上 下
33 / 177
11~20話

ありし日の夢【下】

しおりを挟む
 起こさないようにと気遣うような、大きくて優しい手にふわりと抱き上げられる。
 日々重たい粘土を運んだり捏ねたりしているお父さんは、見かけによらず力持ちなのだ。

「んー……」

 お尻と背中を支えて縦抱きにされ、こてんと肩口に顔を埋める。

 優しくて力強い腕、体温のぬくもり、嗅ぎなれたにおいに、穏やかな声の響き。
 おとうさんの抱っこは大好きだ。
 あったかくて、日だまりに包まれているみたいに安心する。

 このままベッドになんて下ろされなければいいのに。
 寝ぼけたふりをしておとうさんの首筋にしがみつくと、クスッと笑う気配がした。



 こてりとベッドに転がされ、布団をかけて、頭を撫でられ。

「おやすみ、リゼット」

 そう言って立ち去ろうとするおとうさんを引き留めたくて、きゅっと服の裾を掴んだ。

「……ちゃんと『リズ』って呼んでくれなきゃ嫌」

「! いやしかし……」

「おやすみのキスも忘れてるわ」

 まったく、おとうさんにはそうやってウッカリしたところがある。
 大事なおやすみのキスを忘れるだなんて!

「しかし、リゼット――」

「リ・ズ!」

 ぷくーっとほっぺを膨らませて抗議する。
 『リズ』と呼んでおやすみのキスをしてくれないのなら、こっちにも考えがある。
 このままパッチリと目を覚まして、せっかく抱っこで運んでもらった道のりを工房まで駆け戻ったっていいのだ!

「……ぁー…………おやすみ、

「おやすみのキスも!」

「ぐっ……」

 たっぷりと間を置いたのち、おでこにちゅっと口づけが落ちた。

「おやすみ、リズ。いい夢を」

「んふふ……」

 微笑んで、とろんとまどろみに浸る。
 愛されている実感に、満ち足りた気持ちで眠りについた。






 ――朝。なんとも幸せな気持ちで目を覚ます。

 久しぶりにお父さんの夢を見た。
 詳しい内容は覚えていないけれど、胸に残る多幸感でいい夢だったとわかる。
 喪った悲しみの混じらない、純粋に幸せな夢なんていつぶりだろう。

 微かな物音がして耳を澄ませれば、部屋の真下にあたるパン屋部分にすでに人気があることがわかって飛び上がった。

 バタバタバタバタ……
 ガチャッ!

「おじいちゃん、おはようっ! 私寝坊しちゃった!?」

「おう、おはよう。寝坊なんざしてねえからとっとと顔洗ってこい」

「よかったぁー……」

 おじいちゃんの返事と、チラリと壁掛け時計も確認して胸を撫で下ろす。
 おじいちゃんのほうが早起きなのはいつものことだけれど、普段なら家屋側で朝食を食べる時間なのにお店の厨房で何をしているのだろう?

 気になりつつも着替えのために部屋へと引き返し、鏡を見てもう一度飛び上がった。

「なんで私、昨日の服のままなの!?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女神に可哀想と憐れまれてチート貰ったので好きに生きてみる

紫楼
ファンタジー
 もうじき結婚式と言うところで人生初彼女が嫁になると、打ち合わせを兼ねたデートの帰りに彼女が変な光に包まれた。  慌てて手を伸ばしたら横からトラックが。  目が覚めたらちょっとヤサグレ感満載の女神さまに出会った。  何やら俺のデータを確認した後、「結婚寸前とか初彼女とか昇進したばっかりと気の毒すぎる」とか言われて、ラノベにありがちな異世界転生をさせてもらうことに。  なんでも言えって言われたので、外見とか欲しい物を全て悩みに悩んで決めていると「お前めんどくさいやつだな」って呆れられた。  だけど、俺の呟きや頭の中を鑑みて良い感じにカスタマイズされて、いざ転生。  さて、どう楽しもうか?  わりと人生不遇だったオッさんが理想(偏った)モリモリなチートでおもしろ楽しく好きに遊んで暮らすだけのお話。  主人公はタバコと酒が好きですが、喫煙と飲酒を推奨はしてません。    作者の適当世界の適当設定。  現在の日本の法律とか守ったりしないので、頭を豆腐よりやわらかく、なんでも楽しめる人向けです。  オッさん、タバコも酒も女も好きです。  論理感はゆるくなってると思われ。  誤字脱字マンなのですみません。  たまに寝ぼけて打ってたりします。  この作品は、不定期連載です。

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【R18】メイドのリリーは愛される

茉莉
恋愛
【R18】メイドのリリーがいろいろな人といたすお話。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

「君とは結婚しない」と言った白騎士様が、なぜか聖女ではなく私に求婚してくる件

百門一新
恋愛
シルフィア・マルゼル伯爵令嬢は、転生者だ。どのルートでも聖人のような婚約者、騎士隊長クラウス・エンゼルロイズ伯爵令息に振られる、という残念すぎる『振られ役のモブ』。その日、聖女様たちと戻ってきた婚約者は、やはりシルフィアに「君とは結婚しない」と意思表明した。こうなることはわかっていたが、やるせない気持ちでそれを受け入れてモブ後の人生を生きるべく、婚活を考えるシルフィア。だが、パーティー会場で居合わせたクラウスに、「そんなこと言う資格はないでしょう? 私達は結婚しない、あなたと私は婚約を解消する予定なのだから」と改めて伝えてあげたら、なぜか白騎士様が固まった。 そうしたら手も握ったことがない、自分には興味がない年上の婚約者だった騎士隊長のクラウスが、急に溺愛するようになってきて!? ※ムーン様でも掲載

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

【完結】愛する人が出来たと婚約破棄したくせに、やっぱり側妃になれ! と求められましたので。

Rohdea
恋愛
王太子でもあるエイダンの婚約者として長年過ごして来た公爵令嬢のフレイヤ。 未来の王となる彼に相応しくあろうと、厳しい教育にも耐え、 身分も教養も魔力も全てが未来の王妃に相応しい…… と誰もが納得するまでに成長した。 だけど─── 「私が愛しているのは、君ではない! ベリンダだ!」 なんと、待っていたのは公衆の面前での婚約破棄宣言。 それなのに…… エイダン様が正妃にしたい愛する彼女は、 身分が低くて魔力も少なく色々頼りない事から反発が凄いので私に側妃になれ……ですと? え? 私のこと舐めてるの? 馬鹿にしてます? キレたフレイヤが選んだ道は─── ※2023.5.28~番外編の更新、開始しています。 ですが(諸事情により)不定期での更新となっています。 番外編③デート編もありますので次の更新をお待ちくださいませ。

処理中です...