異世界創造NOSYUYO トビラ

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4章   禍 つ 者    『魔王様と愉快な?八逆星』

書の3後半 声に出す決心 『躊躇は、しないのですか?』

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■書の3後半■ 声に出す決心 read resolution aloud

 リラーズという蛇女がホスト赤旗だったという事実を、ミスト王子とヒュンスには赤旗というのを魔王軍化と言い換えて解かり易く説明してある。
 魔王の奴らは正常な人や魔物や魔種を、何らかの方法で魔王の手下となる怪物に仕立て上げる、という風にな。フラグシステムを説明する訳にも行かないのだから、とりあえずは『何らかの方法で』と説明しておくしかないのな。で、一部の魔王軍にはそういう風に魔王軍を増やす存在、ホストというのが居るっぽい事も。

 で案の定、その事実は伏せるように頼まれた。

 そりゃそうだな……兵士たちは絶対なる敵として今現在、階下で魔王軍怪物と戦っている。
 殺し合っている怪物が元同胞だと知ったら、それは同胞と知ってて殺し合いをするよりも相当に、イタい事実である様な気がする。知っていたら戦えないと思う人も大勢いるだろうし、戦った後に精神的なダメージを多大に受ける人も沢山出るだろう。
 知らないで済むのなら公開しない方がいい情報だと俺も思う。
 幸い、と言っていいのかどうか分からないが、変態してしまった者達には過去の姿の片鱗が全く無い。倒した後に元に戻る、という事にもならない。

 それはそれですげぇ、救い様が無いみたいで辛い。

 俺は怪物と化した推定王妃を見上げる。ナドゥとかいう白衣の男が言う通り、巨大な黒い塊と化してたまに獣の様な叫び声は上げるものの……動く事も出来ないという風にその場でうごめいているだけだ。俺がこれとは戦わない宣言をした通り、とりあえずどうすればいいのか途方に暮れて静観している状況だ。
「無理なのか、元に戻すのは」
「……」
 流石のレッドも口を噤んだ。鼻で小さな溜め息を漏らしている。軍師がこの状態で、他に名案があるとすれば……。
「あたし達で倒そう」
 正直、俺の脳裏に浮ぶのはアベルの言葉の通りだ。……そうだな、俺達で倒すしかないのか。せめて苦しまないように……ひと思いに。
 息の根を止めてやるべきか。

 秘密に、知らなかったって?

 そんなの……そんな嘘、ミスト王子に貫ける自信がねぇ。だってミストには人間の怪物化については説明してあるんだ。俺は黙って居られる自信が無い。
 だから正直に、助からないから殺しましたでいいのか?それじゃぁよくねぇよ、よくねぇんだよ!
「あの、」
 だが結局それ以外の方法が見つからずに顔を上げ、再び剣を構えようとした俺の出足を挫く声。

 いや、何だか分からんがその言葉を待ってたぞナッツ!

「……レッドフラグとブルーフラグ、権限的にはどっちが上だろう」
「どういう意味?」
 と、アベル。そうだ、どういう意味だ詳しく話せナッツ!
『当然レッドフラグに干渉されないブルーフラグの皆さんの方が上ですよ』
 メージンのコメントに、ナッツが神妙な顔で頷いた。
「一つ、試してみる価値のある方法を思いついたよ」
「どうするのですか」
 流石のレッドの頭脳も、ナッツのひらめき域までには到達していないようだ。

 ゲーム攻略上の創意工夫、そういう点でナッツはこのパーティーで頂点の位置にいる。このどーしようもない混乱しきった場で冷静に、出来る可能性を探り当てたに違いない。

「どうするんだ、何でもやる!」
「意趣返しだよ」
 それでレッドは意味に気が付いた様だ。しかし、それでは俺含む全員には通らない。詳しく!
「僕らの、血だ」

 俺は素早く跳んでいた。

「おい待てッ!」
 誰かの制止を聞かなかった事にして、俺はぶよぶよに膨れ上がった怪物に跳び乗り、駆け上がって行く。
「うおぉりゃぁッ!」
 安定しない足場によろめきながら、埋まっている首を目指す。
 見るに耐えない醜悪な顔が俺を見た。凶暴な光を宿す双眸が一瞬虚ろにさまよってから俺をロックオン。横に裂けた口がばっくりと開き吼える。
 鋭い鮫のような歯の並ぶその口に、俺は、問答無用で両手といわず両腕を差し込んでいた。
 喰い付かれて、血飛沫が上がる。

 当然だが痛い。

 痛くて、今更バカな事をしたと後悔した。
 もっと他に方法があっただろうに、何で俺はイタい方を選んじまったんだろう?的な。男の子なので叫ぶのだけはガマンだ、歯を食いしばる。だが痛みで目が潤って来るのはどうしようもない。
 一瞬の出来事だったが突然の激しい痛みは、長い事俺を苦しめている様な、そんな錯覚に陥った。
「腕無くすハメになんぞ!」
 そう聞こえた時にはテリーが怪物の口を抉じ開け、俺はナッツから引きずり出されている。再び吹き出した鮮血が、テリーから大きく抉じ開けられている怪物の口に注がれていた。
 頼む、これで元に戻らなかったら俺はただの馬鹿もいい所だ、馬鹿じゃなくて阿呆だ!

 間抜けだ、あんぽんたんだ!

 治れ、治れ、頼むから治ってくれ!

 その間も信じられない位いの勢いで吹き出す血。
「血を流しすぎだよ!」
 悲鳴に似たナッツの声が遠くなる。
 あ……なんかまた前と同じ体験してるっぽい。
「わ、るい……」
 心配を通り越して怒っているんだろう、俺を見下ろすナッツの顔が見えなくなった。
 多分瞼が勝手に閉じたんだ。




「ぬぁッ!」
 意識が間違いなく飛んでいる。
 これをスキップと言っていいものかよく分からないが、俺は飛び起きて一気に状況を思い出す。しかし進展の無い記憶、となりゃ俺はまた気絶していたんだ。すぐ目の前で、アベルとナッツが短く溜め息を漏らしたのを俺は交互に見る。
「ッんの馬鹿ッ!」
「ぐえッ」
 俺の首がグキっと鳴る程に手加減無しで、アベルから頭をどつかれる。
 馬鹿はどっちだ!遠東方人がただの人間を殴るな!力の度合いが違うだろうがこの馬鹿力女!しかし顔を上げて非難の口を開こうとした所、今度はナッツから頭の側面に一撃貰う。
 俗に言うビンタね。
「ぬ……ッ」
「手加減も忘れるよ全く、何一人で突っ走ってるんだか」
 な、ナッツさんが殴りやがった!
 酷い、リアルでアベルからどつかれッぱなしの俺を唯一慰めてくれる存在がッ!軽く叩いた程度で痛くは無いけど、こっちの方が精神的ダメージ大。
「そ、それより王妃は?あれってやっぱり王妃だったよな!」
 ナッツは俺が寝かされていた3階バルコニーから無言で下を指差した。
「え?」
 上半身を起こした状態の俺は、状況が掴め無いまま下界に目を泳がせる。すると兵士達に守られて、ローブを全身に纏った人が市街地へ出ようとしている一団が目に付いた。
「あんたの行動は無駄にはならなかったわ」
「! じゃぁ、元に……」

 ローブの人物がこちらを振り返った。何度も振り返っては促されて歩いている。
 元に、戻った……そう、外見は。人間的なサイズには戻っている。しかし……俺は彼女の頭上にある、それと気が付いた目印から目を逸らしてしまった。
 ……完全に元には戻らないのか。
 ミスト王子の母、ロッダ王妃の頭上には……真っ黒い旗が立っているんだ。

 ブラックフラグ。
 レッドフラグに修正が入った場合に表示される旗だ。完全に修正されたか、それともフラグ自体が壊れたか、それとも元のままなのか……はっきりとしない状態を示す事になるというもの。
「元通り、という訳には行かなかったみたいだ。体に幾つかの怪しい傷が残ってしまった」
 俺は立ち上がろうとして……立ち上がれない事に愕然と来た。膝が……立たない?
「全く、当然だろう?」
 ナッツとアベルから支えられ、俺はようやく立ち上がる事が出来る。

「他の連中は?」
「下の加勢に行ったわ」
「俺……どのくらい気を失ってた?」
 二人の肩に回された自分の腕を見る。破れた服の袖口から覗く肌に傷跡は見て取れない、今回もナッツが綺麗に治してくれたみたいだ。だが痺れに似た感覚と倦怠感が身体中にのしかかっている。
「数時間だよ、あらかた決着はついた様だ、ほら、見える?」
 ナッツが空いている手で、兵士達がぐるりと取り囲んでいる広場を指差した。
 その兵士達を更に取り囲む群集、高台や城下町麓まで民衆が集まっているのを俺は今、理解して息を呑んだ。
 いい具合に南方神殿前の広場は高台なんだよな……中央に幾つか人影が見える。
 衣装からしてミスト王子とアイジャンか。眩い赤い旗はここからでも不自然な位よく見えた。
「ミスト、」
「無理だよ、ここで見守るしかない」
「けど、」
「少なくともあんたは動けないわ、大丈夫、テリー達が傍にいるはずよ……アイジャンも大人しく王子との話し合いの場についたみたい。それで、あの流れなのよ」

 ……どうだか。
 アイジャンは彼ら双子王子に用事があるとか言っていた。ナドゥとか云う奴もそれを仄めかしている。俺が難しい顔でそんな事を心配していると、ナッツが察してそうだね、と小さく呟く。
「あの場で何かやるつもりなのかもしれない」
 卑しくもアイジャンは魔王の一人なんだろ?
 何をもって魔王と言うかははっきりとしてないが、インティは……どうにも殺したい旨を伝えて来た。
 どうも魔王一派の中ではじき者にされている風ではあるが、その血で人を怪物にしてしまうようなとんでもないバグ持ち。

 あの、怪物の様に強かったギルの例がある。大人しく降参し、話し合いに応じているからって安心は出来ないだろうが。

「どうやら、決闘されるようだ」
 遠見、遠聞きの術を駆使しているらしいナッツが呟いた。キラリと何かが光る、お互いに剣を抜きあったのか。アベルとナッツはいいじゃんよ、視力いいんだし。俺なんか人間で精々視力は良くて2ゼロだしその上血ィなくて貧血でぶっ倒れそうだってのに!
 詳しい状況分からないんだから細かく説明しろって!
「おい、ナドゥとかいうあの白衣のおっさんは?」
「さっきから探しているんだけど見当たらないな……」
 あの男、ついにアイジャンを見限ったのか?結局どっちが上なのか、上下関係関係性がわからなかった。あるいは対等なのかな?しかし魔王に加担してるのかと聞いたら、そうでは無い様な事も言っていたな。
 ナドゥは自ら鼻で笑った通り、本当に魔王とは無関係なのか?
 協力関係だとは言えない立場、か?いや、あれは俺の質問の仕方が悪かったかな……あの時ナドゥが差していた魔王はナニだったか分からんよな、単純にアイジャンと思われる方についての言葉だったのかもしれない。それに、アイジャンの奴なぜかお前はアイジャンだよなっていう俺の問いに、答えられないと言った。
 全く、よく分からん。頭が上手く廻らない。

「ヤト」
 聞きなれた声がして、俺達は振り返る。
「あらユース、あっちに居たんじゃなかったの?」
 三人スクラム状態で振り返る。仕方ない、俺真ん中で支えられて辛うじて立ってる状態だし。

 ユーステルが息を切らして駆け寄ってきた。

「ヤトの事を聞いて、心配で……」
「ミスト王子は心配じゃぁないの?」
 アベルが少し笑って言った。
 意地悪に言っているんじゃない、彼女は茶化しているのだ。……そういうのも意地悪って言う?まぁとにかく、アベルにはそんな悪意が無いって事だよ。冷やかしてるんだな。
 案の定ユースは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「……心配です、けど、怖くて傍には……」
 居られない、のか。俺は彼女の抱える事情に眉を顰めた。
「本当に言わないつもりなのか?」
「ええ、だって……このままでは」
「ちゃんと説明すればわかってくれると思うんだけどな」
「ダメです、」
 真っ赤になってユーステルは声を大きくして否定する。それから慌てたように、おどおどしながら何かを呟いている。俺はそんな彼女が微笑ましくって笑ってしまいながら言った。
「でも、どうするさ。王子にどうやって手紙の事を説明するんだ?どうせまだ説明してないんだろ?」
「それは、やはり私が『間違って攫われた』という事で説明するしかありません。それに結局の所、貴方がたを騙した私達が悪いのです……混乱させてしまった」
「仕方ないさ、攫うだなんて予告状を南国から貰ってる状況だったんだろ、色々と擦り合わせておかなきゃいけなかったって……」
「いや、でもさ」
 俺の言葉の途中でナッツが首をかしげた。
「それだと、やっぱり攫われて来ているのはキリュウの方だと思わないか?」
「え?」
 俺とアベルが同時に訊き返した。……俺達、考える速度は一緒ですから。
「だって、容姿についてはミスト王子にはバレてるんだよね?北国では僕らに『キリュウが攫われた』様に見せるつもりだった筈だろう?そこの所ユーステルが攫われたから僕らは混乱するハメになってるんだと思うよ、AWLからの情報と擦り合わせた時にさ」
「……エルーク王子は私の話に取り合わなかった。間違えたと言って私を……」
 地下牢に入れた、ってか。で、強引にエルークも自分の都合のよい方向に舵を切りなおして来たというワケか。
「本当に間違えたのかな、インティが?僕はわざと本物を連れて行ったんだと思う」
「本物って……どういう基準で言うんだよ」
「中身が本物だと思うよ。器じゃない」
 ナッツがそう言って、再び遠く決闘の続く広場に向いた。
 どうやらミスト王子は善戦している様だ。冷静に見ている所そうなんだろうと思う。
「そうね、あたしもそうだと思う」
「ま、俺もそれは……人間外身じゃねぇぜ」

 例え、肉体が男でも?

 ……でもなぁ、
 こんな可愛い男の子でいいのか『ユーステル王』。 

 ……お待ちかねの結論タイムと行きますか。
 前から知ってたんだがな……一つはっきりしない事があったから取り合えず胸にしまって置いたんだよ。
 キリュウが言った『女王であって女王ではない』。
 ユーステルの『ユーステル・シールーズは男』発言。これらの意味する事を統合するとだな……『ユーステル女王』というのは実は、この世に存在しなかったのだ。

 南国ミスト王子は、シーミリオン国のユーステルが『王子』もしくは『王』であって、男である事を当然と知っている。

 ではどういう事かというと、女王は居ないが王女は居るという具合な訳だな、シールーズ王家のユーステル王と、シーサイド王家のキリュウ王女。
 はい、そうです。
 ユーステルとキリュウは自らの立場を入れ替えて俺達をすっかり騙していた訳です。
 ついでに言うと、南国から招待されたけど無視した結果、攫うぞと脅しを喰らった人物は当然キリュウ王女であってユーステルじゃないのな。

 南国のエルーク王子の狙いは元からキリュウだ。何しろ、ミスト王子と恋仲なのは、文通をやってたキリュウの方なんだからな!
 という事は?
 今ここに居るユーステルが実はキリュウで、国に残っているキリュウが実はユーステルなのかと思うだろ?所が、それならミスト王子は彼女がユーステルじゃなくてキリュウだと気が付くはずで、その結果エルーク王子もユーステルという騙りを見抜いて彼女をキリュウだと見抜くだろう。
 ミスト王子の対応の薄さからして、今俺達の前に居るのは、王子がぞっこんのキリュウではない。
 何しろ、容姿はすでに先方に伝わっている、外見的にも違う。

 所がこれはキリュウではない別人だと、双子兄弟から否定されたユーステル女王もといキリュウって、どういうこった?やっぱり正真正銘ユーステルなのか?
 なら、どうしてキリュウから持たされた手紙の中に、『キリュウが攫われたので助けてほしい』と書いてあったのか。
 ここが頭の悪い子である俺達を悩ませた所ですが……つまりだ、もう一ひねり余計な事実があるわけだよ。

 何時やっちまったのか分からないが、事情によりユーステルとキリュウの『肉体』と『精神』が入れ替わってやがるわけなんですよコレが。
 それに、ミスト王子は気が付いてない。当然エルークも理解が追いついてない。

 そこん所最初から見抜いているのは魔王八逆星、攫った張本人インティだけなのである。

 何でそんなややこしい事をしたのだと、俺は何度も彼女に聞いた。
 なんでこんな事になってんだと、この事実をバラしてくれた地下牢で何度、問い正した事か。
 しかし、その理由だけは語れないと今だ頑なに口を閉じている。
 お陰で俺には今だになぜ、彼女らが精神の入れ替えなどと云うある意味コミカルでベタな展開をしでかしたのかよく分からない。事故かと聞けば、事故ではないと云う。

 故意に、なのだ。
 何か理由があるのだが、理由は語れないと言う訳だ。

 国を治めるのは『女王』でなきゃいけないとか?
 俺もベタに聞いてみた。
 若干動揺して違いますと答えた彼女が、耳まで真っ赤になったのを見て……割合これが図星なのだろうかと思っているが……なんだか彼女がかわいそうなのでこれ以上の突っ込みは止めた。良く分からん、良く分からんが深い事情があるのだろう。性癖的な問題とか?例のリュステルとの問題だったら根が深いな……。
 彼女だぞ、外見上は可愛い男の子であるユーステルであるが、中身は王子に恋するキリュウなのだ。彼女で良いだろう取敢えず。ナッツだって、肉体である外身より本物は中身だと言った。俺もその通りだと思う、とするなら彼女は彼女でいい。でも、呼ぶ名前は外見であるユーステル。

 そう、中身である精神がキリュウである『彼女』は、今こんなに可愛らしいのに残念ながら肉体的に男の子でらっしゃるのだ!ユーステルは……事も在ろうか外見上とても可愛いという、俗に云う所の『男の娘』だったという事だ!そして今そこに追討ちコマンドを畳みかけるがごとく、本当に娘さんが、恋する乙女の心が入っているという状況……ッ!
 心は乙女なのに、乙女なのに!
 ミストがこのややこしい状況に気が付いてない事、およびその理由をどうッッしても言えないという彼女の都合により、今しばらく彼女は『ユーステル』でなければならない。
 エルークに攫われて二人の王子に会った時、入れ替わってキリュウである事情をミストに伝えられず、俺達に自己紹介した通り『ユーステル女王である』と答えた可能性があるな。……もしかして、現状をミストに知られるのが嫌っていうのが第一の理由だったりして……まぁいい。
 心は乙女、だけど身体は可愛らしい男の子であるキリュウもとい、便宜上ユーステル。
 便宜上ユーステルである事で通す事にした以上、のんびり南国に居る訳にはいかない。何しろ、魔王に首都を占拠されてて解体気味とはいえ国の要だ……まぁ、本物はちゃんと国にいるから問題無いわけだけど。

 ああ、ややこしぃ。



「迷惑をお掛けした」
「掛けたとお思いなら、早い所開放して欲しいものだ」
 というワケで、ミストの前では精一杯男っぽく振る舞うキリュウが不憫だ、ああ……目頭が熱くなるのを俺は懸命に抑えている。
 だって中身のキリュウ的には……目の前で慇懃に頭を下げている、改名した新生国王ミストラーデ・ルーンザードは長い文通を経て恋愛した人だぞ?
 面倒だから略すがミスト王だって、今だキリュウの事を想っているに違いないのに。

 それなのにこの、殺伐とした……くぅッ!バラしちゃえばいいのに!ばらしちゃえばッ!

 ……あ、俺の視界に小竜のアインが目に入る。そういや、こいつ俺がユースに惚れたと見るやウザいくらいに構ってきたよなぁ……本性腐女子の癖に。
  いや、腐女子だからなのかもしかすると?
「何よ、ヤト」
 それが嬉しそうな声に聞こえるのや、ドラゴンの顔がにやけている様に見えるのはやっぱり俺の錯覚だろうか?
「お前、知ってたのかよ?」
 小声で聞いてみた、あえて主語は入れずに。すると心得ているらしい彼女は小声で暴露する。
「あのね、あたし鼻が良いでしょ?オスメスの違いは匂いでわかるの。打ち明けようかどうか迷ったんだけどね、何か事情ありみたいだから黙ってたのよ」

 な、なんだってーッ!

 お前それは事情を察して黙っていたというより……展開が面白そうだから黙ってたんじゃねぇのか?
 今度こそ、奴がニヤリと笑った気がした俺です。
 そーか、今更だが玄武こと遠東方から運ばれてきた黒亀がサンサーラで見たものと『別』だと、彼女が見抜いたのはその特性だな?……多分、襲ってきたのと箱に入っていたので性別が違ったのだろう。だから別だと彼女には分かったのだ。
 ……黒亀、つがいでレッドフラグ感染しちまったのかな?

「しかし、当人が謝らないとはどういう事だ?」
 腕を組み、偉そうに演技して……演技だろうなぁ彼女の性格上……ユーステルはミスト王から視線を逸らす。
 こういう態度を取らないといけないので、余り顔を合わせていたくないという事実がある訳だ。心の中では傍に居たいのに……だな。この演技は辛いよな、辛いに決まってる。
「それが……伯父を降伏させた後の騒ぎで行方を眩ませてしまった」
 決闘の様子はテリーから聞いたぜ。
 サシ勝負好きのテリーは嬉々としてその詳細を格ゲー用語満載で俺に語ってくれた訳だが、かなり怪しい部分があるな。

 まず、アイジャンは自分が魔王である事を隠して参上した様だ。あのファルザットのスークで会った時のインティの様に、顔に紋様が出ている怪しい姿を隠して、……恐らくあれが魔王連中にとっては本性であろうと思う。とにかく、国民らにも納得が行く、カルケードの双子王としての姿で現れた様だ。
 決闘も、決闘後敗北して縄についた後も『本性』を現していない様である。

 ヒュンスが前に言っていたな、アイジャンが魔王だとするなら悪夢以外の何ものでもない、と。

 魔王が十年近く国を治めた、なんて確かにシャレにならんだろう。だから俺達はアイジャンが、自分が魔王であるという事実をバラすつもりがないのなら、こっちも黙っているつもりでいる。
 ……反省しているって事なのか。
 国を混乱させた事を、魔王が反省?するか……?だから、どうもこの辺りは何か臭う。結局アイジャンは……何をするつもりだったんだ?

 また、アイザート弟王の話が出ずにミストが王と呼ばれて居る所から見て、本来在るべき国王はすでに亡いというのが暗黙の了解になっている様だ。流石にここら辺の事情はアレだな、国家の機密な訳であっていくら手柄を立てた魔王討伐隊勇者でも、好き勝手に立ち入れる場所では無い。真相は知りたいのだが、家庭の事情って奴はとかく聞き辛いもんだ。
 正直こっちも立ち入って貰いたくないから、そういう気持ちが働くんだろうけど。

「失礼致します、」
 ヒュンスが扉を開け、畏まった。
「見つかったか?」
 どうやら彼が率先して行方不明のエルーク王子を探していたんだろう。そういや彼、特殊部隊隊長だった。
「それが……」
 しかし上げたヒュンスの顔は若干蒼白だ。嫌だな、最近嫌な予感ばっかり当たってる気がする……。
「何だ、」
「アイジャン、閣下が亡くなられました」
 亡くなった?待てよ、違うだろヒュンス!

 殺された、の間違いじゃないのか?

 アイジャンは昼の南国の法に則る決闘の後、縛につき南国の法による裁きを受けてから……獄門って方向だろうって……。レッドに視線を向けるとやはり考える事は同じだな、暗い顔をしている。
 ミスト王も顔を顰める。
「詳細は、」
「それは、」
 一瞬ヒュンスはユーステルを窺った。ユーステルは腕を組んだまま横暴に言う。
「ここまで巻き込んでおいて、部外者と追い出すつもりか?」
「ここで言って構わん、ヒュンス」
 ミスト王からも後押しされてヒュンスは重い口を開いた。
「証言が多数取れております、その、エルーク王子が凶行に及んだと……!」
 ミスト王の顔が苦痛に歪んだ。それがどんな苦痛か、分からない俺じゃない。
 アイジャンは双子の王子にとって共通の敵なのだろうが、一方が王としての体面で采配しようとしているのに一方は、恐らく個人的な感情で……一つの結論を下してしまったに違いないのだ。
 王として、例えその存在をもう二度と踏みにじりたくは無いと望んでいても。弟エルークの行いを許す事は出来ないのだと、そう悟っての、苦痛の歪みに違いない。
「……エルークは、確保出来ないのか」
「はッ、申し訳ありません!」
 逃げたんだな……まさかヒュンス、お前、逃がしたんじゃぁあるまいな?

 俺は、床にひれ伏して居るこの忠臣の複雑な心境を思う。割とそれもありうると思ったし、割とその方が……ミスト王にも負担にならない妥当な判断だったりするんじゃないかとも思ったりした。

 深く、長く、ミスト王が溜め息を漏らしたのが部屋に唯一響く。
「引き続き捜索しろ、なんとしても捕らえろ!」
「はッ!」
 引き下がったヒュンスが閉ざした扉の音の余韻が消え、しばらく全員無言だった。
 それを破ったのは意外にもユーステルだ。
「お二人は、仲が悪いのですね」
「……はは、お恥ずかしい」
 苦笑したミスト王子が居た堪れない。
 ミストとユース(キリュウ)揃って、何でそんなにイタい立場って所に突っ立ってやがるんだか。
 これが国家を背負うって意味で、これが消費されるべき王家の宿命なのか。
「この通り、あれは散々に私を困らせるばかりだ。……でも勘違いしないで欲しい……私はエルークの事が嫌いではない……嫌いには、なれない」
「居なかった事にすればいいでしょうに」
 ユーステル(キリュウ)は割に黒い事を言う。いや?……愛する人に迷惑を掛けるから、正直キリュウ的にはエルークなんか大嫌いなのかもしれないな。それってぶっちゃけ本心か?
「彼が国を傾けるなら、それを私が保全する。破壊する側に廻るというなら、私がその破壊から全てを守ろう。私は彼を一人には出来ない、してはいけないとさえ考えている。長年愛される事無く育った彼へ、私だけは変わらない愛情を注いでやりたいと思う……それが血肉を分けた兄としての役割かなと、そう思っているから」
 ミスト王子は苦笑した顔のまま目を閉じる。
「その愛は不要だと、何度も何度も裏切られる。でも私は諦めたりはしない、いずれちゃんと分かり合えると思う」
「……大変失礼な事を申しました、」
 ユーステルは静かに頭を下げて先の非礼を詫びた。
「いや、いいんだ。実際多大な迷惑を貴殿に掛けてしまったのは揺るぎの無い事実……」
 王なのに女王として攫われて、手違いがあった事を察した所為か地下牢に監禁だ、王に何てことしてんだって感じである。
「何とお詫び申し上げれば良いか……」
「貴方は心の清い方だ、貴方に非は無いのに私こそ、幼稚な理論で困らせた様で申し訳なかった。エルーク王子には然るべき謝罪して貰いたい所なのだが……急ぎ国に戻らなければいけないのは曲げる事が出来ない」
「明日にも船を手配しよう、エルークの件については進展があったらすぐにも連絡を入れると約束する」
「……そうして貰うと助かる」


 この世界八精霊大陸に在るべき、では無いもの。
 バグとして世界を破壊に導く存在。
 レッドフラグを立てた魔王八星……奴らは世界を破壊するだろうと、この世界を作り管理している者が予言する。

 レッド曰く、過去世界を破壊せしめると呼ばれた存在は『空の悪魔』と呼ばれたものだそうだ。
 それらは『扉』を潜ってこちらの世界に来る。
 魔導師ってのはその『扉』を開く魔法を使えるらしくてな、悪い魔導師は力を求め『扉』を開けては世界を混乱させたんだと。そういう魔法使いの事を邪術師とか呼ぶらしく、外道として忌み嫌われたそうだ。
 今もその事実は変わりなく悪魔を召喚する『扉』を開く魔法はタブーなのだとも云う。

 俺達が潜ったのも『トビラ』だ。

 なら俺達も、この世界には居てはいけない存在なのかもしれない。
 トビラを潜って来ている以上、俺達もこの世界に適合しない存在の一つで、バグの一種で間違いないのかもしれない。

 だが俺達には世界を破壊しようという意図は無い。誓って言う。全く無い、これっぽっちも無い。
 むしろ救おう思って行動している。

 世界を破壊するだろう、同じく在るべきではないバグプログラム、レッドフラグを除去するために行動しているはずなんだ。

 それでも、お前は不要だと誰かから言われたら悲しい。

 世界の為にがんばっているつもりなのに、その行動は要らないと言われたら……その時に味わう気持ちは多分、悲しいという事。
 君の為を思っているのに、愛しているから救おうと思うのに。
 その愛は要らないと拒否されたら居た堪れない。
 俺だったらヘコむな。ヘコみまくって再起不能に陥るだろう。
 いやいや、でもそれに負けちゃ駄目なんだよ俺。

 例え相手からどんなに拒否られても、ミスト王子みたいに愛を貫く事が大切なんだ。

 俺は、そんな事を彼に教えてもらった気がする。
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【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

伯爵夫人のお気に入り

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公爵家の娘である私は死にました。 何故か休学中で婚約者が浮気をし、「真実の愛」と宣い、浮気相手の男爵令嬢を私が虐めたと馬鹿げた事の言い放ち、学園祭の真っ最中に婚約破棄を発表したそうです。残念ながら私はその時、ちょうど息を引き取ったのですけれど……。その後の展開?さぁ、亡くなった私は知りません。 世間では悲劇の令嬢として死んだ公爵令嬢は「大聖女フラン」として数百年を生きる。 長生きの先輩、ゴールド枢機卿との出会い。 公爵令嬢だった頃の友人との再会。 いつの間にか家族は国を立ち上げ、公爵一家から国王一家へ。 可愛い姪っ子が私の二の舞になった挙句に同じように聖女の道を歩み始めるし、姪っ子は王女なのに聖女でいいの?と思っていたら次々と厄介事が……。 海千山千の枢機卿団に勇者召喚。 第二の人生も波瀾万丈に包まれていた。

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【完結】徒花の王妃

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