心包み屋

イヲイ

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心包み屋

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~包み心屋~

 「ラッピング…屋さん?」
 ある日の事だった。バラエティー番組のテレビを聴きながら、ボクが期限の迫るレポートを見直していると、同棲相手はソファに寝っ転がりながら頷く。読みかけの少女漫画を置くと、彼女は嬉々として説明してくれた。
 「そ。町の外れの境の花屋の近くに出来たんだって。」
「へぇー、珍しいね、ラッピング屋なんてさ」
「なんでもアンティークなお店みたいで、映える…?って友達が言ってたよ!今度行ってみるんだ!」
「そうなんだ。」
 ボクは彼女に親しい友達がいることを嬉しく思いながら、映えるという発言に彼女の年が丁度そういうことに興味を持ち始める時期だと知る。そろそろ携帯を買い与えないと。…バイトでも増やそう。
 それは春の終わりの、夜桜がまだ綺麗な頃だった。


 「包み心屋…って、ここのことかな。」
 その二日後、友人に頼ませて地図を手に入れたボクは、一人古ぼけた民家とも見えるその店?前で立ち尽くす。
 一応、他の店がないか探してみたものの、他にはどう見ても違うアパートで、裏に回ると境の花屋があった。ついでに花を買って、戻って来てから改めてまじまじと店(?)には『ラッピング 包み心屋』とパソコンで打っただろうカクカクの文字の看板があった。
 「やっぱりここかぁ…………」
 青い空には似つかわない、蜘蛛の巣の張られた不衛生の店。
 くすんだ白の丸い扉も、入り口に掛けられた『いらっしゃい』の張り紙も、寿司屋みたいでアンティークな味があるとは思えない。寧ろ本当に味わえるご飯屋に見える。いや、それなら余計不衛生なのは駄目なのだが。
 「うーん…」
 結論、ここは彼女には入ってほしくない。そう、ボクは例のラッピング屋さんに下見に来ていたのだから。
 実を言うと今までも、彼女が行きたいと言った場所はネットと下見のダブル網で安全を確保してきた。最も、ラッピング屋の評価はネットでは見つけられなかったが…
 そして今回、見た目からここは不合格。
 ボクは引き返して、やんわり止めるようどう説明しようか頭を悩ませようとする。
 …とはいえ、このまま帰っては地図を書いてくれた彼女の友達に申し訳ないので、メッキが八割剥げたドアノブを掴む。
 うん。どうせなら、中に入ってから判断しよう。

 「失礼しまーす…」
 おっと、ギイイと鳴るドアの中は薄暗い。
 しかし案外部屋の中は蜘蛛の巣など無く、カーテンが締め切られ視界が悪めとはいえ、見た感じ床も磨かれ埃も払われている。中心は丸いカーペットだけで、やっぱりラッピング屋さんだからか、商品と呼べそうな包装紙やリボンは全て壁に掛かってあるな。
 …しかし、これもアンティーク調で映える…とは思えない。ただただ暗い。
 「って、さすがにアンティークにこだわりすぎかな、ボク…」
 さほど自分だって詳しくないのに、と固執していたそれに苦笑いを浮かべると、ボクはそこでひとつの違和感を見つけた。
 今日は水曜日で、しかもお昼だからなのか、それとも元からなのか…店の中の人は自分以外、誰もいなかった。なにより店員も…
 もしかして、まだ開店前!?
 これは間違えたと思い、ボクは慌てて回れ右をした、その時。
 「いらぁっしゃぁーい」
 妙におっとりとして、粘り気のある声へと視点を移す。
 そこにいつの間にか立っていたのは、頬に花のタトゥーを施した女性だった。
 地面につきそうな程伸びた漆黒の髪は薄暗がりでも艶やかと分かり、左右非対称の袖口からはおしゃれな茶色い手袋が見える。桃色のガラス玉か石かが縫われた皮…いや合皮の手袋だろう。
 靴下は長いものをあえて膝下まで下ろし、少しだぼっとするように工夫されている。

 ……なんというか、変わってる人だ。

 そして何より、綺麗な人である。長い睫の奥の瞳は怪し…変わった人の目をしているけど。
 と、そんな彼女に思わず見とれてしまうと、女性は何を言うでもなく、前髪辺りに差した色付きガラスの髪飾りを直し始めた。
 その花の髪飾りの四枚の花弁はどれも柔らかく、曲線を描き、僅かに反っている。
 それはまるで生きた花のようでこれまた見とれてしまう。

 そしてバッチリ、目があった。
 「あ、すみません。まじまじ見ちゃって。」
 ボクは女性に何か言われる前に見とれていたことを謝罪すると、女性は柔らかに笑う。
 「いいのよぉ、それよりようこそ!私のお店へ!」
「あ、えぇと」
「大事なものも大切なプレゼントも守りたい想いも、温かいものは何でも包みます。」
 戸惑うボクをおいてけぼりに、女性はアンティークなレジの前でゆっくりと両手を広げて見せた。
 その、誰もが羨む美貌で。



 ……これが、ボクと彼女の初めての出会い。
 生涯宝物になる、ボクの大切なひとつのお話だ。



 「心包み屋…」
 思わずボクは反復する。その名を出すのは多分二回目くらいだけど、なんだか慣れない。
 「そう!ここはどんな包装紙も揃っている。だから、なんだぁって言ってね!」
 身振り手振りが大きい女性はこちらをじっと見る。
 「で、包んで貰いたいものって、なぁに?」
 暗い中でもぱっちりした瞳に思わず目を反らしてしまう。特別に美人さんにみられると、何故か二割増しくらい緊張してしまうんだ。
 「い、いやぁボク、たまたま見つけただけで…包んでほしいものとかは、特に…」
 ボクは目を反らしつつ適当に暈した。
 当然、ボクはラッピング屋さんということを知っていた。だからこそ冷やかしにならないようささやかな花を買っておいたのだけど、境の花屋さんがサービスで可愛いリボンを付けてくれたお陰で本当にラッピングするものがないことに今更気が付く。
 申し訳なく思っていると、女性は首をかしげた。

 「そういえば、君。」
「なんですか?」
「…君、私が見えているのねぇ。」
「…………えっ」
 途端。
 背中に悪寒が走る。

 えっ。
 えっ、えっ?
 確かに、怪しいと薄々…いや初めっから感じてはいたけど。
 まさか目の前のは幽霊とかそういう展開ですか?
 いや本当いいってそういうの!こういうのは、もういっそもう少し怪しませてからやるべきバラシだよ!いや怖い要素はそもそも要らない!まだ真っ昼間だし!そーいうのは小説とかの中だけで良いって!

 ボクは活火山くらい熱くなって饒舌に捲し立てる内心をひた隠しに、ゆっくりと出口へムーンウォークをして行く。ただし、表面上は絶対零度を越える位には青ざめてるけど。あれ、絶対零度って何度だっけ。七十八度?
 駄目だ、混乱しすぎてしまっている。
 「あわわ、怖がらないで!お化けとか、そういうんじゃないからさ!」
 何故心を読んだ。やっぱり…
 「警戒しないでって!どうどう!」
「それ馬のやつ!」
 よし、帰ろう。
 得意なダンスの技法のお陰でボクはすでにドア付近まで近付いていたから、後ろ手でドアノブを捻ろうとする。
 けれど、焦っていたのか僅かに手が滑る。否、伸ばすには数センチほど足りなかったのだ。
 思い切り引っ張ろうとしていたもんだから手が空をきり、その弾みで膝が曲がり、こけかける。
 しかしボクだって大学生だ、なんとか前のめりになって尻餅をつくのだけは回避しようと躍起になった。
 けれどもそのせいでよろけた体は商品の並ぶ壁によろよろ向かう。止まろうにも止まれない。
 駄目だ、ぶつかる――

 「ああ!駄目だよ!!」
 すんでのところで腕を引かれ、ボクはなんとか壁にぶつからずにすんだ事に気が付いたのは、数秒瞳を閉じてからだった。
 良かった、事なきをえたぞ!
 ひとつ言うなら心臓が少し寿命を急いでしまったが、安心しよう、人生単位で見ると多分誤差の範囲だろう。
 「良かった…あの、すみません。」
「良いよ良いよ、私も驚かせちゃってごめんね。でも、これは触れると溶けちゃうから。」
「そうなんですか…」

 …ん?

 「溶けちゃう?」
 何が?
 改めて壁を見る。確かに薄そうなラッピングペーパーが並んでいるが、オブラートじゃあるまいし、『破ける』はイメージできても、『溶ける』はいまいちわからない。
 「ん?なになに、興味湧いたの?」
「えっ」
 そんなことは…
 無いこともない。
 あれ。否定しようと思ったのに、出来ない。
 もしかしなくてもボクは、ボクが思っているよりもココに興味が湧いている?
 まさか、あの子に近づけさせたくない場所なのに?
 ボクは確かに眉間にシワがよるのを感じた。
 …で、そんな複雑な顔をしていたからなのか、女性は手を鳴らす。パンと手袋越しの割に鳴った乾いた音は、近くのラッピングペーパーを微かに揺れ動かしていた。
 「そんなに悩まないで!そうだぁ、君は私が出会った中では酷く珍しい縁だしぃ、今度、実際に見せてあげるよぉ。」
 同時に女性は徐にポケットから自身が付けたものと全く同じ手袋を取り出し、こちらに差し出す。
 琥珀色の石が油の混じった光に弱く照らされ、ボクの目に鋭く存在を示す。
 眩しくて、思わず目を瞑る。
 そして次に目を開けた時、ボクの右の掌は二枚の手袋で隠れていた。手渡されていた。本当に、綺麗なものだ。
 ボクが見とれていると、店員はにこにこと手を差し出してきた。
 「改めまして。私は……うん、『モスコバイト』。バイトでもモスコでも、コイでもバスでもなんでも良いから。よろしくね?」
「…………」
 別にこの手を取らずとも良い。寧ろ、あの子の手本になるためには、取らない方が聡明と言えよう。取るな、取るなボク…
 と、そんなフラグを立てながら。

 ボクはこの日初めて、安全より好奇心を優先したのであった。



 ――今週末の午前十時、心包み屋においで。
 そうバイトに伝えられて何日か経つ。
 部屋を出ようとするとボクは声をかけられた。相手は勿論、同棲中の『天道 若葉』だ。
 「あれ?よっちゃん、出掛けるの?昨日から浮かれ気味だったのも、そのせい?」
「へ?浮かれ気味は気のせいだと思うけど…うん。ちょっと出掛けてくるね。そういう若葉こそ、今日はお気に入りの服だね。どこ行くの?」
「ふふん、そうなんだよ!今日はね、ゴーコンだよ!」
 若葉は「その質問、待ってました」とでも言うように笑顔で答える。可愛い。やはり、怪しい場所には近付けたくない。誘拐されてしまう。
 とはいえ、友達と遊びに行ってほしくないわけでは断じてない。
 高校生になって、若葉は多くの友達と毎週遊ぶようになっていた。門限がある以上、勿論夜遅くまででもないし、出費もそれほどしていないようだ。本音でいうと、ボクは若葉が行く全ての場所で下見をしていたいが、ある程度の自由が増え、毎日楽しいことが多いのだろう。だから最近、ボクは逐次出掛ける場所を問いただし、数日前から下見をすること無く…
 「え!?ちょっと待って合コン!?こ、婚活!?なんで!?だ、誰と!?どこで!?」
 ボクですら、経験は数合わせの二回、しかもどちらも大学に在籍中にあったことだ。
 しかし若葉はまだ、高校の、しかも一年の春なんだ。
 これは下見どころの問題じゃない!もう、バイトとの約束を破ってでも…!
 「だ、大丈夫だよ、落ち着いてよ。」
「落ち着けないよ!」
 がっしりとボクは若葉の肩を掴む。
 いや別に、若葉に『相手』が出来ても何ら問題はないし、ボクだって邪魔などしない。
 しかし、そういうのはまだ早いんじゃないのか?高校一年生だ、恋愛というものはせめて大学、いや二十歳…いや、社会人になってからではないのか。
 そんな常識がボクの頭を混乱させたんだ。
 合コンに良い思い出がないこともあるし。
 そんなわけでボクが必死に説得しようと言葉を探していると、目があった若葉は呆れ顔だった。
 「あのね、あくまでクラスメイトとだから。特に仲良い子達と、交流会だから!紛らわしい言い方してごめんね。でも、心配しすぎだよ…肩痛いよ。」
「う、ごめん。でも、だ、だって心配だし…」
「あはは、でもまだ私、恋愛とかわかんないからなー。」
 ボクは手を離す。
 ふう、ともかく、良かった。
 ボクはホッと一息付くと、改めて取り乱したことを詫びた。
 そして玄関口のスニーカーを手前に持ってくる。
 くるりと振り返り、笑って言う。
 「行ってきます、若葉!」
「行ってらっしゃーい!」
 暖かい声と共に外に出て、ボクは玄関前で確認する。ちゃんと鞄には例の手袋も入れた。水筒も用意してと言われたから持ってきた。弁当は作り忘れたし、コンビニでパンでも買って行こう。決して浮かれて夜眠れなく、弁当を作る為には寝坊したわけではない、断じて。
 そうどこかウズウズしているのを気付いていない…いや、そもそもしていないと決めつけて、ボクは近くのコンビニに足を運んだ。

 日曜日、包み心屋は予約が入ってる。と聞いた。
 「久しぶりだねぇ、水曜日振り?まあ良いか。」
 ねばっとした、それでいて中毒性もあるような声にボクはドアノブから顔を上げる。
 「はい、お久しぶりです。今日はよろしくお願いします。」
 軽く礼をすると、ボクは手袋を嵌めた。すぐに嵌めたのは、バイトがそう言ったからだ。
 「今日はよろしくねぇ。」
「はい、こちらこそ。」
 会話が途切れて、僕は改めてこの場を見渡す。相変わらず静かで不気味で、けれど何故か奇妙に惹かれてしまう。
 早く気を紛れさせたい、でもこの場をもっと知りたい、と不思議な感情を抱いて数分。

 表れた茶髪の少女は、どうやら予約客のようだ。
 

 この前はなかった店の中央の丸いテーブルに、ボク達は自然に集まった。

 「つまり、お母さんに贈り物を渡したいと…」
「はい。といっても、こんな木箱ですけどね」
 申し訳なさそうにコトリと並べられたのは、筆箱サイズの木箱だった。青い塗料がムラ無く塗られ、蓋の内側には綺麗な花を囲むようにビーズが円形に並べられている。蓋はただの木の板ではなく縁以外は少しでも容量を増やすために掘られているため、見た目より隙間がある。つまりは物を沢山詰めなければ飾りが崩れるなどあり得ない。なるほど、中にデコレーションしていても、これならば不自由なくケースとして使い道のある代物だな。じっと見ると僅かに接着剤の後が見えていて、いかにも手作り感満載の、大切な人に貰うと百パーセント嬉しい逸品だ。
 「お母さん、誕生日なんですか?」
 そんなものだからボクはつい、顧客でも店員でもないのに質問してしまった。
 けれど少女はボクの手袋を見て勘違いしたのだろう。バイトの隣で少女と向き合う形で座ったのもあるかもしれない。
 ボクもバイトサイドだと思ったのだろう少女は快く話してくれた。
 「ううん、違うんです。けど、渡したいので。だからこれを包んで貰いたいんです。とびっきり、可愛いラッピングで。」
 少女はそう言うと、照れくさそうにはにかんだ。可愛い。
 ボクは子供はおろか、ちゃんとした恋愛をしたことはないけど、それでもわかる。こういう子供がいれば最高なんだろうな、と。こんな素直で親に感謝出来る人は、現代社会において少ないのではないだろうか。ちなみにボクも基本そういうのはしない。誕生日にかるーく連絡を入れるくらいだ。
 バイトは感心するボクをよそに、木箱に振れて鑑定士のように左右上下くるくると回すと、やがて木箱を置いて少女と向かい合った。
 おお、これはどんなラッピングを施すか悩んでいるのだろうか。本当に専門家のようで、職業体験のようでワクワクしている自分がいる。
 「『松野 りあ』さんだっけ?すごくお母さんのことを考えてるんだねぇ。」
 バイトは関心関心、と感情の読み取れない声で二度頷く。座ったことで少し開いた長い髪が、ボクからバイトの素顔を隠した。
 ボクはりあはてっきり照れるだろうと思ったが、しかし何故かりあは驚いた顔を見せた。
 「あれ?なんで名ま」
「ごめんねぇ、りあちゃんの予約は取り消させて貰うね」

 バイトは淡々と言う。

 どういう感情なのか、読み取れない。
 ただ、りあの顔から見てもこの発言は予想外ということはわかる。
 どういうことだろうか。りあの言いかけた言葉も気になるが、とりあえず…
 「バイトさん?なんで…」
「大事なものも大切なプレゼントも守りたい想いも、温かいものは何でも包みます。だからこれは包めないのよ。」
「そんなの聞いてないですよ!わざわざ来たのに!?」
 途端にりあは机を叩き、ボクは耳を疑った。
 今の話を聞いて、バイトは暖かくならないと判断したのだ。
 それはボクには理解できない行動で、何より母親を思うりあの行動を見てもすぐに切り離してしまうとは思いもよらなかったのだ。
 暖かいって、そもそも何基準なんだ。
 ボクは首をかしげる。ラッピングというもの自体、やろうと思えば自宅か、もし商品なら店の店員がサービスで終わらせてしまうような仕事ではないか。それを予約して頼みに来たりあを断るのは、ますます訳がわからない。
 ボクは思わず肘でバイトをつついた。りあに聞こえないよう、小声で耳打ちする。
 「バイトさん、なんで断っちゃうんですか?」
「温かくないから」
「理由が理由になってないじゃないですか。」
 ボクはどうにかして依頼を受けるよう促してみたが、それでも尚、バイトはかたくなにそれを拒見続ける。

 そしてついにりあは痺れを切らしてドアから出ていった。勿論、機嫌良くというわけには行かず、最後にバイトを睨み付けてから。
 りあの座っていた椅子は使われていた時より遠くにあって、それが気まずさをボクの象徴していた。
 「りあさんったら、ドアをバンってしたら危ないのにね。」
 しかしバイトはその限りではないようで、睨まれたことより、扉を雑に閉められたことに少しの不快感を抱くのみで、言い終わる頃にはさっきまでの少ししたいざこざがないように振る舞う。

 ……というか。
 言いたいことは沢山あるけど。
 …まず、解決しやすそうな事柄から聞こう。
 「あの、バイトさん、なんで彼女の名前…」
「電話予約だったからね。」
「でもりあさん、驚いてましたよなんで名前って言おうとしてましたよね。名字はともかく、名前を…」
「細かいことは気にしなぁーいの」
「大事なところです」
「なんでって言われてもね…」
 バイトは少し腕を組んでから、それからぐるりと目線だけで店内を舐め回すように見る。
 んー、と何度か唸ってから、ようやくバイトは結論を出した。
 「じゃあ、こうしよう!」
 その声量に僅かに肩が上がる。いきなり二割増しの声は止めてほしい。
 これも、これすらも解決しにくい問題だとは。
 ボクは身構えながら恐る恐る聞く。
 「な、なんですか」
「君は私にりあの依頼を受けて欲しがっていた。合ってる?」
「ええ、まあ…当然です。」
「そして同時に何故私がりあさんの名前を知ってるか知りたい、と。…だけど私はあくまで『溶ける』の秘密を教えると言っただけで、これらの頼みを聞き入れる義理はない。」
 その瞬間、直感でわかる。この人、なかなか面倒くさい性格だな…?
 「で、えーとボクはどうすれば?」
 こういう人は、手っ取り早く要件を聞くのが良い。ボクがやや急かしてみると、バイトはのんびり答える。彼女なりに焦ってくれたのかも…しれないがわからない。
 右手で人差し指をのんびり口に当てると、バイトは楽しそうに笑った。

 「それはね、ズバリィ、りあさんの本心を聞いてぇ来てほしいのぉ!」

 どういうことだろう。
 「りあさんの本心?」
「そう。なんであれを包みたがってたのか、私もわかんなかったからさぁ。」
「お母さんの為にって」
「私、あれが本心に感じなかったのよぉ。」
「そんなことわかるんですか?」
「当然じゃない!」
 …それは予想外。
 あれが嘘、か。その言葉こそ嘘かもしれないが、しかしりあの方が嘘ならば…

 「どうやって?ならボクは、どうやって本心を突き止められると思いますか?」
 ボクは前向きに検討している自分を止めることが出来なかった。
 バイトはわかっていたといった笑顔を見せる。徐ろに腰ポーチからカードを一枚取り出すと、ボクにグイッと押し付けてきた。
 掌に収まったのは、バイトの髪飾りの絵が描かれたタロットカード…じみたものだ。
 続いてちゃんと、丁寧に柄の説明までしてくれた。
 「このカードは花が二つ、斜めの延長線に存在してる。これは出会いたい人と出会える兆しなんだよ」
 りあさんを思い浮かべて。手袋を外して。
 じっとりとした、そんな声に促されるまま、ボクはりあの顔を描きながら右手の手袋を外す。

 ボクは目を疑った。

 ざらざらした感触、それはパルプ紙に近い。天井の明かりで見えたのは、これが僅かにホログラムが施されていることだった。花の輪郭をなぞるように、歪に整列された光の破片はとても綺麗だ。
 では、何に目を疑ったのか。
 次の瞬間、カードが溶けたからだ。
 ドロッとするでもなく、液が溢れることも、こびりつくわけもなく、手に吸い込まれるように綺麗に消えた。甘くて、酸っぱい香りが僅かに、瞬間的に香った。…のは気のせいだろう。
 「あれ…」
「約束したもんねぇ。」
「溶けるって…」
「吃驚した?これが、溶けるの正体。本当に溶けたでしょ?」
「それは、どういう原理で…」
「こっから先は、企業秘密の秘密です!もっと知りたかったら、もっと働いて貰わないとね」
 ウインクを決められ、ボクは彼女の近くで小さなお星さまが瞬いた気がした。
 これで腹は決まった。
 案外驚かないボクは、それに驚きながら、静かに扉を閉めた。日はまだ明るいはずなのに、ボクは何故かそれが数日後の景色のように見えて仕方がなかった。
 だから思わず、「もう朝か」と呟いたのは、ここだけの話。



 ――ボクは、よくわからない理由で追い返されたりあは見ていてスッキリしない。バイトがいう暖かい心を知りたい、りあの名前を知っていたバイトを知りたい、溶けたカードのトリックを知りたい。
 これは紛れもない好奇心だ。
 ボクは何故か浮き足立つ足に、ブレーキをかけることは出来なかった。



 「「あ」」
 境の花屋を通りかかると、ボクは早速りあに会った。
 ――怖っ!
 ボクは思わず、付け直した手袋をみる。正確には、その奥の溶けたカードを。
 りあは明らかに警戒していた。対して花屋のおばちゃんは修羅場かい?とりあから受け取ったお金を潰す勢いで腕を上下に振っている。おっとこれはお昼のドロドロドラマ的展開を期待しているのだろうか。
 いやしかし、端から見れば本当にそうなのがなんかやだ。どうやって警戒心を解こうか。
 考えろ。こういう時、親近感を少しでも沸かせる方法を…
 「あ。りあさんのその花、カスミソウだよね?あ、色付いてる!あ…ボクも買ってこうかな!」
 ボクは『あ』という絶妙なタイミング調整音を乱射しつつなんとかこじつけて無理矢理親近感を沸かせてみる。
 しくじれば、ほぼ初対面の人にやけに親しげな怪しい大学生になってしまうが。
 ボクはりあと顔が会わせられず、代わりにディスコ帰りの余韻に浸るくらいのテンションなおばさんに小銭を手渡し、りあと同じ花を用意して貰った。これも策略だ。
 とりあえず、やれることはしたのだよボクは。あとは野となれ山となれ。
 「うん!綺麗!どうしよっかな、若葉にあげよっかな。」
 ボクはもう考えるのを諦めて、ついついなんにも考えずに若葉のことを口走る。
 ここで、若葉って誰ですか?とでも聞いてくれれば、大分会話が広がるんだけどな。
 ちらり、とりあを横目で見てみると、りあははっとした顔をして、ボクに自然に問いかける。
 「もしかして…成川さんですか?」と。

 「成川…うん、ボクの名字だけど…なんで知ってるの?」
 名乗った覚えはない。最近名前を当てる超能力でも増殖しているのか。ボクもそれほしい。名前を忘れた同級生とかに使いたい。
 「学校でこの前若葉が言ってたの、思い出したんです。それに写真も一瞬見たことあるので。」
「え、若葉と知り合いなの!?」
「というか、友達です。」
「そ、そっか…でも写真だけでボクの事、良くわかったね」
 ボクは大分動揺しているのだが、それを隠して大人っぽく振る舞う。なるべく、「あーそういえば若葉も言ってたなー」感を出すために。

 りあは少し微笑んだ。
 「なんというか、覚えやすい顔なので…なんとか思い出しました。」
「え?そうかな?」
 確かに、ボクは人に覚えられやすくはあるが…。
 「あ。言葉足らずでしたね。当然、良い意味ですよ。」
「あ、ありがとう?」
 気にするまもなくフォローまで入れられる。
 「あら、りあちゃん。それと…成川さんは名をわかるほどの知り合いだったのかい?」
 ふと、花屋のおばさんが、やっぱりキラキラの目でこちらを見てくる。瞳は一周回ってもう汚れなき幼女のようだ。
 ………
 ボクとりあは目線を合わせて、同時に軽く頷く。
 そうして面倒ごとに巻き込まれる前に、ボクらは花屋を後にした。
 若葉の友達という新たな収穫を共にして!


 「でも、偶然ですね。まさか私の目的地を成川さんも通るなんて。」
「あはは。寮がこっちだからさ。」
「ってことは、成川さんってもしかして、私達の高校出身だったりしますか?」
「うん、正解。」
 そんな他愛のない話を繰り返しつつ、ボクは心の中で弁明をする。
 嘘は言ってない。確かに家はりあが待ち合わせにした公園を通る。ただし、ボクは家に帰る訳じゃないけどね。ボクはなんとかボクは嘘をついていないとごまかすと、ベンチの横で彼女の友達が来るまでコーヒーを片手に少し駄弁ろうと誘う。彼女は快諾してくれた。よし、上出来、上出来。
 しかも、本格的に話す前から彼女の性格も掴めた。礼儀正しくて真面目そうだけど、いかにも若くきゃぴきゃぴしてるって感じだ。要約すると、ボクにはなかった要素満載の子だ。
 うん、ボク探偵気質があるね。
 ボクは自分を小さく肯定しながらまじまじとりあを見る。バイトとは対照的にショートカットで、前髪も薄い。高校一年生にしてアイメイクも入れているな。後からつくったような、微妙な違和感が残る二重や、可愛くて少し高めのブランドもののアクセサリーを付けている辺り、流行を大事にしてる感じの女の子だ。
 「あの、どうかされました?」
「え?ああいや、なんでもないよ。」
 だがしかし、若葉には到底敵わないとド失礼なことが脳裏に浮かびつつ、これからのことを考える。
 さっきの木箱、どうやって話を切り出そうか。天気や天気や天気っていうか、天気ような当たり障りのない会話から進展しないのだ。おかしい、出身校の話で盛り上がれる流れじゃなかったのか。
 更には、やがてボクは雀と鳩の音楽祭に勝れなくなり、ボク達は静かに他人に向ける沈黙へと進んだ。
 内心ため息を吐きながら、自分がどれだけ無計画かを思い知る。
 おまけに春だからと長袖にストールも巻いてきたせいか、さっきから冷や汗は止まらないのだ。…冷や汗な時点で暑いから、という理由だけではないけれど、それでもボクはお気に入りの鈴柄のストールを恨んだ。
 ボクは、肝心な時のコミュ力のなさをどう今からどう補おうと頭を悩ませる。ぐぐっと目を潰す勢いでつぶる。どうにか良いアイディアよ、降りてこい!
 …生花独特の匂いがした。
 目を慌てて開けると、いつもよりはっきりと映るのは彼女のカスミソウだった。
 この手があったか!
 なんでボクはこれを見落としていたんだろう、カスミソウをダシにとるのは誰だって思い付くだろうに。しかもさっき、この話をしていたのに!
 ボクは会話を繋げるべく、カスミソウを指差した。
 「そうそう!りあさんはカスミソウ、誰にあげるの?」
「これですか?これは…」
 友達とあと、少しは自分用のクラフトに。とりあは呟いた。
 「そうなんだ!あれ?でも今から友達と遊びに行くんじゃ…」
「はい。お見舞いに行ってからですけどね。」
「そうなんだ…てっきりお母さんにあげるのかと。」
「…………別に、そんなに母になにかあげたいわけでもないですよ。あんな人…」
 りあは少しだけ眉間にシワがよる。詳しく突き止めたいが、結構デリケートな問題だろう。
 だから言葉を選んでいると、ついに時間が来てしまった。
 絶不調のタイミングで公園の短針が二を突き刺したんだ。
 いや、問題はそこじゃない。二時を知らせる音も、ましてや針の存在証明もボクには聞こえはしない。けれどその代わり視界にタイミングよく現れたのは、りあの友達…しかも一人は若葉だったのだ。
 タイムアップだ。
 ボクは一瞬若葉と少し話そうかと悩んでから、止めた。
 ボクだってもう大学生だ。高校生の多感な時期に、親との何かしらの問題が(多分)あって、そこで更に初対面の年上と話して、それで友達との時間すら邪魔されるのはさすがにいたたまれない。それに絶対、若葉とならつい長話をしてしまう。
 「ごめんね。話しかけたりしちゃって。じゃあボクもう行くよ」
「え?…じゃあコーヒーありがとうございました。また機会があれば。」
 ペコリとりあは早めに頭を下げた。

 「結局、収穫は微妙か…」
 ボクはりあの家庭事情を収穫と言ってしまう自分に多少の嫌悪感を覚えながら、それでも次の打開策を練っていた。今は仕方がない、りあの為でもあるからとお節介な理由付けで自分を納得させながら。
 さて、こうなるとやっぱり気は引けるけど…若葉に少し、りあの事情を聞いてみるのも良いかもしれないな。

 ボクはもう一度心包み屋に行くため、けれどりあにばれないためにぐるりと公園を大回りした。人通りは少ないために、幸いにも小さな石を蹴飛ばし損ねてバランスを崩し、五秒ほどワルツを踊ったのは誰にも見られずにすんだ。


 「…というわけで、若葉に聞くまでもうちょっとまってほしいんです。」
 ボクはバイトに離せると判断したもの全てを簡略化して説明した。
 バイトは思った通り、二つ返事で了解してくれた。あんまり焦っていないらしい。
 寧ろ、何故かバイトは嬉しそうに見えた…変な人だなぁ。
 
 「じゃあぁ、その間、君の事を教えてよ。紅茶も淹れたから、ゆっくり座って…ねぇ?」
「え、ボクの話ですか?」
 ボクは戸惑う。名前も訊ねられない彼女から、まさかボクの事を聞きたいなんて言われるとは思ってもみなかったのだ。
 「私、君とゆっくり話したかったんだぁ。アップルティーだけど、飲める?」
「アッ、ハイ、飲めます」
 ボクは促されるままりあが座っていた場所へ腰を下ろす。体の重みが椅子に吸収され、ギィ、と不吉な音が少しだけ鳴る。ただし、その一回の後は特に問題はなく、ボクの体重でつぶれもしなさそうだ。

 そんなこんなで紅茶もご馳走して貰ったので、こほん、とわざとらしく咳払いをして、ボクは自分の事を適度に語り始めた。
 戸惑いはしたが、コミュニケーション皆無のボクは実は予め話す内容が明確ならわりと話せる。なにより、特に親しくない年下じゃなければやりやすい。
 若葉は八時まで帰ってこないだろうし、ここで暇をつぶすのも、そしてあわよくば少しでも秘密に近づけるのなら悪くない。
 …………ただし、非常に珍しいのは、ボクの名前だけは何となくタイミングを失い、結局名乗り損ねてしまったが。まあ、聞かれなかったし、バイトはもう知っているかもしれないが。


 ティータイムの結論から言う。
 バイトは実に聞き上手だった。目配せ、頷き方、笑顔は勿論のこと、こちらの会話がスムーズに進む質問までお手の物だ。お陰でボクも大変話しやすかったし、気づけば秘密を知る目的も忘却の彼方にやって、楽しい時間を過ごしていた。
 「へぇ、じゃあ若葉さんって君と一緒に住んでるのね!同棲ってことは、付き合ってるの?」
「へ?いや、そんなことはないですよ。同棲って、ただ同じ部屋に住むって意味合いの方でですから。」
「へぇ、じゃあなんで同居って言わないのぉ?」
「えっとですね、若葉に教えて貰ったんです。初めにこう言っておけば、男性関係で面倒くさくならないよって。ロクな恋愛したことないんで…」
「なるほど!貴女の顔だもの、モテそうだし覚えられやすそうだものね。ああ、それにしても珍しいね、高校生と大学生って。」
 来ると思った、その質問。
 ボクは少し悩んで、ボクが納得する言葉で伝える。
 「えーとですね、結構前からボク達知り合いで。若葉は全寮制の、ボクが在籍する大学の付属高校に通うことになってですね…だから学校にお願いして、大学の任意の寮に住んで良いって許可を貰ったんです。」
「それは…大学はよく許してくれたね。」
「そうなんです。でも案外あっさりでしたよ。」
「へぇ!なにはともあれ、良かったねぇ!」
 …と、そうパアアと笑うバイトを見ると、こちらまで嬉しくなるのだ。
 
 …と、そんなこんなで充実してしまった一日により、ボクは門限の八時のなんと五分前に寮にたどり着くことになってしまっていた。走って良かった、遅刻厳禁だというのに、危なかった。

 「遅えりー」
 少女漫画の中心を押花の栞で留めた若葉は軽く手を振ってくれる。本のカバーで済ませてしまう自分とは比べられないくらい上品だ。
 「ただいま。若葉は早かったんだ。」
「うん!初めに少し前に怪我した子のお見舞い行って、少し遊んで、ご飯食べて帰ってきたよ。」
「そっか。」
 二次会だのカラオケだの行き当たりばったりに計画するではないところが高校生らしく、健全だ。

 ボクは一度だけ門限を越えてしまった高校の夏を遠く感じながら、早速本題に入ることにする。溜めに溜めて話したって困るだけだろうから。
 「ねえ、若葉。りあって子、わかるよね」
「当然だよ。親友だもん。」
「…じゃあさ、りあが家族関係で何か悩んでたりとか、知らない?」
 本来、ボク的にはこういう他人の事情に自ら突っ込むことはしたくないものの、結局、聞かなければ包み心屋も、りあの事もわからない。
 もういっそのこと、ナイフでも突き出して脅せば何事も解決すると言われればそうなのだが、それは倫理観が非常に欠如しすぎている。
 そういうのは最終…いや、そもそも手段に入ることの出来ない選択肢だな。
 「んー、悩み…?」
 コクっと首をかしげ、愛らしく体で大きく円を描く。
 大きく右、左と何度か揺れた後、やがて若葉はとても言い難い雰囲気を醸し出す。
 「あーっとね…」
 若葉も、ボクと同じで他人の事をペラペラと話すのは苦手なんだ。
 が、これは大事な話で、やっぱり心包み屋に頼って来たのに不当に追い返すのは、見ていたこちらがスッキリしない。
 ――というのは建前で、結局、本心は不思議な呪いやりあの名前を知っていた怪しなバイトと心包み屋を知りたいだけなんだろう、多分。
 良心であろう心が痛む。
 けど、それでも今は引き下がれない。

 「少しだけで良いよ。けど、大事なことなんだ…ボクにとって。」
「…」
 真剣な眼差しが伝わったのだろうか。んー、と若葉は納得したように笑った。
 「わかった!今日も二人、お話ししてたし、信じるよ!えっとね…」
 ボクは促され、コンビニで買ったハンバーグ定食じみた弁当を口にした。冷たい…と感じていると、若葉はため息、呆れ顔のまま電子レンジにいれてくれる。
 「あ、ありがとう…」
「もぉ、よっちゃんは私がいないとご飯も暖めないんだから!本当に自分に興味ないね!」
 ピッピッと電子音が響く。
 「そ、そうかな…?」
「そうだよ!…だから今、ボクにとって~って言ってくれて、私が嬉しいんだよ」
「へ?」
 目の前にハンバーグがやってきた。若葉は目の前に座り、朗らかに笑う。可愛い。
 「よっちゃんはいつも私のためとかばっかでよっちゃん自身のためってことが全然なかったでしょ?いつも私の安全とか考えてさ。」
「そう、かな。」
「そうなの。だからよっちゃんのためなら教えるよ。よっちゃんならそれでりあを苦しめるなんて絶対しないって知ってるからさ!」
 そうボクを信じてくれた若葉は立ち上がり、話し始めてくれた。
 少し気恥ずかしいような、とても嬉しいような気持ちのまま、ボクは絶対にりあの木箱を包めるように図ろうと改めて決意した。
 ボクはぐっと服を握る。若葉の今の言葉で傷んだ良心救われた気がしたのだ。
 ボクのために利用するなら、りあにだって絶対メリットがあるようにしなければ。それも、最大限のメリットを。改めてそう、自覚できた。
 「りあね、すっごく真面目なの。」
「うん、そんな印象あったね」
 見た目からは考えられないけど。とは言わない。
 「しかもちょっと抜けてるから、馬鹿真面目に今時の高校生になれるように頑張ってさ。」
「ああ、だから少し派手だったのか。」
 ボクは納得した。高校の時、他人にあわせるなら徹底的にしていた子がボクの知りあいでいたしな。今の時期によくあるのだろう。
 だけどそれは少し息苦しくないかな。
 「どうだろう。本人も楽しそうだったけどね。だけど、彼女はお母さんになにか言われるのだけは窮屈って。」
「窮屈…か…」
 それはボクの感じたことのない感覚だ。少なくとも、家族に対しては。だから、あんまり理解が及ばないと言えば否定は出来ない。
 …若葉はどうだろう?
 若葉はそれを聞いた時、ちゃんと『わからない』と感じれただろうか?
 ボクは持ったナイフを止めた。
 それを思わず、口にしそうになったからだ。してどうする、相手が困るだけだろう。それにきっと、若葉は窮屈さは感じていないはずだ。きっと。
 「あ、でもそれも、一回しかきーてないけどね!」
 若葉はボクの雰囲気が不安定になったのを感じたのか、慌てて情報の不確定さを訴える。
 若葉はまさかボクが若葉を考えて暗くなったと気づいていない様子で取り繕うので、ボクも今はありがたーくそれに乗せられる。
 「うん…ありがとう。」
 ――そういえば、彼女、あの木箱をお母さんにあげると言っていた。
 彼女が母親に抵抗心を抱いているとして、その矛盾の原理を予測すると、大きくふたつの説が出来る。
 母親に対して抵抗できないから、気持ちに反して買ってしまった。
 もしくは、物を渡すことできっかけを作ろうとしている、か。
 ここから先は、恐らくりあしかわからない部分だろう。ボクが安易に踏み込めない場所とも言える。
 ただ、予測のどちらも捉え方によれば『負』の感情をまとうことは出来る。暖かい、とは言いにくい。それでも、それが悪いかといわれれば微妙なところだ。強いていうなら必要悪?という辺りか。
 ともかく、バイトの言う暖かいの予測も出来たぞ。
 これらを突きつければ、りあのより明るい未来のために、暖かいものだけを包むという変わった信念を抱くバイトも手伝ってくれるかもしれないな。何せ真偽はともかく呪いが使えるような人だ。
 ただ、それをりあが今も望んでくれているなら、の話だけど…。
 バイトの腕を信じるのなら、確かにこれはりあの利になる。
 「ごちそうさまでした…っと。」
 ボクはご飯粒を手こずりながらも全て食べ終えると、そっと手を合わせる。
 折り畳み式の机を拭いてから脇に直し、ソースの取れない弁当の空はゴミ箱に突っ込んだ。
 美味しかった。
 若葉は気づけばテレビのスイッチをいれていた。
 そう、今日はこれから、バラエティー番組がある。若葉と二人で見るつもりの、お笑いが。


 狐のぬいぐるみを抱きながらテレビを笑っていると、それとなしに若葉が声をかけてくる。それは先程の少し暗かった若葉とは違い、少しうきうきした声色のものだった。
 良かった、お笑いのお陰だな。
 「ねえよっちゃん。」
「ん、何?」
「実はね、りあがやっぱり心包み屋行けないって言ってた。」
「へ、へぇ…それは残念だね。」
 ボクは嘘を吐く。いいや、全く残念じゃない。やっぱり若葉にあそこは行ってほしくない。
 「まあ、りあが行けないっていうなら仕方がないね。そうだ、ならボクが見つけた良い雑貨屋に、今度りあと…」
 と、そこで気付く。
 待て、今の話はりあが言ったのだろう。それはつまり、同時にボクのことも話している可能性が高い。かつ、あの時はボクはまるで心包み屋でバイトしているかのようだった。
 そんな状況で、もし若葉が残念とでも言ってみろ。
 ボクをよく知らないりあは、間違いなく…
 「なんで心包み屋でバイトしてたって言ってくれなかったのさ!!」
 やっぱり。
 ほらあ!!やっぱり紹介しちゃうじゃん!
 「いやっ、違う、違うんだ若葉!」
「言い訳無用!情けもなーし!罰としてよっちゃんには今度そこに私を連れていくこと!」
「そんな、無情すぎますお嬢様!というか聞いて若葉!ボクは、本当に…」
「私が話した時、なんで教えてくれなかったの?そんなに知られたくなかった?」
 しかも、大変悲しい声色で言われてしまう。違う、違うんだ…
 「知られ…いや確かにそうなんだけど、そうじゃない!若葉に知られたくないことなんてなんにもないし!」
 そこでボクは慌てすぎて失言したことに気がつく。心包み屋に関してだけは知られたくないということを、言い難くなってしまった。
 まずはバイトしてないってことを伝えなければ。いや、それより先に心包み屋は危険だと…
 待て待て、危険と言えばボクがバイトしていると勘違いした若葉に心配されてしまう。
 かといって、バイトしていないと伝えれば、それは確実にりあに届く。ならなんでボクは執拗に彼女に接触したのかという事案が発生し、結果りあに今後近づくことも、最悪若葉ごとりあが距離を置くかもしれない!
 「じゃあなんで心包み屋を知ってたのに、知らない感じにしてたの?」
「それは…若葉が教えてくれた後偶然、縁があって!」
「……ほんと?」
「本当本当!信じて!!」
「…そっか、よっちゃんが嘘つくわけ無いしね!じゃあどっちにしろ私を心包み屋に連れてってよね!」
「あ…」
 駄目だ。
 これが四面楚歌。
 少なくとも、これを打破出来るだけの話術は、咄嗟の柔軟性のないボクには出来ない…
 「ええーと、心包み屋はいまちょっとごたついてるから…それが終わればいずれ…」
「やったー!!約束だよ!?約束だからね!?ぜえったい!」
 ギュッともちもちのぬいぐるみを抱く、可愛すぎるこの生き物はいったいどうすれば生まれるのか。
 ってじゃなくて。
 ああ、神様。
 一生のお願いです。
 この記憶力の優れた少女がこのボクとの約束を忘れるまで、どうか若葉が心包み屋へ行かぬよう力を貸してください…
 ボクは結局、困った時の神様を頼ることしか出来なかった。
 そして多分、この願いは叶わない。なにせ若葉は、非常に物事を覚えているのだから…


 「こんにちは」
 離れた場所でバイトは笑う。
 「こんにちはぁ」
 と。
 昨日は若葉と話をして、今日の講義終わり、ボクは幾度目かの心包み屋にやってきた。
 外の光に、バイトの刺青がキラリと光る。ボクは手袋をはめながら、髪飾りの位置を弄るバイトに真っ先に報告する。
 「バイトさん、ボク、りあさんのことが何となく見えてきました。りあさんの行動とバイトさんの言う暖かくないという言葉…それらを繋ぐ本心が。」
 我ながら、どこまで踏み込んでいるのだろう?りあという高校生に、ボクはどこまで本心を暴ける?
 そんなことを思いながら、やや感傷に浸っていると。
 「ふぅん…」
 あれれ。
 バイトはてっきり、ボクのこの言葉を待っていたと言わんばかりの素直な反応を思っていたのだが、意外にもバイトは上の空だ。
 聞き上手だったのもあり、こういう時はしっかり聞いてくれると思ったのだけど。
 ボクはカウンター越しに横を向くバイトの正面へ回り込んでみる。
 壁にかかった多種多様のラッピングペーパーやリボンの独特の香りはどれも甘い。ただただ甘い。
 アンティークなレジを通ることはせず、ボクはギリギリ店員のテリトリーを邪魔しないカウンター前で体を斜めに傾けた。
 「…………あの~」
「…………」
「バイトさん?」
「…………」
 上の空にも程がないか。
 「えっと…モスコバイトさん?」
「っ、あ、なに!?」
 本名を呼んだ途端、モスコバイト…バイトはボクに気がついた。
 「ごめんごめん。ぼーっとしてたぁ。」
「珍しい…?ですね。」
 といっても、まだ出会って数日しか経っていないのだから、この現象が珍しいかはわからない。少なくとも、今はまだ、ボクにとっては珍しい。
 「何かあったんですか?」
 ボクはそれとなしに聞いてみる。が、バイトは苦笑いの後にカウンターからゆっくり出てきた。
 「ううん、なーんにもないのぉ。だから、気にしないで。」
「そうですか。」
 そういうことにしておこう。
 「それでぇ、何となく本心わかったんだねぇ?」
 あ、ちゃんと聞いてたのか。
 「はい。けれど僕が直接聞くには結構長い時間がかかりそうです。でも少なくとも、バイトさんが言ったように暖かくないから包めないっていうのは、やっぱりただ単純にそう解決できはしないと思います。ボクはやっぱりバイトさんに木箱を包んでほしい。」
「そっかそっか。君は変わらないねぇ。じゃぁもうこれから先は本人が必要なんだねぇ?」
「まぁ、本人がいても教えてくれるかは別ですが…」
「んー」
 バイトは指で音を鳴らす。手袋をこ擦り合わせていたため、ややノイズが混ざった指パッチンだ。ただのひとつも絡まりのない長い長い髪を、微かに揺れ動かす。
 「じゃあ、君の意見を踏まえた上で、もう一度りあさんと話そうかなぁ。ね、教えてよ。君が立てたりあさんの本心をぉ。」
 気づけば彼女の顔は目の前にある。いや、近づいていたのはわかる。わかっていたのだが、その動く行為に思わず脳を空っぽに見とれてしまっていたのだ。
 バイトのその呪われそうな双眸にボクは耐えきれず、思わず冷や汗をかきながら目をそらした。


 「なるほどぉ、君はそんな本心を描いたのかぁ。決意の前の不安…って感じ?」
「は、はい…」
 とは言っても、ボクが一時間もかけず思い付いた本心だ。やや陳腐かもしれない。
 「やっぱり君はすごいねぇ。うん、私も彼女の木箱を包みたくなった。」
「えーと、それはあくまでボクの意見であって、りあさんの本心かは…」
「いいや、君がいうなら間違いない!遥か昔からそうだった!」
 遥か昔って前世の事か?
 何故に。
 そんな疑問を口には出来なかった。
 バイトが非常に浮き足立っているからだ。
 否定をする隙も疑問を打つ隙もなかったのだ。
 「りあさんは今日、きっとここに来るよ。気配がするからね。」
「気配?それって」
「木箱のさ。」
「木箱のさ。って…?」
 するとバイトは嫌な顔もせず優しく教えてくれた。
 「付喪神があるように、物は人と違って一度オモイが備われば、簡単に消えたりはしないものが多い。木箱は当然『活きたい』と思ってる。あとね…珍しくそれが言うんだ、『変わりたい』って。」
 バイトは手袋越し、机に数枚のラッピングペーパーを並べ始めた。水色、桃色、薄黄色、あとは純白の白…どれもラメが入る淡い色ものばかりだ。
 「活きたい…活きたい…」
 連呼する。しかし意味不明ということしかわからない。こんなことなら、小説やら現代文の授業やら、とにかく詩的表現について学んでおくべきだった。今だけテレビっ子という普遍の事実を憎く思う。いや、テレビは悪くないのだけれども。
 ――ありがたいことにボクのことを察したバイトは優しく言い直してくれた。
 「例えば、欲しかったペンを持つと、何か無性に書きたくなるってこと、なぁい?」
「あります」
 当然、使いたくなるものだ。結局、無地で今使っているペンと変わりはないのだけど、やる気は漲る。
 「それはペンが『活きたい』と思っているから。だから人は物に少し過剰に興味を示すことが出来る。…物ってね、意思はないけどオモイは強い。それに加え、持ち主が一度でも強く願った願望に答えるようにもうひとつのオモイも強くなっていって、例え持ち主が願わなくなったとしても、後出のオモイの方は上書きは中々されないんだ。活きたいの方はどんな物にもあるとして、木箱のような変わりたいという思いは根強く備わりにくい代わりに、消えにくい。さっきのペンの例で言うと、ペンは同時に『活きたい』思いと、人が思った『使いたい』に呼応したオモイ『使われたい』思いが重なって、それが人にも強めの影響を及ぼす…使われたいってオモイは人が使いたいって強く思わない限りは備わらないから、それが他のペンよりも使いたくなる原因の一部さ。勿論、使いたくなるのは単に使用者本人の使いたいって思いも混じってるけどね。」
 今のは小さい例だけどぉ、と伸びた声と共に、ボクは脳内で簡単に整理した。
 要は、物にはオモイがあって、ひとつは『活きたい』というもの、そして使用者の強い願望により、それに沿ったオモイも生まれる。その活きたいではないオモイは人間が忘れたとしても、上書きされない限り少しだけでも人にも影響を与えるというわけだ。
 今回、りあが来ると言ったのは、木箱が雰囲気を出しているからか。
 そしてバイトはそれを感知できるというわけでもあるな。事実かわからないけど、ここまで来ればもうそう信じてもいい気がしてきた。
 「私は物のオモイを理解できる。だからりあさんの変わりたいって思いを知っていた。それはぁ、ただとても冷たくてね。不安とか、そういうものに包まれてたんだ。それだと、私の包み紙は使えない。温かい気持ち…そうだな、前向きな変わりたいじゃないと、君に見せたカードのように溶けない。君は全体的に温かい人だから使えたけどね。だけど他の人はそんな単純じゃなくて…私はりあさんの『変わりたい』ってその意味の全てまではわからなかった。解決の仕方すらわからなかった。」
 なるほど、とボクは頷く。
 バイトは決して嫌がらせや拘りにより断ったわけではなく、魔法…?のラッピングペーパーが反応しないから断ったわけだ。
 けれど物を溶ける紙で包むなんて思っても見ないこちら側からすると、バイトのその魔法を使われずとも気付くことはない。それでも尚断ったのは…
 「バイトさんって、真摯なんですね。」
「紳士?うーん、嬉しいけどぉ、淑女の方がいいかなぁ…」
「そう意味じゃなくて…」
 まあ、何か気恥ずかしいしいいや。
 気を取り直し、ボクは訊ねる。
 「それで、ボクに本心を聞いてこい、と?」
「そういうことぉ~!君は推測から接触まで、全てが信頼できるからねぇ」
 その、ボクに対する信頼はなんなんだ。しかも平然と言うところが昔から知ってるような物言いだな。
 魔法やらなにかでわかったのか…ええい、聞いてしまおうっと。
 「バイトさん、ボクに対するその信頼は…」
「さて、長話はここまで!後は待って、りあさんと話して木箱への願望を『変わりたい』から『進みたい』的なものに変えるだけだけど…君、斜め包みって、出来る?」
「斜め包み…」
 名前の通り、包みたいものの下に包み紙を斜めに置いて包む、オーソドックスな包み方だ。あまりしないけど、依然教育実習で教わった。
 頷くボクにバイトは前と同じ椅子に座らせて、笑う。
 「折角だし、君がしてみてよ。りあさんの木箱を包んで。君なら出来るからぁ。」
「えっ?いや、ボクは別に…というか、まずりあさんの気持ちを変えるところから…」
「大丈夫、君なら変えることなんて簡単だよ!」
 だからその、信頼は何!?
 と聞きたいのだが、タイミング悪く扉が開かれる。

 こうしてボクはモヤモヤしたまま、もう一度バイトさんのバイトの役を演じることになった。


 ――りあは、まず先日の態度を謝り、それからやっぱり包んでほしいと懇願してきた。
 ボクは隅の木箱をチラリと見やる。開けられた箱の中身のデコレーションはドライフラワーも増えていて、より豪華になっていた。
 バイトは毅然とした態度で『包めない』と言いきる。
 困り果てたりあを前に、さて、ボクはバイトの期待にどう答えようか。
 「…りあさん」
 ボクは優しく問いかける。
 「何ですか?」
「その木箱、とても綺麗ね。この前より豪華になってる?」
「あ…はい。境の花屋のカスミソウです。」
 恥ずかしそうに、りあは箱を閉じた。金属の金具でしっかりと鍵もかけられる。
 「そうなんだ。…ボク、そのプレゼントをお母さんにあげるって聞いた時、たまたま見かけて、てっきり思わず手に取ったのだと思っていたけど、違うんだね。すごく大事な記念日の時みたい。」
 ボクは感想を言うように呟く。さりげなく言う。りあは微かに反応すると、そっぽを向いて目を細めた。ただし、笑っていない。
 「なんか…渡す決心つかなくて。気付いたらこうなったんです。」
 それをもとに、推測を作る。
 決心を持つなら、薄々気付いていたけど…ボクの二つの推測の内、きっかけを作ろうとしている、が近い。
 ボクは何が出来る?親の事も知らない、りあ自身のことだって本当に知らない。
 それでも他人に使える言葉、それでも誰かに残る一言。
 「器用だね」
「ありがとうございます」
「こんなの貰ったら、ボク、絶対泣くよ」
 仮に若葉から貰えれば、ボクは彼女になんでもしてあげるんだ。まさに思わず。
 「泣くって…大袈裟ですね」
「本当ねぇ」
 こんなもんだよー、と言おうと思った口を塞ぐ。大袈裟ではないけど、今は違う、こんな雑談をするんじゃない。ボクは…
 「りあさん、大丈夫。絶対に、お母さんはわかってくれる。渡す決心があれば、絶対!」
「…………自信、出ないから…」
 渾身の励ましをした。
 まだりあは不安げだ。
 …なら。
 考え方を変えてしまおう、とボクは冴えた頭で呟いた。
 りあの強い思いを引き出して包むんじゃなくて、包むと強い思いが引き出せると言えばいい。
 それだけで、十分だ。
 りあは強いから。
 変わりたいと思える人なのだ。

 「大事なものも大切なプレゼントも守りたい想いも、暖かいものは何でも包みます。」
「それは…」
「うちの謳い文句だよ。だから安心して、木箱を託してほしい。今なら絶対に、貴女の暖かい勇気を守るから!守れるから!」
 彼女の顔は、豆を喰らった鳩のようだった。
 が、すぐにいつもの真面目な顔に戻る。
 「いや、でも…そっちが包んでくれないって」
「いや、良いよぉ。包んでもいいかなぁ。」
「えっ?」
「だって今、とても温かいもの。」
「え…?」
 やっぱりりあは、さっきみたいな顔になる。今日はコロコロと彼女は忙しいな。

 ともかく、どうやらボクは、うまく説得できたようだ。
 ボクは少しだけドヤ顔を決めて、この湧き出る達成感を必死に隠した笑顔でいた。


 「包み紙って、意外と歴史深いのよぉ。芸を披露する人への投げ銭を紙で包んだ、おひねりが今の包装紙の始まりとも言うわねぇ。」
 のんびり茶葉の混じったクッキーを嗜みながら、雑談と雑学をしている。
 バイトとりあは僕を待っていた。
 「うげ…」
 ボクは呟く。
 そう、ボクが包むことになっているのだ。りあが選んだ真っ白な包装紙だけを机にしいて、木箱を置いて斜め包みを再現する。斜め包みというだけあって、はじめに包装紙に対して真っ直ぐではなく、角度を変える。
 その上これから箱を縦に持ってきたりと、やり方を覚えていなければ包装紙をぐしゃっとしてしまう。しかも紙は薄葉紙のようで、すぐに破れてしまいそうだ。ボクは赤子に触れるかように丁寧にこなす。
 白って変わりたいのなら良い色だなーとか考える暇もない。
 「…いや、なんで薄葉紙なんですか?」
 包むにしては薄すぎる。りあだって僕が失敗しないか露骨にチラチラこっちを見て、ティータイムを楽しめていないもの。
 頑丈なものをもうひとつ持ってくるのかと思ったけど、一向にそんな気配もないし…
 ここまで来て、やっぱバイトへの怪しみが表れる。
 「うふふ、それはね…溶けるからだよ。溶けた後、しっかり包装紙で包まないとでしょ?」
「それって…」
 おっと、終わった。ふう。
 ボクは言おうとしたことを止め、バイトの声と共に箱をりあの前に持ってきた、その時だった。

 箱が、砕けた光と共に薄葉紙を飲み込んだ。ゆっくりと。
 ガラスが反射するような光を周辺に散らばせた薄葉紙は、しかしすぐに木箱に喰われる。じっとりと。
 カードが手に吸い込まれた時のように、イルミネーションのような感動をボクに魅せつつ、木箱はなにもなかったかのようにそこにある。
 か、と思えば、ヴォンという電子端末を起動した時に出そうな音と共に箱を四枚葉の花柄が無数に刻まれる。それらの輪郭をなぞるように、様々な淡い光色が進んで、合って、すれ違って、混ざって、溶ける。砂糖のように甘くて、ただただ甘くて、けれどその奥の檸檬のように酸っぱい香りがはなをくすぐった。

 「…………今のは…」
 カードの時よりずっと立派で、華やかなプロジェクトマッピングのようだ。
 バイトは自慢げにニンマリと笑顔を作る。
 「これで呪いは完了だよ。りあさん、心に手を当ててみて」
「へ?…ああ、はい…………あれ…?」
「りあさん?どうかしたの?」
「えっとなんか…こう…」
 りあは少し戸惑いつつ、何かを伝えようとする。が、彼女自身もよくわかっていないようだった。
 これも、バイトの呪いだろうか。ちらり、と見やるがバイトは長い髪に隠れて、またどんな感情かすらわからなかった。
 「不思議…なんです。迷いが消えたというか…」
「迷いが消えた?」
「だって、私、ずっとお母さんが怖くて…なのに、今、それがないんです。なんか、自信って言うのが…?」
 りあはそう話しつつも、まだ自分が掴めていないように見える。近況報告を淡々として、感想はなかったレポートのようで。それがボクは少し怖かったのだけど。
 それでも彼女は行動が示してくれた。魔法の成功を。
 「私、帰ります。お代はいくらでしょうか。」
「お代?うーん、決めてな…えっと!予約客一号様には特別に無料にしちゃう!」
 決めてないのか。大丈夫か、この店。
 そんな心配の目を向けたボクなど気付かず、バイトはりあの木箱を手に寄せながら、壁の棚に近づき、丈夫そうなラッピングペーパーを取り出す。先ほどのマッピングと同じ花が大胆に施された白基調のそれを手際よく木箱に絡み付けて包むと、立ち上がっていたりあに向けて、両手で手渡した。
 「時は金なり!決められたのなら、急ぎなさい。大丈夫、自信があれば人は無敵なのよぉ。」
「っ、はい!また来ます!」
 りあはフレアスカートをふわりと浮かせつつ、ドアノブへと駆け寄った。やっぱり勢い付いた開き方だったが、前とは全然意味合いが違う。
 ゆっくり閉められる扉をボクは、腰を上げることも忘れて眺めていた。

 これで、解決…なんだろうか?
 実感がわかなかったんだ。
 だから、こんな言葉しかでなかった。
 「バイトさんの包み方って、やっぱり生業としているだけありますね。参考になりました。」
 二度と使わないだろう参考かもしれないけれど。

 いやそれは…少し、寂しいな。



 「じゃあ…話すよ。約束だもんね。名前と、溶けるの詳しいネタ明かしを。」
 少しがっかりそうにバイトは言う。
 机の薄葉紙を片付けて、脚を折った机すらもレジの置くに持っていったバイトはレジの棚から一輪だけ、花を持ってきた。
 「綺麗ですね。髪飾りと同じ花?」
 これは造花だろう。花弁が色つきガラスのように透けた花など、見たことない。
 「手袋をはめたまま、花弁を崩してみてよ」
 崩す?
 ボクが悩むと、バイトはスッと手を伸ばしてくる。ボクの掌に桃色の花を乗せると、右手に力を込めさせた。
 ぐしゃり、と音が鳴り、ガラスが崩れる時のように光が反射する。
 「まぶしっ…!」
 ボクは思わずバイトの手を払い、花弁の屑を落としながらその腕で目を隠した。
 光が収まったのを目蓋越しに感じて、恐る恐る右目だけを覗かせる。それは、丁度粉のような花屑が床に散らばるシーンだった。
 そんな微粒子の欠片が地面に触れるその途端、地面すらも光始める。足元すら眩しくなって、あの薄暗い店の面影はたったのひとつもなかった。店の何もかも見えないのだ。

 少しして、光りは本当に収まった。
 「なんだったんだ…?」
 ボクは困惑しつつ、徐に目を開けた。

 そこは、ボクが見たことのない世界があった。
 なにもない空間だった。
 けれど足元の少し前にだけ、小さな見たことのある花が集合になって咲いていた。花屑が落ちた場所だろうか。
 ボクは望まず放心してしまう。マリオネットのように操られるように、ボクは花に近づいた。
 「私のアトリエへようこそ」
 耳元でささやかれ、初めてバイトが側にいることに気が付く。
 「うぎゃあっ!!な、バイト!?…さん?」
「驚かせてごめんねぇ。」
 反省していないごめんねと共に、バイトは櫛を手に取った。
 手袋越し、丁寧に髪を束ねていくバイトはどこか艶かしい。慣れているようで、髪の一本たりとも落ちてこない技法は教えていただきたい。
 と、そこでボクは彼女の髪を止める一連の仕草をずっと見つめていたことに気が付く。
 でも仕方がない、その姿は妖艶な女性のトップに値するほどだと思うから…ボクのあったことのある人の中で、という前提は勿論だけどね。
 こうして長い髪を櫛と腕のゴムで止め、お団子状態のバイトは新鮮だ。
 「さっきの薄葉紙、ううん、私の作るラッピングペーパーはこのアトリエで作ってるの。」
「アトリエって、花以外何もないですけど…」
「花があるじゃない」
「ありますけど…」
 ボクは首をかしげる。
 だから?というわけだ。花が紙になるなんて、ありえな…

 いや、完全否定できない自分もいるけど…
 …やっぱりありえないと思う。

 ボクがそう結論をつけると、気付けばバイトは歌い出した。
 …空間という概念的な場所だと思っていたここは、どうやら行き止まりが存在するらしい。
 音が、反響していた。

 「人を守るは魔女の夢。人を壊すも魔女の理想。」
 あれ。
 「花に愛され愛す者。花に選ばれ操れば…魔法はそれに呼応する」
 童謡のような、誰かに言い聞かせる歌。耳に残らないようで、すぐに思い出せる音。
 「一度、砕けば異界へ向かう。二度目、砕けば花は舞う…」

 この続きを、ボクは歌える。

 「「呪文のひとつを唱えれば。理想の形でメシアと変わる。」」

 一番を歌い終えて、バイトは少し驚いたように微笑んだ。
 「驚いた…覚えてたんだぁ」
「ボクは記憶にないですけど…」
 でも、なら口ずさんでいたのは、何故?
 バイトは花を壊す。途端、壊れた花屑の小さな光は、例のマッピングと同じように空間を彩る。それは、舞うかのように。
 「――、―。」
 呪文らしき言葉を呟いていた。聞こえない言葉だった。
 ボクは一歩後ずさる。無意識に顔に触れると、その口角は僅かに上がっていることに気が付いた。それに少し驚いて、納得する。
 知的興奮だろう。愉しかった。何がかはわからないけど、でも愉しいんだ。綺麗で神秘で懐かしい。

 バイトの手にはラッピングペーパーがあった。沢山の種類のそれが、各々一枚ずつ彼女の腕に収まっている。
 ボクはボクなりに推測してみる。歌ときっと、関係するだろう。
 「理想の形…バイトさんにとっての理想の形?は物を包むラッピングペーパーということ?」
「ええ。私にとっては、それがもっとも魅力的に感じるの。沢山の魔女は、魔法使いは、もっと別のものだけど。皆感性に違いがあるからね。」
 だから、使いやすい。とバイトは照れ笑う。
 「…溶ける包装紙の正体は、花によって生み出された魔法のアイテムってことですね…」
「そう。ネタ明かしって、マジックみたいなタネはなかったんだよ。がっかりした?」
「…いいえ、別に…」
 結局、あの紙はファンタジーで済まされる程度の事だった。まるで推理小説の最後に全てが怪奇現象だったと済まされるかのようだ。
 だというのに、ボクはスッと納得してしまった。昔からわかっていたように、疑うことは出来なかった。まあ、出来ない状況というのもあるだろうが。
 そんな不思議な感覚に陥っていると、バイトは顔を近づけてくる。
 「それより!君、あの歌を覚えているなら、私のことも思い出せたんじゃない?」
「え?」
「ほら、これ!初めてあった時も、こんな髪型だったでしょ!昔はまあ、団子も下手だったけど!君言ったじゃん、『見えないから覚えてる』って!」
 と、バイトは右手で団子頭を指差した。
 やっぱり、バイトは知っているんだ。だから、今までボクを知っているような事を時々言ってたんだ。信頼もそのお陰かもしれない。
 しかし…
 「覚えてないです…」
 残念なことだけど、全く覚えてない。見えないから覚えてるとも言った覚えはない。
 「ええー!!」
 ずいぶんと大袈裟な。
 
 ボクは少し申し訳なく思いつつ、少し記憶を辿る。目を瞑り、白い世界を今だけなかったことにする。
 しかししっかり辿れたのは数日、ぼんやりなのは小学五年生頃までで、そこより前のことは断片的でしか思い出せなかった。しかもそのどこにも、彼女は不在だ。

 「思い出せないな…」
「残念だなぁ…」
 ボクらに微妙な雰囲気が流れる。
 「約束したのにねぇ」
「約束?約束…あ、そうそう、なんでバイトさんはりあさんの名前を知ってたんですか?」
 危ない、その点も含めて約束だったのに、忘れるところだった。
 しかしバイトは余裕のある顔でなく、珍しく大袈裟に動揺する。
 「どうかしたんですか?」
「い、いやべつに…名前ね、ええ。言いますよぉ。」
 途端、彼女は少しぶっきらぼうなもの言いに変わった。バイトは何が不満でふてくされているのか。
 「境の花屋さんを通して聞いたのよ。」
「ああ、あの昼ドラ好きそうな…」
「オープンする前、近所ってことで仲良くなってね。そっから話があって…りあさんのことも聞いたし、逆にここをあの人が紹介したのよぉ。」
 なるほど、だからネットよりも早くりあが、そして若葉が心包み屋を知っていたのか。
 「なんだ、こっちは魔法でもなんでもないのか…」
「あら、期待していたのぉ?」
 にんまりとからかわれ、ボクはそこで初めて非科学現象に理想を描いたことに気が付いた。
 なんでだろう。自然に受け入れられるからだろうか。だから、名前だって一番ありえそうな魔法なのだろうと決めつけていて、予測が外れたからがっかりしただけで…

 ううん。

 違う。
 違うんだ。
 ボクはきっと…
 「…………期待してました。」
 ボクはただ、新たな魔法に期待していた。一桁の年齢の頃、魔法使いになりたかった頃の感情が沸き上がっていた。
 理想の形でメシアとなれるバイトなら、どんな小さな魔法もきっと素敵だと、そう感じたのだ。きっと。
 「信じられないものだったのに。ボク、もっと魔法を見たいって思っちゃったみたいです。いや、近づきたい、が正しいかも。」
「あはは。それは嬉しいねぇ。」
 そして、バイトは呟く。
 「これで、約束は終わりだねぇ。昔を忘れているなら…私達の約束は、これで、最後。」
 哀しそうな声だった。
 バイトはボクとの繋がりが切れることを、惜しいと思っているのだろうか。

 パチンと手袋越しの指の音が鳴った時、ボクは元の部屋にいた。白くない、薄暗い部屋。

 終わった。

 魔法も何もかも、終わった。
 ほんの少しだけだったのに、もう何年も過ごしたような場所に、ボクは別れを告げるのだ。
 約束も終わった。これで良いんだ、めんどくさいこともなくなったんだよ。
 良い思い出になった。
 良い経験だった。
 そう、大義名分だって消えて、晴れてボクはここを出ても…
 
 「あの!」
「ん?どうしたの?」
「ここってアルバイト雇ってませんか」
「えっ?」
 思わず口を滑らした。
 何を言ってるんだ、ボクは。
 それに反し、ボクの口はまだ動く。
 ええい、もうどうにだってなっちゃえ!!
 「ボク、ほら…バイト!ボクは、今、バイトを探してて!若葉の事もあるし!!」
「いや、なんでそんな慌てて…」
「ね、お願いします!」
「その、ええと…私の店、わりとギリギリで…」
「そこをなんとか!!」
「時給、良くないよ…」
「構わないよ!」
「でもそれじゃ…………いや?」
 バイトはいきなり熟考し始める。
 あまりにもいきなり、動いた手を止めるものだから、ボクは何らかの病気かと心配もした。…のだが、そんなことはないと確信できた。
 小声で何やら、呟いていたからだ。
 「…そもそも私はあの子に思い出してほしいわけで、そのためにはもっと話さなければならないわけで…わざわざあの子がそれを可能にする方法を提案を言ってくれたのに、咎めなくても良いんだよね…でもお金がなぁ…」
 ぶつぶつと呟き、打開策を練っているようだった。
 「えっと、バイトさん…?」
「…………」
「そんなに悩むなら、別にバイトじゃなくても…」
「…………」
 うーん、聞こえてない。肩をつついても曖昧な返事ばかりで、ずっと悩んでるみたいだ。
 仕方がない。
 だからボクは息を吸い込んで、他の案を声に出す。

 「じゃあ見習いってことで弟子にしてくださいよ!!」
「いっそあの子に見習いに…え?」
 久しぶりに腹の底から声を出した時、同時にバイトの独り言を断片的に聞くことが出来た。

 どうやら、考えることは同じようだ。

 バイトはどうやら、後からじわじわ喜びが来たようだ。
 ボクが弟子になると知った瞬間ではなく数秒後から、先程の否定的、冷静な台詞を言っていた人とは思えないくらい大喜びしていた。
 それはボクも少しむず痒く、嬉しくもある。
 「君が見習いなら、じゃあ私は師匠だね!師匠って憧れてたんだぁ!」
 バイトは露骨に手を打って、簡易的喜びの舞いを踊る。
 そしてボクはお金がほしいというバイトの本来の目的ではなく、あくまでボクのしたいことを優先した判断に後からじわじわ驚いた。
 しまったなぁ、こんな約束するはずじゃなかったのに…
 それでも後悔はしていないのだろう、ボク。
 何故ならボクは今、笑っているから。
 アルバイトはまた別のところですれば良いし、何よりボクは感じたんだ。ここでもっとバイトと関われば、あの歌を知っていた謎が解明されると。どうせ乗りかかった船だ、それが幽霊船だって乗ってやろう。
 ボクはボクの『好奇心』がこれほどまでに強いことを驚きながら、それでも受け入れることにした。

 それに…
 彼女の魔法の先に、ボクは若葉のことをもっと知ることが出来るかもしれない。
 …ボクが知りたい若葉の事を、バイトの魔法を辿る先で。
 ――みたいなことが、頭の隅に、密かによぎった。

 そんなことは露知らず、バイトは嬉々としてボクを指差す。両手で指差す辺り、相当テンションが高いと見受けられるな。
 バイトは言う。
 「君は才能があるからね。初めから他人の魔法を使えていた…あの木箱を私の薄葉紙で包めていたもの。」
「包めない人もいるんですか?」
「紙自体は包めるけれど、魔法は発動されないからねぇ。その点君は見事溶かすことが出来ていた。うまり温かい人でもあるし、これは立派な弟子になるわぁ」
「ず、随分嬉しそうですね」
「そりゃあそうよ!だって、君は…ああそうだ。君、名前は?」
 名前?
 「あー、言ってなかったですね、そう言えば。」
「ね、教えて!」
 バイトは目を輝かせてボクを見る。
 そんな、かっこいい名前でもないんだけど。けどボクは気に入ってはいる名前ではある。
 ゲホッと下手な咳払いをして、それからボクは適度にもったいぶってみる。少し意地悪をしてみたのだが、バイトはずっと目を輝かせたままだった。
 「『成川 夜未子』。ボクは夜未子です。」
「夜未子…じゃあヨミちゃんだね!」
「よく言われます」
「え~」
「どうしたんですか?」
「師匠がありきたりな呼び名で弟子を呼ぶのはなぁ~」
「どんなけ師弟関係に憧れを持ってるんですか…」
 とは言ったものの、そういう珍しく特別な関係に憧れを抱く気持ちはわからないことはないことはないことはない。つまり、理解できる。
 「じゃあよっちゃん!」
「それは若葉に呼ばれてます。」
「えー…じゃーあぁ…」
 バイトはどうやら真剣だ。
 さて、そんなボクと同じ感性のバイトはボクにどんなあだ名をつけるのか…ミーコちゃんとかかな。

 「じゃーあ!今日から君はミコちゃんね!」
「ミコ…」
「嫌?」
「いえ、そうじゃなくて…」
 予想と大分近くて驚いただけですとは言えず、ボクは適当にごまかす。
 「…ともかく…これからよろしくお願いします、バイトさ…師匠!」
「…!ええ、よろしくね、ミコちゃん!」
 ボクらは素手で握手を交わす。
 バイトの手は、今まで握ってきた誰よりも暖かかった。
 これじゃ確かに、溶ける紙は一溜りもない。
 そんなことでボクはくすりと笑うと、そこでひとつ、気付いたことがある。
 「…………で、バイトさん、ボクはいったい何を教えて貰えるのでしょうか」
「とりあえず今日は魔法かな!仕事に使う以外の初歩的な魔法から覚えて貰うよ」
「因みに、どんな…」
「まずぬいぐるみを動かせるくらいの念力と、小説を一瞬で脳にインプット出来る魔法と…」
 それはボクに出来るものなのか。
 ボクは苦笑いしてから手袋を嵌め直すと、ポケットのゴムでバイトと同じように髪を結う。
 パシンと頬を叩いて、気合いを入れる。
 今ならなんでも出来そうだから。
 魔法だって、使える気がするからさ。



 と、全てが前向きに進んだ日。
 ただひとつだけ、解決していないことがあった。
 どうしよう…

 「ねえねえ、よっちゃん!いつ心包み屋に行けるの!?りあもまた行きたいって行ってるよ!」
「りあまで!?」
「うん!なんか最高だったって!」
 なるほど、りあは母親と上手く行ったのか。それにリピーターがつくのは心包み屋としても嬉しいが…………
 駄目だ。
 やっぱり、若葉にはあそこは少し危険だ!

 「あはは、そのうちね、そのうち…」
 いつまでこのごまかしで済むのか、ボクはこのところずっと考えている。心包み屋の評判も下げたくないし…なにより若葉に嘘の情報も言いたくないし…

 そうして今日も、夏の短い夜が過ぎ去る。
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