その教室に秩序はない

つなかん

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その教室に秩序はない

2章(1)

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 日にちが経つにつれ、竹本が登校してこないことは、問題になりつつあった。生徒達の間では、謎の失踪を遂げたということで、とても話題になっていた。どこから漏れたのか、直前と思われるであろう生徒会での会議で和泉と揉めていたことも広まり、和泉はかなり疑われているようだった。
 伊織はそんな噂話を受け流しながら、日々を過ごしていた。生徒会室の端に座り、会議の様子を聞きながら、そっと和泉の様子を伺う。
 当の和泉はそんな噂など、気にしてないような素振りで会議を進行していた。しかしどこか疲れているようだった。
 そういえば、小夜子先輩は何を考えているのだろうか、あれだけ自信満々だったのだからなにか既に動いている可能性もある。
「新しい書記を募集しようか」
 静まり返っていた生徒会室に、和泉の言葉が響く。ざわつくことはなかったが、ぴりぴりした雰囲気が渦巻いた。
「……え」
 突然の和泉の言葉に、思わず声が漏れる。和泉がこちらに視線をやり、威圧的に言った。
「なにか?」
 反論を許さない言い方。一斉にみんなの目がこちらへ向くのがわかる。
「いえ、なにも……」
 圧倒されてそう答えると、和泉の視線は伊織から外れた。和泉は、そして周りを見渡す。役員たちが目を伏せる。
「反対の者は?」
 その問いに答える者はいなかった。水を打ったようにシンとした状態が、数十秒続く。
「じゃあ、あとで掲示を頼んでおく」
 反対がいないと判断した和泉は、会議の終了を言い渡した。帰り支度をいそいそと皆が始める中、和泉が言葉を発する。
「あぁ、あと糸杉君」
「はい」
 声をかけられて、どきりとする。やはり口を挟んだことを咎められるのだろうか。
「話があるから残ってくれ」
 静かに告げられる。断ることはできないだろう。
「……はい」
 なんだか嫌な予感がする。他の皆が帰ると、和泉はおもむろに口を開いた。
「本当にあの女となにもないんだな」
 なんだか疑うような目で見られている気がする。疑われているのは今に始まったことではないが、突然そんな風に言われる筋合いもない。
「小夜子先輩ですか? 特になにもないです」
 そういえば今日は会っていない。いつも一年生の教室まで来るというのに、思えば不自然だ。なにか行動を起こしているのだろうか。
「あの女、どういうつもりかわからないが、俺に――」
「あ、和泉!」
 和泉の言葉を遮ったのは小夜子だった。生徒会室に勝手に入ってきている。たぶん他の役員が帰ったのを見て、入ってきたのだろう。
 当の和泉は小夜子の姿を見た瞬間、さっきまでの威圧感はどこへやら、とても動揺した様子だ。目線がうろうろと彷徨っている。
「どうしたの? 私の話?」
「いや、ちょっと……」
 和泉は困惑し、小夜子から目を背ける。
「あの、小夜子先輩……」
 なにがなんだか分からず、伊織は小夜子のほうを見る。
 小夜子はウインクをして見せたが、それは伊織の不安を煽るだけだった。
 この人は、絶対なにかしでかした。
 なにかを察した伊織だったが、小夜子はそんな周囲の様子をものともせず、あざとい笑みを浮かべた。
「和泉、今日は一緒に帰ろうよ」
 突然そんなことを言い出し、和泉に近づく。
 和泉は後ずさり、目を白黒させる。
「は、なんなんだお前。だいたい突然俺にどうして」
 素早く避けて、和泉は鞄を掴む。
「あ、こういうのダメか」
 唐突に冷静になったのか、小夜子はふう、と息を吐く。
「は?」
 突然真顔になった小夜子に、またしても混乱させられる。なにがしたいのか全く分からない。
「べ、別にあんたと一緒に帰りたいワケじゃないんだからねッ!」
 しばらく無言の時間が過ぎる。笑ってしまいそうになったが、必死に耐えた。
 なんだろう、最近流行ってるツンデレ? とかいうものだったろうか。それにしても本当にやる人は初めて見た。
「とにかく迷惑だから、俺は帰る」
 和泉はもう訳が分からないようだ。すぐにでも帰りたいのだろうが、鍵の管理はしっかりしなければいけないので、先に帰る訳にはいかない。
「ちょっと待ってよ。なんでそんなに邪険にするの?」
 小夜子は大きく手を広げ、通せんぼをする。かわいいのだが、なんだかいつもの飄々とした雰囲気はない。
「自分の胸に手を当てて考えてみろ」
 不満げな小夜子に、和泉は冷たく言い放つ。そんな態度にも小夜子は屈しない。
「全然わかんなかったどころか、和泉がセクハラ発言したことに驚いてちょっとドキドキしてる!」
「何言ってるんだお前」
 和泉は冷めた目つきで小夜子を見る。
「和泉先輩、さすがにそれはまずいと思いますよ」
 セクハラ発言とは、言われた方が決めると聞く。だからこれはあまりよくないのかもしれない。
「もしかして和泉も貧乳好きか!」
「意味がわからない」
 小夜子の言葉に、和泉は困惑する。掴んでいた鞄を、さらに強く掴み、鍵を伊織に渡す。目線で訴えかけ、そそくさとその場を去ってしまった。
 ついに鍵の管理を伊織に押し付けてきた。相当切羽詰まっていたのだろう。
「どうしたんですか、先輩。なにか考えがあったんじゃ……」
 なにか自信ありげな風だったが、これは逆効果ではないだろうか。生徒会室の電気を消し、鍵を閉める。和泉がいつも持っているこの鍵は、職員室にある返さなければいけないものではないので明日にでも返せばいいだろう。
「考えっていうか、あいつオトせばいっかなーって」
 あまりにも軽く言う。そんなに簡単にいくことではないと考えつかなかったのか、それとも自信家もそこまで来てしまっていたのか。
「それで今日一日、ストーカーしてたんですか?」
 呆れてものが言えないとはまさにこのことだ。なにを言っても通じないような、そんな恐ろしささえ感じた。
「ストーカーとか人聞き悪いなぁ。ちゃんと色々試したってば。妹キャラ、ヤンデレ、ツンデレ、ドS、ドM、メイドと――」
「あー、もういいです」
 小夜子と会話をしていると、少し疲れる。
「やっぱ私ってショートカットのほうがいいかな、絶対似合うとも思うのよね。顔がこれだけかわいいから」
 その自信は一体どこから来るのか、甚だ疑問である。
「えっと、和泉先輩をオトせなかったのは、髪型が原因だと?」
 小夜子は長い髪をさらりと見せつけながら答える。
「まぁそれ以外考えられないよね。あ、でも――」
 本当に、呆れてものが言えない。
「でも、あいつの性癖が特殊ってことも考えられるか」
「特殊って……」
 憶測でそんなことを言っていいのか。気になって周りを見たが、もう人はいない。
 辺りも暗くなってきているし、もう帰りたい。
「だってあんたのお兄さんだってロリコンじゃない」
 当然のようにいうが、久美はロリコンではない、と思う。
「あの、そういう言い方止めてくれます?」
「ロリコンか、熟女好き、もしくはゲイか……」
 小夜子は、ポンポンと失礼な言葉を吐き出す。こちらの話を聞いていない。
「和泉先輩がですか?」
 本当に失礼だ。周りに誰もいないからまだいいのかもしれないが。
「他に考えられる?」
「いや、付き合ってる人がいるとか、好きな人がいるとか。色々あると思いますけど」
 普通に考えればそうなるだろう。
「あんな地味で冴えない、上から目線がデフォルトみたいな眼鏡に彼女がいると思う?」
「怒られますよ」
 そう言って、否定の言葉を探す。
「あ、ほら。夏実さんって人、幼馴染なんですよね、そういうことも考えられるんじゃないでしょうか」
「ゲイじゃん」
 食い気味に返答が返ってくる。
「え?」
 冷静に返答を返してきたので、驚いてなにも答えられない。
「夏実って男だし」
 当然のように答えられてなにも言えなくなる。
「すみません、撤回します」
「まぁたしかに貧乳好きみたいだし、その可能性はあるよね」
「いや貧乳好きかどうかはわからないですけど」
 小夜子の言葉を一つひとつ否定していくのは疲れる。エネルギーを使うのは、一日に終わりにはしんどい。
「そうすると、熟女好きの可能性は低いな」
「あのう……」
 勝手に脳内で話を作っていそうな小夜子に言葉をかけたい。しかし、なかなか取り合って貰えず、困りきる。
「いや別にゲイでもいいんだけどさ。そうすると私からできることは限られてくるってこと」
「あの、まだゲイと決まったわけでは」
「とにかく、夏実の見舞いは次の休みだとして。あいつが見境ないタイプのゲイだった場合のプランに行こうか」
「あの、本当に怒られますよ」
 本当になんでも思ったことを口にしている印象を受ける。それでもかわいいからいいのだろうけれど、すごい神経の持ち主だ。
「あんなやつに怒られても別に痛くも痒くもないし。ゲイだった場合だけど、それはキミが頑張ればなんとかなるよ」
「え。いやですよ」
 思わず真顔になる。偏見を持つとかそういう気持ちはないが、自分が色々と、そういう意味で頑張るというのは正直嫌だ。
「たしかにキミ、ゲイ受けしなさそうよね。軟弱そうだし」
「軟弱って」
 たしかにまだ身長も伸びていないが……、そんなことを面と向かって言われるとへこむ。
「あれか、ショタ? で攻めれば」
「あの、断ったの聞こえてました?」
 小夜子はため息をつくと、面倒臭そうに答えた。どうせさっきの発言も適当に出た言葉なのだろう。
「わかった、わかった。夏実の様子を見て、退院したらあいつに頼もう」
「え、小夜子先輩、夏実さんとそんなに仲良いんですか?」
 会ったことがないので何とも言えないが、そんな仲なのだろうか。和泉とは仲が悪そうに見えるのだが。
「は? んなわけないじゃん。あんな頭ゆるゆるのやつと仲良くするわけないじゃん。金は借りたけど」
「仲良くないのにそんなこと頼めないじゃないですか。ていうかお金借りてるんですか」
 単純に驚く。唖然とする伊織に、小夜子はあくまで平然としている。
「あいつ貸したこと忘れてるくらい頭ゆるいから大丈夫。それにノンケだと思うから、こ、れ、か、ら、仲良くすれば問題ないよね」
 ウインクをして見せる。なんだか嫌な予感がする。
 今日和泉にしたようなことをしても、相当……こう、変わった人じゃないと無理なのではないだろうか。
「そうですか」
 曖昧に返事をすると、小夜子は思い出したように言う。
「それにたしか私と同じクラスじゃないか? 席余ってるし」
「へぇ」
「いつ退院できるかも聞かないとね」
「そうですね」
 そうだ。退院すれば、また学校に来る。そうすれば話を聞けることも増えるだろう。
「まぁ復帰はおろか、喋れる状態かどうかも確かめる必要があるけど」
「縁起でもないこと言わないでください」
 たしなめると小夜子は、冷静に答える。
「考えてもみて、こんなに長い間入院してるってことは、わりと重症だと思うよ」
「いつから入院してるんですか?」
「事故があったのが去年の冬だね」
「長いですね」
 頭とかを打つと大変だという話を聞く。知らない人だけれど、少し心配だ。
「まぁ今は検査とかで時間かかるし、よくわからないけど」
 そうだ、こちらはわからないことだらけなのだ。
「とにかく行ってみないとわからないですね」
「そそ、電車賃も手に入れたことだし!」
 嬉しそうに言う小夜子に同意する。
「そうですね、次の休みですよね」
 改めて確認する。
「うん、あいてるよね? 暇人だもんね」
「一言多いですよ。あいてますけど」
 伊織が答えるとすぐに、小夜子は鞄から手帳を取り出した。
「じゃあ次の休みのお昼前に駅前集合。十二時の電車に間に合うように。遅れるなよ。遅れたら次二時間後だから」
「わかりました」
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