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18. 「私が前世最愛の人と再会する部屋」で明らかになった衝撃の事実
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「葵」
前世の私の名前を呼ぶ、目の前の彼は。
私の前世最愛の人。
生まれ変わって180年もの間、片思いし続けた相手。
生涯唯一の番を持つオオカミを見て、「僕達みたいだね」と言ってくれた人。
「葵の親に挨拶したい」と言ってくれた人。
なのに「自由になりたい」と言って私を捨てた人。
私を捨てて自由になった後、私の後輩に「僕も会いたい」というメッセージを送った人。
前世で私に一番優しくて、一番残酷だった人。
その彼に前世の名前を呼ばれ、私の心が『葵』になっていく。
私は、その彼の名前を口にした。
「悠くん……」
「葵、ごめんね。僕、君に、本当に酷いことをした」
「ううん、悠くん。ごめん、私こそ、悠くんに、酷いことしたの、やっと、気付いて」
「……え?」
私の瞳に涙が込み上げる。
「悠くんはあの時、大学の女の子を好きだったんだよね?なのに、私が告白したせいで、二人を引き裂いちゃった……」
「え?!誰?!」
「悠くんが大学でよく話してた、スレンダーな美人の子。悠くんが好きになった、私の会社の後輩と、よく似てる女の子」
「え?!僕が好きになった?!後輩?!」
「私の会社の後輩……楓ちゃん。悠くん、楓ちゃんに『僕も会いたい』ってメッセージ送ってたよね?ごめんね、私、偶然、楓ちゃんのスマホの通知を見ちゃって、……知ってるの」
「楓ちゃん……?メッセージ……?『僕も会いたい』……?」
悠くんは思案する。
そして、何かに思い至ったようだった。
「……そうか!」
「悠くん?」
「ごめん、葵。ぜんぶ話させて。僕に起こったこと。僕が君に話せなかったこと。僕が間違ってしまったこと。ぜんぶ。
今度こそ、僕は君と一緒に幸せになりたいんだ。そのために、僕は、前に進みたい。
……だから、聞いてくれる?」
悠くんに起こったこと?
悠くんが私に話せなかったこと?
悠くんが間違ってしまったこと?
聞くのは怖い……。怖いけど……。
でも。
ーーー私も、前に進みたい。
私はこくんと頷いた。
◇
「僕ね、前世、葵に別れを告げた時、余命半年と宣告されていたんだ」
「えぇっ?!」
まさか、そんなことが悠くんに起こっていただなんて。
……全然、知らなかった。
呆然とする頭で、思わず責めるような言葉が口から出てしまう。
「……何で?……どうして言ってくれなかったの?」
「葵には僕なんかに縛られず、自由でいてほしかった。死んでいく僕から、葵を解放したかったんだ」
「そんな……!」
その時、前世、悠くんから別れを告げられた時の言葉が脳裏に浮かぶ。
『自由になりたいんだ』『解放してくれ』
……ああ、そうか。
あの言葉は、悠くん自身じゃなくて、私に向けられたものだったんだ。
悠くんは本気で、私を自由にしたくて、解放したかった。
だから私は、あの言葉が悠くんの本心だと思ったんだ。
……でも。
「私、悠くんから解放なんてされたくなかったよ。たとえそれが悠くんの死であっても、どんな形でも、私、悠くんに縛られていたかった」
「……うん。僕も、君に記憶を消された時、同じことを思った」
「え……?」
私は目を見開いた。
悠くんの頬を、一筋の涙が伝っていく。
「君から解放されて、僕はもう死んでしまいたいぐらいに苦しかった。僕も、どんな形でもいいから、君に僕を縛りつけておいてほしかったって思ったんだ。
なのに僕、前世で勝手に君を僕から解放したりして。ごめんね、葵」
「……悠くん」
私は悠くんの涙を拭った。
「葵……」
悠くんは私の手を取り、愛しそうに頬に寄せる。
「葵の後輩はね、『葵を助けてほしい』って僕に言いに来たんだよ」
後輩の話になり、私の心がズキリと痛む。
「あの子、葵のことが大好きなんだね。葵が僕と別れたあと落ち込んでいるのを見て、居ても立っても居られなかったみたいで、僕が入院していた病院まで来たんだ。
でも、僕の話を聞いて、葵を僕から解放したいという僕の意思を尊重してくれた。
だけど、葵に何かあった時に知らせたいってお願いされて、……連絡先を交換したんだ」
「そんなことが……!」
私を慕ってくれていた後輩の楓ちゃん。ずっと思い出すのが辛くて、心の奥底に封印していた彼女の笑顔が脳裏に浮かぶ。
「でね、ある日、その子からメッセージが届いた。『葵先輩が会社で酷い目に合って落ち込んでるんです。どうしても葵先輩と直接会ってほしいです。どうかお願いします!葵先輩を元気付けてもらえませんか?』って」
「え……?!」
「僕はその日、今日が最期だなって……何となく自分でわかって。朦朧とする頭でそのメッセージを読んで。本当だったら『葵に会う気は無い』って送らなきゃいけなかったのに。
最期に、僕の本心を送ってしまった。葵に……『僕も会いたい』って」
ーーーああ、そうだったのか!
二人共、私を想ってくれていたのに。
バカな私は、二人が恋仲であると勝手に勘違いをして、勝手に絶望してしまったのだ。
私の瞳から涙がポロポロ落ちる。
「そっか……私……勘違いで……ごめ……ごめんなさい……」
悠くんが私を抱き締める。
「ううん、葵。ごめんね、葵、傷付けて、ごめん……」
「ううん、……ごめんなさい……ごめんなさい」
「ううん。葵は悪くない」
「悠くん……」
そこで、私はあることに気が付いた。
「悠くん、あのメッセージを送った日が、悠くんの最期の日だったの?」
「うん。僕、君と別れてから、憔悴してしまって。文鳥が『番の後追い死』をするように、僕も君を失って1ヶ月で、宣告された余命を待たずに死んでしまったんだ」
「そうだったんだ。……私も、たぶん、あの日、命を落としたの」
「……え?」
悠くんが目を見開く。
「私も悠くんと別れてから衰弱して。……私たち、お互い、番を失って、死んじゃったんだね」
悠くんの瞳から、また涙が溢れた。
「……そうだったんだ。……僕も、葵も……番を失って……。葵……ごめん……本当にごめん……」
お互い残りの人生が短いと分かっていたなら、もっと何か違った道があったんじゃないか?
そんな後悔の涙が滲む声で、悠くんは謝り続ける。
「いいの、悠くん……私も……ごめんね」
私は思わず悠くんを抱き締めた。
悠くんは私の肩に顔を埋め、嗚咽をもらす。
そんな悠くんの背中を、私は撫で続けた。
そして、少し落ち着いた悠くんは、口を開いた。
「……そうだ。僕、最後にもう一つ、君に謝らなくちゃいけないことがあるんだ。君は、今世の僕は『自由であること』を大切にしていると思っているよね?」
「……うん」
「だけどね、僕の願いは『自由であること』なんかじゃないんだ。本当はね、僕が自由になって叶えたかった願いは、別にあったんだよ」
「え?」
「前世の僕の最期の記憶。あのメッセージを送ったあと、僕は瞳を開けていられなくなって、視界が真っ暗になった。それで、真っ暗になった視界に、葵と一緒にプレイしたゲームの、大空を自由に舞うドラゴンの映像が浮かんで」
「……!」
それは、私がユークリッド様と重ねた映像だった。
「『自由になりたい、大空を自由に舞いたい。そして、葵のもとへ飛んで行きたい』って、僕は自由にならない体で、そう強く願ったんだよ。だからね」
悠くんが私をまっすぐに見つめる。
「僕が叶えたかった本当の願いは、君のもとへ飛んで行くこと、だったんだ」
「……そう、だったの?」
「うん。だからね、この部屋に初めて来て、君と出会った時、前世の僕の願いは叶ったんだよ。まぁ実際は……飛んで行った訳じゃなくて、昼寝中に攫われて連れて来られた訳だけどね」
悠くんは眉を下げて苦笑する。
「えっ、でも……今世、初めて会った時、『自由気ままな一人旅を続けたい』って……」
「うん。それが、君に謝りたいこと。僕はね、今までずっと前世の僕の記憶を封じていたんだ」
「え?!どうして?」
「僕、生まれ変わって、君にもう一度会えたら、どうしても言いたいことがあって。でも、前世の僕のままでは言えなかった。だから僕は、今世の性格に干渉しそうな前世の記憶を全て封じ込めた。そのせいで、僕は今世、君に初めて会った時、君のことも、『君のもとに飛んで行きたい』という本当の願いも、すっかり忘れてしまっていたんだ」
「そうだったんだ……」
「でもね、今世の僕は、前世の記憶なんかなくても、君に恋に落ちて、自由な一人旅への執着なんてすっかりなくなってしまったんだよ」
「それは、……本能が、番と認識したから、じゃなくて?」
「ううん、違うよ。紛れもなく、今世の僕の意思だ」
「……!」
「僕は、自分の意思で、君を愛し、君とずっと一緒にいることを選んだんだ。だから、僕は最初から、本能に縛られてなんか、ないんだよ」
「そう、だったんだ。……なのに……私……、あなたの記憶を……」
「……うん。でもね、君が僕の記憶を消したおかげで、僕が君に何も告げずに別れを切り出したことも、僕が前世の記憶を封じていたことも、間違いだったと、僕は初めて気付くことができた。そして、僕がまた君を思い出せたら、前世の記憶を解放しようと思った。それで今、こうして君の誤解を解くことができて、本当に感謝してるんだよ」
「悠くん……」
「それに、今まで僕が前世の記憶を封じ込めていたせいで、こんな風に前世の僕が残ってしまっていたけど。今、君と話せたことで心残りがなくなって、やっと僕は、完全に今世の僕になれる」
「え?……でも、そうしたら、悠くんはどうなるの?……もしかして、消えちゃうの?」
「ううん、消えないよ。だって僕はユークリッドだから。君がアイデシアなのと同じだよ」
「でもさ、悠くん。悠くんはユークリッド様と全然違うよね?だって……」
私は、ユークリッド様が悠くんではない、と最初に強く認識した出来事を思い出す。
「悠くんは、私がスケスケのワンピースを着てたら、私の方を見ないようにするよね?」
「……え?」
悠くんが目を見開いた。
「悠くんは、ソファでイチャイチャすることはあっても、いきなり押し倒したりしないし、ベッド以外の場所でしないよね?」
「……!」
悠くんの顔が青くなる。
「悠くんは、する時は必ず服を脱がせてくれるし、終わったら必ず体を離すし、朝とか昼にしないし、座ってとか立ってとか後ろからとか私を上に乗せてとかしないし、出かける直前の時間が無い時になんてしないし、蜂蜜で悪戯なんてしないし、お風呂に一緒に入らないし。それに、私の体を勝手に開発するなんてこと、……絶対しないよね?」
「……」
私がユークリッド様と悠くんの違いを挙げていくに連れて、なぜか悠くんの顔色がどんどん悪くなっていく。
そうだ。悠くんはとっても純粋なのに。
いくらユークリッド様との違いを確認するためとはいえ、私がこんな話をしたせいで衝撃を受けてしまったのかもしれない。
「悠くん、ごめん、大丈夫……?」
私は悠くんの顔色を伺う。
すると、悠くんは額を手で抑えながら、言い辛そうに口を開いた。
「……あのね、実は」
「うん」
「今世、僕が言ったりやったりしたことは全部、前世の僕の心や体が弱くてできなかったことなんだ。全部、前世の僕もしたかったことなんだよ」
「え」
予想外の言葉に、私の思考が停止した。
そして悠くんの言葉が理解できた時、私の脳内は驚きの大波に襲われた。
「……ぇぇえええええ?!」
その瞬間、ユークリッド様にとんでもない服を着せられ、とんでもない要望の数々を、『今日が最後だから』と思って全て叶えたあの夜のことを思い出す。
「……ま、まさか、……ナース、も……?!」
耳まで真っ赤になった悠くんが、両手で顔を覆って言う。
「……うん。前世、君と別れてから……入院中、ナースの君に……お世話とか、色々……してもらえたらなって……ずっと、妄想が止まらなくて……」
「えええええええええええ!!!」
まさか?!あの誰よりもピュアな悠くんが?!
……衝撃の事実、であった。
「……という訳だからさ、僕は紛れもなくユークリッドなんだ。やりたいことを我慢するかしないか、の違いだけで」
「じゃあさ、ユークリッド様の言っていることや、やっていることは、全部……悠くんの本心ってこと?」
悠くんは、眉を下げながら笑って言った。
「うん、そうだよ」
私の中のピュアな悠くん像が、ガラガラと音を立てて崩れていった。
でも、同時に、何だか安心したような気持ちになった。
「そっか。初めから、ユークリッド様は悠くんだったんだね」
「うん。今までもそうだし、これからも、僕は確かにユークリッドだよ」
「……じゃあさ」
「なぁに?」
「前世、悠くんがしたかったけどできなかったこと、これからもたくさん教えてね」
「……!」
「今世はさ、私たち、たっぷり寿命もあるから、全部、一緒に叶えよう?」
「……うん。うん!ありがとう!」
彼は、泣きそうな、でも心底幸せそうな顔で微笑んだ。
「僕、君のこと、ずっとずっと大好きだよ。今までもこれからもずっと愛してる」
「うん、私もあなたのこと、ずっとずっと大好き。今までもこれからもずっと愛してる」
私たちは涙を滲ませた笑顔で、額を寄せ合った。
さよなら、じゃない。
私は前世最愛の人にして今世最愛の人と、一緒に幸せになるために、前に進むのだ。
前世の私の名前を呼ぶ、目の前の彼は。
私の前世最愛の人。
生まれ変わって180年もの間、片思いし続けた相手。
生涯唯一の番を持つオオカミを見て、「僕達みたいだね」と言ってくれた人。
「葵の親に挨拶したい」と言ってくれた人。
なのに「自由になりたい」と言って私を捨てた人。
私を捨てて自由になった後、私の後輩に「僕も会いたい」というメッセージを送った人。
前世で私に一番優しくて、一番残酷だった人。
その彼に前世の名前を呼ばれ、私の心が『葵』になっていく。
私は、その彼の名前を口にした。
「悠くん……」
「葵、ごめんね。僕、君に、本当に酷いことをした」
「ううん、悠くん。ごめん、私こそ、悠くんに、酷いことしたの、やっと、気付いて」
「……え?」
私の瞳に涙が込み上げる。
「悠くんはあの時、大学の女の子を好きだったんだよね?なのに、私が告白したせいで、二人を引き裂いちゃった……」
「え?!誰?!」
「悠くんが大学でよく話してた、スレンダーな美人の子。悠くんが好きになった、私の会社の後輩と、よく似てる女の子」
「え?!僕が好きになった?!後輩?!」
「私の会社の後輩……楓ちゃん。悠くん、楓ちゃんに『僕も会いたい』ってメッセージ送ってたよね?ごめんね、私、偶然、楓ちゃんのスマホの通知を見ちゃって、……知ってるの」
「楓ちゃん……?メッセージ……?『僕も会いたい』……?」
悠くんは思案する。
そして、何かに思い至ったようだった。
「……そうか!」
「悠くん?」
「ごめん、葵。ぜんぶ話させて。僕に起こったこと。僕が君に話せなかったこと。僕が間違ってしまったこと。ぜんぶ。
今度こそ、僕は君と一緒に幸せになりたいんだ。そのために、僕は、前に進みたい。
……だから、聞いてくれる?」
悠くんに起こったこと?
悠くんが私に話せなかったこと?
悠くんが間違ってしまったこと?
聞くのは怖い……。怖いけど……。
でも。
ーーー私も、前に進みたい。
私はこくんと頷いた。
◇
「僕ね、前世、葵に別れを告げた時、余命半年と宣告されていたんだ」
「えぇっ?!」
まさか、そんなことが悠くんに起こっていただなんて。
……全然、知らなかった。
呆然とする頭で、思わず責めるような言葉が口から出てしまう。
「……何で?……どうして言ってくれなかったの?」
「葵には僕なんかに縛られず、自由でいてほしかった。死んでいく僕から、葵を解放したかったんだ」
「そんな……!」
その時、前世、悠くんから別れを告げられた時の言葉が脳裏に浮かぶ。
『自由になりたいんだ』『解放してくれ』
……ああ、そうか。
あの言葉は、悠くん自身じゃなくて、私に向けられたものだったんだ。
悠くんは本気で、私を自由にしたくて、解放したかった。
だから私は、あの言葉が悠くんの本心だと思ったんだ。
……でも。
「私、悠くんから解放なんてされたくなかったよ。たとえそれが悠くんの死であっても、どんな形でも、私、悠くんに縛られていたかった」
「……うん。僕も、君に記憶を消された時、同じことを思った」
「え……?」
私は目を見開いた。
悠くんの頬を、一筋の涙が伝っていく。
「君から解放されて、僕はもう死んでしまいたいぐらいに苦しかった。僕も、どんな形でもいいから、君に僕を縛りつけておいてほしかったって思ったんだ。
なのに僕、前世で勝手に君を僕から解放したりして。ごめんね、葵」
「……悠くん」
私は悠くんの涙を拭った。
「葵……」
悠くんは私の手を取り、愛しそうに頬に寄せる。
「葵の後輩はね、『葵を助けてほしい』って僕に言いに来たんだよ」
後輩の話になり、私の心がズキリと痛む。
「あの子、葵のことが大好きなんだね。葵が僕と別れたあと落ち込んでいるのを見て、居ても立っても居られなかったみたいで、僕が入院していた病院まで来たんだ。
でも、僕の話を聞いて、葵を僕から解放したいという僕の意思を尊重してくれた。
だけど、葵に何かあった時に知らせたいってお願いされて、……連絡先を交換したんだ」
「そんなことが……!」
私を慕ってくれていた後輩の楓ちゃん。ずっと思い出すのが辛くて、心の奥底に封印していた彼女の笑顔が脳裏に浮かぶ。
「でね、ある日、その子からメッセージが届いた。『葵先輩が会社で酷い目に合って落ち込んでるんです。どうしても葵先輩と直接会ってほしいです。どうかお願いします!葵先輩を元気付けてもらえませんか?』って」
「え……?!」
「僕はその日、今日が最期だなって……何となく自分でわかって。朦朧とする頭でそのメッセージを読んで。本当だったら『葵に会う気は無い』って送らなきゃいけなかったのに。
最期に、僕の本心を送ってしまった。葵に……『僕も会いたい』って」
ーーーああ、そうだったのか!
二人共、私を想ってくれていたのに。
バカな私は、二人が恋仲であると勝手に勘違いをして、勝手に絶望してしまったのだ。
私の瞳から涙がポロポロ落ちる。
「そっか……私……勘違いで……ごめ……ごめんなさい……」
悠くんが私を抱き締める。
「ううん、葵。ごめんね、葵、傷付けて、ごめん……」
「ううん、……ごめんなさい……ごめんなさい」
「ううん。葵は悪くない」
「悠くん……」
そこで、私はあることに気が付いた。
「悠くん、あのメッセージを送った日が、悠くんの最期の日だったの?」
「うん。僕、君と別れてから、憔悴してしまって。文鳥が『番の後追い死』をするように、僕も君を失って1ヶ月で、宣告された余命を待たずに死んでしまったんだ」
「そうだったんだ。……私も、たぶん、あの日、命を落としたの」
「……え?」
悠くんが目を見開く。
「私も悠くんと別れてから衰弱して。……私たち、お互い、番を失って、死んじゃったんだね」
悠くんの瞳から、また涙が溢れた。
「……そうだったんだ。……僕も、葵も……番を失って……。葵……ごめん……本当にごめん……」
お互い残りの人生が短いと分かっていたなら、もっと何か違った道があったんじゃないか?
そんな後悔の涙が滲む声で、悠くんは謝り続ける。
「いいの、悠くん……私も……ごめんね」
私は思わず悠くんを抱き締めた。
悠くんは私の肩に顔を埋め、嗚咽をもらす。
そんな悠くんの背中を、私は撫で続けた。
そして、少し落ち着いた悠くんは、口を開いた。
「……そうだ。僕、最後にもう一つ、君に謝らなくちゃいけないことがあるんだ。君は、今世の僕は『自由であること』を大切にしていると思っているよね?」
「……うん」
「だけどね、僕の願いは『自由であること』なんかじゃないんだ。本当はね、僕が自由になって叶えたかった願いは、別にあったんだよ」
「え?」
「前世の僕の最期の記憶。あのメッセージを送ったあと、僕は瞳を開けていられなくなって、視界が真っ暗になった。それで、真っ暗になった視界に、葵と一緒にプレイしたゲームの、大空を自由に舞うドラゴンの映像が浮かんで」
「……!」
それは、私がユークリッド様と重ねた映像だった。
「『自由になりたい、大空を自由に舞いたい。そして、葵のもとへ飛んで行きたい』って、僕は自由にならない体で、そう強く願ったんだよ。だからね」
悠くんが私をまっすぐに見つめる。
「僕が叶えたかった本当の願いは、君のもとへ飛んで行くこと、だったんだ」
「……そう、だったの?」
「うん。だからね、この部屋に初めて来て、君と出会った時、前世の僕の願いは叶ったんだよ。まぁ実際は……飛んで行った訳じゃなくて、昼寝中に攫われて連れて来られた訳だけどね」
悠くんは眉を下げて苦笑する。
「えっ、でも……今世、初めて会った時、『自由気ままな一人旅を続けたい』って……」
「うん。それが、君に謝りたいこと。僕はね、今までずっと前世の僕の記憶を封じていたんだ」
「え?!どうして?」
「僕、生まれ変わって、君にもう一度会えたら、どうしても言いたいことがあって。でも、前世の僕のままでは言えなかった。だから僕は、今世の性格に干渉しそうな前世の記憶を全て封じ込めた。そのせいで、僕は今世、君に初めて会った時、君のことも、『君のもとに飛んで行きたい』という本当の願いも、すっかり忘れてしまっていたんだ」
「そうだったんだ……」
「でもね、今世の僕は、前世の記憶なんかなくても、君に恋に落ちて、自由な一人旅への執着なんてすっかりなくなってしまったんだよ」
「それは、……本能が、番と認識したから、じゃなくて?」
「ううん、違うよ。紛れもなく、今世の僕の意思だ」
「……!」
「僕は、自分の意思で、君を愛し、君とずっと一緒にいることを選んだんだ。だから、僕は最初から、本能に縛られてなんか、ないんだよ」
「そう、だったんだ。……なのに……私……、あなたの記憶を……」
「……うん。でもね、君が僕の記憶を消したおかげで、僕が君に何も告げずに別れを切り出したことも、僕が前世の記憶を封じていたことも、間違いだったと、僕は初めて気付くことができた。そして、僕がまた君を思い出せたら、前世の記憶を解放しようと思った。それで今、こうして君の誤解を解くことができて、本当に感謝してるんだよ」
「悠くん……」
「それに、今まで僕が前世の記憶を封じ込めていたせいで、こんな風に前世の僕が残ってしまっていたけど。今、君と話せたことで心残りがなくなって、やっと僕は、完全に今世の僕になれる」
「え?……でも、そうしたら、悠くんはどうなるの?……もしかして、消えちゃうの?」
「ううん、消えないよ。だって僕はユークリッドだから。君がアイデシアなのと同じだよ」
「でもさ、悠くん。悠くんはユークリッド様と全然違うよね?だって……」
私は、ユークリッド様が悠くんではない、と最初に強く認識した出来事を思い出す。
「悠くんは、私がスケスケのワンピースを着てたら、私の方を見ないようにするよね?」
「……え?」
悠くんが目を見開いた。
「悠くんは、ソファでイチャイチャすることはあっても、いきなり押し倒したりしないし、ベッド以外の場所でしないよね?」
「……!」
悠くんの顔が青くなる。
「悠くんは、する時は必ず服を脱がせてくれるし、終わったら必ず体を離すし、朝とか昼にしないし、座ってとか立ってとか後ろからとか私を上に乗せてとかしないし、出かける直前の時間が無い時になんてしないし、蜂蜜で悪戯なんてしないし、お風呂に一緒に入らないし。それに、私の体を勝手に開発するなんてこと、……絶対しないよね?」
「……」
私がユークリッド様と悠くんの違いを挙げていくに連れて、なぜか悠くんの顔色がどんどん悪くなっていく。
そうだ。悠くんはとっても純粋なのに。
いくらユークリッド様との違いを確認するためとはいえ、私がこんな話をしたせいで衝撃を受けてしまったのかもしれない。
「悠くん、ごめん、大丈夫……?」
私は悠くんの顔色を伺う。
すると、悠くんは額を手で抑えながら、言い辛そうに口を開いた。
「……あのね、実は」
「うん」
「今世、僕が言ったりやったりしたことは全部、前世の僕の心や体が弱くてできなかったことなんだ。全部、前世の僕もしたかったことなんだよ」
「え」
予想外の言葉に、私の思考が停止した。
そして悠くんの言葉が理解できた時、私の脳内は驚きの大波に襲われた。
「……ぇぇえええええ?!」
その瞬間、ユークリッド様にとんでもない服を着せられ、とんでもない要望の数々を、『今日が最後だから』と思って全て叶えたあの夜のことを思い出す。
「……ま、まさか、……ナース、も……?!」
耳まで真っ赤になった悠くんが、両手で顔を覆って言う。
「……うん。前世、君と別れてから……入院中、ナースの君に……お世話とか、色々……してもらえたらなって……ずっと、妄想が止まらなくて……」
「えええええええええええ!!!」
まさか?!あの誰よりもピュアな悠くんが?!
……衝撃の事実、であった。
「……という訳だからさ、僕は紛れもなくユークリッドなんだ。やりたいことを我慢するかしないか、の違いだけで」
「じゃあさ、ユークリッド様の言っていることや、やっていることは、全部……悠くんの本心ってこと?」
悠くんは、眉を下げながら笑って言った。
「うん、そうだよ」
私の中のピュアな悠くん像が、ガラガラと音を立てて崩れていった。
でも、同時に、何だか安心したような気持ちになった。
「そっか。初めから、ユークリッド様は悠くんだったんだね」
「うん。今までもそうだし、これからも、僕は確かにユークリッドだよ」
「……じゃあさ」
「なぁに?」
「前世、悠くんがしたかったけどできなかったこと、これからもたくさん教えてね」
「……!」
「今世はさ、私たち、たっぷり寿命もあるから、全部、一緒に叶えよう?」
「……うん。うん!ありがとう!」
彼は、泣きそうな、でも心底幸せそうな顔で微笑んだ。
「僕、君のこと、ずっとずっと大好きだよ。今までもこれからもずっと愛してる」
「うん、私もあなたのこと、ずっとずっと大好き。今までもこれからもずっと愛してる」
私たちは涙を滲ませた笑顔で、額を寄せ合った。
さよなら、じゃない。
私は前世最愛の人にして今世最愛の人と、一緒に幸せになるために、前に進むのだ。
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ファンタジー
十五歳の誕生日をぼっちで過ごしていた利照はその夜、熱を出して布団にくるまり、目覚めると見知らぬ世界でリテルとして生きていた。
リテルの記憶を参照はできるものの、主観も思考も利照の側にあることに混乱しているさなか、幼馴染のケティが彼のベッドのすぐ隣へと座る。
リテルの記憶の中から彼女との約束を思いだし、戸惑いながらもケティと触れ合った直後、自身の身に降り掛かった災難のため、村人を助けるため、単身、魔女に会いに行くことにした彼は、魔女の館で興奮するほどの学びを体験する。
異世界で優しくされながらも感じる疎外感。命を脅かされる危険な出会い。どこかで元の世界とのつながりを感じながら、時には理不尽な禍に耐えながらも、自分の運命を切り拓いてゆく物語。
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