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ことが終わると、秀鴈さまはさっさと着物を着て出て行った。
「薬師が戻るまえに出ていきなさい。見つかると厄介ですからね。王にあなたのことを伝えてきます」
そう言い残していった。
秀鴈さまは僕を王さまに推薦してくれている、と言ったが、王さまが僕のところへ来てくれることはなかった。おそらく、秀鴈さまは王さまに僕のことなんか何も言っていないんだろうな、と思った。
それでも秀鴈さまとの秘密の行為は5年続いた。僕は王さまと肌を重ねた回数よりもずっと多く秀鴈さまに抱かれた。
秀鴈さまも王さまも、僕に愛を囁くことはなかった。どちらも僕の体を褒め、そして楽しんだ。
違いがあるとすれば、秀鴈さまは他の側人をまぜて楽しむことはなかった。
秀鴈さまは性器を僕の尻穴でこすって、お互いに絶頂する。
その行為はむつみ合いというよりも、処理に近かった。
途中から、僕は王さまの寵愛を取り戻したくて秀鴈さまに抱かれているのか、秀鴈さまに僕の体の火照りを処理してほしくて彼の部屋に通っているのかわからなくなった。
何年も会わないでいたせいで、僕は王さまことを思い出せなくなってきていた。
僕を雌にしてくれた王さまの雄の匂いは決して忘れないと思っていたのに、尻がうずいたとき、思い起こされるのは秀鴈さまの匂いに塗り替えられていた。
王さまによって腹の奥まで雄を銜え込まないと満足できない体になってしまった僕は、王さまの愛よりも、尻穴に雄棒が欲しいだけになってしまっていたのだ。
秀鴈さまもそのことに気が付いていた。彼は僕を都合よく呼び出しては着物をめくって尻穴を嬲った。僕もそれに喜んで腰を振った。
いつしか僕の尻穴は王様のかたちから、秀鴈さまのかたちに書き換えられた。
しかし、5年でそれも途絶えた。やっぱり秀鴈さまも僕に「飽きた」のだ。
****
王さまの渡りもないまま、秀鴈さまにも呼ばれなくなって2年たったある日、僕は後宮を管理する長秋監令に呼び出された。
「コウカが決まった」
「はい」
はい、と従順に答えたが、僕は「コウカ」という言葉を知らなかった。いろいろなことを伝えられたけど、「名誉なこと」ということだけ理解した。
名誉なことならすばらしいことだろう。
「かしこまりました」
僕はその場で膝をついて恭順の意を示した。
「……皇帝の妾姫の名に恥じぬように、よく夫に仕えるのだぞ」
「はい……」
ここまで言われて、ようやくコウカというのが、この城を去って別の男のもとへ行くということであるのを理解した。
2年ほど前、国の中で大きな反乱があったのだという。東の香州で始まったというその乱は、あっという間に東部三州に広がった。
王は禁軍を動かし、その平定を図った。乱は農民を巻き込んでの泥沼となったが、いまようやく乱の首謀者の首をとって戦いの終わりが宣言されたところだった。
もちろん、そんなこと僕は風のうわさ程度にしか知らない。麗しい王都の、最奥の後宮にあって、東の民の嘆きなど聞こえるはずもないのだ。
しかし、その戦で功績を認められた禁軍将軍が、褒賞として「妾姫」を欲したことで、その反乱の話がようやく後宮へ届けられた。
僕は着飾ることとお尻を開くことだけしか知らないまま、28歳になってしまっていた。
宮廷内には10代の美しい美少年が国中からやってくる。彼らの中には美も富も知も兼ね備えている者もいる。光琳——美しいだけの物言わぬ珠はもはやここに居場所はない。
コウカ——降嫁は、僕のような愚鈍な人間を追い出すにはふさわしいだろう。
「降嫁は10日後だ。それまでに使用している室を返還するように」
「はい……」
長秋監令は感情のこもらない声でそう言って、さっと踵を返した。官吏たちは王族に気に入られるためならなんだってするが、王族の目の届かない仕事——例えば降嫁する僕のような人間に手伝いを配してくれるとか——は決してしない。
僕は後宮に10年もいた。ここのことならわかるが、外での暮らしなど何もわからない。今僕の胸のなかには不安が渦巻いている。
しかし、僕は顔を上げた。
「泣くもんか」と思った。
この10年、田舎の親には給金を送れたし、おいしいものを食べて、美しい着物を着てきたじゃないか。紫黄城の玉座の間で、天下のすべてをもっているお方の膝にも座ったじゃないか。
悔いはない。僕は若さと美貌を使って、存分にやった。十分だ。そう思っても、故郷のように思っているこの城を離れがたい思いは消えなかった。
僕の体はすっかり王さまに開かれ、秀鴈さまに楽しまれた。今更誰かと結婚して、貞淑な妻になれる気もしない。
しかし、王さまが決めた結婚を破談にするわけにもいかない。
僕は心の中で、10年の思い出に別れを告げた。
「薬師が戻るまえに出ていきなさい。見つかると厄介ですからね。王にあなたのことを伝えてきます」
そう言い残していった。
秀鴈さまは僕を王さまに推薦してくれている、と言ったが、王さまが僕のところへ来てくれることはなかった。おそらく、秀鴈さまは王さまに僕のことなんか何も言っていないんだろうな、と思った。
それでも秀鴈さまとの秘密の行為は5年続いた。僕は王さまと肌を重ねた回数よりもずっと多く秀鴈さまに抱かれた。
秀鴈さまも王さまも、僕に愛を囁くことはなかった。どちらも僕の体を褒め、そして楽しんだ。
違いがあるとすれば、秀鴈さまは他の側人をまぜて楽しむことはなかった。
秀鴈さまは性器を僕の尻穴でこすって、お互いに絶頂する。
その行為はむつみ合いというよりも、処理に近かった。
途中から、僕は王さまの寵愛を取り戻したくて秀鴈さまに抱かれているのか、秀鴈さまに僕の体の火照りを処理してほしくて彼の部屋に通っているのかわからなくなった。
何年も会わないでいたせいで、僕は王さまことを思い出せなくなってきていた。
僕を雌にしてくれた王さまの雄の匂いは決して忘れないと思っていたのに、尻がうずいたとき、思い起こされるのは秀鴈さまの匂いに塗り替えられていた。
王さまによって腹の奥まで雄を銜え込まないと満足できない体になってしまった僕は、王さまの愛よりも、尻穴に雄棒が欲しいだけになってしまっていたのだ。
秀鴈さまもそのことに気が付いていた。彼は僕を都合よく呼び出しては着物をめくって尻穴を嬲った。僕もそれに喜んで腰を振った。
いつしか僕の尻穴は王様のかたちから、秀鴈さまのかたちに書き換えられた。
しかし、5年でそれも途絶えた。やっぱり秀鴈さまも僕に「飽きた」のだ。
****
王さまの渡りもないまま、秀鴈さまにも呼ばれなくなって2年たったある日、僕は後宮を管理する長秋監令に呼び出された。
「コウカが決まった」
「はい」
はい、と従順に答えたが、僕は「コウカ」という言葉を知らなかった。いろいろなことを伝えられたけど、「名誉なこと」ということだけ理解した。
名誉なことならすばらしいことだろう。
「かしこまりました」
僕はその場で膝をついて恭順の意を示した。
「……皇帝の妾姫の名に恥じぬように、よく夫に仕えるのだぞ」
「はい……」
ここまで言われて、ようやくコウカというのが、この城を去って別の男のもとへ行くということであるのを理解した。
2年ほど前、国の中で大きな反乱があったのだという。東の香州で始まったというその乱は、あっという間に東部三州に広がった。
王は禁軍を動かし、その平定を図った。乱は農民を巻き込んでの泥沼となったが、いまようやく乱の首謀者の首をとって戦いの終わりが宣言されたところだった。
もちろん、そんなこと僕は風のうわさ程度にしか知らない。麗しい王都の、最奥の後宮にあって、東の民の嘆きなど聞こえるはずもないのだ。
しかし、その戦で功績を認められた禁軍将軍が、褒賞として「妾姫」を欲したことで、その反乱の話がようやく後宮へ届けられた。
僕は着飾ることとお尻を開くことだけしか知らないまま、28歳になってしまっていた。
宮廷内には10代の美しい美少年が国中からやってくる。彼らの中には美も富も知も兼ね備えている者もいる。光琳——美しいだけの物言わぬ珠はもはやここに居場所はない。
コウカ——降嫁は、僕のような愚鈍な人間を追い出すにはふさわしいだろう。
「降嫁は10日後だ。それまでに使用している室を返還するように」
「はい……」
長秋監令は感情のこもらない声でそう言って、さっと踵を返した。官吏たちは王族に気に入られるためならなんだってするが、王族の目の届かない仕事——例えば降嫁する僕のような人間に手伝いを配してくれるとか——は決してしない。
僕は後宮に10年もいた。ここのことならわかるが、外での暮らしなど何もわからない。今僕の胸のなかには不安が渦巻いている。
しかし、僕は顔を上げた。
「泣くもんか」と思った。
この10年、田舎の親には給金を送れたし、おいしいものを食べて、美しい着物を着てきたじゃないか。紫黄城の玉座の間で、天下のすべてをもっているお方の膝にも座ったじゃないか。
悔いはない。僕は若さと美貌を使って、存分にやった。十分だ。そう思っても、故郷のように思っているこの城を離れがたい思いは消えなかった。
僕の体はすっかり王さまに開かれ、秀鴈さまに楽しまれた。今更誰かと結婚して、貞淑な妻になれる気もしない。
しかし、王さまが決めた結婚を破談にするわけにもいかない。
僕は心の中で、10年の思い出に別れを告げた。
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