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第七章 浮かれる直樹と楓の恐怖
32. 暴露 side. 楓
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「楓」
美容整形外科の前で、呼び止められた声の方を見ると、人生3人目の彼氏が立っていた。
「また会ったな」
「……先輩」
その瞬間。
先輩との行為の際の、恐怖がフラッシュバックする。
値踏みするような視線。
私の体を見た後のガッカリした顔。
心底嫌そうに深く吐かれるため息。
激痛と共に無理矢理こじ開けられていく恐怖。
直樹さんは絶対違うって頭ではわかってるのに。
そうか、私は。
直樹さんとの行為が、怖いんだ。
私は、それを自覚したくなかったんだ。
だから、問題を、すり替えたんだ。
直樹さんの笑顔が見たいのに。
直樹さんの傷付く顔なんて、見たくないのに。
直樹さんの望むこと、何でもしたいのに。
大好きな人を拒絶する思考を、自分が持っていることに愕然とする。
心の中で激しく動揺している私に構わず、先輩が口を開いた。
「今カノがこの近くに住んでんだけど、まさか楓とここで出くわすとはなァ。お前、こんなとこで、何してんの?」
「……あ」
その瞬間、私がしようとしていたことを思い出す。
先輩が、私が足を踏み入れようとした先を見た。
「美容整形外科……?」
「……っ!」
先輩はすぐにピンと来たように、薄笑いを浮かべた。
「美人でスタイル抜群の楓サンは、わざわざ整形で直す場所なんてねーよなぁ?」
先輩の視線は、私の胸元に注がれる。
……気付かれた。よりにもよって、こんな男に。
「もしかしてお前、オレに言われたこと、気にしちまってたの? 豊胸なんて考えちまうぐらい、オレのこと引き摺ってたンだなァ?」
「そんな訳……」
「楓?」
こういう男は相手にしないに限ると決めたことも忘れて、『そんな訳あるかっ!』と言いかけたところで、大好きな人の声が私を呼んだ。
恐る恐る振り返ると、……そこには、心底驚いた顔をした直樹さんがいた。
「直樹さん……」
「……おい! 直樹じゃねーか!」
私が直樹さんの名前を呼ぶと同時に、何故か先輩が直樹さんの名前を呼んだ。
「……ショウ?」
直樹さんが、先輩の名前を呼んだ。
まさか、2人は知り合い……?
「久しぶりだなァ、元気だったか?」
「……」
すると、先輩は私の方を嘲るように見たあと、直樹さんに言った。
「直樹、楓と知り合いなの? コイツさ、オレの元カノなんだけど、オレに振られたこと気にして整形までしようとしててさ。いやー、オレ、今他に彼女いるのに、モテちゃって大変」
「「……っ?!」」
とんでもない情報を、一気に暴露された。
しかも先輩に未練があるなんていう誤情報まで交えて。
あまりの出来事に、私は言葉を無くした。
すると、直樹さんは私を背中で庇うように、先輩との間に割って入った。
「ショウ。楓は俺の恋人だ。これ以上、酷いことを言うなら……」
「……え? 直樹、まさか楓と付き合ってンの?」
「ああ、付き合ってるよ。でも『まさか』って何? 意外?」
「いや、……意外って訳じゃねーけど。直樹、楓とヤッたことある?」
その瞬間、直樹さんの表情は見えなかったけど、息を呑んだのがわかった。
「何その反応? まだヤってねーの? ウケる!!! 親切なオレが教えてやるけどコイツさ、服着てても小っせーなって思ってたけど、脱がしたら本当にねーの! 超ド貧乳! いや違うな。貧乳っつーか無乳!」
先輩はギャハハと1人で笑いながら話している。
「ヤる気一気に失せてさ、そのまま後ろから突っ込んだら、前戯しろってキレられて。でもさ、こんな男みてーな体見てたら萎えるから前戯ゼロでもしょーがねーだろ? そんで『ド貧乳』っつって俺が捨ててやったらコイツ、豊胸手術しようとしてンの!!! 爆笑だろ?」
直樹さんには、絶対に知られたくなかった過去。
耳を塞いでしまいたかった。
「まーでもお前ら、ある意味お似合いだな! オレに捨てられた女と、オレに女を寝取ら……」
その時、「あれぇ? ショウくぅん、どこ行っちゃったのぉ?」という声が聞こえた。
「あ、彼女来たから、オレ、行くわ。じゃあな」
先輩はそう言いながら、去って行った。
「「……」」
直樹さんはふぅとひとつ息を吐き、私の方を振り返った。
思わず目を伏せてしまう。
直樹さんに知られたくなかった事実を、これでもかと暴露されてしまった。
怖くて、直樹さんの方が見れないでいると、直樹さんが言った。
「楓。車で送らせて」
「え、でも……」
「……お願い」
直樹さんの声が、悠斗さんが亡くなってすぐの頃みたいに切実なものに感じて、私は「……はい」と頷いた。
◇
直樹さんの家の駐車場まで、私も直樹さんも無言で歩いた。
特別な関係になってからはいつも繋いでいた手も、今は離れている。
直樹さんが助手席のドアを開けてくれた時に、「ありがとうございます」と言ったら、直樹さんは悲しそうに微笑んだ。
ああ、こんな顔をさせたくなんてなかったのに。
誤魔化せば誤魔化すほど、直樹さんを傷付けてしまうような気がした。
ちゃんと説明しなければと思った。
直樹さんが運転席に乗り込んですぐ、私は意を決して、口を開いた。
「直樹さん、ごめんなさいっ!!!」
「楓、ごめんっ!!!」
「「え」」
「「……」」
直樹さんと、呆然と見つめ合う。
少しの沈黙の後、直樹さんが柔らかい笑みを浮かべて口を開いた。
「……動物園の日も、こんな感じだったね」
「……でしたね」
重苦しい空気が、和らいだ。
「……楓、この後、用事あるの?」
先ほど突然帰ってしまった手前、本当のことを言うのは気まずかったけれど、ちゃんと説明することに決めたのだ。
私は正直に言うことにした。
「……ない、です」
「じゃあさ、家でゆっくり話したいんだけど、やっぱり、家に移動してもいいかな? ……楓が嫌だと思うことは絶対にしないから」
「……」
たぶん、直樹さんは私の問題に、多かれ少なかれ気付いてしまったんだろう。
もう一度、私は覚悟を決めて、コクリと頷いた。
◇
「楓、本当にごめん!」
リビングに座るなり、直樹さんが頭を下げた。
「直樹さんが謝ることなんてないです……」
「浮かれて勝手に関係を進めようとしたことも、ショウが酷いことを言うのを止められなかったことも、本当にごめん。特に、ショウの時は……俺、楓とショウが一緒にいるの見て、気が動転して……」
「あの時は私も、動揺して……」
動揺しすぎて、うまく逃げることも、途中で止めることも、出来なかった。
「……俺さ、楓が『葵ちゃんみたいな人と特別な関係になりたい』って言ってたことと、『自分の恋愛センサーがポンコツ』だって言ってたこと。何でそう思うようになったかってこと、ちゃんと考えられてなかった。あんな、……酷い経験があったからだなんて、……思いもしてなかった」
「直樹さんは悪くないんです……! 私自身も自覚できてなくて……」
ーーーあんなに痛い思いをするのはもう嫌だ。
ーーー彼氏なんて、一生いらない。
私は過去、そう思っていた。
でも、直樹さんは、違う。
無意識のうちに『直樹さんなら大丈夫』だと必死に思い込もうとしてたみたいだ。
だから、怖いと思う気持ちを、体型の問題だと、思い込もうとしてしまった。
すると、直樹さんが震える声で、言った。
「楓は、男と付き合うの、怖かったんじゃないかって、俺、やっと、わかって……」
「あ……」
その瞬間、先ほどから、直樹さんが私に触れない理由がわかった。
きっと、私が直樹さんのことを怖がってると思ってるんだ。
どうしたら、伝わるだろう?
私が、直樹さんの全てを怖がっている訳じゃないって。
そうだ。手。
本当は、さっきの帰り道、繋いで欲しかった。
私は、先ほどからずっと触れたかった直樹さんの温かい手を取った。
「……え、楓?」
一本一本、指を絡めていき、恋人繋ぎにする。
「私、直樹さんと手を繋ぐの、怖くないです。繋ぐと嬉しい気持ちになります」
「ほんと? ……無理してない?」
「はい。ほんとです! ……あと」
私は意を決して、直樹さんの胸に飛び込んだ。
「……抱き締めてもらうのも、怖くなくて、すごく好きです」
「ほんと?」
「はい」
「……よかった……」
直樹さんが私の背中に腕を回す。
私は、自分の胸が当たらないように、直樹さんの胸に手を置いた。
「……あと」
私は意を決して、直樹さんにキスをした。
直樹さんが息を呑んだのがわかった。
数秒経ったあと、唇を離した。
「キスも嫌じゃなくて、すごく、……気持ちいいです」
直樹さんが「え」と言って、口を開いたので、私はそこから自分の舌を差し入れた。
その瞬間、直樹さんは、物凄く驚いたみたいで固まってしまった。
私は、こんなことをするのは初めてで、舌を差し入れたものの、どうしたら良いのかさっぱりわからない。
だけど、直樹さんの唇と合わさる感触が気持ち良すぎて、頭が痺れる感じがした。
先ほどの直樹さんのキスを思い出して動かしてみる。
全然うまくできなかったけど、直樹さんが、恐る恐るといったように、私の舌に自分の舌を絡めてくれて。
そこからは、夢中で直樹さんと舌を絡め合った。
涙が出るような、お腹の奥がゾクゾクするような感じだった。
このまま、この気持ち良さに酔っていられたら良かったのに。
直樹さんと唇が離れる。
名残惜しいと思ってしまう。
でも、ここからのことも、ちゃんと伝えるんだ。
直樹さんを、傷付けてしまう言葉。
私たちの関係が変わってしまうかもしれない言葉。
やっぱり言いたくないという気持ちもある。
でも、中途半端に伝わってしまうと、さっきみたいに『直樹さんの全てが怖い』ときっと誤解させてしまう。
だから、ちゃんと、伝えるんだ。
私は覚悟を決めて、口を開いた。
「……こ、ここから先が、……怖い、です」
「……そうなんだね」
「体を見られるのと、」
そこまで言いかけて、涙が込み上げる。
「……そ、……挿入が、怖い、です」
私の瞳から涙が溢れるのを見て、直樹さんは私を優しく抱き締めてくれた。
「直樹さん、ご、ごめんなさい……っ! ぜ、全部叶えるって言ったのに……! 全部、叶えたかったのに……! ごめんなさい!」
「……ううん、楓。謝らないで。……言ってくれて、ありがとう」
直樹さんはふわりと微笑んで、私の髪を撫でてくれた。
私は、直樹さんを受け入れられない、と伝えたのに。
私は、直樹さんを傷付けたのに。
直樹さんの優しさに、また涙が込み上げた。
美容整形外科の前で、呼び止められた声の方を見ると、人生3人目の彼氏が立っていた。
「また会ったな」
「……先輩」
その瞬間。
先輩との行為の際の、恐怖がフラッシュバックする。
値踏みするような視線。
私の体を見た後のガッカリした顔。
心底嫌そうに深く吐かれるため息。
激痛と共に無理矢理こじ開けられていく恐怖。
直樹さんは絶対違うって頭ではわかってるのに。
そうか、私は。
直樹さんとの行為が、怖いんだ。
私は、それを自覚したくなかったんだ。
だから、問題を、すり替えたんだ。
直樹さんの笑顔が見たいのに。
直樹さんの傷付く顔なんて、見たくないのに。
直樹さんの望むこと、何でもしたいのに。
大好きな人を拒絶する思考を、自分が持っていることに愕然とする。
心の中で激しく動揺している私に構わず、先輩が口を開いた。
「今カノがこの近くに住んでんだけど、まさか楓とここで出くわすとはなァ。お前、こんなとこで、何してんの?」
「……あ」
その瞬間、私がしようとしていたことを思い出す。
先輩が、私が足を踏み入れようとした先を見た。
「美容整形外科……?」
「……っ!」
先輩はすぐにピンと来たように、薄笑いを浮かべた。
「美人でスタイル抜群の楓サンは、わざわざ整形で直す場所なんてねーよなぁ?」
先輩の視線は、私の胸元に注がれる。
……気付かれた。よりにもよって、こんな男に。
「もしかしてお前、オレに言われたこと、気にしちまってたの? 豊胸なんて考えちまうぐらい、オレのこと引き摺ってたンだなァ?」
「そんな訳……」
「楓?」
こういう男は相手にしないに限ると決めたことも忘れて、『そんな訳あるかっ!』と言いかけたところで、大好きな人の声が私を呼んだ。
恐る恐る振り返ると、……そこには、心底驚いた顔をした直樹さんがいた。
「直樹さん……」
「……おい! 直樹じゃねーか!」
私が直樹さんの名前を呼ぶと同時に、何故か先輩が直樹さんの名前を呼んだ。
「……ショウ?」
直樹さんが、先輩の名前を呼んだ。
まさか、2人は知り合い……?
「久しぶりだなァ、元気だったか?」
「……」
すると、先輩は私の方を嘲るように見たあと、直樹さんに言った。
「直樹、楓と知り合いなの? コイツさ、オレの元カノなんだけど、オレに振られたこと気にして整形までしようとしててさ。いやー、オレ、今他に彼女いるのに、モテちゃって大変」
「「……っ?!」」
とんでもない情報を、一気に暴露された。
しかも先輩に未練があるなんていう誤情報まで交えて。
あまりの出来事に、私は言葉を無くした。
すると、直樹さんは私を背中で庇うように、先輩との間に割って入った。
「ショウ。楓は俺の恋人だ。これ以上、酷いことを言うなら……」
「……え? 直樹、まさか楓と付き合ってンの?」
「ああ、付き合ってるよ。でも『まさか』って何? 意外?」
「いや、……意外って訳じゃねーけど。直樹、楓とヤッたことある?」
その瞬間、直樹さんの表情は見えなかったけど、息を呑んだのがわかった。
「何その反応? まだヤってねーの? ウケる!!! 親切なオレが教えてやるけどコイツさ、服着てても小っせーなって思ってたけど、脱がしたら本当にねーの! 超ド貧乳! いや違うな。貧乳っつーか無乳!」
先輩はギャハハと1人で笑いながら話している。
「ヤる気一気に失せてさ、そのまま後ろから突っ込んだら、前戯しろってキレられて。でもさ、こんな男みてーな体見てたら萎えるから前戯ゼロでもしょーがねーだろ? そんで『ド貧乳』っつって俺が捨ててやったらコイツ、豊胸手術しようとしてンの!!! 爆笑だろ?」
直樹さんには、絶対に知られたくなかった過去。
耳を塞いでしまいたかった。
「まーでもお前ら、ある意味お似合いだな! オレに捨てられた女と、オレに女を寝取ら……」
その時、「あれぇ? ショウくぅん、どこ行っちゃったのぉ?」という声が聞こえた。
「あ、彼女来たから、オレ、行くわ。じゃあな」
先輩はそう言いながら、去って行った。
「「……」」
直樹さんはふぅとひとつ息を吐き、私の方を振り返った。
思わず目を伏せてしまう。
直樹さんに知られたくなかった事実を、これでもかと暴露されてしまった。
怖くて、直樹さんの方が見れないでいると、直樹さんが言った。
「楓。車で送らせて」
「え、でも……」
「……お願い」
直樹さんの声が、悠斗さんが亡くなってすぐの頃みたいに切実なものに感じて、私は「……はい」と頷いた。
◇
直樹さんの家の駐車場まで、私も直樹さんも無言で歩いた。
特別な関係になってからはいつも繋いでいた手も、今は離れている。
直樹さんが助手席のドアを開けてくれた時に、「ありがとうございます」と言ったら、直樹さんは悲しそうに微笑んだ。
ああ、こんな顔をさせたくなんてなかったのに。
誤魔化せば誤魔化すほど、直樹さんを傷付けてしまうような気がした。
ちゃんと説明しなければと思った。
直樹さんが運転席に乗り込んですぐ、私は意を決して、口を開いた。
「直樹さん、ごめんなさいっ!!!」
「楓、ごめんっ!!!」
「「え」」
「「……」」
直樹さんと、呆然と見つめ合う。
少しの沈黙の後、直樹さんが柔らかい笑みを浮かべて口を開いた。
「……動物園の日も、こんな感じだったね」
「……でしたね」
重苦しい空気が、和らいだ。
「……楓、この後、用事あるの?」
先ほど突然帰ってしまった手前、本当のことを言うのは気まずかったけれど、ちゃんと説明することに決めたのだ。
私は正直に言うことにした。
「……ない、です」
「じゃあさ、家でゆっくり話したいんだけど、やっぱり、家に移動してもいいかな? ……楓が嫌だと思うことは絶対にしないから」
「……」
たぶん、直樹さんは私の問題に、多かれ少なかれ気付いてしまったんだろう。
もう一度、私は覚悟を決めて、コクリと頷いた。
◇
「楓、本当にごめん!」
リビングに座るなり、直樹さんが頭を下げた。
「直樹さんが謝ることなんてないです……」
「浮かれて勝手に関係を進めようとしたことも、ショウが酷いことを言うのを止められなかったことも、本当にごめん。特に、ショウの時は……俺、楓とショウが一緒にいるの見て、気が動転して……」
「あの時は私も、動揺して……」
動揺しすぎて、うまく逃げることも、途中で止めることも、出来なかった。
「……俺さ、楓が『葵ちゃんみたいな人と特別な関係になりたい』って言ってたことと、『自分の恋愛センサーがポンコツ』だって言ってたこと。何でそう思うようになったかってこと、ちゃんと考えられてなかった。あんな、……酷い経験があったからだなんて、……思いもしてなかった」
「直樹さんは悪くないんです……! 私自身も自覚できてなくて……」
ーーーあんなに痛い思いをするのはもう嫌だ。
ーーー彼氏なんて、一生いらない。
私は過去、そう思っていた。
でも、直樹さんは、違う。
無意識のうちに『直樹さんなら大丈夫』だと必死に思い込もうとしてたみたいだ。
だから、怖いと思う気持ちを、体型の問題だと、思い込もうとしてしまった。
すると、直樹さんが震える声で、言った。
「楓は、男と付き合うの、怖かったんじゃないかって、俺、やっと、わかって……」
「あ……」
その瞬間、先ほどから、直樹さんが私に触れない理由がわかった。
きっと、私が直樹さんのことを怖がってると思ってるんだ。
どうしたら、伝わるだろう?
私が、直樹さんの全てを怖がっている訳じゃないって。
そうだ。手。
本当は、さっきの帰り道、繋いで欲しかった。
私は、先ほどからずっと触れたかった直樹さんの温かい手を取った。
「……え、楓?」
一本一本、指を絡めていき、恋人繋ぎにする。
「私、直樹さんと手を繋ぐの、怖くないです。繋ぐと嬉しい気持ちになります」
「ほんと? ……無理してない?」
「はい。ほんとです! ……あと」
私は意を決して、直樹さんの胸に飛び込んだ。
「……抱き締めてもらうのも、怖くなくて、すごく好きです」
「ほんと?」
「はい」
「……よかった……」
直樹さんが私の背中に腕を回す。
私は、自分の胸が当たらないように、直樹さんの胸に手を置いた。
「……あと」
私は意を決して、直樹さんにキスをした。
直樹さんが息を呑んだのがわかった。
数秒経ったあと、唇を離した。
「キスも嫌じゃなくて、すごく、……気持ちいいです」
直樹さんが「え」と言って、口を開いたので、私はそこから自分の舌を差し入れた。
その瞬間、直樹さんは、物凄く驚いたみたいで固まってしまった。
私は、こんなことをするのは初めてで、舌を差し入れたものの、どうしたら良いのかさっぱりわからない。
だけど、直樹さんの唇と合わさる感触が気持ち良すぎて、頭が痺れる感じがした。
先ほどの直樹さんのキスを思い出して動かしてみる。
全然うまくできなかったけど、直樹さんが、恐る恐るといったように、私の舌に自分の舌を絡めてくれて。
そこからは、夢中で直樹さんと舌を絡め合った。
涙が出るような、お腹の奥がゾクゾクするような感じだった。
このまま、この気持ち良さに酔っていられたら良かったのに。
直樹さんと唇が離れる。
名残惜しいと思ってしまう。
でも、ここからのことも、ちゃんと伝えるんだ。
直樹さんを、傷付けてしまう言葉。
私たちの関係が変わってしまうかもしれない言葉。
やっぱり言いたくないという気持ちもある。
でも、中途半端に伝わってしまうと、さっきみたいに『直樹さんの全てが怖い』ときっと誤解させてしまう。
だから、ちゃんと、伝えるんだ。
私は覚悟を決めて、口を開いた。
「……こ、ここから先が、……怖い、です」
「……そうなんだね」
「体を見られるのと、」
そこまで言いかけて、涙が込み上げる。
「……そ、……挿入が、怖い、です」
私の瞳から涙が溢れるのを見て、直樹さんは私を優しく抱き締めてくれた。
「直樹さん、ご、ごめんなさい……っ! ぜ、全部叶えるって言ったのに……! 全部、叶えたかったのに……! ごめんなさい!」
「……ううん、楓。謝らないで。……言ってくれて、ありがとう」
直樹さんはふわりと微笑んで、私の髪を撫でてくれた。
私は、直樹さんを受け入れられない、と伝えたのに。
私は、直樹さんを傷付けたのに。
直樹さんの優しさに、また涙が込み上げた。
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