天念少女~スタート~

イヲイ

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男子議会

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~男子議会~

 《パラリ、と資料をめくる。
 次に入学してくる、特別な推薦を受けた少年少女の細かい経歴が、辞書のように分厚い資料となって、今、彼の目の前にある。
 やけに重みのあるふかふかな椅子に座り、彼は嘆く。
 「どうしたんですか?…ああ、それ次に入ってくる生徒の…って、一クラスのデータにしては分厚すぎません?」
 昔とは違って敬語を使う、彼の友達である男は目を見開いて、思わずその資料に振れようとする。彼は眉間に皺のよった険しい顔で睨むと、男はすぐに引き下がった。
 「あ、すみません。…よくわからないけど、大事なものなんですね」
 それだけいうと、深く聞くこともなく、彼と関わってきてもう二十年は経つでだろう男はトロフィーやらが置かれた部屋を去った。
 男が去って、一人きりになった彼は冷めたコーヒーを飲む。もちろん、中身はブラックだ。それを飲むと眠気も収まり、逆に思考がさえる。
 リラックス状態でいると、いつの間にか彼は彼の人生を脳内で振り替えっていた。目の前には昔の光景が広がった。

 瞳を閉じて、数分後。
 いつの間にか少しうたた寝していたと自覚してショックを受けつつ、彼は背中をさすった。
 続いて、自分を現実に戻した日差しを自分には眩しすぎるから、と西日の暖か差を遮ってしまう背後のカーテンをわざと閉めた。
 「はあ…」
 ため息をつく。
 過去を振り返ったことで、頭がズキズキと痛む。リラックスしていたはずなのに、彼はいつの間にかストレスと不安と葛藤を知らずに増やしていった。
 割と…いや、ずいぶんと若い内からこのような地位につけたというのに、そしてそれに満足していたというのに、ここ最近、彼は頻繁に思う。この人生はどこで間違ったのか、と。
 資料の中の生徒達は、高校二年に上がる頃、とんでもない事件に合うことを、彼は知っていた。そしてそれに対し、自分が取らなければならない行動も嫌というほど理解していた。
 それでも彼は、選択せざるを得ない。
 大切な人数名と、初対面の数十名。

 ――大切なのは、どっちだろうか?》



 速達と言われ、正珠が荷物というにはあまりにも小さいそれを受け取ったのは夕方だった。星村優と、少し遠くの住所が書かれていた茶色い封筒は、少しだけ厚みがある。速達というだけあって、よほど急いで届いたものらしく、正珠は優の頭を心の中で撫でくりまわす。
 烏が鳴くのが微かに聞こえる食堂の一角では、正珠を除いた六人が、既に呼ばれて集まっていた。
 正珠は焦げ茶の扉を強く開け放つと、ブイサインを左手に作る。
 「えへへ、皆朗報だよー!」
「正さん、それは?」
 透はいち早く封筒について訊ねる。
 今日は結局、殆どが寝坊したために透と空以外は私服のまま、特に光や誠や正珠に関しては寝巻着のままである。
 「寮に荷物が届くなんて、珍しいね」
 とアリスは手紙を荷物と判断し、首をかしげた。
 「ふっふーん、これはチケットです!結局四枚だけなんだけど、従兄がくれたんだ!」
「…………え?」
 テンションをあげて封を開封して、皆が集まって座る長机に封筒を置いた正珠は、七人の思いの外の反応の薄さに動揺を見せる。総に至っては、何故か少し青ざめて感嘆の声を漏らしている。
 ご機嫌な少女の予想では、もう少し笑みが溢れることを期待していたのだ。
 と、そこで総の表情から正珠は読み解く。
 ――喜ぶより、怒りの方が勝ってる?
 思い返せば昨日の夜の時点では、正珠はまだ優に相談することを躊躇っていた。すぐにこの事を話さなかったのがいけなかったと思い直した正珠は、すぐに極端に声のボリュームを下げる。
 「全員分はないんだけど…」
 おずおずとそう伝えた次の瞬間。
 正珠が耳を塞ぐまもなく、酷く大きな揃った音が食堂内に鳴り響いた。椅子が後ろに下がる時に鳴る、少し耳に痛い音だ。

 「正ちゃん、すごい!!」
「昨日の今日でいけたの!?」
「すごいよ、どうやったんだい!?」
 等々。
 阿鼻叫喚の七人とは裏腹に、一瞬の出来事に、正珠は状況が飲み込めないでいた。
 「へ、へ?」
「もう、驚きすぎて一瞬固まっちゃったよ!!」
 と、誠は正珠へと一歩近づく。光も黙って頷いたりと反応を示してから、正珠はやっと皆が怒っていないことに気がつけたのであった。
 優にも、あいつにも礼をしなければならない。そう思った時、正珠は疑問はまだ残っていることに気がついた。
 ――でもじゃあさっきの総の反応は?
 一番奥の席にいる総に目をやると、丁度総は申し訳なさそうに正珠へと近づいていく。
 総は不器用に笑うと、「ありがとうな」とだけ告げた。
 「…総…あのさ」
「正、パーティーはもう明後日だ。四人の内の誰が行くか、今の内に決めておかないか?」
 知らずの内に正珠の声を遮った悠太が正珠を椅子へ座るよう促し、総自身もまた奥の椅子へと帰る。
 結局その日、正珠は総の表情の真意を聞くことも、読み解くこともできなかった。


 真夜中、女子達四人は肌の事情を気にしてもう既に寝静まった夜、悠太達四人は食堂に集まっていた。電球の光をを最小限に設定したため、薄暗い空間で、透は四つのマグカップに記憶したそれぞれの好みのお茶を注いでいく。
 最後に透自身は比較残っている茶葉のストロベリーティーを淹れ終わると、お湯の入ったティーポットを中央に置いた。
 透が椅子に座ったのを見計らって、悠太は両手を打つ。手が大きいので手を打つ面積も大きくなり、音は紙鉄砲のように強く響いた。
 「はいじゃあ、第四回男子会もとい議会を始めるぞー!」
「悠太、もう少し静かに…」
 右手人差し指を口許に当て、誠は悠太を制すると、背後の扉に注意する。
 「…良かった、ばれてない、よね?」
 誠は一息つくと、ほっと胸を撫で下ろした。


 この男子会はクラスメイトが失踪した翌日から、ほぼ毎日のように行われている会である。

 発足の要となったのは、失踪者が多く出た日の翌日の夜、総の台詞からだった。
 「本当に謎だよな。皆いなくなるとか…でも、本当にわかんねえのは、どうやって俺たち八人全員に気がつかれず寮を出たのかってことだよな」
 寮は一階が食堂等の共有スペース、五階までがそれぞれ下二階が男子寮、上の二階が女子寮となっていて、六階は各寮室にもついている風呂が何故かでかでかと備わっている。更には屋上まで備わり、もはやホテルのような豪華な寮は壁が少々薄いという短所が存在するのだ。
 悠太はそれに頷く。
 「だな。総はともかく、俺とか、透なんかは足音で目が覚めることだってあり得るはずだ。物音一つたてずに出ていくなんて、それこそ忍者じゃないか」
「俺はともかくってどういう意味だよ」
「そりゃあ、お前さんが寝坊助だからだよ。学校まで徒歩一分足らずにも関わらずに毎度毎度遅刻しかける程のな」
「グッ…」
 偽り無い事実になにも言い返せない総をよそに、誠は透に訊ねる。
 「透はいつも朝、すごい早いよね、それでいつも朝御飯の用意してくれて…その時、誰かが出てくる音とか、聞こえなかった?」
「ごめん、俺が起きた時はなかったな…その日に限って、起きるの遅れちゃったんだ、俺…」
 みるみる内に顔色が悪くなり、透が思いの外落ち込むのを予想しなかった誠は面食らいつつ、どう励まそうか少し困る。
 「ま、まあ仕方がないよ。野外学習でつかれてたんだろうし」
「いや…」
 透は地から無く首を横に振る。
 そして放った言葉は、誠が考えてもいなかった言葉だった。

 「その…あの…ちょっと…悪夢見て…」
 悪夢。
 誠は子供の頃見た、白色のお化けがやってくる夢を連想する。誠にとっての悪夢はそれが一番身近だったのだ。
 普段は大人しくて爽やかな少年が見せた、少し子供らしくて可愛らしい部分に拍子抜けした途端、誠は見た。俯き気味の瞳孔が密かに、しかし激しく揺れ、右手で必死に口許を押さえる透を。その右手の指先は僅かに変色しており、力を込めているのが見て取れる。
 瞳の色すら光を失いかける程、静かに震える透は次の瞬間、しかし悠太に必死に子供じみた反論をしていた総に支えられる。
 「落ち着け、ほら水。」
 近くにあった透明なグラスを手渡しながら、背中をさする総を唖然と見つめる誠はふと、既視感を覚え。
 ――それは、今日のアリスと悠太に酷似していたのだ。
 「確かに俺も、チーズケーキを食べる瞬間にそれがゲームで倒した妖精に変わった夢は忘れられねえな。でも口に何故か入れたから、足ぐねった時みたいなゴリって音がしてさ。でも味はチーズケーキで…うまかったが二度と食いたくない」
 ――なにそれすげえ怖い。

 更に時間は巻き戻り、時は夕暮れ。
 信用していた教師達大人の異常な程に『平常』な態度、それに反して空白の机。そして何よりアリスを苦しめたのは同室である萌衣の存在だった。
 空と光、悠太と誠、総と透は同室ゆえに、他のクラスメイトが失踪したとき、気が付くきっかけというのも少ない。睡眠中、足音で判断できることがどれ程稀か、それも悠太達はどこかで気がついていた。
 だが、アリスと正珠は違う。
 二人にはそれぞれ、別の同室者が存在している。
 それほど大きくもない部屋で一年以上過ごしてきて、ある日突然その相手が失踪した時、相手の異変に真っ先に気がつくのは他でもない自分達であり、それは後悔してもしきれない程の重荷になる。
 自室で引き込もってうずくまっている姿を見る由もない悠太は、アリスを後回しにしてこう言ったのだ。
 「お前ら、これから毎日…玄関を見張らないか?」
「え?」
「この寮には二ヶ所、キッチンの裏口と玄関しか出入り口はない。キッチンは食堂と直結している。なんにせよ、玄関を見張っていれば次、誰かがもし失踪しても、その行く先を掴めて失踪も阻止できる。」
「なるほど…」
 透はいち早く頷く。
 こうして、四人は女子達には内緒で毎夜の見張りを決めた。そして同時に定期的に集まる男子議会も決めて、今までの毎日を過ごしていたのであった。


 「じゃあ今日の議題は…って総、寝るな寝るな」
 そう悠太が言っても、既に総は目を開けようともしなくなる。辛うじて聞こえるのは僅かな寝息のような音だけだ。
 「ったく…」
 総の目の前に座る悠太は年の離れた弟のような感覚がして、ずっと引き締めていた気が緩む。
 「じゃあ総は後回しにして、今日はやっぱり、正が取ってきてくれた、仮面パーティーについてだな。大人達が誰も信じられない中、これほどまでに大きな手がかりが手に入ったんだ。俺達は俺達に出来ることをしよう」
 誠と透は頷いた。
 梅雨の夜はまだ、明けない。
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