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雪嶺とアリストクラット

裏ステージ

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 ――side マツリ
 ほかほかだったスープ。今日の朝出来たっていうパンと、マサ姉から受け取った重い杖。うん、なくなってない。
 リュックをおろして大切なものがあるかどうか、確認し終える。それからリュックを再び背負い直すとヴェール代わりのネックウォーマーに顔を埋めるのを止め、僕は辺りを見渡した。
 辺りはしんと静かで真っ白で、なんだか頭が変になっちゃうくらいに回りに何もない。
 サト兄とマサ姉、聖女様が近くにいないのは確認済みで、ただし耳を傾ければマサ姉の高い声が遠くでするから、マサ姉との距離はそう遠くないことはわかった。だから僕は慌てずに済んだんだ。
 「にしても何があったんだろ?魔法かな?」
 僕は魔法のことは詳しくないけど、マサ姉なら何かわかるかもしれない。さっきのヒートアイランド?だって凄かったし、とっても賢いんだし。
 僕はそこからマサ姉と会うために数歩歩く。さっき雪から変わった氷、雪山のさふさふの雪とは違って柔らかく湿った地面のように歩きやすかった。
 「変なところにやって来たのかな?」
 辺りをキョロキョロ見渡しても白、白、白。僕が白色恐怖症なら、とっくに失神してたって可笑しくない。
 これはいよいよ本当に不思議なところに来たみたいだ。
 僕は思わず身震いをして…
 あれ?そう言えば、僕、寒くないぞ。聖女様から貰った防寒具のお陰とかじゃなくて、ただ暑くも寒くもない感じ。
 僕はひとまず口まで覆っていたネックウォーマーを下げてみる。ふう、と息を吐いてみて、息が白くないことを確認する。…回りが白ばっかりだから、今度は左手で背景をつくってから息を吐く。うん、やっぱり白くない。
 僕は恐る恐る手袋を外しポケットに仕舞い、鞄から茶色のフェイスヴェールを取り出しつける。僕にとっては最早体の一部になりつつあるのだ。
 そうしてまた白い道を歩く。雲の中を歩くのはこんな感じなのかな、なんて考えてみる。
 …そもそも雲ってどうして浮いてるんだろう。鳥や妖精みたいに翼や羽がないのに。
 「魔法で浮いてるのかな?」
 誰かが浮かしておいてくれているのだろうか。議員さんとか?サーカス団員じゃないことは確かだね。
 「マサ姉~!!」
 僕はそんな呑気なことを考えながら、マサ姉に届くかもしれないっていう曖昧な感情のまま叫んでみる。音が反響している気配がないから、きっと届いていないかもしれないけれど。
 まあ、仕方がないか。僕は最近覚えた歌を口ずさみながら、先程聞こえたマサ姉の声の方へ歩いた。
 歩くうち、不思議と安心感と幸福感が満たされるような気がした。
 気づけば歌は同じ番を繰り返していて、たまに不思議といつもより綺麗に出来た一回転を繰り返して。
 あの、教会で。お姉様達と両手を重ねてお祈りした毎朝の柔らかい日差しと、カボチャの収穫祭の翌日には空中にフワフワと浮いている土埃が頭を撫でる、あの懐かしい感じ。いつか好きな花を好きなだけ買いたいって思って、種子を取って育ててみたいって、そうやって見るだけで夢が膨らんだ花屋さん。お洋服に縫い付けて貰った青い鳥の目変わりの貝ボタンはお姉様の宝物だった。頑丈に縫って貰ったのに、すぐにとれちゃったあれはどうしてとれたんだったかな。
 おかしなことに、走馬灯のように今までの記憶が甦った。僕がこの空間の白に溶ける感じで、このまま足を止めれば僕は雲みたいな地面と混じって一緒に空を飛べるのか。
 段々と想像と現実も混じっていって、目が霞んでいった。
 ふふふ、ふーふふ。
 歌詞ははな歌に消えていく。
 そしてふとした瞬間、パッと両手を広げて、僕は無意識の内に頭から体を地面へ落とした。
 ゆっくりと目が閉じる。自分の意思なんてなくて、眠くなるのは自然現象だから。ずっと、体が沈んでいく感覚が残った。

 「《ヒートアイランド》ォォ!!」

 声のあらん限りに叫ぶ声が聞こえる。
 「《光柱》!」
 途端、僕の右腕に何かが刺さり体が動かなくなる。その衝撃音で、ようやく僕は目を開けた。痛みはなかったけど、あまりにもの大きな音で頭がくらくらした。
 なんだろう。意識がはっきりしてきた。
 目を開けたが、それ以外の動作はうまくいかない。ただひとつわかるのは、ふさふさの地面に潜って埋まっていく感覚がなく、今は宙ぶらりんの状態のような気がした。体を支えているのは足でもなく、最早腕に刺さった何かなのかもしれない。
 「マツリ!!」
 焦燥感にまみれた声を出したマサ姉に左手を掴まれ、僕はようやくやっぱり足が空に浮いていることに気づく。段々頭が目覚めてくる。優しい声。「《氷結》」
 足が地面に付く。
 そこで先程の光柱から解放されたのか、僕はゆっくり地面に尻餅を付いた。
 「わあ…びっくりした。……マサ姉、えっと、どうして…?」
「マツリの声が聞こえたんだ。急いで駆け寄ったら、マツリ、沈んでいってたからさ。もう大丈夫だよ。」
 そういうマサ姉はぜえぜえと息を切らしていた。僕は思わず首をかしげる。確かに駆け寄ってきてくれたんだろうけど、でもいくら駆け寄ったところで僕はさっきまでマサ姉を全く見つけられなかったし、すぐに駆け寄ってくれることなんてできるのだろうか。
 「…………」
 ううん、きっと僕が長くおかしな意識をしていて、その間マサ姉は必死にここに来てくれたんだろう。
 「ありがとう、マサ姉。僕、よくわかんないけど…とにかく助かったってことだけはわかるよ。ありがとう、本当に!」
 一度足を滑らせながらもマサ姉に抱きつけば、マサ姉は頭を撫でてくれた。お姉様が撫でてくれた時とは違って、ひとつ上のお友達がしてくれたような、何となくくすぐったい感じだった。
 「さ、マツリ、とっととここから出ようか」
「う、うん。あの、ここは?」
「…さあ?」
 目を背けられる。…白々しい。
 「ほんとに?」
「…………」
「マサ姉、教えて欲しいな」
「…………歩きながらお話ししようか」
 そう言ったマサ姉は本当に言いにくそうだったけど、やがて覚悟を決めたように一人で頷いた。
 「ここは聖女様に聞いた方がいいかもしれないけど」
「聖女様?」
「そう。マツリが思っているのとは全く違う、最悪な方の聖女様だよ」
 マサ姉は少しため息をついて、本当は言いたくないような感じの言い振りだけど、それを隠すように笑顔で僕を見た。
 「恐らくは、聖女様が持つ処刑場じゃないかな」
 そうしてはぁ、と彼女は隠しきれない鬱憤を苦い顔と共に小さく息として吐いた。
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