彼奴は嘘を信じてる

イヲイ

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過去と今の救世主

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~過去と今の救世主~

 トールと弥生には頼んでしばらくそっとしてほしいと言ったので、暫くは俺の部屋には誰も来ない。
 俺は生きている中ではじめて思ってしまった、『死にたい』なんていう、俺が考えるのは許されないようなことを考えてしまった。
 だから俺はフードが頭の上に乗ったのを下ろそうともしないまま、俺はしばらく夕日に照らされながら、死にたい、について考えていた。
 これ、全く知らない人が見れば、死体発見現場である。
 けれどそんなこと、今はいい。
 暫くして、何だかもう死にたいとかいうやつがわからなくなった俺は、その問題は一度角において、他の問題について片付けることにした。

 やはり一番気にしなければいけないのは、これだろう。
 あのとき、聞こえた姉ちゃんの声だ。耳元で響いたあの声は、あのときの俺の折れかけた心を一瞬で立ち直らせてくれた。厳密には、それプラストールの声で正気に戻ったのもあって、だが。
 でも俺は姉ちゃんからあんな言葉聞いたこともないし、俺は両親に見捨てられたことは変わらないのに、それだけであの一瞬、何故か俺の気持ちは向日葵のように立ち直った。
 今は冷静だ。あれは幻聴、それはわかってる。でも。もし幻聴でなく、姉ちゃんの本心を聞けたとしたら、ああやって言ってくれたんだろうか。

 そんなわけない。

 ほんの少し前なら姉ちゃんは、そう言ってくれたかもしれないが、今まさに俺は死にたいって思ってしまった。そんな俺には、そんなこと言ってくれないだろう。というかそんな言葉を俺は求めてはいけない。

 と、そんなことを考えていると、扉がゆっくりと開くときに聞こえる、スススといった音が耳に入る。
 「…………総、少し良い?」
「…………うん」
 入るなって言ったし今は放っておいてほしかったけど、追い出すのはどうかと思うので、俺は座って弥生を迎える。けれどきっと俺は今にも泣きそうな顔で、鼻声だから、なるべく俯いておいた。
「……どうしたの?」
「…………総が後悔してる顔だって透が言ってたの。透も来ようとしていたけど、あの子がいればあの子も泣いてしまいそうだから、置いてきた。」
「……俺、まだ泣いてない…」
「泣いてる」
 そう言われて俺は初めて両目から涙が溢れていたのに気が付く。我慢できていたと思っていたその滴を、俺は慌てて袖でぬぐう。
「泣いてないよ」
「…………」
 じと目で俺を見る弥生は、暫くしてハァーと深くため息をついた。
「透を介して知ってるよ、お姉さんが亡くなっているってこと。それで透がね、こう言ってたよ、今日の総は姉の事を話してくれた時と全く同じだって。ちなみにこの話は今日初めて聞いた。あまりにも総が心配すぎて、私に他人のデリケートな話をしたのよ、あの子が。」
「と、トール…」
 目敏過ぎる。
「それでね、私もお姉ちゃんだから何となくわかった。貴方の悩みも、お姉さんの行動も。」
 お姉さんは恐らく俺の姉、朱衣のことだろう。でも、俺はそれが分かっただけで、他には何もわからない。
 目をはらしたまま、首をかしげる俺に、弥生は優しく語りかけてくれた。

 「お姉さんは貴方を守ったのであって、…総は俺が殺したー!とか思ってそうだけど…そんなこと思ってたら、祟り殺されちゃうわよ?」

 そして、微笑みながら俺に近づき、頭を撫でながら最後にこう言った。どこか、姉ちゃんに似ていた。
 「皆、姉は、兄は、弟や妹を守るのが指名であり幸せだからね!それで弟や妹に、ありがとうって、思ってくれるだけで、とっても幸せなんだよ」
「幸せ…………」
「そりゃ勿論、生きられるなら生きたいよ。けどさ、それ以上に守りたいものとか、大切なものだって、人にはあるんだ。自分の命が一番だって言うけど、真に自分を含めた誰かを一人だけ助けるときは、大切なものを選ぶものなの。……人って、強欲だから。」
「…………じゃあ、それを手放したいって言う奴がいたら?」
 優しく諭してくる弥生に対して、俺は本来友人に言うべき事ではないような台詞を無様にも吐く。言おうとしてなかったのに、つい口から溢れ出たんだ。
 俺は予想以上に弱っているみたいだった。
 察しの良い弥生は、先程俺が死にたいだなんて考えた事を、すぐに見抜いてしまった。いっそ気がついてくれなければ、何事もなく終われたのに。
 「……ねえ知ってる?若者…青年達の死因ナンバーワンは、『自殺』って。」
「…………!」
 俺は思わず目を見開く。てっきり、小学校の授業では交通事故の話ばかりだから、交通事故が多いと勝手に思っていた。
「何でだろうね。」
「…………さあ……」
 しかし俺に問うたが答えを求めていなかった弥生は、その理由を話すことなく次へいく。
「自殺者の中には、カウンセリングに行っても、多く死んでしまう人がいる。勿論カウンセリングに行くことで助かる命もあるけど。……何でって……それはきっと、皆、最後に何かを選ぶのは自分自身だ。最後には自分自身が、全てを掴む。」
「うん……」
 俺は弥生が何を言いたいのかわからなかったが、少なくとも聞き漏らしてはいけないとだけは分かった。

 「総、人は誰かから貰った大切なものを、時に嘆いたっていいんだよ。誰かにとっての宝物は、決して他の誰かにとっての宝物ではないから。けどね、今君はそれを自らを消して手放すと、同時に君はその『価値』を手放すことになる。」
 
「価値?」
「私は、人の命は二種類あると思ってる。一つは、他人に簡単に奪われる命。そしてもう一つは、その人の意思や記憶や思い出がつまっていて、奪われない、価値。総、君のお姉さんは、君を助けたことで、価値を君に預けた。君はお姉さんの事、尊いと思う?」
「そ、そりゃ勿論」
 俺は当たり前の事を聞かれて、思わず弥生と目を会わせる。けれど今は顔を会わせたくないから、見られたくないから、また下を向く。
 「……総、君がお姉さんの事で辛く思うなら、時にそれを忘れたって良い。お姉さんを、恨んだって良いさ。でも、価値だけは…受け取ったそれだけは放棄したら駄目だ。命は脆いしいつ亡くなるかわからないけど、価値だけはずっと心の中にあり続ける。君のお姉さんの命の価値も、君自身の価値だって、それを放棄してしまえば、それは命を捨てるも当然だ。」
「…………じゃあ………じゃあっ、俺は姉ちゃんみたく、誰かに、それを、価値ごと渡せば良いのか?そうすれば、…」
 しかし俺は二の句が継げなかった。本当、何を言ってるんだ。

 ――いや。
 ――わかる。
 ――俺はずっと、姉ちゃんを忘れたかった。

 姉ちゃんは俺を助けてくれたんだ。それは分かる。俺は一番、姉ちゃんを忘れてはい。一生感謝しなければならない。けど、いつしか、心の奥底では思うんだ。
 もし俺じゃなくて、姉ちゃんが生きていたのなら、全部良かったのになって。
 俺は碧矢みたいに、いつも人を笑わすことが出来ない。
 俺は弥生みたいに、人当たりもよくない。
 俺はトールみたいに、優しく無い。他人の苦しみを自分の苦しみとして、泣くことなんてきっと出来ない。
 それでも俺が死んだところで姉ちゃんが戻るわけではないから、死ぬなんて事、考えなかった。
 でも、俺が死ぬことで、槐さんは喜ぶんだっていった。
 生きてても両親にさえ好かれない俺は、死んでから役に立つ事が出来るんだって、槐さんとわかれて、冷静になって、部屋に戻った瞬間に、気が付いてしまったんだ。姉ちゃんを忘れるんじゃなくて、俺が死ねばって。

 俺はもうどうしようもない心の内を、もうどうしようもなく沈んだこれを、消してしまいたいと思った。
 心から、願った。だから、姉ちゃんを忘れたいって思ったんだ。

 ――そんなとき、ふと、また弥生から声が聞こえた。
 「貴方の持つ、お姉さんの、君自身の価値は、誰かに渡せるほどのものなの?一番お姉さんの事を考え続けた君よりも多く、お姉さんを想う人が、この世にいると思うの?それをあなたが手放せるのは、守りたいものが出来たときくらいで、それ以外はただの自暴自棄だわ。」
「それは……」
「宝物は簡単に誰かに強奪されてしまうけど、価値は、真の価値だけは、誰かにあげない限り、いつでも持ち主のもののままだ。総、君のお姉さんの事は、君の両親よりも、君の方がずっと想ってる。そしてお姉さんも、君を一番に想ってる。お姉さんを嫌ったって良い。自分を嘆いたって良い。私はお姉さんじゃないから本当の心はわからないけど……でも少なくともこれだけは事実だ。いっぱい憎んで、恨んで、後ろを向いて……でもそれでも、価値だけは、簡単に放棄しないでほしい。例え命そのものがなくなろうと、価値だけは、永遠に亡くさない事が出来るから。もう君以外のどこにもいけないその価値は、君が本当に誰かを助けたいとき、その時まで、ずっと君の心の中に留めておいてほしい。」

 それに……と、すでに大泣きの俺の頭に弥生は手を置いて、もう一度、優しく、何度も撫でてから、弥生は最後にポツリとこういった。
 「上から目線になるけど……君は絶対、君のお姉さんに守られただけの価値があるんだ。だって君は、ずっと透を支えてきたから。ずっとお姉さんを大切にしてきたんだから。君は優しいから。…だからせめて……せめて、今はまだ、亡くさないで。誰かにあげないで。まだ、生きて、透に君の知ること、沢山、たくさん教えてあげて。」
「弥生…」
「価値とか、即物的でごめんね。でも私、がめついからこんなことしか言えなくて。じゃあね」

 弥生は言いたいことすべてを言い終えると、俺の部屋を静かに出ようとする。
 俺は、何故か決してよくない頭でも、難しそうな弥生の話を、粗方理解できた。
 
 胸が、心がスーッとしていく。
 俺が姉ちゃんのせいにして、自分が勝手にのせていた暗い気持ちは、あっという間に消え去っていく。
 すると頭では考えていない言葉が、不意に口から溢れ落ちた。

 「弥生!その、……俺を殴ってくれ!」
 そして頭で命令してないのに、俺は咄嗟に目を瞑る。
 すると弥生は、俺より俺の今の言葉の意図を汲み取ったのか、こちらに近づく足音が聞こえた。
 ――そして、瞬く間に弥生は俺の頭に垂直にげんこつを落とす。
 「いっで!」
 ――平手打ちが来ると思ってたけど、違かった。
 そしてそんな事を考えながら、また俺が涙目になる前に、「次死にたいとか言ったら今度は腹パンだからね」と捨て台詞を吐いて、去っていく。
 扉もきっちり閉めていった。

 きっと、泣き顔をこれ以上見られたく無いと言う俺の意思を汲み取ってくれたから、俺に有無を言わせず去ったんだ。

 頭はじんじんしたが、けれどそのお陰で何故か心は晴れていった。

 …………俺は姉ちゃんを殺した。きっとそれはもう、俺はずっとそう思い続ける。誰がどう言ったって。
 でも、一方で分かった。
 姉ちゃんは、俺を助けてくれたと。決して俺を人殺しにするために、助けた訳じゃないと。そして姉ちゃんは、俺に姉ちゃん自身の価値をくれた。死んでもなお、俺は姉ちゃんに愛されてる。
 そして、決めた。
 俺は、どれだけ苦しんでも、もう誰にも渡せない姉ちゃんの命の価値を、ずっと守り続ける。
 姉ちゃんの宝物を、誰の手にも渡さないように、ずっと心に宿しておきたい。
 そしてそれをするには、どれだけ下を向いたって、最後は前に進めってことだろ、弥生。
 もう姉ちゃんの声を聞けない俺が出来るのは、姉ちゃんの命と命の価値を守り続ける。
 
 それだけは、もう俺の心の中で決まったことだった。


 「お礼、言いそびれたな…」
 それに、友達にめっちゃ重い話しちゃったし、しかもそれを解決してくれた。
 俺はひとしきり泣いた後、もっと強くならねばと決意したあと、外の世界にそんな言葉だけを放った、心の中では折れた心が、その場しのぎでもなく、以前よりもずっとしっかりしたものになったと確かに分かった。

 そして夕飯時、佐奈子さん手料理を食べ終わると、弥生とトールにそれぞれ、「もう大丈夫、明日からは遊びまくろうぜ!」「二人ともありがとう」と明るく、精一杯の思いをのせて言った。
 そしてそれが二人も本心だとわかってくれたようで、明日行く山の話で大盛り上がりした。


 楽しい時間はあっという間で、山について語り合っていたらあっという間に八時である。正確に言うと、八時十分。
 俺が時計を見たあとすぐに木製の縁の壁掛け時計を見た弥生はあれっ、と声を漏らした。
 「もうこんな時間かぁ。…あ、総、今日の歌唱力大会の優勝賞品、どんなだったの?」
「あー、それな、まだ見てねえんだよな。ちょっと持ってくるから待ってて!」
「「はーい!」」
 おぉ、相変わらず揃ってる従姉弟に見送られながら、俺は隣の俺の部屋に戻り、白い紙袋一袋を抱えて戻ってきた。
 そしてトールの部屋に持っていき、それを置いたと同時に、廊下の奥で声がした。
 この声は、聞き覚えがある。
 これは、梧桐さんの声だ。
 俺は弥生とトールに先に中身を見といてと頼むと、俺は走って玄関口に向かった。

 「梧桐さん、どうしたんですか?」
 町からはけっこう離れているのだが、それでもなぜか梧桐さんは弥生の祖母の家に来た。しかも、手には紙袋を持っている。茶色い紙袋には槐さんの言っていた、高級ケーキやさんのロゴが入っている。
 俺は梧桐さんに近づくなりそれを両手で手渡され、受け取ったと同時に頭を深々と下げられる。
 「この度は、家の愚弟が本当に最低なことをしてしまい、申し訳ない!」
 
 ……………………忘れてた。
 
「えっ…あー、別に大丈夫です、もう。俺もほぼ怪我してないですし!」
 俺はそういって梧桐さんの頭をあげさせようとしたが、なおも下げ続けられる。顔あげてください!と言っても、下げているので、割と大声で「本当にもう大丈夫です!」と叫んだところでやっと、梧桐さんは顔をあげてくれた。
 「本当に、…………」
 そして次の懺悔の言葉が放たれる前に、話題を変える。
「あの、梧桐さん。槐さんってなんであんなに姉ちゃ…朱衣にこだわるんですか?固執って言うんだっけ?」
 俺は朧気な単語知識と共に疑問をぶつける。すると、返ってきた答えは思ってたものと違っていた。
 「…………それが、わからないんだ。小さい頃両親がり、離婚して…それで、俺は父についたけど、槐は母のところに…朱衣さんに俺もあったけどね、まさかそのとき槐があんなに彼女を好いていたとは知らなかった。それから何年かして、俺の母がその、犯罪で捕まったとき、槐は俺と父と再会して…」
 もごもごと呟く梧桐さんに、俺は嫌なこと聞いちゃったかなと反省した。
「それで、だから槐が俺と離れている間に何があったか全く知らないんだ。でも、母親に何かしらされたんだと思う。……でも、それでもあいつのやったことは許されざる行為だ。警察から聞いたんだよ、何があったかさ。……俺ならそれを気がつけたはずなのにな…助けられたはずなのに…」
「なるほど。」
 槐さんに何があったかとかはわからなかったが、ここで梧桐さんを責めるのは筋違いだろう。それに、今心が一番辛いのは梧桐さんかもしれない。だって槐が好きな兄である梧桐さんは弟である槐さんの暴走を止められなかったから。だからせめて、俺はもう許すことにした。……あと、忘れてたし。以前よりも強い心を手に入れたし、弥生とトールとかには迷惑をかけてしまったが、結果オーライ?だ。
 「その、次槐さんに会ったら、そばにいてあげてください。家族が誰かそばにいるってだけで、違うから…じゃないと、俺今ごろ死んでたかもしれません。」
 槐さんが今回、俺を殺さずにすんだのは梧桐さんが今までそばにいたからだと俺は推測している。
「!!……あぁ、わかった…」
 
 そして梧桐さんは涙ぐみながら、家をあとにした。

 紙袋の中身は焼き菓子だった。個包装されたそれを明日の食料として皆でわけあい、俺の分はボディーバックにつめた。
 もう外はすっかり暗く、鈴虫やコオロギの声が耳に心地よく響く。
 俺はそろそろ寝ると二人に言おうとしたとき、先に弥生が俺に話しかけてくる。
 「ねえ総、総って何で今日、ウクレレ持っていかなかったの?」
「…人前で引くのが嫌だったっていうか…」
 嘘ではない、嘘ではないが、一番の理由でもない。一番の理由は、緊張しているとどちらかにばかり集中して片方が疎かになってしまうということ。そしてそれを言うと緊張していたことがばれてしまう為内緒にしておく。
「私聞いてみたーい!」
「俺も!」
 髪色そっくりな二人は…特にトールは目の輝き方がすざましい。断れない。
「…………わかった、ちょいまって、持ってくるから。」
「「はーい!」」
 息がぴったりなことで、と二人に苦笑いしながら俺はウクレレを取りに自室に戻った。

 「曲は?」
「おまかせで!」
「うっす」
 俺は一言そういうと、恐らく二人が聞いたことのない曲をひき始めた。
 そっこーでつくった俺の曲だ。
 鈴虫やコオロギと合うよう、なるべく優しくひいた。

 こんなに音楽が楽しいって思えたのは、初めてかもしれない。

 そしてそれが終わったあと、弥生とトールの拍手と絶賛に絶賛をかけた絶賛祭りにより俺は顔面赤面になったことを一生忘れない。
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