魂魄シリーズ

常葉寿

文字の大きさ
上 下
103 / 185
第一章「外套男郷愁(だんだらおとこのたそがれ)」

【魂魄・参】『時空を刻む針を見よ』5話「ホムラの決意」

しおりを挟む
 レオンが何かを発見し急に走り出す。叫び声をあげる人だかりだ。ホムラも急いであとを追う。

「鬼だッ、鬼が出たぞッ」

「食われたぁッ、俺の腕がぁぁッ」

 人々は手に様々な耕作道具を持ち、逃さぬように取り囲んでいた。二人が群衆をかき分けて見たのは激しく形相を変えた行商の姿だった。

 瞳孔どうこうは開き口元から泡が吹き出している。そして額には皮膚を破いて二本の角が空高く伸びていた。鬼と化した行商はヒトとは思えない力で人々をなぎ倒し、俊敏な動きで次々に襲いかかった。

「こ、これは……」

「僕が行こう」

 激しく動揺するホムラを置いてレオンが腰に携えた刀を握り行商に振り上げるが、ホムラの「やめろっ」という制止を聞いて刀をおさめ、肘で行商の鳩尾みぞおちを突いた。

 行商はぐぅとうめくと倒れ込んで動かなくなり、二人は群衆に預かると言い残して彼を担いで立ち去った。

「これはいったい……なんなんだ」

 獅子王が驚いた様子で捕縛された行商を見る。角が生えて狂暴になった男は鬼そのものだった。ホムラは行商の変化の理由を知っていたが獅子王に伝える気はなかった。

 なぜなら、これこそ月から逃げてきた理由――月の病と言う伝染病だったからだ。

 月ではツクヨミという者が病の最初の犠牲者となった。病は生物から生物にのり移り伝染して繁殖する。ホムラは行商を牢に入れて隔離し、胸元から石鉢を取り上げると獅子王に言った。

「この石鉢が鬼に変えてしまったのだろう。欠片かけら程度の大きさでは問題ないが、この大きさは危険だ。どこか誰も手の届かない場所に封印する必要がある」

「そうか……」

「明朝に私が責任をもって処分しよう。よいな」

「あぁ頼む」

 獅子王は石鉢を持って退室するホムラにそう声をかけたが、息子のレオンは怪訝な視線を送り、父王に耳打ちした。

「なにか変です。ホムラは知り過ぎている。なにより石鉢を持っても何も起こらない」

「考え過ぎだろう。彼は多くの者に慕われる人格者だ。疑うだけ時間の無駄だ」

「そこがさらに怪しいのです。放浪した彼らがこの国に辿り着いて数年。今では父上より慕われています。もしや……国を乗っ取るために来たのかも知れません」

「そんなはずが……」

「無いと言いきれるでしょうか。どうもただのトリ族ではない。何かを隠しています」

「ううむ……もうよい。お前は出て行きなさい」

 獅子王は心配する息子を退室させて一人で考えた。確かにあの親子――ホムラとサツキには不審な点が多い。彼らが多くの半獣から慕われるのも妖術ようじゅつたぐいかも知れない。

「確認してみる必要があるな」

 獅子王は呟くと深夜が来るのを待った。

 深夜に王はホムラの寝室に忍び込んだ。夕食に眠り薬を混ぜたから多少の物音では起きるはずがない。獅子王は王らしくない忍び足で、台の上に置かれた石鉢に手を伸ばし。

「うん? なんの変化もないではないか」

 石鉢を手にとり首を傾げる。鉢は禍々しく光り輝き異様な雰囲気を醸し出しているが、「ホムラの杞憂きゆうだ」と獅子王が安堵して寝所を出ていこうとしたおり、ふと彼は思い出した。

「行商は確かこれで水を……」

 好奇心は彼の心から離れずに徐々に勢力を増していく。いつの間にかそれは強い欲望へと変わり、王は石鉢に水を入れると遂には飲んでしまった――。

 ――ドクン

 心臓が大きく脈打ち王はうずくまる。両手を見ると若返った毛並みの手があり、爪は艶を取り戻し、黒く光り輝いている。鏡を見ると、息子と同年の艶々とした立派なたてがみをもつ獅子がいた。

「これは……」

 喜びが自然に口元から漏れ、歓喜に体が震える。この石鉢さえあれば若返ることが出来るのだ。

 ゴクゴクと勢いよく水を飲む。すると体中に以前の力が漲り、深夜にも関わらず駆け回りたい衝動に駆られる。彼はそのまま宮殿を出ると、深夜の平原を縦横無尽に駆け回った。

「スゴイッ、凄いぞッ……体が軽いッ、何だこの躍動やくどう感は」

 若き日のように駆け回るが、少しも息は乱れない。そればかりか視力も良くなり、真っ暗な世界で僅かに動く物音さえも聞き分けることができた。

「キャンッ」

 獅子王は小動物に獰猛に飛びかると一瞬のうちにそれを狩った。そして先ほどまで生きていた獲物を口に咥えると、久しぶりの血の香りで胸が躍る。

 彼は百獣の王として生きる以上、永いこと民を食していなかったのだ。

「旨い、旨いぞ…………ウッ、ウグウゥッッ」

 束の間の若さを楽しんだあとに激しい動機が胸を襲う。深呼吸するが眩暈めまいで倒れてしまった。

「ダメだ……あの石鉢がなくては」

 瀕死の身体で宮殿に戻ると、再び目にした鏡の前で愕然がくぜんとした。そこには以前より老いて憔悴しょうすいした自分の姿があったからだ。

 獅子王は大きく震えて石鉢に水を入れた。石鉢から水が零れるが気にせずに勢いよく飲み干す。すると再び体中に活力が戻り鏡の中の自分が若返っていく。

「ハァ……ハァ……」

 獅子王は呼吸を落ち着かせるとホムラの枕元に立ち、両手で石鉢を大切そうに持って彼の寝顔を見下ろした――。

 ○

 ――翌朝

「獅子王ッ、石鉢はどこだ」

「大したものだ。見ろ、私の姿を……この石鉢があれば永遠に若さを保てる」

「くっ……お前まで魅入られたか」

 ホムラは額に汗を垂らし獅子王を睨み付ける。昨日の行商を見てわかった。あれはまさに月の病の症状だった。宙船に付着したのに気付かず、この星に運んでしまった。

 そうだとすると自分の責任だ。月のように感染爆発を引き起こしてはならない。早急に手を打たねば……そうホムラは考えた。

「王よ、その石鉢は危険だ……持っていては国が亡ぶぞ」

「……」

「王?」

「フハハッ、国を滅ぼし乗っ取りたいのはお前の方ではないか。なぜ石鉢の秘密を知るのだ」

「そ、それは……」

「言えぬのか……私に秘密がある以上、お前をこの国に置くわけにはゆかぬ。娘と共に出て行け。せめてもの情けに命だけは奪わぬようにしてやる」

 獅子王はウットリとした表情で石鉢を撫でて愛でる。ホムラは王を守る衛兵に取り押さえられ、必死に訴えたが、王に声が届くことはなかった。

「獅子王ッ、石鉢を離せ」

「フフフッ……」

 ――狂都きょうと付近

「サツキよ、もう王国へは戻れない。お前はこの子を連れて身を隠すのだ」

「お父様はっ? 石鉢を……月の病をどうするおつもりです」

「なんとか奪い火口に封印する。きっと溶岩が獅子の手を阻むだろう」

「……」

「あの石は危険だ。禍々しく邪悪な意思はいずれ本来の姿……九尾狐くびこを取り戻すだろう。そうなってからでは何もかも遅い」

「はい……」

「私の命も賭けなければな……この星に病を持ち込んでしまった責任がある。分かってくれサツキ。私の分まで生きよ。そして蓬莱族を守るのだ」

「お父様……」

 そう言うとホムラは赤子と共に娘を抱きしめ、懐から巻物を取り出し彼女に渡すと、きびすを返し急ぎ半獣の王国へと向かったのだった――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

鈍亀の軌跡

高鉢 健太
歴史・時代
日本の潜水艦の歴史を変えた軌跡をたどるお話。

偽典尼子軍記

卦位
歴史・時代
何故に滅んだ。また滅ぶのか。やるしかない、機会を与えられたのだから。 戦国時代、出雲の国を本拠に山陰山陽十一カ国のうち、八カ国の守護を兼任し、当時の中国地方随一の大大名となった尼子家。しかしその栄華は長続きせず尼子義久の代で毛利家に滅ぼされる。その義久に生まれ変わったある男の物語

KAKIDAMISHI -The Ultimate Karate Battle-

ジェド
歴史・時代
1894年、東洋の島国・琉球王国が沖縄県となった明治時代―― 後の世で「空手」や「琉球古武術」と呼ばれることとなる武術は、琉球語で「ティー(手)」と呼ばれていた。 ティーの修業者たちにとって腕試しの場となるのは、自由組手形式の野試合「カキダミシ(掛け試し)」。 誇り高き武人たちは、時代に翻弄されながらも戦い続ける。 拳と思いが交錯する空手アクション歴史小説、ここに誕生! ・検索キーワード 空手道、琉球空手、沖縄空手、琉球古武道、剛柔流、上地流、小林流、少林寺流、少林流、松林流、和道流、松濤館流、糸東流、東恩流、劉衛流、極真会館、大山道場、芦原会館、正道会館、白蓮会館、国際FSA拳真館、大道塾空道

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

ひとづまざむらい~元禄編~

牧村燈
歴史・時代
 もしかしたら、鎌倉から始まった武士の世というものは、めまぐるしいなどとと言われる現代よりも、圧倒的にめまぐるしく価値観の変動する激動の時代だったのかも知れない。  この語は、その激動の時代を生き抜いた武士の血脈を受け継ぐ一人の女が、江戸の町人の妻として平穏に生きようとする姿を描いていく。

処理中です...