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1~10話
壁の向こうで【上】 ※
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元々向かいの家には、こぢんまりとした家とよく似た小柄で可愛らしいおばあさんが住んでいた。
親しく付き合いがあったので引っ越すと聞いたときには寂しかったけれど、娘家族と暮らすのだと嬉しそうにしている姿を見ればこちらも釣られて笑顔になる。
古くて小作りなため買い手がつくかどうかとおばあさんが心配していた家は、予想に反して数日足らずで売れたらしい。
気が付けば、家財を積んだ馬車が向かいに荷を運び込んでいた。
新しいお向かいさんはどんな人だろう?
できるだけ温厚な人がいい。パン好きな人だとなお嬉しいけれど、贅沢は言うまい。
少なくとも、店から漂うパンのにおいが不快だなんて難癖をつけてくるような人じゃありませんように。
――そして翌朝。
いつものように朝一で訪れた常連さんは、いつもにはない手土産を差し出して言ったのだ。
『向かいに越してきたヨルグ=デファーロットという。以後よろしく頼む』と。
向かいの寝室に灯りがついたのを見て、意識を過去から戻す。
ヨルグは毎晩お風呂の前にコトを済ませているようなのだけれど、休日の今日はいつもより少し時間が早い。
なぜ推量なのかといえば、私は寝室以外覗いていないからだ。
窓側向きでベッドの縁に腰を下ろしたヨルグは、いつものようにサイドチェストに手を伸ばしかけてはっと気付き、懐を探って私が救出したハンカチを取り出した。
無事を確認しているのか、ヨルグは畳まれたハンカチを嬉しそうにためつすがめつ眺めている。
「ふふっ、喜んでもらえてよかった」
通りと壁を隔てた向こうに見ているだけだった、ヨルグの大切なハンカチに触れた。
のぞきがバレる危険を孕んだ決死の救助だったけれど、こんなに喜んでくれるなら勇気を出したかいがある。
たとえそれが他の女性への恋心から生じた感情だったとしても、ヨルグが喜んでくれれば私も嬉しい。それだけは間違いない。……はずなのに。
ハンカチの主との関係がヨルグの片想いだと聞いて、安心してしまった私は酷い人間だろうか。
ヨルグがハンカチに口づけを落とせば、昼間のハンカチを差し出した手に口づけられたような気持ちになって、ドキリと鼓動が跳ねた。
親しく付き合いがあったので引っ越すと聞いたときには寂しかったけれど、娘家族と暮らすのだと嬉しそうにしている姿を見ればこちらも釣られて笑顔になる。
古くて小作りなため買い手がつくかどうかとおばあさんが心配していた家は、予想に反して数日足らずで売れたらしい。
気が付けば、家財を積んだ馬車が向かいに荷を運び込んでいた。
新しいお向かいさんはどんな人だろう?
できるだけ温厚な人がいい。パン好きな人だとなお嬉しいけれど、贅沢は言うまい。
少なくとも、店から漂うパンのにおいが不快だなんて難癖をつけてくるような人じゃありませんように。
――そして翌朝。
いつものように朝一で訪れた常連さんは、いつもにはない手土産を差し出して言ったのだ。
『向かいに越してきたヨルグ=デファーロットという。以後よろしく頼む』と。
向かいの寝室に灯りがついたのを見て、意識を過去から戻す。
ヨルグは毎晩お風呂の前にコトを済ませているようなのだけれど、休日の今日はいつもより少し時間が早い。
なぜ推量なのかといえば、私は寝室以外覗いていないからだ。
窓側向きでベッドの縁に腰を下ろしたヨルグは、いつものようにサイドチェストに手を伸ばしかけてはっと気付き、懐を探って私が救出したハンカチを取り出した。
無事を確認しているのか、ヨルグは畳まれたハンカチを嬉しそうにためつすがめつ眺めている。
「ふふっ、喜んでもらえてよかった」
通りと壁を隔てた向こうに見ているだけだった、ヨルグの大切なハンカチに触れた。
のぞきがバレる危険を孕んだ決死の救助だったけれど、こんなに喜んでくれるなら勇気を出したかいがある。
たとえそれが他の女性への恋心から生じた感情だったとしても、ヨルグが喜んでくれれば私も嬉しい。それだけは間違いない。……はずなのに。
ハンカチの主との関係がヨルグの片想いだと聞いて、安心してしまった私は酷い人間だろうか。
ヨルグがハンカチに口づけを落とせば、昼間のハンカチを差し出した手に口づけられたような気持ちになって、ドキリと鼓動が跳ねた。
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