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61~70話

一番の望み【中】

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 寝耳に水の話に飛び上がる。
 役場や図書館の壁に飾られた姿絵でしか知らないと思っていた王子様を、直接見たことがあったなんて……! そんなにすごい体験をしたにも関わらず、当時の詳細を覚えていないことが悔やまれる。

「ああ、今は王太子となられた。王太子救助への貢献が、月日の経過で有耶無耶にされることはない。こちらの褒美は望みのままに――とまではいかないだろうが、何か希望があれば伝えておく」

「んー、本当に何もいらないんですけど……」

 欲しいもの、欲しいもの……。パッと思い浮かんだ『おしゃれな女性用下着』の文字を速やかに頭から叩き出す。
 そういえば、お店のパン焼き窯が大分古くなってきたからそろそろ買い替えたいと思っていたんだった! でもヨルグは『多少の褒美』と言っていたし、そんなに高額なものは無理だろう。おじいちゃんだって自分で買えると言って怒りそうだ。うーん、うーん……。

 悩んでいるうちにお店の前に着いた。おじいちゃんが変えてくれたのだろう、ドアにかかったプレートはちゃんと『OPEN』になっている。

「あっ! それなら――――」





 居間のテーブルに肘をつき、ぼんやりと家の前の通りを
 どれくらいそうしていただろう。薄暗い通りに背の高い人影が見えると、私はショールを羽織って家を飛び出した。

「ヨルグさんっ、おかえりなさい!」

「リズ!? こんな時間に一人で出歩いては危ないだろう!」

 ガシッと両肩を掴んで、開口一番叱られた。
 出歩くといったって、玄関を出てから十歩くらいのものなのに……。弾んでいた心がひゅるひゅるとしおれ、しゅんと肩を落として項垂れる。

「ごめんなさい……。ヨルグさんが帰ってきたのが見えて、嬉しくてつい……」

「あっ、いや、すまない! 俺も強く言い過ぎた! ええと……、た、ただいま?」

 両肩を掴んでいた手が、理由を失ってオロオロとさ迷っている。
 仲直りの証に一歩分の距離を詰めてヨルグに抱きつくと、すぐさま力強く抱きしめ返された。

「……夕食、もう食べましたか? 一応ヨルグさんの分も残してあるんですけど」

「城で軽く済ませてきたが、リズの手料理ならばいくらでも入る」

「ふふっ!」


 すでに食事をしてきたと言っていたのに、ヨルグは宣言通り私の手料理を綺麗に平らげた。
 食後のお茶を出し、その間にパタパタと荷物を取りに行く。

「お待たせしました!」

「……うん? リズ、その荷物は?」

「ヨルグさんちお泊まりセットです!」
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