不能だと噂の騎士隊長が『可能』なことを私だけが知っている（※のぞきは犯罪です）

1～10話

おそろいの……【下】

　ヨルグは、私と同じカモミール石鹸を手に取って鼻先に寄せた。

「――うん、いい香りだ。俺も、そろそろ新しい石鹸を買おうと思っていたんだ」

「そうなんですか？」

　ヨルグはカモミール石鹸を手に、私の持っていた一つもひょいっと取り上げてレジへと向かう。

「えっ？」

「今日は『お礼』に付き合ってもらってるんだ。すべて俺が出す」

　そう言ってヨルグは、私が遠慮するより先にさっさとお会計を済ませてしまった。


「ほら、リゼットの分」

「ありがとうございます……！」

　リボンのかけられた包みを受け取る。

　まさかヨルグにプレゼントを贈ってもらえるなんて。しかもこれを使えば、ヨルグとお揃いの香りをまとうことになるのだ。

　――おじいちゃんまでお揃いの香りになるだろうことは、ひとまず置いておく。

　初めての『形に残る思い出』が嬉しくて、嬉しくて。
　飛びつけないヨルグの代わりに、胸に抱えた小さな包みをぎゅうっと両手で抱きしめた。




　くっつきすぎないように、けれど人混みに分断されてしまわない程度に、微妙な間隔を空けて歩く。
　手を繋いで歩けたら、本当のデートみたいで素敵なのに。

　視線を感じたのか、ヨルグがこちらを向く気配がして慌ててパッと顔を背けると、おしゃれな吊るし看板が目に留まった。

「このお店……」

　伝統ある老舗のパン屋で、貴族御用達だという高級店。
　その味は王都随一と言われ――まあ平たくいえば、おじいちゃんのパンのライバルとでもいうべき存在である。実際に食べたことはないけれど。

「うん？　ああ、気になるなら入ってみようか」

　なんでもないことのように言って店に足を向けるヨルグの腕に、咄嗟にぎゅっとしがみつく。

「ここっ、見るだけとかは許されない感じなんですよ！」

「リゼッ――！？　あ、いやしかし、買うなら問題ないだろう？」

「でもでもっ、パン一つがディナー一食分くらいするらしくて！」

「それこそ問題ない。言っただろう、今日はすべて俺が出す」

「でもでもでも、入店にドレスコードとかあるかもしれないし――！」

　ヨルグの腕にしがみついたまま、ずるずると引きずられるように店へと足を踏み入れた。