異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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3章  トビラの夢   『ゲームオーバーにはまだ早い』

書の7前半 善なる王子 『萌えるわ、仲の悪い双子設定』

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■書の7前半■ 善なる王子 light and right

 魔王の息の掛かった連れとも知らず、斥候として前線に出てきたカルケード軍所属特殊部隊隊長のヒュンス・バラード。彼の目的はバセリオンに居るファマメント軍偵察との事だが、多分それでは済まなかっただろうな。

 完全に厄介払いされる所だったんだよ、この真面目なおっさんは。

 おっさんが率いて来た部隊は、何も知らずファマメント側に踏み込んでいればヒュンスの静止を無視してバセリオン駐在のファマメント軍に襲い掛かっていた事だろう。
 最終的に本性も晒すだろうとウチの軍師は言ってる。怪物である本性を、な。
 これにより、開ける展望はいくつかあるとレッドは指折り数えた。
 まず、ヒュンスがその場で殺される事は確実だろうと告げると、ヒュンスもそうだろうと苦い顔で認めた。ヒュンスは見た目頭が固そうなおっさんだが、特殊部隊ってだけあってガチガチの軍人とはちょっと毛色が違うらしい。突飛な展開にも冷静に付いて来ている。

 レッドはそれからも幾つかの物騒な展望を上げた。

 斥候が戻ってこなかった事をカルケード国側で好き勝手に加工して、何らかの口実にでっち上げる可能性。
 突然現れた魔王軍をファマメント国が、カルケード国ではなくタトラメルツからの進軍と勘違いする可能性。
 逆にカルケード国からの攻撃だと知ったら知ったで、魔王の息の掛かった者が現れたとなれば……カルケード国が魔王に乗っ取られたっていう確実な情報となって先方に伝わり、この事実は恐怖となって西方ファマメントを駆け巡るだろう……という憶測。
 何しろ、カルケードって国は常勝無敗と呼ばれる戦争大国。
 戦争自体はあまりしないが、この国を相手取ったディアス国が叩きのめされた事実は、今だ手痛く大陸の歴史に刻まれている。―――らしいぞ、あんまこのあたり俺は知らんが。


 しかしだとするなら、カルケードはもう魔王の手が自国に回っている事を隠すつもりが無いのか?そうだと事実がバレちまう可能性は相当高い、バレなくても怪しまれるのは確実な所だろ。そんな事して益があるのか?
 魔王の奴らにしてみれば、いくら大国を手中に収めていても背後からこっそり支配、って方が都合がよさそうなもんなのにな。
 しかしどうやら、それにも仕掛けがあるようだ。

「カルケード国王は現在、アテムート・ルーンザードでしたね」
「いや、今ならはっきり言える。あれはアテムトゥ陛下では無い」
 不気味な鳥の鳴く夜の森で、ヒュンスを囲んで休息前に情報を整理だ。

 しかし最初からつまずいたぞ俺、カルケード現国王の名前なんて知らねぇよ!昔のエラい王様の名前なら知ってるけどよ……。千円札の偉人の名前は知ってても、現総理大臣の名前を答えられないという現代人的な状況。そんな訳でその辺りの詳しい聞くに訊けないのだが、だがその前に、アテムートとアテムトゥの違いは何?何なの?
 あああ、このシリアスな流れではぶった切る訳にも行かないので、後に真相が解明される事を祈る!
 こうご期待!

「どういう事だい?」
「何かおかしいとは思っていたが……やはり王子の言っている事は真実なのだろう。王子は気が付いている、しかもずっと昔に……」
 ヒュンスの言葉に、レッドは冷淡に言った。
「王が入れ替わっているのですね」
「っておい、そんな簡単に言うなよ」
 俺はつい、声に出してレッドを睨んだ。こいつは何だってこんなに冷静に重大な事を告げるんだか。
 国王が入れ替わっている、だぁ?おいおい、それって相当にヤバい事じゃねぇの?
「まさか、魔王に?」
「……あの方が魔王だというのなら、悪夢以外の何ものでもない」
 ヒュンスはがっくりと項垂れた。
「どういう事なの?レッド、分かりやすく説明してちょうだい」
 アベルからも睨まれてレッドはため息を一つ。静かに事を話し出した。
「魔王、というものが現れた時大陸座は密かに、国の英雄を魔王討伐に向けたと……ナーイアストは話していましたね。シーミリオン国からはリュステルがその責務を負った。南国カルケードでは……国王陛下の兄君が魔王討伐に出られた、とか」
「しかし、あれは厄介払いだとまことしやかに囁かれていた……アイジャン閣下は確かに武勇優れたお方であったがいささか野心が高すぎる。魔王討伐の任務を聞きつけてあの方は、自らそれを買って出たものの……」
「そして、戻ってこなかった。表向きは」
 レッドは眼鏡フレームを押し上げる。
「やはり、先だっての魔王討伐隊は全滅した訳では無いのでは?どういうカラクリかは分かりませんが、今の王はアテムート陛下ではなく、アイジャン閣下ではないでしょうか」
「どういう事だそれ?だって、どうやって入れ替わるんだよ?いくらなんでもバレるだろ?王様なんだろ!」
「アテムトゥ陛下とアイジャン閣下は双子だ」
 うわぁ、それって最悪なシチュエーション……。アレか?一見すると素人目には見分けがつかないって奴?
「仲悪いの?」
「アイジャンが兄なんですよね、確か」
 それなのに国王が弟か。更に大変な家庭の事情を推察します。しかし何だよ、国家って何でそんなややこしい家庭事情ばっかり抱えてるんだよ!
「じゃぁ何かい?魔王討伐に出かけたのはアイジャンじゃぁなくて、そのアテムートの方だったって訳?」
 マツナギ、鋭いな。なる程、入れ替わったのはそのタイミングってのも在り得る。さすがにヒュンスもそこまでは考えが至らなかったようで唖然として答えた。
「そこまでの事情は私には……王子なら、ミスト王子ならば詳しく事情は分かる筈。ともかく、アテムトゥ陛下であればこのような戦争をするような采配など考えられない」
 ますます持って、王子と顔を合わせなきゃ行けない事態の様だな。
「で、アイジャンとミスト王子は仲がよろしくない?」
 レッドが確信的に聞く。
 そりゃそうだろ?ミストってのは王子ってんだから当然、アテムート王の息子なんじゃねぇのか?だったら、伯父のアイジャンと上手く行くはずないだろうが。ましてや入れ替わってる事情が何か邪悪な事情ならば、正体に気が付いている王子はアイジャンにとっても邪魔なものだろう。
 とりあえず現時点、王と王子の仲が険悪だって事は、信用できる筋であるミンジャンから話聞いてるもんな。

 王子は孤立してるんだ、きっと王が偽者なのに気が付いて……。それを証明する手立てが無いのかもしれん。それで、策略在りまくりで魔王前線に送り込まれて、ヘタすりゃ亡き者にされようとしてるってのか。

「いえ、そんな生易しい問題じゃぁないですね」
 レッドは難しい顔で熱いスープをかき混ぜる。
 夕食はチーズの効いたシチューと乾パン。シチューにはマツナギが射止めた野鳥の肉が入っていてこれが、正直に美味い。俺ははらぺこだったので現在おかわり3杯目。
「魔王の手が掛かっているという疑惑は、すでに南国に向けて懸念されている問題なのですよ」
 俺はシチューを口に運ぶ手が止まった。
「……王子に、着せようってのか?」
 主語が抜けたが判るだろ?

 濡れ衣、だよ。王子に疑惑かぶせて切り捨てようって魂胆か!

「酷いわ、」
「実王じゃないからそんな酷い事するんだわ、確定ね。今の王様は間違いなく偽者よ」
 アベルが肩を怒らせ、シチューを口にかき込む。
「ともすれば、チャンスです」
 レッドはにやりと笑って顔を上げる。
「チャンスだぁ?何がチャンスだよ」
「もしその話が現実となるなら、今フェイアーンに集められているのは王子派と、アンチ現国王派。アイジャンにしてみれば、疑いの目を向ける家臣を一気に切り捨てるには又と無い好機です。僕ならそうしますね」
 お前の性根って黒いのな……。ヒュンスはしかしレッドの言いたい事をちゃんと汲み取った様だ。
「国王が黒である事を示し、団結出来れば国王に対抗できる……?ファマメント国とも無用な戦争をする必要も無い、そうか、だから先に仕掛ける事で問答無用に火口を切ろうとしたのだな……ッ」
 ヒュンスの黒い瞳に、怒りが灯った。
「……許せん、いくら兄王とは言え……!」
「昔はそれ程酷い人では無かったのですがねぇ」
 レッドはため息を漏らしシチューを口に運んだ。熱そうにしている……さては猫舌か?割と弱点だらけなんだなレッド。
「どうしよう、僕だけでも先に行っていた方がいいのかな?行こうと思えばフェイアーンまでは半日掛からないで行けそうだけど」
 有翼種のナッツが静かに口を開く。確かにヒュンス達の作戦が失敗した事が先方に伝わり、次の手を打たれる前に、俺達もフェイアーンに入って何か手を打たないと行けないだろう。
 俺は例の銀の筒を取り出した。
「ナッツ、先に行ってくれ。俺達は他の特殊部隊がいたらそいつら潰しながらファイアーンに向かう」
「冴えてますね、他の部隊の派遣、それは大いにあり得ますよ」
 どうやらレッドも文句は無いようだ。
「隊を二つに分けましょう、アベルさん、ナッツさんについて行けますよね。大丈夫だとは思いますが一人で行かせるのも心配です、同行をお願いします」
「余裕よ、まかして置いて」
 舌なめずりをしてアベルは笑った。外見細っこいアベルの体力と身体能力は、人間種である俺やテリーなんかを遥に越えている。流石は遠東方人、その血に流れる古代種ロンターラーの力は偉大だ。圧倒的な脚力でフェイアーンまでの距離を駆け抜けるつもりだろう。久しぶりの全力疾走に嬉しそうだ。
 割と鬱憤溜まってたりするのかね、彼女。
「僕らもこのまま徒歩では埒があきません……実は一つ、良い方法を思いついたのですが」
「何だ?」
「……先ほどの怪物なんか、割と手なずけたら良い足になると思いませんか?」



 道中、4匹の赤旗モンスターに遭遇した俺達。
 ただしこれらは偵察か何かだったらしく、大した奴じゃなかった。最初の1匹は慎重に対処したがその後は、マツナギの弓矢対応で事足りる。一発でお陀仏しやがる程の雑魚だ。
 しかし雑魚とは言えど放っておく訳にはいかない、慎重に敵を探しながら俺達はフェイアーンへ急いだ。確実に死ぬとレッドフラグが黒に変わって、消えるんだな。そういや、あの巨大な牛の怪物には赤旗ついてたかって聞いたら、どうにもあいつらには付いてなかった様だ。戦うに夢中で見逃してたのかとも思ったけど、やっぱあれには旗は無かったか……。
 こんなに一度に大量のレッドフラグを見たのは今回が初めてだな。
 おかげで、ナーイアストがくれた謎の石の使いどころも分かって来た。

 しかし、しかしだな……。
 どうも分かって来たのはそれだけじゃぁないんだよ。

 というのもアイツだ、魔導師肩書きのレッドだ。勝手ながら俺の中でアイツは、暗黒魔導師としての地位を着実にステップアップしている。紫衣だかなんだか知らんが、お前の名前がレッドだろうとなんだろうと属性は黒だ。暗黒だ。間違いない。

 禍々しい程の赤い夕焼けに、黒い巨大な影がゆっくりと足を止める。

「この辺りでよいでしょう」
「まだ町は見えないぜ?」
「かなり近くまで来たはずです。流石に『これ』に乗っている姿を見られるのもどうかと思いますし」
「そりゃそうだな」
 テリーが怪物の背を飛び降りて頷いた。

 いくらご主人様に従順な使役アンデットモンスターとはいえ、元はレッドフラグが立ってた魔王軍モンスター。そんなモノの背に乗って颯爽と現れる勇者ってどうよ?
 どう見てもブラック勇者だよ。
 俺は未だに腑に落ちない顔をしていたのだろう、だって正直後味悪いもんよ。よりにもよって魔王の息の掛かったモンスターを死霊召喚して、あまつさえ使役だなんて……フツーの魔導師のやる事じゃねぇ、絶対非常識だ。

「しかたないでしょう?急を要するんですから」
「なりふり構ってられない事態ってのは認めるけどよ、それでも俺はお前の神経を疑うぜ?」
「割と、誉めていただけるかと思いましたが。そんなに不愉快な事でしたか?」
 うーん、レッドから小首を傾げ言われて俺は正直困った。うーんうーん、確かに展開的には予想を裏切る感じな訳だからいつもなら『そう来るか!』等と、はしゃぎそうなもんだろう。
 でも、どうもしっくりこないのはなんだろうなぁ。
「そういうお前こそ死霊召喚だなんて、正義とか王道とかに色々と反しないわけ?」
「割と自分を腹黒系な魔法使いとして、僕はそういうキャラクターの立場を踏まえての『王道』を貫いてみているのですが」
 眼鏡を押し上げて言った奴の言葉に俺は絶句した。じゃぁ何か、ブラックなのは確信犯なのか。
「……そーいや、テーブルトークRPGは『キャラクター』を演じる事も重要なんだったな……」


 そう、今やすっかり悩む事も無くなってしまったのだが、何しろこの現実と取り違えそうなリアルな世界は、実は現実の俺達にとっては仮想『異世界』だ。
 だからといって目に見えるもの、実体や音、味や匂い、これら全てはやっぱり仮想かと言うとそうではない。『俺』というアイコンの置かれた場所が仮想の中である以上、仮想の肉体が受ける全ての感覚は現実だ。
 俺達の意識は現実と呼ぶべき世界から『トビラ』を通って仮想の肉体をこちらに創作、その肉体(オブジェクト)に宿る形でこっちの『異世界』にやってきている。
 そのまんまリアルな俺、サトウハヤトがこっちに来ている訳ではない。
 こっちの世界に居るのはあくまで戦士ヤトだ。日本人にはあまり馴染みの無い焦茶色の髪と、緑掛かった瞳を持つ『東方人』。
 サトウハヤトである俺は、戦士ヤトとしてをこの世界で演じる……それがゲーム『トビラ』の中で俺が振る舞うべき作法だ。
 よくある、知識持ったまま異世界迷い込みチートヒャッハーに近しい。ただし、あんまりはっちゃけるとシステムの上で経験値がマイナスされるっていう制限はある感じだけど。

 新型ゲーム機『コードネームMFC』のテストプレイヤーとして採用されているのは、きっとリアルな俺ではなく仮想アイコン『ヤト』なのだろうと俺は思っている。
 よって演じる事は悪い事ではなく、むしろ常だと言っていい。大体実際に俺はこんなに剣や槍さばきが上手いわけじゃないし、元々は対人関係だってヘタで苦手だ。

 演じて結構、騙して上等。嘘付いて問題なし。

 だからレッドが何らかのキャラクターを演じている事も間違った事じゃぁ無くて、むしろ当然だ。それはおかしいと非難される所じゃ無い、か。

「貴方は素でやってそうですものね」
「そんな事ねぇよ」
 俺は苦笑して頭を掻いた。素だって?まさか。俺だって演じているんだ……そう、演じているから俺は俺のポリシーを曲げてしまうのかもしれない。
 曲がりなりにも勇者として、清貧公正を示そうとするばっかりにすっかり王道路線に乗っかってる。
 違うんだ、俺は元々マイナールート大好きっ子なんだよ。バカかお前と言われる様な振る舞いや選択肢を好んで選ぶ、捻くれ者の筈なんだよ。
 俺はまじまじとレッドを見てしまった。
「どっちが本性なんだろうなぁ?」
「今の貴方と、リアルの貴方とですか?」
 対人関係が苦手で、ニート寸前のダメ人間なリアルでの俺。もしかすると、演じていたのはリアルな方なのか……と、俺はそんな事をふいと考えてしまったが、まさかと苦笑して首を振る。

 リアルで演じて、引き篭もりキャラなんてシャレになんねぇ。現実は仮想とは違う、それはそれ。これはこれだ。サトウハヤト的には、自分がやればできる子だなんてこれっぽっちも思って無いからな。そんな夢は現実では見ない。が、仮想でなら許される……とでも云うのかねぇ、これ。いや、だからこそやっぱり今の俺は純粋に、現実の俺じゃないよなって思う。
「仮想から現実を裏付けされるなんて、まさかな」
 俺はレッドの視線から外れ、小さく呟いた。
「では、最後の仕上げに参りますか」
 紫色のローブを翻し、レッドはいつもそのローブの中に埋もれさせている両手を差し出した。
「どうするんだ?」
 低く伏せて待っている黒い怪物に目配せしながらレッドは答える。
「呪術返しですよ。『これ』は今は僕の支配下にありますが、元々『これ』を使役していた者が居る様です。そこへ『これ』送り返してみましょう。フェイアーンに居る魔王サイドの黒幕がわかる筈です」



 逢魔ヶ時。夕闇が差し迫って来て視界が弱まり、会う人の顔の輪郭がぼやけて見える時刻。薄暗い闇が支配し始めた頃、東の空は赤く西から紫色の夜がやって来る。
 その夜よりも暗い影がフェイアーンの周りに展開していたカルケード軍野営地に踊る。悲鳴をあげた一つの部隊は、魔物が出たと叫ぼうとして息を呑んだ様だ。

 暗がりにぐるりと取り囲む槍の列。

「これは、どういう……」
「お前が黒幕か」
 俺は同じく槍を突き一歩前に出た。軽装の女戦士は見慣れない冒険者である俺に、ちょっと驚いた様にたじろいで見せる。
「残念だよ、リラーズ」
 軽快なリズムで具足を鳴らし、兵達の間から歩み来た若い青年の表情は暗闇に見えない。
「君がまさか、あの男の配下だとは……ね」
「なッ……!」
 押し迫る闇に明松火が燃やされ、青年の表情が露になった。漆黒の髪に澄んだ翡翠色の瞳。鼻筋の通った凛々しい顔が怒りに歪んでいるのに、リラーズと言うらしい女戦士は鼻白んだ。
「何を……」
 根拠に、と続けようとしたリラーズは、青年がまっすぐに指差している先に視線を泳がせる。
 そこには、今や朽ち果ててぐずぐずと腐肉を溶かして逝く漆黒の獣の亡骸があった。そう、レッドが使役召喚したアンデットモンスターだ。幸いな事だが、この状態ではフラグが無いんだな、本当にただ肉体と幽体を呼び出して使役してるだけだからだろう。
 今ようやく指令を果たし安息が許されて、アインの灼熱ブレスを喰らって燃え尽きた最後をもう一度味わいながら消えていく所ってわけ。俺は先程から警告の光を放つ結晶体を手に掴み、それを突き出した。
「大陸座ナーイアストより預かった『印』が告げてる」
 というよりも、実は俺達には実際に見えている。

 彼女の頭上に、薄暗い逢魔ヶ時にもかかわらず赤く主張する、レッドフラグが。

 まだ推測の域は出ないのだが、ギルがかつて俺達を何か珍しいものを見たかのように指差した様に。
 レッドフラグの彼女には俺の頭上にはためいているであろう青い旗が、ブルーフラグが見えているに違いないのだ。

 石を突き出した俺を一瞥し、リラーズは微笑して顎を引いた。
「……なる程、貴様らが……」
 呟きは低く拡散し、潰れたうめき声に変わる。女戦士は見る見るうちに風船のように膨れ上がった。醜い肉体をくねらせて伸び上がり、破れた皮の奥からはキラキラ光鱗が覗く。
 ひたすら長い首、裂けた口は人間を頭から丸呑みできるほど大きく、シュルシュル鳴る舌と鋭い毒牙。巨大な蛇女だ、手足は無くするりと皮鎧と人間の女だった頃の皮を脱ぎ捨ててリラーズは鎌首を擡げた。
 異様な雰囲気の怪物の出現にカルケード兵士達は慌てたが逆に、俺達は前に出て相手を取り囲んだ。
 精悍な顔つきの青年も、流石に怪物の出現には豆鉄砲食らったみたいに驚いている。
「ここは僕らに任せてください」
 彼らを背後に下がらせたのは俺達より先にフェイアーンに行って、事情を説明しているはずのナッツだ。
 って事は何かな。

 やっぱり、その威風堂々としたお兄さんが例のカルケード王子、ミスト・RZ様なのか。

『ホストの一部と断定しました』
 と、天からのメージンの声。
 ホスト?どういう意味だ?しかし今それをレッドに確認するわけにも行かない。次のメージンの言葉を待っていたら別の声が場に響き渡る。
「リラーズ!貴様、私の部下をよくも怪物に!」
 短剣を構えたヒュンスだ。
「シューッシュッ……お前、堅物で困ったよ」
 シュルシュルと、風穴のあいた様な声で蛇女のリラーズは威嚇したポーズのまま笑った……様に思える。
「毒牙を差し込む隙が無い、だからさ」
 確かにヒュンスのおっさんは堅物そうだ。何しろ地下族みたいだからな、地下族の気性は元々、堅物が多いんだよ。あの蛇女、色気使いで多くの人を毒牙に掛けたのだろうなぁ。
「どうやらヒュンスさんの部下を『怪物』にしたのは彼女の仕業のようです……それが宿主という意味ですよ」
 レッドは最後の言葉を俺に小さく囁いた。なる程ようやく分かった、宿主(ホスト)の意味が。

 つまりアレだ。こいつがレッドフラグをばら撒く感染元の一匹だって訳だろ。
 昨日から今日に掛けて大量に出会ったレッドフラグモンスターは、全部コイツの毒牙によって発生した『バグ』というわけだ。

「毒牙に気をつけろ」
「分かったわ!」
 俺は剣を抜き放ち、アベルもその反対側で剣を抜いた。蛇女の首と尻尾が同時に動き、首がヒュンスを、尻尾がどうやら推定王子の青年を狙ったようである。
「ッ!」
 俺は剣を大きくなぎ払い蛇女の首を切り落としたが、毒液を撒き散らす牙をそのまま真っ直ぐヒュンスを狙って飛んでいく。
 しまったと思って振り返った時……しかし、場は妙な具合に固まっていた。
 魔の差す夕暮れ時の怪異、蛇女の首が空中に浮いている!
 と思ったら、そうじゃなくて首は地面下から突き出た氷の柱に封じられて、つまり『氷漬け』になっていたのだった。
 その目と鼻の先に、やはり状況に全く身動きできていなかったヒュンスが居たりした。
「ふぅ」
 危機一髪、とっさに氷結魔法を唱えたらしいレッドが緊張を解く。尻尾側はどうなっただろうと顔を向ければ、胴体はアベルが切り刻んでいるし尻尾の先はテリーがとっさに抑え、引きちぎっていた。

 こいつら本当にレッドフラグモンスターなのか?弱い、昨日の奴らと云い弱すぎる。
 それとも、あのギルが跳びぬけて強すぎるだけなのか?

「ヒュンス、砕いちまえ」
 俺は親指を立て、それを地に向けて攻撃的に笑った。仇と言わんばかりに、ヒュンスは短剣の尻を思いっきり氷の柱に打ち付ける。ピシピシと音を立て氷がひび割れて白く濁る。
「魔王の手先め!」
 恨みを込めて吐き捨てると、ヒュンスはその脆い氷の柱を蹴りつけるのだった。その一撃で氷の柱は無残に砕け散り、無数の肉片となった蛇女はそのまま、煙を上げて融けて行くのだった。
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