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僕たちはなし崩し的に以前の生活に戻っていった。最初は和也が僕の家に入り浸りはじめただけだった。そして、僕が家にいない間の暇に耐えかねて、和也は大学にも顔を出すようになった。
登校を再開した数日の間は、和也は好奇の目にさらされていたが、それも数日すれば消えていった。
つまり、元通りだ。
以前通りにいかないのは和也の勉強面だけであるが、和也の寛大な両親はひとまず今期は授業に出ることを目標に、今年は留年してもよいといってくれている。
ありがたいことだ。
そうして穏やかな日々を送っていると、あるとき和也の落とした欠片が戻ってきた。
「思い出した」
「なに?」
キッチンに並んで洗い物をしているときだった。和也は右手に皿を持っていて、左手にはスポンジを持っている。そしてぎぎぎ、と油のさしていない機械人形のようにこちらを見てこう言った。
「諒、お前! 浮気してただろ!」
「浮気? 何の話?」
あまりに唐突な話に、素っ頓狂な声が出た。和也は真剣な目で続けた。
「証拠があるんだぞ! お前が他の男とハグしてる写真!」
和也はすばやく手を洗い流すと、スマホを操作して画面を突き付けてきた。
そこには、確かに僕ともう一人がタクシー乗り場でハグしている写真だった。隠し撮りのようなその写真は、見ようによれば、恋人同士がデートの終わりに別れを惜しんでいるように見えなくもない。角度的に相手の男の顔は見えないが、背中一面に髑髏の刺繍が入ったド派手なファッションだ。僕はこの服装の人物に心当たりがあった。
「これ! 見ろよ! 日付は俺が事故にあった日! あの日、俺、見たんだ!」
和也が言い募る。
——なるほど、この写真が原因か。
「……」
「……なんか言えよ」
僕はため息のあと、観念して相手の正体を吐いた。
「……これ、父だ」
「え」
「ほら、これ。家族旅行のときの写真だけど、同じ服を着てるだろう」
僕もスマホを出して、父の写真を見せた。写真には派手なピンクのジャケットを着た母と、髑髏刺繍のスカジャンを着た父がポーズを決めている。
「ななな、なんで親父さん」
「いま、父は若者ファッションに夢中なんだよ……」
父は雑誌を買っては僕にあれこれと聞くために電話をしてくる。それくらい、若者ファッションに夢中なのだ。
和也は開いた口がふさらがない、といった様子だ。
その魂が抜けたような表情を見て、僕は笑った。これほど愉快に笑ったのは久しぶりだった。キッチンにしゃがみ込んで、声の限り笑った。
「ええと、諒のご両親ってあの真面目な感じの人たちだよな?」
「そうだよ。真面目だった。僕を置いて田舎に引っ込んで、仕事と子育てから解放されて不良になったんだ」
和也は目を白黒させた。実の息子でさえ、父に会っても誰かわからないことがある。それくらい父は変わった。
「……別れるっていうの、撤回で」
和也のばつの悪そうな顔を見て、僕はまた噴き出した。
登校を再開した数日の間は、和也は好奇の目にさらされていたが、それも数日すれば消えていった。
つまり、元通りだ。
以前通りにいかないのは和也の勉強面だけであるが、和也の寛大な両親はひとまず今期は授業に出ることを目標に、今年は留年してもよいといってくれている。
ありがたいことだ。
そうして穏やかな日々を送っていると、あるとき和也の落とした欠片が戻ってきた。
「思い出した」
「なに?」
キッチンに並んで洗い物をしているときだった。和也は右手に皿を持っていて、左手にはスポンジを持っている。そしてぎぎぎ、と油のさしていない機械人形のようにこちらを見てこう言った。
「諒、お前! 浮気してただろ!」
「浮気? 何の話?」
あまりに唐突な話に、素っ頓狂な声が出た。和也は真剣な目で続けた。
「証拠があるんだぞ! お前が他の男とハグしてる写真!」
和也はすばやく手を洗い流すと、スマホを操作して画面を突き付けてきた。
そこには、確かに僕ともう一人がタクシー乗り場でハグしている写真だった。隠し撮りのようなその写真は、見ようによれば、恋人同士がデートの終わりに別れを惜しんでいるように見えなくもない。角度的に相手の男の顔は見えないが、背中一面に髑髏の刺繍が入ったド派手なファッションだ。僕はこの服装の人物に心当たりがあった。
「これ! 見ろよ! 日付は俺が事故にあった日! あの日、俺、見たんだ!」
和也が言い募る。
——なるほど、この写真が原因か。
「……」
「……なんか言えよ」
僕はため息のあと、観念して相手の正体を吐いた。
「……これ、父だ」
「え」
「ほら、これ。家族旅行のときの写真だけど、同じ服を着てるだろう」
僕もスマホを出して、父の写真を見せた。写真には派手なピンクのジャケットを着た母と、髑髏刺繍のスカジャンを着た父がポーズを決めている。
「ななな、なんで親父さん」
「いま、父は若者ファッションに夢中なんだよ……」
父は雑誌を買っては僕にあれこれと聞くために電話をしてくる。それくらい、若者ファッションに夢中なのだ。
和也は開いた口がふさらがない、といった様子だ。
その魂が抜けたような表情を見て、僕は笑った。これほど愉快に笑ったのは久しぶりだった。キッチンにしゃがみ込んで、声の限り笑った。
「ええと、諒のご両親ってあの真面目な感じの人たちだよな?」
「そうだよ。真面目だった。僕を置いて田舎に引っ込んで、仕事と子育てから解放されて不良になったんだ」
和也は目を白黒させた。実の息子でさえ、父に会っても誰かわからないことがある。それくらい父は変わった。
「……別れるっていうの、撤回で」
和也のばつの悪そうな顔を見て、僕はまた噴き出した。
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