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31~40話

少女の名《ヨルグ視点》【中】

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「早くっ、お医者さまに……ヒック! 診てもらっ、もらわないと!」

 誰かを案じて流される涙は、家族や友人、恋人など、大切な相手に向けられるもの。その家族にさえ見限られ、厄介払いされるようなかたちで市民を守る盾騎士となった自分にとって、それは生涯縁のないものだと思っていた。

 日差しを反射してきらめく雫。
 生きていていいのだと、俺の生にも意味があるのだと、そう言ってくれているかのような。
 こんなにも美しいものを、俺は見たことがない。

 すべらかな頬を転がり落ちるその雫は、天から降りそそぐ光のように見えた――。

「しっ、死んじゃダメよっ!」

「……大丈夫。このくらいの傷で死にはしない」

「ほ、ほんとに? ……ヒック」

「ああ、本当に」

 親指の腹でそっと少女の涙を拭う。
 やわらかな頬は、濡れてしっとりと温かく。

 この純粋な想いに、どうしたら報いることができるだろう。この子の平穏を守るためならば燃え盛る炎にだって飛び込めそうだ。――いいや、それでは泣かせてしまうな。

 そう考えて、ふっと笑みが漏れた。

 強くなろう。
 もう悲しませずに済むように。
 怪我を負わずに助けられるくらい。
 この少女に恥じない人間になりたい。

 現金なものだ。この子を、この子の住む国を守れる『騎士』であってよかったと、心の底からそう思えるのだから。



 親元に送り届けるため、少女を腕に抱いたまま馬車列沿いに歩を進める。

「あっ、おとうさん!」

 身を乗り出す少女を下ろしてやると、少女は一目散に両親の待つ荷馬車へと駆けていった。

「おとうさーん! おかあさーん!」

「リズ、おかえり! ……おや、転んじゃったのかい?」

 赤くなった目元に気付いて父親が少女を抱き上げると、母親も心配そうに少女の手足を確かめだす。
 愛情深い両親に囲まれ、少女は安心したようにニッコリと笑みを浮かべた。

「ううん、かくれんぼのお手伝いをしたの! それでね、――――」

 ああ、あそこが彼女にとっての『安心できる場所』なのだ。血を流したままの俺が近づいて、また笑顔を曇らせるわけにはいかない。

 手のなかのハンカチをきゅっと握りしめる。
 ――リズ、と。そう呼ばれていた。
 『リズ』の笑顔をしっかりと目に焼きつけ、俺はそっとその場を離れた。
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