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第三章「苦愛離暫別(くあいはなれるしばしのわかれ)」
【魂魄・参】『時空を刻む針を見よ』22話「四凶」
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――大陸東部のとある村
三人は三日三晩眠らず、大陸との間にある広大な海上を駆け抜け続けた。ようやく陸地に辿り着くと軍部総長である彼らでさえ極度の疲労に思わず突っ伏して寝転んでしまう。
「お腹空いたね……」
「ああ、三日はなにも食ってねぇ……」
「鰻、食べたい……」
大の字に寝転び疲れを癒していると、見知らぬ少女が水を汲んで彼らに飲ませてくれた。勢いよく飲むと咽てしまうが、久しぶりの水は格別だった。
少女を見ると日ノ本とは異なる独特の形状をした黄色い衣服を着ている。彼女に連れられ辿り着いた村には、同じ衣服を着た村人たちが沢山おり、物珍しそうに彼らを見ていた。
「あ、ありがと……」
少女に礼を言う。キザシたちは村人に話しかけるも言葉が通じない。身振り手振りでキジや窮奇の特徴を伝えていると、不思議そうな表情をする村人の中から、長老と思しき老人が現れて話しかけてきた。
「あなた達は翼の生えた者を探しているのですな。悪いことは言いません……戻りなさい」
「よかったっ、言葉が通じるのですね……翼の生えた虎に仲間がさらわれました。早く見つけないと」
「フム、虎……姑獲鳥ではなさそうですね……が、危険に変わりはない。すぐにご自分の国に戻ることです」
「だからっ! キジを取り返すまでは帰らねぇって言ってんだろっ」
気の短いトキが長老に食ってかかった。ハルは「まぁまぁ」と獰猛な野獣が長老に噛み付かないように抑えた。
「どうしても行くのであればとめません。あそこに煙が見えますかな。あれは一年中、炎に包まれた火焔城と呼ばれる牛魔王の棲み処です。奴の妻が姑獲鳥を操り、毎日のように村の女子供をさらって行きます。キジと言う女性が居るのはそこかも知れません」
「あの煙を辿って行けばいいんだなッ」
「それで姑獲鳥というのは?」
「翼の生えた女の妖魔です。奴らは毛皮を脱ぐと人間になり見分けが付きません」
「ありがとうございます。他に注意することはありますか」
「火焔城に行く間に川があり妖怪が旅人を襲う。くれぐれも気を付けなさい」
「ありがとうございます」
キザシは長老に深々と頭を下げた。ハルも腕を組むトキに無理やり頭を下げさせると、旅立つ三人に先ほどの少女が駆け寄り、自分の菓子を少し分け与えて微笑んだ。
一同は、こんな幼気な少女を姑獲鳥に奪われてはならぬと心に誓い、火焔城を目指した。
村を出て一日経った頃には菓子もなくなり、吸筒もカラになった。激しい空腹とノドの渇きが再び三人を襲う。
水の音を聞きトキとハルが駆け出すと、生い茂る草をかき分けた先に川があった。喜んで水を飲むとバシャッと音がし、濃霧が立ち込めているのに気づく。
「長老の言っていた妖怪か」
「あ、あれ……見てっ」
ハルが指さすと彼らの足元に小さな魚が泳いでいた。空腹の足しにと手を伸ばすハルをトキが「危ねぇっ」と叫んで突き飛ばす。
すると、川から飛び出た妖怪が大口を開けハルを飲み込もうとした。トキはマサカリで妖怪の攻撃を押し留める。
「ハル、なにか召喚してくれ」
「わかったッ」
そう言うとハルは記憶の泉から土蜘蛛を召喚した。今はこれが精一杯だ。
「……えっ」
土蜘蛛は光の糸を吐き出したが、異変に気付いた妖怪は頭を向けて光を放った。妖怪の頭上から出現した光線に光の蜘蛛は吸収されてしまう。
驚くハルだが、妖怪の異様な姿を見てさらに驚き思わず息を飲んだ。
「クケケ、この姿を見た者は生かしちゃおけねぇ」
妖怪はそう言うとハルに向かって飛びかかる。
腐った海藻のような髪は妖怪の顔を隠し、隙間から覗く鋭い眼光だけが不気味に光る。口は鳥のくちばしのようであり、頭上には不気味に輝く皿、緑色の手足は粘々としている。
「ハルッ、逃げろッ……玄武斬ッッ」
トキはハルに襲いかかる妖怪に技を放つが、背中には亀の甲羅のようなものがあり、ことごとく攻撃を跳ね返してしまう。
「な、なにぃッ」
「ぐべべっ」
妖怪は水中に潜り姿を消した。三人が川を見回すとトキの足元に泡が現れ、妖怪が物凄い速さで飛びだした。
物理的な攻撃は通じないと睨んだキザシは、構えた蜈蚣切りをおさめて、魂操りで二人の半獣を呼び出した。
「フサッ、サトリッ、頼む」
「はいっ」
「若、お呼びでッ……んっ」
キザシの掌から現れた猿半獣サトリは、犬半獣フサと共に対象に向かう途中で何かに気付くと、空中で静止した。
「こいつぁ敵じゃねぇ。おいっゴジョウ、俺だ……ゴクウだっ」
「その声は……兄貴かっ」
ゴジョウと呼ばれた妖怪はハルに襲いかかるのをやめ、先ほどまでの興奮がウソのように落ち着き立ち竦んだ。
サトリが言うには、かつて共に大陸で修行した弟子だという。もう一人の弟子の行方を尋ねたサトリは、再びキザシの掌へと戻った。魂となった彼は存在していられる時間に限りがある。
「……イノコは変わってしまった。ゴクウの兄が大陸から日ノ本に戻ると、それはもう荒れて酒を飲み、夜な夜な遊び狂った。しかし、銭が底をついたアイツの心に……忌まわしい羅刹女が入り込み、妖魔に変えてしまった。檮杌という『四凶』の一人に」
「四凶ッ……」
「そう、羅刹女の親衛隊だ。巨大猪の檮杌、不気味な姿の渾沌、人身羊面の饕餮、そして翼を持つ窮奇。奴らは羅刹女のためなら何でもする悪の四天王だ」
「窮奇も四凶なのかッ。だとしたらキジは……やはり、火焔城にいるッ」
「仲間をさらわれたんだな。羅刹女は村々で女子供を襲い、捕まえては手下にしている……翼の生えた姑獲鳥にな」
「キジも姑獲鳥にされちまうッ」
「助けに行くなら手を貸すぞ。私もイノコを取り戻したい」
「よしッ、敵の敵は味方だ。気持ち悪いバケモンだけど仲間にしてやるよッ」
「なんだと小僧……」
ゴジョウがトキを睨み付ける。彼は容姿に劣等感を持っているらしく怪物や化物といった言葉は禁句だった。悪気はないのだが、トキはもって生まれた性格で、口が悪い。
「仲間割れはよそうよっ。火焔城に行けばいいんだよね」
「フン、まぁよい……さらわれた者は城にいるだろうが、火焔鉄扇がなければ、城を守る炎は消せないぞ。まずは扇を探すんだ」
「その扇はどこにあんだよ」
「羅刹女たちも火焔があれば城に戻れまい。隠すとしたら城の近くだろうな」
「なるほど……なら、先を急ごう」
キザシはそう言うと新たにゴジョウを仲間に加えて火焔城を目指した。
三人は三日三晩眠らず、大陸との間にある広大な海上を駆け抜け続けた。ようやく陸地に辿り着くと軍部総長である彼らでさえ極度の疲労に思わず突っ伏して寝転んでしまう。
「お腹空いたね……」
「ああ、三日はなにも食ってねぇ……」
「鰻、食べたい……」
大の字に寝転び疲れを癒していると、見知らぬ少女が水を汲んで彼らに飲ませてくれた。勢いよく飲むと咽てしまうが、久しぶりの水は格別だった。
少女を見ると日ノ本とは異なる独特の形状をした黄色い衣服を着ている。彼女に連れられ辿り着いた村には、同じ衣服を着た村人たちが沢山おり、物珍しそうに彼らを見ていた。
「あ、ありがと……」
少女に礼を言う。キザシたちは村人に話しかけるも言葉が通じない。身振り手振りでキジや窮奇の特徴を伝えていると、不思議そうな表情をする村人の中から、長老と思しき老人が現れて話しかけてきた。
「あなた達は翼の生えた者を探しているのですな。悪いことは言いません……戻りなさい」
「よかったっ、言葉が通じるのですね……翼の生えた虎に仲間がさらわれました。早く見つけないと」
「フム、虎……姑獲鳥ではなさそうですね……が、危険に変わりはない。すぐにご自分の国に戻ることです」
「だからっ! キジを取り返すまでは帰らねぇって言ってんだろっ」
気の短いトキが長老に食ってかかった。ハルは「まぁまぁ」と獰猛な野獣が長老に噛み付かないように抑えた。
「どうしても行くのであればとめません。あそこに煙が見えますかな。あれは一年中、炎に包まれた火焔城と呼ばれる牛魔王の棲み処です。奴の妻が姑獲鳥を操り、毎日のように村の女子供をさらって行きます。キジと言う女性が居るのはそこかも知れません」
「あの煙を辿って行けばいいんだなッ」
「それで姑獲鳥というのは?」
「翼の生えた女の妖魔です。奴らは毛皮を脱ぐと人間になり見分けが付きません」
「ありがとうございます。他に注意することはありますか」
「火焔城に行く間に川があり妖怪が旅人を襲う。くれぐれも気を付けなさい」
「ありがとうございます」
キザシは長老に深々と頭を下げた。ハルも腕を組むトキに無理やり頭を下げさせると、旅立つ三人に先ほどの少女が駆け寄り、自分の菓子を少し分け与えて微笑んだ。
一同は、こんな幼気な少女を姑獲鳥に奪われてはならぬと心に誓い、火焔城を目指した。
村を出て一日経った頃には菓子もなくなり、吸筒もカラになった。激しい空腹とノドの渇きが再び三人を襲う。
水の音を聞きトキとハルが駆け出すと、生い茂る草をかき分けた先に川があった。喜んで水を飲むとバシャッと音がし、濃霧が立ち込めているのに気づく。
「長老の言っていた妖怪か」
「あ、あれ……見てっ」
ハルが指さすと彼らの足元に小さな魚が泳いでいた。空腹の足しにと手を伸ばすハルをトキが「危ねぇっ」と叫んで突き飛ばす。
すると、川から飛び出た妖怪が大口を開けハルを飲み込もうとした。トキはマサカリで妖怪の攻撃を押し留める。
「ハル、なにか召喚してくれ」
「わかったッ」
そう言うとハルは記憶の泉から土蜘蛛を召喚した。今はこれが精一杯だ。
「……えっ」
土蜘蛛は光の糸を吐き出したが、異変に気付いた妖怪は頭を向けて光を放った。妖怪の頭上から出現した光線に光の蜘蛛は吸収されてしまう。
驚くハルだが、妖怪の異様な姿を見てさらに驚き思わず息を飲んだ。
「クケケ、この姿を見た者は生かしちゃおけねぇ」
妖怪はそう言うとハルに向かって飛びかかる。
腐った海藻のような髪は妖怪の顔を隠し、隙間から覗く鋭い眼光だけが不気味に光る。口は鳥のくちばしのようであり、頭上には不気味に輝く皿、緑色の手足は粘々としている。
「ハルッ、逃げろッ……玄武斬ッッ」
トキはハルに襲いかかる妖怪に技を放つが、背中には亀の甲羅のようなものがあり、ことごとく攻撃を跳ね返してしまう。
「な、なにぃッ」
「ぐべべっ」
妖怪は水中に潜り姿を消した。三人が川を見回すとトキの足元に泡が現れ、妖怪が物凄い速さで飛びだした。
物理的な攻撃は通じないと睨んだキザシは、構えた蜈蚣切りをおさめて、魂操りで二人の半獣を呼び出した。
「フサッ、サトリッ、頼む」
「はいっ」
「若、お呼びでッ……んっ」
キザシの掌から現れた猿半獣サトリは、犬半獣フサと共に対象に向かう途中で何かに気付くと、空中で静止した。
「こいつぁ敵じゃねぇ。おいっゴジョウ、俺だ……ゴクウだっ」
「その声は……兄貴かっ」
ゴジョウと呼ばれた妖怪はハルに襲いかかるのをやめ、先ほどまでの興奮がウソのように落ち着き立ち竦んだ。
サトリが言うには、かつて共に大陸で修行した弟子だという。もう一人の弟子の行方を尋ねたサトリは、再びキザシの掌へと戻った。魂となった彼は存在していられる時間に限りがある。
「……イノコは変わってしまった。ゴクウの兄が大陸から日ノ本に戻ると、それはもう荒れて酒を飲み、夜な夜な遊び狂った。しかし、銭が底をついたアイツの心に……忌まわしい羅刹女が入り込み、妖魔に変えてしまった。檮杌という『四凶』の一人に」
「四凶ッ……」
「そう、羅刹女の親衛隊だ。巨大猪の檮杌、不気味な姿の渾沌、人身羊面の饕餮、そして翼を持つ窮奇。奴らは羅刹女のためなら何でもする悪の四天王だ」
「窮奇も四凶なのかッ。だとしたらキジは……やはり、火焔城にいるッ」
「仲間をさらわれたんだな。羅刹女は村々で女子供を襲い、捕まえては手下にしている……翼の生えた姑獲鳥にな」
「キジも姑獲鳥にされちまうッ」
「助けに行くなら手を貸すぞ。私もイノコを取り戻したい」
「よしッ、敵の敵は味方だ。気持ち悪いバケモンだけど仲間にしてやるよッ」
「なんだと小僧……」
ゴジョウがトキを睨み付ける。彼は容姿に劣等感を持っているらしく怪物や化物といった言葉は禁句だった。悪気はないのだが、トキはもって生まれた性格で、口が悪い。
「仲間割れはよそうよっ。火焔城に行けばいいんだよね」
「フン、まぁよい……さらわれた者は城にいるだろうが、火焔鉄扇がなければ、城を守る炎は消せないぞ。まずは扇を探すんだ」
「その扇はどこにあんだよ」
「羅刹女たちも火焔があれば城に戻れまい。隠すとしたら城の近くだろうな」
「なるほど……なら、先を急ごう」
キザシはそう言うと新たにゴジョウを仲間に加えて火焔城を目指した。
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