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16. 俺が「何かを喪失した世界」で全ての記憶を取り戻した結果(視点変更あり)
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ーーーごめんね。僕が間違ってた。
僕さ、君に記憶を消されて、君から解放されて、もう死んでしまいたいぐらいに苦しいよ。
もしも君が、前世の僕のように、僕を置いて死んでしまうとしても、僕は自由なんていらない。
君から解放されたいなんて全然思わないよ。
たとえ『君の死』という深い悲しみであっても、どんな形でも、僕を君に縛りつけておいてほしい。
解放される立場になって初めて、そう思ったよ。
……なのに前世の僕は、勝手に君を僕から解放して、君はどんなに辛かっただろう。苦しかっただろう。
ごめんね。本当にごめん。
君は、僕が君を好きなのは『本能』のせいだって言ったけど、それは違うよ。
僕は君を求める本能も自覚した上で、自分の意思で、君を好きになったんだよ。
職員たちも、研究のために君に愛を注いでるんじゃないよ。
僕も彼らも、真面目で、癒やし系で、たまにうっかり勘違いしちゃう可愛い君が大好きなんだ。
でもさ、君がそんな風に思ってしまうのは、きっと『自分が無条件で愛される訳がない』って思い込んでいるからだよね。
きっと、前世の僕が君に何も説明せずに別れを告げたから、君は自分に向けられる愛を信じれなくなってしまったんだよね。
僕は、君に、本当に、酷いことをした。
僕が自分勝手な目的のために、前世の記憶を封じていたことも、そうだ。
僕は、生まれ変わった僕が君と幸せになるために、前世の記憶なんていらないって思い込んでいたんだ。
でも、そのせいで、君に勘違いをさせてしまった。
やっと、僕の考えが間違ってたってわかったよ。
僕は前世、いつも間違えてばかりだったね。
君が大好きで、大好きすぎて、君の前だと緊張しすきたり、考えすぎたりして、本当に失敗ばかりだった。
君に告白してもらった時も、僕がプロポーズしようとした時も、肝心なことは何も言えなかった。
そういえば、君に「アザラシに似てる」って言った時も、君には体型のことだと勘違いさせちゃったよね。でも、僕はね、君の可愛い瞳が、アザラシに似てるなって思ったんだ。
……僕は、本当に間違えてばかりだ。
ごめんね。
もし僕がまた君に会えたら。
もし僕がまた君を思い出せたら。
僕はーーー。
***
俺の意識はゆっくりと浮上する。
俺は昼寝から目が覚めた。
なんだか1~2日ぐらい寝過ごしてしまったような気がするが、寝た時と同じ場所にいたので気のせいだろう。
今まで通り、俺は一人、自由気ままな旅を続けることにする。
次はどこに行こうか?
しかし、俺の中には何かぽっかりと穴のようなものが空いていた。
以前から空いていた穴が、とんでもなく大きく広がったような、そんな気がした。
◆◆◆
ボクは、生物研究所の職員だ。
二日前、ユークリッド君を見つけて、この研究所に連れて来たのはボクである。
アイデシアはユークリッド君を「繁殖活動後に解放する」と言っていたけど、ボクたち職員は「ユークリッド君がアイデシアの番になってくれたらいいな」と期待していた。
そしたら、昨日、なんと!ユークリッド君はボクたちの期待通り、「アイデシアと番になりたい」と言ってくれたのだ。
ボクたちは歓喜した。
聞けば、ユークリッド君は今まで一人旅を続けていたとのことで、かなり頼れる男である。
ユークリッド君のアイデシアに対する溺愛ぶりを見て、「二人が研究所に残るにしても、外に出るにしても、ユークリッド君がいてくれれば、アイデシアは生涯安泰だ!」とボクたちは安堵していたのだけど……。
「アイデシア?!ユークリッド君?!」
今日、二人の部屋に朝食を持って来たボクは、驚いた。
アイデシアとユークリッド君がいるはずの部屋に、誰もいなかったからだ。
その時、ボクは真っ先に昨日のユークリッド君の言葉を思い出した。
ユークリッド君は、「もしアイデシアがすぐにでも出たいと言ったら、研究所を破壊してでも連れて行く」と言っていた。
まさか、アイデシアが外に出ることを望んだとかで、早速二人で研究所を出て行ってしまったんじゃないか?!
え?こんなに早く?
アイデシアとちゃんとお別れもできてないのに?
確かにアイデシアと出会った翌日に番になると決めた、決断の早いユークリッド君だけど。
流石にこれは早すぎるよぉ~!!!
ボクが焦って研究室に戻ろうとしたその時、玄関のドアがガチャリと開いた。
「……あっ、いらっしゃっていたのですね!おはようございます。不在にしていてすみません」
アイデシアが帰ってきた。
僕は心の底からホッとした。
「アイデシア、良かったー!もしかして、二人で研究所を出て行っちゃったのかと思って、かなり焦ったよー!
……ところで、ユークリッド君は?」
アイデシアは、目を伏せ、とても言いにくそうに言った。
「……ユークリッド様は、もう、この研究所には戻りません」
「え?!」
ボクは驚いた。
だって、つい昨日「アイデシアを愛している」「アイデシアと番になりたい」と、そう言っていた彼が、アイデシアを置いて、ここを去る?!
状況が理解できない僕は、ふと、あることを思い出した。
「……アイデシア。もしかして、昨夜の質問と関係あったり、する?」
実は、昨夜遅くのこと、アイデシアが研究室を訪れた。
そんな時間にアイデシアが出歩くことは滅多にないので、ボクたち職員は驚いた。
アイデシアは、ユークリッド君が昼寝をしていた場所を知りたいと言う。
アイデシアは孵化してから、一度も外に出たことがないのに、どうして外の話なんか聞くんだろう?と疑問に思いながらも、ボクはその場所の特徴を伝えたのだけど……。
「……」
アイデシアは目を伏せ、答えない。
ボクが部屋を見回すと、寝室のドアが開いていて……。
寝室のベッドの上に、睡眠薬の空きボトルと、記憶操作の魔道具が置いてあるのが見えた。
記憶操作の魔道具は、一時的に研究所で保護した生き物を野生に帰すための目的で、研究所に備えられている。
例えば、外でケガをした野生動物を研究所で保護した際、その野生動物が外に戻れなくなってしまうことがよくある。
そういった時に、野生動物が研究所で過ごした時の記憶を消してから、野生に戻すのだ。
あとは、ごくごく稀に、『番の後追い死』を防ぐために使用することもある。
生涯唯一の番と連れ添う生き物は、番の片割れが死んでしまうと、もう一方の片割れも1ヶ月ほどで死んでしまうことがあり、それを『番の後追い死』と呼んでいる。
その死を防ぐため、番がいた時の記憶を消すのだ。
この魔道具は、人間にはもちろん使用禁止で、そのための魔法はかけてあるのだが、……ドラゴンには使用できる。
そうだ。ボクはアイデシアから昨日、お昼にも質問をされた。
確か、「『唯一の番を持つ生き物』の『唯一の番』をリセットする方法はあるのですか?」と。
そこで、あることに思い至ったボクは、震えながらアイデシアに尋ねた。
「アイデシア。あそこの睡眠薬と記憶操作の魔道具、……まさかユークリッド君に……?」
「ごめんなさい。何も……聞かないでください」
悲痛な表情を浮かべたアイデシアに、ボクは何も言えなくなってしまった。
◇◇◇
ユークリッド君がいなくなった日から二週間が経ったある日。
ボクたち職員は研究室で緊急会議を開いていた。
「今日話し合いたいのは、アイデシアの体調について、なんだけど……」
「すっかり塞ぎ込んでいるわよね……」
「あんな日に日に弱っていく姿、ボク、見てられないよー!」
結局、何があったかアイデシアに問いただせないボクたちは、アイデシアを見守ることしかできなかった。
「人間は妊娠すると体調不良になることがあるけど、アイデシアも卵を授かったことによる体調不良……ってことはないのよね?」
「うん。アイデシアの体調が心配で今日も健診したけど、今のところ卵は確認できてないんだ」
ドラゴンのような卵生の生き物は受精に成功した後、雌のお腹の中で卵を作り始める。
ドラゴンの場合は受精成功後、卵が確認できるまで何日かかるかわからないのだけど、今のところはまだだった。
「……ということは、『番の後追い死』のような現象なのかしら」
「可能性は高いね」
「ユークリッド君が死んでしまっている可能性は低いし、ドラゴンが唯一の番と連れ添う生き物なのかどうかわからないけれど。ユークリッド君がいなくなったことにより、アイデシアは唯一の番を失ったような状態になって、『番の後追い死』をするように、死に向かっているのかもしれない」
ボクたちの表情は暗くなる。
「アイデシアをこのまま死なせたくなんてない!どうにかしてアイデシアに、ユークリッド君を探して連れ戻そうって説得できないかな?」
「実はワタシ、何度か『ユークリッド君を探そう』って言ってみたんだけど……その度にアイデシアから『絶対にやめてください』って泣いて請われたわ」
「そういえばボクも、こっそり『尋ねドラゴン』のポスターやチラシを作ってたら、アイデシアに見つかって。アイデシアを泣かせちゃったんだった」
「アイデシアに泣かれちゃうと、何もできなくなっちゃうのよね」
「だね」
ボクたちの顔はどんどん暗くなる。
「アイデシアの『番の後追い死』を防ぐには、アイデシアがユークリッド君と過ごした時の記憶を消してしまうしかないのかしら」
「……いや、記憶操作の魔道具は、主に保護した動物を野生に戻す際の一時的な処置のもので、高度な知性や意思を持つ生き物は、何かのきっかけで思い出すことが多いんだ。
アイデシアがこの研究所にいる限り、思い出すきっかけばかりだと思うから……記憶を消してもすぐに思い出してしまうんじゃないかな」
「そうなのね」
なす術もない状況に、僕たちは項垂れた。
「うーん、何か良い方法はないのかな。人間なら、次の恋が解決してくれるなんてこともあるけど……」
「それだわ!アイデシアに、新しい繁殖相手を募集するのはどうかしら?」
「ええっ?!傷心のアイデシアに、他の雄ドラゴンと繁殖しろなんて言えないよ!」
「いいえ、新しい繁殖相手を募集するという名目で、ユークリッド君から研究所に来てもらえるように仕向けるのよ」
「でも、ユークリッド君を連れ戻そうとしてるなんてバレたら、またアイデシアを泣かせちゃうよ?!」
「アイデシアには、『新しい繁殖相手を募集する』という説明をして、ワタシたちもあくまで新しい繁殖相手を探している振りをするの。
アイデシアは、ワタシたちがドラゴンの繁殖の研究のためにユークリッド君を連れて来たと思っていたようだったから……それを逆手に取るのよ」
そして、計画の全貌を聞いたボクは、頭を抱えながら言った。
「うーん……ユークリッド君がこの国にまだいるかはわからないし、うまくいく確率はかなり低いと思うけど……」
「でも、このまま何もしないよりマシだわ!」
「……うん!そうだね」
しかしその時、ボクは、ユークリッド君がこの研究室に来た時、彼が『研究所を破壊してでも連れて行く』と言った時の、まるで魔王のような凶悪な顔が脳裏に浮かんだ。
「でも、ユークリッド君の記憶が戻って、建前とはいえ新しい繁殖相手を探したなんて知られたら。……ボクたち、殺されるんじゃないかな?」
「まぁ、その時はその時よ!ワタシの方で対策を考えておくわ」
「……よし、ボクも腹を括るよ!」
こうして、ボクたちは可愛い可愛いアイデシアのために動くことにした。
……ユークリッド君には殺されるかもしれないけど。
◆◆◆
あの不思議な昼寝の日から一ヶ月。
俺は同じ場所に長く滞在することは少ないのだが、何故か俺は、あの昼寝をした場所から離れ難い気持ちになって、近くの街を転々としていた。
そんな俺がある街の上空を飛びながら通り過ぎようとした時、ヒト型になったドラゴンが街に溜まっているのを見かけた。
基本的にドラゴンは番や家族以外とつるむことは少ない。
だからドラゴンがあんな風に一箇所に集まっているのは、かなり珍しい光景だった。
ーーー何かあったのだろうか?
俺は少し気になって、降りてみることにした。
◇
「何かあったのか?」
「そうなんス!この国の生物研究所で、雌のドラゴンが飼育されているのは知ってるッスか?」
生物研究所?雌ドラゴン?飼育?
その瞬間、俺は頭にチクリと痛みが走ったが、気にせず返事をした。
「ああ、知っている」
「その雌ドラゴンが外の雄ドラゴン相手に、繁殖相手を募集してるみたいッス」
「へぇ」
繁殖相手?募集?
また俺の頭にチクリと痛みが走る。
何故か、モヤモヤと苛立つような感情も湧き起こる。
俺が不思議に思っていると、ドラゴン連中が口々に話し始めた。
「オレは研究所なんかぜってーヤダ。何されるかわからねーもん」
「行ったが最後、そのまま一生飼育されちゃいそーだよね」
「でも繁殖活動が終わり次第、解放されるみたいッスよ?」
「いつ繁殖に成功するかなんてわからねーぞ?それこそ一生デキねーかもしれねーし」
「でもさでもさ、この写真の研究所の雌、スッゲー可愛くね?この雌と繁殖活動ができるなら、応募してみてもいーかな」
この発言に、また俺の頭がチクリと痛み、先ほどよりも強い苛立ちの感情が発生した。
しかし、俺はその苛立ちを必死に抑えて声をかけた。
「……写真があるのか?」
「ほらこれ。この繁殖相手募集チラシに載ってるよ」
チラシを見た瞬間、ひときわ強い衝撃が俺の頭に走る。
「ーーーっ!」
その瞬間、俺の視界が反転した。
俺の意識が急速に沈んでいく。
「おいおい、コイツ、急にブッ倒れたぞ?」
「どーしたんだろ?」
「ブッ倒れるほど、この雌が好みだったんじゃないッスか?!」
「「確かに」」
ドラゴン共がガハハと笑い合う声が、どんどん遠くなっていく。
そして、俺は意識を手放した。
***
もし僕がまた君に会えたら。
もし僕がまた君を思い出せたら。
僕はーーー。
ーーーいや、俺は、今度こそ、お前を絶対に離さない。
俺という存在にお前を縛り付け、二度と解放なんてするものか。
そしてお前にも、俺を解放しようだなんて二度と考えられないようにしてやる。
俺から記憶を奪おうだなんて、お前に俺以外の雄を宛てがおうだなんて、お前も職員たちも、よくもまあ恐ろしいことを考えたものだ。
お前が他の雄と繁殖なんてことになったら、俺は発狂して、この国どころかこの世界が滅びることになっただろう。
お前や職員たちが俺に抵抗すると言うのなら、その時は研究所を破壊してやる。
それでもお前が俺から逃げるというのなら国を滅ぼし、世界を滅ぼし、徹底的にお前の居場所を奪ってやる。
そして、俺とお前だけの世界で、この俺が、お前を飼育してやろうじゃあないか。
他の雄がお前に一指でも触れる前に、お前を奪いに行かなければ。一刻も早く。
ーーー俺は、全ての記憶を取り戻した。
僕さ、君に記憶を消されて、君から解放されて、もう死んでしまいたいぐらいに苦しいよ。
もしも君が、前世の僕のように、僕を置いて死んでしまうとしても、僕は自由なんていらない。
君から解放されたいなんて全然思わないよ。
たとえ『君の死』という深い悲しみであっても、どんな形でも、僕を君に縛りつけておいてほしい。
解放される立場になって初めて、そう思ったよ。
……なのに前世の僕は、勝手に君を僕から解放して、君はどんなに辛かっただろう。苦しかっただろう。
ごめんね。本当にごめん。
君は、僕が君を好きなのは『本能』のせいだって言ったけど、それは違うよ。
僕は君を求める本能も自覚した上で、自分の意思で、君を好きになったんだよ。
職員たちも、研究のために君に愛を注いでるんじゃないよ。
僕も彼らも、真面目で、癒やし系で、たまにうっかり勘違いしちゃう可愛い君が大好きなんだ。
でもさ、君がそんな風に思ってしまうのは、きっと『自分が無条件で愛される訳がない』って思い込んでいるからだよね。
きっと、前世の僕が君に何も説明せずに別れを告げたから、君は自分に向けられる愛を信じれなくなってしまったんだよね。
僕は、君に、本当に、酷いことをした。
僕が自分勝手な目的のために、前世の記憶を封じていたことも、そうだ。
僕は、生まれ変わった僕が君と幸せになるために、前世の記憶なんていらないって思い込んでいたんだ。
でも、そのせいで、君に勘違いをさせてしまった。
やっと、僕の考えが間違ってたってわかったよ。
僕は前世、いつも間違えてばかりだったね。
君が大好きで、大好きすぎて、君の前だと緊張しすきたり、考えすぎたりして、本当に失敗ばかりだった。
君に告白してもらった時も、僕がプロポーズしようとした時も、肝心なことは何も言えなかった。
そういえば、君に「アザラシに似てる」って言った時も、君には体型のことだと勘違いさせちゃったよね。でも、僕はね、君の可愛い瞳が、アザラシに似てるなって思ったんだ。
……僕は、本当に間違えてばかりだ。
ごめんね。
もし僕がまた君に会えたら。
もし僕がまた君を思い出せたら。
僕はーーー。
***
俺の意識はゆっくりと浮上する。
俺は昼寝から目が覚めた。
なんだか1~2日ぐらい寝過ごしてしまったような気がするが、寝た時と同じ場所にいたので気のせいだろう。
今まで通り、俺は一人、自由気ままな旅を続けることにする。
次はどこに行こうか?
しかし、俺の中には何かぽっかりと穴のようなものが空いていた。
以前から空いていた穴が、とんでもなく大きく広がったような、そんな気がした。
◆◆◆
ボクは、生物研究所の職員だ。
二日前、ユークリッド君を見つけて、この研究所に連れて来たのはボクである。
アイデシアはユークリッド君を「繁殖活動後に解放する」と言っていたけど、ボクたち職員は「ユークリッド君がアイデシアの番になってくれたらいいな」と期待していた。
そしたら、昨日、なんと!ユークリッド君はボクたちの期待通り、「アイデシアと番になりたい」と言ってくれたのだ。
ボクたちは歓喜した。
聞けば、ユークリッド君は今まで一人旅を続けていたとのことで、かなり頼れる男である。
ユークリッド君のアイデシアに対する溺愛ぶりを見て、「二人が研究所に残るにしても、外に出るにしても、ユークリッド君がいてくれれば、アイデシアは生涯安泰だ!」とボクたちは安堵していたのだけど……。
「アイデシア?!ユークリッド君?!」
今日、二人の部屋に朝食を持って来たボクは、驚いた。
アイデシアとユークリッド君がいるはずの部屋に、誰もいなかったからだ。
その時、ボクは真っ先に昨日のユークリッド君の言葉を思い出した。
ユークリッド君は、「もしアイデシアがすぐにでも出たいと言ったら、研究所を破壊してでも連れて行く」と言っていた。
まさか、アイデシアが外に出ることを望んだとかで、早速二人で研究所を出て行ってしまったんじゃないか?!
え?こんなに早く?
アイデシアとちゃんとお別れもできてないのに?
確かにアイデシアと出会った翌日に番になると決めた、決断の早いユークリッド君だけど。
流石にこれは早すぎるよぉ~!!!
ボクが焦って研究室に戻ろうとしたその時、玄関のドアがガチャリと開いた。
「……あっ、いらっしゃっていたのですね!おはようございます。不在にしていてすみません」
アイデシアが帰ってきた。
僕は心の底からホッとした。
「アイデシア、良かったー!もしかして、二人で研究所を出て行っちゃったのかと思って、かなり焦ったよー!
……ところで、ユークリッド君は?」
アイデシアは、目を伏せ、とても言いにくそうに言った。
「……ユークリッド様は、もう、この研究所には戻りません」
「え?!」
ボクは驚いた。
だって、つい昨日「アイデシアを愛している」「アイデシアと番になりたい」と、そう言っていた彼が、アイデシアを置いて、ここを去る?!
状況が理解できない僕は、ふと、あることを思い出した。
「……アイデシア。もしかして、昨夜の質問と関係あったり、する?」
実は、昨夜遅くのこと、アイデシアが研究室を訪れた。
そんな時間にアイデシアが出歩くことは滅多にないので、ボクたち職員は驚いた。
アイデシアは、ユークリッド君が昼寝をしていた場所を知りたいと言う。
アイデシアは孵化してから、一度も外に出たことがないのに、どうして外の話なんか聞くんだろう?と疑問に思いながらも、ボクはその場所の特徴を伝えたのだけど……。
「……」
アイデシアは目を伏せ、答えない。
ボクが部屋を見回すと、寝室のドアが開いていて……。
寝室のベッドの上に、睡眠薬の空きボトルと、記憶操作の魔道具が置いてあるのが見えた。
記憶操作の魔道具は、一時的に研究所で保護した生き物を野生に帰すための目的で、研究所に備えられている。
例えば、外でケガをした野生動物を研究所で保護した際、その野生動物が外に戻れなくなってしまうことがよくある。
そういった時に、野生動物が研究所で過ごした時の記憶を消してから、野生に戻すのだ。
あとは、ごくごく稀に、『番の後追い死』を防ぐために使用することもある。
生涯唯一の番と連れ添う生き物は、番の片割れが死んでしまうと、もう一方の片割れも1ヶ月ほどで死んでしまうことがあり、それを『番の後追い死』と呼んでいる。
その死を防ぐため、番がいた時の記憶を消すのだ。
この魔道具は、人間にはもちろん使用禁止で、そのための魔法はかけてあるのだが、……ドラゴンには使用できる。
そうだ。ボクはアイデシアから昨日、お昼にも質問をされた。
確か、「『唯一の番を持つ生き物』の『唯一の番』をリセットする方法はあるのですか?」と。
そこで、あることに思い至ったボクは、震えながらアイデシアに尋ねた。
「アイデシア。あそこの睡眠薬と記憶操作の魔道具、……まさかユークリッド君に……?」
「ごめんなさい。何も……聞かないでください」
悲痛な表情を浮かべたアイデシアに、ボクは何も言えなくなってしまった。
◇◇◇
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ボクたち職員は研究室で緊急会議を開いていた。
「今日話し合いたいのは、アイデシアの体調について、なんだけど……」
「すっかり塞ぎ込んでいるわよね……」
「あんな日に日に弱っていく姿、ボク、見てられないよー!」
結局、何があったかアイデシアに問いただせないボクたちは、アイデシアを見守ることしかできなかった。
「人間は妊娠すると体調不良になることがあるけど、アイデシアも卵を授かったことによる体調不良……ってことはないのよね?」
「うん。アイデシアの体調が心配で今日も健診したけど、今のところ卵は確認できてないんだ」
ドラゴンのような卵生の生き物は受精に成功した後、雌のお腹の中で卵を作り始める。
ドラゴンの場合は受精成功後、卵が確認できるまで何日かかるかわからないのだけど、今のところはまだだった。
「……ということは、『番の後追い死』のような現象なのかしら」
「可能性は高いね」
「ユークリッド君が死んでしまっている可能性は低いし、ドラゴンが唯一の番と連れ添う生き物なのかどうかわからないけれど。ユークリッド君がいなくなったことにより、アイデシアは唯一の番を失ったような状態になって、『番の後追い死』をするように、死に向かっているのかもしれない」
ボクたちの表情は暗くなる。
「アイデシアをこのまま死なせたくなんてない!どうにかしてアイデシアに、ユークリッド君を探して連れ戻そうって説得できないかな?」
「実はワタシ、何度か『ユークリッド君を探そう』って言ってみたんだけど……その度にアイデシアから『絶対にやめてください』って泣いて請われたわ」
「そういえばボクも、こっそり『尋ねドラゴン』のポスターやチラシを作ってたら、アイデシアに見つかって。アイデシアを泣かせちゃったんだった」
「アイデシアに泣かれちゃうと、何もできなくなっちゃうのよね」
「だね」
ボクたちの顔はどんどん暗くなる。
「アイデシアの『番の後追い死』を防ぐには、アイデシアがユークリッド君と過ごした時の記憶を消してしまうしかないのかしら」
「……いや、記憶操作の魔道具は、主に保護した動物を野生に戻す際の一時的な処置のもので、高度な知性や意思を持つ生き物は、何かのきっかけで思い出すことが多いんだ。
アイデシアがこの研究所にいる限り、思い出すきっかけばかりだと思うから……記憶を消してもすぐに思い出してしまうんじゃないかな」
「そうなのね」
なす術もない状況に、僕たちは項垂れた。
「うーん、何か良い方法はないのかな。人間なら、次の恋が解決してくれるなんてこともあるけど……」
「それだわ!アイデシアに、新しい繁殖相手を募集するのはどうかしら?」
「ええっ?!傷心のアイデシアに、他の雄ドラゴンと繁殖しろなんて言えないよ!」
「いいえ、新しい繁殖相手を募集するという名目で、ユークリッド君から研究所に来てもらえるように仕向けるのよ」
「でも、ユークリッド君を連れ戻そうとしてるなんてバレたら、またアイデシアを泣かせちゃうよ?!」
「アイデシアには、『新しい繁殖相手を募集する』という説明をして、ワタシたちもあくまで新しい繁殖相手を探している振りをするの。
アイデシアは、ワタシたちがドラゴンの繁殖の研究のためにユークリッド君を連れて来たと思っていたようだったから……それを逆手に取るのよ」
そして、計画の全貌を聞いたボクは、頭を抱えながら言った。
「うーん……ユークリッド君がこの国にまだいるかはわからないし、うまくいく確率はかなり低いと思うけど……」
「でも、このまま何もしないよりマシだわ!」
「……うん!そうだね」
しかしその時、ボクは、ユークリッド君がこの研究室に来た時、彼が『研究所を破壊してでも連れて行く』と言った時の、まるで魔王のような凶悪な顔が脳裏に浮かんだ。
「でも、ユークリッド君の記憶が戻って、建前とはいえ新しい繁殖相手を探したなんて知られたら。……ボクたち、殺されるんじゃないかな?」
「まぁ、その時はその時よ!ワタシの方で対策を考えておくわ」
「……よし、ボクも腹を括るよ!」
こうして、ボクたちは可愛い可愛いアイデシアのために動くことにした。
……ユークリッド君には殺されるかもしれないけど。
◆◆◆
あの不思議な昼寝の日から一ヶ月。
俺は同じ場所に長く滞在することは少ないのだが、何故か俺は、あの昼寝をした場所から離れ難い気持ちになって、近くの街を転々としていた。
そんな俺がある街の上空を飛びながら通り過ぎようとした時、ヒト型になったドラゴンが街に溜まっているのを見かけた。
基本的にドラゴンは番や家族以外とつるむことは少ない。
だからドラゴンがあんな風に一箇所に集まっているのは、かなり珍しい光景だった。
ーーー何かあったのだろうか?
俺は少し気になって、降りてみることにした。
◇
「何かあったのか?」
「そうなんス!この国の生物研究所で、雌のドラゴンが飼育されているのは知ってるッスか?」
生物研究所?雌ドラゴン?飼育?
その瞬間、俺は頭にチクリと痛みが走ったが、気にせず返事をした。
「ああ、知っている」
「その雌ドラゴンが外の雄ドラゴン相手に、繁殖相手を募集してるみたいッス」
「へぇ」
繁殖相手?募集?
また俺の頭にチクリと痛みが走る。
何故か、モヤモヤと苛立つような感情も湧き起こる。
俺が不思議に思っていると、ドラゴン連中が口々に話し始めた。
「オレは研究所なんかぜってーヤダ。何されるかわからねーもん」
「行ったが最後、そのまま一生飼育されちゃいそーだよね」
「でも繁殖活動が終わり次第、解放されるみたいッスよ?」
「いつ繁殖に成功するかなんてわからねーぞ?それこそ一生デキねーかもしれねーし」
「でもさでもさ、この写真の研究所の雌、スッゲー可愛くね?この雌と繁殖活動ができるなら、応募してみてもいーかな」
この発言に、また俺の頭がチクリと痛み、先ほどよりも強い苛立ちの感情が発生した。
しかし、俺はその苛立ちを必死に抑えて声をかけた。
「……写真があるのか?」
「ほらこれ。この繁殖相手募集チラシに載ってるよ」
チラシを見た瞬間、ひときわ強い衝撃が俺の頭に走る。
「ーーーっ!」
その瞬間、俺の視界が反転した。
俺の意識が急速に沈んでいく。
「おいおい、コイツ、急にブッ倒れたぞ?」
「どーしたんだろ?」
「ブッ倒れるほど、この雌が好みだったんじゃないッスか?!」
「「確かに」」
ドラゴン共がガハハと笑い合う声が、どんどん遠くなっていく。
そして、俺は意識を手放した。
***
もし僕がまた君に会えたら。
もし僕がまた君を思い出せたら。
僕はーーー。
ーーーいや、俺は、今度こそ、お前を絶対に離さない。
俺という存在にお前を縛り付け、二度と解放なんてするものか。
そしてお前にも、俺を解放しようだなんて二度と考えられないようにしてやる。
俺から記憶を奪おうだなんて、お前に俺以外の雄を宛てがおうだなんて、お前も職員たちも、よくもまあ恐ろしいことを考えたものだ。
お前が他の雄と繁殖なんてことになったら、俺は発狂して、この国どころかこの世界が滅びることになっただろう。
お前や職員たちが俺に抵抗すると言うのなら、その時は研究所を破壊してやる。
それでもお前が俺から逃げるというのなら国を滅ぼし、世界を滅ぼし、徹底的にお前の居場所を奪ってやる。
そして、俺とお前だけの世界で、この俺が、お前を飼育してやろうじゃあないか。
他の雄がお前に一指でも触れる前に、お前を奪いに行かなければ。一刻も早く。
ーーー俺は、全ての記憶を取り戻した。
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