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しおりを挟む『三年に一度だけ、手に入れると絶対に恋が叶う花が出現する』
その話を聞いたとき、僕はどうしても欲しいと思ってしまった。彼への想いは告げずに胸にしまって、もうすぐ卒業と同時に離れるときが来るから。
もしもその花が手に入ったなら、彼の心までもが手に入るという浅はかな欲が出てしまったのだ。
❀・*:.。花に願う。.:*・゜❀
今朝はとても寒かった。二月なのだから当たり前ではあるけれど、それでも雪が降ってもおかしくないほどに気温が低かった。
学園へ向かう身支度を整え、コートにマフラーをまといもちろん手袋も持って、他に着けられるものがなく僕ジェラルド・エヴァーツは物足りなさに肩をすぼめた。
部屋から出ないといけない時間で、わかっていても外気の寒さを考えるとどうしたって暖かい部屋から出る決心がつかない。冬は毎朝こんなことをして無駄な時間が過ぎていた。でも、だからといってこの寒さが嫌なわけではない。何故なら―――
コンコンというドアをノックする音が響いた。毎朝この時間になると鳴る音だ。
僕はすぐにドアへ駆け寄って開けた。
「おはようラル。今朝も起きられたみたいだね」
「おはようクリス……うん、どうにか」
鞄と鍵を持って部屋から出ることにする。寒さが苦手だと話してから同級生のクリストファー・ランドルフがこうして迎えに来てくれるようになった。それが一年前だ。
僕たちが通っている学園は全寮制で、歩いて十分ほどの距離にある。昔ほど厳格に重んじられてはいないけれど、爵位を持った名家の子息がほとんどだ。クリスは侯爵家、僕は伯爵家の家に生まれた。相手を敬い尊重することは家格に関わらず当然のことで、学園内は皆が分け隔てなく接している。
そして誰もが不思議な力を有しており、生活を豊かに送るための道具を使用していた。手をかざせば水や火が使える、そういう国だ。
僕たちは寮から学園へ向かって歩きながら、来月迎える卒業を前に最後の課題提出について話した。
「課題は終わった?」
「あとひとつがうまくまとまらなくて……今日は図書室の文献でも見てこようかな」
「夜更かしはダメだよ。起きられなくなるし、ほら…」
クリスが急に足を止めるから、僕も隣で歩く足を止めた。何かな、と思って僕より少し背の高いクリスを見る。そうしたら優しく目元を細めて、でも困ったようにこちらを見ていた。
僕の頬へ手を添えて、すりっと目の下を親指の腹で擦った。クリスは手袋をしておらず素手だ。それなのに冷たくなっている僕の頬と違ってその手はとても温かい。
「クマができているじゃないか。ラルのかわいい顔が台無しだよ?」
「かわいくなんかないよ、ちゃんと寝ているから大丈夫。今朝だってちゃんと起きられたし」
「そう?寝たかどうか夜も見てあげようと思ったのに、残念」
「子供じゃないから平気」
何を言い出すのかと思えば幼な子の世話を焼くような言い方に、膨れてしまう。触れられた頬はクリスの熱が移って少し温かくなっていた。もう一度撫でてから悪戯っぽく笑ってゆっくり離れていっても、僕の顔はまだぽかぽか温かいままだった。
止まってしまった歩をいつもより早く動かして、僕たちは学園へ向かった。寒いはずの外気はちっとも気にならなかった。
僕の教室前でクリスとは別れる。学年は同じ三年生だけれど、クラスは隣で一緒ではない。去年学園内の委員会が一緒だったことが縁でクリスとは親しくなった。
話をしていくうちに博識で良識があり、性格も優しく誰にでも配慮ができる人だと思った。色素が薄く銀に近い金髪碧眼の僕と違って、クリスのはっきりした黒髪黒目は少し近寄りがたい雰囲気はあるかもしれないけれど、整った顔立ちが大人っぽく精悍だ。気付いたときには僕は彼に惹かれていた。一緒に居ることが心地よく、このままずっと隣にいられたらいいと思うようになった。
けれどあっという間に月日は流れてしまい、来月学園を卒業してしまう。気持ちを伝えたとして拒まれたら、友人として会うことすらできなくなってしまうのだ。そう思うと気持ちを告げる気にはなれず、このまま友人の立場でいようと決めていた。
もしもクリスに好きな人ができて婚姻を結ぶことになったら、そのときは離れた領地に行ってしまえば二度と会うこともなくなると安易に考えていた。
「おはよう、ジェリー。今日も王子が送ってきたか」
「おはよう。王子じゃなくて、クリスだって言ってるのに」
「あはは、相変わらずだなぁ」
クリスのことを王子と呼ぶクラスメイトは、何回訂正してもまた王子と言う。もういい加減直してくれないかなと思うのに、どうしても変わらなかった。
自席へ向かうといつもより教室内が騒がしいことに気付く。誰かが大きな声を出してるわけではないが、皆が話をしているのかざわざわしていた。
僕は遅くに着いたし教科の準備をするから、何をそんなに盛り上がって話をしているのか聞くこともしなかったしよくわからなかった。
「おはよ、ジェラルド。なあ知ってたか? 今年は幻の恋花が咲く年なんだってさ」
「おはよう……幻の恋花?」
少し興奮気味にクラスメイトのケヴィンが話し掛けてきた。僕が首を傾げると、わかっていない様子を察して早く話したそうにうずうずしている。彼が言う幻の恋花という言葉は知りもしないし耳にしたこともなかった。
「三年に一度咲く花で、手に入れたら絶対恋が叶うんだってさ!それ欲しいよなぁ」
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