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1章 D Dream of Tail
-5- 『夢の中の始めと終わり』 後半
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「極東は、ニホンで合っているんだろう」
ふいとクオレが呟いた。それには何か、苦い感情が含まれているような気がするけど……気のせいだろうか?
「ま、私は元から洞窟狙いでしたし。このポイントに入る為の交通の便も悪くないですし……そんな理由から手始めにここにしたんですが」
ラーンが笑いながら言った言葉になぜか、クオレは反応してやや睨んでいる。睨まれているの、ラーンは分っているみたいでやや慌てたように私に話を振ってきた。
「ユースはどういう理由でこちらへ?」
「それは、私のランクでギリギリ探査出来るかな……って、判断して」
D3Sに廻ってくる仕事には様々なランクがあって、私達D3Sにもランクがある。基本的にはランクが見合う仕事をするように勧められている。ランクの低い人が高いランクの探査に手を付けてはいけない、という強い縛りはないけれど基本的にはしないように、ってD3Sになるにあたり教わるんだ。
「どうしても私は……龍探索がしたかったから」
「そうですか」
ラーンはこれ以上は何も聞かない、というようになんだか優しく同調してくれた。
「ディザー君は……勘、ですか」
「あ、うん……へへへ」
照れ笑いというよりはばつの悪さの多い苦笑いでディザーがさっきから頭を掻き続けてる。昨日話を聞いた限り、あまりここの事も調査せずに来たみたい。
「……言って良いのかしらね」
アズサの素っ気ない言葉に私達は彼女を振り向くと、どこかそっぽを向いたままだ。
「知り合いのD3Sから噂を聞いたのよ……ここだってね」
「ここって?」
「私は例の調査第一陣が向かったのはここらしい、という……知り合いのシークレット情報があったから私はここに来たの」
「そうなのか」
ディザーが神妙な顔になったその隣でラーンが苦笑いを……なぜかクオレに向けていた。
「言っておきますがラスハルト、私はそういう情報を事前に得ていた訳ではありませんよ。誓って、偶然です」
「と言う事は、クオレも?」
ドラゴン探査第一陣がここを探査して日本で消息を絶った……その情報を知っていたから……ここへ?クオレは、なんだか務めて無表情になって言った。
「さぁな、第一陣がどこを攻めたのかは極秘情報になっているはずだが」
「ええ、高かったわ」
「カトリ、情報を買ったんですか?」
「ええ、まぁ似たような感じかしらね。でも見合う成果が手に入るなら安いものだわ。大体日本で消息を絶った、って事はもう嗅ぎつけられてて散々大騒ぎだった訳だし。ウチの国はそんなに広くは無いのよ?ここだって、もっと多くのD3Sが駆けつけて大所帯のチームに成るものだと思ってたのに」
アズサはマグを足下に置いて、解いている髪を掻き上げ、編み込みながら笑う。
「このこと、誰にも言わないつもりだったけど。こんな結果が出てしまったんだし。黙っててもしょうがない。より大きな成果を得てここの継続探査権を得る為にも協力はしないと……ね、」
そう言ってアズサはやっぱりクオレに軽く視線を投げた。
やっぱり、彼は何か隠している事があるのだろうな。
そしてその隠している事は、アズサやラーンには分っているって事、なのかな。
私には……正直よく分らない。
クオレはそれらの視線は無視するように、地図を指さして言った。
「とにかく、この地図が本物かどうか見極めながら『龍の最後』と比喩されている何かを探さなければならない。龍の最後、俺は『尻尾』か何かだと考えていたがそれに該当するメモはここには書いてあるのか?」
「いえ、無かったと思います。そうですね、単純に考えれば『尾』の事かと思います」
「そういえば」
ディザーは苦笑して頭の後ろで手を組む。
「俺は『その次』なんて考えてなかったかも。龍の最後だとかなんだとか、何も考えてなくてさ、ただ龍がいるかどうかって事を探りに来ただけだったし」
彼の、恐らく呆れられるだろうと思っての言葉だろうけれど……私達は言葉が出なかった。
そうなんだ。
みんな、そうなんだよディザー。
龍に繋がる手掛かりはそれくらい、本当に少なくて誰も入り口の在処すら探り出せずにいる。その入り口がどんなものか、そもそも入り口と比喩して当っているのかどうかさえ誰も分らないんだ。いつもディザーを扱き下ろしているアズサが代表するように答えた。
「それはみんな貴方と同じでしょう。私もそうだわ。私達結局、何もわかっちゃいないのよ。『龍の最後』が意味するものだって。どうやって龍にたどり着けるかなんて全く検討がついていない」
「だからこうやって探してるんです。但し、私たちの様な一つの足掛かりを得た者だけがそれを考えるレベルまで到達できる……そう言う事です」
「考えて、疑うべき条件は色々と揃っている」
クオレは地図にコンパスを置いた。
「洞窟の中、やけに精密な謎の地図、生物の少ない環境……あらゆる事が鍵だ」
コンパスの針はぐるぐる回り、ゆらゆらと不安定に北を指す。少しだけずれている、かな。
「洞窟の東は……湖の向こう側になるのか?」
「一つは方角説だね」
私は頷いてはノートにまとめる。
「地図の形はどうだよ、凹凸なんかで面白い形は見当たらないかな……その、ドラゴンっぽい岩とか」
ディザーは地図を手でなぞりながら言う。
「特殊地形説……」
「このだだっ広い洞窟内に唯一いる生物、それが目的であるという考え方もないかしら。これだけ広いのよ、なにか居るでしょう。他の何も居ないって事は、その何かが他を寄せ付けないから」
「ドラゴン秘境説、って感じかな?」
「だとするなら、俺達もその威圧は感じていておかしくはないと思うが」
「そうよねぇ、危険生物が居るならスレイヤーとして、修羅場を潜った身としては何かしら感じるものと思うけれど」
アズサは笑って肩をすくめ、編み上がった脱色したらしい長い髪を背中に廻す。
「何もいきなりここにドラゴンがいるとは限らないと思いますよ」
ラーンの言葉に一同、彼に注目した。多分知識面では彼が一番頼りになるのは間違いなさそうだ。このチームでブレインを務めていく事になるのだと思う。
顎に手をやりながら不意に顔を上げるラーン。
「この地下巨大空洞に入る前に沢山のスライムと遭遇しましたね。あとは蝙蝠と、目に付いた限りはそれくらいですか」
「でも、ここやけに乾燥してるから……スライムはいないんじゃないかな、餌になるような物も無いようだし、分解するものが無いよ」
私は自分が腰掛けている石や、地面の砂を手で触りながら答えた。アズサが唐突に手を打つ。
「乾燥している、それがおかしいわ。謎はまず、この地形と環境を把握する事から始めた方が良さそうなんじゃない?」
「賛成だ」
それで、しらばくキャンプを拠点にして、近辺の土壌について調べたり、生物の種類や分布数を纏めてみる事になった。これはセイバーの基本的な調査項目で、これによって大体の近辺生態系を把握出来るようになっている。
私はセイバー技能を多く取ってはいるけど生態系調査って、実際に現地でを見て回っている人の判断が一番的確になるんだよね。私の技能はあくまで紙の上に記載された知識でしかない。
こういう作業は生物学者でもあるラーンに任せるのが一番だと思う。彼の指示に従って3時間程、細かいデータを集めて分析する事になった。
あまり精度が高いものではないから、学術的には仮だけど結果は程なくして出た。
D3Sセーバー用のデータベース検索端末をラーンが持ってきていたお陰だ。本来なら早見表などを調べて付き合わせていく必要があるんだけれど、数年前から専用コンピューターが出てきてるんですって。ラーンが愛用しているというそれは端末は少し骨董品のようで……チェック漏れなどを警告する機能はないらしい。それで調査項目チェックするのにチェックシートを作って一つずつ確認するっていう、アナログな作業が必要なんだって。
完全にデジタルで処理と云う訳にはいかないんだね。
そう言ったら、ラーンは笑いながら私に言うんだよ。
機械なんて我々とは住んでいる世界が違う、私に言わせれば……近年現れ始めた新種の魔物みたいなものです。信用すべき相手ではない。
機械は、信用出来ないって事かな?
彼がそのように要った理由は程なくして分ったんだ。
この洞窟はカルスト台地石灰質土壌で栄養度が低く、近辺は不毛の沙漠で……年間平均降水量は300ミリ以上。形成年齢は10年未満で生態系は形成途中……。
すごい、あべこべ。
機械の出した答えは当てにならない、ラーンの言葉はこういう事を言いたかったのかな?
もう一度確かめてみましょうとラーンに言われ、私も指さし確認しながら機械に、調べて纏めたデータを入力する作業を最初から繰返す。
結果は同じ。
じゃ、これはどういう事?
「入力したデータの何かが間違っていたか……」
「あるいは、この洞窟自体が本当におかしいか、どちらかだろうな」
「ディザー、あんたの調査怪しかったわね。ちゃんと正しい数値を拾ったんでしょうね?」
「コンピュータを介した場合、バグや失敗の原因は全て人為的なものになるんですよ。調べて貰ったデータに間違いがないか、私とユースで確認をしながら数値を纏めました、大体数項目の数値が一桁違った所でここまでおかしな結果を返す事はありえません」
ラーンはうろたえているディザーに助け舟を出しながら改めて溜息を漏らしている。
「さて、どうしたものでしょう」
私達は暫く黙り込んで次の一手をどう打つかそれぞれ考えてみる事になった。とはいえ、手掛かりになると思った環境調査がこの結果だもの。ラーンが持ってきた地図を見据えて、私達はみんな一つの事を考えていたのかもしれない。
「……地底湖か?」
ディザーの言葉に私達は黙り込んだ。クオレが地図の中央、地底湖の底に当る所を指で示す。
「インテラール、この地図には確かに地底湖の記述が存在しない。だがこの通り、今湖の底に沈んでいる地形も事細かに欠いてあるな。これは、どういう事だと思う?」
「……この地図を作った者が調査した時、湖は無かったのでは?」
「この地図を作ったのは誰で、何時作成されたものだ」
逸れも手掛かりだろう?そう尋ねるみたいにクオレがラーンの顔を伺っている。
「残念ながら……重要である事は分っているのですが、何が正しい情報なのか非常に判別付け難いのです。私からはお答え出来ません」
「全く、困った地図だ」
当てにならないニセモノならいいのに、困った事に地図は正確なんだよね。
「季節的な問題かな?確か、雨期があるんだったよね」
私の言葉にアズサは頷いた。目立った雨期ではないけれど降水量は多い季節だ、と教えてくれた。
「雨さえ激しく降らなければ水たまりは出来なかったんじゃないのかな?」
私、事前にこの近辺の天候を気象衛星の状況から調べてあったけど……昨日みたいに激しい雨が降ったのって1週間ぶりだったみたいなんだけどな。
本来雨は降らないという予測だったから私達はここに、探索に出たはずだ。
それなのに雨に降られた。
「では、いずれあの地下湖は干上がるのか?あるいは……地獄穴、だったか」
クオレはラーンを伺いながら言葉を続ける。
「地下で海まで続く穴があり、溜まった水はいずれそこに流れ落ちる?」
「どうでしょう、」
「埒があかんな」
いきなりクオレが立ち上がる。暗黒の彼方の、地底湖の方角を見ているみたいだ。
「地図とにらみ合っていてもしょうが無い……地底湖の近くに移動しないか」
私たちはクオレの判断に従う事にした。もう、誰かがそれを言ってくれるのを待ってた所もある。昨日のうちに荷物を一度解いて、お互いが持つ物を整理し直している。
今後何が起きるか分らない、チームが意図とは別に分断されると云う事もあるだろうから、偏った荷物配分にならないようにする為に必要な事だ。
歩く順番は最初に決めた通りで問題ない、って事になった。
ディザーは引き続き先頭を行く為に少し、荷物は軽装に。私はライトを手に持たず、マッパーとしての仕事に専念するようにと言い含められた。
正直緊張している、でも自分で言い出した事だ。明りはラーンに任せてしっかりと状況判断に専念しようと思う。
ディザーはラーンから地図を渡されて……出発する前にトーチライトを掲げて周囲を確認しているみたい。それを見てラーン、一応お聞きしますと囁いた声が聞える。
「地図が読めない、とか言わないでくださいよ」
バカにすんなよ、とディザーは口を曲げて言い返してるね。
「身体能力の内には方向感覚と、立体認知感覚も入ってるんだぜ、大ざっぱなここいらの地形を把握してんだよ」
「それは失礼」
「地図と睨めっこしながら先頭が歩けるかよ」
そう言って、ディザーは地図を小さく手に持ちやすいように畳み込む。
「よし、では出発しよう」
クオレの号令にディザーは軽く手を上げて答える。
「りょーかーい、じゃ、地底湖目指して出発!」
地底湖までの距離はさほどでもない。ただ、複雑な鍾乳石の壁が邪魔していたり、崖のようになっていて降りれない場所もあるんだ。
ディザーは、それらの中を確実に安全な方を選んで進んで行く。地図は見ていない、本当に地図を大凡憶えているみたいだ。
そして同時に……地図が本当に、この洞窟の地理を正しく記載していると言う事でもあるよね。程なく、地底湖の岸と呼べる場所にたどり着いた。
トーチライトを掲げれば、澄んだ水の奥に沈んだ地形がはっきりと見える。
すごい透明度だね。すぐに一端荷物を置いて、クオレは真っ先に水質調査を始めた。昨日汲んできた水でもやったみたいなんだけど、結果をクオレは教えてくれなかった。正式な方法ではなかった、とか言って。
何か手順でも間違えたのかな。
改めて数カ所から水を汲み、簡易キットで様々な成分調査をしてその結果を計る機器に読み込ませる。
「同じ、か……やはりこの洞窟『あべこべ』だな」
「同じって?」
「昨日やってみた調査がどうにも腑に落ちないものでな、それで……改めて調査が必要だと思った。残念ながら昨日汲んで来た水でやった結果と同じだ」
クオレはため息を漏らし、キットを放置して立上がる。
「これだけ山の水が流れ込んでいるのに地底湖の水はミネラルを含んでいない。見ろ、幾らなんでもここまで純度が高いというのはおかしい」
私は結果を示している機器を拾い上げて、悉くゼロの並ぶ水質を早速ノートにメモする。
この結果は……殆ど真水に近いという事だ。
自然界にこれ程純度の高い真水なんて存在するものだろうか?
「どこかで、何らかの仕掛けで水からあらゆる要素を奪ってしまっている……?」
「……」
私達は一つ、可能性に思い当たって黙り込んでしまった。
そう、こうやって真水を世界に『返す』魔物が『居る』んだ。
「ど、どうしたんだよ黙り込んで」
「と言う事は、アンタは知らないって事ね」
「何が?」
二人のやり取りを無視して、クオレはラーンに向き直る。
「あのスライムは……ブループティングの類いだと思ったが」
一つの可能性。ああ、私の閃きは間違っていなかった。みんなやっぱりそれを思いついてたんだね。ラーンが無言で頷いて、ディザーにも分るように話し出した。
「この巨大洞窟に至る前、大量のスライムと遭遇しましたね。あの手のスライムは森の微生物と同じ役割を果たします。但し、分解はしますがそれを森に返す事はありませんが」
なぜ今更スライムの話だ、という怪訝な表情をしているディザー。彼は知らないんだろう。
スライムの中にはあらゆるものをエネルギーとして分解してしまって真水だけを排出するという非常に、稀な種類も居るという報告がある事を。
「自然のサイクルを考えた時、微生物は森の排出する死骸……動物から植物まで……排せつ物もそうと数えるにあらゆるものを分解し、植物が栄養として取り入れられる形まで細かく砕く役割を持ちます。スライムと分類されている魔物種は勿論細々とした区分けはありますが大雑把に言えば……分解は行いますがそれを微生物のように排泄する事は無い事が多い」
栄養を、全取りしちゃうんだ。スライムと分類される『魔物』の、『魔物』たる所以だ。
「そ、それくらいは俺も分るけど」
「では分りますね、取り込んだ全てを自分の肉体に還元する。そして自然死の存在しないスライムは放置すれば全てを飲み込むだけの、自然の摂理から外れた全く持って魔物だ、と言う事は」
ディザーは無言で頷いている。
だから、スライム種討伐依頼って結構多いんだ。スライムだからってバカには出来ない。スライムの繁栄を放置するとそこの生態系が壊されてしまう事があるんだ。このスライムを捕食する魔物なり、動物なりが居れば生態系が維持されるんだけどね……そういう輪が無い単独生物の事を『魔物』って云う。
全て自らに還元して生き栄える。 自然の摂理から外れている、だから……魔物って分類されているんだよ。
主にD3Sスレイヤーなどに討伐されて初めて、スライムは多量の水と十分に分解されたミネラルをその土地に還元する。いや、還元する場合もある、かな。
残念ながらそれは決まった事じゃないんだ。
スライム類として分類され魔物と区別されている以上、上手く世界とは釣り合っていない。
魔物種スライムには……自ら死を迎えるプログラムが無い。でもそんなスライム類の研究から新しい技術の発見も多いんだって。スライム研究者は多い、変異種も毎年幾つか見つかるし進化も未だ激しいらしく、愛好者は結構多いみたい。
このあたりまではD3Sの基礎知識かな?
ラーンの話は続く。
「スライムは何らかの捕食者に捕らえられるか、環境の不一致によって滅びるか、もしくは……人間等意図のある者によって駆除されるかで生命活動を終えます。障害が無ければ永久捕食者である魔物スライムは、上限なく増え続けるという研究結果はD3Sにとって常識の様な物」
「ああ、そうだな」
ディザーは分っているよと主張するように相づちを打ってる。
「魔物は、生物よりかなり少ない世代で急速に進化する、できるというのはどうなの?」
アズサが、意見を求める様にラーンを向く。
「正確には環境順応力の早さですね」
それに答えて生物学者のラーンははディザーにも分かる様に易しく解説してくれる。
「キリンは、高い木にあるエサを得るために長い首を獲得しました。しかしそれはたまたま首が幾分か長い固体がより優位に生き栄え、それからも遠い世代を重ねながらより長い首を持った固体が生き残ってきた結果です。進化には時間が掛る。ところが、魔物種はこの進化を数年、数世代でやってのけてしまう事があります。生物、魔物共通の事ではありますが……単純生物ほどこの進化速度は早いと言えるでしょう」
ようやく、ディザーにも話が見えてみたみたい。
「ってことは何か?ここのスライムは、この洞窟に住むべく進化している……この、何もない洞窟にか?」
思わず語尾が掠れてる。
そうだよね、最悪のケースが私の脳裏にもちらつき始めている。
「間違いないでしょう。ただ、この地下空洞にはその問題のスライムを見掛けませんし何より乾燥してる。……スライム種には『水』を食べ、含まれる不純物を栄養にし不要となった真水を排出するというのも居るんです」
「本当か?」
「そしてそれの発見は確かにここ、ニホンでした」
ラーンの云う通り、そうなんだ。そう、実際その奇妙なスライムは極めて無害で、今逆に汚水の浄化に使えないかって研究されているという話だったけど個体数が少ないとかで、討伐じゃなくて保護・捕獲依頼が出ていたと思う。
でもそのスライム、乾燥に弱いと聞いている。
というか、乾燥に強いスライムの方が稀かな。
この洞窟はおかしい。
フリーズドライしたみたいに乾ききった木の枝が溜まり混んで落ちてたりする。地底湖以外では、雨水が流れ込んでいるプールと川以外に水がない。空気も、どこか……乾燥してる。
もっと淀んでいてもいいはずなのに空気が、動いてる。
私達は、まるで申し合わせたように地底湖に顔を向けていた。
私は、そっと水質調査機器を手に持ったまま片手を、地面に伸ばしてみる。
「この水は、これからどこに行くのかな。よく見て、水かさが減っているよ」
クオレは少し驚いてこちらを振り返って、私と同じく地面に触れながら頷く。
「ああ、本当だ……」
微かに波打つ湖は少しずつ後退している。濡れた岸がそれを語っていた。不純物も漂着物も何もないから分りにくいけど、細かい砂の湿り具合を手で触れて調べると水かさが減っているというのが分るんだ。
「水の流れ行く道……」
私は真っ直ぐ、トーチライトの光が弱まっていく地底湖の奥を見ていた。
「中国思想で『龍』は基本的に青龍を指す事が多いよ。あるいは王を意味する黄龍かな。青龍は四聖獣の一つで東を表し、そして水や流れを意味するんだけど」
「風水八卦の類いだな」
「なるほど、ユーステルは水の流れを『龍』に見立てるわけですね」
ラーンの言葉に、ユーステルは頷いた。
「水の流れの最後、それって『龍の最後』にならないかな?」
「それ、いけてるぜ!」
ディザーは指を鳴らして同調してくれたけど、クオレは神妙な顔で私に言葉を返してくる。
「水の流れる果て、当然とそれは海、となるだろうが」
……確かにそうだよね、でも私達は龍の行く先を求めてるんじゃない。
龍、そのものを探しているんだ。
「水の流れを龍として、最後が始まりへと繋ぐ。実際何に予言を見出そうとしていますか?」
「ドゥセルクの予言はドイツ語だったけど、もちろん予言であったら古代言語でもたらされたんだよね?」
私の問いかけにみんな、首を横に振る。
「動画だと、母国語だったわよね?確か」
「どうだろうな、肝心のドゥセルクがもはやいない、先にも言ったがあの予言が本当に予言なのか、ただの呪詛だったのかは分らん」
「俺は、なんかあれはただ事じゃぁなさそうだと思ったけど」
「古代語、とかいうのは魔導師達の専売特許ですからねぇ、私達にはどういうものなのかは教えて頂けない」
確かにそうだ。でも、どうやらそういう特殊な言語で魔法というものは構築するらしいと云う事は……D3Sの基礎知識で教えて貰える。
「古代語ねぇ、実際どんなもんなんだろ」
ディザーの問いにクオレ、少しため息をつき……魔導師の知り合いが居ると洩らしたあたりに諦めでも付けたみたいに口を開いた。
「古代言語は音無き言葉と言われているそうだ。魔法を使える一部の者たちでも未だに理解できていない言語だとも云う……理解できれば、魔法はもっと一般的な力になっただろう、とか」
その言葉に私は頷いていた。そして、長年温めていた持論を思い切って暴露してみる。
「私、思うんだ。古代言語って夢の言語なんじゃないかな?」
「……夢?」
私はクオレに頷いて続ける。
「誰もが心の中に持つ、それでいて忘れられた言葉。古代言語っていうのは夢の中で誰もが語っているだろう『一つ』の、昔から今にいたり未来まで……万国共通の言語だと私は思うんだけど、どうかな?」
「確かに、そのように主張する魔導師も居たな……」
「そうなんですか」
ラーンがクオレの呟きに聞き直している、それくらい魔導師の生態って謎だ。
「とはいえ、魔導師連中は自分達の技術を他人に解釈出来るように書物に現す事をしない。基本弟子を取って直接教え込む徹底しているそうだが。それは、ようするに書物に現す事が出来ないからとも言われる」
ユーステル、クオレから名を呼ばれ私は思わず背を伸ばす。
「お前は、ウィザードなのか?」
私は慌てて首を横に振った。
「では、何故そんな話をする?どこから、誰から聞いた?」
「別に聞いてないよ、ただ……そう思った、それだけ」
本当だ、魔導師の知り合いなんて私には一人もいない。
クオレは暗視スコープ越しに暫くじっと私を見ていたけれど、何か思い出したように立上がりながら言う。
「古代言語が、進化して複雑になったのが今現在それぞれの国で使われている言語となった、という事を唱えた魔導師がいたそうだ。しかし、その意見を書籍等に纏める事、およびそういう発言をした事は魔導師協会によって揉み消された」
砂の付いた拳を握りしめ、クオレは口を歪ませる。
「ディックは魔法を一般化させるつもりがない、魔導師達の自由をかなり制限している。もっとも、一般化させれば魔物以上に扱いはやっかいになるのは間違いない。理論を流出させ、ディックとは無縁な一般人がウィザードになるかもしれないという事態を予言されれば確かに、ディックの方針は正しいのだろう」
「初耳ね、それはD3Sにも隠している事なの?」
「そうらしい、知り合いから極秘で耳に入れた話だ」
そう言ってクオレは拳を緩め、自分の耳のあたりを軽く叩く。
「だが……理論は静かに一般流出を始めているのかも知れない。新世紀に入るより前から魔物が一般でも話題に上がるようになった。魔物も、魔法も……龍の出現を待つまでもなく世界の確かな側面の一つとして暴かれつつある。その流れは止められない」
そう言ってふいとアズサの方を向き直るクオレ。
「古代言語は現代では使いやすさを優先して記号化が進んでいる。そこを、比較的変化をさせずに今も変わらずに使いこなしているという国がいくつかある」
「ああ、漢字ね」
アズサは即座理解して答えた。クオレはうなずき、次に私を見る。そうだね、私の国でも同じく漢字が使われている。
「カンジ?『漢字』か、何で『漢字』が古代語に近いんだ?」
ディザーの問いに、アズサは少し考えてから言った。
「そうね、日本語の例で悪いけど……普通パーティーが始まる時、扉は開かれるわよね、客を入れるんだから。だから始まりは『オープン』。パーティーが終わる時、今度は終わるから扉を開けるの反対である『クローズ』と言う」
「そりゃな、扉の開閉でしめすなら」
「でも、実際パーティーが終わる時、扉は開いているのよ」
ディザーは怪訝な顔でアズサの方に視線を投げ直す。
「何言ってるんだ?」
「会場から客を外に出すのよ。確かに終わりの事を『閉める』って言うわ。でも、実は終わる事を日本では『お開き』っても言うのよね。これは本来忌み言葉なんだけど」
「そうなのか、」
「何しろ『古代文字』だからな、たとえばエジプトの象形文字なんかがまさしくそうだ。上ると、下る、が同じ記号で表される。同音で、全く違う意味を表したり、もしくは多岐にわたる意味をもつ言語は歴史が古い」
「ん?その古い言語で魔法とかは構築されてるってか?……予言も?」
「そうではないか、とユーステルは言っているようだ」
私はそう言う事、と頷く。今更少し恥ずかしくなってきた。ずっと一人で温めていた持論、それをこうやって公開して、理解してもらったって事だよね?笑われたんじゃない。
クオレは真面目に私の話を信じて補足してくれたって事だ。
「もっとも、予言者どもはどのようにして啓示を受けたかを魔導師達と同じで教えてくれない。ドゥセルクもどのような状況で神託を受けるのかは……いや、ディックで情報規制しているのかもしれないな」
まさしく、ドゥセルクは夢を見てそれが現実になる事を言葉にして、予言としてもたらしているのかもしれない……って事か。
クオレは暗闇だけの天井を仰いでる。アズサが口に手を置いて逆に足元を見やったのに私は振り返る。
「龍の最後は、始まりへと繋ぐ。龍の最後は始まりにして終り、いえ、もしかすると全く逆なのかもしれない訳ね。龍の初めは最後へと……繋ぐ。それじゃぁまるで当然だけれど」
「夢の中において、古代言語は反対の意味を同じものとして表してしまうんじゃないのかな、って思う事があるんだ。……始まりも終りも関係ない」
古代語は全く逆の意味を同時に意味してる可能性が高い。それは今まで発達した言語からそのように読み解ける。齎された『意図』がどちらに働くかなんて、現実ならともかく夢の中では意味がないのだと思う。
意味が流動する、好きは嫌いで、嫌いは好き。
水に似ている。水を現すに龍が使われる。
……否、青龍が水を示すのだったか。とにかく、その順序など関係なくて意味のない事なんだと私は思っている。
それは音の無い言葉。思想の中で、決して声や文字にならない『言葉』
ただ『そのもの』を指し示すだけで意味まで捕らわれる事はない。
夢を一般言語に置き換わる時、何が重要なのか私は、考えた事がある。
自らでさえ知り得ない感情、思い。そういう極めて個人的で共有しずらいものによって夢は、良くも悪くもなるんじゃないのかな。
龍を、追いかける夢を繰返し見ているように思う。
私はその夢にすっかり捕らわれている。だから繰り返し私はその夢を思い出し、夢って何だろうって考えたんだ。もしこの夢が、ウィザードの素質がないはずの私が何か未来を予告されるように見ているものであったなら?
稀代の予言者、ドゥセルクもこうやって龍の夢を見ていたとするならどうなのだろう。
夢は、どういう風に私の中にあるのだろう。
もしかしたらそこに会話はなく、サイレント映画みたいに情景だけを見ているのかもしれない。もしこの夢を誰かと共有していたらどう?私とドゥセルク、操る言語が違う。
けれどもし、同じ夢を見ていたなら、違う言語で同じ夢を見ていた事を証明出来るものだろうか?
古代語言語にきっと、善し悪しは無い。上と下は同じなんだ。右と左も同じ。見ている人がどこから見ているか、それに左右されるから。
『善し悪し』が無いから『共有』が出来ると私は思いついたんだ。
人種も文化も生態系も全て超えた所にそういうものが存在する事を私は……信じている。映像だろうと記憶に残る、夢の情景こそが『古代言語』なのだと私は思うに至ったんだ。
「水の、流れを龍として、果てに」
クオレが遠く地底湖を覗き込むように水際に立っていた。
「この地底湖の底がやはり、怪しいか」
ふいとクオレが呟いた。それには何か、苦い感情が含まれているような気がするけど……気のせいだろうか?
「ま、私は元から洞窟狙いでしたし。このポイントに入る為の交通の便も悪くないですし……そんな理由から手始めにここにしたんですが」
ラーンが笑いながら言った言葉になぜか、クオレは反応してやや睨んでいる。睨まれているの、ラーンは分っているみたいでやや慌てたように私に話を振ってきた。
「ユースはどういう理由でこちらへ?」
「それは、私のランクでギリギリ探査出来るかな……って、判断して」
D3Sに廻ってくる仕事には様々なランクがあって、私達D3Sにもランクがある。基本的にはランクが見合う仕事をするように勧められている。ランクの低い人が高いランクの探査に手を付けてはいけない、という強い縛りはないけれど基本的にはしないように、ってD3Sになるにあたり教わるんだ。
「どうしても私は……龍探索がしたかったから」
「そうですか」
ラーンはこれ以上は何も聞かない、というようになんだか優しく同調してくれた。
「ディザー君は……勘、ですか」
「あ、うん……へへへ」
照れ笑いというよりはばつの悪さの多い苦笑いでディザーがさっきから頭を掻き続けてる。昨日話を聞いた限り、あまりここの事も調査せずに来たみたい。
「……言って良いのかしらね」
アズサの素っ気ない言葉に私達は彼女を振り向くと、どこかそっぽを向いたままだ。
「知り合いのD3Sから噂を聞いたのよ……ここだってね」
「ここって?」
「私は例の調査第一陣が向かったのはここらしい、という……知り合いのシークレット情報があったから私はここに来たの」
「そうなのか」
ディザーが神妙な顔になったその隣でラーンが苦笑いを……なぜかクオレに向けていた。
「言っておきますがラスハルト、私はそういう情報を事前に得ていた訳ではありませんよ。誓って、偶然です」
「と言う事は、クオレも?」
ドラゴン探査第一陣がここを探査して日本で消息を絶った……その情報を知っていたから……ここへ?クオレは、なんだか務めて無表情になって言った。
「さぁな、第一陣がどこを攻めたのかは極秘情報になっているはずだが」
「ええ、高かったわ」
「カトリ、情報を買ったんですか?」
「ええ、まぁ似たような感じかしらね。でも見合う成果が手に入るなら安いものだわ。大体日本で消息を絶った、って事はもう嗅ぎつけられてて散々大騒ぎだった訳だし。ウチの国はそんなに広くは無いのよ?ここだって、もっと多くのD3Sが駆けつけて大所帯のチームに成るものだと思ってたのに」
アズサはマグを足下に置いて、解いている髪を掻き上げ、編み込みながら笑う。
「このこと、誰にも言わないつもりだったけど。こんな結果が出てしまったんだし。黙っててもしょうがない。より大きな成果を得てここの継続探査権を得る為にも協力はしないと……ね、」
そう言ってアズサはやっぱりクオレに軽く視線を投げた。
やっぱり、彼は何か隠している事があるのだろうな。
そしてその隠している事は、アズサやラーンには分っているって事、なのかな。
私には……正直よく分らない。
クオレはそれらの視線は無視するように、地図を指さして言った。
「とにかく、この地図が本物かどうか見極めながら『龍の最後』と比喩されている何かを探さなければならない。龍の最後、俺は『尻尾』か何かだと考えていたがそれに該当するメモはここには書いてあるのか?」
「いえ、無かったと思います。そうですね、単純に考えれば『尾』の事かと思います」
「そういえば」
ディザーは苦笑して頭の後ろで手を組む。
「俺は『その次』なんて考えてなかったかも。龍の最後だとかなんだとか、何も考えてなくてさ、ただ龍がいるかどうかって事を探りに来ただけだったし」
彼の、恐らく呆れられるだろうと思っての言葉だろうけれど……私達は言葉が出なかった。
そうなんだ。
みんな、そうなんだよディザー。
龍に繋がる手掛かりはそれくらい、本当に少なくて誰も入り口の在処すら探り出せずにいる。その入り口がどんなものか、そもそも入り口と比喩して当っているのかどうかさえ誰も分らないんだ。いつもディザーを扱き下ろしているアズサが代表するように答えた。
「それはみんな貴方と同じでしょう。私もそうだわ。私達結局、何もわかっちゃいないのよ。『龍の最後』が意味するものだって。どうやって龍にたどり着けるかなんて全く検討がついていない」
「だからこうやって探してるんです。但し、私たちの様な一つの足掛かりを得た者だけがそれを考えるレベルまで到達できる……そう言う事です」
「考えて、疑うべき条件は色々と揃っている」
クオレは地図にコンパスを置いた。
「洞窟の中、やけに精密な謎の地図、生物の少ない環境……あらゆる事が鍵だ」
コンパスの針はぐるぐる回り、ゆらゆらと不安定に北を指す。少しだけずれている、かな。
「洞窟の東は……湖の向こう側になるのか?」
「一つは方角説だね」
私は頷いてはノートにまとめる。
「地図の形はどうだよ、凹凸なんかで面白い形は見当たらないかな……その、ドラゴンっぽい岩とか」
ディザーは地図を手でなぞりながら言う。
「特殊地形説……」
「このだだっ広い洞窟内に唯一いる生物、それが目的であるという考え方もないかしら。これだけ広いのよ、なにか居るでしょう。他の何も居ないって事は、その何かが他を寄せ付けないから」
「ドラゴン秘境説、って感じかな?」
「だとするなら、俺達もその威圧は感じていておかしくはないと思うが」
「そうよねぇ、危険生物が居るならスレイヤーとして、修羅場を潜った身としては何かしら感じるものと思うけれど」
アズサは笑って肩をすくめ、編み上がった脱色したらしい長い髪を背中に廻す。
「何もいきなりここにドラゴンがいるとは限らないと思いますよ」
ラーンの言葉に一同、彼に注目した。多分知識面では彼が一番頼りになるのは間違いなさそうだ。このチームでブレインを務めていく事になるのだと思う。
顎に手をやりながら不意に顔を上げるラーン。
「この地下巨大空洞に入る前に沢山のスライムと遭遇しましたね。あとは蝙蝠と、目に付いた限りはそれくらいですか」
「でも、ここやけに乾燥してるから……スライムはいないんじゃないかな、餌になるような物も無いようだし、分解するものが無いよ」
私は自分が腰掛けている石や、地面の砂を手で触りながら答えた。アズサが唐突に手を打つ。
「乾燥している、それがおかしいわ。謎はまず、この地形と環境を把握する事から始めた方が良さそうなんじゃない?」
「賛成だ」
それで、しらばくキャンプを拠点にして、近辺の土壌について調べたり、生物の種類や分布数を纏めてみる事になった。これはセイバーの基本的な調査項目で、これによって大体の近辺生態系を把握出来るようになっている。
私はセイバー技能を多く取ってはいるけど生態系調査って、実際に現地でを見て回っている人の判断が一番的確になるんだよね。私の技能はあくまで紙の上に記載された知識でしかない。
こういう作業は生物学者でもあるラーンに任せるのが一番だと思う。彼の指示に従って3時間程、細かいデータを集めて分析する事になった。
あまり精度が高いものではないから、学術的には仮だけど結果は程なくして出た。
D3Sセーバー用のデータベース検索端末をラーンが持ってきていたお陰だ。本来なら早見表などを調べて付き合わせていく必要があるんだけれど、数年前から専用コンピューターが出てきてるんですって。ラーンが愛用しているというそれは端末は少し骨董品のようで……チェック漏れなどを警告する機能はないらしい。それで調査項目チェックするのにチェックシートを作って一つずつ確認するっていう、アナログな作業が必要なんだって。
完全にデジタルで処理と云う訳にはいかないんだね。
そう言ったら、ラーンは笑いながら私に言うんだよ。
機械なんて我々とは住んでいる世界が違う、私に言わせれば……近年現れ始めた新種の魔物みたいなものです。信用すべき相手ではない。
機械は、信用出来ないって事かな?
彼がそのように要った理由は程なくして分ったんだ。
この洞窟はカルスト台地石灰質土壌で栄養度が低く、近辺は不毛の沙漠で……年間平均降水量は300ミリ以上。形成年齢は10年未満で生態系は形成途中……。
すごい、あべこべ。
機械の出した答えは当てにならない、ラーンの言葉はこういう事を言いたかったのかな?
もう一度確かめてみましょうとラーンに言われ、私も指さし確認しながら機械に、調べて纏めたデータを入力する作業を最初から繰返す。
結果は同じ。
じゃ、これはどういう事?
「入力したデータの何かが間違っていたか……」
「あるいは、この洞窟自体が本当におかしいか、どちらかだろうな」
「ディザー、あんたの調査怪しかったわね。ちゃんと正しい数値を拾ったんでしょうね?」
「コンピュータを介した場合、バグや失敗の原因は全て人為的なものになるんですよ。調べて貰ったデータに間違いがないか、私とユースで確認をしながら数値を纏めました、大体数項目の数値が一桁違った所でここまでおかしな結果を返す事はありえません」
ラーンはうろたえているディザーに助け舟を出しながら改めて溜息を漏らしている。
「さて、どうしたものでしょう」
私達は暫く黙り込んで次の一手をどう打つかそれぞれ考えてみる事になった。とはいえ、手掛かりになると思った環境調査がこの結果だもの。ラーンが持ってきた地図を見据えて、私達はみんな一つの事を考えていたのかもしれない。
「……地底湖か?」
ディザーの言葉に私達は黙り込んだ。クオレが地図の中央、地底湖の底に当る所を指で示す。
「インテラール、この地図には確かに地底湖の記述が存在しない。だがこの通り、今湖の底に沈んでいる地形も事細かに欠いてあるな。これは、どういう事だと思う?」
「……この地図を作った者が調査した時、湖は無かったのでは?」
「この地図を作ったのは誰で、何時作成されたものだ」
逸れも手掛かりだろう?そう尋ねるみたいにクオレがラーンの顔を伺っている。
「残念ながら……重要である事は分っているのですが、何が正しい情報なのか非常に判別付け難いのです。私からはお答え出来ません」
「全く、困った地図だ」
当てにならないニセモノならいいのに、困った事に地図は正確なんだよね。
「季節的な問題かな?確か、雨期があるんだったよね」
私の言葉にアズサは頷いた。目立った雨期ではないけれど降水量は多い季節だ、と教えてくれた。
「雨さえ激しく降らなければ水たまりは出来なかったんじゃないのかな?」
私、事前にこの近辺の天候を気象衛星の状況から調べてあったけど……昨日みたいに激しい雨が降ったのって1週間ぶりだったみたいなんだけどな。
本来雨は降らないという予測だったから私達はここに、探索に出たはずだ。
それなのに雨に降られた。
「では、いずれあの地下湖は干上がるのか?あるいは……地獄穴、だったか」
クオレはラーンを伺いながら言葉を続ける。
「地下で海まで続く穴があり、溜まった水はいずれそこに流れ落ちる?」
「どうでしょう、」
「埒があかんな」
いきなりクオレが立ち上がる。暗黒の彼方の、地底湖の方角を見ているみたいだ。
「地図とにらみ合っていてもしょうが無い……地底湖の近くに移動しないか」
私たちはクオレの判断に従う事にした。もう、誰かがそれを言ってくれるのを待ってた所もある。昨日のうちに荷物を一度解いて、お互いが持つ物を整理し直している。
今後何が起きるか分らない、チームが意図とは別に分断されると云う事もあるだろうから、偏った荷物配分にならないようにする為に必要な事だ。
歩く順番は最初に決めた通りで問題ない、って事になった。
ディザーは引き続き先頭を行く為に少し、荷物は軽装に。私はライトを手に持たず、マッパーとしての仕事に専念するようにと言い含められた。
正直緊張している、でも自分で言い出した事だ。明りはラーンに任せてしっかりと状況判断に専念しようと思う。
ディザーはラーンから地図を渡されて……出発する前にトーチライトを掲げて周囲を確認しているみたい。それを見てラーン、一応お聞きしますと囁いた声が聞える。
「地図が読めない、とか言わないでくださいよ」
バカにすんなよ、とディザーは口を曲げて言い返してるね。
「身体能力の内には方向感覚と、立体認知感覚も入ってるんだぜ、大ざっぱなここいらの地形を把握してんだよ」
「それは失礼」
「地図と睨めっこしながら先頭が歩けるかよ」
そう言って、ディザーは地図を小さく手に持ちやすいように畳み込む。
「よし、では出発しよう」
クオレの号令にディザーは軽く手を上げて答える。
「りょーかーい、じゃ、地底湖目指して出発!」
地底湖までの距離はさほどでもない。ただ、複雑な鍾乳石の壁が邪魔していたり、崖のようになっていて降りれない場所もあるんだ。
ディザーは、それらの中を確実に安全な方を選んで進んで行く。地図は見ていない、本当に地図を大凡憶えているみたいだ。
そして同時に……地図が本当に、この洞窟の地理を正しく記載していると言う事でもあるよね。程なく、地底湖の岸と呼べる場所にたどり着いた。
トーチライトを掲げれば、澄んだ水の奥に沈んだ地形がはっきりと見える。
すごい透明度だね。すぐに一端荷物を置いて、クオレは真っ先に水質調査を始めた。昨日汲んできた水でもやったみたいなんだけど、結果をクオレは教えてくれなかった。正式な方法ではなかった、とか言って。
何か手順でも間違えたのかな。
改めて数カ所から水を汲み、簡易キットで様々な成分調査をしてその結果を計る機器に読み込ませる。
「同じ、か……やはりこの洞窟『あべこべ』だな」
「同じって?」
「昨日やってみた調査がどうにも腑に落ちないものでな、それで……改めて調査が必要だと思った。残念ながら昨日汲んで来た水でやった結果と同じだ」
クオレはため息を漏らし、キットを放置して立上がる。
「これだけ山の水が流れ込んでいるのに地底湖の水はミネラルを含んでいない。見ろ、幾らなんでもここまで純度が高いというのはおかしい」
私は結果を示している機器を拾い上げて、悉くゼロの並ぶ水質を早速ノートにメモする。
この結果は……殆ど真水に近いという事だ。
自然界にこれ程純度の高い真水なんて存在するものだろうか?
「どこかで、何らかの仕掛けで水からあらゆる要素を奪ってしまっている……?」
「……」
私達は一つ、可能性に思い当たって黙り込んでしまった。
そう、こうやって真水を世界に『返す』魔物が『居る』んだ。
「ど、どうしたんだよ黙り込んで」
「と言う事は、アンタは知らないって事ね」
「何が?」
二人のやり取りを無視して、クオレはラーンに向き直る。
「あのスライムは……ブループティングの類いだと思ったが」
一つの可能性。ああ、私の閃きは間違っていなかった。みんなやっぱりそれを思いついてたんだね。ラーンが無言で頷いて、ディザーにも分るように話し出した。
「この巨大洞窟に至る前、大量のスライムと遭遇しましたね。あの手のスライムは森の微生物と同じ役割を果たします。但し、分解はしますがそれを森に返す事はありませんが」
なぜ今更スライムの話だ、という怪訝な表情をしているディザー。彼は知らないんだろう。
スライムの中にはあらゆるものをエネルギーとして分解してしまって真水だけを排出するという非常に、稀な種類も居るという報告がある事を。
「自然のサイクルを考えた時、微生物は森の排出する死骸……動物から植物まで……排せつ物もそうと数えるにあらゆるものを分解し、植物が栄養として取り入れられる形まで細かく砕く役割を持ちます。スライムと分類されている魔物種は勿論細々とした区分けはありますが大雑把に言えば……分解は行いますがそれを微生物のように排泄する事は無い事が多い」
栄養を、全取りしちゃうんだ。スライムと分類される『魔物』の、『魔物』たる所以だ。
「そ、それくらいは俺も分るけど」
「では分りますね、取り込んだ全てを自分の肉体に還元する。そして自然死の存在しないスライムは放置すれば全てを飲み込むだけの、自然の摂理から外れた全く持って魔物だ、と言う事は」
ディザーは無言で頷いている。
だから、スライム種討伐依頼って結構多いんだ。スライムだからってバカには出来ない。スライムの繁栄を放置するとそこの生態系が壊されてしまう事があるんだ。このスライムを捕食する魔物なり、動物なりが居れば生態系が維持されるんだけどね……そういう輪が無い単独生物の事を『魔物』って云う。
全て自らに還元して生き栄える。 自然の摂理から外れている、だから……魔物って分類されているんだよ。
主にD3Sスレイヤーなどに討伐されて初めて、スライムは多量の水と十分に分解されたミネラルをその土地に還元する。いや、還元する場合もある、かな。
残念ながらそれは決まった事じゃないんだ。
スライム類として分類され魔物と区別されている以上、上手く世界とは釣り合っていない。
魔物種スライムには……自ら死を迎えるプログラムが無い。でもそんなスライム類の研究から新しい技術の発見も多いんだって。スライム研究者は多い、変異種も毎年幾つか見つかるし進化も未だ激しいらしく、愛好者は結構多いみたい。
このあたりまではD3Sの基礎知識かな?
ラーンの話は続く。
「スライムは何らかの捕食者に捕らえられるか、環境の不一致によって滅びるか、もしくは……人間等意図のある者によって駆除されるかで生命活動を終えます。障害が無ければ永久捕食者である魔物スライムは、上限なく増え続けるという研究結果はD3Sにとって常識の様な物」
「ああ、そうだな」
ディザーは分っているよと主張するように相づちを打ってる。
「魔物は、生物よりかなり少ない世代で急速に進化する、できるというのはどうなの?」
アズサが、意見を求める様にラーンを向く。
「正確には環境順応力の早さですね」
それに答えて生物学者のラーンははディザーにも分かる様に易しく解説してくれる。
「キリンは、高い木にあるエサを得るために長い首を獲得しました。しかしそれはたまたま首が幾分か長い固体がより優位に生き栄え、それからも遠い世代を重ねながらより長い首を持った固体が生き残ってきた結果です。進化には時間が掛る。ところが、魔物種はこの進化を数年、数世代でやってのけてしまう事があります。生物、魔物共通の事ではありますが……単純生物ほどこの進化速度は早いと言えるでしょう」
ようやく、ディザーにも話が見えてみたみたい。
「ってことは何か?ここのスライムは、この洞窟に住むべく進化している……この、何もない洞窟にか?」
思わず語尾が掠れてる。
そうだよね、最悪のケースが私の脳裏にもちらつき始めている。
「間違いないでしょう。ただ、この地下空洞にはその問題のスライムを見掛けませんし何より乾燥してる。……スライム種には『水』を食べ、含まれる不純物を栄養にし不要となった真水を排出するというのも居るんです」
「本当か?」
「そしてそれの発見は確かにここ、ニホンでした」
ラーンの云う通り、そうなんだ。そう、実際その奇妙なスライムは極めて無害で、今逆に汚水の浄化に使えないかって研究されているという話だったけど個体数が少ないとかで、討伐じゃなくて保護・捕獲依頼が出ていたと思う。
でもそのスライム、乾燥に弱いと聞いている。
というか、乾燥に強いスライムの方が稀かな。
この洞窟はおかしい。
フリーズドライしたみたいに乾ききった木の枝が溜まり混んで落ちてたりする。地底湖以外では、雨水が流れ込んでいるプールと川以外に水がない。空気も、どこか……乾燥してる。
もっと淀んでいてもいいはずなのに空気が、動いてる。
私達は、まるで申し合わせたように地底湖に顔を向けていた。
私は、そっと水質調査機器を手に持ったまま片手を、地面に伸ばしてみる。
「この水は、これからどこに行くのかな。よく見て、水かさが減っているよ」
クオレは少し驚いてこちらを振り返って、私と同じく地面に触れながら頷く。
「ああ、本当だ……」
微かに波打つ湖は少しずつ後退している。濡れた岸がそれを語っていた。不純物も漂着物も何もないから分りにくいけど、細かい砂の湿り具合を手で触れて調べると水かさが減っているというのが分るんだ。
「水の流れ行く道……」
私は真っ直ぐ、トーチライトの光が弱まっていく地底湖の奥を見ていた。
「中国思想で『龍』は基本的に青龍を指す事が多いよ。あるいは王を意味する黄龍かな。青龍は四聖獣の一つで東を表し、そして水や流れを意味するんだけど」
「風水八卦の類いだな」
「なるほど、ユーステルは水の流れを『龍』に見立てるわけですね」
ラーンの言葉に、ユーステルは頷いた。
「水の流れの最後、それって『龍の最後』にならないかな?」
「それ、いけてるぜ!」
ディザーは指を鳴らして同調してくれたけど、クオレは神妙な顔で私に言葉を返してくる。
「水の流れる果て、当然とそれは海、となるだろうが」
……確かにそうだよね、でも私達は龍の行く先を求めてるんじゃない。
龍、そのものを探しているんだ。
「水の流れを龍として、最後が始まりへと繋ぐ。実際何に予言を見出そうとしていますか?」
「ドゥセルクの予言はドイツ語だったけど、もちろん予言であったら古代言語でもたらされたんだよね?」
私の問いかけにみんな、首を横に振る。
「動画だと、母国語だったわよね?確か」
「どうだろうな、肝心のドゥセルクがもはやいない、先にも言ったがあの予言が本当に予言なのか、ただの呪詛だったのかは分らん」
「俺は、なんかあれはただ事じゃぁなさそうだと思ったけど」
「古代語、とかいうのは魔導師達の専売特許ですからねぇ、私達にはどういうものなのかは教えて頂けない」
確かにそうだ。でも、どうやらそういう特殊な言語で魔法というものは構築するらしいと云う事は……D3Sの基礎知識で教えて貰える。
「古代語ねぇ、実際どんなもんなんだろ」
ディザーの問いにクオレ、少しため息をつき……魔導師の知り合いが居ると洩らしたあたりに諦めでも付けたみたいに口を開いた。
「古代言語は音無き言葉と言われているそうだ。魔法を使える一部の者たちでも未だに理解できていない言語だとも云う……理解できれば、魔法はもっと一般的な力になっただろう、とか」
その言葉に私は頷いていた。そして、長年温めていた持論を思い切って暴露してみる。
「私、思うんだ。古代言語って夢の言語なんじゃないかな?」
「……夢?」
私はクオレに頷いて続ける。
「誰もが心の中に持つ、それでいて忘れられた言葉。古代言語っていうのは夢の中で誰もが語っているだろう『一つ』の、昔から今にいたり未来まで……万国共通の言語だと私は思うんだけど、どうかな?」
「確かに、そのように主張する魔導師も居たな……」
「そうなんですか」
ラーンがクオレの呟きに聞き直している、それくらい魔導師の生態って謎だ。
「とはいえ、魔導師連中は自分達の技術を他人に解釈出来るように書物に現す事をしない。基本弟子を取って直接教え込む徹底しているそうだが。それは、ようするに書物に現す事が出来ないからとも言われる」
ユーステル、クオレから名を呼ばれ私は思わず背を伸ばす。
「お前は、ウィザードなのか?」
私は慌てて首を横に振った。
「では、何故そんな話をする?どこから、誰から聞いた?」
「別に聞いてないよ、ただ……そう思った、それだけ」
本当だ、魔導師の知り合いなんて私には一人もいない。
クオレは暗視スコープ越しに暫くじっと私を見ていたけれど、何か思い出したように立上がりながら言う。
「古代言語が、進化して複雑になったのが今現在それぞれの国で使われている言語となった、という事を唱えた魔導師がいたそうだ。しかし、その意見を書籍等に纏める事、およびそういう発言をした事は魔導師協会によって揉み消された」
砂の付いた拳を握りしめ、クオレは口を歪ませる。
「ディックは魔法を一般化させるつもりがない、魔導師達の自由をかなり制限している。もっとも、一般化させれば魔物以上に扱いはやっかいになるのは間違いない。理論を流出させ、ディックとは無縁な一般人がウィザードになるかもしれないという事態を予言されれば確かに、ディックの方針は正しいのだろう」
「初耳ね、それはD3Sにも隠している事なの?」
「そうらしい、知り合いから極秘で耳に入れた話だ」
そう言ってクオレは拳を緩め、自分の耳のあたりを軽く叩く。
「だが……理論は静かに一般流出を始めているのかも知れない。新世紀に入るより前から魔物が一般でも話題に上がるようになった。魔物も、魔法も……龍の出現を待つまでもなく世界の確かな側面の一つとして暴かれつつある。その流れは止められない」
そう言ってふいとアズサの方を向き直るクオレ。
「古代言語は現代では使いやすさを優先して記号化が進んでいる。そこを、比較的変化をさせずに今も変わらずに使いこなしているという国がいくつかある」
「ああ、漢字ね」
アズサは即座理解して答えた。クオレはうなずき、次に私を見る。そうだね、私の国でも同じく漢字が使われている。
「カンジ?『漢字』か、何で『漢字』が古代語に近いんだ?」
ディザーの問いに、アズサは少し考えてから言った。
「そうね、日本語の例で悪いけど……普通パーティーが始まる時、扉は開かれるわよね、客を入れるんだから。だから始まりは『オープン』。パーティーが終わる時、今度は終わるから扉を開けるの反対である『クローズ』と言う」
「そりゃな、扉の開閉でしめすなら」
「でも、実際パーティーが終わる時、扉は開いているのよ」
ディザーは怪訝な顔でアズサの方に視線を投げ直す。
「何言ってるんだ?」
「会場から客を外に出すのよ。確かに終わりの事を『閉める』って言うわ。でも、実は終わる事を日本では『お開き』っても言うのよね。これは本来忌み言葉なんだけど」
「そうなのか、」
「何しろ『古代文字』だからな、たとえばエジプトの象形文字なんかがまさしくそうだ。上ると、下る、が同じ記号で表される。同音で、全く違う意味を表したり、もしくは多岐にわたる意味をもつ言語は歴史が古い」
「ん?その古い言語で魔法とかは構築されてるってか?……予言も?」
「そうではないか、とユーステルは言っているようだ」
私はそう言う事、と頷く。今更少し恥ずかしくなってきた。ずっと一人で温めていた持論、それをこうやって公開して、理解してもらったって事だよね?笑われたんじゃない。
クオレは真面目に私の話を信じて補足してくれたって事だ。
「もっとも、予言者どもはどのようにして啓示を受けたかを魔導師達と同じで教えてくれない。ドゥセルクもどのような状況で神託を受けるのかは……いや、ディックで情報規制しているのかもしれないな」
まさしく、ドゥセルクは夢を見てそれが現実になる事を言葉にして、予言としてもたらしているのかもしれない……って事か。
クオレは暗闇だけの天井を仰いでる。アズサが口に手を置いて逆に足元を見やったのに私は振り返る。
「龍の最後は、始まりへと繋ぐ。龍の最後は始まりにして終り、いえ、もしかすると全く逆なのかもしれない訳ね。龍の初めは最後へと……繋ぐ。それじゃぁまるで当然だけれど」
「夢の中において、古代言語は反対の意味を同じものとして表してしまうんじゃないのかな、って思う事があるんだ。……始まりも終りも関係ない」
古代語は全く逆の意味を同時に意味してる可能性が高い。それは今まで発達した言語からそのように読み解ける。齎された『意図』がどちらに働くかなんて、現実ならともかく夢の中では意味がないのだと思う。
意味が流動する、好きは嫌いで、嫌いは好き。
水に似ている。水を現すに龍が使われる。
……否、青龍が水を示すのだったか。とにかく、その順序など関係なくて意味のない事なんだと私は思っている。
それは音の無い言葉。思想の中で、決して声や文字にならない『言葉』
ただ『そのもの』を指し示すだけで意味まで捕らわれる事はない。
夢を一般言語に置き換わる時、何が重要なのか私は、考えた事がある。
自らでさえ知り得ない感情、思い。そういう極めて個人的で共有しずらいものによって夢は、良くも悪くもなるんじゃないのかな。
龍を、追いかける夢を繰返し見ているように思う。
私はその夢にすっかり捕らわれている。だから繰り返し私はその夢を思い出し、夢って何だろうって考えたんだ。もしこの夢が、ウィザードの素質がないはずの私が何か未来を予告されるように見ているものであったなら?
稀代の予言者、ドゥセルクもこうやって龍の夢を見ていたとするならどうなのだろう。
夢は、どういう風に私の中にあるのだろう。
もしかしたらそこに会話はなく、サイレント映画みたいに情景だけを見ているのかもしれない。もしこの夢を誰かと共有していたらどう?私とドゥセルク、操る言語が違う。
けれどもし、同じ夢を見ていたなら、違う言語で同じ夢を見ていた事を証明出来るものだろうか?
古代語言語にきっと、善し悪しは無い。上と下は同じなんだ。右と左も同じ。見ている人がどこから見ているか、それに左右されるから。
『善し悪し』が無いから『共有』が出来ると私は思いついたんだ。
人種も文化も生態系も全て超えた所にそういうものが存在する事を私は……信じている。映像だろうと記憶に残る、夢の情景こそが『古代言語』なのだと私は思うに至ったんだ。
「水の、流れを龍として、果てに」
クオレが遠く地底湖を覗き込むように水際に立っていた。
「この地底湖の底がやはり、怪しいか」
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