定しなければ良い。その時現在進行形で貴方の中にある『思い』こそが正しいのです。過去になった『現実』など、どうだって良い事だと切り捨てて行けばよろしいんじゃありませんか」
俺は、いまいち雲を掴むような話をされてるみたいに、レッドの言葉の意味を掴みきれない。
するときっと理解出来ないという顔をあからさまにしているのか、レッドは小さく笑みを漏らして俺を真っ直ぐ見て言った。
「ボクは貴方の言葉にこそ、その答えはあるのだと思いますよ。覚えていませんかね……貴方は僕に向かって言ったじゃぁありませんか。あの『トビラ』の中で」
俺は、レッドに何を言っただろう?言った言葉は幾千あって、どれなのかなんて絞り込めそうにない。
「自分にとってこれはゲームではない、現実だって。そうやって貴方はあちらの世界で全ての現実を受け入れた。こちらの世界でも言える話です。拒絶しないで受け入れてしまったらどうです?体裁や一般論は置いておいて、自分の心に素直になればいい」
俺はこの現実世界で、何かを必死に拒否しているらしい。逃げるなとナッツから言われ、俺は何かから逃げているのだと自覚する。自分はダメだと下げ積む事は、自分を拒否する事だとテリーは鼻で笑う。
その通りだ。俺は自分を必死に否定して、そうやって自分が直面している世界も間接的に否定してる。
そうなんだと思い知った途端、途端に……。俺は、あの夢の中の世界に戻りたいという衝動に駆られてしまった。
ああ、きっとこうやって意識を遠くへ飛ばすんだ。異世界に迷い込みたいという願望が生まれるんだと思うと俺は……それってどうよと、自分の事を酷く惨めに思ってしまう。
惨め、だよな。俺が感じる気持ちを素直に受け入れるなら。俺はそうやってまた、この世界から逃げようとしている。なんて単純な理屈だろう、どっかへ行きたい、逃げたいと思う気持ちの裏側は。
体裁や一般論を置いておくならな、それこそ、この小説が実は一応『異世界迷い込み』だという事情とか無視して思うなら。惨めだ、心の中で必死に思う俺の理想はただの仮想で、何一つ現実にはなりはしない。
俺はダメなまま。現実は現実、仮想は仮想。その境界は強固で、心配なんかしなくたって二つの世界は交じり合ったりなんかしない。
ああ、自虐ネタ極まれりだよ……。
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義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
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◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
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