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ゴリラが恋人になった件
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今日も、俺は大学へ向かう電車に乗り込んだ。火曜日の今日は1コマから講義がある。
この時間の電車は高校生や社会人もいて混雑しているから好きではない。かといって、早起きするという選択肢を選ぶことは怠惰と睡眠をこよなく愛する俺には不可能だ。よって、俺は火曜日の朝は文句は言わずにおとなしくスシ詰めにされていた。
――先日までは。
俺と佐々木が連れ立って電車に乗り込むと、乗客はそっと俺たちから距離をとった。それがひとりふたりではなかったため、混雑した電車の中に、佐々木を中心に不思議な空間が生まれた。
気持ちはわからなくもないが、あからさますぎないか日本人。
確かに、相変わらず佐々木の上着の袖は引きちぎられているし、シャツはパンパンだ。率直にゴリラっぽい。でもよく観察してほしい。その霊長類は臆病で、ヤンキーにカツアゲされることを恐れて、いまも無意識のうちにリュックを胸で抱いている。
俺は内心で乗客たちにこう呼びかけた。大丈夫ですよ、この猛獣っぽい子猫は噛みませんし、暴れません。
しかし俺のメッセージは届くはずもなく、車内に不可解な円を描いたまま、電車はゆっくりと発車した。
俺は佐々木の肉体魔改造により、思いがけず快適な通学時間を得た。一方、佐々木は不便そうである。彼は体がデカすぎて頭が天井につきそうだ。
俺があくびを噛み締めながら電車に揺られていると、座席に座っている高校生2人組の会話が耳に入ってきた。
彼らのひとりは惣菜パンを頬張り、時折佐々木に憧憬のまなざしを送っている。
「なに? 最近、食いすぎじゃね?」
「体鍛えてるから、食べてるんだ」
「へぇー、鍛えてどうすんの?」
「強くなる!」
「なんだそりゃ」
「男だからな」
その高校生の言葉は俺の胸に強く刺さった。目から鱗である。佐々木もきっと、こんな気持ちで1日を費やして肉体改造的な何かをしたのかもしれないと思った。その改造がちょっと効果覿面すぎただけだ。
ついに佐々木も男になりたい年頃になったのだ。考えてみれば、先日も珍しく東郷を止めに入っていた。そうだったのか、佐々木よ。俺はようやく佐々木の気持ちを慮ることができた。
電車を下りて改札を出たところで、俺は佐々木の立派になった後ろ姿に声を掛けた。
「お前……俺がいなくても、もう大丈夫だな」
佐々木は振り返って、目を見開いた。
「な、なんでそんなこと言うのさ!」
「絶対大丈夫だろ。東郷もワンパンだし。男になったな」
心からの賛辞を贈ったつもりだったが、佐々木は愕然とした様子で立ち尽くした。そして肩を震わせてポロポロと大粒の涙を零した。
「僕、新田くんがいないと……新田くんがいないと駄目なんだよぉおおお!!」
「ぐっ……ふ、ぅ……っ!?」
咆哮と共に抱きつかれ、俺は骨の軋む音を聞きながら意識を手放した。
*****
俺は佐々木に圧縮された結果、川の向こうから手を振る老人を見た。たぶん俺のひいじいちゃんか、ひいひいじいちゃんか、それとももっと前の世代だろう。面識のないその老人は俺に向かってこう言った。
「仲良きことは美しきことかな」
「現在進行形で友達に殺されかけてる」
俺の反論を無視して、老人は俺の背後を指さした。
「ほら、友達が呼んでいるぞ」
「――! ――くん! 新田くん!」
そちらからは佐々木の必死な声が響いている。あちらに向かって歩けば戻れるというわけだ。
俺は一歩、そちらに足を向けて、それから振り返って老人に文句を言った。
「ふつう、こういうときって、もっと人生の役に立つことを伝えてくれるんじゃないのか」
その老人は顎に手を添えて少々思案した後、もったいぶって口を開いた。
「三つ子の魂、百までだ」
それは嘘だ。現に佐々木は一日で変わったじゃないか。俺がそう言うより前に、老人の姿はどんどん遠くなり、俺は佐々木の声の方へと引っ張られていった。
目を覚ますと、涙か何かよく分からない汁で顔面をべちゃべちゃにした佐々木がこちらを覗き込んでいた。
「に、にっだぐぅぅぅうううん!!!ごめんね!!! 僕、馬鹿力で……!」
知っている。痛感している。俺は痛むあばらを抑えて起き上がった。通行人たちが何事かと足を止めてこちらを見ている。俺はオーディエンスに無事をアピールして、駅前のベンチに移動して座り込んだ。
佐々木はひっくひっくと肩を揺らしながら、ベンチの前で膝から崩れ落ちた。異能力バトル漫画にありそうなシーンだ。
少し落ち着いてから、俺は口を開いた。
「お前が俺のこと、好きだって思ってくれてるのはよくわかってるよ」
「……っ!?」
俺はこの台詞の後、「守る守られるってのはやめて、ちゃんと友達になろうぜ」と爽やかに続けるつもりだった。ところが、急に茹でタコみたいに真っ赤になった佐々木を見て、その言葉をごっくんと飲み込んだ。
佐々木は顔を伏せて、ごにょごにょと何かを言い始めた。
「新田くん……気が付いて……僕の……気持ち……」
――ん?
佐々木はガバッと顔を上げると、そのまま俺の両肩に手を置いて、大声を上げた。
「僕、ちゃんと強くなるから! 新田くんを守れるくらいに! だから、だから……僕と! け、結婚してください!」
――んんんんん?
*****(佐々木視点)
僕は意気地ない奴だ。お母さんが言うには、生まれて半年でもう泣き虫だったらしい。赤ん坊はたいてい泣き虫だが、お母さんがそう言うのだからそうなんだろう。
僕はそこそこの人口の町の、そこそこ大きい病院で生まれた。同じ病院で、同じ月に生まれたのが新田くんと東郷くんだった。お母さんによると、東郷くんは予防接種でも泣かない強い子で、新田くんは泣いている僕に笑いかけてくれるやさしい子だったそうだ。
ちょっと大きくなって保育園児になると、東郷くんは僕の持ってる玩具を横取りするようになった。僕が悲しくてシクシク泣いていると、新田くんがやって来て取り返してくれる。
僕たち三人は同じ小学校、同じ中学校に進学して、この関係性はずっと続いた。つまり、東郷くんが僕をいじめて、新田くんが僕を守る、そして僕は泣いている、という関係だ。
東郷くんは悪魔で、いじめられる僕はお姫様で、僕を助けてくれる新田くんはヒーローだ。僕は新田くんが大好きだった。
お母さんはそんな僕たちを見てこう言った。
「三つ子の魂、百までねぇ」
中学生だった僕はその言葉に首を傾げた。
「なに、それ。どういう意味?」
「100歳になっても、人間の性格は3歳のときから変わらないって意味よ。あんたたち、3歳のときから全然変わらないのよね」
「ふうん」
僕は喜んだ。だって、100歳までずっとこうして新田くんの傍にいられるなら、とてもいいことじゃないか。
ところがある日、駅で新田くんの会話を盗み聞きしてしまった。
その時、新田くんは東郷くんと親しい人と一緒にいた。僕はなんとなく合流するのが嫌で、思わず物陰に隠れてしまった。
「新田、最近おとなしいらしいじゃん?」
西町で東郷の子分だった奴がそう言うと、新田くんが応えた。
「もうやめることにしたんだよ。そういうの。だせぇから」
「おおー、西町の狼もついにヤンキー卒業か……」
「二度とその中二病全開の名前で俺を呼ぶなよ」
「じゃあさ、あいつ、佐々木は? 子分クビか?」
「そうなるな」
「へへ、東郷の餌食だな」
「いつまでも俺が守ってるのも変な話だろ」
その会話を聞いて、僕の足はその場所に縫い付けられたようになった。
僕はずっと変わらなかったけど、新田くんは変わっていっているんだ。そして、いつまでも弱い僕に呆れている。
家に帰って、僕は祈った。どうか僕を変えてください、と。僕を立派な男にして、この先もずっとずっと新田くんと一緒にいられるようにしてください。
僕には新田くんしかいないんだ。新田くんが僕の世界のすべてなんだ。僕はいつか新田くんにこの想いを告白するつもりだった。でも、勇気がなかった。
次は絶対に勇気を出す。僕が強くなって、新田くんの隣で胸を張れるような男になったら、新田くんに好きだと伝えるんだ。
翌朝、その願いは叶った。
僕はありあまるパワーでジャケットの袖を引きちぎると、それを着て外に飛び出した。もちろん、新田くんの隣でこの大胸筋を張って、強くなった僕を見てもらうためだ。これからは僕が新田くんを守るのだ。
*****(新田視点)
俺はこの状況にビビっていた。簡潔に説明すると、高身長の筋肉マッチョに組み敷かれている。
俺は自分の体格が平均的日本人より優れていたから、自分よりデカい男というのをあまり見たことがなかった。それが、アングロサクソン系レベルの大胸筋を目の当たりにして、言葉が出ない。
そんな俺の視線を感じて、佐々木はもじもじして体を手で隠した。
「そんなに見ないでほしい」
知らなかった。マッチョって見せたがりなんだと思ってた。
佐々木は頬をふくらませてこう言う。
「新田くんも脱いでよ……」
なぜこんなことになったかというと、わかりやすく言うなら俺たちがお付き合いをはじめたからだ。
男同士だなんだかんだとはあるが、実際のところ俺は佐々木の奴を気に入って、この20年ずっと一緒にいたわけだ。その一緒にいるという行為に「恋人」というラベルを貼っただけで、内実はこの20年と何ら変わっていない。
一緒にコンビニに行って、肉まん食って、映画観て、泣き虫な佐々木にティッシュを渡して、たまに佐々木挟んで東郷と殴り合って。
そこに一部だけ、まさに今この時、新しいことが加わろうとしていた。
「…っ、あ……」
「ちょ、新田くん、ちから抜いて……」
「抜いてる……! お前のがデカすぎんだよ、馬鹿!」
俺は尻で佐々木のそれを銜え込んでいた。両足は大きく開いて、その間に佐々木の図体を迎え入れている。目の前には佐々木のパンパンの大胸筋。
「あ、ぜんぶ、はいったぁ……かも……」
「…う、く……うう……」
俺は腹の中の慣れない圧迫感に呼吸も忘れて身を捩った。佐々木のそれは俺のより太く、長く、熱い。脳天まで串刺しにされたと思うほど深く深く俺を抉る。
妙な話だ。
俺は俺と佐々木が付き合うなら、当然俺が入れる側だと疑わなかった。それがいつの間にかこうなってしまった。佐々木の体がヒョロガリのままだったとしたら、きっとこうはならなかったに違いない。
精神は肉体に引っ張られるらしい。気弱な佐々木はいつの間にかその筋肉に相応しい気質に変わっていった。
そして、佐々木の立派過ぎる体から分泌されている雄フェロモンにあてられて、俺はいつのまにか雌になってしまっていたんだと思う。人間の精神は環境にも引っ張られるとこのとき初めて知った。
「動くよ……?」
「……う……ん……」
俺は佐々木に深く突きさされて、いいように揺さぶられて、次第にあんあん声を上げて悦びだした。
「あ……ぁん、あ…っ、……!」
「気持ちいい?」
「う……っ、きもち………いいっ……!」
俺は佐々木に与えられる快楽に酔った。それはそれまで積み上げてきた俺という人間を壊すくらいの快楽だった。俺はもっと冷静で、男らしい人間だったが、尻の奥を無意識にうねらせて、もっと深くを抉ってくれと強請りだす。
「ああ、新田くん、だめ……ああっ!」
「んんっ……!んっ!ん!……あっ、んぅ…!」
「あ、出る、出る……!」
「ン……!!」
俺はコクコクと頭を縦に振った。佐々木はそれを見て、さらに腰を奥へ進め、俺は仰け反った。
「ああ―――っ!」
「あ、ぁ……っ!!」
そしてそのまま、俺は腹の奥で佐々木の熱い飛沫を飲み込んだ。
「愛してる」
そう言って隣に豪快に倒れ込んで来た佐々木を見て、俺は苦笑した。
外見はこんなことになってしまったが、中身は俺のかわいい佐々木のままだ。
「ああ、俺も」
「新田くんは僕のヒーローだ」
俺は笑った。
「お前も、俺のヒーローだよ」
佐々木は嬉しそうに破顔した。
この時間の電車は高校生や社会人もいて混雑しているから好きではない。かといって、早起きするという選択肢を選ぶことは怠惰と睡眠をこよなく愛する俺には不可能だ。よって、俺は火曜日の朝は文句は言わずにおとなしくスシ詰めにされていた。
――先日までは。
俺と佐々木が連れ立って電車に乗り込むと、乗客はそっと俺たちから距離をとった。それがひとりふたりではなかったため、混雑した電車の中に、佐々木を中心に不思議な空間が生まれた。
気持ちはわからなくもないが、あからさますぎないか日本人。
確かに、相変わらず佐々木の上着の袖は引きちぎられているし、シャツはパンパンだ。率直にゴリラっぽい。でもよく観察してほしい。その霊長類は臆病で、ヤンキーにカツアゲされることを恐れて、いまも無意識のうちにリュックを胸で抱いている。
俺は内心で乗客たちにこう呼びかけた。大丈夫ですよ、この猛獣っぽい子猫は噛みませんし、暴れません。
しかし俺のメッセージは届くはずもなく、車内に不可解な円を描いたまま、電車はゆっくりと発車した。
俺は佐々木の肉体魔改造により、思いがけず快適な通学時間を得た。一方、佐々木は不便そうである。彼は体がデカすぎて頭が天井につきそうだ。
俺があくびを噛み締めながら電車に揺られていると、座席に座っている高校生2人組の会話が耳に入ってきた。
彼らのひとりは惣菜パンを頬張り、時折佐々木に憧憬のまなざしを送っている。
「なに? 最近、食いすぎじゃね?」
「体鍛えてるから、食べてるんだ」
「へぇー、鍛えてどうすんの?」
「強くなる!」
「なんだそりゃ」
「男だからな」
その高校生の言葉は俺の胸に強く刺さった。目から鱗である。佐々木もきっと、こんな気持ちで1日を費やして肉体改造的な何かをしたのかもしれないと思った。その改造がちょっと効果覿面すぎただけだ。
ついに佐々木も男になりたい年頃になったのだ。考えてみれば、先日も珍しく東郷を止めに入っていた。そうだったのか、佐々木よ。俺はようやく佐々木の気持ちを慮ることができた。
電車を下りて改札を出たところで、俺は佐々木の立派になった後ろ姿に声を掛けた。
「お前……俺がいなくても、もう大丈夫だな」
佐々木は振り返って、目を見開いた。
「な、なんでそんなこと言うのさ!」
「絶対大丈夫だろ。東郷もワンパンだし。男になったな」
心からの賛辞を贈ったつもりだったが、佐々木は愕然とした様子で立ち尽くした。そして肩を震わせてポロポロと大粒の涙を零した。
「僕、新田くんがいないと……新田くんがいないと駄目なんだよぉおおお!!」
「ぐっ……ふ、ぅ……っ!?」
咆哮と共に抱きつかれ、俺は骨の軋む音を聞きながら意識を手放した。
*****
俺は佐々木に圧縮された結果、川の向こうから手を振る老人を見た。たぶん俺のひいじいちゃんか、ひいひいじいちゃんか、それとももっと前の世代だろう。面識のないその老人は俺に向かってこう言った。
「仲良きことは美しきことかな」
「現在進行形で友達に殺されかけてる」
俺の反論を無視して、老人は俺の背後を指さした。
「ほら、友達が呼んでいるぞ」
「――! ――くん! 新田くん!」
そちらからは佐々木の必死な声が響いている。あちらに向かって歩けば戻れるというわけだ。
俺は一歩、そちらに足を向けて、それから振り返って老人に文句を言った。
「ふつう、こういうときって、もっと人生の役に立つことを伝えてくれるんじゃないのか」
その老人は顎に手を添えて少々思案した後、もったいぶって口を開いた。
「三つ子の魂、百までだ」
それは嘘だ。現に佐々木は一日で変わったじゃないか。俺がそう言うより前に、老人の姿はどんどん遠くなり、俺は佐々木の声の方へと引っ張られていった。
目を覚ますと、涙か何かよく分からない汁で顔面をべちゃべちゃにした佐々木がこちらを覗き込んでいた。
「に、にっだぐぅぅぅうううん!!!ごめんね!!! 僕、馬鹿力で……!」
知っている。痛感している。俺は痛むあばらを抑えて起き上がった。通行人たちが何事かと足を止めてこちらを見ている。俺はオーディエンスに無事をアピールして、駅前のベンチに移動して座り込んだ。
佐々木はひっくひっくと肩を揺らしながら、ベンチの前で膝から崩れ落ちた。異能力バトル漫画にありそうなシーンだ。
少し落ち着いてから、俺は口を開いた。
「お前が俺のこと、好きだって思ってくれてるのはよくわかってるよ」
「……っ!?」
俺はこの台詞の後、「守る守られるってのはやめて、ちゃんと友達になろうぜ」と爽やかに続けるつもりだった。ところが、急に茹でタコみたいに真っ赤になった佐々木を見て、その言葉をごっくんと飲み込んだ。
佐々木は顔を伏せて、ごにょごにょと何かを言い始めた。
「新田くん……気が付いて……僕の……気持ち……」
――ん?
佐々木はガバッと顔を上げると、そのまま俺の両肩に手を置いて、大声を上げた。
「僕、ちゃんと強くなるから! 新田くんを守れるくらいに! だから、だから……僕と! け、結婚してください!」
――んんんんん?
*****(佐々木視点)
僕は意気地ない奴だ。お母さんが言うには、生まれて半年でもう泣き虫だったらしい。赤ん坊はたいてい泣き虫だが、お母さんがそう言うのだからそうなんだろう。
僕はそこそこの人口の町の、そこそこ大きい病院で生まれた。同じ病院で、同じ月に生まれたのが新田くんと東郷くんだった。お母さんによると、東郷くんは予防接種でも泣かない強い子で、新田くんは泣いている僕に笑いかけてくれるやさしい子だったそうだ。
ちょっと大きくなって保育園児になると、東郷くんは僕の持ってる玩具を横取りするようになった。僕が悲しくてシクシク泣いていると、新田くんがやって来て取り返してくれる。
僕たち三人は同じ小学校、同じ中学校に進学して、この関係性はずっと続いた。つまり、東郷くんが僕をいじめて、新田くんが僕を守る、そして僕は泣いている、という関係だ。
東郷くんは悪魔で、いじめられる僕はお姫様で、僕を助けてくれる新田くんはヒーローだ。僕は新田くんが大好きだった。
お母さんはそんな僕たちを見てこう言った。
「三つ子の魂、百までねぇ」
中学生だった僕はその言葉に首を傾げた。
「なに、それ。どういう意味?」
「100歳になっても、人間の性格は3歳のときから変わらないって意味よ。あんたたち、3歳のときから全然変わらないのよね」
「ふうん」
僕は喜んだ。だって、100歳までずっとこうして新田くんの傍にいられるなら、とてもいいことじゃないか。
ところがある日、駅で新田くんの会話を盗み聞きしてしまった。
その時、新田くんは東郷くんと親しい人と一緒にいた。僕はなんとなく合流するのが嫌で、思わず物陰に隠れてしまった。
「新田、最近おとなしいらしいじゃん?」
西町で東郷の子分だった奴がそう言うと、新田くんが応えた。
「もうやめることにしたんだよ。そういうの。だせぇから」
「おおー、西町の狼もついにヤンキー卒業か……」
「二度とその中二病全開の名前で俺を呼ぶなよ」
「じゃあさ、あいつ、佐々木は? 子分クビか?」
「そうなるな」
「へへ、東郷の餌食だな」
「いつまでも俺が守ってるのも変な話だろ」
その会話を聞いて、僕の足はその場所に縫い付けられたようになった。
僕はずっと変わらなかったけど、新田くんは変わっていっているんだ。そして、いつまでも弱い僕に呆れている。
家に帰って、僕は祈った。どうか僕を変えてください、と。僕を立派な男にして、この先もずっとずっと新田くんと一緒にいられるようにしてください。
僕には新田くんしかいないんだ。新田くんが僕の世界のすべてなんだ。僕はいつか新田くんにこの想いを告白するつもりだった。でも、勇気がなかった。
次は絶対に勇気を出す。僕が強くなって、新田くんの隣で胸を張れるような男になったら、新田くんに好きだと伝えるんだ。
翌朝、その願いは叶った。
僕はありあまるパワーでジャケットの袖を引きちぎると、それを着て外に飛び出した。もちろん、新田くんの隣でこの大胸筋を張って、強くなった僕を見てもらうためだ。これからは僕が新田くんを守るのだ。
*****(新田視点)
俺はこの状況にビビっていた。簡潔に説明すると、高身長の筋肉マッチョに組み敷かれている。
俺は自分の体格が平均的日本人より優れていたから、自分よりデカい男というのをあまり見たことがなかった。それが、アングロサクソン系レベルの大胸筋を目の当たりにして、言葉が出ない。
そんな俺の視線を感じて、佐々木はもじもじして体を手で隠した。
「そんなに見ないでほしい」
知らなかった。マッチョって見せたがりなんだと思ってた。
佐々木は頬をふくらませてこう言う。
「新田くんも脱いでよ……」
なぜこんなことになったかというと、わかりやすく言うなら俺たちがお付き合いをはじめたからだ。
男同士だなんだかんだとはあるが、実際のところ俺は佐々木の奴を気に入って、この20年ずっと一緒にいたわけだ。その一緒にいるという行為に「恋人」というラベルを貼っただけで、内実はこの20年と何ら変わっていない。
一緒にコンビニに行って、肉まん食って、映画観て、泣き虫な佐々木にティッシュを渡して、たまに佐々木挟んで東郷と殴り合って。
そこに一部だけ、まさに今この時、新しいことが加わろうとしていた。
「…っ、あ……」
「ちょ、新田くん、ちから抜いて……」
「抜いてる……! お前のがデカすぎんだよ、馬鹿!」
俺は尻で佐々木のそれを銜え込んでいた。両足は大きく開いて、その間に佐々木の図体を迎え入れている。目の前には佐々木のパンパンの大胸筋。
「あ、ぜんぶ、はいったぁ……かも……」
「…う、く……うう……」
俺は腹の中の慣れない圧迫感に呼吸も忘れて身を捩った。佐々木のそれは俺のより太く、長く、熱い。脳天まで串刺しにされたと思うほど深く深く俺を抉る。
妙な話だ。
俺は俺と佐々木が付き合うなら、当然俺が入れる側だと疑わなかった。それがいつの間にかこうなってしまった。佐々木の体がヒョロガリのままだったとしたら、きっとこうはならなかったに違いない。
精神は肉体に引っ張られるらしい。気弱な佐々木はいつの間にかその筋肉に相応しい気質に変わっていった。
そして、佐々木の立派過ぎる体から分泌されている雄フェロモンにあてられて、俺はいつのまにか雌になってしまっていたんだと思う。人間の精神は環境にも引っ張られるとこのとき初めて知った。
「動くよ……?」
「……う……ん……」
俺は佐々木に深く突きさされて、いいように揺さぶられて、次第にあんあん声を上げて悦びだした。
「あ……ぁん、あ…っ、……!」
「気持ちいい?」
「う……っ、きもち………いいっ……!」
俺は佐々木に与えられる快楽に酔った。それはそれまで積み上げてきた俺という人間を壊すくらいの快楽だった。俺はもっと冷静で、男らしい人間だったが、尻の奥を無意識にうねらせて、もっと深くを抉ってくれと強請りだす。
「ああ、新田くん、だめ……ああっ!」
「んんっ……!んっ!ん!……あっ、んぅ…!」
「あ、出る、出る……!」
「ン……!!」
俺はコクコクと頭を縦に振った。佐々木はそれを見て、さらに腰を奥へ進め、俺は仰け反った。
「ああ―――っ!」
「あ、ぁ……っ!!」
そしてそのまま、俺は腹の奥で佐々木の熱い飛沫を飲み込んだ。
「愛してる」
そう言って隣に豪快に倒れ込んで来た佐々木を見て、俺は苦笑した。
外見はこんなことになってしまったが、中身は俺のかわいい佐々木のままだ。
「ああ、俺も」
「新田くんは僕のヒーローだ」
俺は笑った。
「お前も、俺のヒーローだよ」
佐々木は嬉しそうに破顔した。
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