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第二十話 お見合い:獣人⑥

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「元気がありませんね」

 帰り道、モーテスは俺にそう声をかけた。
 俺はモーテスが牽く車の中で横になって、ぼんやりと天井を見上げていた。
 車の外から聞こえてきたその声に、俺は「んー」とつぶやいたあと、こう返した。

「フィーダーくんのこと、教えてよ。どんな子?」
「……いい子ですよ」
「真面目な子?」
「はい。いつも家族のために、あの時間に水汲みをしています」
「そっかぁ……」

 俺はふう、と息を吐く。勝ち目がない、というやつだ。

「いい子だなぁ」
「はい」
「モーテスは、あの子のどこが好きなの?」

 俺が訊くと、車がその場で停まってしまった。
 俺が窓から顔を出すと、モーテスが真剣な顔をしてこちらを見ていた。

「におい、ですかね」
「におい」

 俺は意外な返事にあっけにとられた。

「いい匂いなんだ?」
「はい……。あ、もちろん、ハルさんもいい匂いですよ」
「いや、別にそういう言葉がほしいわけでは……。他は? 性格とかさ」

 俺がさらに問うと、モーテスは首を捻った。

「健気だと思います」
「けなげ? どういうこと?」

 モーテスは「おそらくですが」と前置きしたあと、言葉を選ぶようにして言った。

「彼は友達がいません」
「え」

 これもまた意外な言葉だ。真面目で、いい子で、でも友達がいない。どうにもそれがつながらない。

「なんで? なんで友達がいないのさ?」
「さあ……ご両親以外の人間といっしょにいるのを見たことがないので」
「へえ。ちょっと変わった子なんだ?」

 俺はちょっと元気になる。俺だって変わった子だろうから、フィーダーくんもそうであればうれしい。
 しかし、俺の期待は次のモーテスの言葉ではかなく消える。

「井戸のまわりは、あの時間帯は誰もいないんですよ。彼はそこで、人間の友達を作ろうと、話す練習をしています。……健気ですよ」
「う、うん……」

 なんだか雲行きがあやしい。
 なんというか、いじめとか村八分なんていう言葉が出て来そうな雰囲気だ。
 俺は努めて明るい声を出す。

「でもさ、それって、モーテスが話しかけてやればいいじゃん。仲良くなれる機会だぜ?」
 冗談交じりの言葉に、予想通り、うぶなモーテスは顔を赤く染めた。
「……そんなの……簡単には……」
「いやいや~やってみなきゃわかんないだろ~?」

 モーテスは体こそ立派だが、心は思春期男子だ。
 俺はにやにやと彼の百面相を楽しむ。
 案の定、彼は首をぶんぶんと振って、それからにやけたり、赤くなったり、青くなったりを繰り返した。
 そうしてしばらくしたあと、彼の顔色は青色で固定されて、ぽつりと言った。

「私が近づいたら、もっとフィーダーは人間と馴染めなくなりませんか?」

 唸る。俺なんかよりずっと、モーテスの方が人間社会を理解している。
 獣人が人間に追従しているからといって、彼らは人間ではない。人間ではないものははじき出したくなるのが、人間の性だろう。
 俺は肩をおとした。

「そうかも……」
「ですよね」
「むずかしいねぇ、人間社会」

 精霊の庇護のもとでのびのびとした18年を過ごした俺はそういうしかない。
 フィーダーくんの苦しみも、俺も苦しみも、けっきょくは個人のもので、他の誰とも重ならない。

 俺は窓から顔をひっこめる。
 しかたない、と口の中でつぶやく。
 そんな俺に、モーテスがまた声をかけた。
 腹を割って話したからだろうか、心なしか口調が親し気になっている。

「あなたはもとは人間ですよね」
「もとも何も、人間以外のものになった覚えはねぇよ」
「では、聞きたいのですが」
「うん?」
「獣人の村は、人間から見て、どうですか」
「どうって?」

 俺はまた窓から顔を出す。
 モーテスは今までにないほど真剣な顔をして、それでいて、耳はへちゃりと倒れている。

「村は、人間にとって過ごしやすいですか」

 俺はすぐにぴんと来た。
 思春期のモーテスの考えなど、大人の俺には簡単に読み取れる。
 俺はモーテスの考えていることを言い当てる。

「……フィーダーを連れてきたいのか?」

 言い当てられた彼は分かりやすく動揺する。

「あ、いや……! そんな、それは……、ほら! 彼の意思もあるでしょうし……!」
 俺はまた悪い大人の顔になって彼をからかう。
「なるほどね~。そのために村長を目指してるわけだ?」
「…………はい」

 素直な彼に俺は息を吐いた。
 幸せになってくれよ、と願いを込めて彼の欲しい言葉を返す。

「ちゃんと見たわけじゃないからわからないけど……生きていけないってことはないんじゃないか?」
「そうですか……!」
「お前の他の兄弟たちも、お前のその考えを知っているのか?」
「ええ。いえ、全員ではなく、その、ダットだけ」
「ダット。ああ……」

 モーテスの五人兄弟のひとり。
 獣の耳がきれいな茶色をしていた人物だ。
 彼の睨みつけるような目を思い出す。
 なぜかずっと俺を見張っているあの目。
 俺は思い切ってモーテスに尋ねる。もうモーテスとは腹を割って話せる仲のはずだ。

「俺、なんかダットに嫌われてない?」
 モーテスは俺の杞憂を笑いとばす。
「ダットは変わり者ですから」
「そうなの?」
「獣人といえば体を使うことは好きなのですが、頭を使うことは……しかし、ダットは頭がいい。なにか別のことを考えているんですよ、きっと」
「ふうん」

 答えになっているような、なっていないような。
 俺は適当に唸って、それから思考を放棄した。
 ダットのことよりも、大切なことがある。

「まあ、いいや。モーテス。さっそくで悪いんだけどさ、今夜だけ泊めてくんない? 明日の朝、俺は帰るよ」
「え? あ、はい。すみません、こんなお見合いになってしまって……」

 モーテスはぺこりと頭を下げる。
 俺は鷹揚に手を振る。

「いいよいいよ。それより、明日もゲンセンに送ってくれないか? そこからなんとかして帰るからさ。あと、食料もわけてもらえると嬉しい」
「え? ワイバーンが迎えに来る手筈では?」
「まあ、ちょっと変わったんだよ。自分で船か馬車で帰るよ」
「……それなら、港から船が出ていますよ。ほんとうに大丈夫なんですか?」
「なんとかなるよ」

 俺は胸を張った。何を隠そう、俺の中身はいい歳の大人なのだ。
 船くらい乗れるはずだし、家にも帰れるはずだ。
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