異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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2章 八精霊大陸第8階層『神か悪魔か。それが問題だ』

書の5前半 怪取引き『もしかして、アタリルート?』

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■書の5前半■ 怪取引き odd business 

 船の上で俺たちはレッドやナッツから、世界についての知識を説明された、
 ……らしい。

 らしい、というのはアレだ。例によってスキップが入ってな、実感は湧かないんだが、気が付けば頭に知識が入っているんだから、何故だと『思えば』説明受けたからじゃねぇかという結論が出てくる。

 まず、今乗ってる船の事。

 AWLでオウルとも読むらしいが、もっぱらエイオールと呼ばれているこの船は、ココの世界で最も自由な航海が出来る最強の船の名前らしい。船の名前であり、組織の名前でもある。
 とは言っても、軍艦じゃぁ無ぇんだ。
 ただ航海速度は世の中にある船の中で最も速いという。そして何より肝心なのが、この世界の全ての海を自由に航海できるって事だな。
 なんでも潮の流れや風の向きにより、船っていうのは海上を自由自在には走れないらしい。
 よくはわかんねぇが、中世程度の文化とされるファンタジー世界では、動力は風か、人力か、設備によっては魔法技術に留まるわけだしな。蒸気機関や、原子炉積んでる訳じゃねぇ。などと冗談飛ばしたら、この船に限ればそれに近しいものがありますよ、などとレッドが言いやがった。
 なんとこの船は、世界にある術の上限を超えた、こっちの世界にとって見れば相当に未知なる船なんだそうだ。
 なんでも、風向きに逆らって『真っ直ぐ』進む事ができるらしい。本来外海……オーバーシーと呼ばれる、世界を取り巻く巨大な海を渡るには、一般的には東に向けてしかルートが無いそうだ。常に吹いてる風の関係で、西に向けては船が進まないんだと。

 そこん所現在進行形で見事に世情を裏切って、この船は『西』に向かってる。
 そういう事が出来てしまう、世界で唯一の船、って事らしい。

 あと、国の主張するハイタテキケイザイスイイキ、的な……要するに各国が主張する近辺の海の支配の度合いによっては航行が制限される場合もあるわけだが、最強の船にはそれが通用しない、っていう意味もある様だ。

 見上げれば、帆がすっかり畳まれている。それなのに船は白波立てて航行していると言う有り様。
 かといって巨大な船の側面からオールが出ている気配も無い。明らかに、スクリューか何かが付いてると思われる。そしてその何かをを動かす動力がどっかにあるはずなんだよな。

 そんな船を窺っている俺の様子を見たらしい、一階上の階層にある船長室から、ミンジャンが大声で呼ぶので驚いて振り返る。
「どうした、ヤト。風が強いだろう、」
「ああ、この船、完ッ全に風に逆らって進んでるよな」
 すると、上がれよとミンジャンが手で示す。俺は誘われるままに船の中に戻り、船長室にお邪魔する事にした。

「ここに上げるのはSランクの客だけだぜ」
「え、いいのかよ。ランク登録は仕事終わった後だろ?」
 ランク、そう、ランクについての話も聞いている。

 エイオール船は梟船と呼ばれているが、これはこの船を創設した人の名前に因むらしい。創設した者の名は確か、アウル、だったかな。で、そいつは元々情報屋をやってた人で、その仕事をでかくして、世界各地の情報を取り扱う一大ネットワークを築いたんだそうだ。
 ミンジャンはその何代目っかの後継者ってわけだ。
 エイオール船は一般の仕事は受けないし、一般にはその情報を開示しない。
 利用するには必ずエイオール側から顧客登録されないといけなくて、しかもその登録方法というのがエイオール船社長からの招待に限るらしい。

 ……なんだか、ブラックカードを持つ仕組みたいだな。

 エイオール船で客を選ぶって事だ。誘致されてないと、その膨大な情報を開示しないし、仕事も引き受けない。
 で、登録された客のランクってのがあって、当然Sってのは上客の意味だ。
 多分、良い意味でのブラックなクラスで間違い無い。

「いいんだよ、お前等みたいな冒険野郎と組めれば、俺達も情報を運ぶ甲斐があるってもんだ」
 船長室は……一見すると普通だ。舵があって、あとは各種部屋へ通じているらしい連絡用のパイプがいくつも付き出ている。中央にしっかり固定されたテーブルには海図が貼られ、コンパスが揺れていた。
「この船はな、鋼で出来てる」
 ……と、言われても。
 俺がリアル普通に思い浮かべるのはどデカいコンテナ船だ。ありゃぁ、普通に鋼だぜ?
 だがしかし鋼という割に、壁も床も年季の入った木で出来てるが……。俺が壁を眺めた様子を見て、ミンジャンはテーブルに座って笑った。
「鉄壁の上から、木の板を張ってんだよ」
「へぇ、……そりゃまた、なんで」
「鉄の船だってのを隠してンのさ。今だに、この船の原理を手に入れようと無駄に追っかけてくる国もある。国によってはその所為で、海賊扱いされてるな……俺の先祖は遥か数千年前、この鉄の船でエイオールを組織した」
 数、千年?
 おーいおい、そりゃぁちょっと時が立ちすぎじゃぁないか?幾ら鋼でも海に浮きっぱなしじゃ、そりゃ腐食して、朽ちるんじゃねぇの?
「疑問だろ、俺も相当に不思議だな。だがそれもそのはず、この船は強力な魔法によって守られている」
 そう言ってミンジャンは、そこだけ釘の打たれていない、床板を一枚外して見せた。
 するとそこから黒く安定した鋼の床が覗く。そこに、ぼんやりと浮かんでいる青い紋様に俺は目を眇めた。
「何だ?」
「この船の一面に、こういった魔法の模様が書いてあるんだな。おかげで、鋼なのに鋼以上の強度があり、尚且つ錆びず、滅びない。俺たちを追いまわす連中はこの魔法技術が欲しいらしいな。……だが、渡すわけには行かねぇんだ。誰にも、魔王にもな」

 ははぁ、その言葉にピンと来た。
 海の上向かうところ敵無しの、最強の船。その最強の船もが恐れる、今世界を裏から揺るがしている謎の組織、魔王一派。情報屋としては、この魔王一味についてもそれなりに把握しておきたい所なのだろう。それで魔王との取り引きにも応じる事にした……今回の彼らの仕事とは、そういったものに違いない。
 だが同時にこの船が狙われているのだという意識が、ミンジャンにきっとあるのだ。
 国によってはこの船の技術を得ようと、海賊船に指定して追いまわす所もあるという。魔王一味も、この『トビラ』世界においての完全規格外、俗に言えばオーパーツ、とにかく凄ぇ魔法の船を目の前にただ手を咥えて見ているだけのはずが無い。奴らの目的は良く分かんねぇけど、俺が知ってるRPGな魔王関係者は、魔王近辺が求めていなくてもその周辺が、彼らに取り入る為に何かスゲェ事を手土産にしたがるものだ

 情報屋と魔王一派。

 これらは互いに引き合い逢ってて、そして今回が初ランデヴーって所か。
 いやまて、もう少し深く考えられねぇもんかな……そう、例えば。

 魔王一派は割りと陰湿な手回しをして、悪事を働く事もあるって聞いたな。陰でどこまで魔王一派の手が届いているのか、西では戦々恐々だって話だ。
 つまり世界の情報を扱う一大ネットワークであるエイオールを、裏から支配できたならどうだろう。

 魔法の船を手に入れるより、もしかするとそれの方が魅力的じゃないか?

 とすると、なんでそんな重大かつ危険な取り引きに、エイオール船本体ともいえる船長にして総責任者、ミンジャンが立ち会わないといけねぇんだ?

 俺がそんな疑問にぶち当たっているのを、俺の表情から察したのだろうか。ミンジャンは床板を元通りに嵌めなおし、立ち上がって肩を竦めた。
「疑問は分かるぜ、なんでエイオール本体であるこの俺がその場に出向くのか?だろ」
「あ、ああ……」
「当然と、この船を動かせる人間が俺だけだからだな」
 そう言ってミンジャンは舵に近づき、それに手を掛けた。
「この船を作った奴と、俺の先祖は約束したんだと」
 海原を見渡せる広い窓の外、空を見上げてミンジャンは静かに語る。
「ツュパッター家が続く限り船の魔法は生きるが、その志が絶えた時、船は滅する……。エイオールがアウルの意思を継がねぇ時が来たら、それがこの船の最後ってわけだ。で、俺の祖先が迷惑にも」
 苦笑して肩を竦めてミンジャンは俺に振り返った。
「生涯現役ってのを宣言しててな。俺は後継を見つけるまで、船を降りれねぇのよ」
「ミンジャンが乗ってないと、走らない、とか」
「ああ、まさしくその通り。融通の利かない船だぜ、とか祖先も散々漏らしてるらしい。何でも、作った奴からしてそういう頑固な所があったらしくてな」
 ふぅむ、じゃぁ……船を奪われても、船の魔法技術は敵に……渡らない?
 ―――追い回し、その技術を我がものにせんとしている奴等を敵、と言っていいならば敵……な。『敵』に万が一奪われてもその途端、船は魔法の力を失うって事じゃぁねぇのか、それ?
 ならエイオール船は、必死に逃げ回る必要は無いし技術が流出する事を恐れる必要も無い訳だ。

 だがしかしまてよ、そんな楽天的でいいのか?

 ミンジャンは、この船は誰にも渡さない、と深刻な顔で俺に告げた。それは船や、エイオールを案じた言葉じゃぁない。ミンジャンはきっとなんだかんだ言いつつもしっかりと、祖先の志って奴を継いでいる情報屋なんだ。
 ここでエイオール船を潰すつもりは更々無いと、つまりそういう事だな。

 一瞬楽天的に考えた俺だったが途端、今回の護衛が責任重大である事をしっかりと感じ取った。
 失敗は許されない、ぎゅっと、胃のあたりを掴まれた様な重圧。だが、それくらいの緊張感は無いとな。

 ゲームだし。
 ……。
 俺はそう思って、酷く違和感を感じていた。

 ゲームだからとそうやってこっちの世界の事を考えず、ただ俺自身が楽しむ事だけを前提に、そんな事を感じていいのだろうか。俺はこの世界もといこのゲームを全力投球で楽しむ為に、ここがバーチャルな事など忘れる勢いで同調すべきだと、そう思っている。思っているのにいつしかそういう事を考えている。

 八精霊大陸、と呼ばれるこの世界を旅する、田舎出身の戦士ヤト。
 少々熱血、猪突猛進。世間知らずだけど、いずれは名の知れた戦士になる事を目指している……。

 俺は、
 ゲームだからなどと考える俺は、戦士なヤトじゃない。
 リアルの、現実の、サトウハヤトだ。

「大丈夫、俺たちが絶対にエイオール船を守る」
 ミンジャンにというよりは。俺は、どこか自分に言い含めるようにそう誓っていた。
 もちろん、そうだと信じているとミンジャンも無言で頷く。

 確かにこれはゲームだろうが、ゲームである事は俺達『トビラ』の向こうの人間の都合であって……『トビラ』のこっち側の者達には関係のない事だろう。
 それなのに、勇者ご一行は『ゲームだから』などと、物事を楽観しちゃぁまずいだろうな、うん。ゲームだろうとなんだろうとこっちの世界にとって、ここは紛れも無いリアルだ。
 郷に入らば郷に従えって、良いことわざもある。



 風に逆らい進む魔法の船の上、俺はそんな決意を新たにまだ、陸の見えない果てしない地平を見やった。再び甲板に戻ってちょっと落ち着きなく、荒れる海を見ている。

 うねる波に低い雲。果てしない向こうに広がっている僅かな隙間。

「嵐が来る」
 突然聞こえた声に、振り返ったらマツナギだ。長い銀髪を風に舞わせて、ブラッドレッドの瞳を真っ直ぐ前に注いでいた。
「分かるのか?」
「そう、みたいだ……メージンが言っていた。貴族種は稀に精霊干渉力に近い特殊能力を備えているとかで、それが人間種や鬼種などより高い能力を貴族種が備えている理由なんだそうだ」
 RPGに疎い筈の彼女だがそれなりの、こっちの世界での基礎的な知識はしっかり補完されてるな……。
 思い出すコマンドは偉大だ。
「精霊干渉能力か……かなり、希少な能力らしいよな」
 ちなみに、これが俺の思い出せる情報の限界な。
「かなり限定的にしか干渉できないみたいだけどね……不思議だな、まるで天気図を見ているみたいに分かる」
 そう言ってマツナギは空を指差し、何かをなぞるように空中を描く。
「風の流れ?気圧の波、それとも温度の差、だろうか……乱れた空気が目に見える、感じられる。それが海の波のようにうねりだしている」
 そう言って更に空を見上げたマツナギは、呆然として灰色の雲を見つめた。
「上空に、発達していく雲を感じ取れるんだ」
「そりゃヤバいな、積乱雲か……」
 そうこうしていたら船員達がぞろぞろと上番に上がって来て、なにやらロープを引っ張り出し慌ただしく行き来し始めた。一人が、確か副船長とかいう人が俺達に気が付いて近付いてくる。
「風向きが変わった、嵐が来る」
 俺はマツナギと目線だけ交わし、そうだろうと頷いた。今マツナギが予言した通りだ。
 と、嵐が来るってのになぜか船員達、畳んでいた帆を張り出し始めるじゃねぇか。
 おいおい、普通は嵐の時は、帆は畳むんじゃねぇのか?
「追い風になる、一気に距離を稼ぐんだ」
 副船長のラガーはそう言って、にやりと笑った。
 ふぅむ普通じゃない航行も、最強の船エイオールだから可能って事か?
 ビールの名前みたいな副船長は、誇らしげに広げられる帆を見上げた。
「ただ、ちょっと揺れるのが難点だがな」
 俺は苦笑して、マツナギと一緒に甲板を降りる事にした。

 そうそう、どうやら平衡感覚にマイナスを取っちまった奴がいるんだよなぁ……。


「くそ、俺とした事が」
 船室に戻るとまだやっぱりテリーが横になっていて、散々グチを溢していた。
「何なんだお前?船酔いするマイナスアビリティを取ったとか」
「そうじゃねぇ、元々乗り物が苦手なんだ」
 苦しそうな表情で、眉根を寄せてテリーは寝そべったまま自分の額を抑える。
「自分で運転する分には問題ないんだが、他人の車だと酔っちまう」
「ある程度、本人の特性を忠実に表現してしまう事もあるようですね」
 レッドが物珍しそうに見ている、と。
『ええ、リアルでの特性がトビラ内で働いた場合、それが即座にキャラクターの特性として認識されます。よってテリーさんは乗り物酔いマイナスアビリティを獲得していてその分、経験値がプラスされていますよ』
 メージンの声にテリーは深く溜め息をついた。
「くそ、こんな事なら乗り物酔いに強いって特性でも先に取るんだった」
「いいじゃない、それぞれ得意不得意はあるものよ」
「そうです、僕が弱視を取っているようにね」
 俺は意地悪に笑って、自分のベッドに腰を下ろして教えてやった。
「これから嵐だとよ、風向きが変わるから帆を上げて一気に距離を稼ぐんだと。まったく、無茶な船だな」
「おかげで酷く揺れるそうだよ」
「おいおい、マジかよ」
 マツナギの同情を含んだ言葉に、テリーは案の定落胆している。
「おいレッド、乗り物酔いに効く魔法とか無いのか?」
 と、レッドはなにやら真剣に考えている。
「そうですね……少し考えてみましょう」
「おお、頼むぜマジで」
「いや、そういえば僕も乗り物酔いをしないという自信は無いな、と思いまして」
 その言葉にはたと一同顔を上げる。
 アベルが腕を組み、俺やナッツの顔を伺う。
「そうね、一応そういうのには自信はある方なんだけど……私も船経験はそれほど多くないし」
「あ、僕は問題なしだよ」
 と、ナッツ。ドラゴンのアインも、こくこくと小さく頷き自分もそうだと主張した。
「空を飛ぶから、ですか?」
「そういう事だね」
 ナッツは有翼族で背中に羽が生えてるし、アインは子供のドラゴンで、テリーの肩に乗っての移動が多いが、彼女自身でパタパタ空を飛べる。
「あんたは?」
 俺か?
 俺は不敵に笑って腕を組む。
「実は騎乗スキル持ってます」
 へへん、その関係で平衡感覚は強い設定なんだ。
「まぁこのまま船で弱っていられたら、いざという時前衛が減るのは困るしね。僕も何か方法が無いか考えてみよう」
 そうだな。もしかすると海を越えた先、シーミリオンで強敵と戦うハメになるかもしれない。なんだか左右へ船が揺れる感覚が大きくなってきた気がする。帆船に、しかもこんなに揺れる船に乗ったのは当然、俺はリアル的に言えば初めてだ。
 だがこちらの世界の俺は、何度も海を渡る度にお世話になっているんだよな。
 別段珍しい経験じゃないんだが、現実的な事を認識しようとする俺の意識が、この経験は初めてだと訴えている。
 ゆっくりとした動きのジェットコースターみたいに、上下、左右に揺れる船体に俺は何と無くベッドに腰をお下ろしたまま天井を仰ぐ。

 バーチャルとリアル。
 その差が、なんだか曖昧になってきた気がするな。




 いやぁ、揺れたなぁ。

 結局寝ちまうのが一番だって事で、船酔いとその予備軍達には睡眠魔法が施されましたーと。
 テリーに、レッド、アベル、マツナギも一緒に、たとえベッドから投げ出されても起きないくらい強力な魔法を掛けてしまうおうと、そういう事になったらしい。
 このエイオール船が何十世紀も沈まない不屈の魔法船だからいいとして……フツーの、沈没とか転覆とかいう危機が付きまとう奴だったらどうすんだよ。
 そのまま海の底に沈んで永眠すんぞ?
「まぁ、その時は僕が覚醒魔法を」
 てゆーか覚醒魔法をかけないと本当に永眠しそうな勢いだよ、レッドの魔法強力なんだもんなぁ、はははは。
 などと、ナッツは気楽に笑っているんだが……。
 そんな魔法を平気で自分含む仲間に掛ける、レッドもレッドだ。
 まったく。
 だがしかしエイオール船はそりゃぁもう揺れに揺れまくったが、沈没や転覆する事もなかった。元々、こういう乱暴な航海が多いのか?

 ……柵のついた狭いベッドで、俺は爽やかな朝を迎えていた。

 っとと、立ち上がったらなぜか足元がふらつく。
 そういえばなんだか体がフラフラする。流石に揺すられっぱなしだと、具合は悪く成ってないが、三半規管は酔っている様だ。

「長いこと揺れたわねぇ、あたし、何度か床にずり落ちちゃった」
 床で眠そうに欠伸をする小竜は、ちょっと憤慨したように羽をばたつかせている。
 ああ、アインは7匹目に数えられちまってな……ベッドを確保できなかったんだ。元々ここ六人部屋だし。それでアベルのベッドの足元に丸くなってたんだが……ちょっと彼女には狭かったみたいだな。
「なんか体がふわふわするぜ」
 眠ってる間も脳味噌は揺れてた所為だろうか?……前言撤回。揺れてるように騙されている所為だろうか?だな。
「ふあ、おはよう」
 と、うつ伏せに寝ていたナッツが寝ぼけ眼で体を起こす。うつ伏せなのは……背中に羽が生えてる有翼族だからだ。寝苦しくないのだろうか?
「平和な朝だなー……セーブってあったのかな?」
「うーん、」
 ナッツは長い髪をぼさぼさにして、頭をぼりぼり掻きながら暫く唸っていたが、ふいとその眠そうな半開きの目を俺に向ける。
「セーブとか、そういう事を言えるという事は、スキップじゃない」
 俺は眉を潜める。そりゃそーだ。スキップ中には俺らの意識なんか無いじゃねぇか。
 こいつ、寝ぼけてるな?
「……当たり前か」
 一人結論を出してナッツはようやく完全に起き上がり、立ち上がって伸びをする。ついでぶわりと背中の羽が逆立ち、空気を含んで膨らむ様は猫が毛を逆立てているみたいだ……なんか、面白い。
 で、どうすんだろうと様子を見ていたら、当たり前の様にその膨らんだ翼の毛づくろい?らしき行動を始めた。
 背中の肩甲骨の下あたりからもう一組腕が出ているように生えている大きな翼の根元あたりに手を伸ばし、そしてしごくように羽を撫で付けて整えていく。
「それって、アンジェラーの朝の儀式みたいなもんなのか?」
「え?」
 ナッツは驚いて目を瞬かせて俺の方に振り向く。多分、今正しく覚醒したっぽいぞ。
 背中に羽があるため、彼の下着は俺が今着ているものとは若干違っている。首で紐を結んで背中は丸出し、そう、鉞担いだ金太郎~みたいな前掛け風。
「あ、これか……うーん、無意識だったけどそうだね、猫の毛づくろいみたいなものみたいだ」
 ナッツは苦笑し、作業を再開した。
「油線が羽の付け根にあってさ、それで羽を整える。海上だからね、しけって羽が重くなるし、万が一海に落ちて飛べなくなるのは嫌だから念入りにしとこうかと」
 ふぅむ?つまり、その油を塗る量により雨を弾いたり、水に落ちてもずぶ濡れにならないようにできるって訳か。奥が深いなー。
「それはいいけど、先にあいつらを起こしてやれよ」
 俺は、今だ死んだように眠りつづける他の連中を指差して言った。
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