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第四章「恩愛訣別関(おんないわかれのせき)」
【魂魄・参】『時空を刻む針を見よ』36話「鵯越え」
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――その晩
二人は浄瑠璃の屋敷の前に着いた。
確かに彼女が言うように、鬼殲組の気配はなく静まり返っている。すると屋敷の中から叫び声がした。土足のまま慌ただしく入ると、そこには鬼殲組の副長が、嫌がる姫を無理やり連れて行こうとしていた。
「ここは危険ですッ、我らと共に来てください!」
「いやッ!放してッ、私は残りますッ」
牛若は強引に姫を引っ張る刻蔵に怒りを爆発させて叫んだ。
「おいッ、嫌がってるじゃないか。彼女を放せッ」
「また、お前かッ、今は相手をしてやる時間はない……姫、来て下さいッ」
彼らはずっと互いに顔を合わせることはなかったが、久しぶりに見た相手の顔は以前より瓜二つだった。思わずハッと息を飲むが、今はそれどころではない。互いに姫を得ようと敵意を剥き出し牽制する。
「キャァッ」
刻蔵は嫌がる姫を乱暴に馬に乗せて走り去る。牛若も馬を探すが、屋敷中の馬は全て鬼殲組が乗っていってしまい、仔馬一頭しか残っていなかった。
「くっ……姫をどこへ連れて行くつもりだッ!」
「大将ッ……こ、これっ」
「そうか……鬼援隊に頼めばッ!」
牛若は慌ててベンケイから紙を受けとると、鬼援隊の元へと駆けだした。制止する門番を無視して松明の掲げられた門を叩く。すると小窓からウジトがニュッと顔を出した。
「頼むッ、馬を……馬を貸してくれッ」
「おやぁ、牛若さんじゃないですか、どうしたんです?」
「急ぎなんだ、馬を……刻蔵を追わないとッ」
「なるほど……少し事態は飲み込めました。鬼殲組はいまやあなたの敵だ。違いますか」
「そんなのはどうでもいいッ、早くしないと浄瑠璃がッ」
「言葉にして下さい。我々、鬼援隊の長となるのでしたらお好きに……」
「わ、わかった。早く馬を出してくれ。隊長でも何にでもなるからっ!」
「その言葉を待っていました。ものどもッ……貴武狼狩りだッ」
声が屋敷中に響くとすぐに扉が開き、事前に突撃の準備をしていた鬼援隊が雪崩出てきた。その数は鬼殲組の数を遥かに凌ぐ多さで、それだけ彼らを憎む者が多いことを物語っていた。
一人の少年が牛若に「我が隊で一番の早馬です」と、見るからに早そうな名馬の手綱を引いてきた。
「よし、敵は駐屯地にいる鬼殲組だッ」
「もうそこにはいません。奴らは我々の先導隊が追っています」
号令をかけるウジトの傍らにいた見知らぬ女が異を唱える。
「ウジト……この女性は?」
「鬼援隊の副長ですよ」
「そうか……なぜ、先導隊が追っている? 彼らが仕掛けたのか」
「いえいえ、あろう事か浅見刻蔵は不死山御狩の儀で覇道皇に斬りかかったと言います。我らは朝廷の勅令を受けて、公賊を討つ事を許されました」
「なんだってッ、覇道皇に……彼らは皇子貴武の狼じゃないのか」
「なんでも皇自身に積年の恨みがあるとか……詳しい事はわかりませんが」
「覇道皇はどうなったんだ」
「『復讐は未だ早い。十八年待ってそれでも憎ければ喜んで首を差し出す』と言い、躊躇した兄弟の目を盗んで逃亡したそうです」
「そうか……それで奴らはどこに」
「先導隊が鵯に追い込んだそうです。鬼殲組を連れて、境港から船で逃れるつもりでしょう」
「わかったッ!鵯にいる鬼殲組を追う。奴らが船に乗り込むまでに……撃つッ」
「そうこなくちゃ!」
ウジトが嬉しそうに声をあげる。牛若は鬼援隊の副長という女が気になったが、今は連れ去られた姫のことが心配だ。手綱を強く握りしめると、屋敷に控えた数百の隊員に向けて高々と声を上げた。
「全軍、続けッ」
こうして牛若に指揮された鬼援隊は貴武狼を駆逐すべく鵯へと向かうのだった――。
○
その頃、浄瑠璃は強引に乗せられた馬上で刻蔵の背中をバンバンと叩いて叫んでいた。
「おろしなさいッ、おろしなさいよッ」
「姫っ、静かにして下さい。鬼援隊に見つかります」
刻蔵は鵯へ向かい、合流した浅見たちと共に、境から船に乗り穢土を目指す予定だった。
復讐は失敗した。時間をかけて覇道皇の目に留まり側役として近付くに至ったが……最後の詰めが甘かった。皇の命乞いに油断した隙に逃げられたのだ。
彼らは朝敵に仇なす賊軍となり復讐は水の泡と消えた。そして官軍である鬼援隊は、彼らを討とうと目と鼻の先まで迫っている。
「もう少しで鵯です。あそこは崖で囲まれている……誘い込めば、味方が岩を落とし奴らを殲滅できます」
「なんてことを……あなた達は野蛮すぎるわッ」
「姫……奴らを陰で操っている者をご存知ですか」
「年配の方が率いているって聞いたわ、それがどうしたのよッ」
「いいえ、彼らの隊長ではなく問題は副長の女……どこからともなく現れ、隊長を言いくるめ、民を扇動し、小さな組織を大軍へと変えた……そうかっ!ヤツは口調や仕草が日ノ本の女らしくない……恐らく大陸から放たれた間者、覇道皇めッ……国が乗っ取られるぞ」
「なにを言ってるのッ、放して刻蔵ッ……どうしてこんな事するのよッ」
「姫……」
刻蔵は崖の間際まで到達すると、悲しそうな表情で浄瑠璃を見つめた。
「私は……ずっと陰ながら姫をお慕いしていました」
「えっ……」
「この想いは自分の胸に秘めて置くつもりでしたが、あの男……先ほどの男が現れてから、平常心でいられない。彼はどことなく私に似ている」
刻蔵は胸元から何かを取り出して見つめた。姫はそれと同じ物を見たことがある気がした。そう……それは先日、牛若が服を脱いだ際に落ちた物だ。
「刻蔵……それ」
「危ない、姫ッ」
先導隊が放った矢だった。矢は刻蔵近くの樹に刺さるとジュッと木肌を焦がした。刻蔵はキッと彼らを見下ろし怒りを込めて叫ぶ。
「姫がいるのに毒矢だと……奴らめッ、何を考えているッ」
すると刻蔵の合図で離れた高台から崖下の先導隊に向かい岩が落とされる。轟音と共に大きな岩が次々に転がり落ち、彼らを押し潰していく。
その様子に勝利の笑みをたたえた刻蔵だったが……すぐに顔を青ざめさせた。
矢を避けた隙に姫が落馬し、崖から落ちそうだったのだ。彼は急いで馬を降りて地面に這いつくばり、崖端に捕まる姫に手を伸ばすが、彼の手は虚しく空を掴む。
「姫、捕まって下さいッ……あッ」
――浄瑠璃ッ
二人は浄瑠璃の屋敷の前に着いた。
確かに彼女が言うように、鬼殲組の気配はなく静まり返っている。すると屋敷の中から叫び声がした。土足のまま慌ただしく入ると、そこには鬼殲組の副長が、嫌がる姫を無理やり連れて行こうとしていた。
「ここは危険ですッ、我らと共に来てください!」
「いやッ!放してッ、私は残りますッ」
牛若は強引に姫を引っ張る刻蔵に怒りを爆発させて叫んだ。
「おいッ、嫌がってるじゃないか。彼女を放せッ」
「また、お前かッ、今は相手をしてやる時間はない……姫、来て下さいッ」
彼らはずっと互いに顔を合わせることはなかったが、久しぶりに見た相手の顔は以前より瓜二つだった。思わずハッと息を飲むが、今はそれどころではない。互いに姫を得ようと敵意を剥き出し牽制する。
「キャァッ」
刻蔵は嫌がる姫を乱暴に馬に乗せて走り去る。牛若も馬を探すが、屋敷中の馬は全て鬼殲組が乗っていってしまい、仔馬一頭しか残っていなかった。
「くっ……姫をどこへ連れて行くつもりだッ!」
「大将ッ……こ、これっ」
「そうか……鬼援隊に頼めばッ!」
牛若は慌ててベンケイから紙を受けとると、鬼援隊の元へと駆けだした。制止する門番を無視して松明の掲げられた門を叩く。すると小窓からウジトがニュッと顔を出した。
「頼むッ、馬を……馬を貸してくれッ」
「おやぁ、牛若さんじゃないですか、どうしたんです?」
「急ぎなんだ、馬を……刻蔵を追わないとッ」
「なるほど……少し事態は飲み込めました。鬼殲組はいまやあなたの敵だ。違いますか」
「そんなのはどうでもいいッ、早くしないと浄瑠璃がッ」
「言葉にして下さい。我々、鬼援隊の長となるのでしたらお好きに……」
「わ、わかった。早く馬を出してくれ。隊長でも何にでもなるからっ!」
「その言葉を待っていました。ものどもッ……貴武狼狩りだッ」
声が屋敷中に響くとすぐに扉が開き、事前に突撃の準備をしていた鬼援隊が雪崩出てきた。その数は鬼殲組の数を遥かに凌ぐ多さで、それだけ彼らを憎む者が多いことを物語っていた。
一人の少年が牛若に「我が隊で一番の早馬です」と、見るからに早そうな名馬の手綱を引いてきた。
「よし、敵は駐屯地にいる鬼殲組だッ」
「もうそこにはいません。奴らは我々の先導隊が追っています」
号令をかけるウジトの傍らにいた見知らぬ女が異を唱える。
「ウジト……この女性は?」
「鬼援隊の副長ですよ」
「そうか……なぜ、先導隊が追っている? 彼らが仕掛けたのか」
「いえいえ、あろう事か浅見刻蔵は不死山御狩の儀で覇道皇に斬りかかったと言います。我らは朝廷の勅令を受けて、公賊を討つ事を許されました」
「なんだってッ、覇道皇に……彼らは皇子貴武の狼じゃないのか」
「なんでも皇自身に積年の恨みがあるとか……詳しい事はわかりませんが」
「覇道皇はどうなったんだ」
「『復讐は未だ早い。十八年待ってそれでも憎ければ喜んで首を差し出す』と言い、躊躇した兄弟の目を盗んで逃亡したそうです」
「そうか……それで奴らはどこに」
「先導隊が鵯に追い込んだそうです。鬼殲組を連れて、境港から船で逃れるつもりでしょう」
「わかったッ!鵯にいる鬼殲組を追う。奴らが船に乗り込むまでに……撃つッ」
「そうこなくちゃ!」
ウジトが嬉しそうに声をあげる。牛若は鬼援隊の副長という女が気になったが、今は連れ去られた姫のことが心配だ。手綱を強く握りしめると、屋敷に控えた数百の隊員に向けて高々と声を上げた。
「全軍、続けッ」
こうして牛若に指揮された鬼援隊は貴武狼を駆逐すべく鵯へと向かうのだった――。
○
その頃、浄瑠璃は強引に乗せられた馬上で刻蔵の背中をバンバンと叩いて叫んでいた。
「おろしなさいッ、おろしなさいよッ」
「姫っ、静かにして下さい。鬼援隊に見つかります」
刻蔵は鵯へ向かい、合流した浅見たちと共に、境から船に乗り穢土を目指す予定だった。
復讐は失敗した。時間をかけて覇道皇の目に留まり側役として近付くに至ったが……最後の詰めが甘かった。皇の命乞いに油断した隙に逃げられたのだ。
彼らは朝敵に仇なす賊軍となり復讐は水の泡と消えた。そして官軍である鬼援隊は、彼らを討とうと目と鼻の先まで迫っている。
「もう少しで鵯です。あそこは崖で囲まれている……誘い込めば、味方が岩を落とし奴らを殲滅できます」
「なんてことを……あなた達は野蛮すぎるわッ」
「姫……奴らを陰で操っている者をご存知ですか」
「年配の方が率いているって聞いたわ、それがどうしたのよッ」
「いいえ、彼らの隊長ではなく問題は副長の女……どこからともなく現れ、隊長を言いくるめ、民を扇動し、小さな組織を大軍へと変えた……そうかっ!ヤツは口調や仕草が日ノ本の女らしくない……恐らく大陸から放たれた間者、覇道皇めッ……国が乗っ取られるぞ」
「なにを言ってるのッ、放して刻蔵ッ……どうしてこんな事するのよッ」
「姫……」
刻蔵は崖の間際まで到達すると、悲しそうな表情で浄瑠璃を見つめた。
「私は……ずっと陰ながら姫をお慕いしていました」
「えっ……」
「この想いは自分の胸に秘めて置くつもりでしたが、あの男……先ほどの男が現れてから、平常心でいられない。彼はどことなく私に似ている」
刻蔵は胸元から何かを取り出して見つめた。姫はそれと同じ物を見たことがある気がした。そう……それは先日、牛若が服を脱いだ際に落ちた物だ。
「刻蔵……それ」
「危ない、姫ッ」
先導隊が放った矢だった。矢は刻蔵近くの樹に刺さるとジュッと木肌を焦がした。刻蔵はキッと彼らを見下ろし怒りを込めて叫ぶ。
「姫がいるのに毒矢だと……奴らめッ、何を考えているッ」
すると刻蔵の合図で離れた高台から崖下の先導隊に向かい岩が落とされる。轟音と共に大きな岩が次々に転がり落ち、彼らを押し潰していく。
その様子に勝利の笑みをたたえた刻蔵だったが……すぐに顔を青ざめさせた。
矢を避けた隙に姫が落馬し、崖から落ちそうだったのだ。彼は急いで馬を降りて地面に這いつくばり、崖端に捕まる姫に手を伸ばすが、彼の手は虚しく空を掴む。
「姫、捕まって下さいッ……あッ」
――浄瑠璃ッ
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