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自慢ではないが、俺は前世の記憶がある。そして俺は今世で生まれたこの世界のことを知っている。
そう、この世界はよくあるBL魔法学園ゲームの世界なのだ。中世ヨーロッパを思わせる街並みと、そこを闊歩する魔法使い。カラフルな髪色をもつ人々が幸せそうに歌を歌う。
そして俺はなんの運命のいたずらか、作中最悪の悪役令息として生まれ変わってしまっていた。
俺がその事実に気がついたのは10歳で第一王子と婚約した日である。俺に笑いかけてきた少年の整いすぎた顔を見て、すべてを思い出した。
当然、俺自身のたどる運命も思い出した。
俺はサンソリク伯爵家の長男で、名前はマルクスだ。王子と婚約した状態で魔法学園に入学し、そこで庶民出身の主人公の才能と王子との関係に嫉妬をして悪巧みをするいわゆる当て馬的存在だ。
このままいけば、俺は18歳の学園の卒業パーティで断罪され、首と胴体が永遠の別れを告げることになってしまう。
俺は断罪エンド回避のために8年かけて準備をすることを決意した。
幸か不幸か、俺はこの手の創作物について知り尽くしている。俺の姉がそっちの趣味の、しかも積極的に布教するタイプの人間だったせいだ。もちろん、この世界についての知識もすべて姉由来である。
悪役令息に転生した場合のテンプレは2通りだ。いい人として振る舞って和解エンド、またはめっちゃ極悪人として振る舞って逆に主人公を断罪エンドだ。そしてそのどちらも、いきなり現れた隣国の王子と結婚して幸せざまぁとなるわけだ。
それは非常に困る。単純に、隣国の王妃なんて無理ゲーだ。
となれば、とるべき行動はひとつだ。
「あー……」
俺は部屋に引きこもり、窓の外を眺めて、「あー」とか「うー」とか声にならない言葉を発するお仕事に邁進した。1日12時間、なかなかハードな仕事だ。
これがなにかというと、単純に「退場エンド」を目指している行動である。
退場エンドとは物語の進行に関わることの一切を拒否することでたどり着けるエンドで、どこからともなくわいてきた幼馴染や理解のある彼くんとのほのぼのハピエンのことを指す。まあ、引きこもっていればそんな人との出会いもないのだが。
「マルクス……、ああ、マルクス……! いったいどうしてしまったというの」
俺の両親、とくに母親は狂ってしまった息子を見て嘆き悲しんだが、それはそれ、これはこれだ。命には代えられない。仕方ないじゃないか、俺は頭が回る方ではないから、計算尽くでいい人として立ち回ることや断罪返しなんて高度な真似は絶対にできない。また、退場エンドでよくある家出ができるほどの度胸もない。
俺は前世でばりばりの引きこもりニートだったのだ。お家大好き、お布団でごろごろは人生の一部、そして親を泣かすのだって朝飯前だ。
その演技を続けること8年。俺の筋金入りの引きこもりニート作戦は大成功を収め、(裏金で入学した)学園も無事に退学となり、そして婚約破棄を勝ち取ったのだった。
*
というわけで俺は無事に自由の身となったはずだが、今度は別の問題が発生していた。
「坊っちゃん、おはようございます。ハイセンです。入りますよ」
「うー」
「ああ、もう起きていらっしゃったんですね。昨日はよく眠れましたか?」
「あー」
男ーーハイセンは大股で部屋に入ると、手際良く俺をベッドから起こして、髪を梳き、着替えさせる。
その間、俺は何もしなくていい。ただ窓の外の鳥に笑ったり、ハイセンが俺の肌に異常がないかを確認しているのを眺めたりするだけだ。
そして彼に手を引かれて食卓につく。ハイセンは俺に赤ん坊がするよだれかけのような大きな付け襟をつける。そしてほかほかの食事を一口すくって、にっこりと笑いかける。
「はい、坊ちゃん、今日はほうれん草と白魚のキッシュですよ。ほうら、あーんしてください」
「うー」
「おいしいですね」
彼は満面の笑みだ。つられて俺が笑うと、さらに彼は感極まったようになって涙まで流し出す。
「ぎょうも、ぼっぢゃんが尊いい……!」
そう、問題とは、このハイセンという男が、俺のことを猫可愛がりして醜態をさらしまくっているせいで、いまさら正気に戻ったと言い出しにくいことである。
そう、この世界はよくあるBL魔法学園ゲームの世界なのだ。中世ヨーロッパを思わせる街並みと、そこを闊歩する魔法使い。カラフルな髪色をもつ人々が幸せそうに歌を歌う。
そして俺はなんの運命のいたずらか、作中最悪の悪役令息として生まれ変わってしまっていた。
俺がその事実に気がついたのは10歳で第一王子と婚約した日である。俺に笑いかけてきた少年の整いすぎた顔を見て、すべてを思い出した。
当然、俺自身のたどる運命も思い出した。
俺はサンソリク伯爵家の長男で、名前はマルクスだ。王子と婚約した状態で魔法学園に入学し、そこで庶民出身の主人公の才能と王子との関係に嫉妬をして悪巧みをするいわゆる当て馬的存在だ。
このままいけば、俺は18歳の学園の卒業パーティで断罪され、首と胴体が永遠の別れを告げることになってしまう。
俺は断罪エンド回避のために8年かけて準備をすることを決意した。
幸か不幸か、俺はこの手の創作物について知り尽くしている。俺の姉がそっちの趣味の、しかも積極的に布教するタイプの人間だったせいだ。もちろん、この世界についての知識もすべて姉由来である。
悪役令息に転生した場合のテンプレは2通りだ。いい人として振る舞って和解エンド、またはめっちゃ極悪人として振る舞って逆に主人公を断罪エンドだ。そしてそのどちらも、いきなり現れた隣国の王子と結婚して幸せざまぁとなるわけだ。
それは非常に困る。単純に、隣国の王妃なんて無理ゲーだ。
となれば、とるべき行動はひとつだ。
「あー……」
俺は部屋に引きこもり、窓の外を眺めて、「あー」とか「うー」とか声にならない言葉を発するお仕事に邁進した。1日12時間、なかなかハードな仕事だ。
これがなにかというと、単純に「退場エンド」を目指している行動である。
退場エンドとは物語の進行に関わることの一切を拒否することでたどり着けるエンドで、どこからともなくわいてきた幼馴染や理解のある彼くんとのほのぼのハピエンのことを指す。まあ、引きこもっていればそんな人との出会いもないのだが。
「マルクス……、ああ、マルクス……! いったいどうしてしまったというの」
俺の両親、とくに母親は狂ってしまった息子を見て嘆き悲しんだが、それはそれ、これはこれだ。命には代えられない。仕方ないじゃないか、俺は頭が回る方ではないから、計算尽くでいい人として立ち回ることや断罪返しなんて高度な真似は絶対にできない。また、退場エンドでよくある家出ができるほどの度胸もない。
俺は前世でばりばりの引きこもりニートだったのだ。お家大好き、お布団でごろごろは人生の一部、そして親を泣かすのだって朝飯前だ。
その演技を続けること8年。俺の筋金入りの引きこもりニート作戦は大成功を収め、(裏金で入学した)学園も無事に退学となり、そして婚約破棄を勝ち取ったのだった。
*
というわけで俺は無事に自由の身となったはずだが、今度は別の問題が発生していた。
「坊っちゃん、おはようございます。ハイセンです。入りますよ」
「うー」
「ああ、もう起きていらっしゃったんですね。昨日はよく眠れましたか?」
「あー」
男ーーハイセンは大股で部屋に入ると、手際良く俺をベッドから起こして、髪を梳き、着替えさせる。
その間、俺は何もしなくていい。ただ窓の外の鳥に笑ったり、ハイセンが俺の肌に異常がないかを確認しているのを眺めたりするだけだ。
そして彼に手を引かれて食卓につく。ハイセンは俺に赤ん坊がするよだれかけのような大きな付け襟をつける。そしてほかほかの食事を一口すくって、にっこりと笑いかける。
「はい、坊ちゃん、今日はほうれん草と白魚のキッシュですよ。ほうら、あーんしてください」
「うー」
「おいしいですね」
彼は満面の笑みだ。つられて俺が笑うと、さらに彼は感極まったようになって涙まで流し出す。
「ぎょうも、ぼっぢゃんが尊いい……!」
そう、問題とは、このハイセンという男が、俺のことを猫可愛がりして醜態をさらしまくっているせいで、いまさら正気に戻ったと言い出しにくいことである。
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