魂魄シリーズ

常葉寿

文字の大きさ
上 下
120 / 185
第三章「苦愛離暫別(くあいはなれるしばしのわかれ)」

【魂魄・参】『時空を刻む針を見よ』22話「四凶」

しおりを挟む
 ――大陸東部のとある村

 三人は三日三晩眠らず、大陸との間にある広大な海上を駆け抜け続けた。ようやく陸地に辿り着くと軍部総長である彼らでさえ極度の疲労に思わず突っ伏して寝転んでしまう。

「お腹空いたね……」

「ああ、三日はなにも食ってねぇ……」

「鰻、食べたい……」

 大の字に寝転び疲れを癒していると、見知らぬ少女が水を汲んで彼らに飲ませてくれた。勢いよく飲むとむせてしまうが、久しぶりの水は格別だった。

 少女を見ると日ノ本とは異なる独特の形状をした黄色い衣服を着ている。彼女に連れられ辿り着いた村には、同じ衣服を着た村人たちが沢山おり、物珍しそうに彼らを見ていた。

「あ、ありがと……」

 少女に礼を言う。キザシたちは村人に話しかけるも言葉が通じない。身振り手振りでキジや窮奇の特徴を伝えていると、不思議そうな表情をする村人の中から、長老と思しき老人が現れて話しかけてきた。

「あなた達は翼の生えた者を探しているのですな。悪いことは言いません……戻りなさい」

「よかったっ、言葉が通じるのですね……翼の生えた虎に仲間がさらわれました。早く見つけないと」

「フム、虎……姑獲鳥こかくちょうではなさそうですね……が、危険に変わりはない。すぐにご自分の国に戻ることです」

「だからっ! キジを取り返すまでは帰らねぇって言ってんだろっ」

 気の短いトキが長老に食ってかかった。ハルは「まぁまぁ」と獰猛どうもうな野獣が長老に噛み付かないように抑えた。

「どうしても行くのであればとめません。あそこに煙が見えますかな。あれは一年中、炎に包まれた火焔城かえんじょうと呼ばれる牛魔王の棲み処です。奴の妻が姑獲鳥を操り、毎日のように村の女子供をさらって行きます。キジと言う女性が居るのはそこかも知れません」

「あの煙を辿って行けばいいんだなッ」

「それで姑獲鳥というのは?」

「翼の生えた女の妖魔です。奴らは毛皮を脱ぐと人間になり見分けが付きません」

「ありがとうございます。他に注意することはありますか」

「火焔城に行く間に川があり妖怪が旅人を襲う。くれぐれも気を付けなさい」

「ありがとうございます」

 キザシは長老に深々と頭を下げた。ハルも腕を組むトキに無理やり頭を下げさせると、旅立つ三人に先ほどの少女が駆け寄り、自分の菓子を少し分け与えて微笑んだ。

 一同は、こんな幼気な少女を姑獲鳥に奪われてはならぬと心に誓い、火焔城を目指した。

 村を出て一日経った頃には菓子もなくなり、吸筒すいずつもカラになった。激しい空腹とノドの渇きが再び三人を襲う。

 水の音を聞きトキとハルが駆け出すと、生い茂る草をかき分けた先に川があった。喜んで水を飲むとバシャッと音がし、濃霧が立ち込めているのに気づく。

「長老の言っていた妖怪か」

「あ、あれ……見てっ」

 ハルが指さすと彼らの足元に小さな魚が泳いでいた。空腹の足しにと手を伸ばすハルをトキが「危ねぇっ」と叫んで突き飛ばす。

 すると、川から飛び出た妖怪が大口を開けハルを飲み込もうとした。トキはマサカリで妖怪の攻撃を押し留める。

「ハル、なにか召喚してくれ」

「わかったッ」

 そう言うとハルは記憶の泉から土蜘蛛を召喚した。今はこれが精一杯だ。

「……えっ」

 土蜘蛛は光の糸を吐き出したが、異変に気付いた妖怪は頭を向けて光を放った。妖怪の頭上から出現した光線に光の蜘蛛は吸収されてしまう。

 驚くハルだが、妖怪の異様な姿を見てさらに驚き思わず息を飲んだ。

「クケケ、この姿を見た者は生かしちゃおけねぇ」

 妖怪はそう言うとハルに向かって飛びかかる。

 腐った海藻のような髪は妖怪の顔を隠し、隙間から覗く鋭い眼光だけが不気味に光る。口は鳥のくちばしのようであり、頭上には不気味に輝く皿、緑色の手足は粘々としている。

「ハルッ、逃げろッ……玄武斬げんぶざんッッ」

 トキはハルに襲いかかる妖怪に技を放つが、背中には亀の甲羅のようなものがあり、ことごとく攻撃を跳ね返してしまう。

「な、なにぃッ」

「ぐべべっ」

 妖怪は水中に潜り姿を消した。三人が川を見回すとトキの足元に泡が現れ、妖怪が物凄い速さで飛びだした。

 物理的な攻撃は通じないと睨んだキザシは、構えた蜈蚣切むかでぎりをおさめて、魂操たまあやつりで二人の半獣を呼び出した。

「フサッ、サトリッ、頼む」

「はいっ」

「若、お呼びでッ……んっ」

 キザシのてのひらから現れた猿半獣サトリは、犬半獣フサと共に対象に向かう途中で何かに気付くと、空中で静止した。

「こいつぁ敵じゃねぇ。おいっゴジョウ、俺だ……ゴクウだっ」

「その声は……兄貴かっ」

 ゴジョウと呼ばれた妖怪はハルに襲いかかるのをやめ、先ほどまでの興奮がウソのように落ち着き立ちすくんだ。

 サトリが言うには、かつて共に大陸で修行した弟子だという。もう一人の弟子の行方を尋ねたサトリは、再びキザシの掌へと戻った。魂となった彼は存在していられる時間に限りがある。

「……イノコは変わってしまった。ゴクウの兄が大陸から日ノ本に戻ると、それはもう荒れて酒を飲み、夜な夜な遊び狂った。しかし、銭が底をついたアイツの心に……忌まわしい羅刹女が入り込み、妖魔に変えてしまった。檮杌とうこつという『四凶しきょう』の一人に」

「四凶ッ……」

「そう、羅刹女の親衛隊だ。巨大猪の檮杌とうこつ、不気味な姿の渾沌こんとん、人身羊面の饕餮とうてつ、そして翼を持つ窮奇きゅうき。奴らは羅刹女のためなら何でもする悪の四天王だ」

「窮奇も四凶なのかッ。だとしたらキジは……やはり、火焔城にいるッ」

「仲間をさらわれたんだな。羅刹女は村々で女子供を襲い、捕まえては手下にしている……翼の生えた姑獲鳥にな」

「キジも姑獲鳥にされちまうッ」

「助けに行くなら手を貸すぞ。私もイノコを取り戻したい」

「よしッ、敵の敵は味方だ。気持ち悪いバケモンだけど仲間にしてやるよッ」

「なんだと小僧……」
 
 ゴジョウがトキを睨み付ける。彼は容姿に劣等感を持っているらしく怪物や化物といった言葉は禁句だった。悪気はないのだが、トキはもって生まれた性格で、口が悪い。

「仲間割れはよそうよっ。火焔城に行けばいいんだよね」

「フン、まぁよい……さらわれた者は城にいるだろうが、火焔鉄扇かえんてっせんがなければ、城を守る炎は消せないぞ。まずは扇を探すんだ」

「その扇はどこにあんだよ」

「羅刹女たちも火焔があれば城に戻れまい。隠すとしたら城の近くだろうな」

「なるほど……なら、先を急ごう」

 キザシはそう言うと新たにゴジョウを仲間に加えて火焔城を目指した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

偽典尼子軍記

卦位
歴史・時代
何故に滅んだ。また滅ぶのか。やるしかない、機会を与えられたのだから。 戦国時代、出雲の国を本拠に山陰山陽十一カ国のうち、八カ国の守護を兼任し、当時の中国地方随一の大大名となった尼子家。しかしその栄華は長続きせず尼子義久の代で毛利家に滅ぼされる。その義久に生まれ変わったある男の物語

鈍亀の軌跡

高鉢 健太
歴史・時代
日本の潜水艦の歴史を変えた軌跡をたどるお話。

KAKIDAMISHI -The Ultimate Karate Battle-

ジェド
歴史・時代
1894年、東洋の島国・琉球王国が沖縄県となった明治時代―― 後の世で「空手」や「琉球古武術」と呼ばれることとなる武術は、琉球語で「ティー(手)」と呼ばれていた。 ティーの修業者たちにとって腕試しの場となるのは、自由組手形式の野試合「カキダミシ(掛け試し)」。 誇り高き武人たちは、時代に翻弄されながらも戦い続ける。 拳と思いが交錯する空手アクション歴史小説、ここに誕生! ・検索キーワード 空手道、琉球空手、沖縄空手、琉球古武道、剛柔流、上地流、小林流、少林寺流、少林流、松林流、和道流、松濤館流、糸東流、東恩流、劉衛流、極真会館、大山道場、芦原会館、正道会館、白蓮会館、国際FSA拳真館、大道塾空道

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

処理中です...