彼氏更生計画(失敗)

つなかん

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五月

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 ゴールデンウィークは部活三昧だが、休みが一日あった。それが桐生の差し金なのか、そうでないかは分からないが、とにかくその日は休みだった。

 電車に乗って、隣町の映画館を目指す。田舎だからか、そんなに混んでいない。立っている人はいるが、座る場所は多くある程度だ。

「ね、手繋ご?」

 小声で言われ、吉村は身体を強張らせた。咄嗟に辺りを見渡し、会話を聞かれていないことを確認する。

「バカ、ここ電車だぞ!」

「いいじゃん、別に」

 顔をほんのりと赤らめる吉村とは対照的に桐生は飄々と、顔色一つ変えない。

「絶対ダメ。そんなことより、山下さんにはなにもするなよ」

 無理矢理に話題を変える。山下のことは、最近ずっと気になっていたので、つい口をついて出た。

 山下に危害を加えてはいけない。

 そうずっと考えていた。

「なんで?」

 桐生は、少し怒ったような、不機嫌そうな声色になる。

「なにかする気だったのかよ。やめろよ」

 そう考えると、ゾッとする。桐生のことだ。なにをしでかすか分かったものではない。

「ちょっと脅かすくらいは、いいかなって」

「ダメだからな、絶対近づくなよ」

 間髪を入れずに注意する。桐生は反省した様子もなく、突然に吉村の手を握ってきた。

「ねぇ、なんでデート中に他の女の話するの? 手繋ごうって、それだけの話じゃん」

 指を絡められ、ぎゅっと握られる。小声だが、しっかりと芯を持って脳内に響く。

「いや、これは大事な話であって、それにお前――」

「僕より、あの女のほうが大事なの?」

 言葉を遮られ、責められる。

「いやそうじゃないけど……」

 つい口ごもってしまう。そういう問題じゃないんだ。危害を加えるな。と言いたいのに、そうやって責められると言葉が出てこない。

「謝って」

「え?」

「あの女より僕が大事って、言って」

 静かに、怒りを抑えている。

 恐くなる。こうなった桐生には、あまり逆らわないほうがよいことを吉村は知っていた。

「い、今かよ」

「うん」

 有無を言わせないような、そんな圧力を感じた。

 しかたない。ここはおとなしく従おう。

「悪かったよ……、その、山下さんより桐生のほうが大事、だから……ごめん」

 早口で言い切ると、繋いでいた手が離れる。驚いて桐生を見ると、満足気に笑っていた。

「ついたよ」

 そう言って、立ち上がる。慌ててあとを追い、電車を降りた。



「はぁ……わりと楽しかったね! 月冴は、どうだった?」

 ホラー映画は、桐生の好みだった。吉村としても、恋愛ものよりは、まだホラーのほうがマシということで、それに決めた。田舎の映画館では、選択肢が少なく、流行りのアクションものは上映されていない。

「俺、最後のああいうグロ無理」

 血が飛び散ったほうがまだマシ、と思えるほどの表現に、顔色を悪くした。R-15指定なのも頷ける。

「そっかー。でもしっかり見てるよね」

 くすくすと笑いながら桐生が言う。

「そりゃ見ないともったいないからな」

 いくら学生料金でも、払って見ているのだ。ちゃんと見ないと損というものだ。

「月冴のそういうとこ、好き。面白くて」

 桐生はまだ楽しそうに笑っている。

 夕方の道を歩く。たぶん駅のほうへ向かっているのだろうが、来た道と違う景色に戸惑いを覚える。

「なに、ホテル入りたいの?」

「は? んなわけねぇだろ!」

 気がつくと、なんだかいかがわしい通りに来てしまったようだ。なぜこんな通りに来てしまったのか。土地勘がないので仕方がないかもしれないが、それでも嫌だった。一刻も早くここを立ち去りたい。道に迷ったことに気付き、少し焦る。

「そういえば入ったことなかったよね。入る?」

 桐生は焦った様子もなく、建物を見上げる。

「いやいや、そんなのより帰り道分かんねーし」

 帰れなくなるのは一大事だ。呑気に辺りを見ている余裕もない。

「駅までの道なら、分かる。大丈夫、ここからすぐだし」

 落ち着いた様子で、一本向こうの通りだね、などと言う。

「お前、道分かってんなら言えよ!」

「月冴が行きたいのかと思って」

「んなわけあるか!」

「いいから、入ろ?」

 腕を取って、歩きだそうとする。

「やだよ、だいたい周りの目ってやつが……そもそも男同士は入れないんだよ! ここそういう場所じゃないし」

 サッと周りを見渡す。他人のことなど気にしていないといった感じが大半で、少し安堵した。

「じゃあビジネスホテルにする? あっちにあるから」

 そう言って、前方を指差す。

「なんでお前はそんなに詳しいんだよ。嫌だからな、俺は帰る!」 腕を振り払い、睨み付ける。

「道分からないのに?」

「だから案内しろよ!」

「やだ」

「は?」

 駄々をこねるように、その場から動かない。子供のように、やだ、と繰り返す。

「ホテル行こ、そしたら帰るから。ほら、せっかくのデートだし。お願い」

「いや、でも……」

「お願い」

 手を取られる。

 慌てて周囲を見渡し、振りほどこうとするが、力が強くてできない。

「分かった、分かったから、離せ」

「そう、じゃあ行こうか」

 すぐに手を離し、歩きだす。気乗りしないが、ついていくことにした。



 部屋は思ったより普通で、余計なものはなかった。なにをしたら良いのか分からず、とりあえずベッドに座る。

「月冴!」

 桐生はそう言って抱きついてきた。

「好き!」

 押し倒しながらそう言う。

 なんだか混乱してしまって、こんなところに来ることを了承してしまった少し前の自分を恨んだ。

「待て、こういう場所ってのは、最初にシャワーを――」

「なに、照れてるの? これからもっとすごいことするのに」

 押し退けようとするが、もう服に手をかけられている。

「はあ? 別にこんなの、たいしたことじゃねーし」

 そうだ。自分はこんなこと、もう慣れているはずだ。女子でもないのに、いちいち照れるのも、おかしい気がした。

「そう」

 服を脱がせてくる。慣れた手つきでボタンを外す。

 吉村も、ただされているだけというのも嫌になり、桐生の服に手を伸ばした。あまり巧くできないが、拙いながら一生懸命する。

「なに、脱がせてくれるの? 今日は積極的だね」

 機嫌良く笑って、頬にキスをする。部活で転んだときの傷は、もうすっかり治っていた。

「これは、俺だけ脱いでるのが嫌なだけであって別に――」

「はいはい、分かったよ」

 頭を撫でられると、子供扱いされたようで腹がたつ。

 やっと服を脱ぎ終えると、指を口に突っ込まれた。

「ん……ふッ」

 経験上、舐めなければいけないことは分かっている。舌を這わせ、唾液を絡めた。

 口から指が抜けると、やっとまともに酸素を取り込める。思い切り呼吸をしていると、指先が唾液のぬめりを借りて、中に入ってきた。分かっていることとはいえ、やはり最初の異物感は慣れない。眉に皺が寄る。

 次第に指は数を増やし、たまに気持ちの良い場所をかすめる。自分からねだるのも憚られ、吉村は声を抑えるべく唇を噛みしめた。

 やがて指が抜かれ、その感覚に身震いした。

「起きて」

 そう言われ、起き上がる。代わりに桐生が寝転び、その上に乗る形になった。

「自分で入れて」

 すでに桐生のものは芯を持っていた。思わず目を逸らす。

「え、そんな――」

「たいしたことじゃないんでしょ」

 この体勢は初めてだし、なにより勇気が必要だ。少し躊躇したが、思いきって腰を下ろした。

「ふッ……はぁ」

 想像したような痛みはなかったが、圧迫感がひどい。

 もうすでに限界なのに、自分の体重でさらに奥まで入ってくる。足に力が入らない。

「や、ふか……」

 いつもより受け入れる形になる。やっと沈んでゆく動きは止まったが、息は荒いままだった。

 自分で動いたほうが良いのだろうか。なんだか恥ずかしい。困って桐生を見下ろすと、にっこりと笑みを見せた。これは、そういうことなのだろうか。

「はぁ……んッ」

 ゆっくりと、自分から動く。たまに当たる気持ちの良い場所に、思わず腰が揺れた。意識せずとも、次第に早くなってゆく。

「ねぇ、名前呼んで」

 太股を撫でながら言う。ぞくぞくとした快感をやり過ごせず、思わず声が漏れる。

「んあッ……さく、や」

 そう呼ぶと、太股を撫でていた手が、掴んで広げる動きに変わった。さらに深くまで受け入れる形になり、喉を鳴らした。

「さくや、も、動けよ」

 桐生は身体を起こすと、吉村の腰を押さえて、下から突き上げた。早い動きに、吉村は喘ぐしかない。

「は……んんッ、あぁッ」

 その快感だけで、もう絶頂できるほど上り詰めていた。

「さくや、もう、イくから!」

「いいよ」

 桐生は荒い息を繰り返しながら、達した。暖かさを感じながら、吉村もイく。

「はぁ……もういいだろ、さっさと抜け!」

 腰を掴まれたままの状態で、見下ろして言う。

「やだ」

「俺は帰るぞ」

 嫌な予感がした。まさかまだやる気じゃないだろうな。

「まだ時間、ある」

「は? やだって、ふざけんなッ!」

 中で硬さを持ち始めるそれに、いやだ、と首を振る。

 後頭部を掴まれ、口付けをされる。

「ふッ……あぁ」

 キスに興奮し、痺れる。酸欠のせいか、頭がくらりとした。

 そうこうしている間に、また動き出す。卑猥な音に、耳を塞ぎたくなった。

「やだって、桐生、ふざけるのもいい加減に――」

「名前で呼んで」

 有無を言わせないような口調。奥を突かれて、突然のことに涙が出た。

「月冴」

 溢れた涙を舐めとる。名前を呼べという、無言の圧力を感じた。

「ふッ……分かった、呼ぶから」

 また唇を重ねられ、唾液が糸を引く。

「……さくや」

 そう呼ぶと、動きがさらに激しさを増す。

「月冴、好きだよ」

「ん、俺も、好き」

 そう言うと、ぐるりと世界が反転した。ベッドの上に落とされて、足を持ち上げられる。

 桐生を見上げる。陸上を辞めてから、少し伸びた髪。うっすらと汗をかいている額に、少しドキッとした。

「んッ……はぁッ、も……むり」

 気持ち良くて、また絶頂が近い。意識を保つのもやっとの状態だ。

「そうだね」

 そう言って、桐生は前に触れる。

「やッ、今は、触んな!」

 切羽詰まって、思わず桐生の手を掴もうとする。しかし力が入らず、手を添えるのが精一杯だ。

「はッ、やめ……」

 先端をひっかき、上下にこする。

 そんなことをされたら、もうダメだった。白濁がべっとりと、桐生の手を汚す。

「ん……ッく」

 桐生も限界が近かったのだろう。二、三度出し入れを繰り返すと、達したようだった。



「マジ無理、意味が分からん」

 さすが進学校なだけあり、授業も難しい。六月に試験を控え、部活は休みだった。

 学校帰りに、ファミレスで数人の友人と勉強をする。桐生との約束は、またメールで断った。さっきから、どこにいるの? などといったメールが入っているが、あえて無視をする。携帯をマナーモードにして、机の上の数式を見つめる。

「てか範囲広くね?」

 高校に入ってから二学期制になった。回数が少なくなる変わりに、範囲が広い。

「ヤマかけるしかなくね?」

「よし! 俺は場合の数を捨てる!」

「いやさすがにそこは出るって」

 そんな会話が交わされているなか、数式を解く。ふと携帯を開くと、メールの他に着信も何件か入っていた。

 面倒臭いと思いながらも、とりあえず帰ることを考える。

「あの、さ。俺帰るわ」

 千円札を一枚友人に渡し、片付けを始める。

「え、もう帰んの?」

 教科書から顔を上げた友人は困惑気味だ。

「いやなんか、メール来てて」

 誰からかはあえて言わない。鞄を持つと、手を振って店を出た。



「あれ? 月冴じゃん?」

 家の近くの道に出ると、後ろから声をかけられた。

「空斗?」

 振り向くと、小学校からの友人、吉良空斗が立っていた。小走りに近づく。

「久しぶりじゃん! 元気だった?」

 ニコニコ笑って、肩を叩く。

「おう。空斗も、元気そうでよかった」

「おう、元気元気!」

 違う高校に進学してから、あまり会っていなかったのに、そんな期間がなかったようにすぐに話を始めた。

 しばらく吉良と話していると、全力で走ってくる人物が見えた。

「月冴!」

 ゼエゼエと息をしながら、桐生が近づく。

「あーっと、桐生先輩じゃないですか。どうしました?」

 中学が同じだったため、吉良も桐生と面識がある。心底嫌そうな顔をして、吉良は桐生を睨み付けた。

「元不登校児は黙っててくれるかな?」

 吉村の腕を掴んで吉良から遠ざける。しかし吉村はそれを振り払って怒鳴った。

「桐生、それ関係ないだろ! そういうこと言うなよ!」

「あっそ、ごめんね」

 心のこもらない謝罪をして、桐生は吉良を睨み返した。

「まだ付き合ってたんだ」

 吉良は、呆れたような表情で言った。ため息を吐いて、やれやれと首を振る。

「悪い? 月冴、もう行こ」

「は? どこにだよ」

 再び腕を掴まれ、引っ張られる。

「とにかく、こんなやつのところにいなくていいでしょ」

「は? やだ。俺はまだ空斗と話が……」

「だめ」

 言葉を遮られ、さらに強く引っ張られる。

「よせって!」

 振り払おうと腕を動かす。桐生は、高校に入り部活を辞め、少し細身になったにも関わらず、力の強さは健在だ。

「嫌がってるだろ、やめろよ!」

「君には関係ないよね」

 吉良の言葉も、一蹴した。

「関係なくないだろ」

 食い下がる吉良に、桐生はため息をつく。

「前から思ってたけど君、なんなの?」

「は?」

 まずい、二人とも怒っている。一触即発とはこのことを言うのだろう。

「まず桐生は、離せよ」

 吉村は、不意をついて、手を振りほどく。そして吉良の腕を掴むと、引っ張って歩き出した。

「お前、こっち遠回りだろ、もう帰るから。じゃ」

 小走りで立ち去る。二度ほど道を曲がると、やっと安心できた。

「空斗、ごめんね。せっかく久しぶりに会えたのに……」

「いや、俺はいいけど、あいつ大丈夫かよ。相変わらず……だけど」

 心配そうに吉良は言う。

「たぶん、なんとかなる。と思う」

 先のことを考えると、ため息がでた。
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