異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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3章  トビラの夢   『ゲームオーバーにはまだ早い』

書の4後半 スウィート 『この病、○年来の大流行みたいです』

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■書の4後半■ スウィート sweet

 すぐに扉が開いて、アベルを抱えたテリーとアインを胸に抱いたマツナギが戻って来た。
「ばぁか、寝てろって言っただろうが!」
 アベルを残っているベッドに降ろしつつテリーが俺に怒鳴る。
「ナッツ程酷くはねぇみたいだからさ、ダイジョウ……」
「仕舞いにゃどつくぞ?」
 拳を固めて低く呟かれた言葉に、どうやら彼が本気で心配しているらしい事を俺は、ようやく悟る。
「分かった、横になるよ。いやほら、なんでこんなに個人差があるんだろうと思ってよ、……アベルもナッツもいきなりなんだろ?レッドは風呂上がってからとか何とか言ってたし、俺なんか……」
「にゅぅぅ……」
 と、なんだか良く分からない声を出したのは、マツナギに抱かれている小竜だ。力無くアインは首を垂れ、黒い大きな目を半開きにしている。
「人だけじゃなくドラゴンにも感染するなんて、酷いわぁ……」
 アインの呟きに、俺は真面目な顔でテリーに言った。
「……個人差……テリー、医者に伝えろ。俺はナッツほど酷くは無いが、街に近づいた頃から具合が悪かったって」
「何?」
「や、ただ疲れてるもんだと思ってさ、ここまで酷い事になるとは思わなくって」
 テリーは何か考えていたが、分かったと小さく頷いて部屋を出て行った。

 医者か……。すぐ近くに居ればいいし、何か対処がすぐに見つかればいいんだけどな……。

 マツナギはぜぇぜぇと苦しそうな息を繰り返す、アベルの足元にアインを降ろすと、氷水か何か貰って来ると言って部屋を出て行った。レッドやアインはまだ、俺みたいに意識があるみたいだが……アベルとナッツはどうだろう。苦しそうにきつく目を閉じて、荒い息を繰り返している。

 何かしてやりたいけど、何が出来るか分からねぇ。

 大体、自分もすこぶる体調が悪い。いつ自分もこんな風に身動きすら出来ない状態になるのか分かったもんじゃない。俺は起きているのを諦めて深いため息を漏らす。ようやく言われた通り横になろうかと思って姿勢を崩した所に、慌てたマツナギが部屋に戻って来た。
「大変だ」
「どう、したんだよ」
「宿の女将さん達もやられてる」
「何だって?」

 集団感染、なのはもう確定だが……俺達に限ってる訳じゃねぇんだな?街中に蔓延しようとしてるってのか?もしかしたら不謹慎だけど、俺は正直その現状にほっとした。

 それならこの苦痛は、異世界から来た異邦人である俺達だけに起こっている理不尽な障害じゃ無い。やっぱりどうやら何か原因のある体調不良なんだと、安心したって訳だな。
 とすると、個人差はどういう基準なんだろう?毒耐性……とかの問題か?

「マツナギ、お前もしかするとザル設定なんじゃねぇ?」
「え?何だって?」
 赤い目を見開いて驚いてマツナギは聞き返す。
「だから、アルコールに強い『のんべぇ』じゃねぇのかって」
「あ……あたしは、一応まだ未成年だよ」
 彼女はそう言ってから少し思い悩む。
「こっちの世界だと、……成年はしてる事になってるみたいだけど」
 俺はじくじく痛む頭の所為で、一瞬彼女の言っている言葉の意味を汲みそこねてしまった。でも反応せずにはいられない。たのむ、遅ればせながら突っ込ませてくれ。

 お前リアルで俺より背が高い癖に未成年だったのか!
 ……いや、身長は年齢に関係ありませんがね。

 ナイスボディなんだもん彼女。未成年?どの位の度合いの未成年なのかは知らんが、彼女の素晴しいボッキュボーンはこれからまだ十分に成熟を極める余地が在ると言う事か!
 むっはー!ああ、なんか俺って親父臭くねー?

 頭痛にやや混乱気味の思考に俺は、自嘲気味になって寝返りを打つ。すると胃の中身もぐるりと回り、吐き気がして来た。っても腹には大したもんは入ってない。いや、むしろ風呂上りロクに水も飲んでいなくて喉が渇いている位だ。今吐き出したら大半胃液だろうからな……そうなったら相当に辛い事になる気がして、俺はたまらず起き上がった。
「大丈夫?……落ち着き無いねぇ」
「喉乾いた……」
 俺は自分の喉を抑え、マツナギのちょっと攻撃性のある言葉をなんとか回避して呟いた。
「あ、僕も出来れば……」
「ストローも持って来て頂戴~」
 レッドとアインも俺に便乗すると、マツナギは苦笑気味に頷いた。
「分かった、氷はダメだったけど水なら汲んで来れる」



 冷たい水は探せなかったらしい。しかし、人肌程度の温い水は胃には優しく、おかげで吐き気も頭痛も少し和らいだ気がした。
 気がしただけかもしれないが、思い込みってのは結構重要なもんでな……。ちょっとだけ安心してしまって俺は、何時の間にか眠ってしまっていたみたいだ。
 マツナギがガーゼに水を含ませて、アベルやナッツの口を水で浸している様子を横目に見ていていつの間にやらだな。


 夢の中で夢を見る。
 取りとめも無い妄想がいつしか夢へ羽ばたく。

 でも、ちょっと待て?

 大体この世界を認識してるのだって、夢の領域だよな?それなのに、夢の中で夢を見る事はできるのか?


 俺は目を醒まし、反射的にベッドの隣に置いてあった時計を掴む。
 そしてそこに刻まれている『時』を見ようとする。やや、条件反射的な行動に何も疑問は抱く事無く、時計を気にする。窓の外から何か鳥の鳴く音が聞こえる様に思うのに、手元は暗く取り上げた小さな目覚し時計は暗くて文字盤が見えない。百円均一セールで買った安もののクオーツ時計が、カチカチと安物っぽい音を鳴らしている。

 秒針って、こんなにゆっくり刻まれるものだろうか。

 カチリカチリ、コツリコツリ。
 トクントクン、
 ドクン、 ドクン、 ドクン。



 耳元の動脈が波打つ音に俺は目を開けた。
 一瞬、何が起きているのか理解出来ない朝。眩しい朝日、これはそう、朝日だとなぜか確信して思う。見慣れない天井。梁が剥き出しの奥に、板の張られた高い天井。
 しかし起き上がった時には、俺は状況を思い出す事が出来ていた。見慣れないと一瞬よぎった不安を忘れ、感じた違和感を拭い去る。

 頭痛は?あの、昨日の頭痛は一体どこに行っちまったんだ?
 と思わず別の不安が湧き上がる程の快適な朝だった。


 絶好調だ。


「よぉ、起きたな」
 窓際のテーブルに蹲っていた人影が顔を上げる。丁度逆行で黒い影みたいに俺には見えるが、声からして誰なのかは判別するのは容易だった。
「ああ、何とも無いぞ……ていうか俺、いつ寝ちまったんだ?」
「治療が効いたんだろうな」
「お前、……まさか」
 俺は起き上がって、ベッドが全部占領されている状況に目を瞬かせた。見た感じマツナギは居ない。
 彼女はもう一つの部屋に戻って休息しているんだろう。
「あっちの部屋に俺が世話になるわけにはいかねぇだろ?」
 テリーは肩を竦める。ゲームの中とは言えいい年の男と女だ、そうね、そういう配慮は大切よねーと、俺は苦笑を漏らした。
 伸びをしてベッドから降り、裸足のまま床に足を付く。ひんやりとした石張りの床が気持ちいい。
 昨日具合が悪くて寝込んでいたの全く、嘘って位に快適な朝だ。俺は裸足でブーツを両手に掴み、テリーが欠伸を噛み殺している窓に足を向ける。
「まだ早朝、だな」
 差し込む朝日は弱い。太陽はまだ遠く山の向こう側にあるようだ。
「ああ、そう……みたいだな」
 と、更に欠伸を漏らすテリーに親指で、俺は自分のベッドを指した。
「いいぜ、どうせまだ起きるまで時間あるだろ?あそこ使えよ。俺は朝風呂でも堪能してくるわ」
「おう、じゃぁ使わせてもらう……。あ、そうそう」
 テリーはなおも欠伸を漏らそうとする口に手をやりながら、部屋の隅の方に指を差した。俺はその指の差す方へ自然と目を向けると……。

 見慣れない人物が壁によりかかって、シーツに包まって寝ているのを見付けたのだった。

 床じゃぁ冷えるだろうに、頭だけ覗かせてすっぽりシーツを体に絡ませて、足を折り曲げ縮こまっている『それ』は、今だ他の連中と同じく静かな吐息を漏らしていた。

「あれが医者だ」
「医者ぁ?」




 たまんねぇ、極楽極楽!
 俺は朝靄煙る朝風呂を堪能している。昨日は頭が痛い状態だったからな、どこか心の奥底からこの露天風呂を堪能していなかった気がするんだ。
 ちゃんと医者と捕まえる事が出来て、治療も施してもらって全員無事復活を果たしているなら、今日にも隣の町であるヘルトに旅立つだろう。
 こんな開放的な風呂を堪能できる機会は、もう無いだろうからな!
 恐らくリアルな事情でも。……いや、露天風呂は無いがスーパースパでなら開放感は味わえるに違いない。でもあれ結構高いんだよなぁ、初任給が入ったら絶対堪能しに行こう。

 などと密かに心に誓って、俺は何度目か分からない深いため息を漏らし、適温なお湯を胸のあたりで掻き混ぜる。鼻歌なんか歌っちゃうぞ?フフンフン~……
「やぁ、すっかり元気みたいだね」
 聞き慣れない声がして、靄の奥に随分背の高い男のシルエットが浮かび上がった。ひょろ長い雰囲気だが、テリー並に背が高い。
「お、あんた」
 静々とお湯に入る男は、鮮やかな程の緑色から黄緑色の髪を生やしたあの『医者』だった。
「いやいや、毎年これを堪能しにスウィートには来るんだがねぇ、全くキミ達も運が悪い」
 やたら長い前髪ですっかり目元が隠れている。大きな口は笑っていて、細長い手で頭の上にタオルを乗せながらため息を漏らした。
「ああ良いお湯だ。これでこの地区に『スウィート』さえ湧かなければ良いのだろうけれど……まぁ、湧いてしまったものは仕方が無い」
「何の話をしてるんだ?」
「キミ達が昨日掛かった病だよ。温泉と一緒に地表に湧き出して来るんだ、遥か昔にこの当たりに蔓延った病原体の一つでね……町の名前と同じ、スウィートと言うんだよ」
 俺は、呆れ顔で医者という緑色の男に身を乗り出す。
「病原体ってやっぱ、風呂が問題だったのかッ?」
 やや慌てて、思わずお湯から立ち上がっていた。しかし、男はひょろ長い手を軽く振ってヘラヘラ笑う。
「大丈夫だよ『薬』が効いている間は安全。それにこの『スウィート』は、この近辺地域でしか猛威を振るわないんだ。おかしな病原体でね。ああ、だからこの辺りでは呪いだとも言われているくらいさ」
「呪いだぁ?」
「そう、」
 男は温泉のお湯で顔を洗い、濡れた前髪の間から鮮やかな緑色の目を俺に向けたが、すぐに背を向けてしまったた。俺は再び静々とお湯の中に沈む。立ってると寒いからな。
「一部の魔種を殺そうとする、呪いだとね」
「……テリーが無事だったのはまさか、純西方人だからか?」
「ああ、そうだよ」
 男はあっさり俺の言葉を認めた。
「スウィートはね、西方人には無毒なんだ。だから西方人から分岐している魔種にも無毒だね。貴族種はたいてい西方人から出た鬼種が元だから、同じく害が無い。……逆に、古代種に対しては圧倒的な毒性を発揮する。……呪いは、新人類から旧人類に向けて贈られたものなのかもしれないね」
 医者っていうのは、古今東西難しい事をペラペラ喋るもんだろうか。少なくとも俺が持っている医者に対するイメージを、こいつは裏切っていないな。精一杯俺にも解かる様に話をしたのか、それとも理解されない事を前提にグチを漏らしているのか……。

 多分、後者と見た。

「で、あんた何者だよ?いや、俺も含めて所帯の面倒見てくれた事は感謝するけど……」
 それにしたって偶然医者がこの町を通りかかるってのも、出来すぎている。
「キミ達はついでだよ。やぁ、数年来の大流行だね、普段はこんなに酷い状態にはならないんだけど。少しでも外部の血が混じった者に、等しく牙を向くとはね。こんなにひどい年は僕も初めてだ」
 何しろ僕も酷い事になってた、お蔭で変な所で寝ちゃってさぁと笑っている。なぜかそれを楽しそうに語る医者の男。んー……何か引っかかる物言いをするな、こいつ。
「季節も若干早いのに、とりあえずは間に合ってよかった」
 そういえばここの温泉町、この時期は休閑シーズンだって話だよな。それでも温泉は湧くから煙突からは変わらず湯気が立ち昇っているが……客は確かに殆ど、居なかった。ゼロではない様だったな。
 この医者、毎年スウィートに来るような話をしている。
 町と同じ名前の病原体とやら『スウィート』が猛威を振るう時期にあわせて姿を現すって事か?

 とりあえず、呼び掛けるのに不便だから名前を聞こう。

「俺は……」
 まず自ら名乗ろうとすると、濁り湯をぴちゃりと撥ねながら男は俺に向き直って先手を打つ。再び、顔は半分長い前髪に隠れてしまってるな。
「ヤト君だろう?僕はグランソール・ワイズ。説明はしたけど君の連れの二人は上手く理解してくれなくてね、僕はヒーラーじゃなくて、シーラーなんだけど」

 ヒーラーは治療する者。
 じゃぁ、シーラーは何だ?

 何だろう……必死にその言語の意味を思い出してみたが、そろそろその事実を諦めかけて来たが『田舎者の辞書』には当然そんな言葉は載って無い。
 ましてやリアルな俺の知識にも、シーラーなるもののイメージがいまいちつかめないんだが……。いや、若干悩んだ後、少しだけ手がかりを見つけた。

 シーラー。

 はいはい、昔スーパーでバイトをやってた時に野菜を詰める作業をやりまして、そこにシーラーなる物体がありましたね。ピーマンなんかを袋に入れてだな、パクっと開いた口を合わせた所をかみ合わせて、セロハン部分を熱で接着する……形やサイズは色々あれども、あの機械が確かシーラーだったはずだ。
 シーラー、シーラー……何でシーラーなのかその時は特に考えなかったが、よくよく考えてみれば意味が見えてくるぞ。
 要するにあれは蓋をするという装置なわけだ。
 封をするという意味。思えば裏に粘着質な物質がコーティングされている『シール』というのは、手紙なんかに封するための『蜜蝋』からヒントを得たであろうアイテムだ。今じゃ蜜蝋で封をした書類なんか何処を見渡しても無いだろうが、蜜蝋封仕立ての封印シールだったら雑貨屋で見た事がある。
 大体蜜蝋封なんてのは西洋文化のものであって、俺達の『世界』である日本じゃ馴染みの無い代物だ。
 日本では包むという文化は発達しているが、封をするというのは西洋ほど発達してないようにも思える。禁止して押さえ込み外に出さない様にするのが、いかにストレスなのか分かってるみたいに……大概、悪い事した人も神も妖怪類ですら、時に神聖化して社を作ってその荒ぶる御霊を鎮めようとするってんだからな。
 その話を何かで読んだ時、俺はつくづく日本ってのは変わってる文化を持ってるよなぁと思ったもんだ。
 なんでそんな知識があるかって言うと、まぁなんだ。当然と、これがゲームに関連した事だったからだな。
 ゲームに神やら悪魔やらが沢山出てくるシリーズがあるだろ?より強い仲魔やら新種やらを配合……良く考えると偉い罰当たりな行いだが……するのに、属性なんかを調べて行くとだな……自ずとそれ系の本には手が伸びちまうもんなんだよ。
 などと余計な想像をしつつ、俺はようやくヒーラーとシーラーの違いに見当をつける事が出来た。
 ひょろ長い手足をした、緑色の髪のグランソール・ワイズ。どっちが名前なのか微妙だな?どっちで呼ぶか迷った挙げ句、本人のえらい軽いノリを重視して短い方にしてみた。
「もしかして、何かを封印するとかいう職業なのか?ええと、ワイズさん?」
「うーむそうか、敬称つけて呼ぶとやっぱり敬称はつけて呼ばれちゃうもんだよねぇ」
 しかしワイズはすっとぼけた返答をすると、ちょっと困ったように苦笑した。
「長らく公族相手にしてたら何だか癖がついちゃったみたいだね。ハハハ、ごめん、ワイズでいいよ。坊っちゃん達からもそう呼ばれてるし。僕も君の事、ヤトって呼ぶから」
「……は、はぁ」
 何だか一気に気力が萎えるな。

 何か調子が狂う事ばっかりなんだけど、それって俺の気の所為?もしかすると、ゆっくりまったりの温泉効果か?
 温めの離れ浴槽にゆっくり浸かって段々と昇り始める太陽を見ながら、俺達はたわいも無い会話を続けた。
 目を覚まし、起きた時にはまだ地平線の向こうに在った眩しい輝きは、徐々に天を目指す。などとちょっと詩的に言ってみたりしてな。ははは。
 日差しが湯気の合間に差し込むように入り込んだ。長い煙突の影から、輝く太陽が覗き込んだのを見て俺は眩しく目を細める。

「しかしシーラーをもってしてもこの、『スウィートの呪い』はどーしようも無いってのか」
 長風呂の間にすっかり打ち解けて俺は同じように、眩しい太陽を見上げていたワイズに聞いた。
「ああ、何年前の『呪い』だか知らないけれど、未だにその爪痕が残るというんだから相当に力のある存在が作ったのだろうね」
 ワイズの話ではこの呪いとも呼ばれるスウィートの病は、長らくこの地にあった歴史が見受けられるそうだが、温泉とともに近年復活したものだと言う。っても人間にとっては全然近年じゃないぞ、どうにもワイズは何かの魔種だな、アベルみたいなイシュターラーか?だとするなら人間の倍以上の寿命があるはずだが……とにかく。
 この町に残された呪いの原因は、湧き出したお湯……というわけではないのだそうだ。お湯もそれと一緒に出てくるけどお湯止めれば収まるという事でもない。
 その呪われた……近代的な言い方をすれば病原体に穢れた……いや、それもなんか変な感じがするな……。ワイズの話を聞いているとどうも俺達が掛かった病気は、病原体だなんてナチュラルな物じゃぁ無い気がしてくるんだ。この世界、ファンタジーだからちょっと世界観をぶち壊す様で申し訳ないが……俺がピンときた言葉はこっちだな。

 土壌汚染。

 悪さをしているのは呪いじゃない、病原体じゃない。恐らくは複雑な人工的な化学物質と見る。
 でもま、理解の仕方によってはそれは魔法にも見えることだろう。その複雑な化学物質の立ち振る舞いはまるで真菌類みたいに見えるって話もありだろうな。もう少し、ファンタジーじゃなくてサイエンスフィクションな切り方をして言えば、俺達が掛かった症状は一種のアレルギー症状に似ているんだ。
 ワイズが言うに、新人類と呼ばれる人種である西方人にはこれらに対する絶対的な耐性があるらしい。というよりも、何も悪さをしないというのが正しいのか。
 逆に具合を悪くした俺達は旧人類に近くてそれで何らかの反応を起こしてしまう。ワイズ曰く、その反応こそが旧人類と呼ばれる系統が持つ根本属性だとか。根本属性とか、何か良く分かんねぇけど……この場合の属性ってのも、言い換えれば遺伝子って事なのかもしれないなぁ。
 レッドやナッツなら、今俺が思いついた事くらいは普通に連想するだろう。何しろ俺が思いつく位だからな。きっとそうだ。


 さてな、そんなこんなですっかり長風呂しちまった。そろそろ上がろうかな。そういや昨日夕食を食い損ねたからはらぺこなんだよ。宿屋の人たちも何人かスウィートにやられたらしいが、俺がこの通りなんだからもう復活しているに違いない。
 治療で施された『薬』とやらは、今やこの地域全体に効いている。
 『薬』とはすなわち封印師ワイズが、この地全体に施す『封印』だ。年に一度、スウィートを封印してやらないと行けないらしい。いっそお湯も出ないようにするのが呪いの規模を最小限にするには一番良いのだそうだが、ワイズに限らずここの温泉の事を気に入ってる奴らが沢山いるらしい。無くしてしまうには忍びない薬湯ってわけだ。
 毒は転じて薬にもなる、良薬口に苦し、毒を持って毒を制す?毒を食らわば皿までも……?ん?なんか間違った連想ゲームをしてしまった気配。まぁいいや。
「傷、」
 湯から立ち上がった所、ふいとワイズが呟いた言葉に俺は振り返る。
「何だ?」
「綺麗に治ってるけど安心してはいけないよ」
 俺は驚き、ギルに斬られた肩口の傷に手を当てていた。
 ナッツの処置には脱帽だ、傷が残る事は覚悟したが、前に鏡越しに目を凝らしてみたが傷がある事なんか分らない位綺麗に治っている。勿論触れてもそこに違和感は無い。

 それなのに。なぜか、ワイズは俺の肩口にある傷を見抜いた。
 ……いや待て、傷とは言ったがどこの傷だとは一言も言ってないぞ?

 俺は墓穴を掘ったと知って苦笑し、慌てて肩に当てていた手を下ろす。ワイズは微笑して、長い前髪に隠れた顔を遠くの景色に向けて呟いた。
「肉体の傷は癒えるとも幽体、ひいては精神の傷は下手をすれば一生残るものだよ。ヒーラーを以ってしても決して癒せず、シーラーを以ってしても封じ切る事のできない事実だね」

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