魂魄シリーズ

常葉寿

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第三章「誰心空蝉聲(たがこころうつせみのなきごえ)」

【魂魄・弐】『胡蝶は南柯の夢を見る』24話「言霊」

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「そう、たちばなが返してくれた人形だよ」

「返して……くれたんだ」

「アンタ、人形になにか思い入れでもあるのかい?」

「思い入れ?」

「気操術は人それぞれで形が異なる……波長みたいなのがあるんだろうね。私は得意な踊り、ヨイチは弓矢で狩りをしていたからルドラ……」

「そうか……だから僕は小舟だったのか! 黒船に乗って楽しかったから」

 滄溟は考える。野分や皆神の気操術はおそらく典型的なものだ。自分の気を用いて対象物を操る。そして対象物を必ずしも必要としないのが、宗久や自分の気操術だ。

 死國で入鹿を討った際、苧環は皆神と三輪を引き寄せた……それも彼女が糸巻きを用いる織女であるからならば、納得がいく。

「そう。得意なものや思い出深いもの、そんなものが気操術には現れるんだ。ほら、アンタ……意識を集中させてごらん。魂魄を繋げる気を一時的に開放して一点に集中するんだ。落ち着いてゆっくり深呼吸するんだよ」

「う、うん……やってみるよ」

 ――スゥ

 ――ハァ

 瞳を閉じて深呼吸をする。サロクは鼻から吸った息が全身を巡り、口から出るのを感じる。何回か繰り返すと体の内側であろうか、ポカポカとした温かいものが吐いた息と共に表面に現れていくのを感じる。

「これが気なのかな。口から少しずつ出ている……」

「そう……人によって波形は異なるからね。アンタは口で気を操るのか……何か喋ってみな」

「え、そんなこと言われたって……分からないよ」

 ――ワカラナイヨ

 一同は目を丸くして驚いた。モジモジしながらサロクが「わからない」と言ったのと同時に、滄溟の渡した赤い人形がモジモジして喋ったのだ。その光景は異様だった。

「も、もっと話しかけろ。例えば十歳の頃まで寝小便してましたとか」

「ヨイチッ、その話は言わない約束だよッ」

 サロクが恥ずかしそうに眼に涙を溜めてヨイチを殴る。滄溟は二人がいつもじゃれ合っているのは見慣れていたが、これは初めての体験で思わず目を丸くして驚いた。

 ――ポカポカ

 またしてもサロクが泣きながらヨイチを殴ると同様に人形も動いたのだ。その様子を見ていた野分が何かに気が付いた様子で叫ぶ。

言霊ことだまねッ、これは言霊を操っているんだわ」

「こと……だま?」

「古来より言葉には霊力が宿るとされているの。霊は四つの魂が交じって一つの霊を形成する。だからサロクの魂魄から離れた気……言霊が伝わり意のままに人形を操っているのよ……もしかするとコレ、死中しちゅうかつかも」

「そうだね。これはなかなか……使えるッ」

「え、僕のとは違うの?」

 大いなる発見をした様子で震える野分と婀國に、滄溟は不思議そうに尋ねた。物を動かす点においては基本の気操術と大差がある様には思えなかったのだ。婀國は腕を組んで滄溟に説明する。

「いいかい? 人形は古来よりヒトの分身とされ魂が宿るとされているんだ。代りに用いられることもあれば、まるで生命を持っているかのように扱われることもある」

「私や皆神の気操術はモノに対して効力を発揮する。そして滄溟や宗久さんの気操術は対象物なしで気が具現化する。これはこれでスゴいわ。でも、このサロク君の能力はこの苦境に物凄く有利かも知れない。いま、彼が言った言葉と言動を人形がなぞったでしょう。まるで生きているみたいに……」

「……そう。この子の気操術はなのかも知れないってことなんだ」

 婀國は真面目な表情でサロクを見つめる。そしてポカンとしているサロクの肩をガシッと力強く掴み「今度はヨイチに同じことをしてみな。なに、大きいか小さいかでそんなに変わらないよ」と自信たっぷりに言った。

 サロクは唇を舐めて「よぉしっ……今までの復讐だ」と言い、幼少期から現在に至るまでバカにされ続けてきた鬱憤を晴らすための「妙案」を思いついた。

『俺はヨイチ、鳩州一のタフガイさ。得意技はケツフリ踊りだぜっ』

「おいっ、やめ……俺はヨイチ、鳩州一のタフガイさ。得意技はケツフリ踊りだぜっ」

「スゴいっ、完璧にサロク君のセリフと動きをなぞってる」

「この能力があれば門番達を意のままに操れるわ。計画を練りましょう」

「うん。婀國さんに野分と僕、それにこのサロクの言霊があれば二人を救えるかもっ」

 三人は希望を胸に作戦を練る。サロクはここぞとばかりにヨイチを操り恥ずかしい言葉や格好をさせて楽しんでいる。

 一同がつかの間の団欒だんらんを楽しんでいるなか、野分はコッソリ「助けてくれて……ありがと」と照れながら滄溟に伝えた。

 そして……婀國が熱弁を振るう後ろで手を握り合う二人を、無感情に見つめる――クミの姿があった。

 そして誰ともなく呟く。

「アレ……貢は?」

 ○

 ――脂屋

「サテ、飲み直そうか」

「あの滄溟とかいうガキ傑作だったねェ……アタシを舐めるんじゃないよ。たぶらかせるとでも思ったのかい」

「まさか主治医に病気にされたとはな……アンタも極悪人だな」

「フフ」

 脂屋の宴席の一室。小紫とその禿かむろである紺に酒を酌ませて三人は下卑た笑いを響かせる。

 紺はようやく助かると思った矢先、再び脂屋に戻されたのでガクガクと震えながら酌をするが、小紫は動じることなくいつも通りに振る舞うのだった。

「それはそうと俺にこの小紫を身請けさせてくれねぇか。いや、この前アンタの勧めで遊んでから気に入っちまったのよ」

「おやおや、さすが海賊の旦那はお目が高いねぇ。そうだね……これでどうだい」

「銀貨一袋か……まぁ、ザビエムの旦那が融通利かせてくれんだろ」

「……ちょっと待ったぁッッ」

 勢いよくふすまを開けて、肩で息をしながら中に入ってきたのは権八だった。彼は急いで走ってきたのか、傷だらけの顔に滝のように汗を流して肉婆を睨む。

「お前……どうしてここに?」

「客として入ったのさッ、小紫は誰にも譲らねぇぞッ、今夜は俺が買う」

 権八は懐から取り出した銅銭が入った袋を床に叩きつけた。その拍子に座敷に無数の銅銭が転がった。

「何を言っているんだい。今夜はこの海賊さんがお買い求めだよ。そんなはした銭じゃない……タンマリとしたお大尽だいじん遊びさ」

「フハハッ……金の威光を見せてくれよう」

 そう言うと岩次はかたわらで酌をしている小紫を強引に抱き寄せ、懐から銅銭の入った袋をいくつも取り出して持たせた。けれど、華奢な小紫の両腕では抱えきれず銭は音を立てて流れ落ちる。

「貴様にこれだけの甲斐性があるってのかッ」

「く、くそっ……卑怯だぞ、銭に物を言わせてッ」

「……野暮なことを言わないで下さい」

「こ、小紫っ?」
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