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(諒視点)
何もする気が起きなくて、ソファにだらしなく横たわっていた。ダイニングにはまだ和也が飲んだカップが置かれたままだ。
美術館巡りをしたときに和也が気に入って買ってきたカップは、久しぶりの主人との再会を楽しんだのだろう、心なしか色が鮮やさを取り戻したように見えた。
僕の心も、少しだけ憂鬱で、少しだけ晴れやかだった。ひとつは孤独になった自分に対して、そしてもうひとつはもとの正しい人生を歩むであろう和也に対しての感情だ。
「……引っ越そうかな」
この家はひとりで暮らすには広すぎて、そして和也との思い出が多すぎる。
そんな感傷に浸っていると、インターホンが鳴った。
「はい……和也?」
カメラに映し出された見知った顔に驚いていると、和也は申し訳なさそうに言った。
「諒さん、ごめんなさい、ちょっとお家に入れてもらっていいですか?」
「……あがってきて」
オートロックを解除して、それから部屋を見回した。特に彼の忘れ物といったものはないようだ。では、一体何の用事で?
戸惑ううちに、家のチャイムが鳴った。僕が玄関を開けるより早く、施錠したはずのドアががちゃりと音を立てて開いた。
「……和也?」
「ああ、やっぱり、これ、ここの鍵だったんだ」
和也の手には、この家の鍵が握られていた。キーホルダーは2人で選んだナポレオンの絵画チャームだ。
「……」
僕は言葉が出なかった。和也がこの家の鍵を開けて入って来るのを見るのが久しぶりすぎた。ほんの少し前まで日常風景だったそれが、いやに胸にささった。
「諒さん」
和也は僕を見据えた。
「俺と、どんな関係でしたか?」
僕は返答に窮した。
「……」
「何で答えてくれないんですか?」
「なんと、答えたらいいか……」
僕は躊躇い、それから尋ねた。
「なぜ、そんな質問をするんだ?」
「これ、俺が描いた絵ですよね?」
彼は玄関からリビングへ続く廊下に飾られた絵の一枚を指さした。先ほど、僕が彼を試すのに使った絵だ。
僕は驚愕する。
「和也、記憶が……?」
「いえ、そういうわけではありません。ただ、俺と諒さんは、ただの友達じゃなかったんだって思うんです。特別な、関係でした。そうでしょう?」
僕は顔を覆った。小さく息を吐く。
僕はぽつりぽつりと僕たちの過去を話した。
17歳で交際をはじめたこと、18歳で体をつなげたこと、——そして、三カ月前のあの事故の直前に別れ話を切り出されていたこと。
「なんで、別れ話になったんですか?」
「……その答えは、君しか知らない」
和也は顔を顰めた。そして、唇を震わせた。
「俺は、いまも、諒さんのことが好きです。この感情だけは、ちゃんと思い出せました」
「……簡単に言わないでくれ!」
それから、僕の中の感情が堰を切ったように流れ出した。
「ずっと後悔していた。君をまともな生き方から遠ざけてしまったことを……! ふつうに生きて、彼女をつくって、やがて結婚するような、そういう生活を君にしてほしいんだ! でも、君を愛する気持ちも止められなくて、どうしたらいいかわからなくて……君の記憶がなくなったと聞いて、僕は少しほっとしたんだ! ほっとしてしまったんだよ! 最低だろう? 笑ってくれ。でも、君もわかるだろう? ほんとうに、愛だけでは乗り越えられないものが山ほどあるんだ……。どうかもう僕のことを好きだとか、その気持ちは忘れてくれ。記憶を無くす前の君は、間違いなく、僕に言ったんだ、別れてくれ、と」
「わかりません」
和也は僕の肩に手を置いた。そして、強い瞳で僕を見る。僕が愛した、あの瞳だ。
「なぜ俺が諒にそんなことを言ったのか、いまの俺にはわかりません。でも、いま、俺の中に諒を愛する気持ちがあることは間違いありません。俺にはそれしか残っていません。他のことは全部忘れてしまいました。きっと、俺にはどうでもいいことだから、忘れたんですよ」
*
僕たちが初めて体をつなげてから、もう数えきれないくらいそういう行為をしてきた。
和也の鎖骨を撫で、唇をよせる。つ、と舌を這わせると、和也が「んっ」と声を出す。記憶を失っても、体はやはり和也のものだ。潤んだ目で見上げられると、知らずこちらの呼吸もあがる。
片足を持ち上げて、足を開ける。和也のそこは熱を持ち、僕を待っていた。
「すごい、ここはちゃんと覚えてるんだね」
指をつきたてると、奥へとすんなりと入った。奥へ奥へ、ぐりぐりと指を押し込むと、さらにそこは拓いていく。
和也の背筋が震えた。彼も呼吸が荒い。2人の呼吸と水音だけが部屋に響く。僕たちは何も言葉を発さなかった。言葉はいらなかった。記憶もいらなかった。ただ、体がお互いを覚えていた。
奥をこすると、和也は初々しい反応を返す。顔を覗かれるのが恥ずかしいらしく、腕で顔を覆い隠そうとする。僕はその腕をベッドの上に縫い留める。表情をもっとよく見たかった。いまの彼は靴を並べて、コーヒーを飲んで、絵を描かない。しかし、いまの表情はよく知っている彼だった。
僕は夢中で指を動かした。一本だったものが二本、そして三本の指をそこに沈ませる。和也は耳まで赤くしながら、仰け反り、いやいやと首を振って、それでも快楽に翻弄されて、口から声が漏れる。
「あん、ん……あぁあ」
強請ってくる。和也の奥がうねって、強請っている。和也の目が欲情に濡れる。
指で弱いところを突くと、腰が浮かして、股を開く。
いつも僕は、和也の赦しを待っている。彼とひとつになる赦しだ。
「……いれて」
和也は肩で息をして、自分の膝を抱えた。あられもない姿を見せつけて、へらりと笑う。和也のそこはぬらぬらと濡れぼそり、いやらしくひくついていた。
「だいすき」
頭にかっと血が上る。
「和也!!」
寝そべる彼の中心に滾った僕をねじ込んだ。和也の目から涙がひとつぶ落ちた。ふたつぶめは僕の目からこぼれていた。孤独が消えた喜びの涙だ。愛する人と愛し合えた熱い涙だ。
僕たちぼろぼろと泣きながらお互いに腰を振った。
「あ、はぁっ、は、はぁ」
「あああ、あ、ああっ、あん」
はあはあと荒い息を吐き出しながら、全身のすみずみまで快楽がいきわたるのを感じた。頭が真っ白になって、何も考えられない。ただ和也の存在を近くに感じた。
「……っ」
和也が仰け反ると、きゅっと締まる。僕は思わず息を詰める。和也が僕で気持ちよくなっている。それがさらに僕を興奮させる。記憶がなくても、ちゃんと僕を感じてくれている。
僕はさらに思いきり腰を打ち付けた。
「あっ!ああ、あ!!!」
和也の声が高まっていく。身を捩って逃げようとする和也に覆いかぶさり、唇を重ねる。
声が消え、ベッドはぎしぎしと軋む音だけが部屋に響く。
僕は狂った獣のように腰を振った。そこを中心に円を描いて、とろけたそこのさらに奥を目指す。
「あああああっ」
ずっ、と僕のそれが和也の一番奥へたどり着く。
「はっあぁああっ…」
和也の声が一層高くなる。
「ぐ…あぁ、和也!」
「あああああっ!!!諒!諒!!」
僕と和也は同時に果てた。
何もする気が起きなくて、ソファにだらしなく横たわっていた。ダイニングにはまだ和也が飲んだカップが置かれたままだ。
美術館巡りをしたときに和也が気に入って買ってきたカップは、久しぶりの主人との再会を楽しんだのだろう、心なしか色が鮮やさを取り戻したように見えた。
僕の心も、少しだけ憂鬱で、少しだけ晴れやかだった。ひとつは孤独になった自分に対して、そしてもうひとつはもとの正しい人生を歩むであろう和也に対しての感情だ。
「……引っ越そうかな」
この家はひとりで暮らすには広すぎて、そして和也との思い出が多すぎる。
そんな感傷に浸っていると、インターホンが鳴った。
「はい……和也?」
カメラに映し出された見知った顔に驚いていると、和也は申し訳なさそうに言った。
「諒さん、ごめんなさい、ちょっとお家に入れてもらっていいですか?」
「……あがってきて」
オートロックを解除して、それから部屋を見回した。特に彼の忘れ物といったものはないようだ。では、一体何の用事で?
戸惑ううちに、家のチャイムが鳴った。僕が玄関を開けるより早く、施錠したはずのドアががちゃりと音を立てて開いた。
「……和也?」
「ああ、やっぱり、これ、ここの鍵だったんだ」
和也の手には、この家の鍵が握られていた。キーホルダーは2人で選んだナポレオンの絵画チャームだ。
「……」
僕は言葉が出なかった。和也がこの家の鍵を開けて入って来るのを見るのが久しぶりすぎた。ほんの少し前まで日常風景だったそれが、いやに胸にささった。
「諒さん」
和也は僕を見据えた。
「俺と、どんな関係でしたか?」
僕は返答に窮した。
「……」
「何で答えてくれないんですか?」
「なんと、答えたらいいか……」
僕は躊躇い、それから尋ねた。
「なぜ、そんな質問をするんだ?」
「これ、俺が描いた絵ですよね?」
彼は玄関からリビングへ続く廊下に飾られた絵の一枚を指さした。先ほど、僕が彼を試すのに使った絵だ。
僕は驚愕する。
「和也、記憶が……?」
「いえ、そういうわけではありません。ただ、俺と諒さんは、ただの友達じゃなかったんだって思うんです。特別な、関係でした。そうでしょう?」
僕は顔を覆った。小さく息を吐く。
僕はぽつりぽつりと僕たちの過去を話した。
17歳で交際をはじめたこと、18歳で体をつなげたこと、——そして、三カ月前のあの事故の直前に別れ話を切り出されていたこと。
「なんで、別れ話になったんですか?」
「……その答えは、君しか知らない」
和也は顔を顰めた。そして、唇を震わせた。
「俺は、いまも、諒さんのことが好きです。この感情だけは、ちゃんと思い出せました」
「……簡単に言わないでくれ!」
それから、僕の中の感情が堰を切ったように流れ出した。
「ずっと後悔していた。君をまともな生き方から遠ざけてしまったことを……! ふつうに生きて、彼女をつくって、やがて結婚するような、そういう生活を君にしてほしいんだ! でも、君を愛する気持ちも止められなくて、どうしたらいいかわからなくて……君の記憶がなくなったと聞いて、僕は少しほっとしたんだ! ほっとしてしまったんだよ! 最低だろう? 笑ってくれ。でも、君もわかるだろう? ほんとうに、愛だけでは乗り越えられないものが山ほどあるんだ……。どうかもう僕のことを好きだとか、その気持ちは忘れてくれ。記憶を無くす前の君は、間違いなく、僕に言ったんだ、別れてくれ、と」
「わかりません」
和也は僕の肩に手を置いた。そして、強い瞳で僕を見る。僕が愛した、あの瞳だ。
「なぜ俺が諒にそんなことを言ったのか、いまの俺にはわかりません。でも、いま、俺の中に諒を愛する気持ちがあることは間違いありません。俺にはそれしか残っていません。他のことは全部忘れてしまいました。きっと、俺にはどうでもいいことだから、忘れたんですよ」
*
僕たちが初めて体をつなげてから、もう数えきれないくらいそういう行為をしてきた。
和也の鎖骨を撫で、唇をよせる。つ、と舌を這わせると、和也が「んっ」と声を出す。記憶を失っても、体はやはり和也のものだ。潤んだ目で見上げられると、知らずこちらの呼吸もあがる。
片足を持ち上げて、足を開ける。和也のそこは熱を持ち、僕を待っていた。
「すごい、ここはちゃんと覚えてるんだね」
指をつきたてると、奥へとすんなりと入った。奥へ奥へ、ぐりぐりと指を押し込むと、さらにそこは拓いていく。
和也の背筋が震えた。彼も呼吸が荒い。2人の呼吸と水音だけが部屋に響く。僕たちは何も言葉を発さなかった。言葉はいらなかった。記憶もいらなかった。ただ、体がお互いを覚えていた。
奥をこすると、和也は初々しい反応を返す。顔を覗かれるのが恥ずかしいらしく、腕で顔を覆い隠そうとする。僕はその腕をベッドの上に縫い留める。表情をもっとよく見たかった。いまの彼は靴を並べて、コーヒーを飲んで、絵を描かない。しかし、いまの表情はよく知っている彼だった。
僕は夢中で指を動かした。一本だったものが二本、そして三本の指をそこに沈ませる。和也は耳まで赤くしながら、仰け反り、いやいやと首を振って、それでも快楽に翻弄されて、口から声が漏れる。
「あん、ん……あぁあ」
強請ってくる。和也の奥がうねって、強請っている。和也の目が欲情に濡れる。
指で弱いところを突くと、腰が浮かして、股を開く。
いつも僕は、和也の赦しを待っている。彼とひとつになる赦しだ。
「……いれて」
和也は肩で息をして、自分の膝を抱えた。あられもない姿を見せつけて、へらりと笑う。和也のそこはぬらぬらと濡れぼそり、いやらしくひくついていた。
「だいすき」
頭にかっと血が上る。
「和也!!」
寝そべる彼の中心に滾った僕をねじ込んだ。和也の目から涙がひとつぶ落ちた。ふたつぶめは僕の目からこぼれていた。孤独が消えた喜びの涙だ。愛する人と愛し合えた熱い涙だ。
僕たちぼろぼろと泣きながらお互いに腰を振った。
「あ、はぁっ、は、はぁ」
「あああ、あ、ああっ、あん」
はあはあと荒い息を吐き出しながら、全身のすみずみまで快楽がいきわたるのを感じた。頭が真っ白になって、何も考えられない。ただ和也の存在を近くに感じた。
「……っ」
和也が仰け反ると、きゅっと締まる。僕は思わず息を詰める。和也が僕で気持ちよくなっている。それがさらに僕を興奮させる。記憶がなくても、ちゃんと僕を感じてくれている。
僕はさらに思いきり腰を打ち付けた。
「あっ!ああ、あ!!!」
和也の声が高まっていく。身を捩って逃げようとする和也に覆いかぶさり、唇を重ねる。
声が消え、ベッドはぎしぎしと軋む音だけが部屋に響く。
僕は狂った獣のように腰を振った。そこを中心に円を描いて、とろけたそこのさらに奥を目指す。
「あああああっ」
ずっ、と僕のそれが和也の一番奥へたどり着く。
「はっあぁああっ…」
和也の声が一層高くなる。
「ぐ…あぁ、和也!」
「あああああっ!!!諒!諒!!」
僕と和也は同時に果てた。
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