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第一章「闇割鬼往来(やみをさくおにのゆきき)」
【魂魄・壱】『輝く夜に月を見た』13話「三人目の太郎」
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――十年前
まだ頼光が四天王を設立する以前のこと。駆け出しの武人である綱は手柄を立てるのに躍起だった。
好敵手は弓矢の名人季武、大刀を巧みに扱う貞光。頼光は彼らの力量を知るため様々な業務をさせた。
敵意のあるヒトや半獣を制圧させたり未開拓の地に派遣したり……なかでも綱は抜きん出て頭角を現し、多くの功績を挙げていった。
その中で綱がのちに四天王の棟梁となる大きな転機となったのが「鬼退治」だ。その鬼達は縮れた金髪に青白い瞳、理解不能な呪文を唱え、田畑を荒らす肉食の巨人だった。
朝廷からの命令であったが網自身、村人を苦しめる異形の者を成敗することを心の底から誇りに思っていた……ただ一点を除いて。
彼は鬼退治をする途中で一人の女鬼に遭遇した。夜になると未の村近に出現するという知らせを聞き討伐へと向かう。ほかの鬼達と同様に怪力で攻撃してくるかと思ったが女鬼は何の抵抗もなく朝廷に召し捕らえられた。
朝廷史上初めて女鬼を捕獲した功労で季武や貞光より頭一つ出世できたが、網はこれ以降に鬼退治任務から手を引いた。なぜならその女鬼が処刑される際に立ち会い、彼女の「人間らしさ」を見てしまったのだ。確かその女鬼の名前が……。
「……リリィ」
「えッ」
「君は……拙者が捕らえたあの鬼の……娘だというのか」
「あなたは……」
そう呟いた小百合の眉間が徐々に狂気で歪む。ずっと、この武人の声にどこか聞き覚えがあった。彼女はゆっくりと目を開き声の主の正体を伺う。綱もみるみる形相を変えていく可憐だった娘から目を離すことできない。
『お前は……』
二人の声が重なった。小百合の目がカッと見開き青白い瞳が月の光を受けて反射させる。雷鳴が轟くのと同時に記憶の波が彼女の脳裏にドッと押し寄せてくる。
幼いころ母リリィと共に森で遊んだ記憶。優しく抱きしめられた思い出。母の笑い声、そして愛する母を連れて行った――男の声。
「己ぇぇッッ」
小百合が叫ぶと、放った覇気により周囲の土塀や木々が音を立てて軋む。
彼女の金髪が逆立ち頭のツノは伸びていき、獣のような爪が綱の喉笛を切り裂こうと掴みかかる。紙一重のところで交わした綱は刀を抜いた。
「くっ……やはり鬼だったかッ」
先程までのあどけない少女の面影はなく、激しい憎しみの炎が瞳の中で燃えたぎるさまは、まさに鬼そのものである。
網は同情の念を完全にふりきり、目の前で激昂する鬼と対峙する。機敏に懐へと飛び込み、感情のままに乱雑な攻撃をしかけてくる女鬼の腕を切り上げた……と思った刹那。
「ヤメロッッ」
綱の一刃が音を立てて対象を捉えブツリと肉をねじり切る感触がする。そして吹き飛ぶ片腕。小百合は自分の腕に目を遣った……が驚くべきことに細腕はかすり傷一つなく両方とも残っている。綱の太刀の先に吹き飛んだ腕、それは……。
「ウァァアアァッ」
そこには小百合のあとを追ってきたキザシ、キジ、トキ、小夜香、そして蹲る――シュテルンの姿があった。
「小百合さんッ」
「綱さんッ」
今にも飛びかかろうとする小百合を全力で食い止めるキザシ。そしてトキも四天王の上司である綱を制止する。そんな両者の間に立つ片腕を吹き飛ばされたシュテルンと彼を介抱するキジ。
「新たな鬼だとッ」
「網さん、違うッ……聞いてくれッ、彼らはッ……彼らは鬼なんかじゃないッ、異人なんだ!」
綱は目の前に現れた大柄な鬼に困惑する。しかも四天王の同僚である金時もいる。何が起きたのか理解不能であったがキザシとキジに諭され説明を受けると、ようやく凝り固まった固定観念が徐々に解される。
「そうか……鬼とは遙か遠い地で生きる、我々と同じヒト……異人だったのか」
「オレもキザシに聞くまで半信半疑でした。でもシュテルンはこうしてオレ達と同じ言葉を話す。見た目や食文化が違うだけなんです」
「私は異人を……彼女の母親を……この手で処刑してしまったのか」
「……」
無言で険しい視線を綱に送る小夜香と小百合。キザシは重い口を開く。
「悪いのは……朝廷です。厳密にいうと貴武陛下ではなく『禍々しく邪悪な意思』」
「……ッ、その意思によって陛下は異人狩りを繰り返しているというのかッ」
「おそらく。先ほど小百合殿が我を失って屋敷を飛び出し網さんを襲ったのも、その邪悪な意思によるものかと」
「しかし、小百合殿はそれまで普通に話していたぞ。私がリリィの話をした途端に豹変してしまったが……それにあのツノも」
「おそらく、その刀の『勾玉』によるものかと。そうですよね、小夜香さん」
「はい。勾玉に近付くと……それも満月が現れると強い発作が起きるようなのです」
道中で彼らは本でなく刀に原因があると言う結論に達した。
行商が持っていた刀にも勾玉が施されていたことも踏まえると、獅子ノ子の勾玉が元凶だという仮説はいよいよ真実味を帯びる。
「うぅむ。それまで目を閉じていた小百合殿が目を開けた途端にツノが生えた。それは確かに雨が止んで月が出たときだった」
「勾玉と月。その二つがツノを生やし狂暴になる『鬼化』の原因かも……」
「何はともあれシュテルンと小百合殿の傷の手当、それに隠れ家をどうにかしないと」
「それなら私に案があります。その昔『何某の太郎』とやらの男が万病治療の術を得たという話を聞いています。彼に会えばよもやこの傷も……」とフサが両手をポンと合わせて提案する。
「桃太郎の若に、金太郎のトキ……そして三人目の『太郎』ですか」
キジが白磁色の腕を組み人差し指を頬に当てながら首をキョトンと傾げた横で、トキはキザシに問いかけた。
「仮に傷が治ったとしても彼らのことが朝廷に伝わるのも時間の問題だろ?」
「あぁ、陛下が『鬼などいませんでした』で納得するとは思えない」
「こんなのはどうでしょう。シュテルンの腕を借りて……」とキジが切り落とした彼の腕を持ち上げた。
「……ウン?」
そう言うとキジは痛みで今にも気絶しそうになっているシュテルンに「男だから泣かないの」と言い豪快に肩を叩くと、ニヤリと計画を話し始めるのだった――。
まだ頼光が四天王を設立する以前のこと。駆け出しの武人である綱は手柄を立てるのに躍起だった。
好敵手は弓矢の名人季武、大刀を巧みに扱う貞光。頼光は彼らの力量を知るため様々な業務をさせた。
敵意のあるヒトや半獣を制圧させたり未開拓の地に派遣したり……なかでも綱は抜きん出て頭角を現し、多くの功績を挙げていった。
その中で綱がのちに四天王の棟梁となる大きな転機となったのが「鬼退治」だ。その鬼達は縮れた金髪に青白い瞳、理解不能な呪文を唱え、田畑を荒らす肉食の巨人だった。
朝廷からの命令であったが網自身、村人を苦しめる異形の者を成敗することを心の底から誇りに思っていた……ただ一点を除いて。
彼は鬼退治をする途中で一人の女鬼に遭遇した。夜になると未の村近に出現するという知らせを聞き討伐へと向かう。ほかの鬼達と同様に怪力で攻撃してくるかと思ったが女鬼は何の抵抗もなく朝廷に召し捕らえられた。
朝廷史上初めて女鬼を捕獲した功労で季武や貞光より頭一つ出世できたが、網はこれ以降に鬼退治任務から手を引いた。なぜならその女鬼が処刑される際に立ち会い、彼女の「人間らしさ」を見てしまったのだ。確かその女鬼の名前が……。
「……リリィ」
「えッ」
「君は……拙者が捕らえたあの鬼の……娘だというのか」
「あなたは……」
そう呟いた小百合の眉間が徐々に狂気で歪む。ずっと、この武人の声にどこか聞き覚えがあった。彼女はゆっくりと目を開き声の主の正体を伺う。綱もみるみる形相を変えていく可憐だった娘から目を離すことできない。
『お前は……』
二人の声が重なった。小百合の目がカッと見開き青白い瞳が月の光を受けて反射させる。雷鳴が轟くのと同時に記憶の波が彼女の脳裏にドッと押し寄せてくる。
幼いころ母リリィと共に森で遊んだ記憶。優しく抱きしめられた思い出。母の笑い声、そして愛する母を連れて行った――男の声。
「己ぇぇッッ」
小百合が叫ぶと、放った覇気により周囲の土塀や木々が音を立てて軋む。
彼女の金髪が逆立ち頭のツノは伸びていき、獣のような爪が綱の喉笛を切り裂こうと掴みかかる。紙一重のところで交わした綱は刀を抜いた。
「くっ……やはり鬼だったかッ」
先程までのあどけない少女の面影はなく、激しい憎しみの炎が瞳の中で燃えたぎるさまは、まさに鬼そのものである。
網は同情の念を完全にふりきり、目の前で激昂する鬼と対峙する。機敏に懐へと飛び込み、感情のままに乱雑な攻撃をしかけてくる女鬼の腕を切り上げた……と思った刹那。
「ヤメロッッ」
綱の一刃が音を立てて対象を捉えブツリと肉をねじり切る感触がする。そして吹き飛ぶ片腕。小百合は自分の腕に目を遣った……が驚くべきことに細腕はかすり傷一つなく両方とも残っている。綱の太刀の先に吹き飛んだ腕、それは……。
「ウァァアアァッ」
そこには小百合のあとを追ってきたキザシ、キジ、トキ、小夜香、そして蹲る――シュテルンの姿があった。
「小百合さんッ」
「綱さんッ」
今にも飛びかかろうとする小百合を全力で食い止めるキザシ。そしてトキも四天王の上司である綱を制止する。そんな両者の間に立つ片腕を吹き飛ばされたシュテルンと彼を介抱するキジ。
「新たな鬼だとッ」
「網さん、違うッ……聞いてくれッ、彼らはッ……彼らは鬼なんかじゃないッ、異人なんだ!」
綱は目の前に現れた大柄な鬼に困惑する。しかも四天王の同僚である金時もいる。何が起きたのか理解不能であったがキザシとキジに諭され説明を受けると、ようやく凝り固まった固定観念が徐々に解される。
「そうか……鬼とは遙か遠い地で生きる、我々と同じヒト……異人だったのか」
「オレもキザシに聞くまで半信半疑でした。でもシュテルンはこうしてオレ達と同じ言葉を話す。見た目や食文化が違うだけなんです」
「私は異人を……彼女の母親を……この手で処刑してしまったのか」
「……」
無言で険しい視線を綱に送る小夜香と小百合。キザシは重い口を開く。
「悪いのは……朝廷です。厳密にいうと貴武陛下ではなく『禍々しく邪悪な意思』」
「……ッ、その意思によって陛下は異人狩りを繰り返しているというのかッ」
「おそらく。先ほど小百合殿が我を失って屋敷を飛び出し網さんを襲ったのも、その邪悪な意思によるものかと」
「しかし、小百合殿はそれまで普通に話していたぞ。私がリリィの話をした途端に豹変してしまったが……それにあのツノも」
「おそらく、その刀の『勾玉』によるものかと。そうですよね、小夜香さん」
「はい。勾玉に近付くと……それも満月が現れると強い発作が起きるようなのです」
道中で彼らは本でなく刀に原因があると言う結論に達した。
行商が持っていた刀にも勾玉が施されていたことも踏まえると、獅子ノ子の勾玉が元凶だという仮説はいよいよ真実味を帯びる。
「うぅむ。それまで目を閉じていた小百合殿が目を開けた途端にツノが生えた。それは確かに雨が止んで月が出たときだった」
「勾玉と月。その二つがツノを生やし狂暴になる『鬼化』の原因かも……」
「何はともあれシュテルンと小百合殿の傷の手当、それに隠れ家をどうにかしないと」
「それなら私に案があります。その昔『何某の太郎』とやらの男が万病治療の術を得たという話を聞いています。彼に会えばよもやこの傷も……」とフサが両手をポンと合わせて提案する。
「桃太郎の若に、金太郎のトキ……そして三人目の『太郎』ですか」
キジが白磁色の腕を組み人差し指を頬に当てながら首をキョトンと傾げた横で、トキはキザシに問いかけた。
「仮に傷が治ったとしても彼らのことが朝廷に伝わるのも時間の問題だろ?」
「あぁ、陛下が『鬼などいませんでした』で納得するとは思えない」
「こんなのはどうでしょう。シュテルンの腕を借りて……」とキジが切り落とした彼の腕を持ち上げた。
「……ウン?」
そう言うとキジは痛みで今にも気絶しそうになっているシュテルンに「男だから泣かないの」と言い豪快に肩を叩くと、ニヤリと計画を話し始めるのだった――。
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