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夕午の危ない課外授業
しおりを挟む金持ちの息子というのも苦労する。
そう、カツアゲされながらリアムは思った。
汚い言葉を聞きながら、殴られる、蹴られる。
「なーに面白そうなことやってんの?」
特徴のある英語が上から降ってきた。日本語の訛りだろうか。
「嘘だろ、ムショ行ってたんじゃ……」
リアムを殴っていた一人が言う。
「昨日やっと出れてさぁ、ババアが学校行けって煩いから来てみれば、面白い現場に遭遇って感じで俺めっちゃラッキーじゃね?」
ムショ、という言葉と日本の訛りで、やってきた人物が誰かわかった。この学校では不良で有名な先輩で、名前はたしか……ユウゴというらしかった。
暴力が一時的に止み、顔を上げる。逆光で顔はよく見えないが、彼は噂で聞いていたイメージとは違っていた。
一人で三十人を倒したとか、大麻を売りさばいているとかいう噂を聞いていたので、恐いイメージだったが、目の前にいる人物はひょろりとした体格で、背も小さい方だ。
「てかこいつ、あれじゃん。金持ちの息子の……名前忘れた」
そう言いながら、リアムをカツアゲしていた五人をあっさりと殴り、蹴り、倒す。
五人の内二人はアメフト部だったと思うのだが、そんなことはどうでも良いような風で、倒してしまった。
ひょろりとした一人の人物が、それなりの体格の五人をやっつける光景を目の当たりにし、にわかには信じ難い。
「えーっと、大丈夫?」
リアムの前にかがみ込み、そう訊ねる。やっと顔がはっきり見えた。中性的な顔立ちで、整っていた。
その場にいる人間を全員服従させてしまうような、そんな風格を感じた。見た目の魅力、話術、それでいてどこか安定しないような危うさがある。
「はい、あの、ありがとうございます」
「そう、よかった。じゃあお礼にお金頂戴」
笑顔で手を出す。これはこれで新手のカツアゲなのではないかと思うが、口に出すのは止めておいた。
「あ、はい」
そう言って財布から百ドル札を取り出す。
ユウゴはサッとそれをひったくると、紙幣を確認した。
「お、フランクリンじゃん。すげーリッチ」
そう言って、ポケットから財布を取り出して、それを入れる。
そんな動作も様になっていて、見とれてしまう。
「あの、ユウゴ、さん」
「ん? なに?」
満足そうな表情から、不思議そうに首を傾げる。
「今度うちで、ホームパーティーがあるんですけど、来ませんか」
そんな言葉が口をついて出た。思えば、一目惚れとかいうやつなのかもしれない。
「マジ? ラッキー。おっけー、おっけー」
ユウゴは喜んだ様子で、笑顔を見せた。その笑顔も、眩しい。自分が意外と、面食いなのかもしれない。
「大丈夫? 立てる?」
そう言って、自分を慮ってくれる。優しい一面もあるのかもしれない。
「大丈夫です」
自力で立ち上がることはできたが、折角なので手を借りることにした。
「てか授業受けなきゃなー、やっべ」
そう言って、教室へ向かおうと歩き出す。
無言の時間がもったいないような気がして、リアムは口を開いた。
「あの、刑務所ってどんなところなんですか?」
純粋に気になっていたことを話す。
「そうだな、教養ある俺の口から言えるのは――あんまりいいところじゃないってことかな。何人かリンチでサヨナラしたし」
「サヨナラ」、というのがどういう意味でのことなのかは聞かないほうが良さそうだ。
「やっほー、お誘いありがとう」
ユウゴは陽気に車で登場した。少し時間より遅めの到着だったが、誰も気にしてはいないようだ。
「あ、これ土産。うちの冷蔵庫からパクってきた」
にこにこと人好きのする笑みを浮かべながら、余計なことを口走る。
既に周りの参加者たちは、なぜユウゴのような者が来ているのか不思議そうに彼を見ていた。ヒソヒソと何か話しているものもいる。
「えっと、大丈夫なんですか?」
「うん、困るのは家政婦とベビーシッターと、弟くらいだし」
適当に、テーブルの上に置いてあったピザを手に取る。綺麗に口をあけると、それを運んだ。
「あ、うまいね、これ」
「ねぇ、あれやろうよ、あれ!」
ブロンドの女の子が言うと、何人かが集まって輪になった。
ユウゴがビンのビールを一気飲みする。
もしや、と思い急いで自分もその輪の中に加わる。ビールビンを回して当たった人とキスをするゲームが始まった。
これは得意だった。昔練習したことがあり、狙った人に当てることができた。
ユウゴは既にベロベロに酔っている。リアムが鬼になったとき、しめた、と思った。狙い通り、ユウゴに向かってビンが回転する。
「くっそ、男かよ」
ユウゴは心底残念そうに輪の中央に出てきた。気乗りしない様子で、そっと頬に口をつける。
リアムは確信した。胸の鼓動が早く打っている。やはり自分は彼が好きなのだ。
少し経つと、ユウゴは完全に周囲に馴染んでいた。
遠くで、将来や進路について「大学なんか興味ない」と話している声が聞こえた。
「おぉ、えっと金持ちの……名前なんだっけ?」
ユウゴが近づいてきて、リアムの肩を組む。むっと、酒の匂いがした。さらに飲んだらしい。
「リアムです。お酒飲んだんですよね? 車で来たんじゃ――」
「んなの大丈夫だよ」
呂律が回っていない。未成年なのに、というツッコミはしないほうが無難なのだろう。
「えっと、フランクリン君は、ピザ好き? 好きだよなぁアメリカ人だもん。俺は国籍もってな――」
何かをよくわからない言葉で話し出す。ふらふらとした足取りはおぼつかない。何だかわからなうちに、バランスを崩して、二人揃ってプールに落ちた。
服が水を吸って気持ち悪い。水を浴びたことにより、ユウゴも少し酔いが冷めたようだった。
「ごめん、フランクリン君。って、そんなに恐い顔するなよ」
悪びれた様子もなく、笑いながら言う。そんな様子も様になっていて、思わず見とれてしまう。
「どした?」
顔を覗き込まれ、我にかえる。
「いえ、あの……、風邪引くといけないですし、中に入りましょう」
「まじで! サンキュー」
そうして、奥にある自室へと案内する。
「さっすがフランクリン君。お金持ちっぽい部屋だね!」
お互いに、シャワーを浴び、濡れた服を着替えた。あまり体格が違わなくて幸いした。
ユウゴは勝手にベッドへダイブすると、靴を脱いで本格的にくつろぎ始めた。
もしかして、これはチャンスかもしれない。
寝転がってるユウゴの上に乗る。ギシっと、ベッドが軋む音がした。
「ユウゴさん」
独り言のように呟いて、?に手を添える。
ユウゴはそれに気付くと、ゆっくりと目を開けた。
「どした? 何? やりたいの? 俺とやるならフランクリン一人だよ」
自分の置かれた状況を、いち早く察知すると、そんなことをのたまった。リアムは驚いて、言葉を奪われる。
「でも、こっちなら、タダでいいけど」
そう言いながら、リアムの腕を掴むとベッドに押し倒してきた。形勢逆転とばかりにニヤリと笑みを浮かべて乗しかかる。
「あの、オレ……払います」
「さっすが金持ち! おっと、後払いでいいぜ。ムードって大事だろ」
起き上がろうと、半身を起こしたリアムに唇を付ける。舌を絡めるのに応じる。うまくて、脳が思考をやめてしまいそうになる。
「……好きです。ユウゴさん」
唇が離れると、そう呟いた。再びユウゴと位置を交換する。
「あと、オレの名前はリアムです」
「あ、そう。わかった」
本当にわかっているのか疑問だ。適当に相槌を打っているようで、ユウゴは既に服を脱ぐことに専念していた。
自分でそこに手を伸ばし、なかば強引にぐいぐいと拡げる。
「あの……」
「あ? お前慣れてなさそうだし、いいだろ」
「俺だって痛いの嫌だし」と続け、あっという間にリアムの肩に片足を掛ける。
「ゆっくりな」
身体を密着させて、ゆっくりと入れる。
「んっ……はぁ……」
苦しそうに眉間の皺を深くするユウゴに、動きを止める。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。久しぶりだからな、こういうの――」
そう言って深呼吸をする。進めていいのだろうと解釈し、また動きを再開させる。
「くっ、……んっ」
何度か抜き差しを繰り返すと、止まらない。ユウゴの前も扱いてやると、収縮がキツくなり、気持ちが良い。
何回かそれを繰り返して、二人で熱いものを吐き出した。
ユウゴは疲れた様子で、目を瞑る。眠たそうに呻き、寝返りを打った。
「あの、オレと付き合ってください」
「ん、おっけー」
軽くそう答えると、ユウゴは瞬きを一度だけした。
四年生は卒業が近付き、プロムがあるので周囲は浮き足立っていた。
廊下でユウゴを見かけると、かわいらしい女子と話をしていた。楽しそうだ。
いい気分はしない。自分と付き合うと言ったのに、なぜ……。
「あの、ユウゴさん。ちょっといいですか?」
肩を叩いてこちらを向かせる。女子は授業の準備があると言って立ち去ってしまった。
「あぁ、くっそ。折角いいところだったのに」
残念そうに舌打ちをして、腕組みをする。
「何であんな女と話すんですか?」
怒りを抑えながら言う。
「えーいいだろ。ブロンドバカ女。俺バカな女わりと好きなんだよねー」
笑顔を見せて、口説いていたことすら隠さない。
「あの、ユウゴさんの話が聞きたいです」
「俺の話? たいした話はできないけど……そうだな、俺がデブって言ったせいで拒食症になった女と精神病院で鉢合わせした話がいいか、それとも、大麻育てさせてた大学生に逆ギレされた話がいいか……そんな顔するなよ。わかったトイレのウォシュレットの話でもしよう」
ユウゴは一気にそれを言い、リアムの顔を見て肩をすくめた。
「プロムには行かないでください」
そんな言葉が口をついて出た。
「なんで? 俺今彼女五人ぐらいいるし、行ったっていいじゃん」
絶句した。
何も言えないでいると、追い打ちをかけるように言葉を続けられた。
「それに俺、将来は自宅に芝刈り機が欲しいからな」
さらにショックを受けた。いや、きっとこれはアメリカンジョークなのだ。
「こういうときにジョーク言うの止めてください」
「俺はいつだって本気だって」
飄々とした態度のユウゴとは対照的に、リアムは泣き出しそうだった。
そんな様子のリアムを見て、ユウゴは困った様子だ。
「あー、別に俺は、お前と付き合うのが嫌なわけじゃねぇんだよ」
「じゃあ他の人とは別れてください」
強い口調で言うと、また困ったように視線を落とす。
「それはまた、別の話だろ」
「はぁ」とため息をついて、首の後ろを掻く。
「お前みたいなやつ、初めて……調子狂うなぁ。でもまぁたまにはいいか」
小さく独り言のように呟いて、リアムのほうを向く。
「わかったよ、お前に賭けてやる。お前の言うとおりにするよ」
「じゃあ――」
期待を込めてユウゴを見る。
「ブロンド女どもと分かれるし、プロムも行かない。これでいいだろ?」
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