ドランリープ

RHone

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2章 R Rent Normalization

-2- 『必要とされ無い者の末路』 後半

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 そうやって2時間近くは歩いたと思う。
 進めた距離は、さほどでもないようだ。ゴミの山を沢山迂回して蛇行して来た。でも着実にゴミ山は降りてきたと思う。ふいと、淀んでいた空気に僅かな流れを感じる。疲れ切って足元しか見ていなかった顔を上げた。
「今の、」
「ああ、風だ……熱風だなぁ、なんかヤな予感」
 私には、それが少し懐かしく感じた。故郷の、旱魃気味の頃吹く風によく似ている。ニホンに来てから水分を含んだ生暖かい、ねっとりとする風が吹きつける事に不快感を覚えた事もついでに思い出していた。
「やけに空気も乾燥してきたわね」
「ん?あれ……お?」
 先頭を歩いているディザーが奇妙な声を上げて、無駄に足踏みをして見せる。
「どうした?」
「ちょ、見てくれ、これ!」
 大きな粗大ゴミ、なんだろうな、キャビネットかな?その上からディザーが立っている所に私たちは次々と飛び降りる。
 途端変化が私のも分かった。足下で、今まで無かった感触を確かに感じられるんだ。クオレがライトを近づけてしゃがみ込む。そこには……砂に覆われた地面があった。
 相変わらずゴミは散乱しているけれど間違いない、砂だ。
「これは、」
 クオレは、驚いて足下の砂を手に取って立ち上がる。手元からは細かい砂が流れ落ちていた。
「……どういう事だ、ここまで乾燥した砂が地下にあるものだろうか」
「ようやく山を下りたって事だろ、地面だ、ゴミ山じゃない。これで休憩が出来るぜ!」
 ディザーも口には出さなかったけど疲れていたんだ。私も、実はへとへとだ。息が上がってる、でも空気を吸うのが辛い。
 一同の状況を見渡し、クオレは小さくうなずいた。
「ふむ、そうだな。とりあえずもう少し進んでみようか」



 砂で固められた地面はゴミ山よりかは随分歩きやすかった、でもそれもゴミが散乱した所まで。

 数十分も歩かないうちに足下は細かい砂だけになってしまった。
 こうなってしまうと地面は不安定で一歩一歩が砂に埋まり、重心を取りにくく不安定でゴミ山を歩くのと同じくらいに大変だ。
「ゴミ山は、抜けたな」
 気が付けば汗が吹き出してる。暑い、吸い込む空気に嫌な匂いは無くなったけれどあっという間に口内の水分を奪う程に乾燥している。
 砂場に座り込んで休憩となった。時間配分として今日はこれ以上進まない方が良いだろうな。この場所が安全かどうかは分からないからどうすればいいか、私はクオレに判断を仰ぐ。暑く、乾いた空気の中ようやく汚れた口内を地底湖で汲んでいた水で濯ぎ、吐き出しながらクオレは答えてくれた。
「空気は、悪くないようだ」
「乾燥が気になりますがね……しかし、ゴミ山からここまで進んであげくこの様な環境変化を経ているのですから、これ以上進んで我々の都合の良い気候への改善を求めても無駄かも知れません」
「そうだな、俺もそう思う」

 洞窟に潜って二日目の探査は、とりあえずここで終わらせて長期休憩する事になった。
 いつもの通りラーンが結界石を置く。方位を確認する、まだ少し針が狂ってるけれど……ゴミ山に居た時よりはましだと思う。方角をメモに取り、結界石が正しく働くように配置する。私は早速旅の記録をつける事にした。一旦地底湖のほとりで昼に当る休憩を数えてから……そこから実に6時間近く休憩無しでここまで来た事になる。
 疲れている訳だね、環境が辛いと感じるのも疲れが蓄積されているからかもしれない。


 まずアズサの傷を見て、きっちりと消毒をして包帯を巻き直す。その間私はお湯を沸かして、なんだか嫌な空気でベタベタする肌を拭き取る為の準備をした。
 燃やすものはゴミ山に引き戻って、安全そうな木材を拾ってきた。私も自分の状況を確認する。あっちこっち打ち身と、小さな痣が出来ていたけど裂傷は無さそうだ。アズサの傷も血の量に比べて深くは無かったみたい。良かった、彼女は休ませて私とディザーで夕飯の準備をする。

 火は、ゴミ山から離れた事、ゴミ山へと吹いている僅かな空気の流れが永続的なものである事を突き止めたからOKサインが出た。火が使えないとなると出来る料理も限られるからね、良かった。

 悪路を歩いた足を解しながら、私が持ってきたお米を飯盒で炊きあげる。それに固形スープを溶いて雑炊にして食べるんだ。栄養を補う為の乾燥野菜と卵の粉末も忘れない。塩分とミネラルを補う為にアズサが持ってきた味噌も少し付ける。そのまま舐めても良いし雑炊に加えてもいい。
「少し、蛋白質が足りないかな」
 今回使った材料から栄養素バランスを考えてみる。
「そこまで考えてくれるなんて在りがたいわねぇ、でも」
「ああ……今後物資の節約が必要かもしれん」
 クオレの言葉に私は、小さく頷いて手帳を閉じていた。

 戻れないかも知れないんだよね。この、得体の知れない迷宮から。

 元の道を辿っても帰れないんだ、ゴミの山からどうやって地底湖の底に戻ればいいのか、戻れないから私達はゴミ山を下りて今ここにいる。

 戻れないかもしれないという大きな不安をみんな、考えないようにしているのかもしれない。でも……なんだろう、私はなぜかそれが不安には感じない。普通に考えれば地下洞窟の中に落ち込んで、閉じこめられてしまった可能性もあるのに。

 僅かな空気の流れ、風を感じる。暑い、乾燥したそれがゴミ山とは逆の方向から吹いてくる。

 やっぱり辺りは暗い、むしろゴミ山の方がぼんやりと怪しい光を放っている。少しだけあたりの探査をしようと言う事になり、私とアズサを置いて男三人、命綱を付けて周囲の探査に行ってくれたんだけどめぼしい手掛かりはなかったようだ。
 辺り一帯砂の地面が続くばかりらしい。照明弾は使っていない、必要なら明日状況を見て、打ち上げて見ようかという話でまとまった。
 ……太陽はもうずっと拝んでいないね。

 時計を見る、外では……夜の8時だ。寝袋に収まり、睡眠を取ろうと横になったけど……ここは煩いんだ。地底湖の沈黙と比べたら騒がしい。
 何の音だろう、よくわからないけれどザワザワとした気配がゴミ山から漂ってくる。
 何かが発酵し、泡立つ音。電子部品に蓄積された電子が放電される音や、死んだはずの機器が周囲の電磁波に影響され部分的に誤作動しているような低い振動音。何かの拍子で弾けたゴミが散乱する乾いた音や、ゴミ山が崩れ落ちた低い衝撃の気配。
 それらの雑音と一緒に不快なごみ山の空気も漂ってくるようで落ち着かない。
 無用にイライラする。少し寝返りを打つと細かい砂が泣く。と、規則正しい音を近くに聞き分けて……私は、起き上がって音の出所を探っていた。
「どうした?」
「あ、クオレ」
 彼、まだ起きてたんだね。寝袋に入らず、残り火を弄っていたクオレが振り返ってこちらを見るに、そういう私の問いを察したように、すぐに休むよと言ってくすぶる火に少し砂を掛けて勢いを弱めた。
 見回すとアズサとディザーは……寝てるみたいだ。ラーンはどうだろう、こちらに背を向けているけれど寝息は聞えない、気がする。
 結界石があるから見張りは不要だ、危険が差し迫ればそうだと石がはじけて教えてくれる。でも、クオレは状況の異様さを察し暫らく見張りを自主的にやろうとしてたのかもしれない。
「ここ、結構煩いね」
「そうだな、煩いのは苦手か?」
「どうだろう、そこまで神経質ではないと思っていたけど」
 私はそう言いながら辺りの砂地に視線を泳がせる。規則正しい音の出所を探っているんだ。そうしてようやく音の出どころを探り当てる。ここだ、そう思って寝袋から腕を引き出し柔らかい砂を掘った。すぐに何か異質なものが指に当る。
「ん、……鎖?」
 砂の中から指に絡ませ、引っ張り上げる。
「……懐中時計か」
 取り出したものを見てクオレが呟く。細かい砂は即座くすんだ銀の時計から振り払われた。所々凹んでいて蓋の留め具は半分折れてしまっていたけれど外れてしまう程壊れてはいない。クオレが言った通りこれは、懐中時計だね。砂の中に埋もれていた。
「……これ、まだ生きてる」
 致命的なヒビが一つ、入ったガラス面に一番長い針は動いていなかった。それでも分かる、感じる。
 銀の懐中時計の中で歯車がかち合い、振動している音が確かに聞える。
「この時計、まだ動いている」
「見せて貰えるか?」
 私は頷いて手を伸ばし、クオレに時計を手渡した。
「ぜんまいの、機械式だ。骨董品だな、ネジは……まだ巻ける、ん、」
 ネジの部分を弄りながらクオレは首をかしげる。
「自動巻式は腕時計にこそ多いが、懐中時計でもあるものなのか?」
「自動巻?」
「ああ、腕時計の機械式にある様式で――衝撃を与える事で自動的にぜんまいを巻く仕様のものだ。ぜんまい仕掛けの機械式ならば最低限、数日おきにぜんまいを巻かなければならない、でなければ……止まるはずだ」
 今、確かに動いているそれは、機械式の時計?そうだ、機械式の時計なら今動いているには誰かがぜんまいを回さないといけない。砂の中に埋まって居たのに、一体誰がぜんまいを巻いたのか?
「……私達のうちの誰かの落とし物?」
「砂の中から引き上げただろう、それはないと思うが」
 確かに、埋まってたよね、これ。クオレは、少し厳つい顔で懐中時計を見つめていた。
「砂の中に埋もれているのに自動式にせよ、どうやってぜんまいが巻かれるんだ?なんとも、得体の知れない時計だな」
 これ、どうするんだ?そう示すようにケースを閉じて鎖を持って時計をぶら下げ、私に差し戻してくるクオレ。
「……持っていったらダメかな、危ない?」
「いや、珍しい品だ、この場を理解するに手掛かりになるかもしれない」
「うん、じゃぁ私、これ持って帰るね。毎日このネジを巻けばいいの?」
 使うのか?というようにクオレは目を瞬いた。
「巻いても良いが、自動式だから定期的に鎖を持って振ってやればいい、それで自動的にぜんまいは巻かれる……あ」
「え?何?」
 何か思い出したようにクオレは顔を顰めた。
「いや、大した事じゃない……その、蓋のついている懐中時計のことはハンターケースと呼ぶのだが……ケースとネジを接続している部分、」
「ここ?」
 ちょっとツブれたネジ部分を私は摘んでみせる。
「そこを、確か……漢字圏ではリュー…ズと言わなかったか?」
「リューズ?ああ、竜頭?そうなんだ、」
 ここ、そういう名前だとは知らなかった。
「なんで竜の頭なんだろ」
「それは俺の方が聞きたいな、欧州圏では大抵王冠と呼ばれているのだが」
「……リュウ、だから?気になったの?」
 リュウ、龍。漢字圏においてドラゴンを意味するリュウの頭と書いてリューズ。そういう知識をクオレは思い出したんだろう。厳つい顔を崩して苦笑を零す。
「ああ、そうかもしれん。ちょっと神経質と思うか?」
 私は無言で首を振った。
「ううん。私達、竜を探す探求中だ、それくらい色々と拘っていても何もおかしくはないよ。何がどこでどう繋がって、手掛かりになるかは分からない」
「東には竜に縁在るモノが多い、選択に迷える程だ」
「そうかな?」
 クオレはそんな私に小さく頷いて……一時置いて、小声で尋ねて来た。
「君は何故ニホンを選んだ?竜に関連する事は大陸にも多いだろうに」
「うん……そうだね、でもドゥセルクが極東ってヒントをくれてる気がして。多分、それに影響されてるんだとは思う。私達の国から見てもここは東の果てだから」
 その時、手の中にあった気配が消えた気がした。竜頭を押し込み、少し歪んだハンターケースを開く。相変わらず秒針は動いていないが、微かな、歯車がかみ合う音も消えている。
「あ、壊れた!?止まっちゃった……ネジは、」
「大きく振ればいい」
「こう?」
 大きく腕を振りかぶる。すると、何かがかちりと動いた気配がして……再び歯車が回り出した音を確認出来た。
「本当だ、すごいな……こんなすごい技術、随分古そうな時計なのに」
「時間を合わせるならその、リュウズを捻って調整すればいい」
「こうか……うん、秒針は動いていないけど他はちゃんと動いているみたいだ」
 クオーツ時計の中にはこれくらい、カチコチと音がする時計もあるけれど今は多くデジタル時計が主流だ。私の愛用している時計もアナログに見せかけたデジタル時計。冒険者用のクオーツ時計は高級品なんだよね。
 歯車がかみ合う不思議な音、寝袋に再び横になってその不思議な音に耳を澄ませていた。
 正体が分かれば怖くない。
 規則正しいその音が、ゴミ山から漂ってくる不気味なざわめきを遠くに追いやってくれる。それで私は安心出来たのだろうか?よく分からないけれど何時しか眠りについていたんだ。
 夢を見るまで、深く安らかな眠りへと落ちていく。
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