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第十九話 お見合い:獣人⑤

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 モーテスに案内されて、俺は街の中の小高い丘を登っていく。
 俺はモーテスに頼んで、ホークアイ夫婦の例の息子を見られるというスポットへ行くのだ。
 なぜ「見られる」かというと、モーテスはその息子さんとは顔見知り程度なのだそうだ。
 彼は勝手に一目ぼれして、勝手に息子さんを見ている。

 ロマンチックに表現することもできるだろうが、単刀直入にいうなれば、モーテスは片思いが高じて、密かに想い人を盗み見しているのだ。
 世が世なら通報ものだ。
 これで彼が人と手をつなぐのにも赤面するようなウブさなのだから、こじらせ具合は相当のものだろう。

 道沿いにはたまに露店が出ていた。
 俺はそれをいくつか買った。支払いはダーダリオンがもたせてくれた貨幣だ。
 肉、野菜、お菓子。いろいろあったが、フルーツを切って串にさしたものが一番おいしかった。聞くと、このあたりは日当たりがいいので柑橘類がよくとれるそうだ。
 俺は地中海みたいなもんかな、と思った。
 地理的にも北に位置している。
 今朝気が付いたが、なんとなく日の出も早かった。高緯度で日照時間が長いのかもしれない。

 ぶらぶらと歩いて、目的地にはすぐに着いた。丘の中腹、木が生い茂っている中にモーテスは踏み入っていく。
 俺は言った。

「ほんとうに隠れて、こっそり見るんだな」
「……はい」
「いや、まあ、怖がらせていないなら、いいんだけど……」

 言ってから、いや、怖がらせていなくてもだめだろう、と脳内で突っ込む。
 しかし、ここでうだうだ言っていても仕方ない。
 俺は黙ってモーテスの後ろに続いた。

 途中、ずっと口数の少なかったモーテスがようやく口をひらいた。
「その、彼は」
「うん、息子さん?」
「ええ。彼はフィーダーという名前なのですが」
「フィーダーくんね」
「あなたに、少し似ています」

 俺はちょっと戸惑って彼を見上げる。
 彼の耳はぴこぴことせわしなく動いている。

「もしかして、昨日照れてたのって、俺が片思いの相手に似てるから?」
「……」

 彼は答えないが、沈黙が答えだろう。
 俺はなんとも言えない複雑な気持ちになった。

 ――俺に似ている、俺の産みの親の子。

 胸がざわざわした。

 道なき道を進み、しばらく。
 モーテスは身をかがめた。
 俺もそれに倣って身をかがめる。

「モーテス」

 俺が言うと、彼は唇に人差し指を立てた。

「静かに。います」

 狩りか何かをしているみたいだ。
 俺は呆れ半分、好奇心半分で、彼の視線の先をおった。

「あ……」

 そこにいたのは、明るいアイスブルーの目と、肩まで伸ばした茶色い髪をひとつにまとめた青年であった。
 彼は少し開けたところにある井戸の傍に腰を下ろして、猫と戯れていた。
 こちらの気配に気が付く様子はない。
 彼は無邪気に猫に話しかけ、笑っている。

 モーテスは一心にその姿を見つめている。
 俺も、彼とは別の心でその人物を見つめた。
 
 耳元で心臓が音を立てる。
 俺は唾をごくりと飲み込む。
 自分が見ているものが信じられなかった。

 ――似てる。

 俺に。
 いや、顔の造形は明らかに違うのだが、目の色、髪の色、俺によく似ていた。

 ――赤ん坊の頃なら、すり変えても気が付かないくらいだ。

 その考えが脳裏に浮かんで、俺ははっとした。

「チェンジリング……」

 日本の創作物でよくある精霊のいたずらだ。
 子どもを攫って、と入れ替える。
 こちらの精霊と、あちらの精霊が同じとは思えないが、しかし、今目の前にしているものは――。

「そっか」

 俺はひとり呟いた。
 俺がいなくなって、きっと両親は悲しんでいると思っていた。
 しかし、そうでもないのかもしれない。

 もう一度フィーダーという青年を見る。
 彼は立ち上がって猫に別れを告げると、桶いっぱいの水を運んでいく。
 家の手伝いをする、いい子なのだろう。
 家出してきた俺とは大違いだ。

 俺は頭を掻きむしる。
 全部自分のひとりよがりだったわけだ。
 ため息をつく。
 地面に腰を下ろす。
 なんだか全身萎えて、もう何も考えられない。

「あーあ」

 俺はなげやりな気分になる。
 モーテスは心配そうにこちらを覗き込む。

「どうか、されましたか?」
「ううん。どうも」

 強がる。
 いや、いま俺の心を説明する言葉がない。
 俺の両親が悲嘆にくれた人生を送っていないことを喜ぶべきだ。
 わかっている。でも。

「俺は、忘れてなかったんだけどなぁ」

 俺を想っていてほしかった。
 これは俺の、俺だけのわがままだ。
 そして、それはこの世界の両親だけでなく、あちらの世界の両親にもそう想ってしまっている。

 俺のことなど忘れて、幸せな人生を歩いていることを祈るべきだ。

 何度もそう自分に言い聞かせる。
 俺はまたため息をついた。

「帰ろうか」
「え? ホークアイご夫婦に会うのでは?」

 モーテスが俺を見る。
 俺はゆっくりと首を振る。

「いいや。なんか、俺が今出てっても混乱させるだけだろうし」

 肩をすくめる。
 幸せなら、いいんだ。
 俺も頑張るからさ。
 俺はゆっくりと立ち上がった。




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