異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

文字の大きさ
上 下
60 / 362
4章   禍 つ 者    『魔王様と愉快な?八逆星』

書の8  ログ-アウトⅠ 『失われた夢の実感』

しおりを挟む
■書の8■  ログ-アウトⅠ Logout-Ⅰ 

 その後どうしたか。
 俺も、ものすっげぇ気になる所なのだが、残念ながら残されている『正式な』ログは以上だ。
 あとは壊れてて……お陰で上手く『思い出せない』。本来在るはずなんだが失われてしまった、あるいは壊れている。トビラの中で見ていた夢が、その記録が、そこから引き出す実感が。

 一応サルベージ作業は行われたみたいだがな……あとはもう一度トビラを潜ってあっちに行って、壊れた記憶ファイルを実際に保持している『自分自身』で修復するしか無いと、そういう事になっちまったんだよ。どうするかは知らないが、要するにコッチにいるよりトビラに居た方が、壊れた記憶領域を思い出すなり何なりで補間しやすいのかもしれん。

 何はともあれ、もう一度ログインできたという事は先に言って置くが……でもその前に。
 語らなければ行けない事が結構沢山あるんだ。

 再びログインするまでに色々とすったもんだあってだな……強制終了したっていうのも一因としてはあるが、まず第一に想定していないバグの存在、レッドフラグに対する開発者チームの混乱があった訳で。

 危うく開発中止とまでは行かないものの……俺達の仕事、即ちテストプレイ&デバッグ作業を中断するか?という話になったりしたんだよ。そのあたりのゴタゴタも含めて報告しようと思う。冒険の書として。




 ぱっと目を開けた時、真っ暗な空間にいた。
 ログアウトする、という心の準備があったから目を開けた瞬間、現実に戻ってきた!と俺は思った。
 しかしどうも様子がおかしい。

 見回して……俺は背後に白く発光する四角い『扉』を発見する。もう一度辺りを見回したが……俺以外、この空間には居ない様だった。

 黒い空間に白い扉。ここはエントランスだな。

 ん?おかしいな、メージンの話ではエントランスは使えないとか言ってなかったっけか?声に出していろいろ呼びかけてみたが返答はどこからも帰ってこない。しかし良く考えると……このエントランスという空間も謎だ。ここは『トビラ』の中とは違うし、かといって現実でもない。半分夢かというとそうでもない、当然半分現実という訳でもない。

 俺しかここに居ないってのは……どういう事だろう?まさか俺、一番最初ログアウトしたのかな?

 何と無く白い『扉』に近づいてみたが……そこから漏れて来る光にまるで、押し返される様な感覚があって近づけなかった。
 自分の手を見てみる。
 見えなかった。でも焦ったりはしない、自分の姿が確認できないのに『自分は確かにここに居る』っていう安心感が在る。

 なんだろ?ぼんやりと光の扉を眺めていた。どのくらいの時間をそうしていたのか良く分からない、一瞬の様であり……気の遠くなるような時間そうしていた様にも思えるが割りと、どうでもいい事だなと思った瞬間、だ。

 俺は現実に目を覚ました。



 ゆっくりと明るくなる映画館みたいに、緩やかに点灯する照明に沈み込んでいた椅子から体を起こす。あ、リクライニングシートだったと思い出して慌てて背もたれを電動式で起こしてみた。
 ん?見回して驚いた。

 起きたの俺だけだ。

「いいのか?照明つけちゃって……」
『じきに起きるさかい、先に顔でも洗って待っとって』
 やや上に設置してあるカメラの奥でサナエさんが笑っている。俺は……思わずあくびを漏らして身体を伸ばした。
 眠いんじゃない、朝起きたらどんなにすっきり目覚めても欠伸の一つくらいかますだろ?床に足をつくと丁度良く、見た事のない男の人がテストプレイルームの扉を開けた所だった。
「こっちこっち、洗面所」
 手招きしているいまいち年齢不詳のこの男、眠そうだ。そういえば今何時なんだ?と、セーフモードにしていた携帯端末をポケットから出して見て驚いた。
 うひゃぁ、俺こんな時間に目を覚ましたのってすっげぇ久しぶりだ。
 起きてるって事はままあるのだが……目を覚ましたという経験は久しい。まずその前に夜の8時以降12時前に就寝した経験事態も久しぶりだったりするんだがな。
 始発もまだ動いていない、朝の5時、数分前だ。男が手招きする方へ歩み寄る間、ぼんやりとした寝起き特有の靄の掛かった思考で今俺が置かれている状況を思い出す。
 テストプレイヤーとして新型ゲームハード機の開発スタッフとして採用されて……その初日。

 午後6時に集合、1時間軽いミーティングの後早速ゲームの中に放り込まれて……それがとどのつまり、眠らされたという事だから……。
 げげ、ヘタすると午後8時前には眠っちゃった状況か!在り得ねぇ!マジ在り得ねェッス!
 大体さぁ、眠っている間にゲームするだなんて状況すら事前説明されて無い訳だろ?午後6時以降から始まるこの『仕事』って、テストプレイヤーに選ばれた学生やすでに職を持ってるナッツなんかの都合に時間合わせてるのかと正直に思ってたのに。
 まさかそんな裏が在るとは思わんよなぁ。

「ここ、シャワールーム、個室が5部屋あるから。他が起きたら案内しておいて」
「って、ちょっと?」
「俺はもう……ダメだ」
 ダメっておいちょっと待て!しかし声を掛ける間もなく、年齢不詳の……どっちかっていうとイケメンの男はやや早足にフラフラと廊下の奥へ消えていった。
 なんだあいつ?あれも開発者か?

  もう一度欠伸をして癖の様な動作で携帯端末を取り出していた。待ち受け画面にアナログ式時計を持った某キャラクターがいて、相変わらずにっこり笑っている。経過した時間を計算しようとする時……頭悪いからどうもデジタル時計だと上手く行かない。だがこのキャラとギミックが気に入ってるから替えたくないのだご了承ください。
 アナログ時計の針が逆に回転していくのを想像しながら、俺は眠っていた推定時間を割り出す。
 やや遅く見積もって8時に眠り始めたとしても……起きたのが5時前って事は間違いなく6時間以上は寝てたという事になる。
 別にさほどやる事がなく、ダラダラとネットとゲームに明け暮れる俺の睡眠時間なんてここの所最高5時間だ。6時間も寝ない、寝てられない。
 早朝朝日の昇り始める頃に床に付き、朝一のバイトに行かなくちゃ『生活出来ない』から7時過ぎには起きる毎日。それで眠いだのダルいだの散々グチちながらも夜になると目がギンギンに冴え渡ってしまって中々寝付けなくなってしまっていたり。平均睡眠時間だと3時間くらいじゃねぇのかな……もちろん、バイトが終わった後とかに夕方まで一旦寝るとか、そういう事をしてしまったりもするのだが。
 こんな生活してちゃぁダメだという自覚はあるけど、思うだけで何も変わりはしなかった日常。
 それが今、間違いなく変化して現実ここにある。
 いつもなら慌てて床につく頃合い、心地よい夢から目を覚まして携帯端末の待ち受け画面をぼうっと眺めていた事を俺は思い出し、すっきりしない顔を洗う為にシャワールームの扉を一つ開けた。
 中はトイレと合わせ鏡などが備えられた洗面所で、その奥にシャワー室があった。他の連中が起き出す前にさっぱりしとくか。
 そんな事に妙に使命感を感じて、俺は備え付けの籠にケータイを投げ入れて素早く服を脱ぎ捨てていった。


 ドライヤーってあんまり好きじゃない。言い訳ではない、長らくドライヤーなんぞ無い生活をしているため、濡れた髪を乾かすのにその機器を使おうという気は起きなかった。
 急いでいた、って事もある。
 備え付けの真っ白いタオルを拝借して、頭に乗っけてテストプレイルームに戻ろうとして……おおっと、携帯端末をカゴの中に置きっ放しにしてた事に気づいて俺は慌てて取りに戻る。
 急いで戻ったのに、やや明るくなった部屋では全員……まだ寝てる。目を覚ましている奴はいなかった。ちょっと出鼻を挫かれた感じだ。
 ……無理に起こしたらどうなるんだろう?などと悪戯心が芽生えてしまう。
 高松さんは無理に起こしてもトラブルは無いとか説明してたけど……。
 そう考えながらゆっくり、足音を忍ばせて俺はナッツのシートに近づいて行った。気配に顔を上げる。次の瞬間見知っているはずの振動音に驚いて振り返り、次の瞬間大音量で聞きなれないトランス音楽が鳴り響いた。
 俺はすっかり驚いて顔が引きつり、起こった事を理解できずに固まってしまった。直前まで、驚かせて起こそうとしてたからな、そんな自分の行動が後ろめたい所為もあるだろう。
 にゅうっと、長い手が伸びる。それを見て俺はようやく我に返った。

 何を驚く?別にフツーじゃないか。
 携帯のバイブレード音と誰かの着信音……いや、この時間帯を考えるにもしかすると……目覚ましアラーム?

 長い手は……一番端っこのシートで寝ていたマツナギだ。
 片手であちこち……宙を叩きつけるような動作をした挙げ句、ポケットの中にあった携帯に気がついてそれを取り上げながら起き上がった。
「……ん、」
 寝ぼけた顔でこっちを振り返った。
「お、おはよう」
 ぎこちなく微笑んで俺がそう返すと……マツナギは状況をしばらく考え込むように携帯を眺めてから……理性の戻った瞳をこちらに向けた。
「あ、おはようございます」



 結局マツナギがアラーム設定していたけたたましい懐かしき弐寺音楽の所為で、俺が忍び寄って起こしてみようと企んでいたナッツも目を覚ましてしまった。
 挨拶を交わしているうちに俺の背後でレッドもむくりと起き上がる。
「んー……おはようございます……で、良い様ですね」
 これが現代だ、当たり前のように携帯端末を取り出して現在時刻を確認しながらレッドが頭を掻いている。目が覚めると何故だか現在時刻を確認しないと安心出来ない。これって国民性だと思うがどうよ?
「シャワールームがあるぜ、こっち」
「開発者達は……僕らに付き合ったら貫徹になってしまいますもんね」
 そう言ってレッドの視線が上を向いているのでそちらを見上げると……忘れてた、そこにモニタリングルームがあるんだった。
 しかしガラス張りの窓の向こうには人影が無く、明かりも灯っていなかった。アインと阿部瑠とテリーは……何故かまだ起きてない。こいつらいい神経してやがる。
 マツナギの反対側端に居る女性陣二人は置いといて、テリーはマツナギの隣だぞ?
「じゃぁ、あたしはシャワー浴びてくるよ」
「あ、僕も」
 そう言って部屋を退散する二人を見送らず、黙ってテリーの枕元もといシートの隣に立っている俺を見てナッツが苦笑いを浮かべている。
「もしかして、俺の事強引に起こそうとした?」
「え?何で」
 突然企みがバレた事に俺は正直に驚いた。驚いてしまった段階でそうだという事実がナッツには伝わってしまった事だろう。いっつもこんな調子でコイツには隠し事が通用しないんだよな。
「だって照井君の事、どうやって起こしてやろうか~とか考えてるだろ?」
「うッ……ソノ通リデ~ス」
 正直に認めて俺は小さくふざけて返答する。
「照井君ってさぁ……割とちゃめっきあるよ?」
「?」
 何と無くテリーを振り返ると違和感。奴の目が……全開に見開いてい俺をジロっと見てるじゃぁありませんか!突然、くわっと起き上がった奴に俺は驚いて悲鳴をあげていた。
 そのままテリーの両手が俺の首を締め上げる。
「……なーんてな」
「ぐ、ホントに締めながら言う、な……」
「俺の事脅かそうもんならマジで、オトしてやろうかと思ってたのに」
 と爽やかに笑いながらがっちり俺の首を三角締めに組みなおしやがりましてうぐッ……な、ナッツ、止めろ~!意識が遠のく直前にテリーはようやく緩めてくれた。
 こいつ……格闘趣味がゲームに留まってないタイプだな?発達している筋肉からして間違いなく、何か嗜んでやがる。人が意識を失う……つまりオチるタイミングを把握している段階で素人じゃない。
「ちょっと、何~」
 不機嫌な声に俺達が振り返ると、目をこすって阿部瑠が起き上がった所だった。
「誰よ、うっさい悲鳴上げたの」
 ナッツとテリーが遠慮なく力いっぱい俺を指差した。お、おおッ?俺悲鳴なんか上げたっけ?
「最悪、何朝っぱらから悲鳴上げてんのよ。そんなので目ぇ醒ますなんて……はぁ」
「べ、別に……大体お前マツナギのアラーム音で起きない方がアレだろうが!」
 早朝っからケンカするのもどうだろう?という意識は……当事者には浮かばないものである。だが少なくともいつも、その間に挟まるハメになっているナッツはそう思ったんだろう。俺達の口論を止める為に口をはさんできた。
「起きないって言ったら、彼女も相当に肝が据わってるよな……まだ寝てるよ」
 取り囲んでみたがアインの奴、すやすや……っていう健やかな寝息を立ててまだ、眠ってらっしゃいます。
「揺り起こしてみるか」
 テリーが呆れた様に腰に手を当てて顔を上げる。すると阿部瑠は慌てたように首を横に振った。
「触らぬ神に崇り無し!無敵よ、アイの寝起きは無敵なんだから!あたしは……えっと、シャワー室とか無いの?」
 それを説明したら阿部瑠の奴、さっさと退散して行ってしまった。
「そんなおっかないのか……逆に興味あるよね」
 ナッツが面白そうに俺を窺った。
「なんだよ、お前いっつもそうやって俺にけしかけるし」
「興味無いの?」
「いや、あるけど」
 すやすやと眠る彼女を囲み、男三人しばしの沈黙。アイン……トビラの中だとチビドラゴンだった訳だが……こいつ、結構可愛いんだよな……すっかり思い出してる事実によるとどうにも彼女、腐女子らしいけど。
 と突然、遠くで悲鳴を聞いて顔を跳ね上げた。
「阿部瑠?」
 顔を見合わせた後、何事だろうかと俺達は……眠っているアインをその場に残してシャワールームへ走っていった。
「おい、どうした?」
 廊下からシャワールームへと通じる扉をテリーが開けると……慌てた阿部瑠が両手を振って頭を下げた。
「ごめん、何でもないの!ごめん!」
「何だよ、俺に朝っぱらから悲鳴上げてどーたらこーたら言ってたのはドコのどいつだよ」
「ま、間違えて覗いちゃって」
「覗いたって……」
 ナッツがメンツを数えるように見回して眉を顰めた。
「レッド君を?」
「そりゃ、鍵掛けてなかった奴が悪い」
 そういえば俺、さっき慌ててて鍵なんか掛けてなかったけどな。とか内心自分に突っ込みながら。トイレなんかもアレだ、自分の家だとついドア開けっ放しで突入しちまう、みたいな。
「すいませんね、僕の不注意で」
 その問題のレッドが……何事もなかったかの様に部屋の一つから出てきた。続いて騒ぎに驚いたマツナギも扉を開ける。
「どうしたの?さっきの悲鳴……阿部さん?」
「ごめん、本当にゴメン、何でもないのホント、」
 阿部瑠の奴はなぜだか平謝りだ。何をそんなに謝るよ、さっきも言ったが鍵掛けてないレッドの方が悪いだろうが。
「気になさらないでください、僕の不注意が悪いんですから」
「うう……ご迷惑お掛けしましたぁッ!」
 阿部瑠はそう言ってなぜか敬礼し……なんで敬礼したのかは良く分からない、混乱してたのか?とにかく一目散に空いているシャワールームに引っ込んでしまった。
「さて、じゃぁ俺らもシャワー浴びるか」
「そうだね」
 誰もまだ使っていなかった部屋の扉をそれぞれ開けるナッツとテリー、ん?そういえばレッドの奴、俺が使ったシャワールーム……を……使ったんだな。
「ヤト、」
「はい?」
「使った後はちゃんと周りも一度流しましょうね」
「ふぇ?」
「次の人が使うかもしれないでしょう?」
「……はぁ」
 奴が言いたい事をいまいち理解できない俺は、今も肩乗せている、持ち出していたタオルの事を思い出した。
「そういやタオル、」
「棚の中に予備が沢山入ってましたよ。別にルール化はされていませんが……ホテルじゃないんです、共同で使うんですから使ったタオルは使用済みポストの中に入れる事」
 って、慌ててたから身体拭いたタオルなんてドコに置いたか覚えてねぇ……。
「他の部屋を使えばよかったじゃない」
 マツナギの言葉にレッドは肩を竦める。
「共用施設みたいだったからどの部屋も同じかな、と思って諦めたんですよ。服を脱いでシャワールームをあけた時に別の部屋にすれば良かった……と、悟りましたよ」
「やだなぁ、気持ち悪くない?」
 おおッ、それヒドいよマツナギ!
「共用施設の段階で僕はキモち悪いんですけどね」
「レッドさんって育ち良さそうだよね……何、何やってるの?あたしより年上だよね?」
 マツナギが興味津々に聞いている。まるっきり女子全開ーッという感じだ。
「大学を卒業しまして……手に職もないので」
 レッドは何故か爽やかに微笑んだ。どことなく……それが黒い笑みに見えなくもない。
「バリバリのニートです」
「マジで~!」
「マジですよ、働いたら負けですね」
 ……そのセリフ、本気で言う奴を生で見れる日が来ようとは思わなんだ。
 てゆーか後から気がついた。お前それ、すげぇ矛盾してねぇ?



 仕込みでせかせかと活気の在る地下食堂のテーブルに連れて行かれて、高松さんがまずはお疲れ様でしたとねぎらいの言葉を掛ける所から……第一回MFCテストプレイ反省会は始まったのであった。

 今日は土曜日だ。
 予定で一週間に一度行われる事になっているテストプレイは当然と、金曜日の夜から行われる。
 今後もそのスケジュールは変わらないだろう。

 アインだけが今だに眠そうだ。アレだけ寝てまだ寝たりないのか、それとも阿部瑠の言う通り寝起き弱い―――あるいは無敵?な、だけなのか。
「朝食は……食べないのかね?」
 女性陣とレッドのお盆には水とかジュースなんかしか上がっていない。
「食欲が無いですぅ」
「朝は食べてないの、ダイエット中」
「同じく」
「朝は食べない主義です」
 女性陣があんまりモノ食わない事情は知ってるけど、ダイエットはともかく主義って何だレッド。
「……では、まずはこちらの重大なミスを謝らせてくれ。すまなかった……あんな重大なバグがあるとは、我々も想定していなくてね」
 テリーが箸を手にしてから言った。
「その前にメージンはどうしたよ」
 気になっていた所だ。考えれば……ある程度彼が今何をしているのか想像は付くのだが所詮想像だ。姿を見ていないから正直気になる所だよな。
「当然、まだ眠っているよ」
 高松さんは穏やかな顔で告げた。
「やっぱり……僕らが寝ている間、彼はバックアップする為に起きていたって事ですよね?」
「うん、まぁそういう事になる。君達とは色々とズレた時間帯になってしまってね」
 ナッツの推測、いや……多分全員が分かっていたこの推測に高松さんは小さく頷いて肯定した。
「悪いなぁ……次もやっぱりメージンはバックアップなんスか?」
 正直に悪いなぁという気持ちがある。彼は聞くと最年少なんだよ。そういう厳しい作業は年長者に任せるべきだろうに……何もメージンがやらなくたっていいじゃないか、と思うんだよな。
「……言い難い事なんだが」
 高松さんはやや口篭もった口調で切り出した。
「まさか開発中止とか言わないわよね?」
 先手を打って阿部瑠が身を乗り出す。先に言ったからって覆る訳でもないのに……でも決定的な言葉を聞かされるより先に言ってやりたい、その気持ちは分からないでも無い。
「それは無いよ」
 あっさり高松さんは俺達が思い描いた最悪なバージョンを切り捨てた。
「ここまで開発していてバグの一つや二つで開発中止に追い込まれる程、この業界甘くは無い。バグなんてあって当然って言う人も居るし、わざと残して出荷したり取りきれずに発売するソフトだって星の数じゃないか」
『ですよね』
 と……俺達内四人、俺、ナッツ、レッド、それからアインが同時に返答していた。
 そう、その通りだ。このバグさえなければ名作なのにッ!という作品や、このバグ技は酷い、とか思うのや……ワザと残したなニヤリ、というのもゲームにおいてはよくある。よくあるのだ。数多くのコンシューマータイトルをこなすであろう俺含む4人が同調したのはその所為だろう。今はアップデートで順次パッチと言われる修正ツールがあてられたりするから、起動初期バージョンにはある程度バグはある前提で居るしかないってのが現状でもある。
「開発は続けるし君達にテストプレイは続けてもらう。だがしかし……あの致命的なバグ取りを終わってからにしてもらえないだろうか?」
「……と、言うと……」
「レッドフラグ除去にどれくらい時間を取られるのか見通しが立っていないんだ。間違いなく言える事は……来週の金曜日までに終わらないという事だよ」
「でも、レッドフラグを除去してしまってそれで、僕らはセーブしたゲームの続きを出来るんですか?」
 ナッツが真剣な目で聞いた。
「……それが確約するのが少し辛い。多分、最初からやり直しになる可能性が非常に高くてね」



 最後に試作機を貰って解散になった。

 何のって、当然MFCの試作機だ。
 味気ない白いダンボール箱に入っていて、取扱説明書も何も無い本体のデザインもまだ未定らしい味気ない長方形の箱が中に収まっている。
 見慣れたブランドのケーブル、無線リモコン……もとい、無線二つ折り眼鏡フレーム型端末。これもまだデザインは改良中らしい、試作機だから味気ない形はしかたないよな。
 なる程、まだ洗練されていくデザインの余地はあれ、このサイズなら間違いなく家庭用だ。
 テストプレイルームは、あれはゲームしやすいように開発された部屋であって、バックアップシステムと繋ぐ為に間に一つ余計なマイコン挟んでいるだけなのだろう。

 MFC本体自体はこうやって、この小さな箱の中に収まってしまうものだったのだ。

 何となく……ぼんやりと覚えている夢の記憶を辿って思う。

 俺は、この味気ない白い長方形の箱を見て……暗黒のエントランスに浮かび上がった真っ白い『トビラ』を連想していたりした。
しおりを挟む

処理中です...