117 / 213
41~50話
究極の選択【下】
しおりを挟むさすがにヨルグより先にお風呂に入るのは申し訳ないと断ったのだけれど、『訓練と外回りをした俺のほうが汚れているから』と押し切られてしまった。
ほこほこと湯気を立てる浴槽の横で、真っ白く曇った鏡台を前に説明を受ける。
「タオルはここに。サイズが合わないだろうが着替えも用意した。よければ使ってくれ」
「はい、ありがとうございま――」
鏡台に載せられる着替えを目で追って、お礼を言おうと振り返ると、鏡台へと腕を伸ばすヨルグの顔が真横にあった。
この距離はもしや、また口づけられてしまうのでは――!?
私が期待にまぶたを閉じるより早く、ヨルグがシュバッと風切り音を立てて飛びのく。
「えっ……」
「おっ、置いてあるものはなんでも好きに使ってくれて構わない。俺は居間にいる!」
わたわたと後退したヨルグは、浴室のドアの縁にしたたかに後頭部を打ち付けたのも構わず、逃げるように走り去っていった。
「? トイレでも我慢してたのかしら……?」
自分とお揃いのカモミール石鹸が置かれていることに嬉しさを覚えたり、この浴槽のサイズではヨルグは脚を伸ばせないだろうなと考えてみたり。
楽しい気分で入浴を終えた私は今、究極の選択を迫られていた。
「新しい下着か、一日穿いた下着か……」
鏡台の椅子に並べられているのは、今日一日穿いていた洗いざらしのドロワースと、今日買ったばかりの新品の下着。
ポシェットのなかに、買ったまま半分忘れかけていた下着の包みが入っていたのだ。
汚れた下着で好きな人の前に出るなんてもってのほか。普通なら迷うことなく新品の下着を身につけるだろう。
そう、それが『普通の』下着だったなら…………。
ぶかぶかの室内履きを引きずりながら居間に戻る。
「ヨルグさん、お風呂ありがとうございました。着替えもお借りしちゃいました」
ヨルグは短袖のシャツとやわらかなズボンを用意してくれていたのだけれど、長すぎるズボンは貴婦人のドレスのようにずるずると裾を引きずってしまうので諦めた。
シャツだけでも膝が隠れるほどの長さがあるので、ワンピースを着ているのと変わりない。
「リ――――っ」
濡れた髪を拭きながら声をかけると、ソファに座っていたヨルグは首まで真っ赤に染めて機能を停止した。
「……ヨルグさん?」
これは先ほど馬車でも見た光景だ。
一体何をきっかけに固まってしまったのか。私はそんなに驚くような発言をしただろうか。とりあえず今は、早くしないとお風呂が冷めてしまうのに。
すたすたと遠慮なく近づいて、座っているヨルグと目線の高さを合わせるように顔を覗き込む。
「ヨルグさーん、お風呂空きましたよー」
「――――」
高い鼻先にチョンと触れてみたり、頬をツンツンと突ついてみたり。
「お風呂冷めちゃいますよー?」
「――――」
何をしても動かないヨルグを前に、むくむくといたずら心が湧いてくる。
ヨルグからは何度もされているから、私からしたって怒られない……はず! だってもう、こっ、恋人なのだからっ!
――――ちゅっ!
話しかけのまま半開きになったヨルグの唇に軽く口づけた途端、伸びてきた二本の腕にガシッと全身を捕らえられた。
23
お気に入りに追加
1,017
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
獣人公爵のエスコート
ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。
将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。
軽いすれ違いです。
書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編をはじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる