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第二章「海神懐潮風(わだつみなつのしおかぜ)」
【魂魄・壱】『輝く夜に月を見た』21話「穢土へ」
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「……え? あの醜女をクラーケンは乙姫だと思っている?」
夕日に包まれた孤島でハルは不思議そうに太郎を見た。
「召喚釣術の基本である『捕獲と放出』は、記憶の泉から概念を釣り上げて対象に向かって放つことなのです。醜女という概念は乙婀様の不完全な術の一部ではあるが乙婀さま本人ではない」
「なるほど。変身が苦手だった乙婀の本当の姿じゃないもんね。概念ってことなのかな」
「難しい言葉をよくご存知ですな」
「亡くなった祖父が色々教えてくれたんです」
「そうですか……」
「そうか……そんな『醜女』も修行していた『乙姫』の一部……だからクラーケンは勘違いした」
「そうです。乙姫さまとハル殿の話を聞いていて、もしや……と思いましたが、いやいや、ものは試しにやってみるものですな、フォフォフォ」
「アハハ……そうですよね」
「……それにしても見事です。不安でしたが……やはりハル殿には才覚があった」
「でも、ボク、召喚ってもっと強そうなものかと思ってたよ」
「私が島に戻り元の姿に戻ることができれば、灼熱魔人や氷上女神、それに雷老人など、もっと強力な概念を召喚できるのですが……」
「なにそれ、かっこいいッ」
「召喚には優位性という要素が必要なので、今のハルさんには醜女がやっとですな」
「太郎さんは何種類でも召喚できるの?」
「私はざっと三十ほどでしょうか……この世にはありとあらゆる概念が存在しますので、それ以上も理論上は可能かと」
「さ、三十ッ?」
「ホッホッホッ……長年生きていますからな。召喚には優位性が必要……概念を受け入れ尊重し、ヒトとしての強さをもって接して受け入れられたら、きっと多くの概念が召喚士の力になってくれるでしょう」
「ボクにできるかなぁ」
「ハル殿は立派な才覚線をお持ちです。才能に甘んぜず精進を続ければ……きっと十の概念は扱えますぞ」
「十かぁ……三十も使える太郎さんはすごいや」
「フォフォフォ」
「才覚線……驚きだなぁ。お払い箱のボクにも召喚の才能があったなんて」
「左様……人は持って生まれた宿命と、自分で作り上げる運命とがあります。左手が宿命の相、そして右手が運命の相。命に宿ったものは変えられませんが、命が運ぶものはいつでも自分の力で変えられます。開花されましたな、ハル殿」
クラーケンの獄から解き放たれた竜宮の使いに乗りハルと浦島は孤島に辿り着くとウミガメはようやく元の姿に戻ることができた。
それは白髪の紳士的な半狐の老人で、かつて都の陰陽所を取りしきっていたといわれる納得の貫録を持つ風貌だった。
「先ほど乙婀様から交信があったのを忘れていました。シュテルンとイヴァーキ殿の傷を治すのでしばらく竜宮城で預かるそうです。鬼化の研究もしたいそうですし……」
「それはよかった……え、交信って?」
「この巻貝です。耳に当ててみてください。地上にいても竜宮の乙婀様と連絡が取れます」
「えっと……こうかな」
ハルはそう言うと巻き貝を耳に当てた。なんの変哲もないただの巻き貝のように思えたが、波の音がザァとしたあと、そこから聞こえたのは海底の竜宮にいるはずの乙婀のものだった。
(……予じゃ。乙婀じゃ)
「ナミ……じゃない、お、乙婀」
「うむ。過去はすでにふり切った。これからは乙婀と呼んでくれぃ」
「わ、わかった……お、乙婀」
「なんじゃ呼び捨てにしてっ、照れるではないかっ」
「……」
巻き貝越しに乙婀が照れて取り乱している様子が聞こえる。ジトッとした視線でハルを見上げる浦島太郎。ハルは「アハハ」と照れ笑いして頭の耳に触れた。
「コホン……先のクラーケン撃退はご苦労であった。それにしても……ハルが召喚術を使えるとは驚いたぞ。予の心の奥底に巣食う醜女を釣り上げるとはな。お陰様で何となくスッキリしたわぃ」
「ハハ、きっとマグレだよ」
「いつしか太郎のように強力な概念をも召喚できるようになるであろう」
「そうかな。だといいけど……フフッ」
「それと海妖精達が騒いでいる。イヌの半獣じゃがな」
「フサさんかな、中性的な中年の……」
「そうじゃ。そのフサとやらが看病塔を抜け出したらしい。海妖精が言うには東の地を目指すとか」
「東の地? そこに何があるの」
「不死山を越えた遥か東の地には穢土と呼ばれる都があり、更にその北には国皇に反旗をひるがえす真皇が治める一帯がある。どうやら二大勢力が拮抗しているこの地に彼……イヌの半獣の旧友らしき者がいるというのじゃ」
「穢土か。村はなくなっちゃったし、かといって都にも戻りたくない……うんっ、ボクもフサさんを追いかけて穢土に行ってみるよ」
「そうか。ならば巻貝を持って行くがよい。いつでもハルからの連絡を待っているからな」
「うんっ」
「うむ、くれぐれも連絡を取るように。少なくとも三日に一度は……」
ハルは必死に連絡を催促する乙婀の言葉を最後まで聞かずに巻貝をそっと胸にしまうと、世話になった浦島に別れの挨拶をしてから大切な釣り竿を背負って旅立った。
浦島太郎は竜宮の使いに乗って浜へと向かうハルを見ながら「あの少年、私の若い頃にソックリじゃ……」と呟いた。
クセなのか何気なく頭の耳に触れていると、突然ハッとしてふり返り「もしや……」とハルの消えた夕日で赤く染まった水平線を見つめたのだった――。
夕日に包まれた孤島でハルは不思議そうに太郎を見た。
「召喚釣術の基本である『捕獲と放出』は、記憶の泉から概念を釣り上げて対象に向かって放つことなのです。醜女という概念は乙婀様の不完全な術の一部ではあるが乙婀さま本人ではない」
「なるほど。変身が苦手だった乙婀の本当の姿じゃないもんね。概念ってことなのかな」
「難しい言葉をよくご存知ですな」
「亡くなった祖父が色々教えてくれたんです」
「そうですか……」
「そうか……そんな『醜女』も修行していた『乙姫』の一部……だからクラーケンは勘違いした」
「そうです。乙姫さまとハル殿の話を聞いていて、もしや……と思いましたが、いやいや、ものは試しにやってみるものですな、フォフォフォ」
「アハハ……そうですよね」
「……それにしても見事です。不安でしたが……やはりハル殿には才覚があった」
「でも、ボク、召喚ってもっと強そうなものかと思ってたよ」
「私が島に戻り元の姿に戻ることができれば、灼熱魔人や氷上女神、それに雷老人など、もっと強力な概念を召喚できるのですが……」
「なにそれ、かっこいいッ」
「召喚には優位性という要素が必要なので、今のハルさんには醜女がやっとですな」
「太郎さんは何種類でも召喚できるの?」
「私はざっと三十ほどでしょうか……この世にはありとあらゆる概念が存在しますので、それ以上も理論上は可能かと」
「さ、三十ッ?」
「ホッホッホッ……長年生きていますからな。召喚には優位性が必要……概念を受け入れ尊重し、ヒトとしての強さをもって接して受け入れられたら、きっと多くの概念が召喚士の力になってくれるでしょう」
「ボクにできるかなぁ」
「ハル殿は立派な才覚線をお持ちです。才能に甘んぜず精進を続ければ……きっと十の概念は扱えますぞ」
「十かぁ……三十も使える太郎さんはすごいや」
「フォフォフォ」
「才覚線……驚きだなぁ。お払い箱のボクにも召喚の才能があったなんて」
「左様……人は持って生まれた宿命と、自分で作り上げる運命とがあります。左手が宿命の相、そして右手が運命の相。命に宿ったものは変えられませんが、命が運ぶものはいつでも自分の力で変えられます。開花されましたな、ハル殿」
クラーケンの獄から解き放たれた竜宮の使いに乗りハルと浦島は孤島に辿り着くとウミガメはようやく元の姿に戻ることができた。
それは白髪の紳士的な半狐の老人で、かつて都の陰陽所を取りしきっていたといわれる納得の貫録を持つ風貌だった。
「先ほど乙婀様から交信があったのを忘れていました。シュテルンとイヴァーキ殿の傷を治すのでしばらく竜宮城で預かるそうです。鬼化の研究もしたいそうですし……」
「それはよかった……え、交信って?」
「この巻貝です。耳に当ててみてください。地上にいても竜宮の乙婀様と連絡が取れます」
「えっと……こうかな」
ハルはそう言うと巻き貝を耳に当てた。なんの変哲もないただの巻き貝のように思えたが、波の音がザァとしたあと、そこから聞こえたのは海底の竜宮にいるはずの乙婀のものだった。
(……予じゃ。乙婀じゃ)
「ナミ……じゃない、お、乙婀」
「うむ。過去はすでにふり切った。これからは乙婀と呼んでくれぃ」
「わ、わかった……お、乙婀」
「なんじゃ呼び捨てにしてっ、照れるではないかっ」
「……」
巻き貝越しに乙婀が照れて取り乱している様子が聞こえる。ジトッとした視線でハルを見上げる浦島太郎。ハルは「アハハ」と照れ笑いして頭の耳に触れた。
「コホン……先のクラーケン撃退はご苦労であった。それにしても……ハルが召喚術を使えるとは驚いたぞ。予の心の奥底に巣食う醜女を釣り上げるとはな。お陰様で何となくスッキリしたわぃ」
「ハハ、きっとマグレだよ」
「いつしか太郎のように強力な概念をも召喚できるようになるであろう」
「そうかな。だといいけど……フフッ」
「それと海妖精達が騒いでいる。イヌの半獣じゃがな」
「フサさんかな、中性的な中年の……」
「そうじゃ。そのフサとやらが看病塔を抜け出したらしい。海妖精が言うには東の地を目指すとか」
「東の地? そこに何があるの」
「不死山を越えた遥か東の地には穢土と呼ばれる都があり、更にその北には国皇に反旗をひるがえす真皇が治める一帯がある。どうやら二大勢力が拮抗しているこの地に彼……イヌの半獣の旧友らしき者がいるというのじゃ」
「穢土か。村はなくなっちゃったし、かといって都にも戻りたくない……うんっ、ボクもフサさんを追いかけて穢土に行ってみるよ」
「そうか。ならば巻貝を持って行くがよい。いつでもハルからの連絡を待っているからな」
「うんっ」
「うむ、くれぐれも連絡を取るように。少なくとも三日に一度は……」
ハルは必死に連絡を催促する乙婀の言葉を最後まで聞かずに巻貝をそっと胸にしまうと、世話になった浦島に別れの挨拶をしてから大切な釣り竿を背負って旅立った。
浦島太郎は竜宮の使いに乗って浜へと向かうハルを見ながら「あの少年、私の若い頃にソックリじゃ……」と呟いた。
クセなのか何気なく頭の耳に触れていると、突然ハッとしてふり返り「もしや……」とハルの消えた夕日で赤く染まった水平線を見つめたのだった――。
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