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6.5章 超能力者の苦悩

ゾーイ・フォーチュネイトの凄惨な生い立ち

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「疫病を流行らせた? おれが?」
 白いトレーラーハウスが何台も連なって停まっていた。昨日まで降り続いた雨のせいで、地面がぬかるんでいる。ゾーイは念入りにブーツの紐を結んだ。
 サーカス団は公演の準備で大忙しだった。団員たちがせわしなくぬかるんだ地面を行き来している。なんせ流行の疫病のせいで稼働人数が大幅に減り、いつにも増して大忙しだった。
 ゾーイは彼らを尻目に、伸びをして大欠伸をしてみせた。採算の取れる出演者は、たいていの雑用が免除されていた。
「そういう噂があるの」
 友人のローズが暗い表情で俯いた。小人症はこのサーカスじゃ珍しくないけれど、ローズはその中でも人気があった――わかくてかわいいから、それ以外にない。
「ウワサね、ウワサ」
 陰口を叩かれるのは慣れていた。ゾーイの超能力はかなり万能で、だからこそ団員の嫉妬を買った。原因不明の疫病は発熱や嘔吐を伴い、皮膚が黒く変色しやがて死に至る。ペスト黒死病、と呼ぶものもいた。
 自分が流行らせたなんて、くだらない。ゾーイはニヤッと笑ってみせた。けれどローズは浮かない表情のままで、じっとぬかるんだ地面に視線を落としている。
 ローズは神経質そうに椅子の上で身じろぎをした。本番用の白いドレスに泥が跳ねないか、毎回気にしている。
「たしかにスプーンは曲げられるけど、疫病を流行らせるとか、おれにできるわけないだろ」
 ゾーイは明るくケラケラ笑ったが、ローズはますます表情を曇らせた。これからは汚いトレーラーハウスではなく宮殿に住むことができるのに、どうしてそんなに浮かない顔をしているのか理解に苦しむ。
 小人症は王族は大人気で、それでも宮殿に呼ばれるのはラッキーなことだった。ゾーイは不思議そうに首を傾けた。ローズの考えを読むことだけはなかなか難しい。
「おーい、テントを組み立ててくれ!」
 遠くからゾーイを呼ぶ声がした。裏方の仕事をほとんど免除されているゾーイだが、こればかりはサボるわけにはいかない。そばかすだらけの顔に面倒臭そうな、けれどどこか親しみの持てる表情を浮かべる。
「あーあ、呼ばれちゃった。ま、給料分は働かなきゃな!」
 靴紐を結び終えて、ぬかるんだ地面をブーツで踏みつけた。軽くひらひらローズに向かって手を振った。
 ズボンに泥が跳ねてもなんてことない。シミ取りはお手の物だった。ゾーイのにこやかな表情は、角を曲がってローズの姿が見えなくなるとすぐに失われた。
 別人のように無表情だ。客席のある表舞台は、嘘のように綺麗に整えられている。ゾーイはいつものように指をパチンと鳴らした。
 スプーンを曲げることができる。軽く指を動かすだけで、テントを組み立てることができる。誰かの意識を失わせることも、そうと気付かれずに殺すことだってゾーイには簡単なことだった。
 疫病を流行らせる――もしかしたらそんな噂も、あながち嘘ではないのかも。
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