異世界創造NOSYUYO トビラ

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3章  トビラの夢   『ゲームオーバーにはまだ早い』

書の6前半 戦争大国 『フレイムトライブは争いがお嫌いで』

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■書の6前半■ 戦争大国 arrive in calked

「そうそう、これ」
 港へ、ふくろうの店へ向かう途中に俺はその店の前を通って慌てて思い出した。荷物の中から丁重に紙に包まれたものを取り出す。
「……僕に、ですか」
 レッドはきょとんとした顔で、俺の顔と俺が差し出している荷物を交互に見る。
「開けてみろよ」
 俺はにやにや笑ってレッドに包みを押し付けた。隣でアベルもこっそり笑っている。
「……ッ」
 出てきた小さなケースを手にとった時点で大体察したらしく、レッドはちょっと息を詰まらせて俺に振り返った。
「これ、もしかして」
「おう、レンズは入ってないダテだがな」
 俺は両手を頭の後ろで組み、照れ笑いにそっぽを向いてしまった。丸いフレームは黒鼈甲、銀の飾りに、紫色の玉がこめかみの前にぶら下がっている洒落たデザイン。
 眼鏡だ。フレームだけの伊達眼鏡。
「……高かったのでは?」
 うむ、小物としては結構な値段だった。けどま、武器や鎧を買おうとしたらはした金だ、メージンから手伝ってもらってちょっと値切ったし。だいたい、レンズ入って無いしな。
 俺は笑って手を振りつつ軽い嘘を付く。
「大した金額じゃねぇよ、ほら、俺はタダで鎧と武器貰っちまったからな。大体お前、無い眼鏡を押し上げる仕草が目障りなんだよ。明らかに怪しい動作だぜ?」
「しかし、」
「要らないなら返すか?」
 意地悪に聞き返したら、アベルから頭を叩かれた。レッドはそのやり取りを見て微笑むと、わざわざ立ち止まって丁重に礼。笑った顔がまた、サマになるんだよなぁ憎々しいほど。
「ありがとうございます、ヤト」
 早速掛けるとああ、あのいけ好かないメガネ野郎が再臨ですよ。いや、メガネ効果で美形度は落ちたんじゃね?メガネフェチには逆かもしれんが。
「やっぱり落ち着きますね」
 にっこりと笑った顔がなんだか、心底嬉しそうだ。俺は途端恥ずかしくなる。何でか分からんけど、こいつあんまり心から微笑む事って無いからなぁ。ちょっと新鮮。


 さて、そんなこんなで俺達は目的地、つまり情報屋ふくろう看板に向かったわけだが。その結果、陸に足を着いたのもつかの間、再び船旅に逆戻りとなってしまった。

 これに難色を示したのは当然テリーだな。だが後から合流したもんで文句は言えない、言わせない状況。テリーとアインが合流した時にはもう、話がついちまった後だった訳でして。

 お前が親族と顔合わせたくないとか何とか、コソコソしてるのが悪いんだ、諦めろ。

「どれくらいの期間が掛かりますか?」
 出航の準備に忙しない甲板で、眼鏡がやっぱり板についてるレッドが尋ねる。
「お前、俺の船舐めるんじゃねぇぞ?」
 それに答えるのは白い歯をむき出して笑う、日焼けた黒い肌のミンジャン船長。
「二日だ、それでファイアーズまで届けてやるぜ」


 そう、俺達は再びエイオール船に世話になり南国カルケードに向かう事になったってぇ訳。


 実際問題、二日でヘルトからカルケード入りしちまうなんて、移動手段から考えるとありえねぇらしい。そこの所、全速力で大海原を駆けてやると約束してくれたミンジャンの心意気にはホントに頭が下がる。普通の船なら二週間でも難いってレッドが言ってたからな、高速船でも一週間は必要な所二日ってんだからホント、どれだけ早い船だよと言いたくなる。
「お前らは月の女神とも相性がいいんじゃねぇの?見ろよ、丁度良く潮の引き際だし季節の頃合いもあって追い風だ。流れに乗れば外海まで半日と掛からん。絶好の逃亡日和にお前らと再会できたってのに、思わず俺ぁ目頭が熱くなるぜ」
「ははは、そんな大げさな」
 しかし、逃亡日和って何だ?
「実の所あまりゆっくりヘルトに碇を下ろしても居られない状況なんだ。でも船長がもう少し待とう、もう少しと引き伸ばすもんでな……君達に会わなくとも手筈通り、今日南国への帰路につく所だった」
 副船長ラガーの苦笑いに、俺は驚いてミンを振り返る。
「ミン、もしかして……」
 俺達の事、心配してヘルトで待っててくれたのか?
「なんとなく、あー……情報屋の勘って奴だ」
 ミンは若干の照れ笑いを浮かべた。
「西国で良い噂が聞けなきゃきっと、次の行き先は南国だろうと思ってた所だし。船の荷物はみんな南国行き、俺達の心の故郷も南国。船員達の士気は絶好調だ」
 見るからにミンは上機嫌で、すでにラム酒のボトルを腰に引っ掛けている。
「エイオール船と、トライアン地方の確執は未だに深いのですね」
「はは、そういうこったな。おかげで看板もずいぶん見つけにくい所にあっただろう、でもこうやって無事再会できた。野郎ども!外海抜けたら宴の用意だ!」
 景気の良い掛け声が一斉に返ってきた。

 なんか本当に気に入られちゃったみたいだなぁ俺達。もちろん悪い気はしないけどな。


 山盛りの海鮮料理と酒が振る舞われた宴会だったが、案の定脱落者が数名。俺?俺は大丈夫だぞ……千鳥足だけど。なんとか精神的に正気を保っております。
 メージンがコメントしてくれた所、やっぱりアルコール耐性というのも設定にあるみたいでな、毒耐性とも微妙な連携をもっているらしい。
 まず真っ先にダメなのがアベル。これは遠東方人の致命的な特性から来てしまう問題らしく、アルコールは一切合財ダメ。種族っつーか、遺伝的な問題で肝臓のアルコール分解能力がほぼ欠落している感じだな……一口飲んで動けなくなってマシタ。リアルで奴は笑い上戸でその上酒癖が悪いから、そういう状態になるよりは幾分ましかと思える。
 次にダメだったのが意外にもレッド。気が付いたら奴はジョッキを持ったまま熟睡していた。起こしてみたが呂律が回ってないので、さっさと部屋にぶち込んでおいたぜ。
 次がアイン。これは手におえない、暴れるわ火ぃ吹くはで危険だと、テリーが延髄に一撃加えて問答無用で黙らせるとアベルと一緒に船室行き。大体お子様に酒を呑ませるんじゃない、あいつヘタすると寿命が無いとか云われる生物の癖に俺より年下なんだぞ!?
 悪酔いしてるという意味で云うとテリーもどっこいどっこいだがな。コイツの場合はヤケ酒かもしれない。船に酔うのと酒に酔うのは同じようなものだという具合に、さっきから甲板とジョッキの間を青い顔で行ったり来たりしている。……おとなしく横になればいいのに。
 最後に、酒豪であったのが案の定マツナギ。そしてナッツ。マツナギは顔が赤いから飲んでいるというのは分かるが、ナッツは見た目もケロっとしている。水みたいにがぶがぶビールを飲んでいるのはリアルの奴と大差ない。……ナッツはリアルでもザルだからな……。

「毒耐性有利設定を持ってるんだよ」
 何気なくナッツは言うがどうだろうお前、その特性はリアルから引っ張ってきてるんじゃねぇのか?
「そういうヤトも結構強いじゃないか」
「へへん、でも足腰上手く立たねぇけどなッ」
 手元も危ういです、さっきから鶏の唐揚げをフォークで刺せずに実は四苦八苦してたりします。
 手でつかみたい衝動と必至に戦ってる俺。その隣でひょいと手を伸ばし、唐揚げを手掴みで口に投げ入れるマツナギを俺はちょっと呆然と見上げる。
「あれ?もしかして、」
「何?」
 やばい、彼女。これで割と酔っ払ってるのかもしれない。

「楽しんでるかぁ」
 千鳥足で俺の隣にミンが座り込んだ。センチョー、酔っ払い過ぎーッとかいう声が掛かり笑い声が巻き起こった。相当にハメはずしてるんだろうな、ミン。
「エイオール船は南国が最大拠点なんだっけ?」
「おぅ、俺の先祖の心の故郷、カルケードがエイオール発祥の地よ」
「心の故郷って、実際は違うって事かい?」
「俺の祖先は実の所は西方人なんだ」
 ふっとまじめな顔になり、ミンはマツナギの問いに答える。
「西方から南方に移り住んだんだな、家系的には西方人だが心は常に南方にある。船員達も南国カルケードを愛してるからな、あそこは良い国だぞ、何年立っても」
「でもよ、戦争だ何だって話があるだろ?そのあたりどうなんだ?」
「ありゃぁ、王の乱心だなぁ」
 ミンは深くため息をつき酒を仰ぐ。マツナギがすかさず酌すると悪いなとグラスを向けた。
「王の兄君が魔王討伐に出てから、どうも人が変わった様だともっぱらの噂だ。しかし相手が王となると流石の俺達も上手い事情報が集められねぇでよ……全く、何だって魔王軍で手一杯の西方にいまさら仕掛けるってんだ?フレイムトライブ程争いを嫌う種族はいねぇってのに」

 なんだかそれって矛盾してねぇか?

 俺はカルケード程血気盛んな国は無い、とか南国を認識してるみたいなんだが……。南国人であるレッドに意見を聞きたい所だが奴ぁすでにダウンしてるし。
「魔王だ、奴らが出始めてからろくな事が無い」
「南国にも魔王は出没するのか?」
「してたら大問題だ、今回のカルケードの出兵の話は途端にきな臭くなる。そこん所、俺達でさえ情報が掴めないってんだから真相は分からねぇよ」
 ふうむ、じゃぁキリュウはどうして南国カルケードに、魔王の手が伸びているって断定したんだろうな。俺はシーミリオン国とカルケード国を結ぶ、何かの手がかりが無いかと頭を捻った。
「僕らの事情も話してみたらどうだろう……多少、リスクはあるけどね」
 ユーステル女王の事を話してみたらどうかって事か。ナッツの言うリスクってのは、エイオールを俺達やシーミリオン国の事情、ひいては魔王に関わらせてしまうかもしれないという事だろう。確かにリスクだが、世界名だたる情報屋、きっと力を貸してくれるに違いない。
 俺は若干迷った後、シーミリオン国で起こった事をかいつまんでミンジャンに語った。あんまり魔王関係の事をバラすと、エイオールにも迷惑掛けるかも知れないからな。そこん所は慎重に。

 しかし、結局の所シーミリオンが魔王八星の一人に占拠されてる事は察知されてしまった。俺の説明がヘタな所為かなぁ、それともミンが鋭いだけなのか。

「……おい、8順前の記録を持って来い!」
「へぃッ!」
 ミンが酔いも吹っ飛んだ様に鋭く叫ぶと、誰かが慌てて部屋を出て行った。
「何か心当たりがあるのか?」
「心当たりって言うか、少なくとも南国と北国を結ぶ心当たりはあるな。ウチの年号で8順前、おおよそ12年は前の話だ」
 まだ俺、そこまで探り入れてないのに。すでに酔いが醒めているのか、厳しい顔でなにやら考えているミンはどうやら思っている以上に頭が切れる。こりゃ、あんまり余計な事言えないな。
 レッド抜きで交渉するんじゃなかったとちょっと反省してしまった俺だ。大体ナッツ、お前の方精神が完全にシラフなんだから、お前が事情説明すりゃいいじゃんよ!
 そんな風に俺が逡巡している間に、分厚い羊皮紙の冊子を船員が持ってくる。ミンは乱暴にテーブルから皿を退けて手ぬぐいで食べカスやこぼれたアルコールを拭い、冊子が汚れないように置いてページをめくった。
「おぅ、これだ。やっぱり記憶に間違いない、魔王が出始めたのが十年程前ってのは、最近調べて判って来た傾向だからな。すっかり関連性を見失ってた」
 すばやく冊子を閉じ、控えていた部下にすぐに戻してしまった。汚れないように配慮したって事は、相当に大切な物なのだろうこの冊子。
「昔、数ヶ月置きに南国と北国付近を往復する仕事が入っててな、あの頃は忙しかったな……上客でよ、蹴るわけにもいかねぇからしょっちゅうこっちの海に戻ってくる羽目になってたっけ。それがぱったり無くなったのが問題の十年前だ、奇しくも魔王が出始めたと云われる頃」
「懐かしいッスねぇ、アレでしょ、推定恋文」
 冊子を大事そうに抱えている船員が笑って言った。
「ばぁか、客のブツは分からねぇって何度も言っただろうが」
 と、言い返しつつミンは苦笑して俺に言う。
「だがしかし、ありゃ恋文だろうな」
「お金さえ支払われれば、どんな小さな荷物でも運ぶんだね。手紙一つでも船は走るんだ」
「まぁな、言った通り上客だったんだよ……そう、北方ミストラーンで落ち合う奴はキリュウ・シーサイド」
 俺は聞き知った名前に目をしばたく。
「片や南方で落ち合うお方はミスト・ルーンザード。どっちも王族だぞ、最初こそ国家機密の運搬かと思ったが、渡される手紙がこれが……またフツーなんだよな」
 俺は席を立ち上がる、ふらつくが居ても立ってもいられない。
「ちょっと待ってろミン」
 まっすぐ歩けないので壁にぶつかる。でも頭はすっきり冴えてるんだ。俺は何度か壁に激突しつつレッドが寝ている部屋にたどり着き、奴の荷物からグリーンフラグが立っているキリュウからの手紙を取り出した。そして大急ぎで戻る。
「ミン、こういう手紙じゃぁあるまいな?」
「んん?」
 小さな長方形の封筒に入れられた、小さな手紙。赤い蜜蝋にはシーサイドであろう、SSという刻印が押されている。
「これだ、正しくこの刻印だ、間違いない!」
 確かに国家機密を運ぶにしては簡素だ。魔法封印もされていない、あまりにも無防備なこれは……ただの『手紙』である。良心的に封が切られていない程度の秘密保持。
 しかしナッツは別の所に反応して、腕を組む。
「ルーンザードは分かるよ、南国王族のセカンドネームだもの。でもシーサイドも王族に入るのかな?」 
「お前、そりゃリュステルが王になる予定だったんならキリュウも王族だろ?」
「そっか、とすると恋文って誰から誰にだろうね?僕はてっきりユーステルとミスト王子のスキャンダルかと思ったけど、時期的に考えるとそれってありえないわけだし」
 俺はミスト・ルーンザードって奴が王子だってのは今初めて聞いた話だが、いちいち面倒なのでそこに突っ込むのは止めとこう。何とか会話について行くべく考える。
「別に、いいんじゃねぇの?何でありえないんだ?」
「だって、十数年前ならすでにリュステルとユーステルの婚姻話って確定してるだろう?シーミリオン国が魔種化するにあたり国を閉ざしたのってそれより前の話なんだけどな。婚約してるのに恋文のやり取りなんかするかな?ましてや、キリュウ通して」
 確かに。
 なんだか変な感じがする。
「恋文なのはそんなに確定なのか?」
「うーん、少なくともミスト王子に関して言えば確定っぽい感じなんだがなぁ……いや、今はすっかり会わなくなったが、昔はその手紙のやり取りをするのに直接店にいらっしゃったりしたもんでな。俺らがミストラーンで受け取る手紙を本当に楽しみにしてるみたいなんだよ。たいてい、その日の内か最低でも三日以内に返事を書いて俺達に持たせるのな。取って返して俺達は北方ミストラーンに戻り先方に手紙を渡す。すると、数ヵ月後にまたお願いしますとキリュウって奴が、次の手紙を用意する期日を指定して来るんだ」
「間違いねぇ、ありゃ恋文だ」
「隠してるがあの王子の態度からして恋人宛てだぜ」
 船員達も笑いながらその話を肴に酒をあおっている。
「とすると……ユーステルは婚約者に黙って愛の文通を?」
「婚約者公認だったりして」
「どこまで変態なんだよキリュウの兄貴」
 確かにキリュウも散々変人奇人だって言ってたけどな。それにしたって妻になる人が他の誰かと愛し合っているのを、黙って黙認するような夫でいいのか?そんな冷え切った夫婦はなんか悲しいぞ。
 それにユーステルもキリュウも、リュステルの身を案じているのは間違いない。愛が無いのならあんなに心配はしないだろう。
「じゃぁ、ミスト王子とやらが一方的に言い寄ってる」
「ふむ、ありうるな」
 ユーステル、そういう時はきっかり断らないとダメだろう?男ってのは気があると思うといつまでも夢見る生物だからな!
「いやぁ、でもまだユーステル宛てだとは決まったわけではないのでは?」
 ナッツの言葉に俺とマツナギははっとなった。おっと確かに、ミスト王子から誰宛ての手紙なのかははっきりしてないんだった。推定ユーステルだろうってので盛り上がっちまったよ。
「確かにそりゃな、俺も相手の名前までは聞いてねぇ」
 ミンも苦笑し頭を掻いた。掻きつつちょっと真面目な顔になり酒を仰ぐ。
「しかし、手紙の渡し主は見つかったようだな」
「ああ」
 そう、これを誰に渡せばいいのか。
 実は色々意見が分かれてた所なんだよ。
 キリュウが持たせたこの手紙、間違いない。行き先は南国カルケードの王子、ミスト・RZ宛てでビンゴだ。
「ミン、王子との連絡って取れるか?」
「任せろ、何とかしてみせる」



 次の日の朝。当然と、二日酔いの朝。
「頭痛いですレッドさん」
「寝るに限りますよ、それは」
 そう返答するレッドはすでに襲いくる頭痛と格闘中で俺と同じく横になっていた。当然とテリーもその隣で死んでいる。
「明日の朝にはファイアーズに入るって云うのに、飲めないのなら無理しちゃだめだろ?」
 ナッツはそんな俺たちの隣で薬を調合中。本を片手に、なにやら乳鉢でゴリゴリやっている。その隣に置いてあるティーポットには鮮やかな赤い液体が抽出されつつあった。
「何、その液体」
「ロゼーラ。利尿効果があるから効くと思うよ」
「飲まないとダメ?」
 なんか、味がエグそう……。
「明日まで体調整えないとだろ?そんなに不味いものじゃないよ」
 そう言って濃い抽出液を舐めて、ナッツは苦笑する。
「蜂蜜と合わせた方がいいかもね」
 ナッツ、不味いんならマズイと素直に暴露しろ。

 しかしお湯で割ったこの赤い液体、それほど不味い代物ではなかった。

「ハイビスカスティーでしたか」
 レッドは安心した顔で赤いお茶を啜る。テリーは具合が悪そうに無言で同じく。ハイビスカスってあのハワイアーンな赤い花?世界設定が中世で薬草アイテムが普遍的にあるのに、割かしその原材料って身近なものだったりするんだな。
 さてはてナッツは、推定ハイビスカスティーを俺たちに配り終えると、作業を再開して乳鉢に怪しい粉末と、どろっとした赤黒い液体を垂らして親指大の団子に丸め始めた。
「もしかして、それも飲まないとダメか?」
「だって、液体とか粉の薬が嫌なんだろ?あんまり得意じゃないんだけどなんとか錠剤にしてみたんだけど」
 錠剤って、そんなデカい丸薬錠剤じゃねぇよ!
「頭痛薬と……成分的に胃の負担が大きいので胃腸薬も配合、効き目は保証する」
「うぐぐ……」
 苦しいときは四の五の言っている場合じゃねぇからな。神にも、元神にもすがる気持ちだ畜生。四苦八苦してその丸薬を咀嚼して飲み込んだ俺達。いや、結局デカすぎて飲み込め無いから歯で割ってやらないと喉通らないんだもん……。苦いのと舌が痺れる程の酸味を、ロゼーラティーで流し込んだ。
 それを見届けると、ナッツはアベル達の面倒を見に部屋を出て行った。

 そして入れ替わりに少々慌てたミンが入ってくる。

「悪い、死んでて」
 すっかり二日酔いの俺達に、構わないとミンは苦笑しつつすぐにその表情が曇る。
「何かあったのか?」
「いや、お前らの運んでる情報はどうも、ガチらしいな」
 どういう意味だろう。ミンは真面目な顔で椅子を引き寄せると腰をおろし、手を組んで言った。
「ミスト王子がフェイアーンに飛ばされてる様だぞ、フェイアーンつったらファマメント国、ディアス国との国境に近く、タトラメルツも目と鼻の先だ。最前線だぜ」
 俺は眉をひそめマグの中の液体を一気に飲み干す。
「自ら戦争の指揮を取ろうってのか?」
「まさか、王子はそんなお人じゃねぇよ。早速本国と通信してみたら近日中王子がフェイアーン入りするって話だったからな。もしかすると、お前らの事をまっすぐファイアーンに運んだ方がいいかと思って」
 レッド、俺あんまり地理に明るくないんですけど。と、視線で判断を仰いで見る。
「船はフェイアーンまで入れるのですか?」
「直接は難しいが、出来るだけ近くまで運ぼう。ここいらは俺達の心の故郷だ、コネはいくらでもある」
「確認しますが、ミスト王子は国王陛下と仲がよろしくないとか?」
「ああ、険悪だな……王の兄君が居なくなってから。何より王が乱心してる、王子はその頃から不遇の扱いだ。よく付いて行っているよ、可哀想な位だ」



 二日酔いで死んでいた日は大半をスキップ。
 ナッツの介抱のおかげか、俺はさわやかな三日目の朝を迎える事が出来ました。
 うーむ、朝日がまぶしいぜ!
「荒れるね」
 そんな俺のさわやかな朝を蹴り飛ばす、マツナギの物騒な声が届いた。甲板で伸びをしていると、マツナギが大陸を渡ってくる生暖かい風に長い髪を靡かせていた。
「何が、荒れるって?」
 マツナギは、深紅の瞳を空に向けていた。
「天気だよ、大気が不安定だ」
 こんなにすがすがしい朝なのに?太陽もあんなに真っ赤なのに。朝焼けは雨って、あれは日本のコトワザだったと思ったけどな。
 現在船は西と南を隔てる巨大な河、ワイドビヨンを遡っている。南方ではティラパティスとも言うらしい。両端が見えないほど広いワイドビヨン河を遡るのに、エイオール船でも一日掛かる。この巨大な河の中腹程にある港町がファイアーズなのだが、現在そこよりさらに上流へ遡った所だそうだ。似た発音の町が多くて困っちまうんだが、王子が派遣されてるという前線は『フェイアーン』だが、そこはさらに上流との事。
 広かった河幅も狭くなり、北側の対岸が霞んで見える。ミンに言われていた通り北側はほとんど断崖絶壁だ、当然上陸できない。接岸も難しいらしいからな。でもま、やろうと思えば転移扉やら飛翔魔法やらを行使して、強引に上陸する事もできるんだが。でも今の所そこまで状況切羽詰まってないわけだから、港があるバセリオンまで運んでもらう手はずでいる。
 バセリオンからフェイアーンまでは徒歩で二日は掛かる。だがそれは仕方が無い、出来るだけ早くミスト王子と合流するにはそれしか道が無いんだからな。
 その後エイオール船はすぐに、カルケードの港町ファイアーズに引き返してもらう予定だ。何、必要であればレッドの転移門が使える。こんくらいの距離なら魔力全部消費する心配も無く、転移魔法が使えるそうだしな。
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