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サーカスの歌声
ワイルドカードの魔導師
しおりを挟む――sideアバロト 深夜
勇者と名乗るやつが俺を牢屋にぶちこもうとしていたが、そんなことはできないことを勇者様は知らなかったようだった。
あの勇者には恩がある(ちなみに俺はここで初めてあいつは勇者だったのだと信じた)と言いつつも、警察の奴らは俺をすぐに解放した。何故なら俺はこのベニートシティーの経済において非常に重要となる人物だ。俺がいなければベニトサーカスはやっていけないし、そうすればこの町は二度と今のような潤沢した生活は送れない。
サーカスに戻ると、非常に高価な宝石が机の上に置いてあり、そして魔獣についての全てのデータを公開するとのメモ書き。あの勇者はきっと完全勝利で満足げだろうな。
俺は宝石を見て、笑う。これは俺ではなく、俺が抜けたことによる損害分なのだろうが、俺の部屋に置いていれば俺のものになるとは気づかなかったのだろう。だって俺が捕まらないことを知らなかったのなら。
魔獣とマツリはとられたが、これだけの財産さえあれば問題はない。
俺は宝石を手に取ると、すぐにマツリを痛めつけておとなしくなるよう捕まえとけを殺しとけと間違えた馬鹿な団員二人を呼び、カルジャン公国に向かうと告げる。
マツリが次に何処へ行くかは予想がつくし、まずそこから潰していこう。
マツリを欲していたどうしようもないファンには申し訳ないが、一週間後にはあいつの方が牢屋に入っているかもしれない。
全く、こんな面倒になるならマツリが猫を盗んで逃げるよりも早く売り払えば良かったか。
ああ、そうだ、ついでに。
「おい、お前らもこい」
「……ああ」
チーターの血を持つ二人。いやトラだったか?二人は俺を睨みながらも不満を口にすることはない。人間様に助けられたのにこのおろかな奴らはそれを悔やみ屈辱だと考えているのだろう。
そう、俺は俺が釈放されるついでに最近雇っていた亜人二人も釈放させた。
この二人は人間である俺に敵意丸出しだったが、強さ自体はそれなりだ。道中の魔獣の盾にしよう。
俺は四人に命令を下す。
「さあ、支度しろ。明日の夕方にはここに戻ってくるからな。」
そうして、俺達は深夜に森に入り込んだ。
しばらく歩くと、俺の慎重の十数倍はある大きな昔の聖女の石像が見えた。
信仰心による敬愛から生まれた森の真夜中のシンボルの重なった両手は透明で、その中には青い炎が延々と燃えている。像の瞳はその光を反射する鏡で、この像がある辺りは都会の夜町のようにギラギラしている。しかしそれだけ照らされていても、全く像は汚れていない。
いつの時代の聖女だったかは忘れたが、遠方生まれの聖女の像は毎日誰かしらが手入れし美しく保たれたままだ。
この聖女像に願えば全てが叶うと聞いた。
俺は何となく全員を立ち止まらせ、手を合わせようと考える。
「ついでだし、お前らもお祈りでもしていけよ」
「そんな願いより、俺達は給料をあげていただきたい」
「ハハッ、そりゃ、お前らがもっと俺の言うことを聞けるのならな!」
亜人以外の俺達は笑う。俺達を冷ややかに見る亜人達は俺に死ねと願うかもな。その前にこちらから願ってやろうか。
いや…
俺は笑いながらも手を合わせる。たまにはこういう、下らないこともやってみて損はない。俺のような勝者が数多の弱者と同じ行動をするのは共感を生み出せる。話のネタになる。
「聖女様、聖女様、私を傷つけたあの勇者に天罰を与えてください…」
「《光柱》」
ふと、声がする。
それは高く無邪気な子供のような声だ。
石像の裏からの声。同時に、頭上からの激しい音。
しかし、見上げる前に、俺は地面にひれ伏していた。
「え…」
気づけば体は全く動かず、胴体から四肢にかけてゆっくりと痺れが伝う。
必死の力で首を動かし辺りを見ると、目の先に亜人二人が見える。その男達の胴体には五メートルほどの透明もしくは白の明るすぎる光がぐっさりと刺さっており、それは冬にみられる光柱に似ていた。しかし血液は全く流れておらず、ただ動けなくなっただけだ。
一目見て誰もが魔法だとわかるだろうが、問題は、そのような魔法を俺は見たことがないということだ。
「はーじめまして。座長さんだよねー?」
また声。餓鬼がやるように言葉の端々を伸ばし、間の抜けたような台詞を言うのにそこには子供らしさなど全くなく、汚れた大人のような嘲笑を交えた言葉だった。
そしてすぐにその声の持ち主は今像の後ろから俺の目の前に立っていることに気づく。
頑張って見上げるが、パーマではないにせよ癖っ毛で、茶に紫の混じった髪が風に靡き瞳の部分を隠す。
「痛くない?」
「お前は…誰だ」
「うん、痛くないみたいだね。今のは光柱。ライトピラー。格好いい名前でしょ?今日は昨日と違って調子が良くてね、新しい魔法を創れたんだ」
こいつはさも今創りだしたかのように呪文を口にする。
はあ、新しい魔法を創る?そんなことはあり得ない。魔術師でなくても、そんなことが出来ないのはわかりきったことだ。こいつは学校に通ったことがないのか?何故そんな馬鹿げた嘘をつけるのだ。
…………いや。
「このくらい…」
どうってこと無い。そう言おうとしたが言葉は続かず、逆にこの目の前の餓鬼は魔法の程度を聞かれたのだと勘違いした。
「A級泥位くらい?残念ながら無力なあなたはこの魔法をほどくことは出来ないね。」
ああ、可哀想!
彼女は大袈裟に驚いて見せる。わざとらしすぎて、もはや腹を立てる気も失せる。
しかしA級なんて、よほどの術者ではないと操れない。……こいつはその才能があったかもしれないが。
もしA級なのならば、余計に余裕をこいている暇もない。何故なら俺はこの光柱から逃れられていないのだ。
くそ、こういう時のための亜人だろ。なんで誰も動けないんだ。
子供は続ける。
「さあ。初めましての自己紹介には名前がつきものだ。自分はマサリ。この世界で強い魔道師。」
「なにが…目的だ」
俺が聖女を試すようなことをしたからか?
何とかしてゆっくりと呟くのは実に無様なのだが、対して魔法にかけられていないマサリは流暢に返答する。
「今日、あなたはきっと勇者様に会った」
「……」
「勇者様は貴方を殺さずに法で裁かれることを望んだ。貴方がどんなに素晴らしい功績を残したかなんて関係ない。まあ当然だよね」
「すべて、みてたのか」
「まさか。暫く悩んだよ!勇者様がマツリを助け出すことは当然だった。自分が約束を破る可能性があったから、自分を置いていったことも知っている。」
あるいは、自分を心配して。
そう呟いた時の少女の頬は恍惚としていて、聖女に出会った死にかけの子供のように無邪気な笑顔だった。こいつは寒い、と魔法で落ちた木の枝を燃やす。話の途中に水を一杯飲むように。そしてその炎を俺の目の前に放った。
「やめっ」
「だいじょーぶ、死なないよ。火傷は死なない。」
少女はまた笑った。無邪気だ。まるで、ある程度キッチンで調理された食料を自分で焼かせてもらえた小さな子供だ。
「とにかく。けれども自分はやっぱり勇者様を追いかけた。自分はゴシップが大好きでね、貴方がこの町にどれだけ影響を及ぼしているかは勇者様より知っていた。そして貴方の影響下のこの町において、勇者様のお願いと貴方の命令、どちらの方が強いのかを考えた。」
そしてこいつはずっと笑う。マサリ。
「だから貴方が再びサーカスの自室に戻るところからは見ていたよ」
そしてマサリはしゃがみこむ。
頬杖をつく。その手は寒さに赤くなっていたが、とても綺麗な手だった。
「お前の望みは」
とにかく助からなければ。俺はこの子供に対し要求を訊ねれば、マサリはふと真顔になって、俺を見下ろし呟いた。
「ひとつ聞きたいの。嘘はつかないでね。」
マサリは悪意なく俺の動かない右手に何かを刺す。光柱。彼女はそう言ったが、右手に刺さったのは色形は同じでも胴体よりも遥かに細いものだ。叫び声をあげれば、マサリはなんで?と首をかしげた。
何でだ。さっきは痛みなど感じなかった。本当に同じ魔法なのか?そんな効果まで違うこと、あり得るのか?
本当に悪意のない人間は職業柄見て取れた。子供は今、すごろくゲームの偶数か奇数かで倒せる障害物のように、この俺を単なる物としてとらえているのかもしれない。あるいは、物よりも遥かに……
これほどまでに恐怖を覚えたのは初めてだ。
マサリそして一呼吸、淡々と呟く。
「人を殺したのは何回?」
「ない」
「本当に?」
「ああ」
俺はずっと、他人に殺させた。
しかしマサリは俺の左手にもその杭のようなものを刺し、それから首を酷く傾げた。
「ん…自分の知る限り、一ヶ月ほど前に兎の耳を持つ人達を殺してるよね?」
「亜人は、人じゃ、ないだろう…」
「そっか、良かった!」
パチパチパチ。
マサリはとびきりの笑顔で俺をなぜか称える。なるほど、彼女も同じ思想を持っているのか、俺と気が合うだろう。
「ききた、いこと、は…それだけか」
「うん!いや、今のも、そんなに聞きたいことじゃなかったんだ。でも、あなたは自分の知る以上に人を殺してるね。どうだっていいけど」
「解放、してくれるか」
「良いよ!」
光柱という人の動きを完全に封じられる力を持ちながらも、少女はお金をせびることもなく解放を受け入れてくれる。
本当に、今の質問を聞きたかっただけなのか?俺と勇者のことまで知っていても?
もしかしてこいつは勇者の仲間でありマツリのファンで、俺がマツリを殺そうとしていると勘違いしていたのかもしれない。
俺はほっと安堵して、とっとと魔法をといて貰おうとする。
「さあ、満足し、たろ。俺を…」
「貴方の体から、貴方の魂を解放してあげまーすっ!」
パチパチパチ。
先ほどよりより激しい拍手が鳴り響く。イエーイッ!!
「は…」
「あ、そうだ。面白い話を…貴方が死ぬ前に、皆が大好きな勇者様のお話を、少し教えてあげましょっか?」
マサリはにこりと笑った。彼女はまるで小説のページを適当に開いたかのように、突然語る。そのページは俺の知る勇者の物語ではなかった。あとがきの二ページ目にかかれるような、どうでも良いことだ。
「自分と勇者様はあまりにも強すぎる力を恐れ、二人だけの約束を交わしました。
ひとつ、稼いだお金以外の財産は完全な他者のため以外には使わない。…つまりは、自分と勇者様のために使わない。
ひとつ、自分から見て悪だと思う人以外は傷つけないし、怖がらせない。…なるべく善人になるために。
ひとつ、善人を怖がらせない。…平穏な生活を望んでいるからです。」
マサリはそうして天を仰ぐ。
「なるべくでいい。出来る範囲で良い。廃忘された自分達が、それでもこの世界で幸せに生きていくために、こういった約束を共に交わした。素敵でしょ?」
少女は彼女の目の前で手を合わせる。その不思議な行動はまるで、何十年も前の正義のヒーローの心の内を語られているような。何百年も経たなければ、勇者を見たことのある人間は死滅した後の世界でなければ語られないような苦悩を端的に表していた。
マサリは俺を覗き込む。
「あれ、貴方はずっと冷静ね。それが演技なら、頑張りゃ二流スターになれるかも。あはは、サインくれる?」
彼女はポンと両手を光らせた。が、すぐに消える。
そういえば……もはや悪魔の魔導師に見えるその子供は、ああ、不思議なことに一度も魔法のエフェクトを見せなかった。
魔法を使うならば、必ず表れる魔法の証拠。特に、位の強い魔法ならその分明確に。
どんなやつにだって表れた。全ての小説で恐れられ、変にその禍々しさだけが誇張された魔王すら、魔王を倒す最強の勇者すら……
「そしてもうひとつ。もう一つの約束。人殺し以外は殺さない。逆にいえば、人殺しは殺したって良いの。もちろん例外はあるよ?正当防衛、完全なる悪への断罪、事故。沢山ね。けれど貴方は私利私欲で人を殺す。マツリは貴方に殺されていないにせよ、今ここにいる貴方以外の四人によって恐怖を味わったね。貴方が殺したその家族はどう苦しんだか、味わって死にたいかな。熱かっただろうね。熱の中で肺を焼かれようが、最後は愛する人に語りかけたかっただろうね。せめて手を、誰かと握っていたかっただろうね」
「まっ、まて!」
俺はその時、痛みも痺れも忘れて必死に命を乞う。こんな、屈辱的だと考える間もない。
「まて、聞いてくれ!お前、俺を殺したらどうなるか考えろ!俺はこの町の支配者だ!」
「支配者になりたい人は沢山いる。貴方のような悪人になりたい人は少なくても、必要悪は自然と生まれる」
「俺なら、どんなものも手渡せる。望みがあればその大半を今日中に用意しよう」
するとマサリははにかんだ。
「アバロト。ううん、貴方の本名は『アロバト・スロッタント』。自分が一番許せないことは人を殺したことじゃないんだ。これだ。仲間になってくれそうなマツリを手酷く扱い、なにより勇者様の慈悲を無下に扱ったこと。これが何より許せないの」
そこに怒りは感じられなかった。もしかすると、この人は怒っていないのかもしれない。いや違う。この人は、俺という人への怒りはない。俺という障害物に対しての怒りだった。本物の、老化して道に落ちた瓦礫に対してのような…
「貴方はこのマサリが断罪してさしあげましょう」
いつの間にかゆっくりと、お月様が沈んでいる。
「貴方の寿命は、このお月様が沈むまで。神聖なる月光に命を蝕まれていくでしょう」
マサリはスッと手を上げる。
見上げた姿はまるで人とは思えない。かといって、聖女にもあたらない。風に靡く美しい髪、本当に邪の無いゆえに恐怖に見える、夜に溶け込めないほどに光る紫の相貌。美術館の中でもガラスゲージにしまわれるような彫刻のように重宝されてきただろう手が、スッと上げられる。彼女のスカートが靡く。マサリ、マサリ。この名前は、いつかどこかで。どこで、聞いたんだろう。
思い出せるか、思い出せ、思い出すな、思い出せない、思い出してはいけない。
「我は《ワイルドカードの魔導師》。この世で唯一理そのものになれるヒト。人知を越えた魔力を持つヒト。」
彼女はそっとしゃがみこみ、俺の耳元でささやく。神が、神様が、慈悲をくださる。俺と同じ目線になってくださった。そっと、口を塞がれる。ポツリと一言呟いて、再び俺のもとから離れる。
「《月光柱》」
「~~~~っ!!!!ぁっ…………!!!!」
声は出なかった。ただあの月光から細長い光の棒が俺に突き刺さったことはわかったし、内側から燃やされているのもわかった。
朝陽が昇るまであと二時間はある。
苦しめて殺すのは得意なんだ――
その言葉だけがただ脳内を反芻する。贔屓にしていた部下のことも、愛娘のことすら考えられなくなった頭は、やがて酷い悲しさだけで埋め尽くされていった。
――sideマサリ 深夜
ゆっくり死んでいくだけの座長は放置しておいて、自分は残りの四人の方へ近づく。マツリを殺しかけた二人の右腕と右足はもらって、トラの耳を持つ二人は元々脅されていたわけだし、マツリは助けようとしていたから右手に傷を負わせて解放する。こやつらの右手はまだ使えるだろうが、もう人は襲えないだろう。軽くミューズ系の洗脳魔法もかけたから、自分の顔を思い出すこともない。
そして美しき聖女像の前で、そっと手を合わせる。
「お前が祈るのは違和感があるな」
振り返ると、そこには耳の長いエルフの男が立っていた。男とは言うが、身長や顔から推測されるのはまだ十代で少年のようで、エルフっていう人種は長命なのがよくわかる。
「『ピート・ローリン』か、自分はお前を許さないんだけど」
「そうカッカするな。確かにマツリちゃんを気絶させてアバロトの所へ持ってったのは俺だよ?だが、その事実とアバロトの秘密を語ったのもこの俺だ。」
「なんでマツリと出会ってたのさ。そもそも、お前がマサリを座長の前に連れていかなけりゃ」
ピートはにこにこと気持ち悪い笑顔を張り付けるばかりで、反省の色はない。
「いやいや、べつにそれくらい大丈夫じゃん?アバロトに女を襲う趣味はなかったわけだし、ちょいと怪我したって貞操も守られてる確信あったし、なによりマサリちゃんがだーい好きな勇者様がいるし?ちょっと怖い思いをさせたのは悪いけど、俺だって仕事だったし?」
「逓送?確かにマツリが売られるのはサトリが防いでくれたけど。お前なんかと違い、サトリはよっぽど信頼できるけど!」
マツリは物じゃない。その言い方はうざい。そう言うと、ピートは鬱陶しそうにため息をつく。
「マサリちゃんは可愛いねぇ。他は全部賢いのに。可愛いね。もう、俺怖いくらい」
「殺すぞ」
「こら、そんなこと言わな」
「《雷鳴》」
「ぐあっ!今手加減しなかったよね!?酷くない!?」
してやった。気絶してないんだから。…いや、気絶しなかったなら、今のは雷鳴とは別の魔法に分類されるのかな。だったらまた、名称を考えないと。
と、一通り馬鹿な会話を終わらせると、早速即物的な彼は手を伸ばす。
「で?今回の報酬。くれ」
「チッ、なにが良いわけ?」
「相変わらず交渉下手だな。駆け引きをしろ」
「はあ?最高の仕事には最高の報酬でやっと成り立…」
口を押さえた時はもう遅い。ピートはにやりと笑い、心底嬉しそうに自分の肩にふれる。
「そーかそーか、マサリちゃんは俺を信頼してくれるんだね!嬉しいよ!」
「違う!!全くもって違う!!とっとと報酬要求しやがれ!」
自分は思わずムーンピラーを使おうとして、左手でそれを抑える。落ち着け、駄目だ、サトリと約束しただだろ自分…!
火照る顔を魔法で冷風を吹かせて冷ませながら、ふう、と息をついて、ようやく落ち着いた。
「…報酬はこのお守り。このお守りに即死級の魔法を一度だけ完全に防げる魔法をかけてくれ。そしてその魔法が使われた時、ブワッと綺麗な花火みたいな光が現れて目に見えるようその魔法が燃えてくれれば完璧だ」
「ひとつで良いの?」
「そっちの方が信憑性が増すし、簡単にはつくれないから価値が出るだろ?んまあ、今回は受注販売ですけどね」
「このお守り、数日後に取りに来て。魔法も考えて、魔力も貯めないと…」
「ちょっと要求が過ぎたな。次回は安くしてあげる」
自分は円錐の変わった形の小瓶を受け取る。なるほど、目に見えるように守れってことか。魔法が入っている間はこの瓶に何か液体か光のエフェクトを満たさないとな。ひどく複雑な魔法を創るより、新しい魔法いくつかの複合魔法が妥当か。
「じゃあ、また数日後」
ピートは手を振り、自分の前から去ろうとする。のくせ、自分も踵を返すと自分を足止めする。
「あ、待って」
「なに」
「そろそろ俺、仲間になっちゃ駄目か?あんなおっさんと二人でなんて、旅も飽きるだろ?」
「サトリはまだ二十二歳だから!ピートの方がおっさんだからね」
「見た目的な問題だよ」
「マツリが仲間になってくれるかも。説得するもん。」
「そうだったけな。で、俺は?」
「駄目だね」
「ケチ」
「当然じゃん、てめーはサトリに疑念を抱いている。」
自分がそう冷たくいうと、ようやくピートは降参といったように両手を挙げて頷く。
「ああそうだ。いつか彼の秘密を、俺に教えてほしいね」
「今度からそれを報酬にすれば?」
「まだマサリちゃんに用済みにされたくないから。」
自分とピートは同時に少し笑う。
そうして自分達は一旦別々の方向を歩いた。そのまま、ほんの少しだけ会話を続ける。ピートが顔を合わせない時、それは彼の目的について話す時だ。自分が宝玉を探しているような、そう言った大切な話。少しだけ感情的な。
「そうだ、七年前にマツリちゃんに魔法をかけた魔導師いただろ?あいつ、サトリっちが助けに行く直前にアバロトに魔法で自らの存在を限りなく薄くさせていた。いつもの手口だ。重点的に追うよ。その魔導師は、俺の探してるやつかもしれない。マツリちゃんのおかげだ。」
「良かったじゃん」
「あと、俺がマツリちゃんを気絶させた時、下手に暴れられないように七年前魔法をかけたのは俺ってことにしたから。君も知ってるだろう、あの子は勇気があるからね。」
「弁明しろと?」
「いや。君に疑われさえしなければいいんだ。」
「わかった。自分、ピートのそういうところも嫌いなんだ。…嘘だったら月光柱ね」
「…その魔法を頼む日が来るかもな」
「その魔導師を無慈悲に殺したい時は言ってね」
「はは、見つけたらな。勿論だ」
彼は切なそうに笑った。あるいは、悔しそうなのを隠すようだ。
情報屋、ピート・ローリン。彼は信用しているけれど、彼にばれてはいけない自分達の秘密が二つほどある。
ひとつは、絶対に疑念すら抱かれず、誰にも気付かれてすらいない真実。
もうひとつは、いずれ暴かれてしまうかもしれない真実。
自分はその内、いずれピートのようなやつに暴かれてしまいそうな真実を頭に思い浮かべた。
死んでいく座長を踏みつけながら、サトリとマツリのいるところへ帰る。
先程の祈りの際、改めて祈りなおしたこと。これが誰にもばれませんように。ばれてしまえば、この源生の宝玉を探す旅は終わりを迎えてしまう。
かつて世界を救った勇者、サトリ。
彼は異世界からやって来た少年だったということは、決して。
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